絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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8+

「改めて、アメリカ大使公邸へようこそ。吉松さん」

 

 明け透けな皮肉であった。しかし、吉松シンジが腹を立てることはなかった。治安良好な日本の警察にあるまじき強引な手口で身柄を拘束されたかと思えば、雇われのテロリストに救出され、追手がかかる間もなく安全地帯に連れ込まれたとあっては、反論する気概など湧くはずもなかった。

 第一、一連の騒動を手引きし、吉松とその秘書とを救出した男こそがそれを言うのだ。感謝こそすれ、憤ることなどありえなかった。

 

「DAはもとより、内調や公安まで躍起になってあなたを捜索中だ。どれだけ早くとも国外脱出は年明け以降になるでしょう。心苦しいですが、それまで一切の外出はできないものとご理解ください」

「いや、いや。私も秘書もこうして命があるんだ。感謝こそすれ不満はないよ」

 

 大使公邸には治外法権が及ぶ。日本はもちろんのこと、DAもまた外交への悪影響を恐れて手出しできない。吉松と姫蒲にそれぞれ一部屋ずつ宛てがわれた豪奢なゲストルームは、この状況下においては正しく聖域だった。

 

「手空きの者を常駐させておきますので、必要なものがあればなんなりと」

「何から何まですまないね。しかし、君はなぜ私達をそこまで助けてくれるのかな?」

「合衆国は国民を見捨てません。特にDAとの密約を知る国民はね」

「……なるほど。今の私たちは、情報将校か何かということになっているのか」

「軍人でいらっしゃたのですから、嘘ではないでしょう?」

 

 人好きのする笑みを浮かべて彼は言った。

 DAと日本国。その二つを易々と出し抜いた者とは思えない、飄々とした微笑だった。

 吉松は内心で喝采する。

 それでこそ、機関が支援するに足る天才だと。

 

「タチバナ君。君は一体、どっちの味方なんだい?」

「私には私の目的がある。アメリカには精々、体の良い踏み台になってもらいますよ」

「それは君がかつて、アランの支援を断ったことにも関係するんだね?」

「ええ。然るべきその時にお力添えを頂きたい。五年前の今日、CIAへ出荷された私はあなたにそう言った。今がその時です」

「やはりか。慎重な君なら余程の理由もなしに危険な橋を渡らないだろうとは思っていた……分かった。だがそのためには、まず機関とコンタクトを取らねば。せめて秘書が出ていければ良いのだが」

「手配しましょう。姫蒲氏に向く目はあなたより少ない。私もできる限りのバックアップを」

 

 そう言って彼は、未だいささかの警戒心を残す姫蒲へ事務的に微笑んだ。吉松の目から見ても相当に見麗しい彼女を前にしても、彼の表情から漂白されたように無機質な誠実さが失われることはない。

 印象に残りにくい顔つきはもとより、無性愛者(アセクシャル)という性的指向までもが、綺羅星のごとき才覚を後押しする。タチバナという男は、さながら諜報のために産み落とされたような人間だと、吉松は思った。

 故にアラン機関は、彼に微笑んだのだ。

 そんな逸材の手助けがあれば、ともすれば、彼自身への支援はもとより、当初の目的も果たす見込みが立つ。

 錦木千束の、殺しの才能を開花せしめる、という目的を。

 

「さて、()()()()君。君の望みは?」

 

 十数年ぶりに本来の名を呼ばれ、はにかむような困り顔を見せる彼が望むのは──。

 

 

#8+:Point of No return

 

 

 司令執務室と特命情報調査室、それから特設任務部隊(タスク・フォース)のオフィスをそれぞれ備える中央棟のセキュリティ・ゲートをくぐった瞬間、肌が妙な空気のざわめきを拾った。

 騒がしいわけではないけど、なんだかいつもより慌ただしいような。建物全体から、どこか張り詰めた雰囲気がする。僕がいない間に何かあったんだろうか。

 

「……すっげー静かですね。なんか緊張してきた」

「司令部にでも呼びされない限り、ここにリコリスは来ないからな」

「え、あそこの深緑の制服の子たちは違うんスか?」

「ああ。サイトウの部署に付いてんだ」

 

 背後にぞろぞろとついてくるアルファ分隊のみんなに目配せをして、ついてくるよう促す。最初に目指したのは一階。バリアフリー化されたいくつかのセキュリティ・ゲートをパスした先にある大部屋だ。

 強化ガラスの接触感知ドアには、真新しいレーザー刻印と点字の両方でこう記されている。

 19th Special Operations Task Force。

 

「ここだ」

「フキ先輩、あれ部隊旗ですよ! カッケー!」

「馬鹿、声がデカい」

「ウチらも欲しいなぁ、ああいうの」

 

 入って早々、観光気分の四人をよそに執務室を見回せば、部隊長席でデスクワークに勤しむ隻眼の少女、柏とすぐに目が合った。腰を上げようとする彼女を手で制して、自分から傍に寄る。

 

「室長。復帰なさったので?」

「いや、今日は司令に呼ばれて。ついでに、アルファ分隊がマリヤの件でお礼をしたいっていうから連れてきた」

「あぁ、撤退戦の件でしょうね」

 

 桜庭君、お客様を応接間に。柏の芯の通った声を受けた一人の隊員が、艶のない黒い右足首を生身と変わらない滑らかさで操ってフキさん達の方へ歩いて行った。サーボモーターのかすかな高周波音がこの空間から絶えることはない。義肢を着けていない者は少数派だ。

 僕は時々、自分が作り上げたこの光景が、本当に正しいものなのか疑わしくなる。

 殺処分を免れるためには、どんな形であれ組織に貢献していなければいけない。だから僕は、心身を負傷して戦えなくなったリコリスに新たな戦場を与えることで彼女たちの延命を図った。

 確かに命は助かったかもしれない。

 でも、それだけだ。僕たちは結局、生きた兵器以上の扱いを脱しない。それが僕のような戦闘機であれ。柏たちのような電子戦機であれ。

 

「お体は、もう大丈夫ですか?」

「実用に支障はない、ってとこかな」

「……無理は、していませんか?」

「休んでる間に、ひとつ、ずっと悩んでたことに一区切りついたんだ。だからずいぶん良くなったと思う」

「……そうですか。それは良かった」

 

 僕を見上げる一つしかない濡れ羽色の瞳が、その印象をふっと和らげる。療養棟の病室で、布団と包帯に埋もれるようにして無気力に伏せり、いつ投与されるかわからない致死薬に怯えるばかりだった当時からは想像もつかないほど、彼女は強くて優しい表情を見せるようになった。

 良いことだ。良いことのはずだ。

 

「サイトウ室長、いいえ。サイトウさん。あなたがしているのは尊いことです。堂々と誇っていいんですよ、誰も笑いやしません」

 

 でも同時に、まだまだ足りないと思う自分がいる。

 三年前。命より大事だったあの人達を殺した僕は、しばらく喫茶リコリコに匿われていた。寝るか、泣くか、食べさせてくれたものをみんな吐くかしかできなかった僕の面倒を、みんなが見てくれた。

 時々、調子のいい日は千束が手を引いて、外に連れて行ってくれて。何をするでもなく、近場の公園で缶ジュースを飲んで帰ったりもしたっけ。ああ、そうだよ。本当にいろいろあった。僕の心が耐えきれなくて、封じ込めていただけだ。

 あの時、僕が千束達に確かに感じていた救いを、柏たちは僕に抱いているのだろうか。

 でも。

 

「そうかもね。でも、ここで満足しちゃダメなんだ」

「……あくまで全てを望むのですね。あなたは」

 

 負傷兵はもとより、任期を終えてなお出荷の水準を満たさない()()のリコリス、リリベルに未来はない。DAの子供は自販機のジュースの味さえ知らないまま、まるで破砕機にかけられる廃車みたいに淡々と心停止処置が取られては、その遺体さえ移植用生体組織として解体、再利用され、墓にも入れずに短い一生を終える。

 僕たちは、生まれてから死ぬまで、歩みのすべてが抹消され、透明化され、踏みにじられ、どこにもいなかったことにされて。そうやってこの世界は今日も素知らぬ顔で回り続ける。

 そんなのってあんまりだ。

 病的に清潔なリコリス寮を一歩出れば、この世は楽しいこと、嬉しいこと、悲しいことで満ち満ちている。その一切を味わえないまま、人の命の重みにも気づけず、組織の掲げる正義に殉じるなんて、そんなの間違っている。

 

「私はね、柏ちゃん。ハッピーエンドがいいんだ。スタッフロールを背にしてみんなで楽しく踊る、そういう、ありきたりなミュージカル映画のつまんない終わり方が好きなの」

 

 知らないことは罪じゃない。だから僕は市井の人を恨むことはしない。

 紛争や天災に苦しむ人々は、西暦二〇二八年の今なお減少するどころか増加の一途を辿っている。ネットニュースや新聞で報じられる悲劇の数々はきっと、この地球に蔓延する苦しみの一パーセントにも満たないだろう。

 悲しいことだけど、それに石を投げる権利は誰も持ちえないんだと思う。僕にだって見えないものは見えないし、聞こえない声は聞こえない。僕よりつらい目に遭っている人も、きっとどこかに必ずいるのだろうけど、感じ取れないものがそこにあることを知るのは難しい。誰も悲劇のすべてを知ることなんてできない。

 だから僕は叫ばなきゃいけないんだ。

 僕たちはここにいるって。苦しんでいるって。助けて、って。

 僕がやるんだ。

 

「……そのエンディングに、あなたはいますか?」

 

 少し前の僕なら、その呟きに応えることは、多分できなかった。

 

「その時はセンターで踊ろっかな?」

 

 黒い眼帯の向こうで、もう収めるもののない瞼が動く。答え合わせは、反対の目ですぐにできた。今にも泣き出しそうだった。

 

「本当に、変わられましたね。サイトウさん」

「おかげさまで。君がいなかったら特設任務部隊(タスク・フォース)は設立できなかった。それで僕も多分、誰も救えない自分を責めて、どっかで折れてた。本当に……本当に、ありがとうね」

「ははっ、よしてくださいよ! 今際の言葉じゃないんですから」

「それもそうだ……それじゃあまたね、柏隊長」

「ええ、それでは。また一緒に戦える日を……いえ、いつか一緒に踊れる日を、楽しみにしています」

 

 字面とは裏腹に、自由になれる日を夢見るような口調ではなかった。それはあくまで、将来、自分の跡を継ぐだろう誰かの幸せを祈った温かい声音だった。

 応接スペースで部隊員と談笑するアルファ分隊に軽く手を挙げて、第一九特設任務部隊(ナイン・ライヴズ)のオフィスを出る。

 それから僕は、下手するとリコリス棟より歩き慣れている廊下を進んで司令執務室へ向かった。

 

「……いつか、ね」

 

 柏は、僕の言葉を信じていなかった──そこまでは言いすぎだけど、真に受けなかったのは事実だ。

 特設任務部隊(タスク・フォース)を作り上げた僕への感謝はきっと本当で。でも同時に、それが対症療法に過ぎないことも理解している。

 すくい上げようとする度、指の隙間からこぼれていく命について、考えない日はない。彼女も同じだ。いや、全一〇個の部隊を束ねる特命情報調査室付特殊検索群長として、僕よりずっと深く考えを巡らせているに違いない。

 だからわかってしまう。全てを拾い上げることなんて、できやしないんだと。

 その通りだ。死者は蘇らない。僕が殺した人も、DAに殺された仲間も、誰も彼も、例外なく。

 僕はもう、沢山のものを失い、そしてあまりに多くの命を奪っている。

 百合姉さんも、()()()も、フォックストロット・ワンの皆も、もういない。

 でも、全部を奪われたわけじゃない。

 ミズキさんがいる。千束がいる。たきながいる。クルミがいる。ミカさんがいる。フキさんも、サクラも、エリカにヒバナも、特設任務部隊(タスク・フォース)の仲間たちも生きている。兄さんにだって会えたんだ。

 手の内に残った命をどう守るかを、僕は考えなきゃいけない。助けられなかった人達はどうでもいい、と言いたいわけじゃない。昔のことなんか忘れてしまえ、という意味でもない。

 ただ、そう。

 

「特命情報調査室、斉藤(サイトウ)日葵(ヒマリ)二等陸尉相当官、入ります」

 

 未来のために生きようって、そういう話。

 

「揃ったな」

 

 応接スペースを挟んで奥。重厚なデスクの上で手を組む司令の視線が、執務室に集まるブラックスーツの集団を一巡りして、最後に扉を閉める僕を見た。

 

「招集をかけたのは他でもない。内閣総理大臣、八重樫良子閣下より依頼された、日米秘密会談の護衛任務についてだ」

 

 窓のブラインドが音もなく下りて夕焼けに染まる空を隠し、同時に、折り曲げ可能な超薄型有機ELモニターとしての機能を備えるそこへ首相官邸近辺の立体地図が映し出された。

 官邸のそばには国会議事堂。北には皇居。東には政府の各省庁が軒を連ねる霞ヶ関がある。

 日本の中枢だ。防衛戦力には困らないだろうに、それをわざわざDAに外注する意味って一体何だ? 

 

「ことの始まりは先月未明。日本政府、内閣情報調査室の監視衛星が、樺太から密航する四隻の密輸船を捉えたことにある。うち二隻は海保がEEZ内にて拿捕、一隻は銃座で反撃したため、海自により撃沈。だが、最後の一隻は取り逃した」

 

 政府から提供された映像を見てみると、密輸船といっても、昔ながらの改造漁船の類じゃない。全長一五メートル程度の紡錘形をした胴体から、ディーゼル・エンジン用のシュノーケルを生やした大型潜水艇だ。どこぞの麻薬カルテルが商品を運ぶために独自に開発製造したと思われるボロ船とはいえ、夜闇に乗じて海中に潜られてしまったら、なるほど再捕捉は難しい。海上自衛隊も、まさか密輸を取り締まるためだけに対潜哨戒機をスクランブル出撃させるほど、フットワークは軽くないだろうし。

 

「確保した三隻の積荷は武器弾薬の類だった。逃がした方は公式な通達こそないが……内務省の個人的な伝手が、濃縮プルトニウムの可能性が高いと言っている。第一次ロシア内戦の折、極東シベリア軍閥が旧連邦政府から強奪した大陸間弾道ミサイル(ICBM)に由来するものとの分析だ」

 

 ──それが、真島の手に渡った恐れがある。

 楠木司令が告げた途端、空気が急に重みを増した。

 

「先の米国国務長官暗殺事件は知っているな? その二週間後、真島率いる武装集団が犯行声明とともに、現職総理の殺害予告および、放射性物質を使用したテロを仄めかす内容のスピーチを発信した。検閲に当たったラジアータも確度A+を出している。仕掛けてくると見て間違いないだろう」

 

 中央棟が慌ただしいわけだ。核爆弾じゃないにせよ、放射性物質を通常爆薬で一帯にばら撒かれれば、それだけで東京二三区は死の大地になりうる。国家存亡の危機と言ってもいい。

 

「検索はDA情報部と警視庁が。プルトニウムの奪取と周辺地域の除染は陸自の対NBC部隊が行う。そこで、最初の話だ。政府は総力を挙げて真島の対処に当たるが、()()()()()テロを前に会談の日程を変えることは国の体面が許さん。とどのつまりは……人手を貸せということだな」

 

 僕の隣に立つゴウダが、スーツ越しにもわかる巨大な肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

 

「当ててやろうか。上がマリヤ・マギナの件で借りを作っちまってて、断るに断れないんだろ?」

「……審議部の方々はそう考えているようだ」

 

 司令の喉元が、権力闘争なぞに明け暮れているからそうなる、なんて恨み言を飲み下す。上層部のしょうもない足の引っ張り合いで一番割を食うのは、いつだって中間管理職である司令その人だった。

 

「特命情報調査室は第二一特設任務部隊(ブラック・ジャックス)として護衛戦力を供出する。首相官邸周囲を哨戒し、有事の際は先制攻撃をもってこれを鎮圧、ないし侵攻を遅滞させ、政府本隊と連携して叩け」

 

 モニターの立体地図に、特調のメンバーそれぞれのコールサインと配置が表示され、司令が順繰りに読み上げていく。だが、どうしてか僕の名前はない。

 

「サイトウは総理に随行しろ。直々の指名だ」

 

 ちょうど聞こうと思ったタイミングで、急に司令がこちらを見たから面食らった。

 

「了解。ですがその……どういう風の吹き回しで?」

「官房長官いわく、総理はかねてからお前と話をしたがっていたそうだが、詳しい事情は本人のみが知るところだ」

「政府絡みの話なら、タチバナ副室長から一報あっても良さそうなものだが……」

 

 大人しくしていた元情報部エージェント、ハラが呟くも、楠木司令は(かぶり)を振って否定した。

 

「古巣でプルトニウムの対処にかかりきりだ。連絡もつかん」

「あちゃあ、官房の秘密主義は変わらねぇな……」

 

 ゴウダのぼやきをよそに、僕はある一つのシナリオを考えた。

 まさか、この状況を演出したのは兄さん(タチバナ)だったりしないよな、と。

 僕たちはアメリカがやらかした非道な人体実験の資料を餌に彼の国を動かし、DAにぶつける気でいる。だがこのプランは、僕とタチバナのどちらかが殺され、資料を奪われるだけで簡単に破綻する。

 僕が米国政府なら、スパイ崩れの個人との妙な取引に応じることなんかせず、とっととAGM-114 R9X(ニンジャ・ミサイル)を撃ち込んでそいつらを消し、一連の不祥事を闇に葬るだろう。だって、同盟国の承認を受けてミサイルを一発ぶっ放すか、DAと全面的に対立するかだったら、前者のほうがリスクもコストも遥かに低いんだから。

 だけど、濃縮プルトニウムを使った核汚染爆弾(ダーティ・ボム)があれば、その前提はひっくり返る。僕たちに手を出せば、アメリカは、太平洋防衛の要にして、戦略物資である海底レアアースをホワイトリスト待遇で売ってくれる貴重な同盟国をむざむざ被爆させることになるんだ。

 もし東京でそんな事が起これば、日本は国家としての機能の大半を失う。どこかに遷都して臨時政府を立ち上げるにしたって少なくない時間がかかるだろう。とばっちりを食う各国の大使館だって黙っちゃいない。日本はもちろん、駐留軍を置きながら、みすみすテロを許したアメリカもまた国際的信用を失う。

 木端のような個人を暗殺することへのリターンより、もしものリスクが遥かに上回る。荒唐無稽な与太話が、一気に現実的な戦略といえるラインまで上ってくるわけだ。

 だからこそ、持ち主が僕たちではなく、頭のネジがいくらかぶっ飛んでいる真島である、というのが引っかかる。僕らと奴らは相容れない。それがタチバナとの共通認識だったはずだ。

 真っ当に考えれば、タチバナが奴らの手引きをするなんてありえない。プルトニウムを手に入れるために真島を使う必要があったのか。何か考えがあって切り札を奴に委ねているのか。あるいは、タチバナの裏切りを演出したい第三者の手が介在しているのか。

 本人に聞ければいいんだが、あいにく、しばらく会えていない。僕の出生が明かされたあの日、お前の計画の準備を進める、とだけ言われてそれっきりだ。

 

「不安か? サイトウ」

「まあね。でも、タチバナの能力を疑ったことはないよ」

「そいつは俺も同感だ。早く帰ってくるといいな」

「やめてよ、子供じゃないんだから」

「今年で五〇のロートルからすりゃ、大抵の奴は未来ある子供だぜ。ま、俺に未来がないってわけでもねぇが」

「……そう」

 

 ヒマリの体はあと、どれだけ保つ?

 ラジアータはいつ、僕らの計画を検知する?

 それは当初の予定だった二年後かもしれない。けれど一年後かもしれないし、一か月後かもしれない。それこそ明日でもおかしくない。

 残された時間は、千束のタイムリミットより曖昧だ。僕とタチバナがDAと戦うことを選んだその日から、それは決まってしまったことだった。

 帰還不能点を超えたなら、最後まで走り抜けるしかないんだ。

 

「ともかく。放射性物質の散布などという手口は、第一次ロシア内戦、第二次非核ロシア内戦と同じく、もはや国際紛争の域にあることを我々は認識せねばならん。皆、死力を尽くして事に当たれ」

 

 

§

 

 

「──なんて言ってるだろうぜ、今頃」

「お前、一体誰の味方なんだよ」

「俺は俺の味方さ。いつだってな……ん、これ旨いな。どこのだ?」

「ビッグ・カフナ・バーガー」

「カフナ? 君も人を殺す前に聖書を諳んじるタイプか?」

 

 ねぐらである古びた輸送船の一室で、真島は思った。ここまでナメた口を利く輩は初めてだ、と。

 

「俺はお前が何のためにこんなチンケなボロ船まで来てメシをタカってんのか──CIAの犬が何のために俺達と手を組むのか。そういう話をしてんだ」

 

 そう言って真島は、至極没個性的な顔つきをしたブラックスーツの男が片手に持つ巨大なチーズバーガーを、キアッパ・ライノの銃身で指し示した。

 しかし。タチバナなどという偽名を名乗る彼は、実弾の込められたリボルバーを目の前にしても全く意に介した様子もなく、穴の空いたソファに背中を預けたまま、再び大口を開けてバーガーの断面にかぶりつく。さしもの真島もいっそ呆れるほどの面の皮の分厚さであった。

 

「あいにく俺は、ひいひい爺さんの代から続く由緒正しい日系アメリカ人の家系でね」

「英語が日本訛りだ。他はどうだか知らねぇが、その程度じゃ俺の耳は騙せねぇ」

「へえ、やはり君の才能は耳か。半信半疑だったが、なるほどこれで確証が持てた」

「されば、心正しき者の行く道は、心悪しき者の利己と暴虐によって、行く手を阻まれるものなり──」

「ハハハ! わかったわかった、教えてやるからこの哀れなパンプキンを撃ってくれるなよ、ジュールス君」

 

 眉間に銃を突きつけると、男はようやく口の中のものを飲み込んだ。

 かと思えば次はストローをくわえ、ラージサイズのカップの中身を喉を鳴らして吸い始める。

 やっぱブッ殺そう、と真島が決意を固めた矢先、

 

「俺はな、子供を食い物にする大人ってのが世界で一番我慢ならないんだ。それをDAは、罪のない孤児を殺し屋に育て上げ、更生の見込みもありうる未遂犯までもを平気な顔で殺している。あれは人道と憲法の敵、国家の癌だ。最後の一欠片まで焼き切らなきゃあならん」

 

 スプライトを一息に飲み干した男は、突如として声音を冷徹に尖らせた。

 ようやく()を見せやがったか。真島は己の口角が吊り上がったことに気づかなかった。

 

「そのためには、俺達のような戦争屋を使うのも厭わないってか? そりゃまた、世界の警察サマらしい高尚なお考えだ。精々気張れよ、応援するぜ」

「おや、知らないのか? DAが、任期を終えたエージェントをアメリカに売りつけていることを」

「はあ?」

「相手はうちだけじゃないぜ。日本国内への天下りはもちろん、UK、ドイツ、イタリア、フランス……NATOに加盟する主要先進国はみんなそうさ」

 

 しなびたフライドポテトを頬張りながらタチバナは語る。幼少のみぎりから戦闘と諜報の技術を叩き込まれた人材の輸出は、いわばDAという組織が国際社会から黙認されるための口止め料なのだと。

 リコリス、リリベルに付けられる値段はすこぶる安く、なおかつ即座に熟練の工作員として運用可能な練度を持つ。加えて、西側諸国の特殊部隊にも広く普及する高強度戦闘適応調整(カウンセリング)を施された精神はメンテナンス性に優れ、PTSDの心配が無いことはもとより、組織への忠誠心も非常に高い。

 彼ら、彼女らほど費用対効果に優れた()()は、そうないのだ。

 

「DAは端金で売り飛ばした彼らを使って、各国の諜報機関に事実上の外局を組織しつつある。世界が然るべきバランスを取り戻すには、綺麗事を言っていられる段階はとっくに過ぎているんだよ」

 

 当然我々CIAは、いかなる国の人間が組織に干渉することを看過するつもりはない。

 

「合衆国政府は合衆国人民のものだ。八咫烏の老人共はそれを忘れたと見える」

 

 君の言葉を借りようか、ジュールス。

 

「愛と善意の名によりて、暗黒の谷より弱き者を導きたる彼の者に神の祝福あれ。なぜなら彼は兄弟を守る者。迷い子たちを救う者なり」

 

 タチバナはナプキンで指の油気を拭いながら、エゼキエル書二五章一七節を朗々と唱える。奇しくもその所作は祈りに似て厳かだった。

 

「主なる神はこう言われる。わが兄弟を滅ぼそうとする悪しき者たちに、私は怒りに満ちた懲罰をもって大いなる復讐を彼らに成し、私が彼らに仇を返すその時、彼らは私が主であることを知るだろう」

 

 それは、正義の超大国を標榜するアメリカ合衆国らしい、ひどく傲慢な宣戦布告だった。

 真島はふと、眼の前の妙な男から視線を逸らして考える。

 DAがその利権構造を世界中に拡大しようというなら、何より真島の矜持がそれを許さない。

 遅かれ早かれ決着をつけなければならない相手ならば、アメリカという強大なパトロンを背負うことができる今が絶好の機会ではないか。

 第二次非核ロシア内戦しかり、メキシコ麻薬浄化戦争しかり、第五次中東戦争しかり。アメリカは米中冷戦(Cold War Ⅱ)を有利に運ぶ外交手段として、容易に勝てる戦争を求めていることを、戦場を転々とする真島は肌で理解していた。己とその仲間もまた、生業としての戦争を求めてやまない。

 ──利害は一致する。

 

「答えは決まったようだな?」

 

 真島は眼前の男に視線を戻し、歯を剥いて笑った。

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