絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 廃工場を出た。ひび割れたアスファルトと錆びついた空き倉庫ばかりの殺風景な景色に、西日に照らされた蛍光イエローの規制線が浮かび上がって見える。

 ハンドサインを送ると、アラミド繊維製の可搬防弾防爆壁(オリガミ・シールド)の陰でごついライフルを構えていた警視庁特殊急襲部隊(SAT)の一人がテープを持ち上げてくれた。

 

「手出し無用との報告は伺っています。連中の退路への誘導は我々に任せてください」

「ありがとう。助かります」

 

 たきなを伴って真っ直ぐ歩く。防御陣地の後方には、機関銃や放水銃をハリネズミのように生やした警視庁の特型警備車に混じって、ごく普通のワンボックスが五台ほど。もっと奥には喫茶リコリコの赤いワゴンも見える。ボンネットに寄りかかってこっちを見ているのは、やっぱり千束だ。

 

「たきなは先に行ってて。あたしは第一九特設任務部隊(ナインライヴズ)に顔出してから──」

「室長! サイトウ室長!」

「出向くまでもなかったか……紹介するよ、たきな」

 

 サーボモーターの甲高い駆動音を伴って彼女は来た。力強い歩調で俺とたきなの両方に正対すると、音を立てて踵を揃え、模範的な挙手の敬礼を披露する。

 

「DA関東本部作戦司令部、特命情報調査室隷下、第一九特設任務部隊ナインライヴズ。隊長の(かしわ)であります!」

 

 俺と一緒に答礼を返すたきなは、かすかに動揺した様子を見せた。確かに、特設任務部隊なんて大仰な名前を聞いただけじゃ、同年代の子供で構成された集団だとは思わないだろう。

 いや、それもあるが、違うか。

 

「井ノ上たきなさんですね。ご活躍はかねがね伺っております。なんでも、あの錦木千束さんと組まれているとか」

「え、ええ」

 

 柏が差し出した手は、黒く艷やかな、カーボン製の筋電義手だった。

 

「失礼、驚かせてしまいましたな。あいにく両腕ともこれでして」

 

 言いながら、彼女は一つしかない目を細めて朗らかに笑った。海賊の親玉が着けているような眼帯が、かつて右眼のあった場所を覆っている。

 病床で初めて会った時より、ずっといい顔をするようになったな。なんてしみじみ思った。

 

「すみません。そんなつもりは」

「いえいえ! そう気に病まんでください。現場に出る方々からすれば、我々の見てくれは新鮮でしょうから」

 

 我々。そう、我々だ。柏が背後の車列を顎でしゃくると、そのうちの一台のスライドドアが開いて、隊員達が顔を出す。

 片腕の無い少女。片脚の無い少女。顔の火傷痕を前髪で隠した少女。そんな面々が、リコリスの戦闘制服とは少し様式の違う、まるで軍装のようなオリーブドラブの制服に身を包み、笑顔で手を、あるいは義手を振っている。五体満足の人間はむしろ少数派だ。

 

「タスク・フォースは皆、リコリスに不適格とされた候補生や、原隊復帰の困難な負傷兵等からなる検索専門部隊なのです。我々ナインライヴズは例外的に、ドローン・オペレーティングや電脳戦による現場への直接的な支援を主任務としますがね」

「あの、失礼ですが、皆さんはもしかして療養棟に……?」

「ええ、ええ、おっしゃる通りです。サナトリウムでは同輩に穀潰しと罵られ、()()を待つだけの身でしたが……サイトウ室長が、我々を拾い上げてくださいました」

 

 戦えない者に価値はないと本気で信じているリコリスは少なくない。馬鹿馬鹿しい価値観だけど、DAという人権を無視した組織においては、概ね事実でもある。

 壊れた備品は捨てられる。

 現代において身体の欠損は基本的に不可逆だ。筋電式の義肢装具を身に着ければ日常生活に支障は出ないが、戦闘に耐えうるポテンシャルはないし、第一、その特徴的な外見が群衆に紛れる必要のあるエージェントとしては不適格となる。

 人を殺せなくなっても捨てられる。

 理由は色々だ。抗精神薬の投与と心理士による面談を主とする()()()()()()()に耐性があり、殺人への忌避感を打ち消す事ができなかった者。任務のストレスに耐えられず、作戦行動が不可能なほどに重篤なPTSDや鬱病を発症した者。

 そういった不適格者──俺はこの言い回しが大っ嫌いだ──に休養を与え、治療し、前線に帰すためにあるのがサナトリウムだが、いつまでも休んでいられるわけじゃない。情報部や兵站部といった他部署への異動も、ポストに限りがある以上、よほどの才覚がなければ叶わない。結果として、復帰の見込みの薄い患者は大半が除籍処分を受ける。

 意味は説明しなくてもわかるだろ。

 

「急に呼んでごめんね。司令の説得、大変だったでしょう?」

「サイトウ室長の頼みでしたら、たとえ火の中、水の中でも駆けつけますとも。それにこれは、司令のご判断でもあるのです」

「えっそうなの?」

「『奴のことだ、休めと言っても休まんのだろう。休養中はお前達が補佐しろ』と。正式な命令書も頂いております!」

「ハハ……」

 

 素直に休んどけよ、とばかりにジト目をくれるたきなを俺は華麗にシカトした。

 今度は下から顔をガッツリ覗き込まれた。やめなさい。

 

「あー、あたし、みんなの顔見てくるね」

 

 頬を指で押しのけると、ぷひゅ、なんて間抜けな音を立てて空気が抜ける。適当にあしらわれて拗ねるたきなの様子に柏がカラカラと笑った。

 

「ぜひ五号車に寄ってやってください……ね?」

 

 その声色と眼差しの微妙な違いは、俺にしかわからなかったと思う。

 そっか。指揮車や通信車とは違うのが一台いるのは、そういうことか。

 

「おや、あちらにお見えになっていますのは錦木さんではありませんか? 井ノ上さん、差し支えなければぜひご挨拶させていただきたいのですが」

 

 早速気をまわしてくれた柏に軽く頭を下げて、車列の最後方にいる窓のないワンボックスへ歩く。

 観音開きのバックドアをノックして、開ける。車内からは消毒液の匂いがした。

 

「お久しぶりです、サイトウさん。早速ですが、始めてよろしいですか」

「うん」

「では、脱いだものはこちらのかごに」

 

 内装はほとんど救急車のそれだが、キャビンの片側にオフセットする形で据え付けられているのは、ストレッチャーではなく簡易的な手術台だ。俺は制服を脱ぎ捨てて、ほとんど倒れこむような格好でそこに寝転んだ。

 医療用スクラブを着たナインライヴズの一人が、ブラウスとハーフパンツだけになった俺に、やれ血圧計やらパルスオキシメーターやら、大量の検査機器を手際よく巻き付けていく。ドライカーボンの義手って案外、冷たくないのな。

 

「先生、お願いします」

 

 頭のほうでカーテンを開ける音がした。

 

「パラメーターがめちゃくちゃだ。また無理したね?」

「わざわざすいません、山岸先生」

 

 この恰幅のいい女性はDAの嘱託医だ。普段はリコリコの近所の病院にいるんだが、今回はどうやら、俺のメンテナンスのために柏たちに便乗して駆けつけてくれたらしい。

 

「いいかい。腕がもげて胴も千切れて、その上気絶したまま全身こんがり焼かれちまったんだ。いくらあんたでも一週間や二週間で全快するわけないだろーよ」

「先生」

「その上なんだい? あのでたらめな動き! 私は装甲車のくだりしか見てないけどさ、閃光弾で自分の手を焼くやつがどこに──」

「先生」

「何さ!」

「やめて。この子が怖がってる」

 

 左手と違って何も機器がついていない右手を差し出すと、ナインライヴズの彼女はすがりつくように握り返してきた。片方の手は生身で、もう片方が機械。なのに動きはとても柔らかくて、触れているとなんだか不思議な気持ちになる。

 五本指の義手は彼女の筋電位から、細かな震えさえも拾ってしまっていた。

 

「……悪かったよ。でもね、あんたの体がまずいのは、本当なんだ」

「ガワはともかく、体内がまだめちゃくちゃなのは、感覚で分かります」

「蛹の中身と一緒だよ。秩序立ってはいるけど、まだしっかりした形にはなっちゃいない」 

「あたしの勘違いならいいんですが、今までより治りが遅くありませんか」

 

 山岸先生はあからさまにばつの悪そうな顔をした。

 

「衰えてるよ。確かにね。でも、まだ大丈夫なはずだ」

()()()()には、まだ?」

「違う! それは違う。けど、そうだね……あんたのその性能、ただの人間にそれだけのものを持たせるのに、無理してないわけないってのは、わかんだろ?」

「今まさに思い知ってるとこです」

「飲んで効けば一番良いんだけどね。痛み止めを打っておこうか」

「眠くなるのは好きじゃないんですが」

「どうせ眠れるような痛みじゃないだろ、今は」

 

 名残惜しそうに手を放す助手と入れ替わるようにして、先生は俺の横のベンチシートに座り込んだ。

 黙って腕を出すと、彼女は、千束もこれくらい素直だといいんだけどねぇ、なんて愚痴りながら、ピアスニードルばりに太い注射針を静脈に刺し入れる。

 中身はかなり強めの麻薬性鎮痛薬。当然、常人には致死量だけど、こんなのでも数時間持てばいい方だろうな。

 

「千束にバレてないといいけど」

「あんたの名演技じゃ、あの子にだってわからんよ。よしんば気づいても、事情を知らなきゃ生理だとでも思うだろ」

「来たことないですけどね、そんなの」

「戦うための身体に、子を為す機能は必要ないって考えなんだろ。ったく、胸糞悪い話だよ」

「野郎は趣味じゃねっス」

「そういうことを言ってんじゃない」

 

 注射を終えた先生は、助手から別の薬剤が充填された二本目を受け取り、そのままの流れですっとぼける俺の額を指で弾いた。案外痛かった。

 

「こっちがあんたのところから投与するように言われてる謎の薬Aと、謎の薬Bね」

「ねるねるねるねかよ」

「私だって毎度毎度、患者にこんな得体の知れないもん打ちたかねぇわよ」

「調子は良くなるんで、多分必要なものなんでしょ」

「ハッ。お上は医者を舐めてんね……ほら、終わったよ。今回は謎の飲み薬も出てるから、持って帰んな」

「三番の粉?」

「あんた世代じゃないだろ」

 

 先生が壁の薬品庫を開ける。中には既に封のされた薬袋が、一、二……多いな。四袋もある。用法と用量以外の記載はなし。インフォームドコンセントもクソもない。

 パンパンに膨らんだそいつらを先生がどでかいビニール袋に詰め込む間、助手の女の子は両手で俺の頭を包み込むように撫でつづけた。不思議に思って顔を見上げると、右のこめかみ近くをつやつやしたカーボンの指で優しくなぞられる。

 そういえば、初めてみんなに会いに行った時、俺の話なんか全く信じてもらえなくて花瓶を投げつけられたっけ。破片で頭を切っちゃって血がドクドク出たのを覚えてる。気まずかったな、あれは。

 それでも何度も何度も、しつこいくらい病棟に通い詰めて、やっと信用してもらえたんだ。みんな戦えなくなった途端、友達だと思ってた奴らから酷い言葉を投げられてきたから。

 あぁそうだ、思い出した。ちょうど今この子が今触ってるあたりが切れたんだ。

 荒んでた頃の柏はまだ義肢に不慣れで、近くの壁にぶつけて脅かすつもりがコントロールを間違えちゃったらしくてさ。それはもう強烈なデッドボールだった。

 

「痕なんてないでしょ」

「ええ。綺麗です。とっても」

 

 どっちの意味で? なんてスカしたこと言ってみな。山岸先生にどつかれるから。

 

「仕事で困ったこととか、ない?」

「みんな充実しています。また制服が着られると思ったら、ベレー帽に、部隊章に、手足まで頂けるなんて……本当、なんていうか、今でもこうしてサイトウさんや皆さんのお役に立てているのが、夢みたいで。これ以上に幸せなことなんて、思いつきません」

「そっか……よかった。本当に、よかった」

「私たちだけじゃありません。第一一特設任務部隊(スピアヘッズ)も、第一二特設任務部隊(レイヴンズ)も、最後発の第二〇特設任務部隊(ミレニアム・ファルコンズ)だって。みんな、サイトウさんに感謝してぷゃっ!?」

 

 彼女の声音がいよいよ熱っぽくなってくると、先生は薬を詰め込んだ袋を頭上に落として黙らせた。

 ズシンって感じだったぞ今。錠剤の重さなんてたかが知れてるだろうに、どんだけ入ってんだよ。

 

「怪我人はそっとしておく!」

「いったぁい……」

「まぁまぁ、そう言わず」

「なんであんたが庇うんだ。普通だったら楽しくおしゃべりするどころか、泣きわめいててもおかしくないんだよ?」

「そこはほら、特別製ですから」

「ったくこの子は……今日のところはすぐ家に帰って、痛み止めが効いてるうちに少しでも寝ときなさい。それと、どうしてもって事情がない限りは急いで治そうとしないこと。今体力を消耗するとかえって長引くからね」

「はい。今度こそ真面目に休みます」

「痛みはどうだい」

「ずいぶん楽です」

「ならひとまずよし。お大事に!」

 

 寝台から立ち上がると、全身の関節が体外まで聞こえるんじゃないかってくらい軋んだ。相変わらずひどい調子だけど、発痛物質の洪水じみた、脳みそがパンクしそうな激痛は多少和らいでいる。

 普段よりセーブしてこれか。リコリコでの給仕みたいな軽作業はともかく、本気で暴れた時の反動はあんまり考えたくないな。

 脱衣かごに手を突っ込む。制服がない。と思ったら、助手の子が持っていた。持っていた、って言い回しで間違いないよな? 抱きしめてるようにも見えなくはないけど。

 

「……お手伝い、したくて。駄目でしたか」

 

 俺は黙って彼女に背を向けて、袖だけ通してもらった。

 さすがにボタンとベルトは自分で締めた。

 みんないい子なんだけどさ。向けられる感情が重いよね。すごく。

 俺は別に、みんなが思うほど凄い奴じゃないんだけど。

 謙遜とかじゃなくて、本当に。

 本当に。

 

「ありがとうございました」

「無茶すんじゃないよ!」

 

 車外に出た。注射痕だけは消して、他は言いつけ通りそのまま。

 鎮痛剤のせいか、足の裏が妙にふわふわと地に着かないような感覚があるが、一歩踏み出すごとに全身が痛むのに比べたらまだマシってものだ。これなら偽装バンの一台一台に挨拶して回ってもいいかなって気がしてくる。

 

「室長だ」

「サイトウ室長がいらっしゃってるよ」

「来てくれたんだ!」

「大所帯でガツガツ行くのもよくなかろ。ここは隊長に任せて我々は引っ込んでたほうが」

 

 なんて思っていたら、車の陰からひょっこり顔を出してヒソヒソやっている集団を見つけた。回るまでもなかったか。

 待て、この流れ最初にやったぞ。

 

「やば、サイトウさんと目合っちゃった。どうしよみんな」

「ばっかお前、先輩に気ぃ遣わせるんじゃないよ。リコリコさんとこの友達と来てんだから……」

 

 おいでおいで、と手招きしてみた。

 殺到された。

 

 

§

 

 

「溶けてら」

「うっせ……」

「サイトウさん、コーヒーどうぞ」

「ありがとー……あ、ミカさん。今回の業務委託ですけど、報告書出さないとなんで明日サインだけください」

「わかった。いやすまないね、書類仕事を押し付けてしまって」

「いえ、どうせ暇ですから」

「固体に戻った」

「じゃかあしい」

 

 たきなが淹れてくれたコーヒーをもう一口だけすすって、畳の上に寝転がった。というか、ぶっ倒れた。ちょうど俺の頭上にある押し入れから顔を出したクルミが、ちゃぶ台の上のラップトップに映る報告書のフォーマットを興味なさげに覗いたかと思えば、デカいあくびを一つ。

 つられて俺も。

 薬のせいで心地いい眠気が来てる。でも我慢だ。現場と店とで事後処理をしている間に日は沈んだけど、まだそんなに遅い時間じゃない。ちゃんと帰ってベッドで寝なきゃ。

 

「人気者は大変だねぇ。もみくちゃにされてたもん」

「他人事だと思ってぇ」

「ンフフ。感謝してたよ、隊長さん」

 

 千束が俺の口めがけて自由落下させてきたチョコレートを唇で捕まえる。

 

「みんなに居場所をくれたって」

 

 安っぽい甘さ。大袋で売ってるやつだ。俺は好き。

 体を起こして、コーヒーで流し込む。酸味と甘味がメインの軽やかな味がした。たきなはこういうのが好みなのか。少し意外かも。

 感想を伝えようと部屋を見回すも、彼女はもういなかった。忙しかったらしい。ちょっと申し訳ない。

 

特設任務部隊(タスク・フォース)一つ一つの規模はせいぜい一個小隊止まりだ。第一一から第二〇までを合わせても、サナトリウムの患者全員を受け入れるにはとても足りない」

「助けられた人がいる。それは、喜んでいいんじゃない?」

「あぶれた誰かが切り捨てられる構造そのものは、何も変わってないのに……?」

 

 何やってんだ、俺は。千束に言うことじゃないだろ。

 

「うん。うん。分かってる。放っとけないよね」

 

 寄り添うような口調に居心地が悪くなって、膝を抱えた。

 

「でもね」

 

 千束が背中合わせに体重を預けてくる。

 相変わらず羽根みたいに軽い。

 目を離したら消えてしまわないかと、不安になるほど。

 

「一人で背負うことないんだよ」

 

 何も言い返せなかった。

 

「千束だって、そうじゃないの?」

「えっ私?」

「俺の杞憂なら、それでいいんだけど。たまにさ、一人で難しいこと考えてる時、あるでしょ」

 

 俺が話を逸らしたことに、彼女は気づいたと思う。

 少し間があって、たはは、なんて困った笑い声が聞こえてくる。

 

「バレてたか。よく見てるなあ」

「最近付けてるチャーム、アラン機関のだよね。関係あったりする?」

「んーん。アランのことでも、ちょっとあるけど、それとは違うかな」

「そう」

「詳しく聞かないんだね」

「聞いて欲しそうに見えないからね」

「……整理がついたら、相談していい?」

「ん。いつでも」

「……ありがと。それにしても」

 

 しまった、と思う間もなかった。

 

()かぁ!」

 

 しんみりした空気から一転、急に元気になった千束が後ろから抱き着いてくる。力強えなおい!

 

「そっちが素かぁ〜! なんかしっくりくるわぁ!」

「くっつくな、暑い!」

「かてえこと言うなよニィちゃんゲッヘヘェ!」

「なんで三下になんだよいっつも!」

「店でイチャついてんじゃねーぞガキ共! アタシへの当て付けかっ!」

「ミズキさん助けて! 千束に蒸し殺される!」

「はあ? ったくしょーがないわねー、ほれ」

「ぎにゃぁぁぁぁ!?」

 

 通りがかりのミズキさんが千束に名状しがたい謎の関節技を決めると、便乗したクルミが、一体どこで売ってんだかさっぱり分からない猫じゃらしのおもちゃでがら空きの脇をつっつき。いよいよ現場はカオスを極めた。

 

「千束ー、レジ締め終わりましたから……何やってるんですか?」

「おうたき公、今セクハラ女をシメてっからよォ!」

「そこまでやれとは言ってねぇよ」

「サイトウ、お前もくすぐれ」

「それ何本あるわけ?」

 

 とかなんとか騒いでいたら。

 

「あー、悪いが私は用事で外出する。戸締りを頼むよ」

 

 明かりの消えた厨房の方から、ミカさんがぬっと顔を出して、それだけ言うとまた消えた。

 正面の入り口からベルの音。本当に出て行ったみたいだ。

 珍しいな。

 

「……作戦会議ー!」

 

 冷めてひっ絡まったスパゲッティめいた奇っ怪な体勢を強いられたまま、千束が突如として叫ぶと、ミズキさんはあっさりと技を解いた。

 

「どういうこと?」

 

 俺の知らない何かが水面下で進行していることは間違いなさそうだ。

 

「かいつまんで言うと、リコリコ存続の危機です。サイトー隊員」

「え? そんな話、本部で上がったことねーけど」

「……マジ? 楠木さんが言ってないだけじゃなくて?」

「もちろんその可能性は否定できないけど、支部を一つ畳むなんて大ニュースが俺の耳に入らない、なんて可能性のほうがずっとありえない」

 

 俺以外の全員が一斉に千束を見た。すわいつもの早とちりか、とも考えたが、真剣な雰囲気だしそういうわけでもなさそうだ。

 

「休養中ということで、共有されていないのでは?」

「それでも、司令は本部とのパイプ役に第一九特設任務部隊(ナインライヴズ)を充ててる。柏なら間違いなく報せてくれるはずだけど……直接確かめないと気が済まないって顔してんね」

「だって、みんなお店なくなったら困るでしょ?」

 

 確かに、左遷先がなくなれば、たきなは養成所で再教育課程送りだろうし、クルミは最強のボディガードである錦木千束と、盤石なセキュリティを備えた隠れ家を失う。ミズキさんは、うん。この人のスキルならどこでもやっていけそうだから別にいいか。

 とはいえだ。なくなったらそりゃ困るが、そもそもなくならないはずなんだよな。

 

「まず、店がなくなるかもしれないと考えた理由が知りたい。何がきっかけだった?」

「私がおととい、先生のスマホにメールが届いてるの見ちゃって、それで」

「なるほど。文面は覚えてる? なるべく主観の混じらない情報が欲しい」

「明後日二一時。バー、フォービドゥンにて待つ。千束の今後について話したい」

「司令の文体じゃないな。店の話がしたいなら、そんな濁した書き方はしない。俺には文字通り、もっと別の誰かが千束について話がしたいって言っているように読める」

 

 こちとらあの人からの業務連絡を何百通と読んでるんだ。司令とそれ以外の区別くらい当たり前につく。

 

「問題は、その別の誰かが何者なのか、ってところだ。心当たりは?」

 

 千束はしばらく考えた末、首を小さく横に振った。

 何か隠しているな。まあいい。

 

「で、俺に秒で尾行がバレた二人で現地に乗り込むんだ?」

「うぐっ、はい……」

 

 きな臭い話だ。DAに千束をどうこうできるやつはいない。過去にはいたが、ファースト・リリベル数人がかりでの暗殺に七度も失敗してからは、楠木司令の尽力もあって、その手の愚にもつかない姦計の類はなくなった。

 組織の強制力を上回る圧倒的な暴力。それが、千束にはある。

 そんな奴の()()を話すだと?

 よほどの身の程知らずか。それとも、暴力をねじ伏せるだけの別の何かを持った傑物か。

 確かめないと。

 

「俺も行く」

「マジ!? 助かるー! あ、でも疲れてるなら無理しないで休んでもらったほうが……」

「この程度で疲れやしないよ、普段はもっと忙しいんだから」

 

 マグカップに半分ほど残ったコーヒーを一気に飲み干して立ち上がると、千束とミズキさんも追従した。

 みんなに作戦があるっていうなら、イレギュラーの俺は大人しく乗っかるのが吉だろう。

 そう思って、最低限の準備だけして大人しくしているつもりだったんだけど。

 

「待って千束。そのデカいインカム使うの? マジ?」

「んー、でもウチにはこれしかないしぃ」

「それじゃ目立ち放題でしょ、こっち使いな。特調でも使ってるやつだから」

「ちっちゃ! え、取れなくならん?」

「ならねーよ!」

 

 だったんだけど。

 

「たきな、ネクタイすごいことになってない?」

「大丈夫です、なんの、これしき……!」

「あーほら、貸して。ダブル・プレーンのコツは……」

 

 諜報戦の訓練を受けるリコリスなんて普通はいない。ましてや経験のある奴なんているわけない。結果として、作戦の大筋はそのままに、装備やら移動経路といった細部を俺が全面的に面倒を見る羽目になった。

 だって、さすがにリコリコの車で会員制のバーに乗り付けるのはまずいだろう。相手がミカさんだけならまだしも、相手がどんな奴かわからないんだ。警戒するに越したことはない。

 

「サイトウのおんぶに抱っこね、私ら」

 

 それでも何とか一通りの準備を終えて。千束、たきな、クルミ、そしてミズキさんの四人が赤いワゴンへ乗り込む。道中で俺が手配した車に乗り換えて、足取りをかく乱する手はずだ。

 

「しょうがないよ。ミズキさんはともかく、リコリスと俺とじゃ専門分野が違うんだから」

「私だって似たようなもんよ、ブランクがあるとどうしてもね。だから本当、助かるわ」

「こんなのでよかったらいくらでも頼ってよ。今は一応、仕事仲間なわけだしさ」

 

 仕事仲間、の部分に妙な力みが入ってしまった気がする。目一杯下げた運転席のウィンドウからこちらを見上げるミズキさんは、俺の内心を知ってか知らずか、柔和に微笑むばかりだった。

 

「あんたこそ、もっと頼ってくれていいのに」

「もうたくさん寄りかからせてもらってる。これ以上は、悪いよ」

「サイトウ」

 

 特別大きいわけでもないのに、耳に残る声だった。

 

「誰もあんたを嫌ったりしない」

 

 俺は、その時、ひどく無様な顔をしていたと、思う。

 この人を前にすると、俺は俺を保てなくなる。

 

「もう行ったほうが良さそうね。遅れると困る」

「……うん。先に行ってて」

「向こうで会いましょ」

 

 四人を乗せた車が走り去る。明かりの消えた店の前には、俺一人。

 泣いてない。

 泣くもんか。

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