絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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「殺したのはあんた?」

 

 頷いた。

 その瞬間、髪を掴まれて思い切り引き倒された。頭皮からぶちぶちと音がした。

 受け身を取らなかったから、地面に頭を強く打った。濡れた鉄板は死体みたいに冷たい。

 

「……返してよ」

「ごめんなさい」

 

 サプレッサーを着けることも忘れて、彼女は発砲した。下腹部を抉られて、体が反射的に跳ねる。

 

「……返せよ」

「ごめんなさい」

 

 立て続けに三発。脚と胸に着弾がばらけた。生暖かい血液が滲んで、白い制服にいびつな日の丸を作る。

 

「姉さんを返せっ!」

「……できません」

 

 何度も何度も、銃声が耳をつんざく。

 肉を吹き飛ばし、臓器を食い破り、骨を打ち砕く。

 偶然着弾の集中した右腕は半ば千切れかけ、両の肺にはいくつもの穴が開き、痙攣する喉からはひとりでに血塊が吐き出された。

 やがて銃声は消え、引き金を引く乾いた音だけが木霊する。ホールドオープンしたことに気づかないほど、彼女は激情に飲まれていた。

 

「あんたのこと、信じてたのに……」

 

 痛めつけられるとたまらなく安心した。四肢が痙攣するほどの激痛が、僕の罪を糾弾して裁いてくれているような錯覚を与えてくれた。

 

「──げ、ぇ」

「……は?」

 

 鼻と口からびちゃびちゃと血を吐きながら、僕の体は、まるで彼女の感傷を踏みにじるように再生を始めた。

 体内で泡立つような音が聞こえる。めちゃくちゃに壊され、かき混ぜられた臓物が元の位置に戻っていく。

 

「嘘、なんで」

 

 抉れた肉が盛り上がり、体内に残った銃弾を一片残らず排出する。

 右腕の断面に再形成された筋繊維や神経の束がおぞましく蠢き、破断した前腕と上腕の隙間を埋める。

 

「ありえない、何よそれ……!」

 

 砕けた骨もひとりでに復調し、欠けや亀裂さえもが軋むような音と共に再生を果たした。

 全身を血の赤に染めた僕は、地面に手をついてゆっくりと身を起こす。水気を吸いきれなくなった制服から、おびただしい量の鮮血と雨水が混ざり合いながら滴った。

 

「ひっ」

 

 異常な光景を目の当たりにした彼女はひどく狼狽した。それはもう、人間を見る目ではなかった。

 僕が一歩、前に踏み出す。

 彼女は一歩、後ずさる

 人智の及ばない怪物に怯えていた。

 それでも、彼女は復讐を諦めてはいなかった。

 

「……ちく、しょおっ!」

 

 銃で駄目なら、とばかりに彼女は俺を殴り倒し、胸元にのしかかる。

 両腕は彼女の膝に踏みつけられている。僕の力なら跳ね除けることもできたが、抵抗する気にはなれなかった。

 首を絞められる。殺意の籠もった手はしかし、そのために位置が悪い。気道を塞ぐばかりで頸動脈が抑えられていない。苦痛を延々と長引びかせるだけだった。

 

「か、ぁ」

「死ね!」

「ひゅ」

「死ね、死ね、死ね、死ね、死んでよ!」

「ご、め、なさ」

「喋んなっ! あんたと喋ったら、あたし……あたし……」

 

 あんたを殺せなくなっちゃう。

 そう、彼女は慟哭した。

 

「わかんないよ……なんであんたが姉さんを殺すの? なんであたしは、そんなあんたを殺そうとしてるの……」

 

 長いまつ毛から、涙が直接顔に落ちてきた。

 

「なんで、そんなに悲しい顔をしてんのよ……」

 

 首の拘束が緩んだ。反射的に咳き込むと、彼女は同情と絶望と、それからとびきりの憎悪の入り混じった泣き顔のまま、僕の上から後ずさった。

 顔を両手で覆ってすすり泣く彼女の肩を抱く。

 振り払われそうになったけど、僕の力のほうが強かった。

 

「言い訳は、したくありません」

 

 そのまま抱き寄せる。抵抗はない。

 

「ですが、これだけは言わせてください」

 

 円みを帯びたショートボブの上に手を乗せる。

 

「殺したくなかった」

 

 もう片方の手は頬に添わせた。

 

「わかってるわよぉ……!」

 

 彼女は僕の血が付くのも厭わず、胸に縋って大声で泣いた。

 僕は頬を撫でる手を滑らせて顎を包み──両手で首を捻り上げて頸椎を折った。

 瞬時に途切れた嗚咽に、断末魔は欠片も混じらなかった。

 苦痛なく逝ったのだと思う。

 

「ごめん。遅くなった」

 

 それは、場違いなほど穏やかな声だった。

 僕は腕の中で冷たくなっていく彼女の頭を撫でながら、続く言葉に耳を傾けた。

 

「君のことは責めないよ。誰かがやらなきゃいけなかったんだろう?」

 

 後ろから青い制服の袖が伸びて、目の前で内側に折れた。その腕は僕と彼女を一緒くたに抱き締めた。

 

「辛いよね。でもきっと、投げ出せないんだよね」

 

 首を縦に振った。

 

「サイトウ君は優しい子だ。私にはわかる。だから、これ以上誰にも、君を傷つけさせはしない」

 

 離れる体を引き留めることはできなかった。

 

「本当は顔が見たいんだけど、未練が残りそうでさ……これで許してほしいな」

 

 隊長は最後に、僕の頭を一撫でした。

 足音は後ろ、解体されたアパートへ。

 やがてそれすらも聞こえなくなって。

 雨以外の、すべての音が消えた。

 

「……ね」

 

 何も感じない。

 何もわからない。

 全部なくなっちゃった。

 どうしたらいいかわからない。

 でも、これだけはわかる。

 

「……しね」

 

 僕は、

 

「死ねよ」

 

 生きてちゃいけない奴だ。

 遺体を仰向けに安置して、捨て置かれていた自分のグロック17を拾い上げた。

 そのまま顎の下に押し当てるには全長が長すぎたから、サプレッサーを外した。

 吹き飛んだ脳が誰かを汚さないように、みんなから少し離れて──来るはずのない四人目の姿をゲートに捉えた。

 白金色の髪(プラチナ・ブロンド)の、知らない子だった。今の僕と同じく、制服は赤かったけど、あっちのは血染めじゃない。

 いや、どのみち似たようなものか。どちらの赤も、殺しの証だ。

 

「待って、ダメッ!?」

 

 悲鳴のような声で叫ぶ彼女に、さようならと心の中で呟いて、トリガーを引いた。

 頭蓋骨を震わす爆音と同時に、一瞬で何も見えなくなった。

 

「────!? 先生──」

 

 音はずっと、おぼろげに聞こえていた。

 死んでも聞こえるものなのか、と納得した。

 

「大丈──、────だから……!」

 

 顔に柔らかい何かが押し当てられ、千本の針を一息に突き立てたような激しい痛みが走って、さすがにおかしいと思い直す。目を開けようとしたが、そもそも今の僕には存在しなかった。

 顔面の肉が盛り上がり、骨が生え、皮膚が張られ、そこで自分が死んでいないことを悟った。

 入射角が浅くて、銃弾は脳に届かなかったんだ。代わりに、顔が下から上まですべて吹き飛んだ。

 失望した。

 瞼より先に眼球が出来上がって、周囲の景色が見えた。

 仰向けに倒れる僕の顔を、さっきの見知らぬ赤服(ファースト)が目尻に涙を溜めた涙を拭うこともせず覗き込んでいる。僕とさして変わらない年に見えた。

 でも、DAはリコリスをこの地区から撤退させたはずだ。

 

「どこから、見ていました?」

 

 再生したばかりの下顎と唇でそう言った。

 彼女はまるでなにかに耐えるように、僕の顔にあてがっていたらしい血濡れのタオルを握り締めた。

 

「そっちの子の、首が……折れるところから」

 

 誰にも見られてはいけなかったのに。

 この人も殺さなきゃ。

 そうしたら、改めて僕も死のう。

 

「あ、その、怪我」

「体は完治しています。顔もじき治ります。銃声を聞いたんですか?」

「うん……仕事の帰りで、通りがかって」

 

 倒れたまま両手で顔を触って、全てが元通りであることを確かめた。一緒に、まだ握っていたグロックの残弾も。

 先輩を殺すのに二。自殺に一。

 だから残りは、一四発。

 立ち上がろうとすると、彼女は手を貸してくれた。

 

「私も仕事です」

「……そう、なんだ」

 

 虚をついて銃口を向ける。考えるより早く撃つ。

 対応なんてできるはずがなかった。それなのに。

 彼女は射撃を、たった一歩のステップで避けた。

 

「え、ちょっと、待って」

「ごめんなさい」

 

 やはり偶然ではなかった。五発ばらまいたが、ブラフの三発は無視されて本命の二発を事もなげに回避された。

 やめてほしいな。これ以上、この人の息遣いを聞いていたくない。血の通った人間だと意識してしまったら、僕はもう、何もできない愚図になってしまう。

 

「あなたを、殺します」

 

 必中の距離まで踏み込むと、彼女はようやく銃を抜いた。

 ショートバレルのガバメント。デトニクスのコンバットマスターに似ている。外形から推測するに装弾数は多くても七。打突(マズルストライク)用のスタンドオフ・デバイス付き。

 相手は超接近戦仕様。こちらが不利だ。

 銃を胸元に押し付けたハイ・ポジションで肉薄。

 グロック特有のロングストロークトリガーを一気に半ばまで引いて回避を誘い、彼女が片足を浮かせたタイミングで引き切る。

 これでもたたらを踏むように避けられた。なんて凄まじい身体操作。技術は向こうが数段上か。

 この距離とこのタイミングで仕留められないなら、銃口を押し付けるくらいでもないと当たらない。

 だがやはり、それを許す相手ではなかった。

 

「落ち着いて! 同じリコリスでしょ、ねぇ!」

「……だからですよ」

 

 無理な回避の隙を潰すように彼女は撃つ。

 肩口に命中した弾丸は皮膚を裂かなかった。

 四五口径の強烈なストッピングパワーで外れかける関節を、肩の筋力で強引に復調する。出血はない。血煙だと思っていたのは、何かの粉末だった。

 激痛と衝撃、それだけだ。

 脅威じゃない。

 

「ウッソ、止まんないっ!?」

 

 慌てた口調とは裏腹に、彼女は極めて冷静に追撃を加えてきた。

 セミオートにも関わらず恐るべき連射。五発全て被弾。踏み込みの速度が殺され、上体が傾ぐ。

 彼女はその間にリロード。ホールドオープンしたスライドが戻る音。六発マガジンだったらしい。

 倒れる前に踏ん張った。ローファーが鉄板の上を数センチ滑る。雨でソールの食いつきが悪い。

 再び前を見据えると、彼女はガバメントと反対の手に新しい武器を持っていた。いつの間に抜いたんだろう。

 

「ごめんっ!」

 

 縦長の銃口から放たれるは、両端にウェイトを備えた金属のワイヤー。捕縛用のボーラ・ガンだ。

 彼女のような真似は無理でも、目で追える速度のそれならなんとかなる。

 身を屈めながら、左腕を飛来するワイヤーに突き出した。前腕に巻き付かせて無効化。

 前傾姿勢をそのままに牽制射撃を加えながら、逃げる彼女に追いすがる。

 タップ・ダンスでも踊っているようだった。

 僕はずっと翻弄されていた。

 絶え間ない銃声。吐き出される薬莢。荒い息遣い。滑る靴。いつまでも止まない雨。跳ね上がる水飛沫。

 踊って、踊って、踊り続けて、鋭い前蹴りを食らって息が詰まる。

 古びた鉄筋コンクリートの柱に背中を打つ。

 かかとに硬い何かが触れた。

 グロックだ。

 僕のじゃない。

 血だまりを踏んだ。

 僕のじゃ、ない。

 

「……ひ、ぁい」

 

 子音を欠いた、舌足らずな悲鳴が、僕の名前を呼んでいる気がする。

 聞きたくない。

 

「お、え、いっあい、ぃ……」

 

 自決に失敗した隊長の端正な顔がどうなっているかなんて、知りたくない。

 

「こ、お、ひえ」

「……はい。任せてください」

 

 追撃にやってきた白金髪の赤服(ファースト)も、僕の足首に縋りつく隊長に気づいたらしい。

 ガバメントを下げて、ひゅ、と息を呑んだ。

 

「あ、いぁ──」

 

 発砲。

 血飛沫。

 隊長は、赤服(ファースト)の彼女が制止するより早く、脳をぶちまけて死んだ。

 吹き飛んだ顔面の赤黒い凹凸が、変わらず僕を見上げている。

 ありがとうと、言ったのだろうか。

 それとも、僕が望んだから、そう聞こえただけか。

 

「これが、あなたの仕事……」

 

 コンクリートの破片の混ざる灰色の泥を踏みしめて、彼女に近づいた。

 崩れかけの屋根から空の下に出ると、露出した銃のチャンバーに雨粒が飛び込んで湯気が上がった。弾薬はもう残っていない。

 ああ。

 あの人の歌が聞こえる。

 

「私、絶対、誰にも言わない。誰にも……だから」

 

 水たまりに銃を投げ捨てる。急冷されたバレルがじゅうっと鳴いた。

 首に両手をかけても、彼女は何も言わなかった。誰かの命を奪うだけの気力がもう残っていないことを見抜かれていた。

 彼女は銃を下ろして、僕の手に触れた。

 

「もう、やめよう?」

 

 罪悪感。喪失感。痛み。悲しみ。

 あの人から、あの子から、隊長から、僕が永遠に奪った尊いもの。

 僕にだけ見せた笑顔。あなたにだけ見せた表情。

 あなたの優しい目。甘い声。安心する匂い。

 唇の味。

 ファーストの彼女に触れられた途端、その全部が血みどろの濁流になって、自分の中に曲がりなりにも存在していた芯のようなものを飲み込み、粉々に砕いていった。

 膝をついてへたり込んだ。

 あの人の声が消えていく。

 嫌だ。

 置いて行かないで。

 僕を捨てないで。

 ひとりにしないで。

 ぼくのせいで。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

「先生、車回して。……うん、うん。クリーナーは──」

「……DAが遺体を確認しなければ、任務は完了しません」

「わかった……やっぱクリーナーはなしで。あと、いらない上着とかない? 血だらけの子が一人いて、でも怪我はなくて……ありがとう」

 

 車を待つ間、彼女は仲間の一人一人に手を合わせて祈ってくれた。先輩のそばに落としてしまった包みも、僕の手に握らせてくれた。

 不意に、ふりかかる雨が途切れた。見上げると、彼女は折り畳み傘を差していた。僕を中に入れているせいで、彼女の右肩はひどく濡れている。

 

「行こう」

 

 手を貸してもらうのが忍びなくて、自力で立って歩いた。体はとっくに、傷一つなかった。

 赤いワゴン車の前に、和服を着た大柄な男の人が立っているのが見えた。足が悪いのか杖をついていて、反対の手で大きな傘を差していた。

 

「後ろに上着を積んである。千束」

「うん」

 

 それで名前を知った。

 古い仕立ての厚手のコートが血染めの制服を覆い隠す。ずいぶん着込まれていた。

 

「ちょうど捨てようと思ってたんだ」

 

 走り出した車の中で彼は独りごちる。返答が欲しくて発言したわけではないことを、前方に向いたままの視線が教えた。

 誰も何も言わなかった。

 僕は袖を通さずに羽織ったコートの中で、プラスチックの硬い袋をずっと弄んでいた。覚えているのはそれだけ。心が外を見ようとしなかった。

 視界のカットが急に切り替わった。周りを見ることができるようになったのが、おそらくその瞬間だった。

 僕はいつの間にか、喫茶店のカウンターに座っていた。服も弾痕だらけの血に汚れた制服から、真新しいタートルネックのニットにすり変わっていた。彼女の私物だろうか。

 目の前には湯気の立つマグカップ。隣にグリーンの袋。

 あの人の歌はもう、聞こえてこない。

 

「私、錦木千束」

 

 彼女はカウンターにもたれたまま静かに告げた。

 

「私は、」

 

 ヒマリ、と答えようとした。

 声が出なかった。口が動くばかりで、肺が空気を押し出してくれない。まるで喉に栓をされたみたいに。

 両手で抱えたカップを傾けて、温かいココアを一口飲んでから言い直す。

 

()()()は、サイトウ」

 

 (おれ)はその日、一三歳になった。

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