絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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「バッテリー電圧警告灯、点灯なし。油温よし。排ガスは綺麗、アイドリングも正常。テストライダー?」

「錦木千束よーし!」

 

 ベスパの小気味よい排気音と威勢のいい返事が、鉄筋コンクリート造の蒸し暑いガレージに反響する。車三台分の床面積のうち、右と中央の駐車スペースにはそれぞれ兵員輸送用の偽装バンと例のハッチバック(白いじゃじゃ馬)が占めていて、俺たちは唯一空いた左端に工具を満載したキャディやら、車両を自立させるためのメンテナンススタンドやら、とにかく二輪車の整備に必要な物をありったけ広げていた。

 俺はシャッターを持ち上げながら、愛車を走らせたくてうずうずしているオーナーに言った。

 

「今まで通りにスロットルを開けるとびっくりすると思う。最初は安全運転でね」

「マジ? そんなに変わるんだ、楽しみー!」

「……最悪、安全運転はいいや。怪我さえなきゃ」

 

 先にガレージを出て、初夏の強烈な日差しに頭を焼かれながら車道を確認する。車通りも人通りも皆無だ。振り返って、ウィンカーを出して待機している千束に頷く。

 

「いってきまーす!」

 

 ミントブルーのベスパは小型犬のように可愛らしい唸りを上げてビルトインガレージを飛び出していった。駆動系をまとめてリフレッシュしたおかげで加速感は今までと段違いだ。逆に言えば、新車からそれだけ劣化していたということでもあるんだけど。

 次第に小さくなっていく彼女の見送りもそこそこに、俺はそそくさとガレージへ引っ込んだ。クソ暑い中ぼーっと立っていてもしょうがない。帰ってくるまでに少しでも片付けをしておかないと。

 頭ではそう考えつつも、ついつい作業スペースの外れに置かれたスポットクーラーの前に足が向いてしまう。

 ツナギを半分脱いで、袖をへその辺りで縛ってもまだ暑かったから、中に着ていたタンクトップをめくってクーラーのノズルに被せた。

 腹に直撃した冷気は拡散してたちまち上半身を巡って、襟ぐり、袖ぐりから吹き抜けていく。生き返るようだ。

 当然、服が強風をはらんで暴れるが、この暑さだ。品性を捨ててでも涼を取らなきゃ熱中症になりかねない。

 なんで俺ら、こんな蒸し暑い日にスクーターの整備なんかやってんだろう。

 誰に向けたわけでもない愚痴を脳裏に連ねながら、キャスター付きのスポットクーラーを壁際のアウトドアチェアの近くまで引っ張って行って、ついでにその足で傍らのクーラーボックスを開けて小瓶のビールを取り出した。

 チェアに浅く腰掛け、冷風を頭から浴びながら、王冠を素手で強引にもぎ取って一気に呷る。

 喉を鳴らして最後の一滴まで飲み干し。

 あまりの旨さにため息をついた。

 グリーンボトルに赤い星のロゴが入ったそれは、オランダ製のオリジナルではなく、国内でライセンス生産されているありふれたものだが、これが一番舌に合う。

 二本目に手を出そうか迷っているうちに、千束がベスパと一緒に帰ってきた。喜色満面ってのは、今の彼女みたいな表情のことを言うんだろう。

 

「どうだった?」

「めっちゃキビキビ走る! もう今までなんだったのってくらい!」

 

 車体と同色の半ヘルを脱いで隣の椅子に座ってきた千束に、クーラーボックスからコーラの缶を手渡す。彼女は冷たっ、と愉快げに呟き、ゆるいツナギの余った袖を手袋代わりにして缶を抱え直した。

 

「磨り減ったドライブベルトが滑ってたんだよ」

 

 言いながら、スポットクーラーを首振りモードに切り替えた。

 千束、ノズルに向かって「あー」って言っても宇宙人の声は出ないよ。扇風機じゃないんだから。

 

「力がうまく伝わってなくて遅かったのかぁ」

「そう。それで昨日、とうとう千切れた」

 

 千束がコーラに口をつける。

 

「あたしを尾行した帰りにな」

 

 その瞬間、彼女の肩が小さく跳ねた。リアクション芸人でも食っていけそうだなこいつ。

 

「ご、ごめん……」

「別に責めちゃいないよ。嫌だったら見つけた瞬間に撒いてる」

 

 その様子を鼻で笑いながら、二本目のビールを開けた。ネジ山のない瓶の飲み口を不思議そうに見つめる千束に、王冠を指で弾いて投げ渡すと、彼女はすぐにそれがスクリュータイプのキャップではないことに気づいたようで、目をひん剥いたまま数秒フリーズした。

 半端に持ち上げられたままの赤い缶にグリーンのボトルをぶつけて乾杯すれば、薄っぺらいアルミの凹む歪な音を呼び声に、千束の意識が帰ってくる。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、どの辺から気づいてました?」

「千束があたしを見つけた時から」

「あんだけ離れてたのに分かったの!? 怖っ!」

「何が『怖っ!』だよ、怖えーのはあの練度で本職に仕掛けようと思ったオメーのクソ度胸だよ」

「一応教則通りにしたんだけどなぁ」

「教則に忠実な分、行動を読みやすかった」

「うーわそういうこと! プロだねあんた」

「プロっつーか社畜っつーか……」

 

 九歳から週休一日、まれに二日で毎日だいたい一三時間、銃をぶっ放すかあちこち嗅ぎ回るかしていれば嫌でもこうなるってもんだ。 

 

「この手の機械いじりだって、元は自動車爆弾対策だし。嫌いじゃないからいいけど」

「むしろ好きって感じするよ?」

「ん、そうだね。楽しいよ」

 

 殺しよりずっと、と内心で続けた。俺も弾を避けられたら、命令を蹴ってDAを飛び出せたんだろうか。

 あーヤダヤダ。せっかくの休日だってのに気が滅入る。もしもの話なんて考えるもんじゃねぇな。

 

「とりあえず一段落したけど、どうする? 用事がないならご飯でも」

「え、マジ? いいのー!?」

「わざわざ一番暑い時間に帰すのもね。クーラー効いた部屋でホラーでも見て涼んで……そうだ、せっかくだしたきなも誘ってみるか」

「連絡してみる」

「たきなが絡むと仕事がはえーな……」

 

 胸ポケットから出したスマホをいじる千束を横目で見つつ、俺はプランを考えた。

 手料理を適当に作ってもいいが、たきなが来るならファストフードにしよう。栄養バランス抜群のお上品な給食に慣れたリコリスにとっちゃ劇薬だ。どんなリアクションをするのかぜひ見たい。

 

「家で暇してるから行きたいってさ!」

 

 よし、決まりだ。

 

「じゃあ車で迎えに行って、その帰りにデカいピザでもテイクアウトする作戦でどう?」

「ピザと映画とコーラか……いーいねぇ!」

「でしょ? ま、とりあえず注文するだけしてシャワー浴びよ。さすがに汗だくで外には出たくねーわ」

「やーどうもすいませんねぇ、何から何まで」

「整備手伝ってくれたからいい」

 

 二人揃って飲み物の残りを一気に流し込んで立ち上がる。千束は車の後ろを通って家の中へ続くガレージの裏口へ、俺はシャッターを閉めるために表へ。

 ちょうどフック付きの棒をシャッターの下辺に引っ掛けたタイミングで、一台の黒いセダンがガレージの前に止まった。昨日、タンゴ・ツーを送るのにも使っていたDAの公用車だ。そうか、もうそんな時間か。

 リアドアが開く。降りてきたのは黒目黒髪の、よく言えば諜報員に向いた、悪く言えば没個性な男。彼こそが特命情報調査室副室長にして俺の悪友、タチバナさんだ。

 

「すごい汗だな」

「友達のスクーターをちょっとね」

「せめて袖を通せよ。人目につくぞ?」

「人なんていねーじゃん。そっちこそ、まだクールビズじゃないわけ?」

 

 タチバナさんは肩をすくめて降参の意を表した。ひとまずガレージに招き入れて、例によってコーラを渡そうとすると、彼は手を軽く振って断った。

 

「ベスパ946か。原付ナンバーじゃないんだな」

「一五〇ccの継続生産(コンティニュエーション)モデルだってさ」

「なるほど、いい趣味だ。君のかい?」

 

 突然持ち上がったタチバナさんの視線を追うと、

 

「は、初めましてー……」

 

 千束がやけに緊張した様子でバンの陰から顔を出している。

 あ、汗か。相手が相手だから全く気にしてなかった。

 おい、何笑ってんだタチバナ。俺とお前の仲なんだから今更いいだろ。

 とりあえず脇腹に肘を入れておく。

 

「このバカノッポはタチバナ。あたしの部下」

「といってもコードネームだがね。よろしく、錦木さん」

「私のこと知ってるんですか?」

「サイトウがよく話してくれてね。今度お店にお邪魔させてくれ」

「ぜひぜひ!」

 

 さわやかだなぁ、タチバナさん。いつもの悪ガキモードを完全に封印してやがる。俺はさっきの仕返しに鼻で笑ってやった。

 千束の前じゃやり返せないみたいだ。ざまあみろ。

 

「さて……これが例の資料だ。デジタルコピーは取るなよ」

「確認する」

 

 渡された封筒には、物々しいFOR YOUR EYES ONLYの印字に加えて、閲覧に必要な機密取扱資格の等級が記してある。

 千束が空気を読んで車の後ろに引っ込もうとしていたから、その面を見せて引き留めた。レベル(フォー)ならファースト・リコリスの権限で足りる。

 中身はステープラーで留められた十数枚の報告書だ。ミスプリントがないかざっくり斜め読みすると、それだけでもあらかた内容を掴めた。

 念の為、シャッターを閉めた。封筒に戻した資料を自分の椅子の上に放る。そして、真剣な面持ちでこちらを見やるタチバナさんに振り返り、

 

「米国による可変サイクルエンジンの供与……どういう風の吹き回しだ?」

 

 声を低めて言った。

 

「ずばり、ユーラシアへの牽制だな。南鳥島沖のレアアース鉱床にちょっかいを出されたくないのさ」

「アメリカが一番の買い手だったね」

「ああ。世界総生産の四割を日本が握る時代だ。よその覇権国家に掠め取られちゃかなわん。蜜月をアピールするには──」

「技術共有が一番いい。国粋派はお冠だろうけど」

「ハッ、()()()のキレっぷりは今思い出しても笑えるぜ。今年中にもF-23J改(ストラト・ゴースト)用に本国版F-23N(シー・ゴースト)から塩害対策を省いたF-160-1エンジンが一〇〇基。それと予備部品が二〇〇セット納入される。同時に生産用図面もな」

「この間の工廠用地策定はそういうことか。エンジンの製造とメンテナンスを丸々国内でやるなら、確かにあれだけの規模が必要だ」

「新型エンジンの発電能力があれば、F-23は無人機管制能力を獲得できる。第五・五世代戦闘機の戦略的価値は計り知れん……案の定、SVR(ロシア)国家安全部(チャイナ)が嗅ぎ回り出した。内調も公安も大忙しだ」

「ロシアといえばだけど……」

 

 もう三歩、身を寄せた。まるで逢瀬のように彼の肩を抱いてその胸にすがり、千束の目から唇の動きを隠す。ケッ、無駄に背の高い野郎だ。

 

「今朝の報告書、読んだ?」

 

 ここから先は彼女にも聞かせられない話になる。タチバナさんは俺とリコリコが協働していることを把握しているから、機密を大っぴらに話しても気にはしないだろう。しかし、それによって俺と彼の特異な関係を千束に勘付かれるわけにはいかない。

 それだけは、誰にも。

 

「昨日の件は俺も把握してる。北押上駅で回収されたのも、確かロシア製だったよな?」

 

 意図を察した彼が耳元で囁く。

 

「六割はそう。残りはルーマニアと中国のコピー品が占めてる。シリアルナンバーはまだ情報部が照合中だけど、今回潰したマーケットが出処の一つとみて間違いない。一〇〇〇丁の銃は死んだ商人がいくつもの業者から買い集めたものだ」

「マフィアはロシア本国からの直輸入を謳っていた……」

「軍関係者、もしくは軍に縁深い人間による横流し」

「マフィアと軍の橋渡し役がいる。とはいえ国外の相手となると、DAではな」

「内調の()()()にロシアに潜ってるのがいたろ。そいつらから何か情報を得られないか?」

「よその組織に言われてリスクを冒しはしないだろう。俺が行くという手もなくはないが」

「いいアイデアだけど、今はあまり戦力を分散させたくないな。真島は延空木の破壊をほのめかしていた。その前に奴を止めないと──」

「DAの存在を明るみに出す機会を失う。俺とお前は一巻の終わりってわけだ」

「……タチバナさんまで道連れになる必要はないだろ。まだ、」

「まだ、なんだ。まだ引き返せるとでも言うつもりか?」

 

 強い口調で言葉を断たれた。飄々とした普段の姿からは想像もできない、硬質な芯を感じる響きを伴っていた。きっとそれが、今までひた隠しにされてきた彼の本来の姿なんだろう。

 

「それだけはありえない。地獄の底まで付き合うさ」

「……何も変えられないまま、野垂れ死ぬかもしれないとしても?」

「俺は誰も愛さないが、だからといって大切に思う人間がいないわけじゃない。わかるだろ」

「わかる。でも、わからない。どうしてそれが俺なのか」

 

 彼の目を見上げた。

 伏せられた眼差しには葛藤が見え隠れしている。言いたくないのか。

 それでも。

 

「タチバナ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか、俺に肩入れする訳を」

 

 彼の両手が、俺の肩をそっと包んだ。

 素肌と素肌が触れ合っても、どうしてか振り払おうとは思わなかった。

 嫌な欲望を感じないからだろうか。

 いや。

 彼の手から伝わるのは、俺の知らない情感だった。

 今まで受け取ったことのないもの。

 本当なら受け取れるはずだったもの。

 ミズキさんがくれたものによく似ていて、しかし、わずかに違うもの。

 温かい? 

 わからない。

 俺には何も、わからない。

 

「……長い話になる。俺が、お前が、何者で。なぜお前の体が()()()()()のか。ろくでもない、どうしようもない、むごい話だ。それでも知りたいか」

 

 反射的に息を吞みかけて、彼の背後にいるだろう千束の存在を思い出して踏みとどまる。

 言いたいことはたくさんあった。けれども今は、黙って頷いた。

 

「次の休みに、俺のセーフハウスに来てくれ。前にレコードを聴いたところだ」

 

 どちらからともなく体を離した。

 互いに平静を装う。

 

「それじゃあ俺は行くよ。すまなかったね錦木さん、せっかくの休日に仕事の話を持ってきてしまって」

 

 シャッターを自ずから持ち上げて、彼はガレージを出ていった。一方で千束は返事もしない。彼女らしくないな、なんて思って振り返ったが、いない。忽然と消えやがった。

 

「おぉぉぉおぉちおちおちおちつけ……」

「……あぁ?」

 

 耳を澄ませば、バンの後ろの方から何やら奇っ怪な鳴き声が聞こえてくる。

 ああ、大体察したわ。お前さぁ……。

 

「おい色ボケ」

「みぎゃああああすんませんっ! すんませんっ! ジブンなんっも見てません!」

「オメーが考えてるようなのじゃねーよ、アイツは」

「い、命だけは勘弁してくだせぇ、おねげぇしますだぁ──へっ?」

 

 ひょいと顔を出して急襲するや否や、バネじかけのおもちゃみたいに忙しなく土下座の体勢に移行したアホは、その澄んだ緋色の目を点にした。

 

「機密レベル(シックス)に指定された案件について、速やかに協議を行う必要があった。情報漏洩を防ぐための必要な措置だ」

 

 千束は顔を引きつらせながら曖昧に頷いた。

 チッ、さては納得してねーなこいつ。さらにカードを切るか。

 タチバナさんと仲がいいのは認めるが、別の意味で懇ろな間柄だと思われるのは、なんか……すげーヤダ! 

 

「第一に、タチバナさんは無性愛者(エイセクシュアル)だ。それも、エイロマンティック・エイセクシュアルだ。分かるか?」

「……あ、そうなんだ。押忍、理解しました」

「第二に、あたしも同性愛者(レズビアン)だ。だから恋愛に発展することはありえない。OK?」

「おぉ、OKOK! なぁーんだびっくりしたぁウハハ!」

「つーわけで、とっととシャワー浴びてたきな迎えに行こーぜ」

「おうよ相棒!」

 

 千束に手を貸し、立たせ、裏口の先のLDKへ──

 

「……うん?」

 

 ──行こうとして、止まった。

 

「レズビアン」

 

 一言一句確かめるように、しみじみと千束は言う。

 

「うん」

「レ、ズ、ビアン……」

「うん」

 

 彼女は一旦、天井を仰いだ。

 

「……えぇぇぇぇぇぇぇちょちょちょそれ初耳なんですけどぉ!?」

「まぁ言ってねぇしな」

「え、じゃあこれ、お家、えっ、お誘、おち、おち、おちおちおちおちおち落ち着けワタシ……!」

「おーおー、あることないこと考えてんなぁ」

 

 安心しろって、お前も恋愛対象じゃねーから。

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