絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
終活を始めた。
DAに反逆する上で、無実の誰かが俺への協力を疑われるようではいけない。だから俺は、あらゆる場所と時間において、自分だけが捜査線上に浮上するよう、追っ手に掴ませる証拠の選別を始めた。
例えばこの間、バー・フォービドゥンに潜った時、千束とたきなに貸した通信機器の徹底的な洗浄と使用ログの改竄とか。
あれは特命情報調査室から貸し出しているものだ。諜報活動に使用する機材に部外者が使った形跡があっては、俺との共謀を疑われかねない。
肉眼では分からないレベルのわずかな皮脂や垢の類でさえ、現代においては大きな物証になる。だからこうして、豆粒のようなイヤホンを分解してはパーツクリーナーでせっせと拭っているってわけだ。
そんな作業の最中、階段を下りてくる足音が聞こえた。
イヤホンの部品を置くステンレスのトレイに紙ウエスを被せて、作業台の照明を落とした。ピンセットや単眼式のヘッドルーペも所定の位置に戻し、代わりに、床にどけていたリローディングキットを机に上げて、さも非殺傷弾のハンドロードをしているように見せかけた。
「査問会、通ったよ」
何食わぬ顔を作って背後に近づいてきた気配の主に言うと、すかさず、っしゃあ! と豪快な雄叫びが返ってきて、俺はくすりと笑ってしまった。
バー・フォービドゥンでの一件は、当然ながら本部から追及を食らった。なぜあそこにいたのか、何をしていたのか、標的である吉松シンジとの内通がなかったか。DAの監査部は窓際部署であるここを嬉々として叩いた。
本当なら所属人員の職務停止と、監査部による家宅捜索、それから最悪、千束とたきなについては一時的な留置さえあり得たが……そこは俺の特捜権限を前面に押し出すことで黙らせた。喫茶リコリコの捜査は既に特命情報調査室が行っているから、外様が口を挟むな、という理屈だ。
日頃から店に入り浸っている俺は、内情を知らない連中からすれば、鼻つまみ者の落ちこぼれ支部を監視する司令の番犬に見えるらしいからな。この偏見を利用しない手はなかった。
取り潰しを免れた代償として、経緯報告書やら始末書やら、煩雑かつ膨大な書類仕事をミズキさんが店に泊まり込んでまで片付ける羽目になったのは、悲しい不可抗力だったけど。
「三日間お疲れ様でした。朝ご飯にしよっか、それとも、今日はすぐ帰る?」
「あー、ウチ食べ物ないわ……」
「オッケー、任せて」
「あんたは夜通し何してたの?」
「大掃除。暇なうちに地下だけでもやっとこうと思って」
ここ最近、喫茶リコリコは活動ペースを落としている。
千束が深夜、映画を見ながら薄着で寝落ちしたとかで、流行りのインフルエンザにやられたせいだ。たきなも看病のためにあいつの家に押しかけていったから、主戦力がごっそり抜け落ちてしまった。ったく、急に冷えだしたから体に気をつけろって、今まで散々言ったのに。
とにかく。動ける奴が俺だけってことで、定休日は臨時に月水金の三日。おかげで時間が余ってしょうがない。だからカバーストーリーとしては、まぁ妥当な部類じゃないだろうか。
「……大丈夫?」
だが、なぜだかミズキさんの反応は芳しくなかった。
「えっと、何が?」
思い当たる節がなくて聞き返すと、ミズキさんは明らかに、しまった、という顔をした。とっさに取り繕おうとしたのか口を開きかけるも、俺と目が合って観念したようだった。
「三年前のこと」
ミズキさんらしからぬ深い悲しみに沈んだ声音に、胸が刺されたように痛んだ。同時に、この人が傷つくことをここまで耐えがたく思う自分に驚きもした。
この話題は避けるべきだろうか。
いや、しかし。
「ってことは、倉庫に何かあるんだ」
「無理に思い出すことないわ」
遠からずここを出るんだ。なんとかできるのは今しかない。
千束の、一分一秒を惜しむような生き方の原動力を知ってしまったからには、どうせ死ぬなら何でもいいなんて、もう思えない。それどころか最近は、この壮大な自殺が本当に自分のやりたいことなのか、なんて、考えてしまうことさえある。
揺らいでいるんだ。このまま生半可な気持ちで準備を進めたところで、作戦も、俺自身も、きっといい方向には進まないだろう。
決着をつけないと。
「いつまでも逃げてばかりじゃいられない」
「今じゃなくたっていいのよ。もっと時間が経って、あんたが大人になってからでも」
「いいんだよ、ミズキさん。俺はもう大丈夫だから」
断じて噓なんかじゃなかった。
三年。三年だ。それだけ店のみんなと一緒にいたんだ。俺は十分癒された。たくさんのものをもらった。
……大切な友達だって、できた。
「信じて」
ひたすら愚直に、ひたすら真摯に、琥珀色の目を見つめて言った。
驚きに見開かれるさまが、綺麗だと思った。
「……すっかり、頼もしくなっちゃって」
男子三日会わざれば刮目して見よってやつね。そう、ミズキさんはひとりごちて、俺を倉庫の最奥に案内した。今まで入ろうとも思わなかったところだ。何も覚えていないのに、無意識に避けていたらしい。
「三年前、あんたを連れてきた千束が言ってたわ。預かり物をここに置いておくって」
棚の最下段に、それはひっそりと佇んでいた。
深緑色をした、巾着型のラッピング袋だ。貼り付けられたメッセージカードには丸みを帯びたかわいらしい字で、ハッピーバースデー、と書かれている。
かがみこんで、手に取った。
埃を払い、金色のリボンをほどく。
「──ああ」
最後に殺したあの子を思い出す。
自動車爆弾で焼き殺した四人を。
致死毒で二度と目覚めない眠りについた彼女を。
仲間を逃がそうと、俺に組み付いたまま死んだリコリスもいた。
誰も彼も、忘れるものか。
この痛みも。この罪も。
誰にもくれてやるものか。
俺のものだ。
俺だけのものだ。
「
僕が分隊の皆さんの前で初めて発した言葉。それは、慇懃と取られても仕方のない、極めて無感情な挨拶でした。隊長と、その隣の副隊長は、それでも笑顔で私を迎えてくれましたが、残りの一人はやはり、興味なさげにこちらを一瞥したきり、テーブルの上のかりんとうに視線を戻してしまいました。
「あ、こら。無視しないの」
「してないわよ。よろしくねサイトウさん」
副隊長がすかさずたしなめましたが、一方で僕は、彼女の反応に密かに安堵しました。
できるだけ無関心でいてくれれば、それだけ、こちらとしても気が楽ですから。嫌ってくれればなお良いとさえ思います。
「隊長の──だ。君の経歴は聞いている。困ったことがあれば何でも頼ってくれ」
だって、この三人のリコリスは。
「副隊長の──です。おっきいね! 何センチあるの?」
「……最後に測った時は、一六八でした」
「うひゃー! いいなあ!」
僕が、これから殺さなければならない人達ですから。
「部屋は副隊長と同じだったね? 案内してあげてくれ」
「うん、おいで!」
副隊長は僕の手を引いて、大股で廊下を進みます。プロファイルによれば年齢は一五歳と、僕より三つも上でしたが、身長は僕の胸くらいまでしかありません。ですがそんな体格の差など、彼女の快活な振る舞いの前には霞んでしまいます。体が小さくとも、委縮する僕に絶え間なく話を振り、少しでも心を溶かそうと苦心してくださるその優しさが、とても眩しく思えました。
「ヒマリちゃんのベッドは下ね。荷物はそっちのタンス使って」
「はい」
「今日はもう何もないからさ、落ち着いたらみんなで遊ぼうよ」
制服と、鞄と、数着ばかりの肌着をロッカーとタンスのそれぞれにしまい込むのには二分とかかりませんでした。その様子を見ていた副隊長が、ミニマリストというにもいささか所持品が貧相に過ぎる僕をどう捉えたのかはわかりませんが、彼女は少なくとも、そこには触れないでおくことを選んだようでした。
僕は審議部の備品です。制服も、銃も、名前さえも、任務のために一時的に貸与されたものに過ぎません。
僕には何もない。この身体の自由さえ。
「ねぇ。顔の怪我は、大丈夫?」
荷解きを終えて手持ち無沙汰にしていた僕の頬に、副隊長の手が触れました。僕よりずっと小さい手です。とても銃を握れるようには見えません。けれど彼女はきっと、果敢に戦うのでしょう。青い制服と、掌にできた硬いタコが、それを証明していました。
「痣になってる」
「……これは、私が悪いので」
まさか、殺人を拒み続けるあまり虎杖司令の怒りに触れ、折檻と称して、リリベルを交えた集団暴行を受けたなどと正直に言うわけにもいかず、僕はうろたえてしまいました。結果として誤解を招く、ひどく拙い言い訳が口をついて出ました。
彼女達に会う前に傷を癒さなかったのは、虎杖司令の短慮の結果を、一人でも多くの人に知らしめたいという、ささやかな反骨心が理由です。だって、彼らが僕につけた痣の数々が、巡り巡ってF分隊の皆さんに今回の異動への猜疑心を抱かせ、暗殺計画そのものの障害に化けたりしたら、笑えるじゃありませんか。
「他にもあるの?」
何も言えずに押し黙っていると、彼女はそれを肯定と取ったようで、僕を二段ベッドの下段に座らせました。彼女の手が、今度はベージュの制服のボタンにかかります。
「見てもいい?」
悲しげな顔と、声とで聞かれては、断れるはずがありませんでした。第一、嫌でもありませんでした。
制服の前が開き、ベルトが緩み、ブラウスの第一ボタンが外されます。
彼女は僕のはだけた胸元をのぞき込み、絶句しました。
僕の首から下は、連日連夜に渡って絶え間なく振るわれた暴力によって、元の肌の色を探すほうが難しい有様でした。当然です。僕は拷問には屈しませんでした。リリベル達が先に音を上げたのです。
曰く、これ以上女の子を殴るのは良心が耐えられない、などという青い理由で。
とはいえ、結局僕はその後、虎杖司令から提示された、ある交換条件に心を折られ、こうして身内殺しの任務を請け負った負け犬に過ぎないのですが。
「……ひどい」
副隊長は、まるで自分が痛めつけられたかのように表情を歪めました。先生を呼んでくる、と言い残して飛び出していこうとする彼女の袖を控えめに掴むと、意図を察してくれたのか、僕の前にひざまずくような格好で両膝をつきました。
「先生が仰るには、性能に支障はないとのことです」
「そんなこと言ったって、これじゃ痛いでしょう? せめて痛み止めとか、湿布くらい出してもらっても……」
「最終調整を受けました」
正式名称を高強度戦闘適応調整。DA内部では一般的にカウンセリングと呼ばれる行為があります。心理士による面談と向精神薬の投与を主軸としたそれは、戦闘に由来するストレスを和らげ、リコリス、リリベルを感情に由来する
もちろん、常識的な回数であれば悪影響はありません。ですが繰り返しカウンセリングを受けると、自我が薄れる傾向にあります。自他へのあらゆる関心が消滅し、やがて生存への欲求さえもが失われ、唯々諾々と命令に従うだけの人形と化すのです。
最終調整とは文字通り、そのリコリス、リリベルに施される最後のカウンセリングを意味します。
すなわち、事実上の──
「私は廃棄予定です」
薄桃色の唇が、かすかにわななくのを見ました。
彼女は僕の両手を取り、さめざめと涙を流すのみでした。
僕の嘘を、無条件に信じました。
カウンセリングを受けたことは一度もありません。この身体は常軌を逸した治癒力と薬物耐性、それから強化された知覚に桁外れの怪力と、兵士に必要なあらゆる能力を何らかの施術によって与えられた怪物でした。
「ひどいよ……」
与えられた来歴によれば、僕は以前所属していた
S4分隊は、初めから書類上にしか存在しません。それなりに悲惨な最期が、カバーストーリーとして用意されているだけの、虚構です。隊長と副隊長のお二人は、それに目を通したのでしょう。
腹立たしいことに、情報部が作成した薄っぺらい悲劇の脚本は、僕が彼女の心に入り込むにあたり、それなり以上の効果をもたらしたようでした。
「あの、副隊長。私は大丈夫です」
彼女からすれば、僕は非合法な武装組織に監禁され、数週間に渡る
そんな私が何を言っても、強がっているようにしか見えなかったでしょう。
彼女の涙を止める手段が、僕にはない。それは、殴られたことよりもずっと悔しく、腹立たしいことでした。
けれど一つだけ、思いついたことがありました。
「ごめんなさい。触ります」
ベッドから降り、彼女にならって床に座り込み、その肩に手を置くと、彼女が僕を見上げました。潤んだ琥珀色の瞳を、不躾にも綺麗だと思ってしまいました。
おっかなびっくり、背中に手を回して、彼女を抱き寄せました。かつて、僕に親切にしてくれたある先輩の猿真似です。
初対面の人にすべき行為ではなかったと思います。けれど、誰かに安らぎを与える方法は、これ以外に知りませんでした。
けれど、彼女はますます泣いてしまいました。
僕に触れられるのは嫌だったのでしょうか。それとも、力加減を間違えてしまったのでしょうか。自分から他人に触れるなんて、初めてで勝手がわかりません。
困惑していると、やがて腕の中の副隊長が、僕の肩に額を預けました。熱い雫が鎖骨を伝って、胸元に光る筋を作ります。風に吹かれただけで焼けるような痛みに苛まれる肌が、彼女の涙に触れたところだけは、くすぐったいような、心地よいような、不思議な清涼感に癒やされました。
優しい人は、涙まで優しいものなのでしょうか。
わからない。僕には何も、わからない。
「大丈夫、ですか?」
知りたい。
どうして?
わからない。
殺すのに?
「不快な思いをさせてしまったでしょうか」
気持ちがあっちへこっちへ、散らばって仕方がない。
まるで自分が、自分じゃないみたい。
「すみません。私、察しが悪くて。至らないところがあれば、教えて頂けると助かります」
なんだこれ。
なんだ、これ。
「ううん、いいの。いいのよ……」
心がざわつくと同時に、これは卑怯だ、と思いました。彼女は偽りの経歴に同情し、哀れんでいる。そこに本当の僕はいません。
嘘をついて、彼女の気を引いている。過程はどうあれ、今、僕がやっているのは、そういうことではありませんか。
「あたしこそ、ごめんなさい」
「とんでもありません。お気遣い、ありがとうございます。私もあなたのお役に立てていると良いのですが」
ああ、けれど、卑しくも。
何年ぶりかもわからない人の優しさに触れた僕は、それでもいいと、思ってしまいました。
この人は僕を殴りません。蔑みません。笑い者にもしなければ、いないものとして扱うことも、きっとないでしょう。
僕の心は、少なからず彼女に惹かれていました。
その感情の先に、一切の希望がないことを知っていても。