絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 日米安保条約改定に係る協議のために来日していた米国国務長官が、テロリストの手によって殺害された。

 そのニュースは事件発生と同時に、司令直属の情報機関である特命情報調査室と、その下支えとして創設された第一一から第二〇までの特設任務部隊(タスク・フォース)に届けられた。

 襲撃された、ではなく、殺害された、と断定形だったのは、護送車列の中心に陣取っていた国務長官の車両が最初に攻撃を受け、彼が脱出するよりも早く爆発炎上したからだ。

 依然として室長、斉藤(サイトウ)日葵(ヒマリ)を欠いたままの特調実働班が第二一特設任務部隊(ブラックジャックス)として現場に到着した頃には、情報にあった自動車爆弾と自爆ドローンの群れは跡形もなく、炎上する護衛車両とパニックを起こした民衆、そして負傷した大勢のシークレット・サービスが残されているのみだった。

 一連の事件は交通事故という形で処理されたものの、白昼堂々の犯行ということから目撃者はあまりに多く、ラジアータによる情報統制があってなお、テロの噂が人々の間でまことしやかに語られている。加えて、ネットのごく狭い領域では、過去の民族的対立からヤクーチアや中華連邦の関与を感情的に主張する陰謀論さえもが発生しており、事態の収束には長い時間と多数の人員を必要とするだろう──というのが、DA情報部の分析であった。

 

「俺たちは自爆ドローン群のセッティングに関わったと思われる七名を追跡の上拘束。現場にて尋問したところ、全員が国際テロリスト、真島との関与を認めた」

 

 ゴウダは言いながら、その巨大な手に掴む資料を一枚捲る。

 

「自爆ドローンは民生品のクワッドコプターだが、護衛車両のジャミング電波対策に簡易的な慣性航法機能が追加されていた。機体から持ち主の指紋は発見できなかったが、復元の結果、このシンボルが機体上部にプリントされていることがわかった」

 

 紙面の中央に大きく印刷されたそれは、ディフォルメされたブリキのロボット。四角い頭からアンテナと回転灯を生やした古典的なアイコンだ。

 

「……ロボ太」

 

 それを見て憎々しげに吐き捨てるものがいた。

 

「サイトウが危惧した通りになっちまったな、楠木よ」

 

 彼女は特命情報調査室と特設任務部隊(タスク・フォース)の連名で提出された報告書を机上に放ると、憮然とした表情を繕うこともせず、疲れ果てた様子で鼻を鳴らす。一部始終を眺めていたゴウダは、彼女から放たれる苛立ちの気配を敏感に察知し、同情するように片頬を持ち上げた。

 ある種不敬ともとれる仕草を彼女は全く意に介さず、机上から執務室の空間を苦々しげに睨みながら見解を語る。

 

「AIそのものに手が出せずとも、警視庁のネットワークから監視カメラの目を盗んでしまえば、予測精度は落ちる。ラジアータが抱える欠陥の一つだ」

「対策はあるのか?」

「対症療法を対策と呼ぶならな。ネットから攻めるのであれば、攻性防壁(ブラックICE)を張って捕らえる他ない」

「最近の電脳犯罪はニューロマンサーじみてんのな」

「ゴウダ、話を戻せ」

「悪い。現場にいたリコリスとリリベルは、前情報なしに奇襲を受けたってのに軽傷者を数名出しただけで済んだって話だ。それも、逃げる群衆に押されて転んだだけで、直接攻撃されたわけじゃあなかったらしい」

「真島は既にサイトウと交戦している。必然的に制服を見ているはずだが」

「妙だろ? これについちゃ手掛かりは無しだ。まさか、民間人の虐殺を企んだテロ屋が今更博愛主義に目覚めるわけでもなし、な」

「どのみち、我々が獲得した情報は地下鉄で会敵したサイトウの証言と、奴が記録した映像のみだ。真島の身元が判明したとて、人物像を読み解くには至らん」

「不甲斐ない話だ。年端もいかない子供が片腕と片目を犠牲にして得た情報を、俺達はロクに活かせていない」

「ゴウダ」

「なんだよ?」

「言うな」

 

 両者の間に数秒の沈黙が生まれた。

 

「お前は樺太への派兵経験があったな」

 

 何事もなかったかのように口を開く楠木。ゴウダが先の話題を追求することはなかった。

 

「……樺太経済特区。ASEAN2.0(アセアン・ツー)の落とし子か。内戦の時のコネはあるにはあるが、あそこはカオスだ。今更アテにはならねぇと思うぜ?」

「だが、極東で歩兵戦闘車(IFV)ほどの大物を捌くとなれば樺太以外には考えられん。一〇〇〇丁の銃にも同じことが言える」

「真島とマリヤの背後には、同じ黒幕がいると?」

「どちらも莫大な資本(ファンド)に飽かせた力押しだ。国内で不審な金の流れが見つからん以上、可能性は高いだろう」

「調べるなら力負けしない面子がいる。助っ人をくれ」

「ナカムラ、フクシマ、バックアップにコイズミを充てる。十分な装備を与えるが、目立つ真似は避けろ」

刑事(デカ)上がりのフクシマは分かるが、コイズミ(ジイさん)をか?」

「電脳戦に専念させろ。真島が有能なハッカーを手に入れた今、アラキを動かすわけにはいかん」

「同窓会かよ。まあ、事情は分かった。久々に海外旅行と洒落込むか」

「任せたぞ」

 

 部屋を出る間際。ゴウダは何かを思い出したように、ああ、と大げさに声を上げた。振り返る彼はしたり顔で、何やら良からぬことを考えていることは明らかだ。楠木の眉間に皺が寄る。

 

「これは独り言だがな。いくらツーカーの仲でも言わなきゃ伝わらねぇことってあると思うぜ、俺ぁ」

「何のことだかさっぱりだな」

「相変わらず誤魔化すのが下手だねぇ、お前は……」

 

 ま、お前のペースでいいと思うがね。(いかめ)しい眉を下げて笑うゴウダは、今度こそ、その巨躯を曲げて戸口をくぐっていった。

 重厚なドアが音もなく閉じてから、楠木は一人、地獄の底から響くような、長く低いため息をついた。

 

「あの男はっ!」

「ひゃあぁっ!?」

 

 ゴウダと入れ替わりに入室した司令助手が、刮目し声を荒らげる楠木を前に恐怖したことは言うまでもない。

 

 

§

 

 

 和服の着付けにもすっかり慣れてしまった。

 この鮮やかな紫の給仕服に初めて袖を通したのは三年前だ。千束にアルバイトの話を持ちかけられて、頷いた瞬間、更衣室に連れ込まれてあれよあれよと言う間に着せられた。それもおろしたての新品をだ。あいつ、もし俺が断ってたらどうするつもりだったんだろう。

 ……ずっと紫が似合うと思ってたんだ、か。ミカさんと色がダブってることを突っついたら、先生のは青っぽい江戸紫で、こっちは赤みの強い京紫だからセーフだとも言ってたっけな。

 俺は、というかヒマリは、筋金入りのブルベ冬だから寒色系のほうが似合う。それをわかっていて赤のニュアンスを入れたのは、多分、ちょっとした姉心というやつだ。

 千束は俺に世話を焼くのが好きらしい。というか、出会った時からどうにも俺の姉役をやりたがる節がある。その割には、数ヶ月前まで俺のことをタッパのデカさから年上だと思い込んでいたようだけど。

 まあ、フィーリングで動いているように見えて誰よりも思慮深いのが錦木千束というやつだ。きっと何か、本人なりの理由があるんだろう。

 

「さぁいとー?」

 

 噂をすればだ。襟を正して、ロッカー備え付けの小さな鏡を覗く。一応飲食店だから清潔感を意識してナチュラルメイクにしてみたけど、久しぶりだからクオリティには自信がない。

 うん、まあ、悲惨な見た目にはなってないから大丈夫だろ。勘はこれから取り戻していけばいい。

 

「なにー?」

「わぷぁっ!?」

 

 更衣室の引き戸を開けるや、白金の髪(プラチナ・ブロンド)の弾丸が交通事故じみた勢いで胸元に突っ込んできた。

 

「どしたの」

「ハグしちゃろと思ったら、想像の倍くらい肩がたけーとこにあった……」

「たきな相手の感覚でいったのな……」

 

 ん! と得意気に腕を伸ばしてくる千束を、俺は観念して受け入れた。どうしても肩口に顎を乗せたいようだったから、膝を曲げてなんとか背丈を合わせてやる。ズボンやスカートなら足を目一杯広げるだけで事足りるんだけど、和服だからその辺の勝手がすこぶる悪い。

 千束は一六二、俺は一七四。身長差一二センチの弊害だ。

 

「あ゛ぁ~でっけぇ、やらけぇ、あったけぇ……」

「お客さん、ウチそういう店じゃないんスよ」

「よいではないかよいではないかぁ〜、だってもういつぶり? 一緒に働くの」

「二年と半年ぶり」

「ほらすっごい久しぶり、むぎぎ……!」

「今度は何」

「『嬉しい嬉しい』やりたいのに持ち上がんねぇ……!」

「よくわかんねーけど」

 

 「嬉しい嬉しい」とやらの正体をなんとなく察して、反対に千束をひょいと抱き上げる。

 

「こういうこと?」

「うお高っ!」

 

 うお軽っ。発泡スチロールでも詰まってんのか。いや、今まで俺が担いできた体重一〇〇キロオーバーのヤクザやらリリベル三人やらに比べたらそりゃそうか。

 抱えられてからずっとニヤニヤとだらしなく笑っている千束をそのままに、バックヤードを出てカウンターの横に出た。さすがにそのままじゃ戸口はくぐれなかったから、途中で横抱きに変えたけど。

 

「お姫様抱っこだ! キャー!」

 

 ミカさんは厨房で新品の焙煎機と格闘中。たきなは小上がりの座敷で黙々とちゃぶ台を拭いている。ミズキさんはまだ来ない。クルミは戦力外。

 俺はとりあえず店先を掃くか。ちょうどヒマ人を捕まえたところだ。

 

「え、待ってこのまま外?」

「掃除するから手伝って」

「ちょこれはさすがにハズいって! せめて心の準備──」

「うるせー」

「あー困ります! 困りますお客様! お客様ァーッ!」

 

 背中でドアを押す。からんころん、とベルが鳴る。晩夏には珍しい、からりとした空気の朝だ。

 見上げれば、遠くにへし折れた電波塔。

 結局ここに戻ってきてしまった。

 司令はまだ俺を呼び戻さない。

 今ばかりは、あの人の考えがわからない。

 

「あら、あら」

 

 上品な声に振り返った。店の隣に住んでいるおばあさんが竹箒片手に俺たちを見て微笑んでいた。案の定、千束は腕の中で硬直した。

 こういうのは堂々としているほうがかえって恥ずかしくないもんだ。

 ま、何はともあれ。

 

「おはようございます」

 

 喫茶リコリコ、開店。

 

 

#6:The Opening

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 徳田和彦、バツイチ、子供なしの二八歳、雑誌ライター。リコリコの常連たる彼を出迎えたのは、聞き覚えのない、しとやかなアルトボイスだった。

 

「お席へどうぞ」

「え、ええ。どうも」

 

 その中性的な美女とは初対面のはずだが、どうしてか彼女は徳田の定位置を知っていたらしい。上品な手つきでカウンターの真ん中を差し、にこりと微笑んで店の奥へ消えた。

 瀟洒。そんな言葉が徳田の脳裏をよぎる。彼女は一体いくつなのだろうか。和風の制服を一分の隙もなく着こなすその姿、その立ち振る舞いが醸す成熟した魅力は店主のミカにも似ているが、ともすれば男にさえ見える涼しげな目鼻立ちの端々には、しかしどこかあどけない、可憐な少女の印象が垣間見えるような気もするから不思議だ。

 

「サイトウ君です。時々助っ人をしてくれていたんですが、今日からはフルタイムで」

 

 黒い肌の店主にそう言われて初めて、無自覚に彼女の背中を目で追っていたことに気づいた。とはいえ男女のアレコレはとっくに懲りた身、誓って下心はない。それは単に、性別も、年齢も、全てが曖昧であるがゆえの美というものへのささやかな気付きだった。

 注文したブレンドコーヒーと団子が手元に届く頃には、店内はにわかに混みだしていた。常連客が過半を占めている。作家の米岡や漫画家の伊藤といった、徳田が内心で密かに戦友と呼ぶ物書き仲間の姿もあった。

 豆の配達にでも行ったのか、看板娘二人組は姿が見えない。ミズキも厨房に行ってしまった今、ほとんど満席のホールを回しているのはサイトウただ一人だ。しかしそれでも彼女の優美な所作はまるで崩れる様子がない。

 

「いらっしゃいませ、伊藤先生。今月の連載、拝見しましたよ」

「あら本当? 嬉しいわー!」

「今日もお仕事ですか?」

「ええ。今日中にネーム終わらせないと編集さんに殺されそうで、追い込みにね……あ、いつもの頼める?」

「グァマテラとおはぎセットですね。かしこまりました」

「サイトウちゃん、俺もいつもので!」

「米岡先生は水出しのアイスでしたね」

「覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ」

「どら焼きはお付けしますか?」

「密かなお気に入りまで……!? お願いします!」

 

 一人でこの場を保たせている彼女の恐るべき手際の良さもさることながら、何より驚いたのは常連全員の名前と好みを完全に把握していることだった。頻繁に店を訪れている物書き愚連隊の面々はまだ分かるにしろ、ごく最近ここへ通い始めた中学生のカナさえもそうなのだから、全く驚異的というほかない。

 注文を取る傍ら、セーラー服の少女とにこやかに談笑する彼女は、まさに接客のプロフェッショナルといえよう。

 

「すごいなぁ、若いのに」

 

 己の独白にジジ臭さを覚えながら、徳田はラップトップを開いた。指を内蔵の指紋センサーに乗せようとした瞬間、

 

『──国務長官は病院へ搬送されましたが、その後死亡が確認されました』

 

 カウンターの右端。調度品の並ぶ造作棚に置かれた小さな液晶テレビが、不穏な言葉を吐いた。

 

「あれって、アメリカから来てた人ですよね」

 

 徳田が呟くと、ミカは今まさにコーヒーサイフォンのヒーターを点けようとしていた手をはたと止め、やけに鋭い目を画面に向ける。見たことのない顔だ。まるで、臨戦態勢の兵隊のような。

 

「ええ。日米安保条約改定のために。まさか警護車列ごと多重事故に巻き込まれるとは」

「協議はどうなるんでしょう。いや、その前に日本の責任問題になりそうだ」

「いずれにしろ荒れるでしょうね。国内も、国外も……」

 

 あるいは既に、世は乱れ始めているのかもしれません。

 その言葉は天啓のように徳田の耳朶を刺した。

 血生臭い内戦の果てに、かつてのロシア連邦と袂を分かったヤクート=シベリア社会主義共和国。周囲の国々を共産化のうえ併吞し肥大化を続ける中華連邦。北西に目を向ければ、ロシア内戦の動乱に飲まれ、今やいずれの国が領有しているのかさえ定かではなくなってしまった混沌のるつぼ、ASEAN2.0(アセアン・ツー)共同統治領、樺太。

 そんな周辺国家に囲まれた日本が、今日まで世界一良好な治安を維持していること、本来ならばそれそのものが奇跡なのだ。

 世は乱れ始めているのではない。既に乱れている。平和な日本に暮らすあまり、徳田はそれを失念していた。

 国務長官の死は、本当に事故が原因なのだろうか。普段なら陰謀論として一笑に付すような疑念さえ、今の徳田には妙な生々しさを伴って聞こえる。

 とはいえそれも一過性のもので。団子を頬張り、美味いコーヒーをすすれば、ほどなくして懸念は意識の遠くに追いやられた。

 God's in his heaven(神、そらに知ろしめす。), All's right with the world.(すべて世は事もなし。)

 徳田は敬愛する作家の詩の一節を想起する。

 今まで何も起きていない。

 これからも、何も起こらない。

 戦争を知らない彼の心根には、そんな楽観があった。

 

「たーだいま帰りましたぁ!」

 

 書きかけの記事を開く徳田の背後。正面の入り口から堂々と凱旋してきたのは、やはり千束だ。おそらくは、親鳥に引っ付いてまわる雛鳥のように、たきなもそこにいるのだろう。なんともほほえましい。もちろん予想は予想であって、その目で見ているわけではないのだが。

 

「おかえりなさい」

「ンフ。サイトーが敬語使ってんのちょっとウケるな」

「お客様の前ですから」

「えーいつも通りでいいんだよ? 私たちと喋るときくらいはさ。ね、先生!」

「ああ。構わないよ」

「普段の言葉遣いが荒いので……」

「荒いかなぁ? どっちかっていうと」

「男っぽいですか?」

「そーそれ!」

 

 え、なにそれ推せるっ! と食いついたのは小上がりの座敷でタブレットにペンを走らす伊藤だ。サイトウと同性ゆえか遠慮というものがない。

 急がないと担当の方に殺されるんじゃなかったのか、と徳田は内心でツッコミを入れた。

 

「千束、プライベートのサイトウちゃんってどんな感じなの?」

「んー、なんちゅーか雰囲気が()()

「攻め! ミステリアス美女は王子様だったのね!」

「うんうん、ほんとそんな感じ。私服はすごい男の子っぽくて、でも意外と甘いもの好きでー……」

 

 人のことを言えた身分ではないな、と思い直した直後、

 

「ちょっと目ぇ離すとすぐ女の子にナンパされてる」

 

 熱々のコーヒーが気道に入って激しく咳き込んだ。店主の気遣うような視線がつらい。

 

「される側なんだ……あれ、案外()()?」

「えっえっ、待って! そうじゃん!?」

「うう……私ギャップ萌え大好き……」

「あの、お二人とも何のお話をしてるんです……?」

「フォッフォッフォッ。オヌシも大人になればわかるぞサイトー少女」

「うわウッザ」

「はひゅっっっ」

「後藤先生!?」

「っくぅ~、インスピレーション湧いてきたぁ! ちょうどコンセプトが迷走してる子がいたから助かったわ! ありがとね!」

「後藤さんそれちなみにどういうキャラなの?」

「主人公のビジュアルがあんたモチーフって話はしたでしょ? そいつに激重感情抱えてるクーデレ寡黙お助けキャラよ! ちょっといい雰囲気になる予定!」

「ちさサイ地雷です」

「サイトーあんたなんてこと言うの」

「千束、ちさサイってなんですか?」

「うぐ、えっと、いわゆるカップリングの略称的な」

「カップリング」

「フィクションの中の、その……れ、恋愛、カンケ―……」

「千束が辱めを受けてるわよサイトウちゃん」

「たきなって割とそういうとこあんスよ」

「無知攻め。そうか、そういうのもあるわね……」

「後藤先生が書いてんの少年誌でしょう」

「抜け穴はいくらでもあんのよ」

「コワ〜……」

「サイトウ、お団子できたから持ってっちゃってー」

「あ、はい、ただいま!」

 

 厨房から飛んできたミズキの声にサイトウが座敷を離れると、千束は、さあ、ぼちぼちやりますか! とたきなの追及から逃げるように慌ただしくバックヤードへ駆け込み。それを諌める店主の横で、女性客の一団に猫可愛がりされていたクルミがようやく解放される。

 ああ素晴らしきかな、平穏なる日々よ。

 願わくばこれが、ずっと続きますように。

 

 

§

 

 

「仕事だ」

 

 脂汗の浮くような、嫌な種類の緊張を一瞬だけ抱いた。直後、ここが喫茶リコリコであることを思い出し、密かにほっと息をつく。

 そうだった。ここじゃ俺は、誰も殺さなくていいんだ。安堵を悟られないよう、平静を装ってカウンターのミカさんを見た。表には閉店の札を提げているから、客はもういない。

 

「たきなとですね?」

「ああ。千束と君、千束とたきなのツーマンセルでの作戦遂行能力は実績が証明している。今回は戦略を広げる意味で新しい組み合わせを試したい」

 

 二階席にいた千束が、いかにも興味津々といった様子で手すりから身を乗り出す姿が視界の端に見えた。緋色の瞳をクリスマスのイルミネーションばりに輝かせまくっている。少女漫画かよ。

 

「嬉しそうだな」

「だって初めて三人揃ったんだよ! 嬉しいに決まってんじゃん!」

「千束がバックアップしてくれるなら安心だ」

「え〜何それ照〜れ〜るぅ!」

 

 なんだろう、こないだ頭に食らった破片のせいで幻覚でも見えてんのかな。千束がゴールデンレトリーバーみたいなフサフサの尻尾を千切れそうなくらいぶんぶん振ってるように見えるんだけど。あとなんか、すっごいくねくねしてる。何あの動き。怖。

 

「まあ、なんだ。とにかく無事に帰ってきなさい。いいね」

 

 ミカさんは困ったように苦笑して、そう締めくくった。怪我なく、とは言わないのが誠実だ。この人は子供を戦いに駆り出すことの意味を、きっと俺よりもよく分かっている。

 千束とたきなの二人が店を空けている時、あるいは閉店後、地下室で俺と一緒に非殺傷弾を手詰め(ハンドロード)する時。彼はまれに、疲れたような気配を発する。言葉や仕草、表情に現れるようなものではないけれど、俺にはなんとなくそれが感じられる。

 自責に駆られる人の匂いを。

 楠木司令と同じ、どこか哀しい空気を。

 だから信用できる。

 

「行こ!」

「……うん」

 

 ご機嫌な千束に背中を押されながら更衣室の前まで来た。引き戸を開けようとして、気づく。扉のすりガラス越しに人影が見える。ミズキさんだ。

 

「どしたサイトー?」 

「あ、いや……」

 

 なんか入ったらダメな気がして、とは口が裂けても言えなかった。急にまごつき出した俺のかわりに千束が扉を開ける。

 反射的に顔を背けた。

 

「サイトウさん?」

 

 背けた先にたきながいた。そりゃそうだ。彼女もこれから着替えるんだから。

 包囲された俺は観念して戸口をまたいだ。ロッカーの位置の関係で、ミズキさんとは背中合わせになるのが唯一の救いだった。

 ったく、なんだって今さら意識を。羞恥を内心の罵倒で上書きしながら帯を解く。

 キャミソール、半袖のブラウス、タイツ、ハーフパンツ。太腿にはセカンダリの小さなリボルバー、キンバーK6Sを収めたポリマー製ホルスターと、.357マグナム弾をセットしたスピードローダーのポーチをそれぞれホルスターベルトで留める。殺傷力の高いジャケッテッド・ホローポイント弾頭だ。気は進まないが、万一の事態にたきなの命を守るためには、敵を初撃で確実に殺さなきゃいけない。

 使う時が来なきゃいいけど。

 

「半ズボンにタイツて。暑そー」

「見える方がイヤ」

「あはは、サイトー足癖悪いもんねぇ」

「そうですか? イメージないですけど」

「あぁ、そーゆー例えよ。見ててみ、この子ヤクザキックで自分よりでっかい人ぶっ飛ばすから」

 

 夏季仕様の三等戦闘制服、いわゆる白服に袖を通す。スカートの裾上げはしていないから脚は膝下まで隠れる。これだって、至近距離で翻せば相手の視界を塞ぐ立派な武器だ。

 

「私もいつかは……」

「デッドリフト五〇〇キロ」

「えっ」

「あたしの自己ベスト」

「……本当に同じ人間ですか?」

「さぁ? 一皮剝いたらターミネーターだったりしてな」

 

 ロッカー最下段のマガジンボックスからシングルカラムの弾倉をごっそり抜いて、サッチェルバッグの底に挿せるだけ挿し込む。弾薬箱の隣のピストルラックに置かれたシルバーの大型拳銃が当座の相棒だ。

 グロック17はセーフハウスにある。口径が九ミリだから千束と弾薬を共有しにくい、という事情もあったが、何よりあれは血を吸いすぎている。それに当時のものとは個体が違うとはいえ、俺が殺した二一人のリコリスのうち、一四人の死因はグロックだ。グリップを握った瞬間に負の記憶が蘇るような代物をプライベートで使う気にはなれない。

 今だけは、このハードボーラー・ロングスライドを。

 

「でっけー。私本物初めて見た」

「バレル長七インチでしたっけ。精度はかなり高そうですが、非殺傷弾では……」

「そうでもないよ。こんだけ長いマッチグレードのカスタムバレルなら若干……本っ当に若干だけどマシになる」

「ちなみに私の1911クローンもマッチグレード・バレル入れてるよ、てか最初っから入ってた」

「手ぇ込んでるよね、千束のコンバットマスターは」

「サイトーのそれも中々こだわってんじゃん?」

「まーね。練習の時にでも貸そうか」

「やったぁ! デデンデンデデン……デデンデンデデン……あいるびーばぁっく……」

「私まだ見てないんですよね。ターミネーター」

 

 このハードボーラーは千束の銃と同じく、特許(パテント)の切れたM1911ガバメントをベースに作られている。取り回しに優れるコンパクトピストルとして再設計されたデトニクス社製のコンバットマスターに対して、こちらは大型化による精度向上に舵を切ったモデルだ。対照的な二丁だが、どちらのシルエットにも原型であるガバメントのディテールが色濃く残されている。ありきたりな言い方をするなら、まるで親子のように。 

 そのせいか、ただでさえ機嫌の良かった千束のテンションは今やストップ高だった。放っておいたら空でも飛びそうだ。

 

「みなさーん! お忘れ物はございませんかー?」

「ハーイ」

「はい」

「では出発! 錦木隊長に続けぃ!」

「ハーイ」

「はい」

 

 律儀に千束についていくたきなの背中を追って、部屋を出る間際。

 

「……ミズキさん」

 

 着替えを終え、手の中で車のキーを弄んでいる彼女に、おずおずと声をかけた。

 

「ん?」

「え、っと」

 

 やっぱり話しかけるんじゃなかった。

 僕はDAを裏切る。その時、弱みがあっては、必ず付け込まれる。無関係な誰かが理不尽に傷つく。

 これ以上、この人に近づいちゃ駄目だ。

 

「ごめん。やっぱなんでもない」

 

 逃げるように更衣室を出た。玄関には行かなかった。従業員室として使われている和室に上がり、押し入れにいたクルミに、シャツの襟の内側に隠していたUSBメモリを渡す。

 

「なんだこれ」

 

 案の定、怪訝な顔をされた。

 

「近く、俺が指示した時に、このデータをミカさんの名義でDA司令部まで提出してほしい」

「中身は」

「受けてくれるまでは言えない。けど、みんなに不利益をもたらすものじゃない」

「あいつらは知ってるのか?」

「くれぐれも、内密に頼む」

「自分で持っていけばそれで済む。ってわけでもないんだな、その口ぶりだと」

「……頼む」

 

 面倒は御免なんだが、お前には借りがあるからな。

 しばらく考え込んだ末、彼女は目頭を指でもみほぐしながら、気だるげに呟く。

 

「報酬の支払いは今まで通りに。釈迦に説法とは思うが、そのデータを用意したのはお前で、流せと言ったのもお前だ。結果として何が起きても、そこからはぼくの管轄外だからな」

「ありがとうクルミ。恩に着るよ」

「別に。金払いのいいクライアントとは精々長い付き合いを。そういう打算だよ」

「どっかで聞いたセリフだな」

「どっかの阿呆のセリフだよ。やけにでかくて女ったらしな自己犠牲バカのな」

「自己犠牲だぁ? 千束あいつ」

「口を滑らせたのはたきなだ」

「……えっ?」

 

 ややあって、腑に落ちる。俺にとっては誤射の一〇発や二〇発なんて許す許さないの域にすら至らない、些細な出来事だったけど。

 

「ぼくにこんなことを言う資格はないが……あいつだってターミネーターじゃないんだ。友達をマシンガンでハチの巣にしたら、そりゃ気にもするさ」

 

 撃った側は、違うよな。

 なんで気づかなかったんだ。俺は、今までずっと、たきなに無理をさせてたんだ。

 必要なのはパンケーキとショッピングなんかじゃなかった。しかるべき許しのフェーズだ。俺にはいらなくても、たきなにはなくちゃならなかった!

 

「俺は大馬鹿だ、くそっ」

「そこで自分を責めるのがお前らしいというかなぁ」

「当たり前だ! 友達が悩んでるのを何か月も放っておいて、俺は!」

「被害者のお前が気にしてないなら、あとはたきな自身の問題だ。それに、あいつには千束がついてる。あんまり気に病むなよ」

「でも!」

「それでも気が済まないんなら、一緒に戦って、助けてやれ。今回はペアなんだろ」

「……うん。悪い。取り乱した」

「自分の痛みには鈍くても、他人の痛みには耐えられないか?」

「俺の痛みに価値はない。どうせ後には何も残らないんだ」

「歪だよ、それ」

 

 冷徹な声音だった。

 サイトー! はーやくぅ!

 表から聞こえてくる能天気な呼び声が、沈黙に割って入る。

 

「行ってくる」

「ん」

 

 踵を返す。クルミが手をぞんざいに振る。

 けれど彼女の青い眼差しだけは、どこまでもまっすぐに、真摯に、俺を射抜き続けた。

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