絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
ポーチの革の感触を今一度確かめる。艶のある表面は、三年も放置されていたせいか、乾いて少し硬い。後でオイルを塗ってやろう、と思った。
「懐かしい」
妙な気持ちだ。殺した皆のことを思い出しても、僕を責める罵声が聞こえてくることも、勝手に涙が出てくることも、ましてや、死にたくなることもないなんて。
今はただ、苦いような、辛いような、強く吸い込んだ煙草の味に似た、乾いた悲しみを覚えるだけだった。
「千束には、感謝しないと」
僕は倉庫の床に座り込んだまま、振り返ってミズキさんに微笑んだ。
彼女は取り乱す様子のない僕に少しだけ驚いたようだったけれど、やがて安心した表情で、深く、ゆっくりと頷いた。
「DAにさ、慰霊碑があるんだ。楠木司令が建ててくれたのが。今なら行ける気がする」
やったことから逃げるのは、もうやめるよ。
それを聞いたミズキさんの顔を言い表すのは、僕には難しい。痛みをこらえるようでもあり、なにか、眩しいものを見るようでもあった。
「あんたは……すごいね」
買い被りだ。僕は今の今まで、過去から逃げ回っていたんだから。
逃げても逃げても怨嗟の声が追いかけてきて、追いつかれるのが怖くなって、DAの解体だなんて大仰な使命を自分の中にでっち上げて、戦いの中で死のうとした。
逃げ切って楽になろうとしたんだ。
「ううん、そんなことないよ。僕は自分を責めて、それでどこか安心してた」
苦しんでいるうちは楽でいい。矛盾してるよな。
「わかりやすい悪役が皆を不幸にしているんだって、そう思いたかっただけ。だって……誰も悪くないのに、みんなが尊厳を奪われて死んでいくっていうなら、その方が救えないでしょ」
DAという構造がもたらす問題と、僕自身の罪は、本当なら分けて考えなくちゃいけなかった。どこかで理解はしていた。けれど悲劇のヒロイン気取りに夢中で、見ないふりをした。
「幸せを失うのが怖かったから、今度は精神的な自傷に走って、初めから何も持たずにいようとした……のかな」
そう考えると、小難しい理屈を捏ね回して千束を避けていたのにもつじつまが合う。もし三年前、あいつに助けを求めていたら、きっともっと早くに、僕を日の当たるところに連れ出してくれただろう。
たきなにそうしたように。
「まだ勇気は出ないけどさ……僕はいつか、僕を許さなきゃいけないんだと、思う」
都合のいい考えかもしれない。けれど自分の罪を背負うって、そういうことなんじゃないのか。
「……そうね」
僕の話を静かに聞いていたミズキさんの表情が、ふと翳った。目線は珍しく弱気に伏せられている。
古傷に触れた。そんな気配がした。
「私にもそんな時期があったわ。あんたの苦労に比べたら、大したことないだろうけど」
ミズキさんは、棚と棚の間に突き出たコンクリートの柱に背中を預けて屈みこみ、僕と目線を揃えた。
「私ね、人を殺したことがあるの」
一人、ね。
そう、飾らない口調で打ち明けた。自分を哀れむことも、誰かに哀れまれることも良しとしない毅然とした声音には覚えがある。
彼女が僕のセーフハウスに押しかけてきた日だ。
「養成所を出てすぐ、先輩のリコリスと一緒に通り魔を撃って……その場でゲーゲー戻しちゃった。ナントカ調整? みたいなのが合わない体質だったのね。それからは、銃を見るだけで気持ち悪くなっちゃって。それで情報部に入ったの」
あの夜聞かされたことの本当の意味を、僕は今、やっと理解できたような気がする。
リコリスになんてならないほうがいい。そう言って、彼女の選択を無条件に肯定した僕は、その目にどう映っていたんだろうか。
意味ないか。そんなこと、考えたって。
「DAの殺人であって、私の殺人じゃないって自分に言い聞かせてきたけど、なんだか時々、それも言い訳みたいに思えて。その度にお酒に逃げちゃったりしてさ……本当、昔はどこに出しても恥ずかしいダメ人間だったわ」
けらけらと笑み混じりに話していたミズキさんは、そこで一度言葉を切り、真剣な表情を作った。
「だから、そうやって自分の気持ちを整理しようと頑張ってるあんたは立派よ。きっと大変な道でしょうけど、あんたなら絶対できる。私が保証する」
私と違って、とでも続きそうな、物悲しい響きをかすかに含んだ語調だった。
多分、無意識のものだ。本人は気づいていないだろう。だからこそ、僕が見逃すはずはなかった。
「僕は、ミズキさんと一緒に考えたい」
「え、私?」
「うん。お互い、納得のいく答えは違うと思う。けど、体験は似てるでしょ。だから一人で悩むよりも、二人で考えたほうが、なんていうか……その途中くらいまでは早くたどり着けるんじゃないかな、って」
言葉を探しながらぽつぽつと不器用に話す僕を見るミズキさんの眼差しが、次第に驚きと、包み込むような優しさを帯びていく。場違いにも見惚れてしまいそうだった。
「そう、ね。それがいいわね。私は考えることをやめてただけ。割り切れたわけじゃない。今まではそれでいいことにしてたけど……そろそろ、真面目に向き合わないとだわ」
やおら立ち上がるミズキさんに合わせて、僕もポーチを抱えて立つ。それから尻をはたいてジーンズの埃を気休め程度に落とした。
そろそろクルミも起きてくる頃だ。朝ご飯は何にしようか、
「でもねサイトウ。一つ約束してちょうだい」
なんて呑気なことを考えたのも束の間。思いがけない真剣な声音に気圧されて、僕は思わず内容を聞く前に頷いた。
「私はあんたを頼りにしてる。だから、あんたも同じくらい私を頼んなさい。いい年して若いモンに甘え切りなんて、この私、中原ミズキ二七歳の沽券に関わるわ!」
頼れ、か。
そうか。そうだよね。難しいけど、できるようにならきゃいけないよね。
僕が抱える機密情報は膨大だ。同じリコリスにだって話せないことのほうがずっと多い。任務だってほとんど一人でやってきた。だからいつの間にか、僕は全部を自分の力だけでやらなきゃいけないと思い込んでいた。僕には、誰かに手を貸してもらえるだけの価値なんてない、なんて自虐を本気で信じてしまうくらい精神的に参っていたというのも大いにあったし。
何もかもが罪悪感にがんじがらめにされて、僕は僕を見捨てようとした。それはきっと、大きな間違いだったのだと思う。
……でも、どうすればいい? 両親から愛された覚えもないのに、自分の愛し方なんて今さら身につけられるものなの?
「ん、指切り」
うじうじと情けないことを考えていると、ネイルの塗られた細くたおやかな小指が、ずいっと目の前に突き出された。同じ女の指でも、僕のとはずいぶん様子が違う。
銃やナイフを四六時中振り回している僕の手の皮は、何度も豆ができては治ってを繰り返しているせいで、とても分厚く、そして堅い。それも、比較的
真島と殺し合った時に自分で二の腕から引き千切った左腕は、再生してから特段酷使もしていないから年相応に綺麗だけど、その分余計に右の無骨さを浮き彫りにしているようで気恥ずかしい。
そんな醜い指を、ミズキさんの小指に絡めた。
「男の子の手ね……あ、照れた」
「うっさい……」
赤面しながら思い出したのは、ついに契れなかったあの人との約束だった。僕は許しを乞える立場にはないけれど、それでも、恨みも怒りも残さずに死んだ彼女なら、笑って済ませてしまうのかもしれないな、なんて甘い見立てを打ち消すことはできなかった。
そうだ。できるかできないかじゃない。あの人が愛した僕を、僕は愛するんだ。どれだけ難しくても。どれだけ時間がかかっても──うん? 待てよ。
僕は一つの可能性に思い当たって、ミズキさんの顔をまじまじと覗き込んだ。
亜麻色の綺麗なロングヘアに、琥珀色の瞳に、アンダーリムのシンプルな眼鏡。
眼鏡はさておき、髪と目の色、あの人によく似てないか?
「どした?」
「あ、ううん……」
まさか本人に言えるはずない。
好きな女性のタイプが三年前から全然変わってないことに気づいたんだ、なんて。
知らないうちに、心の思いがけない部分に居座っていたかつての先輩に、僕は苦笑するしかなかった。
ともあれ、だ。
「僕の家のナイン・ストーリーズを覚えてる?」
「ええ、私が勝手に読んだやつ」
あれから僕も読んで、ちょっと考えたんだ。
多分、今日が。
「僕はシーモア・グラスだ。頭を撃ち抜くつもりはないけど、
白い花束を携えて、僕は紅葉の中を歩いていた。真新しいコンクリート舗装の遊歩道は、峠道さながらにくねくねと何度も曲がりながら、丘の頂上まで続いている。
風はない。木々は揺れず、自分の靴音すらも、林を覆う、分厚く柔らかい腐葉土に吸われて、ずいぶん小さく聞こえた。
静かだ。まるで空間そのものが、死を悼んでいるかのように。
だからその足音には、ずいぶん近づかれるまで気付けなかった。
「どうしました、フキさん」
来た道を振り返る。カーブの出口でばったり僕に出くわした彼女は、目が合った途端、ばつの悪そうな顔をふいっと逸らした。
「久しぶりに顔出したと思ったら、墓参りかよ?」
「せっかくです。先輩も手向けてあげてください」
花束からカーネーションを一本抜いて差し出すと、フキさんは嫌な顔一つせず受け取ってくれた。この人が後輩の尊敬を集めるのってこういうところなんだろうな、と思った。
「アルファ分隊のみんなは、その後どうです?」
一緒に歩きながら聞いてみる。みんなの無事は、当時、医療棟で目覚めてすぐゴウダから知らされていたから、なにか適当な話題が欲しかっただけだ。
「お前が長期療養に入ったって聞いてサクラが腰抜かしてたぞ。退院の時にでも会ってやりゃ良かったのに」
「すいません。あの時はちょっと人に見せられない格好で」
「……わざわざ個室で面会謝絶ってことは、そういうことだろうなとは思ったよ。特調の方々も私達に気ぃ遣ってダンマリだったしな」
「ご迷惑でなきゃ、この後すぐにでも行きますよ」
「あー……そう、だな。ウン」
露骨に挙動が怪しくなったフキさんが何かを隠していることを察するのに、特別な諜報技術は全く必要なかった。生真面目すぎて嘘が壊滅的に下手くそなのが先輩のかわいいところだ。
「あぁ、確かに。エリカとヒバナがいい顔しませんか」
「違う! えっと、だからなぁ、お前が心配してるようなことじゃなくて……あーもう面倒くせぇ! 後ろ向け!」
「え?」
「早く!」
「えぇ、いいですけど……」
いきなり何を言い出すんだこの人、と内心困惑しつつも振り返ると、なんだか見覚えのある刈り上げ頭を筆頭に、アホ毛の特徴的なミディアムボブと、カチューシャを着けたやたらスタイル抜群な人影が茂みの中からどやどや出てきた。
……サクラはともかく、エリカとヒバナまで何してんの?
「先輩!? 話違うじゃないっスか!?」
「隊長権限だ!」
「鬼かよぉ……!」
「言いたいことがあんなら自分で本人に言うのが筋だろ。来い」
吹っ切れたんだろうか。喜んでるんだか怒ってるんだかはっきりしないムスッとした顔で駆け寄ってきたサクラは、減速するどころか助走付きで胸に飛び込んできた。当人としては頭突きをかましたつもりだったんだろうけど、身長差のせいで額には届かず。僕のバストが形を変えただけだった。
フツーに痛い。
「……
そのままぐりぐりと無遠慮に顔面を押し付けながら、彼女は唸るように呟いた。僕も仕返しに、この子の刈り上げをじょりじょり撫で回して遊ぶくらいはしたほうがいいのかもしれないが、
「私、マリヤの件、まだ怒ってますからね」
「……ごめん。心配かけたね」
その話をされると、どうにも弱かった。
「正直、倉庫が焼け落ちたときはもうダメだと思いました。いくらサイトウ先輩でも、空爆なんかされたらどうしようもないでしょ……だから、見つかったって聞いたときは超嬉しかったんスよ。まさかたった三日で退院するとは思わなかったっスけど……!」
おかげでお見舞い行きそびれましたよ! そこまで一気にまくし立てたサクラは、ようやく僕を締め上げていた腕を解いた。
「でも、元気そうで良かったです。先輩」
まっすぐに見上げられて、僕たちはどちらともなしに微笑んだ。フキさんは本当、良い後輩を持ったよ。
「二人もおいでよ」
サクラの背後に目を向ける。居心地悪そうに俯いていたエリカとヒバナは、一度だけ二人で顔を見合わせると、決心したような足取りで歩いてきた。
世間話をしに来た訳ではなさそうだ。
「……私、ずっとサイトウさんに謝りたかった」
単刀直入に切り出したのはエリカだった。
「私が人質に取られた時、サイトウさんも、たきなも、助けてくれたのに……ありがとうって思う前に、怖いって思っちゃった。なのにサイトウさんはこの前もまた、私とヒバナを庇って……本当に、ごめんなさい」
僕は頭を下げようとする彼女を慌てて制した。
「私は、エリカの感じ方が間違ってるとは思わない。この体は普通じゃないから」
「で、でもっ!」
「うん。それでも私は、みんなと同じ人間だよ。痛いものは痛いし、悲しいものは悲しい。だからさ」
強気なペルソナを被って引き裂かれた心根を隠すことをしなくなったせいだろうか。口を開くごとに妙な面映ゆさを覚えて、顔にじわじわと熱が集まってくる。西日の赤さで隠れているといいけど。
「私を見てくれてありがとう」
それでも、なるべく真摯に言い切った。
エリカは不意を突かれた表情で目を瞬かせたかと思うと、急に俯いて何も言わなくなってしまった。
「……エリカ?」
返事の代わりに聞こえてきたのは、控えめな嗚咽だった。さっと顔から血の気が引く。僕のせいだ。どうしよう! 慌ててハンカチを差し出すも、どうしたら泣き止んでくれるのか見当もつかない。
いや、だって、しょうがないじゃん。単独任務ばっかりの僕が、同年代の女の子が泣いてるところに出くわすことなんてそうそうないんだから。親が恋しくて夜泣きするリコリス候補生を抱っこしてあやすのとは訳が違う。
千束? あいつは気心知れてるからいいんだよ。
「あー、いいのいいの。あんたが悪いんじゃないよ。ただちょっと感極まっちゃったんだよね?」
「うんっ、私、嬉しくて、でも、こんなにいい人にひどいことしちゃってたんだ……」
「そうだね。でも許してもらえたんだ。これから仲良くできるといいよね」
無様にあたふたしていると、エリカのそばにいたヒバナがすかさず助け舟を出してくれた。ほっと胸を撫でおろすと、彼女はエリカを抱き寄せながらこちらを見た。
「私からもお礼を言わせて。あんた達が助けてくれなかったら、この子はあのビルでそのまま死んでた。私もそう。マリヤの自動車爆弾が二段構えだったなんて、とても分からなかったもん」
「仲間を助けるのは当然でしょ」
「……そう、言ってくれるんだ」
ヒバナの眼差しがあまりにも優しくて、僕は思わず、はにかんでしまった。
かわいいとこあるじゃん、なんて言われたよ。
「一緒に来る?」
反対の声が上がるわけがなかった。
丘の頂上。石畳の敷かれた小さな広場に、その慰霊碑はあった。外見は、白く大きな御影石の直方体、としか表しようがなく、まるで、あらゆる宗教から追悼の概念だけを削り出したかのような機能美を蓄えてじっとそびえている。
そんなモニュメントの前に、楠木司令は一人、佇んでいた。
「……お前たち」
抑揚の薄い、しかし確かな驚きを秘めた声音で司令は呟く。
無理もない。リコリスに死者を弔う習慣はない。遺体袋に詰め込まれた友達がどんな処理を受けるのかすら、普通のリコリスには明かされない。彼女たちに許されることといえば、少しばかりの遺品を仲間と分け合い、DAが付けた、整理番号めいた名前と苗字を覚えていることくらいか。
誰もそれを当たり前だと信じて疑わない。それくらい、僕たちは命を使い捨てられることに慣れてしまっていた。
人権を剝奪された人間の死っていうのは、そういうものだ。
「お久しぶりです、司令」
ユリに、洋ランに、みんなに分けて本数の減ったカーネーションに、フリージア。白で統一された花束を、石造りの献花台にそっと置いた。僕を真似て、おっかなびっくり花を供えるフキさん達を尻目に、二歩ほど下がって目を閉じる。合わせる手はない。信じたい神はいなかった。
黙禱の最中にふと、両隣に気配を感じた。
目を開ける。
エリカとヒバナだった。
二人は僕のリコリス殺しを知らない。フキさんだってそうだ。それでもみんな、僕と肩を並べて、不慣れな祈りを真摯に捧げている。
僕に寄り添おうとしてくれている。
気づいた瞬間、つん、と鼻の奥が痛んだ。
「ありがとう」
辛うじて声は震えなかった。けれど伝わってしまうものはあったらしく、ヒバナの手が僕の背中をそっとさすった。
罪は消えない。それでいい。僕は救われるためにここへ来たんじゃない。
罪を背負う覚悟ができたから、その形を確かめようと思ったんだ。
この名前のない墓標はリコリスだけを弔うものじゃない。明治政府樹立以前から僕たち少年兵が命じられるがままに殺してきた、数万、数十万、ひょっとすると百万にも上るかもしれない犠牲者の命をも、このちっぽけな石塊は背負っている。
僕が手にかけたのは、そのうち九一六名。
全員の名前や姿を覚えている、とは言わない。無我夢中で反撃しなければ自分や仲間の身が危ない時もあった。爆薬で原型を留めないほどバラバラに吹き飛ばしてしまった人もいる。
でもその人数を違えたことだけは、物心ついた頃から一度だってなかった。
気付けば、楠木司令はもう、踵を返していた。
「司令」
首だけで振り向いた彼女が、僕を横目で見る。
「ありがとうございます」
「何の話だ」
「私がここに来られたのも、三年前、司令が運用権限の移管に尽力してくださったおかげです」
「……全てではない。
DAの重要機密を侵す行為──もちろんそこには、存在そのものが機密であるリコリスその人の脱柵や離反等も含まれる──をしたリコリスの処刑は通常、虎杖司令が管轄するリリベルに一任される。
僕はその特務の一部を、本部からの協力要請という名の圧力に応えて代行してきた。
そして二〇人の友人と、あの人を殺した。
兄さんから真実を聞いた今となっては、命令に従わなければ僕の後継を造る、という虎杖の脅し文句はハッタリだったとわかる。アメリカは僕という新兵器の実験場にたまたまDAを選んだだけで、DAのために僕を造ったわけじゃない。
あの男にも、DAを統括する審議部にも、かの超大国をどうこうできる力なんてない。まんまと一杯食わされたわけだ。
「それでもです」
司令の表情は木々の隙間から差す西日でよく見えない。でも、笑顔の類ではないだろう、という確信があった。
「執務室にいる。気が済んだら顔を出せ」
橙色に染まる道は、のたくりながら木立の中に入っていく。司令の白いコートも同じ色合いに光っていた。
僕はその姿に、血を被った自分の制服姿を想起した。
司令が、あの時の僕のように、独りに見えた。
「行っちゃった。てかあの人、こういうとこ来るんスね」
「忙しいんでしょ。最近は政府の人とたくさん会議してるみたいだし」
「余計なことを知る必要はない。リコリスは任務を遂行するだけだ」
「サイトウさん、どうかした?」
遠慮がちに袖を引かれて、はっと隣のエリカを見下ろした。
「変なこと言うんだけどさ」
「私、笑わない」
「司令が、なんだか寂しそうだったなって。ね、変でしょ」
「そんなことないよ。サイトウさんって、ずっと楠木さんの近くで働いてるんでしょう? だから、私達じゃわからないことにも気づけるんだと思うの」
その裏も何もない純粋な笑顔をあえて文字に起こすなら、にぱーっ、だろうか。ろくな情操教育を受けないリコリスがこんなに真っ直ぐ育つなんて奇跡じゃないか、なんて思っていたら、ヒバナが得意げな顔で親指を立ててきた。私が育てた、とでも言わんばかりのジェスチャーに、僕は思わず笑ってしまった。
「お前がそう言うなら追いかけるか」
まあ、それも一瞬だったんだけど。
「えっ、フキさん……?」
「なんだよ。そのつもりで言ったんじゃないのか?」
「や、そう、ですけど……」
「仲間の迷惑になる、とか思われるほうが迷惑だ。駆け足!」
「あっ、ハイ! サーセン!」
「悪いねサイトウ。ウチの隊長こうなのよ」
僕たちは足早に来た道を引き返していき、やがて司令の背中に追いつく。
「何のつもりだ」
案の定、司令は歩きながら、怪訝そうに僕たちへ振り返った。
「隊長命令です」
すっとぼける僕に、サクラが小さく吹き出した。