絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 純度九六%のアルコールは、なんというか酒というより薬品って感じだった。

 舌に触れた瞬間、気化して冷たい。そのくせ針で刺されたような強烈な刺激。ごくりと飲み下せば熱いような痛いような感覚が胃袋まで落ちる。喉元過ぎれば何とやらというが、こいつは過ぎてもまだ焼けるようだ。

 そんな常軌を逸したウォッカ、スピリタスの瓶から口を離し、俺は真剣な表情を作って言った。

 

「……死にますよこんなの飲んでたら」

「グビグビ飲んでから言うの何、不死ジョーク? 私だって一口でやめたわよ。さすがにその一線は超えねーよ」

 

 ──これは飲み始めてすぐの記憶。ミズキさんはふざけ半分で買ったはいいけど全く消費していなかったスピリタスを俺に飲ませて、酔うかどうか人体実験をした。結局俺はボトル一本飲み干してもほろ酔い止まりだった。

 

「この家って蛇口からウォッカが出てきたりしないよね?」

「水しかでねーよ!」

「一応聞いただけ、あんたの家だもん」

 

 ミズキさんはソファに座ったまま、背後のキッチンで水を飲む俺に黙って中指を立てた。何考えてるんだか知らんがこっちを向いて邪悪に笑っている。

 中指はやめろ下品だから。

 

 ──これがだいたい真ん中くらいの記憶。なんで俺の口調から敬語が取れたんだっけ。明確なきっかけはなかったはず。この辺からミズキさんの感情がぶっ壊れてきて、泣き上戸になったり笑い上戸になったり絡み酒してきたり、わけのわからないことになってきてた。

 

「明日は何時に待ちあわせ?」

「午前一一時に」

「じゃあ朝帰りでも間に合うわね」

「でも……」

「疲れてるでしょ。そんな雰囲気がする。誰かの気配を感じて寝るのも、悪くないわよ」

 

 ──長い長い宴会の末。一周回って静かになったミズキさんはソファに寝転がったまま、帰ろうとする俺を呼び止めた。家に帰って寝るのもここで寝るのも大して変わらないでしょ、とも言ってた。

 

「あなたを家に上げたのはね。あなたの心が男の子でも体が女の子だから大丈夫だと思ったとか、そんなのじゃないってことはわかっててね」

「……うん」

「あなたがあなただったからよ」

「……うん。ありがとう。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 目を開けたらもう辺りは明るかった。カーテン越しの太陽光が空間を黄色く染めている。

 俺は首を持ち上げようとして、背中がやけに熱いのに気づいた。それに、肩の上に少しの重みを感じる。何かが乗っているようだ。

 下を向くとわかった。ミズキさんの腕が、俺を後ろから拘束している。ひょっとして抱き枕にされてる? 

 よくよく耳をすますと、真後ろ。至近距離から寝息が聞こえた。

 ああ、なるほど。この人さては寝返り打った拍子にソファから落ちたな? 結構酔ってたみたいだし、戻るのすら面倒になってそのまま寝ちゃったんだろう。

 俺はそうっと、本当にそうっとミズキさんの腕を持ち上げて拘束を脱した。身を少しずつずらすと、部屋の空気が俺の背中と彼女の体の間に滑り込んできて心地いい。どれくらい長く密着してたのかわからないけど、暑いな。寝汗大丈夫かな。

 静かに体を起こす。テレビの上にかけられた時計は九時半を指している。寝たのいつだっけ、一時か。

 結構寝ていたらしい。カーペットが敷いてあるとはいえ床の上で寝たはずなのに、妙に気力に満ちている。こんなに深く眠ったことなんてあったかな。

 さて、どうしよう。ミズキさんを起こそうか? でも、この人二日酔いになってるかも。だとしたら先に水を用意したほうがいいかな。

 ソファの後ろ、カウンターで区切られたキッチン。そこの食器棚から適当なコップを見繕って蛇口の水を注ぐ。

 水の音で目覚めたのか、ソファの向こう側から何やらうめき声が聞こえてきた。

 

「み……ず……」

 

 たった今墓から蘇ったゾンビみたいな声だ。やっぱり二日酔いみたい。

 

「今持ってく」

「うう……」

 

 コップ片手にミズキさんのもとへ。すると彼女は凄まじく怪しい挙動でムクリと身を起こした。ゾンビじゃなくて女幽霊の方だったかもしれない。

 彼女は俺が持っているコップを全く見ていなかった。目をこすりながらテーブルの上で視線をさまよわせている。

 

「あの、ミズキさん? もしもーし?」

 

 ミズキさんは唐突にテーブルのロックグラスをつかんだ。透明な液体が揺れている。まずい。そっちは昨夜の俺の飲みかけのジンだ。

 

「あ、そっちは水じゃ──」

 

 俺は気づいた。今のミズキさんは裸眼だ。その上ひどい二日酔い。周りが見えるはずがない。

 口に運ばれていくグラスを止めようとした。でも、片手に水を入れたコップを持っていたから俺は派手に動けない。

 ごくりと鳴った喉は、俺のかミズキさんのか。

 

「ブフッ!」

 

 霧。そう、度数四〇%のジンの霧。ボタニカルな香りがする。

 俺はミズキさんの凶行を止めようと、彼女のほとんど真正面にいた。片膝をついて、空いた手でグラスを取り上げようと。

 水がこぼれてしまう。飛び退くことは、不可能。

 俺の目は酒に焼かれた。

 

「ぐああああっ!」

「ゲッホ! ゲッホ! ごめ……あ、れ、今何時……?」

 

 口元を手の甲で拭う彼女の顔色は悪い。俺にジンを吹きかけたからってばかりでもなさそう。

 

「九時半ですよ眠り姫(プリンセス)

 

 俺は目を何度かしばたたかせて眼球の表面から酒を追い出しながら言った。

 

「あ! リコリコ!」

「定休日」

「あそっか、びっくりしたぁ……うー頭いた……」

「はい、本物の水」

「ウォッカじゃないでしょーね」

「この家って蛇口からウォッカが出るの?」

「だってわたしんちよぉ?」

「自分で言っちゃおしまいだよ」

「てゆーかお酒ぶっかけちゃってごめんね……シャワー使って、服も貸すわ……」

「ありがとう」

「あとさサイトウ、私の財布知らない?」

「いや。持ってないの?」

「うぅん……探してみる」

 

 水を豪快に飲むミズキさんを尻目に、俺は玄関に続く廊下へ出た。相変わらず脱衣所のドアは開きっぱなしで、一本のジーンズが廊下を塞ぐ形で放置されている。

 扉が閉められないからどかしておこうかとも思ったけど、触っていいものか分からないし、それにこの家にはミズキさんしかいない。身体の性は同じだし、別にいいだろうと自分を納得させた。

 入って目の前の洗面台の隣に衣類かごがあったけど、そこにはすでにミズキさんの服が入っていたから脱いだ服や下着は畳んで洗面台の縁に乗せておいた。

 ……廊下を塞いでたジーンズは氷山の一角だったとだけ言っておこうか。脱衣所の床がどうなっているかについてはノーコメントで。

 風呂場はこぢんまりしていたが、浴槽は足を伸ばして入れるくらいの大きさがあった。まあ、そっちには入らないけど。

 水栓を押す。シャワーは数秒でお湯になる。そういえば給湯器のスイッチを押していなかった。ミズキさんが気づいてくれたみたいだ。ありがたい。

 

「あー……」

 

 頭からシャワーを浴びてべたつく寝汗を洗い流すと、思わずそんな声が漏れた。疲れが溶けていく。

 こんな姿、千束に見せたら絶対からかわれるだろうな、事実はどうあれ。

 中原ミズキ、未成年と密会! みたいな。

 それかこうだ。女子高生と喫茶店員の禁断の愛! 

 目に浮かぶよ。スマホで写真バシバシ撮って、キャーキャー騒いで。飲んだくれに春が来た! くらいは絶対言いふらして回る。賭けてもいい。

 シャンプーを借りてベリーショートの髪をがしがし洗っているが、なんかそれを考えてしまうとこれもあいつが喜ぶ要因なんじゃないかと思っちゃうな。二人から同じシャンプーの匂いがするって。

 ボディソープは……いいか。汗は流れたし、家でもう一回ちゃんと洗えば。

 別に千束を警戒してるわけじゃない。いや、本当に。嘘じゃない。マジだって。

 俺はほんの少しだけ憂鬱な気分で浴室を出た。二人でしこたま呑んで一緒に眠っただけなのに、なんでこんなスキャンダルに怯えなきゃいけないんだ。

 バスタオルを探すと、すぐ右の洗濯機の横腹に貼り付けられた四角いタオルホルダーに何枚か刺さっていたから、手を伸ばしてそれを借りた。手触りがいい。全身を軽く拭き上げる。

 体から滴る水がなくなったのを確認して、俺は洗面台の鏡で全身の傷の有無を確かめた。

 たまに深い傷が塞がったあと、薄い痕になることがあるんだ。それもほっとけば消えるんだけど、今日は一応、外出するから身だしなみの延長として調べている。

 頭頂部から、顔。首。肩。胸。腕。掌。ウエスト。

 目と触覚のふたつで診る。空港の身体検査みたいに、手を滑らせて。

 腹。腰。尻。太腿。膝……やっぱりあった。左膝。転倒させたバイクから身投げしたときに、地面で削れて開放骨折したところ。意識してそこを再生すると、固く盛り上がっていた傷痕はすぐに消えた。

 他にはなさそう。下着を身につける。

 女物の下着なんて趣味じゃないが、女の体をしてる以上は身につける。俺にとってはそれだけのものだ。戦闘時に動きを阻害せず、かつ、日常で着用がストレスにならなきゃそれで十分。

 ところでミズキさんは服を貸すと言っていたけど、どれだろう。衣類かごの中、それともこの……床に落ちてる奴ら? 

 俺は下着姿で脱衣所を出て少し声を張った。

 

「ねえ、借りてもいい服ってどこ?」

「なんでもいいわ、強いていえばかごの中のが洗ったやつ!」

 

 リビングの方から返事が帰ってきた。まだ財布は見つからないのか。リコリコに忘れてったんじゃないかと思うんだけど。

 そんなことを考えながら、俺はかごからYシャツ──レディースだからブラウスか──を引っ張り出して羽織った。ちょっとビッグシルエット気味だ。

 ボトムスを何にしようか考えていたら、呼び鈴が鳴った。今の俺は格好が露出狂のそれだから、ミズキさんが出るだろうと当たりをつけて無視した。

 そしたら呼び鈴が連打された。喧嘩なら買うぞお前。

 それでもそのまま聞いてたらピピッピッピピッピ、ポーンって具合で、スーパーマリオの一面の曲を演奏しだした。ウッザ! 絶対千束だこれ! キレそう! 

 

「あーもー……! はいはいはい出るわよ!」

 

 案の定キレ気味のミズキさんがこっちに歩いて来た。二日酔いなのにおちょくられてかわいそうに。頭痛のせいか足元が少し危うい。

 あ、廊下にはみ出たジーンズ。気づいてる? 

 

「このウザさは千束ね……うぇあ!?」

 

 足を引っ掛けた。やっぱり気づいてなかった。

 俺は脱衣所を飛び出して、つんのめるミズキさんの肩を抱きとめた。なんとか転ぶのは防いだが、このままじゃ勢い余って脱衣所と反対側の壁にミズキさんの頭をぶち当ててしまう。

 身をひねって立ち位置を入れ替える。俺が壁側に。

 

「うおっと、っと!」

 

 たたらを踏みながら壁に背中をぶつけた。

 ミズキさんは転んでないし、頭をぶつけてもいない。完璧だね。

 

「っぶねー、ちょっと大丈夫? 無理しないでよ」

「んへへ、ごめんごめん……」

 

 その時、すべての時間が止まった。

 

「やさしーやさしー千束お姉ちゃんがぁ、酔っ払いの財布を届けてあげに来まし──」

 

 ドアが開けられた。ミズキさんの財布を持った私服姿の千束が、そこにいる。

 彼女は言葉の途中で絶句した。

 

 千束が置かれた状況を説明するとこうだ。

 玄関を開けたら、着衣の乱れた成人女性(ミズキさん)が下着の上──今気付いた。まだ俺、キャミソールを着てない──にぶかぶかのブラウス一枚だけを羽織った女子高生(サイトウ)の首筋に顔を埋めてしなだれかかっていた。

 ちなみに女子高生の足の間には成人女性の足が差し込まれていたし、なんなら両手も前を開けたブラウスの中に滑り込んでいる。

 成人女性の手は女子高生の左の鎖骨、そして右脇腹──うっすら割れた腹筋から形のはっきりした腹斜筋にかけてをつかんでいた。

 女子高生の両手もまた、成人女性の肩を抱いていた。

 濡れそぼつ黒い短髪。両者の間に薄く漂う酒精の香。

 

「あ……」

 

 ミズキさんは硬直したまま、感情の死んだ声を発した。

 奇遇だね。俺も同じ気持ちだよ。この絵面はさすがにヤバい。

 千束はずっとフリーズしている。

 

「お」

 

 彼女は突如として再起動した。お、って何? 

 顔が赤い。視線は玄関の俺の靴。

 違うぞ。お前が想像してるようなのじゃ絶対にないぞ。

 おい、下を向くなこっちを見ろ。俺の目を見ろ目を! 待て、結論を急ぐな! 話せばわかる! 

 

「お邪魔しました……」

 

 耳まで真っ赤にした千束は、そっとドアを閉めた。

 二人きりにされた俺たちは、無言で顔を見合わせた。

 玄関のドアを二人して見て、もう一度顔を見合わせて。

 なんか急に恥ずかしくなってきてお互い目を背けて。

 

「違う!」「違う!」

 

 俺たちは同時に叫んだ。

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