絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
「あのー」
午前一一時。場所は駅前。喧騒の中。
俺は同じ壁に寄りかかる彼女に思い切って切り出した。
「そろそろ復活してもらっていっスか、千束さん」
俺は今、あの世まで見通せるくらい遠い目をしていると思う。
「……スイヤセン」
「駄目そうだな」
例の事故の後、俺は一度家に帰ってから仕事の報告を秘匿回線で済ませ、まともな外出着に着替えてここへ集まった。
結局、俺はミズキさんのブラウスと彼女が足を引っ掛けたジーンズを借りて帰った。こうなったすべての元凶をあの家に放置しておくと、よりヤバい事態を招く予感がしたからだ。
そしたらたまたま、帰り道が被っていた千束と途中まで一緒に歩く羽目になった。あのジーンズは呪いのアイテムか何かだったらしい。
その時の地獄みたいな空気は一生忘れられそうにない。トラウマものだ。誤解を解くために状況をしっかり説明したんだけど、どうも言ってることが耳から耳に抜けていってるようで手応えを全く感じなかった。
それでも時間を空けてもう一回会ったらシラフに戻ってるだろうと思った。事実、俺の次に待ち合わせ場所に来た彼女は平気そうだった。
でも俺の顔を見た瞬間この体たらくだ。どうすりゃいいんだこんなの。
俺は途方に暮れて腕時計を見た。秒針が偶然、てっぺんに着いた。一一時ジャスト。
「お待たせしました」
たきなの声がした。すごい、正確だ。
「いや全然。今来たとこ──」
顔を上げた瞬間、俺は今朝の千束みたいにフリーズした。それでも爽やかな愛想笑いは崩れない。腐っても俺はDA司令直属の密偵、こういう場面でのポーカーフェイスは得意だ。
「制服かぁ!」
「はい」
「鞄の中身は銃?」
「財布と無線もあります」
「……いいね!」
何がいいねだアホ。自分の発言に内心で突っ込みながら、俺は隣の千束を肘で小突いた。
「千束、たきなが来たよ」
「ハッ!」
彼女はやっと現世に帰還してきた。周囲をきょろきょろと見回して、俺を見てまたあの世に行きかけていたけど、目の前のたきなを見つけてなんとか意識を保った。
「……なんで制服着てきたオメー」
「服装の指定がなかったので」
「パンケーキ食うのに銃はいらねー」
「制服を着ているので逮捕されることはないかと」
「そーゆーこと言ってんじゃねー」
千束は目を剥いて俺を見た。魂は抜けてない。
なるほど、彼女に何かあったらとりあえずたきなをぶつければ正気に戻るのか。覚えておこう。
「サイトーどういうことこれ」
「あたしが聞きたい。ごめん、ちょっと作戦会議!」
「あ、はい」
俺たちはフル装備のたきなを放置して顔を突き合わせた。ここまでやっても千束はバグらない。件の事故よりたきなの格好の衝撃が上回っているんだ。
そのまま今朝の記憶も飛んでくれねーかな。
「あたしはただここに集合って伝えただけ」
「私服持ってないとか?」
「……まさか」
「だってたきな、こないだまでリコリス寮にいたんだよ。今も戻る気満々だし」
「ならありえない話じゃないね。プラン変えよっか」
「お店の予約何時だっけ?」
「一一時から一一時半。ランチを兼ねて」
「じゃあパンケーキからのショッピングで」
「いいね。場所はモール?」
「うん、モール」
「了解、じゃ行こう!」
自分で誘った手前、一応俺が先頭を行く。後ろには千束とたきな。二人は並んで談笑しながら──とはいえ喋ってるのは七割方千束だ──歩いている。
いいぞたきな、聞き役を続けて千束の気を逸らすんだ。俺の尊厳は君の働きにかかってるぞ。
「この二人が不仲……?」
千束の陽気な喋り声に混じって聞こえてきたたきなの呟きに、俺は反応しなかった。
ったく、誰が言い出したんだか。リコリコの常連客か? 遊びの誘いを断るのは仲が良くないからなんて安易な理屈だ。
そんな単純な問題じゃないよ、俺とこいつの関係は。まして性自認の話でもない。ざっくり言えば生き方の話だ。
程々の距離でつかず離れず。俺にとってはそれくらいが一番丁度いい。お互いこれでうまくやってるんだ。それを千束がどう思ってるかは、わからないけど。
だから今こうして一緒に遊んでる。お前を嫌ってるわけじゃないんだって示すために。
ま、いいさ。ふわふわキラキラのいかにも女子高生が好きそうなパンケーキと一緒に自撮りでもすれば、そういう噂も駆逐できるだろ。
「ここだよ」
「レトロだ! かわいー!」
「実際、老舗だからね」
駅前の大通りを外れて少し歩いたところに件の喫茶店はあった。今の店主は二代目で、もうじき息子さんが後を継ぐことになっている歴史ある店だ。
入って右手のカウンターは創業時からずっとそこにある。そこに座る客層は様々で、老人もいれば若者もいた。常連らしき人たちが気持ち多いかな。でも繁盛してる。三代目どころか四代目まで続けられそう。
俺たちはウェイターに導かれて、カウンターと反対側のテーブル席に座った。壁際には洒落た革張りのメニュー表と一緒に、丸っこい形のおみくじ器が置いてある。
たきなの隣で物珍しげに店内を見回す千束の姿を見ていると、なんだか自分の店でもないのに誇らしい気持ちになった。
いいだろ、ここ。店の奥には当時物のパックマンも置いてあるんだよ。さすがにもう動かないからインテリアになってるけど。
「すっげー……全部かわいい……」
「初めて来ました、こういう場所」
「パンケーキが特に美味しいけど、その他にもいっぱいあるよ。なんでも好きなの食べな、何食べてもおいしいから」
向かいの二人にメニューを手渡した。俺はもう見なくても注文できる。
「おお何でもある! たきな何にする? 何食べちゃう?」
「……私も見ます」
昔ながらのライスカレーやオムライス、サンドイッチにナポリタン。それらをはじめとする伝統的なメニューに加えて、上から下まできれいなグラデーションになってるクリームソーダや、バニラアイスやフルーツを宝石のように散りばめたフレンチトースト、トッピングを山盛りにしたふわふわのパンケーキなどなど……SNS映えを意識した若者向けの品が混在しているのがこの店の特徴だ。懐かしいのに新しい、それがきっと繁盛の秘訣なんだろう。
「はいはいはいサイトーさん!」
「何でしょ」
「おすすめ教えてください!」
「ダブルベリーパンケーキバニラアイストッピング、BLTサンド、ダッチ・コーヒー。それがあたしの目当て」
「いーねぇ、あんたわかってんねぇ……」
「オーバーカロリーでは?」
「かもね、でも気にしたことない」
「体脂肪率の増加は職務上好ましくないかと」
「一八%台をキープしてる。平気だよ」
「じゅ、じゅうはち……!?」
たきなと一緒に見開きの端っこを持ってメニューを眺めていた千束がいきなりすげえ顔をしてこっちを見てきたから、俺は飲んでいた水を噴きかけた。
「……え、サイトー体重は?」
「六五キロ」
「……身長」
「一七四センチ」
千束はしっかりメニューを頭上によけてからテーブルに突っ伏した。あ、たきながしれっと冊子を取り上げた。こいつも大概いい性格してるな。
「体重以外ぜんぶまけた……一二センチもまけた……」
「大丈夫だよ、千束はまだまだ伸び代あるって。まだ一七歳でしょ?」
「先輩の言うことはちげえなあ……よよよ……」
「え、先輩?」
「え?」
「……え?」
何故かたきなまで声を漏らしてこっちを見てきた。最後の時間差あるのがそう。たきなってこんなに愉快なキャラだったの? 知らなかったんだけど。
「待って、二人はあたしのこと何歳だと思ってるの?」
「大人っぽいから一八歳か、もしかしたら一九歳くらいかなーって……」
「私もそのくらいかと」
「そういえば言ってなかったっけ……」
俺は目頭をそっと抑えた。この頭痛って心因性かな。
「あたし一六歳」
「年下じゃんっ……! えっ……! ウソでしょっ……!?」
小声で叫ぶなんて器用だな。こいつおもしろ。
いや、まさか今までそんな行き違いがあったとは夢にも思わなかった。リコリコの大人組は誰も教えなかったのか?
あ、黙ってたほうが面白いから言わなかったのか。確かに愉快だわ。たきなでさえ目かっ開いて動揺してるもん。こいつらおもしろ。
「こんな……こんなイケメン王子が……年下……!?」
「王子て、そりゃ髪は短いけど」
「いやだってミズキより背ぇ高い子がまさか年下だとは思わないじゃ──あ」
千束はもう一度突っ伏した。何もしてないのに自爆したよこの人。あーあ、もう知らねぇ俺。しばらく復活しないだろうし注文取っちゃおうかなもう。
「千束さん、どうしたんですか。体調悪いんですか」
たきなもたきなだ。耳が赤いからって無理矢理テーブルとデコの間に手差し入れて熱を測ろうとするなって。無自覚に追撃入れてるよ。
「あう……」
「熱があるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫デス……」
「ご注文はお決まりですか井ノ上様」
「はい」
「錦木様は?」
「ハイ……」
じゃれ合うポンコツ二人に付き合いきれなくなったので、俺は注文を聞き出して近くを通りがかったウェイターに伝えた。
彼が離れていったのを見計らって、俺は声を抑えて言った。
「千束、朝のは事故って言ったでしょ」
「過ち……!?」
「一夜のじゃねーよ耳年増。やっぱ話聞いてねぇだろ」
「聞いてたけどさあ……」
「聞いてたけど何?」
「その……破壊力がすごくて、頭にずっと……」
「はかっ……あれくらい映画とかでもあるじゃん」
「知り合い同士のなんてないじゃん……!」
「……まあ、それはそうだけど。ちゃんとわかってくれてるなら、いいや……」
ごつっ、と千束の額が再びテーブルに着弾した。
いよいよ話すことがなくなって、俺は手持ち無沙汰になった。ていうか、たきながこっちをじっと見つめてきているのが不穏すぎて顔を上げられない。ずっとテーブルの上に置いた自分の手を見ている。
「サイトウさん、朝のって」
「……言いたくねぇ」
俺もテーブルに突っ伏した。
ちなみにパンケーキはおいしかった。自撮りも撮った。
§
「たきなトランクス履いてた……」
「は?」
耳打ちでなんてこと言うんだお前は。俺は思わず手に取っていたリップグロスの小瓶を取り落としかけた。背伸びして、商品棚の上から店員が見ていないのを確認。よし、大丈夫。地面に落ちる前にキャッチしたしセーフだろ。てかどうせこれ買うし。
危機を脱した俺は改めて千束に向き直った。ちょっとこれは聞き流せそうにない。
「トランクス? メンズの? なんで?」
「なんかね、どんな下着がいいか分かんなかったから先生に聞いたんだって」
「……話が見えてこねーな? まあ、下着も買ったほうがいいってことはわかった」
「サイトーなんかここで買ってく?」
「うん、すぐ行くから先行ってて。PEACHでしょ?」
「そだよ」
目当てのコスメを買い物かごに放り込んでいる間も、商品をレジに通している間も、俺はずっと混乱していた。
千束はたきながトランクスを履いてるってなんでわかったんだろ。スカートめくりでもした?
いや、さっきセレクトショップで千束がたきなに着せる服を選んでる時に一緒に試着室に入っていったのを見たから、多分その時だ。
……そもそも試着室に二人で入るなよ、おかしいだろ。何がどうなったらそういう流れになるんだよ。着方がわからない服でもあった? いや、着方がわからないってなんだよ。
「ありがとうございました」
「どうも」
なんかどっと疲れてきたな。あいつら愉快だけどブレーキってもんがない。真面目に考えてると脳が焼き付きそうだ。
俺は化粧品店のテカテカした袋を片手に、同階のランジェリーショップに急行した。入ったことないな、このPEACHって店。俺はあまりモールで買い物しないからこのあたりのことは千束の方が詳しいだろう。
赤い私服のアホと青い制服のアホはすぐに見つかった。パステルカラーのガーリーな壁紙が鬱陶しい店内でなお目立つ。
「よう妖怪トランクス、妖怪スカートめくり」
「めくってねーわ妖怪星の王子様!」
「オメーはいっぺんデグジュペリにぶん殴られろ。で、何を悩んでるの?」
「いや、好きなの選べって言ったんだけどさあ」
「仕事に向いてるのってないんでしょうか、サイトウさん」
「これなんだよぉ……」
「なくはないでしょ」
「あんの!? 銃撃戦向けが!?」
「それはないけど、自分の体型に合ったやつなら動きに支障は出にくいでしょ。ちょっと待ってて」
俺は尻ポケットからスマホを取り出して、ある店のホームページを見せた。実店舗のデザインと同じく、黒の背景に金の縁取りでいっそくどいほどの高級感を出している。
「フルオーダーが一番いい。紹介しようか?」
「いくらすんのそれ」
「四万。パンツは二万」
「高っ! JKに手出せるもんじゃないっしょ!」
「出せるでしょ、二人とも高給取りなんだから。つーかあたしだって今着てるもん」
戦闘時に動きを阻害せず、かつ、日常で着用がストレスにならないもの。俺が求めるすべてを満たすのがこれだ。
自分が女物を着ているって事実をあまり認識したくなくて自然な着用感を追求していったら、いつの間にかこんな超ハイエンドモデルに辿り着いてたってわけ。
「計六万……」
「高いけどここのが一番ノンストレスなの。そこらの下着に戻れなくなるのがネックだけど」
「サイトウさん、詳しくお願いします」
「食いついちゃったよこの子……」
「ああうん、後でね。今日はとりあえずここの──」
突然スマホが震えたので画面を自分側に向けた。電話の相手は、
「げ、司令だ……ごめん、ちょっと出てくる」
タイミングが悪いな。変に追求されそうでちょっと嫌だ。スマホを耳に当てながら店を出る俺を、たきながちらちらと見ている。
この通話に使っているのは専用の基地局を介した特別な秘匿回線だ。DAとそのエージェントの間で完結していて、専用のOSで動いている。ラジアータとはまた別の閉鎖されたネットワークだから、ハッキングでどうにかできるものじゃない。
スマホは違うだろって? 残念。回線をアサインしてるのはこの端末の権限によるものじゃない。必要なタイミングで勝手に繋がれて勝手に戻されるんだ。こいつはトカゲの尻尾なんだよ。
『情報の裏が取れた。清石は白だ。関与していない』
「やはりそうでしたか。ところで例の写真の解析結果は」
俺は店の前の下着を着たマネキンの横で呟くように話した。辺りを歩く客は少ないが、そもそも部外者に聞かれるような不用心を俺はしない。その程度のスキルはある。
『情報部にやらせているが、解像度が低い。期待はするな』
「了解しました。頼まれていた市場調査の件ですが、相場に変化はありません。どこかに流れているわけでもなさそうですよ」
『一〇〇〇丁もの銃が犯罪者の手の中か』
「おっしゃる通りです。それと高度な電子戦能力を持っているのは、ウォールナットだけではないかもしれません」
『続けろ』
「ロボ太ってハッカー、ご存知ですか。ウォールナットに次いで腕がいいとされてる奴なんですが」
『ああ。奴もラジアータに仕掛けるだけの能力があるのか』
「可能性はあります。奴は功名心がえらく強く、ウォールナット超えを意識している節がありますから、サイバー攻撃への警戒も強めたほうがいいでしょう。相手は一〇〇〇丁の銃と弾薬を買える金持ちです。ハッカー連中を雇ってバックドアの設置を強行しないとも言い切れません」
『……サイトウ。お前は奴らがDAと事を構えるつもりだと言いたいのか?』
「私が銃の買い手ならそうします。リコリスはテロ遂行の最も大きな障害です。排除できるだけの力があるなら、潰しておきたい」
『だが、それほどの戦力規模ならラジアータが捕捉するだろう』
「そこでロボ太ですよ司令。取引現場での前例をご存知でしょう? 私はもう、あれをあまり信用していません」
『一理あるな』
「くれぐれも厳重な警戒をお願いします。嫌な予感がするんですよ、この案件は」
『わかった、お前は引き続き調査を。どんな些細なことでも報告を上げろ』
「はい。司令もお気を付けて」
俺は何食わぬ顔で二人のもとに戻ったが、たきなだけはやけにこちらを見てくる。司令とのホットラインを持ってるとはいえ、俺にできることはなにもないよ。
俺は壁一面のフックに陳列された下着を漠然と眺めながら言った。
「仕事の話だよ」
「……司令、でしたね」
「直属の上司なの」
「サードのリコリスが、司令直属ですか」
「ちょーいちょいちょいたきな、深いことは尋ねないの! サイトーも色々事情あるんだよ」
俺の仕事を二人に言っていいものか。少し考える。
今朝、ミズキさんがウォールナットをリコリコで匿っていると言っていた。奴は既に俺がこの手で殺したことになってるから、DAの追跡は問題なさそう。
こいつをうまく今の仕事に使いたいんだよな。
共同戦線、ってほどじゃないけど。
「やー、ごめんねサイトー」
我々は銃の買い手を見つけられていない。情報戦で敵に先を行かれている。頼みの綱のラジアータは信用できない。
そこでウォールナットを使えれば、事態の収束はぐっと早まるはずだ。でもこいつには殺害命令が出てるから、生きているのを見過ごしてるのがバレたら俺の身が危ないかも。
でも成功すれば大手柄だ。司令はその戦果を決して無視できない。俺の利用価値を示せる。
「……サイトウ? 大丈夫?」
機密をいくつか破らなきゃいけないな。でもリコリコは完全な部外者ってわけじゃないし、そこまで致命的ってわけでもないか?
ゆっくり、頭を掻いた。
メリットとデメリットを天秤にかける。
眉に皺が寄る。
リスキーだけど、やる価値はあるよな。
仲間が死ぬのは気分が悪いし。
「ごめん……嫌なこと、思い出させた」
やけにトーンの低い声が聞こえて、はっとして千束を見た。いたずらがばれて叱られるのを待つ子供みたいに目線を落としている。
くそ、しまった。完全に俺の失態だ。彼女、俺のトラウマを刺激したと勘違いしてる。
千束は訳あって俺の後ろ暗い任務のことを知っている。別に俺は大して気にしてないんだけど、昔、なんか変に同情を買ってしまったんだ。
「あ、いや、そういうことじゃなくて! どこまで話していいのか考えてただけだから、そんな顔しないで」
「えっ、あ、そうなの?」
「うん。だから本当に気にしないで」
「よ、よかったぁ……口から心臓出るかと思ったぁー!」
彼女はふにゃふにゃと脱力した。うん、お前はそれでいいよ。四六時中うるさくしてろ。
「たきな、詳しい話知りたい?」
彼女は困惑したまま、こくりと頷いた。確かに何が起きてるんだからわからないよな、このやりとり。せっかくだからそれも全部説明しようかな。
「なら最後にリコリコで話そ。今日は定休日だけどボードゲーム大会やってるはずだから、店には入れる」
さてと。この仕事を終えた俺は、無事にお天道様の下を歩けるかな。
でもクソ仕事じゃないから気分は悪くない。
いままでより随分、息はしやすいよ。
§
「紹介しよう。あそこにいるのが新顔のクルミだ」
「よろしく」
ウォールナットはえらくちんまい女だった。いや子供? 少女? 年が判別しにくい。スタッフ用の座敷の奥の押入れを仕事場代わりにしてるなんて、変なやつ。着てるパーカーも手が見えないくらいダボダボだし。
俺は押入れの上段に引きこもったまま手を振るそいつにいたずら心が湧いた。ちょっと驚かせて余裕を崩してやろう。
「どーもウォールナット。よくキャリーケースに入っていられたね。昨日は大変だったでしょ」
「え、いや、な、何の話だかわからんなぁ!?」
露骨にビビりだした。こいつちょろいわ。
俺は座敷の入口に立って、満面の笑みで手を振り返してやった。
「あたしはサイトウ、DAのリコリス。これからよろしくねウォールナット」
「はわわわわわわわ……!」
恐怖でおかしなことになってきたウォールナットを放って、俺はカウンターの裏側でミカさんに向き直る。彼は驚きこそすれ、クルミの殺害を恐れているような雰囲気ではなかった。察しが良くて助かる。
「彼女のことで秘密の提案があって来たんですけど……聞きます?」
ミカさんは愉快げに笑った。
「聞かせてもらおうかな」
「後悔させませんよ」
俺はバックヤードから表に出て、店内をぐるりと見渡した。ミカさん、ミズキさん、千束に、たきな。いつもの面子がちゃんといた。
俺は大企業のCEOが会場でプレゼンをするみたいに、芝居がかった調子で言った。
「皆さん。あたしと一緒に──テロリストどもをブチのめしませんか?」
会場はまばらな拍手に包まれた。ありがとう、ありがとう。気分はさながらジョブズだ。
さあ、仕事の話をしよう。