絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 僕がF1分隊に編入されて一月ほど経った頃です。訓練もそこそこに、我々は所定のローテーションに従い、前線へ復帰する運びとなりました。

 

「あの、先輩」

 

 副隊長という呼称は、街中で使うにはふさわしくないと考えてのことでした。戦歴という意味では、九歳で実戦に投入された僕が一番の古株でしょうが、誰にも打ち明けたことはありませんし、構わないでしょう。

 

「これは必要な行為なのでしょうか」

「うん!」

 

 副隊長は自信たっぷりに即答しました。

 彼女のそれより、一回りは大きな僕の左手をしっかりと握ったまま。

 三歳違いの僕と副隊長とでは当然なのでしょうが、清々しいまでの子供扱いでした。

 

「こうなると頑固だ。諦めたほうがいい」

 

 そう言って、前方を歩く隊長が困ったように笑います。隊長の隣では、あの子──初対面でそっぽを向かれてしまった彼女です──が、横目で僕の表情を盗み見て、何やら物憂げな様子で小さく鼻を鳴らしました。

 僕は彼女がよくわかりません。会話がないので。ただ、隊長によれば、僕の前任者と最も親しかったのは彼女だったそうです。

 戦死者の穴埋めとして放り込まれた僕に、何か思うところがあったとしてもおかしくはないでしょう。

 寂しく思う資格などないのだと、僕は自分に言い聞かせます。

 親しくすれば、それだけ殺しにくくなりますから。

 

「ね!」

 

 気が付くと、小柄な副隊長が僕の顔を覗き上げていました。考えにふけっている間に、彼女は僕に何か話していたのだ、ということに思い至り、謝罪の言葉が口をついて出そうになりました。

 言えなかったのは、彼女が僕に微笑んだからです。

 

「いいんだよ、ヒマリちゃんのペースで」

 

 自分の瞼が動いて、ひとりでに目が見開かれるのを、僕はどこか俯瞰した視点から、他人事のように認知していました。

 見透かされている。どうして。そして、どこまで。

 心臓が早鐘を打つのは、なぜ。

 

「友達を亡くしたのは私達もそう。だからって、安易にあなたの気持ちが分かるって言っちゃうのは、違うと思うけど」

 

 どちらともなしに歩みを止めた。左右に割れる人混みは、僕らに微塵も関心を向けず、前へ後ろへ通り過ぎていく。

 

「吹っ切れないよね。忘れられないよ。でも、それでいいと思うんだ。大事なのは、囚われないこと」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるかのような口調だった。僕は彼女の琥珀色の瞳から目が離せないでいた。

 失う痛みを知っている目だ。それでも強い意志に光っている。

 ああ。

 あなたはどうして、こんな地獄で、そんな顔ができるのですか。

 

「私はあなたと一緒に前に進みたい。だから、もし、嫌じゃなかったら──」

 

 ──私達との時間を試してみない? 

 僕は彼女の手を、そっと握り返した。

 握り返して、しまった。

 

 

§

 

 

 小さな、そして古びた映画館でした。都会というには山深く、田舎というには畑ばかりでもない町並みの中に、まるで人目を避けるようにひっそりと佇んでいました。

 廃業して長いのでしょう。手書きの看板に記された何々座、といった風な屋号は色褪せ、かき消えています。入口にずらりと並んだポスターも、紙として形を残しているのが不思議なほどに劣化していました。

 そこに小綺麗な昭和レトロを感じる余地はありません。誰からも忘れられ、誰からも顧みられず、誰からも救われないまま朽ちてゆく、そんな印象を覚えて、無性に切なくなりました。

 リコリス(ぼくら)のようだな、と思ったのです。

 

「……痛っ」

 

 軋む回転扉を押して中へ入ると、片耳にかけたインカムが、金切り声にも似た異音を発しました。

 

「ここは()()が高いからね。外部との通信は出来ないよ」

 

 先頭を行く隊長は、それが当然のことであるかのように言いましたが、こんな僻地で電磁放射障害(HERO)が起きるほどのノイズが自然発生するとは思えません。

 これは人為的なジャミングです。それも、恒常的な。

 僕は今一度、彼我の立ち位置を確かめました。

 皆は、ちょうど僕を包囲するような格好で廊下を歩いています。そして、この先はスクリーンでしょう。遮蔽物などあるはずがありません。

 隊長のそばにいたあの子が、僕の背後に回り、従業員用の通用口に入っていったところで、ようやく気づきました。

 非常灯が点いている。

 この映画館は、まだ通電している。

 そして。

 彼女達は、ここの構造を熟知している。

 

「……何を」

「まあ、まあ。すぐわかるよ」

 

 副隊長は、相変わらず僕の手を引いています。

 暖かいと思えた、その手で。

 ぐらりと、視界が歪んだような気さえしました。

 これが僕を殺すための罠であるなど、信じたくありませんでした。

 けれど、こうも思いました。

 死ねば楽になれる、と。

 真っ暗な扉の向こうに僕が足を踏み入れると、示し合わせたようなタイミングで明かりが点きました。

 眩しさを覚える暇もありませんでした。

 一〇〇席もない、小さな劇場でした。上質なカーペット敷きの階段は、一段下りるたびに足にふかふかとした反発を与えてきます。眼前のスクリーンは染み一つなく、天井から降り注ぐ暖色の光を受けて誇らしげに輝いているようにさえ見えました。

 きっとこの映画館が、新たに観客を受け入れることは、もう無いのでしょう。床板はかすかに軋んでいますし、一部の座席は撤去され、ボルトの穴が痕跡として残っているばかり。とうの昔に捨てられた場所なのだと分かります。

 だというのに、なぜ、こんなにも美しいのか。

 

「綺麗だよね」

 

 副隊長のつぶやきを聞いて、僕は左手の感触に思い至り、そして気が付きました。

 この劇場が醸す空気は、彼女の体温に似ている。

 悲しいほど優しくて、痛いほど切ない。

 

「はい。とても」

 

 最期に感じられるものがこれなら、良い。

 自分の頭はいつ撃ち抜かれるのだろう。焦るでも、心待ちにするでもなく、僕はその瞬間を待ちました。

 やがて、どこからかブザーが鳴りました。

 銃声では、ありませんでした。

 

「始まるよ」

 

 声のした方を見ると、彼女はいつの間にか僕の手を離れて、中央のシートに腰かけていました。隣の席の背もたれを示して手招きをしています。僕は言われるがままにそこへ座りました。

 照明が落ち、薄い光の筋が頭上を通ります。驚くことに、音響設備も生きていました。音質も、音圧も、現代のそれとは比べるべくもないのでしょうが、今まで一度も映画を見たことのなかった僕は、その迫力に圧倒されました。

 僕は暗殺のことも、隣の副隊長のことも、あらゆる呪わしい現実をすっかり忘れて、食い入るようにスクリーンの映像に見入りました。 

 雨を背景に、黄色いレインコートを着た三人の男女が軽やかに踊り、歌います。

 Singin' in the Rain(雨に唄えば)

 この映画のタイトルでもある、その歌を。

 

「……」

 

 ──この劇場よりも古い映画だ。台詞回しは時代がかっていて、登場人物の出で立ちだってどこか懐かしく、物語の主軸に寄り添うサブプロットも王道のラブストーリーで、文句なしの大傑作だけど今となっては特に斬新でもない。

 だけど俺にとっては初めて見た映画だった。何もかもが衝撃的だった。

 知らない国で、知らない男女が、知らない歌を歌い、知らないダンスをする。俺はそこに、豊かな世界を見た。子供が殺しを強要されることも、精神負荷を無視した高強度戦闘適応調整(カウンセリング)に人格を磨り潰されることもない。行きたいところに行けて、やりたいことができる世界だ。

 思い出した。ミズキさんの前で見せた涙が初めてだと思っていたけど、俺は、この時も──

 

「……え?」

 

 エンディングの後、スタッフロールの文字がぼやけて読めなかったことで、自分の頬を伝う涙に気が付きました。

 その情動に最も近い言葉を探すなら、悔しい、でしょうか。

 僕は今、幸せなのだと思います。素敵な人が隣にいて、僕の知らない世界を見せてくれた。それは、僕が求めていた救いそのものでした。モノクロの視界が一気に色づいたかのような、鮮烈な喜びが僕の胸中を満たしてやみません。

 けれどそれは、破綻が確定した幸福です。

 僕はこの手で、皆を、すべてを、壊さなければならないのです。

 

「ヒマリちゃん」

 

 僕に与えられた任務は、国外逃亡を企図している疑いのあるF1分隊全員の捜査と抹殺でした。

 

「ひ、ぅ」

 

 僕を拷問にかけて七日目の昼、虎杖司令は、冷たい床に倒れ伏す僕の髪を掴んでこう言いました。

 貴様が使い物にならないなら、次を造るまでだ。

 

「泣いてるの?」

 

 そうです。あの男は、僕が仕事をしなければ、僕と同じような境遇の、何十人、何百人という子供の腹を裂き、頭蓋を割り、臓物を弄んで、不死身の怪物を作り出すと言ったのです。

 地獄などという表現すら生易しい、魂を削られるような苦しみを、別の誰かに味わわせるなど、僕にはできませんでした。

 

「う、ぁ……」

 

 三人と、大勢とを天秤にかけて、後者を取ったのです。

 分隊の皆を、僕は他ならぬ自分の意志で、殺すのです。

 

「大丈夫?」

 

 何も知らない副隊長が、僕の背中に触れました。

 

「綺麗、でした。とても、とても」

 

 止まらない嗚咽の合間に、かろうじて絞り出しました。

 知らなければ、自由を欲することもなかったのでしょう。

 知らなければ、罪に押し潰されることもなかったのでしょう。

 知らなければ、この人に好かれたいと思うことも、なかったのでしょう。

 胸の奥が軋んで、痛んで、壊れそうでも、その衝動だけは止められませんでした。

 ある意味、自死の手段といえましょう。近い将来、皆を殺すことで、僕自身の心をも殺すのです。

 終わりが決まっていれば、その先を考える必要はない、と思い込めば、気持ちがかすかに上向いたような錯覚がしました。

 

「……おいで」

 

 彼女は僕の頭を抱き寄せ、こう問いました。

 

「ヒマリちゃんは、リコリスを辞めたいって思ったこと、ある?」

 

 頬に彼女の柔らかい前髪が触れました。

 慰められているのは僕のほうなのに、彼女の恰好は奇しくも、親に縋りつく小さな子供に似ていて。

 

「あたしはあるよ」

 

 穏やかな絶望と共感が綯い交ぜになった、暖かくも儚い声音が囁きます。

 

「街を歩くといつもそう。あたしと同い年の普通の女の子は、あたしたちが人を撃ち殺したり殺されたりしている間、友達とふわふわのパンケーキを食べてる。家に帰ればお父さんとお母さんがいて、鞄には銃じゃなくて、重たい教科書の束が詰まってて……」

 

 彼女は言葉を区切り、くすりと微笑んで、影の滲みつつあった表情をかき消します。僕は涙を袖口で拭いながら、頷いて話の続きを促しました。

 

「そこまでは欲張りすぎだけどさ。殺しも、殺されもしない人生が、時々欲しくなるんだ。だから映画が好き。スクリーンの中なら、あたしはどこへでも行けるから」

 

 どこへでも、逃げられるから。

 もしこの人と行けたら、たとえ追っ手がかかり、最後には殺されるのだとしても、その道程は幸せに満ちる。そんな確信がありました。

 僕の肩に、数百という人の命が乗っていなければ、迷いなくそうしたに違いありません。

 すべての情動を飲み込んで、僕はただ、黙るばかりでした。

 いつの間にか、スタッフロールは終わっていました。天井の照明が一列ずつ灯っていく様子に、名残惜しさを覚えました。

 

「気に入ってもらえたかな」

 

 後ろからの声に振り返ってみれば、隊長がすっかり明るくなった劇場に立っていました。僕を殺すには絶好の状況にも関わらず不意を討たないということは、つまり。

 

「はい。あの……ありがとうございました」

 

 僕は席を立ち、深く、深く頭を下げました。

 

「なに、私は手伝っただけさ。発案はこの子だよ」

 

 隊長はそう言って、背後に隠れていた彼女の肩をねぎらうように叩きました。

 俯いていた彼女と、一瞬だけ視線が合いました。泣き腫らした目を見られても、不思議と恥ずかしいとは思いませんでした。

 

「あんた、ずっと暗いから、気晴らしになるかと思って。それだけよ」

 

 言葉尻に含んだささやかなとげとげしさが、素直になれないがためのものであることは明らかでした。鈍い僕でも察せるほどですから、隊長と副隊長の反応は言わずもがなです。

 ……かわいらしい人。

 

「ふ」

 

 口の端がひとりでに持ち上がったかと思えば、みぞおちの奥が震え、不思議な響きの吐息が鼻から抜けていきました。

 

「あ、あんた……」

「あっ!」

「おや」

 

 ややあって、それが笑みであったことに気が付きました。僕は笑うという行為を、今の今まですっかり忘れていたのです。

 

「なんだ。そんな顔もできるんじゃない──」

「か、可愛い〜っ!」

「ちょっと! 今マジメな空気だったでしょうが!」

 

 九歳の頃。人生で唯一、僕を人として扱ってくれた百合先輩の前でさえ、僕はついに笑えなかった。痛いのにも、苦しいのにも、ほとほと疲れ切ってしまっていたから。

 

「……また、見たいです」

 

 この世界に神がいるというなら、そいつはきっと外道に違いありません。

 もっとも、分かりやすい悪意の主が存在するような単純な世界ではないことをよくよく思い知っているからこそ、余計にやり切れないのですが。

 

「別にいくらでも見られるわよ、あんたここに通うんだから」

「通う?」

「前線基地なの」

 

 ここが? 通ってきたところにそれらしい形跡は無かったはずです。僕は思わず首を傾げました。

 

「ついておいで」

 

 隊長は僕を劇場の外に連れ出し、つい先ほど廊下で見かけた通用口の先へ案内しました。古木の急な階段を上った先のドアには、ひょっとすると職人の手書きでしょうか。かすれた文字でこう書かれています。

 映写室。

 

「開けてごらん」

 

 一体何度、人の手に触れられたのか、すっかりメッキが剥げて鈍色の地金を覗かせているノブをひねり、重い金属扉を押し開けました。

 薄明るい、小ぢんまりした部屋の大半を、何やら黒光りした巨大な機材が占拠している異様な空間でした。最初は機関銃でも設置してあるのかと思いましたが、違いました。僕の両腕を広げてもまだ足りないほどの直径を有する平たい円盤は弾倉ではありません。それに、小窓から見える劇場へ向けられた筒にはレンズが備わっているようです。

 なるほど、この機械がスクリーンに映像を投影するのでしょう。どう動くのか想像もつきませんが。

 そして、まるで古い機材群に遠慮するような格好で、部屋の隅のちゃぶ台に、一台のデスクトップPCと数台のタブレット端末が雑多に積みあがっていました。

 

「F1分隊にようこそ、サイトウ君」

 

 前線基地というには、いささか貧相に過ぎるような気がします。

 

「気持ちはわかるよ。武器も寝床もない。だろう?」

「ええ、驚きました。偵察群というと、現地で情報を集める印象が強いのですが」

「相手がスタンドアロンならね。そうでない連中にはここを使うんだ」

「ですがここはジャマーが……あっ、有線」

「その通り、ジャミングは見せ札だ。ここから分散配置した踏み台に有線して、そこからさらに攻撃用端末に飛ぶ。リスクヘッジだよ」

 

 隊長はそう言いながら、勝手知ったる様子で映写室に入り、PCのポートからUSBメモリを引き抜きました。

 

「上映中に仕事は終わらせておいた。後はデータを持ち帰るだけだが……戻るのは、お茶をしてからでも遅くはないだろう」

 

 サイトウ君、コーヒー飲めるかい? 

 

 

§

 

 

 その日の夜でした。

 

「……サイトウ君は、もう寝たかな」

 

 僕は二段ベッドの下段で息を潜めていました。ドアの隙間から漏れる常夜灯の光が、床を伝って、手を伸ばせば届きそうなところまで伸びているのが見えました。

 

「うん。最近はちゃんと眠れてるみたい……本当に、よかった」

 

 寝間着を履いた副隊長の細い両足が上段からぶら下がり、音もなく着地します。

 

「ねぇ、聞くまでもないと思うけど」

 

 硬く、真剣な声音で彼女は問い質しました。

 

「ヒマリちゃんも、連れていくよね」

 

 三ヶ月後。

 僕は劇場の前線基地から、ユジノ・サハリンスクへの不正な通信履歴と、F1分隊が独自に調達したであろう、使途不明な出入金記録を窃取しました。

 虎杖司令とDA審議部は、分隊の三人を優先排除対象に認定。

 改めて、僕に確実な殺害を命じました。

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