絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
「早速詳しい話に入りたいんだけど、この提案には実働部隊の権限では知ることが許されない機密が大量に含まれてる。あたしのことを知るってことは、そういうことなの。ミカさんやミズキさんはともかく──千束、たきな」
俺はカウンター席に座る二人に順繰りに目を合わせた。真剣な表情を読み取ってか、彼女たちは体ごと視線をこちらに向けてくれた。
「二人は最悪、ライセンス抹消どころか
たきなは難しい顔をして数秒、逡巡した。
「私は……やめておきます」
俺は彼女の言葉に深く頷いた。
不干渉という賢い選択を、俺は掛け値なしに称賛したい。自分の領分を超えることに首を突っ込まないというのは、とても大事な能力だと思うから。
俺はそれができないやつを何人も見送ってきた。
この手で、送り出してきた。
「わかった。それじゃ少しだけ、地下のシューティングレンジにいてくれる? そこなら声は聞こえないから。終わったら呼びに行く」
たきなの背中がバックヤードに消える。徐々に小さくなっていく足音が完全に聞こえなくなったのを見計らって、俺は千束を見た。
「聞かせて」
「……わかった。後悔は」
「しないよ」
千束は、そうか。今更か。真摯というか、頑固というか。
敵わないな、とつい笑みがこぼれた。
俺は入口のそばの座敷に腰掛けて、軽い雑談でもするように話し始めた。
「まずはあたしの仕事について話そうかな。提案を聞く上で、前提条件を知っていてほしいから。みんなある程度わかると思うけど、確認の意味を込めて。新顔もいるしね」
俺は二階席の方に目線をやった。欄干の隙間から顔を出して話を聞いていたクルミが一瞬だけ身を固くする。
やっぱりちょっとビビらせすぎたかも。
「あたしは楠木司令直属のリコリス……この仕事を簡単に言うと、
話しながら同じ座敷に座るミズキさんをちらりと見た。合点がいった顔をしている。さすが元DA情報部員、基本は押さえてる。
「民間人への聴取、ダークウェブからの情報収集、ハッキングやクラッキングも少々。あとは支部間の伝令、身辺調査、潜入、誘拐、尋問、拷問、口封じ、暗殺……ハニー・トラップ以外の後ろ暗い仕事は大体やる」
話せば話すほど空気が重くなっていく気がして、俺は自分の失策を疑い始めた。仕事を一緒にする上で必要なことだから話してるだけなんだけど、みんな少し優しすぎる。
「制服を着てリコリスとして動くこともあるけど、それはどちらかというと諜報活動の一環として、という形になるのかな。有益な情報を握る容疑者を生け捕りにしたり、不都合なことを知ってる人間を任務を装って殺したり」
ジョブズごっこの愉快な雰囲気はすっかり失せていた。誰も彼も、火葬炉に入れられる棺を見送る時みたいに沈痛な顔をしている。
そんな調子だから最後の仕事については迷ったが、この際だから打ち明けることにした。これ以上深刻なムードにはしたくなかったが、協働するなら教えておくべきだと思った。
「それとたまに、機密に触れた者を殺して黙らせることもある。非戦闘員であれ、リコリスであれ」
空気が一瞬で凍った。
驚愕。絶望。そして、怒り?
それとも、悲しみ?
みんなの揺れる目が訴えるものは、一体なに?
「さっき言った、ライセンス抹消以上の処分ってのがそう。DAは秘匿性が高い組織だから、情報漏洩だけはどんな手を使ってでも避けなきゃいけない。未然に防ぐことが求められてるんだ」
リコリコの面子では千束しか知らない。彼女は俺が唯一塞ぎ損ねた口だ。仲間を殺すところを見られて、消そうとしたら見事に返り討ちにあった。
あの時は監視の目がなくて助かった。おかげで俺が仕損じたことは誰にも露見せずに済んでいる。
「ここまでで何か、質問とかある?」
俺は空気を一切読まず、あくまで気安い口調を保った。悲劇のヒロインを気取ろうとは思わない。そういうのは好きじゃないんだ。
それにもう、自分の中で決着がついていることだから。
ミカさんは眼鏡を押し上げた。この重圧の中だ。言葉を発する前に、一拍置きたくなる気持ちはわからないでもなかった。
「いつから君はその仕事を? それに一体どこでそれだけのスキルを……」
「四歳から八歳までは訓練施設を転々と。移動中は毎回目隠しをしていたので場所は知りませんけどね。なので、実戦は九歳からになります」
「まだほんの子供じゃないか……」
「あたしは過労死しません。二時間睡眠で万全なパフォーマンスを維持できます。それで浮いた時間を訓練に回していましたから、当時でも十分な練度がありました」
普通の人間は人生の三分の一を寝て過ごすと言うけど、俺がその気になれば一二分の一で済む。
起きていられる時間が長ければ、当然使える時間も増える。同年代のリコリスとはそこで圧倒的な差がつく。それにいくら追い込んでも俺は死なないんだから、訓練の過酷さは言わずもがなだ。量も質も段違いさ。
米海兵隊のブートキャンプじゃ、だいたい九時間訓練して八時間眠って、残りの七時間は食事やシャワー、休憩、余暇に充てられる。
俺は一九時間訓練して、二時間眠る。休憩はなく、食事とシャワーと次の訓練の準備に三時間。二倍以上の密度がある。俺の四年は実質、常人の八年より長かった。
どんな凡人でも八年間鍛えれば、それなりのものにはなるだろ?
「それにリコリスってのはみんな子供ですよ、ミカさん。あたしが特別ってわけじゃない」
俺はそう締めくくり、肩をすくめて微笑んだ。
これは本心だ。俺も喫茶リコリコもDAも分野が違うだけ。それぞれの苦しみはあるだろう。でも、誰のが特別重くて誰のが無価値だとか、そういう道理はないはずだ。
生きるのが全く辛くない人間なんていない。
俺はその苦痛を尊重したい。
そこにあるんだ、って認めたい。
わかったような口を利いて、軽んじたくないんだ。
「……そうだな。話してくれて、ありがとう」
ミカさんは柔らかく笑い返してくれた。俺の言いたいことはちゃんと伝わったみたいだ。
そうして一段落したところで周りを見た。
千束はなにか言いたげだったが、言葉を探すのに苦慮しているように見えたからそっとしておいた。
ミズキさんはずっと俺から顔を背けている。閉じた足の上に乗る両の拳は固く握られていて、今にも震えだしはしないかと心配になった。
軽蔑している? いや、彼女はそんな人間じゃない。昨夜の出来事を経て、俺は傲慢にもそう信じている。
だからこそ思ってしまうことがある。
ミズキさんは高潔な人だ。
そんな彼女の目に、俺はどれほど醜く映っているんだろうか。
俺の所業を知ってなお、あなたは悪くないと言うんだろうか。
犯罪者も、そうでない者も、誰かの親も、誰かの子も、誰かの友も、誰かの愛する人も、別け隔てなく殺し、時には拷問にかけてきた俺を許すんだろうか。
ミズキさんには嫌われたくないな、なんて。
俺は過ぎた願いを抱いている。
「なあ」
クルミが上で手を上げた。際限なく膨らんでいく思考を断ち切ってくれるのが、今は嬉しかった。
「過労死しないってどういうことなんだ?」
「言葉の通り、死なないんだよ。傷なんかすぐ塞がるし、血はいくらでも作られるし。薬物だってすぐに代謝しちゃう」
「にわかには信じがたい話だな……」
「ちょっとクルミ──」
「いい、千束。みんな普通そう思う……そうだなぁ、昨日赤いライダースを着た暗殺者が大量出血しながら逃げて行かなかった? あぁでも、キャリーケースの中か」
「いや、着ぐるみに仕込んだカメラで見てた。バイクで事故った上四発も撃たれてたな。逃げたところで死ぬだろあれじゃ」
「それ、あたしなんだ」
千束が視界の端で俯いた。お互い不可抗力だったんだ。罪悪感を抱かれるのはかえって居心地が悪い。なんとかしなきゃ。
「一月前からウォールナットの殺害命令を受けて動いてた。同じリコリスにも正体を気取られないよう、秘密裏に消せってね」
今思えば、上層部は支部と本部の表立った衝突を警戒して制服着用を禁じたのかもな。全部バラしたからそんな思惑も台無しになったけど。だとしたらざまあみろだ。
「じゃあ狙撃も?」
「あたし。撃ってから千束たちが乗ってるのに気づいた……本当に焦ったよ」
「お前もなんていうか、大変だな……」
「ありがと。……ねえ、千束」
彼女はおずおずと顔を上げた。敵意のない、柔らかい微笑を意識する。何時ぞやのたきなにも見せた、安心しろのスマイルだ。
「あんたもたきなも悪くないよ、仕事だったんだから……あたしの狙撃の件を許せとは、言わないけど」
彼女には俺を恨む権利がある。
俺と違って死ぬんだから。
「……ありがとう。私も気にしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「痛かったでしょ? 撃たれて、転がって。血が──」
ああ、全く。お前ってやつは、
「──あんなに出て」
優しすぎる。
人の痛みを、そんなに引き受けることはないのに。
「痛覚は、確かにある。でもなんていうか……みんなほど頓着してないんだ、多分。他の人は撃たれて泣き叫んだりすることもあるけど、あたしはそういうのがない。死なないからかな」
だから気にしないで、と続けようとして、やっぱりやめた。そう言っても、彼女は聞かないだろうと思った。
苦痛で行動を阻害されるような感性は、実質八年間の訓練の前に殆どが削ぎ落とされ、その後数年の実務によって完全に失せた。
この仕事をする上での必須技能ってやつだ。
だが、この感覚はきっと誰にも理解できまい。
「そろそろ仕事の話に入りたいんだけど、みんないいかな?」
そう言った瞬間、千束とミズキさんは静かに立ち上がった。ミズキさんはそのまま俺のすぐ右隣に。千束はこっちに近づいてきたかと思うと、ボディランゲージでもっと右に寄せろと意思表示してきた。
命令されるがままに隙間を作ると、彼女は壁と俺の間に強引に尻をねじ込んで座った。反対側のミズキさんにしわ寄せがいかないよう、開いていた足をぴたりと閉じておく。
左から、壁、千束、俺、ミズキさん。満員電車みたいにぎゅう詰めだ。
「……えっと、これは?」
返答はない。かわりに二本の手が俺の頭に伸びた。
硬い黒髪をかき分けて、頭皮に触れる指の腹。
二人の手は、俺が想像していたよりも小さかった。
困ったな。同情を引くつもりはなかった、なんて言うのも気遣いを無下にするようでいけない。
悲しませるくらいなら、詳細は省くべきだったかな。
いや、それでも正確な認識の共有は必要だし。
本当に、困った。
どうしよう。
「一応、自分なりに納得してやってるんだ。この仕事は。あたしが仕事をすれば、DAは対価としてあたしの身柄を保護してくれる。だからこんな体でも、
遠回しに、俺は自分自身の境遇を嘆いているわけではないことを伝えられないかと思って、そう言ってみた。
「そりゃもちろん好きじゃあないけど……何が何でも嫌ってほどじゃないんだ」
実際そうなんだ。口八丁手八丁で取り入った同じリコリスを後ろから撃つ時でさえ、いくら気分が悪くとも引き金を引く指の動きは微塵も鈍らない。感情と行動は完全に切り離されている。
勝てるかは別として、仮に千束を撃ち殺せと命じられたら、俺はきっとためらいなく撃ってしまうだろう。
罪悪感や良心の呵責では、俺はもう止まれない。
最近はそんな感情すら薄れつつあるような気さえしている。初めて人を撃った時の深い悲しみと絶望は、もう訪れてくれなくなって久しい。
千束は誰も殺さない。
俺は誰でも殺す。
そういう生き方が染み付いている。
俺は千束が怖い。踏み込まれたくない。気を許せば、彼女はきっといつか、俺の正体にたどり着いてしまうから。
そんな独りよがりな考えだ。
考えるのは、いつも自分のことばかり。彼女を慮ることもせず。
本当に俺は、ろくでもないな。
「……これは、撫でたいから撫でてるだけ。続けて」
どこまでもお人好しな彼女は、優しさを向ける相手を間違えている。
「……左に同じく、お構いなく」
ミズキさんもそうだ。彼女が唾棄するDAの、その一番どす黒い汚泥の底に俺はいる。なのに。
……よそう。俺が俺を好きじゃなくても、誰かが俺を好きでいてくれる、それはとても得難くて、幸せなことのはずだから。
だから、
「ありがとう。二人とも……ありがとう」
今は感謝を、素直に述べよう。
心なしか撫で方が激しくなった頭上の手をそのままに、俺は再び口を開いた。
「あたしは今、一〇〇〇丁の銃と一緒に潜伏中のテロリストを追ってる。そいつらを探すのに、みんなの力を借りたい。これはDAからではなく、あたし個人からの協働依頼」
命令違反に機密漏洩、報告なしの独断専行。二重スパイ扱いされても文句は言えないな、これ。
失敗はできない。
やるからには、テロ屋どもを殺すか捕らえるかだ。
「主な対価はクルミの保護。ウォールナットはあたしが殺したことになってるから、黙っていればDAは捜索しない。もちろん洗浄済みの報酬金も契約期間に応じて別途払うし、捜査に必要な機密情報があれば、あたしが取扱資格を使って
話しながらクルミの表情を盗み見た。よし、食いついているな。ハッカーからしてみれば現地工作員は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
「DAは日本を
褒め言葉は誠実に、真剣に、相手の目を見て。そうすればおのずと最大の効力を発揮する。
「……いいだろう」
ほら、彼女は立ち上がった。階段を下りてくる。
俺は頭を撫で続ける二人へ控えめに目配せして手をよけてもらい、小さなハッカーに歩み寄っていった。
座敷の高さを加味してもなお、彼女は俺より背が低い。自然と見下ろす姿勢になった。
「取引成立?」
「ミカ、ぼくは受けてもいいが」
「私もだ」
「なら成立だ」
クルミは余りに余った袖を左手で抑えながら、日焼けとは無縁な生白い右手を差し出した。
「いい買い物をしたな、エージェント」
「お褒めに預かり光栄です、ウィザード殿」
俺たちは片頬で笑い合い、握手を交わした。やっと空気が軽くなってきた気がする。
もうひと押ししたいな、なんて考えていたらクルミの肩越しにいいものを見つけた。彼女の背後のちゃぶ台の上に、トランプサイズのカードの束と小さな砂時計が置かれている。
へえ、今日のボドゲ会はこれをやったんだ。丁度いい。使わせてもらおう。
「話変わるけど、ボードゲームは好き?」
「ちょうど今日好きになった」
「……やろうぜ、みんなで」
「やるか、みんなで!」
最初に千束とミズキさんの二人が意気軒昂とばかりにすっくと立ち上がった。一方で戦いの気配を感じ取ったミカさんは一瞬だけ鋭い眼光を放ち、人数分の茶を淹れに厨房へ引っ込む。
「たきな誘ってくる」
俺はこれから起こるだろう激戦に新兵を引きずり込むべく地下のシューティングレンジへ急行した。縞鋼板の階段を下りていくと、足音を聞いたらしい彼女は壁際のアウトドアチェアからゆっくりと立ち上がった。ちなみにあれは元々俺の私物だ。今はもう共有物になってるけど。
「終わったよ。待たせてごめんね」
「いえ……この後は解散ですか?」
「うん。ただ、話の流れでみんなとボードゲームやることになったから、もしよければ混ざってって」
俺は手近なレーンに入り、
無理強いされてやるゲームほどつまらないものはない。だからなるべく本人の好きにさせたかった。
「人事権は持ってなくてね。司令に進言できるのは作戦立案のときだけだから」
打算で参加するイベントも、またそうだ。
射撃場を出ようとするたきなが止まったのが、途切れた足音でなんとなくわかった。
「あたしがサードなのは、部下を持たないから。隊長と隊員を分ける必要がないんだ」
機密に触れないよう、慎重に言葉を選んだ。事実は含むが、それが全てじゃない。
部下がいないなら、たきなが来る前の千束みたいに
DA制式仕様のグロック17を使うのも同じ理由だ。単独行動に伴う火力不足の解消のためにサードパーティ製のフルオートセレクターキットを取り付けた個体はともかく、普段は純正状態を保った方を携行しているからなおのこと目立たない。その上、シリアルナンバーや旋条痕からの特定防止に銃本体は五丁、バレルは一〇本以上を使い分けている。
木を隠すなら森の中というように、敵からも味方からも群衆のイメージに没して隠れ潜む。俺の仕事にはそれが求められている。
「……ここまでしか話せない。ごめん」
たきなの方に顔を向けようとして、しかし、金属の冷たい風合いをそのまま残した仕切りが視界を遮った。
そのせいで彼女の表情は窺えなかったが、怒気の類は抱いていないように思えた。そんな類推をした理由は、自分でもわからなかった。
「いえ、ありがとうございます。では……帰ります」
足音が少しずつ離れていく。DA本部への復帰を切望する彼女に、また遊ぼうとは言えなかった。
階段を上がりきったのだろう。硬質な音は右上方で消えた。
できることは、言えることは、多分した。ベストではなかっただろうけど。
板挟みだ。なまじ左遷の理由を知っているだけにばつが悪い。叶わない願いを追う彼女に、俺は何も言えない。
ため息をひとつ。そしてレーンを出て、
「え」
階段の最上に気負いなく立つたきなを見つけた。彼女は振り向いて俺の目を見た。
「今日はありがとうございました」
「ああ、うん」
まだいたとは。不意を突かれて驚いてしまった。
呆気にとられている間に彼女は去ってしまったが、どことなく表情や仕草が明るかったような気がする。まして社交辞令を言うような性格でもなし。
……誘ってよかった。主にたきなを引っ張り回していたのは千束だったから、特に何をしたわけでもないけど。
あの二人、正反対の気質に見えて中々相性良さそうだし、これをきっかけに仲良くなってくれるといいな。
そんなお節介なことを考えながら階段に足をかけると、どういうわけか遠ざかっていったはずの靴の残響が猛烈な勢いで近づいてきた。まるで時間が逆巻いたみたいに。
忘れ物でもしたのかと思って背後の椅子を見た。彼女が掛けていた布張りの座面にも、アルミ製の白い脚の下にも何もない。買ったものはみんな上に置いているから当然といえば当然だ。
あ、思い出した。忘れてたのは俺だ。
俺も階段を駆け上がって、中腹でたきなと鉢合わせた。
唇の動きを読んで言葉を被せにいく。
「下着の件」「下着の件」
真剣な表情で頷く彼女があんまりにも面白かったから、俺は顔を背けて苦笑した。
「電波入んないから上で」
防音の射撃場と違って、店内は表のみんなのおかげでバックヤードさえ騒々しい。
俺はその騒がしさが嫌いではなかった。煙草を吸い終えて上に戻るときはいつも、暗い水の底から浮上するような、あるいは深い眠りから目覚めるときのような心情を抱く。
心理的にこの場所に依存していることは明らかだ。でも、それが悪いことだとは思わない。誰だってそういうものの一つや二つあるだろう。特に命のやり取りを生業にするリコリスには。
思うに、執着が人を生かすんだ。
なんでもいい。美味い飯を食いたいとか、どこそこに遊びに行きたいとか、やりたいことがあるから生きるために戦える。
涅槃なんかくそくらえさ。
満足げな顔をして死ぬようなやつが俺は一番嫌いだ。
世界は広いんだぞ? そのスケールを知ったかぶって、執着をやめて、生きることを諦めるなんて馬鹿げてる。
しかもそれじゃあ、まるで見捨てられるみたいじゃないか。お前に会えなくても、もういいんだって、もう沢山なんだって言われてるみたいで。
安らかな顔で死んでいく仲間達に、俺を置いていくなと叫んだのは一度や二度じゃない。
みんなすぐに死ぬ。いつも俺だけが生き残る。
置き去りにされる。
でも。
「来たなサイトー、こないだの借り返しちゃる!」
「はいはいちょっと待ってねー、たきなが帰るからねー」
「あぁんいけずぅ!」
座布団の上であぐらをかいてのんきにカードを切っているこいつなら──不死の俺を唯一負かした彼女なら。
信じてもいいのかな。
「リンク送ったよ。届いた?」
「確認しました」
たきなは俺から店のリンクを受け取るや否や、座敷の片隅に置いていたショッピングモールの買い物袋を両手いっぱいに提げて玄関前に立つ。それだけ何も持っていなかったってことだよな、彼女。
「お疲れさまでした」
「またね」
「あ、たきなバイバイ!」
彼女はぺこりと頭を下げて、心なしか足取り軽く出ていった。なんだか退勤の挨拶みたい。でも彼女らしくて好ましい。
また遊ぼうとは言えなかったけど、また会おうなら言えた。俺が踏み込めるのは多分ここまでだ。願わくば前途は明るくあってほしいけど、俺はどちらかといえば暗闇に突き落とした側の人間だから、そういったことはあまり言えた義理じゃない。
真にたきなを救えるのは千束だ。そんな気がする。
「覚悟はいいか? エージェント」
俺を振り向かせたのは、揶揄するようでしかし、どこか喜色を隠せない声音。
ちゃぶ台を取り囲むは、ボードゲームに並々ならぬ闘志を燃やす四人組。
「ウォールナット……心理戦で諜報員と張り合う気か?」
俺はギャングのボスがひっ捕まえた商売敵を恫喝するみたいに、いかにも悪党然とした酷薄な笑みで応えた。
「カード配るよー!」
「はいよ」
靴を脱いで座敷に上がり、円卓の一角に席を並べれば。
ここはもう、戦場だ。