絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
錦木千束は悩んでいた。
「むぅ……」
原因は目の前の四畳半にあった。ちゃぶ台の上にラップトップを広げ、何やら恐ろしい速度でキーを叩きまくっている一人の少女だ。なぜか彼女のあぐらの中にすっぽり収まってこっくりこっくり舟を漕いでいるクルミはまあ、この際いい。
黒目黒髪、白い肌。個々の要素を抜き出せば、我らがリコリコのクールビューティー担当で知られるたきなと共通する部分もないではない。だが、長いまつ毛に縁取られた切れ長の目と、大胆に眉と耳をさらしたベリーショートヘアが織りなす中性的な色気は唯一無二のものだ。
極めつけは男勝りの上背。そして、一グラムの贅肉さえ見当たらないスレンダーなボディライン。
千束は思う。
このルックスで腹筋割れてるのはズルじゃん、と。
未成年喫煙常習犯だけど何故か全然タバコ臭くないし。むしろふんわりいい香りするし。
顔が凛々しすぎて一見怖いと感じる人もいるけど、喋ってみると案外気さくだし。それに笑うと目尻が柔らかく下がるのがカワイイし。
頼めばめちゃくちゃ綺麗にメイクしてくれるし。
料理上手だし。機械に強いし。誰にでも優しいし。手大っきいし。
無自覚なギャップ萌えの嵐で一体何人の女の子を狂わせてきたのか――男の子より男の子してるから異性と付き合ってるイメージがイマイチ湧かない――恐ろしいったらない。
そう。あくまでも自覚なしにイケメンムーブをぶちかます。そんな極めて罪深いスタイルをサイトウは
はずだったのだが。
「むむむ……」
「何してるんですか。もうレジ閉め終わりましたよ」
「いやさぁ」
「……なんです?」
背後の厨房へ、重々しく、シリアスに振り向いた。
給仕服のたきなは呆れ顔だ。当然だろう。仕事が終わったならあとは着替えて帰るだけ。だというのに、一旦始まると中々終わらないことで有名な
それでもチクチクと突き刺さる視線をあえて黙殺して、千束は口を開く。
「今日のサイトーかわいくね?」
本人に聞かれないよう、声量を抑えて言った。
そう、カワイイ。時々、表情が柔らかい。まれに魅惑の
大人の間に混じっても違和感を覚えないほど成熟し、達観した彼女が、その瞬間だけは年相応に無邪気な表情を見せるのだ。
肩の荷を下ろして、心の底から幸せそうに。
それは千束が彼女に出会ったその日から、密かに願い、夢見てきたことでもあった。故に見逃すはずがない。
この目はごまかせない。そんな自負を示そうと、じっとたきなの瞳を見つめる。
彼女は視線を受け止めると、細い指を自らのおとがいに当てて熟考した。
そして、
「……恋愛相談ですか?」
「ちがわいっ!」
千束はすっとぼけたクールビューティーに一喝した。
「千束さんの勘が囁くのよ、絶対なんかあったって!」
「別に普段と変わりなさそうですが」
「ちっちっちっ、お主もまだまだじゃのぉたきなちゃん。見ればわかるよ」
「早く帰りたいんですけど……」
口ではそう言いつつも覗きに付き合ってくれるたきなを伴い、千束は戸口の陰に身を隠す。
サイトウはクルミの
そんな無敵の布陣で機を伺う。サイトウのデレは希少だ。引き出そうと思って引き出せるようなものではない。今は待たねば。
「クルミ」
「んぁっ!? 寝てないが!?」
「デリバリーと賄い、どっちがいい?」
バネのように飛び起きたクルミは心底気まずそうに賄い飯を所望した。彼女の体躯に見合わず大きな胃袋はサイトウに掌握されて久しい。
サイトウはキーボードに載せた手を忙しなく動かしながら、穏やかな調子で続けた。
「もうすぐお風呂が沸くから、よかったらご飯の前に入っておいで」
「……すまん」
「保守整備なしに最大効率は発揮できない。そういう打算だよ」
「感傷は嫌いか?」
「クルミが好かないだろうと思って」
「殺し文句だなぁーお前!」
千束の脳内Jアラートがサイトウの言動に反応しかけ、しかし直後に誤報を発表した。あれは素のスパダリムーブだ。あえて言うなら攻めであって、デレではない。
そう、基本的にサイトウは面倒見がよかった。今もあぐらの中から抜け出して風呂場へ行こうとするクルミへの、
「シャンプー切れかけてるから、詰め替え用持って行ってね」
細やかな気遣いを忘れていない。
おのれはオカンか! はよデレろっ! 千束は内心で絶叫した。後頭部に突き刺さるクールビューティーの視線が段々痛くなってきたがゆえの焦りだった。
だがほどなくして彼女の心配は杞憂となる。茶の間のもう片方の出入り口、脱衣所やらトイレやらに続く廊下から、クルミと入れ替わるようにしてミズキが現れたのだ。
「っしゃあ大本命……!」
ミズキはサイトウが最もデレやすい人物だった。同年代の高校生に比べてずっと大人びている彼女のことだ。年上の方が何かと馬が合うのかもしれない。
千束もたきなもサイトウとは時折街に繰り出す仲だが、わちゃわちゃと無軌道に盛り上がる二人をさり気なくエスコートしてくれるのはいつも彼女だ。合わせてもらっているような感覚は否めなかった。
「お疲れ様」
いつもの私服に着替えたミズキを見るや、サイトウは作業の手を止め、柔らかな声音でそう言った。いたわる気持ちがあふれんばかりだ。
そりゃあもちろん、サイトウは誰にだっていい加減な「お疲れ様」は言わない。しかしなぜだか、千束の胸中には謎の敗北感が去来した。具体的に言うと、ハンカチを噛んで、さながら小鳥の威嚇のようにキーッ! と鳴きたくなる類の。
「鍵は一通りかけたから、帰る時に玄関だけよろしくね」
「ありがとう」
「残業は終わりそう?」
「おかげさまで。コード見る?」
「見る!」
サイトウがラップトップを対面に向けるより早く、ミズキは四畳半をぐるりと回り込み、身を弾ませるようにして彼女の隣に座り込んだ。仲良し二人組の微笑ましい一コマだが、千束からすればたまったものではない。とっさにたきなを尻で押しのけていなければ、今頃出歯亀……もとい人間観察を咎められて厄介なことになっていただろう。
突然のヒップアタックに対する報復の消音ケツビンタを甘んじて食らっていると、キーボード中央の赤いポインティング・スティックを慣れた手つきで操作していたミズキが奇怪なうめき声を上げた。
「これ
「ブラックマーケットのバックヤードにカチコむ気。ざっくり言うと、とあるロシアン・マフィアの在庫と金の流れを追ってて」
「アングラサーバーにすら
言いながら、カラカラとニヒルに笑うミズキの横顔。その後ろでサイトウがわずかに身じろぐ。いや、亜麻色の豊かな髪に邪魔されてそう見えただけで、本当は肩をすくめたのかもしれない。
「ミズキさんは若いよ」
「アラサーは若かねーわよ」
「お世辞で言ってるように見えた?」
サイトウはちゃぶ台に頬杖をつき、上体をわずかに前傾させた。いかん、気付かれる。だが、ああ、見るがいい。彼女の猫のように無邪気な仕草を。いたずらっぽい上目遣いを。ミズキだけに向けられたそれは、普段は鳴りを潜めている年下属性を存分に発揮した魔性の笑みだ。
かーっ! 見んねたきな! 卑しか女ばい!
「ほー、そう来るか。そうかそうか……」
ミズキはゆっくりとラップトップを閉じた。俯いた顔をウェーブのかかったロングヘアが覆い隠し、ステレオタイプな女幽霊がごときおどろおどろしさを演出する。
ぞくりと背中に怖気が走る。
千束の第六感が警鐘を鳴らす。
「なぁに?」
呑気なサイトウは彼女が体をわずかにたわめたことに気付かない。
否。千束以外、気付ける者はいなかった。
「なにって……これよっ!」
「え、ちょっ!?」
タイトスカートなぞ何のその。ミズキは素早く膝を立てると――
「だりゃあっ!」
「うわぁぁぁっ!?」
サイトウの上に着弾し、瞬く間に彼女を組み敷いた。
齢二七。身体能力の全盛期を過ぎ、加えて非戦闘員でもある彼女の身のこなしは、正直そこまで素早いものではない。だが、その行動の突飛さと捨て身っぷりがサイトウに回避を許さなかった。
早い話が、避けたら私が怪我するぞと、自身を人質に取ったのだ。
あるいは、サイトウは決して避けない。そんな確信があったとも言えた。
「オトナをからかってんじゃあねぇぞぉー!」
「待って待って、からかってな、あ、あはは! やめっ! やめて、はははははっ!」
「ここか! ここが弱ぇのか! グヘヘヘへ!」
「きゃーっ!」
放送コードに引っ掛かりそうなゲスい台詞を吐きながら、尻に敷いたサイトウをそれはそれは楽しそうにくすぐり倒すミズキ。千束にはそれがどうも照れ隠しのように思えてならない。
サイトウもサイトウだ。彼女の重戦車じみた馬鹿力をもってすれば、マウントポジションなどたやすく崩せるだろうに、反撃する様子は全くない。まるで女の子みたいな――いや事実女の子なんだけれど――悲鳴を上げながら、懸命に身をよじってミズキの魔手から逃れようとしているが、その程度では気休めにもならないだろう。
自ずと答えは絞られた。
二人とも、この寸劇を楽しんでいやがる。
千束は過去数ヶ月に渡る記憶を大雑把に辿った。
彼女たちが急速に距離を詰めていったのはここ最近のことだ。サイトウ朝帰り事件に始まり、その日以来交わされなくなった敬語。そしてこないだの、どうやらサイトウから誘ったらしいディナー兼飲み会。これらのイベントはさほど期間を開けず、立て続けに起きた。
サイトウとミズキ。本来、二人に共通項はほとんどない。趣味も嗜好も、性格だってまるで違う。
そういう関係? ナイナイ。サイトウにはボーイッシュなイメージこそあれど同性が好きという話までは聞かないし、ミズキなんて筋金入りの
大体、今までマッチングアプリやら婚活サイトやらでさんざん玉砕している
……いや、そういえばあの人、晩年はずっとヴィーガンだったわ。
まぁそれはさておいて。
惚れた腫れたじゃないならやはり、友情を深めるきっかけが。つまり共通の話題になるような何かが
瞬間、千束の脳細胞は激しくスパークした。あるではないか。すべてとは言わないまでも、大体の人間に通じるものが。
「はっはーん……分かっちった」
「しっ、聞こえますよ」
「たきな、あの二人密かに――」
そしてめいいっぱい得意げな顔を作ってたきなの方へ向き直り、
「――彼氏いるな」
「……は?」
斜め上の推理を誇らしげに披露したのだった。
#4++:Peek-a-Boo
「どうして二人に交際相手がいると考えたんですか?」
「言ってなかったっけ?」
「何も説明されないままスクーターに乗せられてるんですけど」
「すいません!」
抗議の意味を込めてか、それとも交差点を曲がるベスパが減速したせいか、タンデムシートにまたがる彼女のハーフ・ヘルメットが千束の後頭部をつついた。バンクした車体を起こしつつ、実はかくかくしかじかで、とスロットルグリップをひねりながら自らの閃きを今一度説明すると、
「尾行なんて、プライバシーの侵害です」
至極真っ当な反論とともにバッカでかいため息をつかれてしまった。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。だが千束は謝らない。友のためならば時には非道に手を染めることも必要なのだ。これは断じて無遠慮な野次馬根性からなる行為ではない。ないったらない。少なくとも千束自身はそう信じてやまない。
ゆえに千束は、一つ屁理屈をかますことにした。
「うん、いけないことしてる。でもねたきな、想像してみ? サイトーに本当に彼氏がいるとして、そいつが大学生とか社会人だったらどうよ」
「節度ある交際ならいいでしょう」
「じゃあ手出してたら?」
「最低ですね」
食い気味の即答だった。
そうだろうそうだろう、友達は大事だろう。支持を得られた千束はご満悦だ。
「でしょ! ま、悪い男に引っ掛かるような子じゃないとは思うんだけど、備えあれば憂いなしってことで」
「本音は」
「ウチのサイトーにコナかけよったヤカラのツラぁ、拝まにゃ気が済まぁん!」
食い気味の即答だった。
即答、してしまった。
赤い制服に守られていない二の腕から前腕にかけて、一気に鳥肌が立った。
夏のぬるい夜風に当たって体が冷えることなどあるまい。間違いなく後ろからすっ飛んできた殺気のせいだ。
腹に回した腕で千束の緊張を感じ取ったらしいたきなは、しょーがねーから許してやらぁ、とばかりに、もう一度大げさに嘆息した。
「千束はサイトウさんの何なんですか……」
「一三歳からの大・親・友ですがっ!?」
「大親友、というと?」
「あ、この辺で下りるよー。その話は今度ね」
「……錦糸町駅ですか」
千束は混み合った車道から、両脇の歩道を見た。仕事を終え、大挙として酒を飲みに駅前へ押し寄せたサラリーマン達がぞろぞろと、列をなすほどではないにせよ歩いている。塾帰りの中高生もちらほらと。リコリスのゴールデンタイムだ。
二人は駅前のパーキングでスクーターを降りた。
「最近南口の飲み屋街のほうに通ってるっぽいんだよ。一人で」
「そういえば、仕事中に見かけましたね。制服も着てませんでしたし」
「うおぉ心配でお腹痛くなってきた……」
錦糸町はいわばプチ歌舞伎町だ。居酒屋に、クラブに、ホテルや性風俗店まで、人間の欲にまつわるものなら大抵ある。華やかで、猥雑で、だからこそ、その煌びやかな電飾と喧騒を隠れ蓑によからぬ商売に手を出す不届き者が絶えない場所でもある。警察の尽力とDAの気まぐれな斬首作戦によってその手のごろつきはめっきり減ったが、それでもゼロとは言えないのだ。
北口前から、駅構内を素通りして反対側の南口へ。大通りを外れれば、背の低い雑居ビル群が通りいっぱいに軒を連ねる典型的な繁華街が広がる。
千束はスーツの群れに混じって狭い歩道を歩きながら、背中のサッチェルバッグに納めるガバメントの重みを確かめた。まさか往来のど真ん中でぶっ放すわけにもいかないので、所詮は本当にまずい事態が起きた時のための保険でしかないが。
「探す当てはあるんですよね?」
「ふっふっふ、前もってクルミに特定を頼んでおいたので楽勝なのですっ!」
「ストーカー規制法違反」
「ごめんて……」
クルミが片手間に作ってくれた件のアプリは、警察の監視カメラ網に特定の人物が映った際、当該のカメラの座標を地図上に強調表示するという、ラジアータの機能を大幅に簡素化したような代物だった。
顔のサンプルには千束のスマホに収められた写真を使った。
例の朝帰り事件の日、真っ赤なダブルベリーソースがたっぷり絡んだパンケーキを口に運びかけ、カメラを向けた千束に気づいて視線を上げたサイトウ。
先日三人で行った猫カフェで、誰にも靡かなかったロシアン・ブルーのルカちゃんを一瞬にして手懐けて膝の上でゴロゴロ言わせているサイトウ。
リコリコ開店前の茶の間で、ミズキの長い髪を巧みに操ってハーフアップを結ってやっている――本人はどこをどうやっても結べないレベルの短髪のくせになんでそんなに手慣れているのかはこの宇宙最大の謎だ――サイトウ。
特にイケメン指数の高い、千束選りすぐりの三枚だ。
自分を信じて撮らせてくれた写真をこんな行為に使うなんて、正直申し訳なさで土下座どころか頭を地面に丸ごと埋めたくなってくるが、さりとて彼女が心配なのもまた事実。泣く泣く顔認識AIにデータを読ませる。
結果はすぐに出た。
「この通りの……すぐ先ですね」
「うおっ、たきな前、前!」
彼我の距離は一〇〇m程度と尾行の間合いとしては近めだが、雑多な夜の繁華街では下手をすると見失いかねない。だがそれでも、人混みの隙間に見えるその姿を見間違えるなど、千束にはありえないことだった。
ラフな私服から一転、今やポピュラーなものになって久しいメンズ仕立てのユニセックス・スーツを――それも着丈をぴったり合わせたオーダーモデルを纏った彼女は、一七四cmもの長身に見合った脚を大きく振り出して往来を堂々と闊歩していた。
微かに光沢を放つネイビー・ストライプの上下は、もしやシルクと
だが何より注目すべきは、そんな仕立てのいい背広にも、鏡のように磨き上げられたブラウンの革靴にも、左の袖にさり気なく覗く白銀のエベル・スポーツクラシックにも全く競り負けない素材のポテンシャルといえよう。
顔こそ見えないが、背中から漂う風格はもはやかっこいいを通り越して威圧的でさえあり、年齢の推測などとても不可能。まして一六歳の女子高生だと言って一体誰が信じようか。
「ゴッドファーザーかオメーは」
というのが、千束の率直な感想だった。
フルアーマー・サイトウ、恐るべしである。
「よく見えましたね。一人ですか?」
「うん。特にお連れさんはいないかなー……っと、今右に曲がって路地裏入った。四つ奥」
「その道にはカメラがありません。このままでは見失います」
「うし、追っかけるか!」
「まさか誘い込まれてないですよね」
「さぁすがに振り向きもしないで分かったらエスパーよエスパー。ここはどーんと大船に乗った気持ちで! ネ!」
「だといいんですけど……」
スマホ片手に人の合間を縫って足早に歩く二人は、傍から見れば、帰りを急ぐ高校生そのもの。学生服は街のあらゆる風景に馴染み、溶け込み、同化する。とはいえ相手は同じリコリス、それもファースト並みの超精鋭だ。いつものように行け行けドンドンではまずい。
だがそれもまた一興。たまには同じ土俵で鎬を削るのも悪くない。
気心の知れた相手との競争は、なんだって楽しいのだから。
それが模擬戦であれ、ボードゲームであれ、隠れんぼであれ。
§
……なんであいつら俺を尾けてんだろ?
評価、感想、お待ちしています。