絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 チャージングハンドルを引き、小枝のように細いフォールディングストックに増設された貧弱なチークパッドに頬を付ける。

 ピカティニー・レイルにマウントされたチューブ型のダットサイトを覗けば、中央の赤い光点は黒いボディアーマーを着せられた弾道ゼラチン製のトルソーと重なった。

 光を反射しないよう、対物レンズ側にキルフラッシュと呼ばれる目の細かいハニカム状のフィルターが取り付けられていたが、思いのほか視界はいい。

 彼我の距離は五〇m。室内戦闘を想定。

 セレクターはすでにセミオート。

 トリガーにかかる指が号令を待つ。

 一方で左手はハンドガードの先端を横から掴む。ショートフォアグリップの付け根に設けられたくびれ部がハンドストップとして機能するから非常に負担が少ない。

 これなら素人に撃たせても中々良い精度が出そうだ。

 

「始め」

 

 イヤーマフに内蔵されたスピーカーがデジタル処理された楠木司令の声を耳に届けた瞬間、二発の.300BLK(7.62×35mm)弾が人形の胸をアーマーごと貫いた。

 サプレッサーで減退した銃声を上書きする鋭い風切り音は、その弾丸が超音速で飛翔していることを何よりも雄弁に主張する。

 短機関銃と見紛うほどコンパクトなカービンライフル、MCXラトラーの銃口を下ろしたのは、その衝撃波の残響が射撃場から失せてからだった。

 

「本装備は我々に不足する対テロ作戦能力を大幅に拡充するものであります。既存のベクター短機関銃では貫徹不能な防弾装備を着用したターゲットに対しましても、ご覧の通り十分な殺傷力を発揮します」

 

 抜いたマガジンをテーブルに置き、二度のコッキングで確実にチャンバーを空にする。

 その間にも人形を吊るしたクレーンは遠ざかっていき、後ろのミーティングディスプレイでは打ち合わせ通りに着弾時のスーパースロー映像が流れていることだろう。

 今のうちに息を軽く整えておく。四秒サイクルのボックス呼吸。

 背後で人だかりを作っている政府高官一行のことも、素人の彼ら彼女らにも通じるよう簡便な言い回しでプレゼンを続ける司令のことも、今は一旦忘れる。

 人形は射撃場のちょうど半分、一五〇mの位置で止まった。

 

「──加えて、小銃の高い射撃精度は流弾被害を抑制し、より安全な任務遂行を可能とします」

 

 この距離の的を銃身長たった五インチ半(一四センチ)のライフルで撃てだなんて。伏射なら三〇〇ヤード(二七〇メートル)先まで狙えるんだけど、委託なしの立射じゃあな。

 リハーサルでの命中率はトータルで七割ってところだが、室内は無風だし、大体の癖は練習中につかんだ。後半はほぼ必中だったんだからなんとかなるだろ。ていうかなってくれ、頼むから。

 

「始め」

 

 さっきと寸分違わぬ調子の号令を聞いた俺は手早くマガジンを挿入して初弾装填を済ませる。何度も練習した動きだ。いちいち銃を見ることはしない。

 ストックを肩と頬に付けるところまではさっきと同じだ。違うのは、ダットサイトの手前に装着したマグニファイアを使うところ。銃の側面に倒されたそれを引き起こしてやればサイトが擬似的なスコープになって、遠距離の目標も多少は狙いやすくなる。

 狙うは頭部。サイトの中で揺れている。ずいぶん小さい。

 実戦じゃとてもありえない時間をかけて照準を微調整。だが、あまりのんびりしていると銃身が冷えすぎて弾道が変わってしまう。言うほど余裕はない。

 

「──シッ」

 

 呼吸を止めてトリガーを絞る。

 跳ね上がるバレル。着弾音。弾ける桃色の脳。

 背後の人だかりでどよめきが起こる。

 接近してくる人形を確認すると、弾はちょうど眉間を抜けたのだろう。後頭部が無惨に破裂していた。狙い通りだけど、まさか本当にそこへ命中するとは思わなかったから自分でも驚いた。

 マガジンを外し、チャンバーから抜弾しながら、ひっそりと安堵の息を吐く。

 こんな曲芸ショーは二度とごめんだ。見栄えは良くても実戦的じゃないし、やたら難しいし。

 聞こえてくる司令の話に耳を傾けると、内容からしてそろそろ俺の出番が近づいてきたようだった。

 銃口からサプレッサーを取り外し、ストックを折り畳む。すっかり小さくなったラトラーをスリングごと背中の新型モジュラー戦術鞄──従来モデルよりわずかに大型化したサッチェルバッグの側面を展開して格納。手元に残ったポリマー製マガジンは底部の隠しポーチへ差し込み、サプレッサーも同じ面の専用スロットへ収納する。

 

 この重戦闘仕様(タイプB)戦術鞄の場合、携行弾数はマガジン三本になる。計九〇発と少ないが、大規模な正面戦闘の際はプレートキャリアが支給されることになったから、持てるマガジンは六本に増える。一人一八〇発もあればよほどのことがない限り足りるだろう。

 どうせ中身を使うのは人払いを済ませた後の現場だ。こいつは武器をそこまで運搬するための装備という意味合いが強いから、内蔵マガジン数はそんなに大事じゃない。

 話題がリコリスの対テロ装備の解説に移ったのを聞いて、俺は模範的な回れ右で客の方を向いた。

 足は肩幅。手は後ろに組んで休めの姿勢。視線はやや上。プロパガンダポスターに描かれる兵士みたいなきりっとした表情を作って静止する。

 一気に集まる中年男女の視線は好奇と驚嘆を多分に含んでいた。

 

 脇腹を守るサイドパネルはもちろん、スロートアーマーにショルダーアーマー、鼠径部用のグローインアーマー。そんなフルオプション仕様の防弾装備に加えて、軍用デジタルイヤーマフ、超高分子量ポリエチレン製の戦闘ヘルメットまで装備した武装女子高生だ。そりゃあ興味津々だろう。

 凄まじく不快だから絶対に目なんか合わせてやらない。物見遊山気分でこんなところに来る奴らだ。身寄りのない子供に殺し合いをさせることへの後ろめたさなんか誰も抱いちゃいない。

 クソ共め。

 司令が指示棒で俺の装備を指しては、まるで小学生に向けたみたいな簡単な説明を述べていくが、つまらないので半分聞き流していた。煙草が吸いたいから早く終わってほしい。

 頭からケツまで無駄なんだよ、この時間。新装備導入にあたる説明会ということになっているけど、本当に説明が必要な各省庁にはとっくの昔に話をつけてあるから、これは形式的なものに過ぎない。

 必要性が失われても形だけ残ってる無意味なものって多いよな。仕方ないといえば仕方ないんだけどさ。

 

「それでは只今より質疑応答に移ります。ご質問のある方は挙手をお願いいたします」

 

 質問に対する回答はすでに用意されている。台本をなぞるだけの出来レースだ。俺は暗記した文言を喋ってDAの忠犬を演じるだけ。

 予定通り、数人の手が挙がる。活字で読んだのと全く同じセリフに、俺も広報の誰かが書いたであろう美辞麗句と社交辞令を返してやる。

 リコリスの身分は誇りであります! 光栄であります! 平和のため、死力を尽くします! 

 発言を締めくくるのは概ねこんな感じのリップサービスだ。今後も政府と良好な関係を保っていくには、こういうご機嫌取りもしなきゃならない。

 そんな具合で六人目の質問に答えを返し終えると、もう挙がっている手はなくなった。

 俺の仕事はここで終わり。司令に導かれて射撃場を出ていく背広の群れを一〇度の敬礼で見送る。

 装甲扉が閉じられた瞬間、俺は肩の力を一気に抜いた。

 

「はぁ……」

 

 完全装備のまま、防弾ガラスの窓と鉄筋コンクリートの壁で区切られた後ろの待機室にとぼとぼ歩いた。レーン数の関係であまり広くはないが、最近完成しただけあって清潔だ。

 等間隔で並ぶベンチのひとつにどっかと腰掛けると、重い小銃を格納するためにやたらと頑丈に作られた新型鞄に背中を殴られた。中身が入ってると鈍器みたいだなこいつ。危ないから床に置いておこう。

 ベルクロをべりべり剥がしてプレートキャリアを脱ぎ、下に着ていたソフトアーマーと一緒にベンチの端に置くと、やっとくつろげるようになった。

 まったく、大変な午前だった。

 

 俺と司令と、あと数名の職員が相手をしていた彼らは朝早くにDA本部を訪れた。俺はそのために一週間前から泊まり込みで会の段取りを整えていたんだけど、これがまあ面倒くさかった。

 信じられるか? 当初の予定じゃ人形は三〇〇m先に配置される予定だったんだぞ? ラトラーの有効射程がそれくらいだからって理由でさ。

 広報部の奴ら、射撃姿勢を全く考慮しやがらない。リコリスをターミネーターかなんかだと勘違いしてる。

 そんな調子だったから説明会の計画は大幅な手直しを余儀なくされた。

 広報のポカに陰でイライラしてた司令を宥めつつ、監修としてデモやプレゼンの内容に赤ペンをつけ、過密なスケジュールの間を縫うようにしてなんとかラトラーの慣熟訓練を行い……同時に色々なことをやりすぎて頭がこんがらがりそうだった。

 でも、そんな苦行もたった今終わった。俺は自由だ。

 さよなら、一時間睡眠。ただいま、三時間睡眠。

 まず射撃場の後始末をして、次に銃やアーマーを装備課に返却して、最後に医療棟で定期健診を受ければ家に帰れる……意外とまだやることあるな。

 

 掃除はちょっと休憩してからにしよう。なにか甘ったるいのが飲みたい。

 首をひねって後ろの自販機を見た。ボトルや缶よりカップで出てくるやつが飲みたい気分だったから、そっちのラインナップを眺めているとミルクセーキを見つけた。

 制服と中のYシャツの第一ボタンを外し、ついでに首紐を引っ張ってIDカードを出す。それを自販機のタッチパネルにかざして決済完了。

 取り出し口の窓から小さな紙コップに液体が注がれるさまをぼうっと見ていると、政府関係者が出ていった方とは逆の装甲扉が開く音が聞こえた。待機室と射撃場をつなぐドアを面倒がって開けっ放しにしていなかったら気づけなかっただろう。

 

「あれ、違った……?」

 

 入ってきたのは青服(セカンド)だ。明るい茶髪を短いツーブロックにしたやんちゃそうな子で、あたりを見回してはしきりに首を傾げている。

 彼女知ってる。確か名前は乙女サクラ。フキさんの新しいパートナーだったはず。

 多分道に迷ったんだろうな、この様子だと。転属して日が浅いから無理もない。

 ヘッドセットごとヘルメットを脱いで、アーマーのすぐそばに置く。潰れた髪に適当に手ぐしを入れながら、俺は彼女に近づいていった。

 

「こんにちは」

「す、すみません立ち入り禁止だったでしょうか!?」

 

 サクラはこちらの姿に気づくや否や、慌てて気をつけの姿勢を取った。

 制服の右胸あたりに垂れる名前のわからない布地にバッジをごてごてと付けていたから、多分俺をとんでもなく偉い人間だと勘違いしたんだろう。

 一つ星を象った一級体力徽章(きしょう)に始まって、一本線(一級戦闘歩兵徽章)金の短剣(高等格闘指導官徽章)金の銃弾(高等射撃指導官徽章)引き起こされた撃鉄(特別近距離戦闘指導官徽章)彼岸花(特別潜入技術徽章)藤の花(電子戦技術徽章)……トリコロール(個人戦功章)バイカラー(集団戦功章)の略綬もある。

 いずれも自衛隊のそれより小ぶりで、徽章は縦二列。略綬は縦三列。煌びやかな装飾が所狭しと並ぶさまはいっそ悪趣味といえた。

 言っておくが俺のセンスじゃない。フォーマルな行事だから精鋭ぶりをアピールするために付けておけと言われたんだ。

 これだけたくさんの徽章があっても、別に昇給なんかのうまい話は決して多くない。そのくせ仕事の量と責任の重さは天井知らずに増していく。職務上仕方なく取らされた資格とかもまぁまぁあるし。

 世知辛いよ、この職場。

 

「いや大丈夫。困ってるみたいだったからどうしたのかなと思って」

「はっ! しょ、小官は現在……えっと……迷子であります!」

 

 だからサクラが思ってるような身分ではないんだ。俺が今ファーストの赤い制服を着ているのは、最下級の白服(サード)が政府関係者の前に出ていくのは体裁が悪いからってだけ。

 話がややこしくなりそうだから勘違いは解かないでおこう。説明を曲解して、格下だと決めつけて舐めてくるやつも稀にいるし。

 

「あぁ、ここ広いもんね」言葉を切り、眉を下げた微笑で共感を示す。「どこに行きたいの?」

 

 話を聞けば、彼女が行きたかったのは拳銃用の第一射撃場らしかった。

 ここ、第六射撃場は長射程大威力のライフルなんかに対応するため、半地下の独立した建物になっているが、拳銃用のはリコリス寮棟に近い第一訓練棟の中だ。地図上じゃほとんど正反対の位置になる。

 説明してやると、彼女はそれはそれは盛大にしょげかえった。短めの太眉も相まって病院に連れていかれた柴犬みたいに見える。

 元気出しなよ。ミルクセーキ飲む? うまいよ? 

 

「案内するよ」

「ありがとうございます……ですがこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……」

「あたしもそっちに用事あるから、迷惑なんかじゃないよ。急ぐ?」

「いえ全く、なので平気です! 教官のご都合に従います!」

「そっか。ありがとね」

 

 教官だってさ。合ってるけど、同年代の子に言われると少しむずがゆい。

 待っててくれるというから、自販機からちょっと温くなったミルクセーキを取り出して一気に飲み干す。くずかごに紙コップを投げ入れて振り返ると、サクラの視線がベンチの上のボディアーマーに向けられているのに気づいた。

 

「あぁそれね、さっきデモに使った新しい対テロ装備。知ってる?」

「はい。噂には聞いてましたけど……すごいですね、特殊部隊みたいだ」

「ライフルも配備されるよ」

「それは初耳です。ピストルキャリバーではなく?」

「.300AACブラックアウト。一一〇グレインの超音速弾」

「MCXですか!? ほんとに軍隊並じゃないっスか!」

 

 詳しいな。装備を見る目が輝いているし、マニアなのかも。そういうことなら特別だ。

 

「見たい?」

「いいんですか?」

 

 俺が首肯すると、サクラはその何倍も深く頷いた。

 床に置いていた鞄を背負い、実戦さながらの動きで格納されていたラトラーを引き抜くと、彼女はそれだけで歓喜の悲鳴を上げた。

 鞄底面のスロットから引き抜いたサプレッサーを取り付け、ストックを展開。アッパーレシーバーを持ってグリップを差し出す。どうせマガジンも弾も入ってない。構わないさ。

 

「ふわぁ……!」

 

 銃口は下に向けたまま、おそるおそるグリップとハンドガードを握る彼女。恍惚とした表情でチャージングハンドルを引いてチャンバーをチェックしている。誰から渡された銃でも安全確認を欠かさないその姿勢、いいね。

 

「かっけぇ……」

 

 放っておいたら銃に頬擦りしそうな勢いだ──あ、今ストックのチークパッドに頬擦りした。頬付けじゃなくてな。

 なに、面白いやつしかリコリスになれないとかそういうルールでもあんの? 

 すっかりサクラのことが気に入ってしまった俺は、とことんサービスしてやることにした。

 

「使っていい弾がまだあってさ。せっかくだから撃ってみない?」

「ぜひ!」

 

 彼女に防弾装備一式を着せ、さっきまで俺がいたレーンに立たせる。リモコンでクレーンを操作して、頭の吹っ飛んだトルソーを距離五〇mの位置まで離した。

 

「最初はセミオートで何発か撃ってみて。ベクターより反動は強いけど、コントロールできる範囲だから、いけそうならフルでもいいよ」

「はい!」

 

 MCXラトラーはDAが二〇〇七年から運用してきたクリス・ベクター短機関銃の後継だ。かねてから計画はされていて、各方面への根回しも進められていたんだが、この間の銃取引の件が影響して予定が大幅に繰り上げられた。

 最初に配備されるのはフキさんの隊だ。彼女らを始めとした優秀な隊員が数十名ほど選抜されて、数年前から俺と一緒に銃の選定と採用試験の両方に関わっている。

 最初から一定の練度が見込める奴らを即戦力にしようって思惑だ。転属してきたサクラは例外だから、別途訓練を受けることになるだろうけど。

 まあ、今撃つのも後日撃つのもさして変わらないだろ。大丈夫、何かあったら責任は俺が取る。

 

「よし、撃ち方始め!」

 

 サクラは胸部に二発撃った。模範的なダブルタップだ。初めての銃なのに集弾もいい。どこぞのたきな(ターミネーター)には負けるけど、あんな規格外と比べるのは野暮ってものだろう。

 

「いい腕だね!」

 

 間隔を開けて二連射を続ける彼女に、俺は木霊する衝撃波に負けないよう叫んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 やっぱり耳を保護するものがないと少しうるさいな。音量より音圧が凄い。至近距離で何時間も聞き続けたら耳が痛くなるんじゃないだろうか。それとも慣れるかな。

 

「フルオートを試しま──教官?」

 

 その言葉を聞いた俺はそっとサクラの背に密着し、彼女の手に自分の手を重ねてグリップとハンドガードを包み込んだ。力は入れず、触れる程度に。

 

「そのまま構えてみて。危なそうなら抑える」

「は、はい」

 

 彼女の腕前なら跳ね上がった銃で自分を撃ち抜くような真似はしないだろうが、念の為だ。何かあってからじゃ遅い。

 過去に数人いたんだよ、いい加減な撃ち方で短機関銃(ベクター)を暴れさせたやつがさ。なんならそのうちの一人の流れ弾を俺は食らってんの。他の誰かに当たってたらと思うと怖いだろ? 

 セクハラにあたらないかって意見も理解できなくはないが、その前に人命がかかってるんだ。AEDを使うのに、男性が女性の衣服を脱がすのをためらってはいられないのと同じだよ。

 

「大丈夫、力まないで。吹っ飛んだりしない」

「はいっ」

 

 サクラの手に必要以上の力が入っているのがこわばった感触でわかった。俺は彼女の頭の左側に顔を出して、目についた改善点をヘッドセット越しに囁いた。

 

「肩付けも頬付けも綺麗だね。左手はもう少し下側に回して……そう、上手。無理に押さえ込まないで、自然体でね」

 

 彼女からは脱力を意識するあまり、かえって五体に妙な力みを残してしまっている印象を受けた。呼吸も気持ち浅い。

 

「鼻から息を吸って。一、二、三……止めて。一、二、三……口から吐く。一、二、三……止める」

 

 何度か深呼吸させると、吐息は徐々に凪いできた。余計な力が抜けていくのがわかる。もう大丈夫そうだ。

 せっかくの集中を乱さないよう、声量を極力抑えた無声音で伝える。

 

「──いつでもどうぞ」

「んいっ!?」

 

 あ、ガク引きした。散布界がやや右に逸れる。でもリコイルコントロールは見事だ。連射は八発続いたが、いずれも命中。実戦なら十分だ。

 

「お見事!」

「あ、ありがとうございますっ……」

 

 サクラは自分の顔を手で扇ぎながら早口で呟いた。そのせいか、排莢口から漏れ出た燃焼ガスがこっちにも流れてきてちょっと臭う。

 ふと思い出した。今朝、来客の対応に備えてウッディ調の香水をへそ周りに軽くつけたんだけど、これだけ近いと結構香りがするんじゃないだろうか。時間的にラストノートに入っているから平気かな? 

 不安になってきた。俯いて襟元の匂いを嗅いでみる。淡い残り香を感じるが、体感は個人差が大きいからな。

 

「……ねぇ、変なこと言うんだけどあたし臭くない? 大丈夫?」

「んっ!? いえっその……」

 

 サクラは銃を構えたまま露骨にうろたえた。しどろもどろ、そわそわ、あっぷあっぷ、そんな言葉で表される類の心理が全部同時に訪れている感じ。その反応は俺に気を遣ってるのか緊張してるのかどっちなんだ。

 彼女は決心したように目を瞑り、その後一気呵成にまくし立てた。

 

「いい匂いですっ!」

 

 そこまで言えとは言ってねぇ。

 

「そっか、急にごめんね……ほんと」

 

 変態チックなことを言わせてしまった罪悪感で猛烈に死にたくなってきた。何したら死ぬのか分かんねぇけど。

 ……なにはともあれ、続けるか。

 空薬莢に混じってテーブルに転がっていた弾を拾い、一度外したマガジンに詰め直した。さっきチャンバーから排除した二発だ。

 

「これで残弾一三。撃ち切ろう」

 

 サクラが信頼に値する射手であることを理解した俺は彼女から体を離そうとしたが、本人が安全のためにこのままがいいと言うからもう一度背中にひっつくことになった。

 なんか既視感を覚えるな、このやり取り。おととしの特殊火器取扱講習を思い出す。その時も参加したリコリス達に今やってる二人羽織をやたらとせがまれた。

 受講者は養成カリキュラムの都合で一二歳。それでみんな体が小さいから──ちなみに俺の場合、当時は一四歳だったけど既に身長は一七〇センチに達していて周囲から浮きに浮いていた──フルオート射撃が怖いのかと思って、当時は気にもしなかった。

 やっぱり自分より大きい奴に支えてもらうと安心するのかな、なんてとぼけてみる。

 が、これは俺がそう信じたいがために都合の悪いことを無視して考えた推論だから、事実からは著しく乖離(かいり)しているだろう。

 より真実に近いであろう理由も一応考えてはいる。でもそっちを認めてしまうのは自惚(うぬぼ)れてるみたいですごく嫌だ。

 いやだって、何とは言わないがありえないだろ。そんな確率、天文学的だろ? 

 ……ありえないよな? 

 ()()()()()()()()()()()、なぁ! 

 

「三点バーストを試してみて。回数は任せる」

 

 愚にもつかない思考を追い払って俺は言った。

 

「じゃあ、撃ち切りますね」

 

 最初の連射は二発で止まった。次は四発、その次が三発。射撃の合間に軽いアドバイスを挟むと、集弾性のほうも少しずつだが確実に向上していった。

 もう一度三発。最後に一発。チャンバーがオープン。

 やっぱりこの子上手いな。銃の個体差やコンディションによって発射レートは変わりやすいから、感覚をつかむには時間がいるはずなのに、最初から誤差一発で収めるのは優秀だ。

 

「飲み込みが早いね」

「教官のご指導の賜物っス」

「サクラちゃんのセンスがいいんだよ」

「ヒュッ──あ、ありがとうございます……(先輩助けて 私この先生好きになっちまう)

 

 俺は褒めて伸ばすタイプだった。あいにくこれ以外の方法を知らない。今までにこやかに接してきて急に突き放すのもなんか違うと思うし。

 なんだろう、すごく心が痛い。俺、今めちゃくちゃひどいことしてる気がする。実際してるんだろう。

 撃たれるより痛ぇ。

 

「それでは、ホルスター」

「はい」

 

 新型鞄への収納も問題なし。新型と言ってもほとんどマイナーチェンジみたいなものだから、初めてでも混乱はないみたいだ。

 

「装備課までついてきてくれる? あ、あと鞄ちょうだい。背負うから」

 

 射撃場の掃除は後でいい。誰の予約も入っていないのは確認済みだ。

 俺はアーマーを着たサクラを伴って外へ出た。

 空はいけ好かない客どもの背広と同じ暗灰色。日光を遮って気温を過ごしやすいものにしてくれるだけ、奴らよりは幾分マシだった。

 

「教官は本部にお住まいなんですか?」

「うん、関東本部」

「じゃあ、一緒ですね!」

「ただ、あたしリコリス寮じゃなくて職員宿舎に住んでるんだよね……教官を兼任してる都合で」

「ああ……」

 

 サクラの太眉がついっと下がるのを面白く思うと同時に、いよいよもって胃が痛くなってきた。

 やったな、俺。

 

「最近はあんまり教えられてないなぁ、本業が忙しくて」

「そう、なんですね……」

「がっかりしないで。きっと任務で会えるよ」

「……はい」

 

 切なげに笑う彼女を直視できずに目をそらす。

 本部施設に続く未舗装路(グラベル)。その両脇を挟む背の高い林を風が通り抜けた。遠くの方から集まってきた木の葉という木の葉のざわめきが、二人の間に生まれた沈黙を撫でる。

 風め、いらねぇ演出しやがって。

 

「あたしはやめておきなよ」

 

 鳴り続ける葉音に紛れてつぶやいた。

 

「……教官?」

 

 サクラには聞こえていなかった。

 

 

#3:Two broken Hearts

 

 

 時間は少し飛んで。

 

「やったな、お前?」

「はい……」

 

 俺は万力みたいなパワーで耳をつねられていた。

 

「二人羽織はやめろっつったよな、みんな勘違いすっからよぉ」

「すみませんでした……」

「安全を重視するのはいい。そこは文句ねぇ。でもお前はもうちょっとこう、自分の……なんだ。()()()を考えろ。それがわからねぇ奴じゃねぇだろお前」

「面目ないっス……」

「悪気がないのはわかってる。わかってるけど……それとこれとは話が違えよな? あいつを正気に戻すのはパートナーの私なんだよ」

「代替策を講じます……平に、平に伏してお詫び申し上げますぅ……」

「はぁ……再発防止に努めろ、以上」

 

 鷲掴みにされていた耳をやっと放してもらえて、俺はフキさんの身長に合わせて曲げていた背筋を伸ばした。もうちょっと長引いてたら右耳がもげるところだった。

 耳たぶの血管が脈打っている。そっちだけ真っ赤になってるだろうな、今。

 振り向くと、さっきまで第一射撃場を取り巻いていた剣呑な空気はすっかりどこかに消えていた。

 ライセンス更新のために本部を訪れていた千束と、それに同行してきたたきな。

 加えて、装備を返却した後、ようやく目的地に着いたかと思ったら居合わせたたきなに突然喧嘩をふっかけやがったサクラ(狂犬)に、装備課で一度別れた彼女がまた迷わないか心配になってこっそり後を追ってきた俺。

 そして、尾行中の俺にばったり会うや否や全てを理解した顔で尻をシバいてきたフキさん。

 不思議な組み合わせだ。あるいは、作為的な。

 イレギュラーは俺? いや、俺も込みか? 

 

「……二階級特進、おめでとうございます」

「は?」

 

 最初に口を開いたのは何やら苦い顔をしたたきなだった。次いで、間抜けをやらかした俺に呆れていたフキさんが素っ頓狂な声を出した。

 

「サードでしたよね?」

「いや、時々セカンドだったりファーストだったりするぞこいつ。理由は知らねぇけど」

「先輩すいません、自分意味分かんないっス。階級ってそんなポンポン上げ下げされるもんじゃないっスよね?」

「サイトーはほら、なんかこう……なんだろね?」

「お前も分かんねーのかよ」

「フキだって知んねーじゃん」

 

 混沌という言葉がこれほどマッチする空間はそうそうないだろう。

 俺は頭をかいた。小さくため息をついて──気をつけ。爪先を四五度に開き、寄せた踵を打ち鳴らす。

 

「では、改めまして自己紹介を」

 

 サクラとたきなが俺の豹変ぶりに目を見開く。千束は感心したように口角を上げ、フキさんは敬礼の交換に備えて姿勢を正した。

 

「DA関東本部作戦司令部隷下、特命情報調査室長の斉藤ヒマリと申します。どうぞ今まで通り、お気軽にサイトウとお呼びください」

 

 一〇度の敬礼。フキさんが礼を終えるのに合わせて、姿勢を戻す。堅苦しい所作は最小限でいいだろう。

 

「そういうわけでリコリスも教官も兼任しますが、本業じゃありません。仕事の都合に合わせて階級も所属も変わります。最優先である司令の命令を除いて、指揮系統はそれに準じる形になりますね」

「聞いていい話なんだよな?」

「えぇ、もちろん。公式な組織図にも表記のある部署ですので」

 

 今のところ人員は俺しかいないけど。でも確か、今度の組織改編でタチバナさんが俺の兵站主任と副室長を兼任するんだ。

 作戦の調整が円滑に進むのはもちろんだけど、楠木司令の狙いはどっちかというと政府との連携強化だろうな。タチバナさんは内閣官房、さらにいえば内閣情報調査室の出身だから。

 DAは独立治安維持組織を名乗っているが、秘匿性を重視するために人材育成システムがあまり充実していない。だから結局、日本国の各省庁や情報機関──これには自衛隊の情報本部なども含まれる──から信用に足る人物を引き抜いて不足する人手を補っているのが現状だ。

 結局、国と相互に協力しなきゃ我々みたいなトンチキ秘密組織は立ち行かないんだよ。持ちつ持たれつだ。

 

「簡単に言うと、直属の上司……楠木司令が指定した事件におけるラジアータの取りこぼしを拾うっていう地味な仕事ですよ。軽いフットワークが要求されるので、何かと大層な権限が与えられてるんです」

「へえ、エリートだったんだな」

「だったら良かったんですけどね。実際のところ、体のいい便利屋みたいなもので……」

「あぁ、お前も苦労してんのな……」

「いえ、隊長ほどでは……」

 

 フキさんと俺は二人仲良く目を細めた。笑ってるんじゃない。数々の気苦労を思い返してチベットスナギツネみたいなシケた顔になってるだけ。

 今まで勝手に吊り目仲間だと思ってたけど、苦労人仲間でもあったらしい。

 なんか、俺とフキさんが変に通じ合っちゃったせいで場が余計に混沌としてきた。俺たちファースト三人衆がまるで十年来の親友同士みたいな小慣れた空気を醸す中、たきなとサクラの間には、共通の友人を持っているだけの他人同士によく発生する気まずい空間が形成されている。

 もっとも、両者が抱いている感情はそれだけじゃなさそうだ。俺がこの場にいることで辛うじて膠着状態にあるだけで、目を離せばすぐに厄介事が起こるだろう。

 たきなが俺を誤射した件に関しては、俺の特性が露見することを恐れた上層部が厳重な箝口令を敷いた(なかったことにした)からそっちは大丈夫だと思うが、それでも人質に取られた味方を無視して敵を撃った事実は手つかずのままだ。本部でもリコリス達の間で噂になってるくらいだし、サクラはさっきそこをつついたんだろう。

 でも、指揮系統が麻痺した状態では、あれしかエリカを救う方法はなかった。俺にできなかったことを彼女はしたんだ。

 たとえそれが原因で調査室の仕事が無尽蔵に増えたとしても責められるもんか。その後に発生しうる重大事件の抑止と解決は、俺とタチバナさんと司令の仕事だ。

 誰にも彼女の決断を侮辱させやしない。誰にも。

 

「話変わるけど、二人とも検査は終わったの?」

 

 それにしても、司令は俺に何をさせたいんだ? たきなに彼女の後釜のサクラと、そのパートナーのフキさんを引き合わせて。

 答えらしきものはなんとなくつかみつつあるが。

 

「うん、私もフキも。なんでわかったの?」

「千束は根っからのズボラ。フキさんは訳ありの案件を調査中、人事異動が重なって激務に追われてた。そして今日は九月登録組のライセンス更新に係る体力測定および健康診断の最終日」

「ちょちょちょ誰がズボラじゃ」

「ハッ! どうせ前みたいにミカさんに口利きしてもらおうと思って先延ばしにしてたんでしょ。店に出頭通知届けたのあたしなんだからわかってんだよ、全部」

「んあぁ! ファーストの威厳があ!」

「ハナからねーよ。先生に迷惑かけてんじゃねぇ」

「フキまでぇ!?」

「これが最強……? なんか拍子抜けっスね」

「サクラちゃん、あなたと千束は初対面。マナーを大事にね」

「あ、すいません……」

「拍子抜けなのはわかる」

「サイトーコルァ! ツラ貸せぇ!」

「でもあたしより強いよ」

「あらー! あらあらあらー! 褒めても飴ちゃんしか出ませんわよぉ?」

「事実だろーが。つかマジで飴持ってんのかよ、仕舞え仕舞えっ」

 

 俺を折檻したフキさんよろしくドスの利いた低音でもって騒ぐ千束を牽制。同時に首紐を引いて、未だに第一ボタンを外しっぱなしの制服の内から身分証を取り出してたきなに提示する。

 DA職員への職務執行にはこのプロセスが義務になる。警察手帳みたいに。

 さて、一芝居打とう。なるべく平和的な方向で始末をつけたいが、一度爆発させてガスを抜いたほうがきれいに収まることもあるからな。その時はその時だ。

 

「調査室の者として聴取したい事項がいくつかあるんだけど、来てもらってもいい? 時間はかからない」

「構いませんが、その……」

「司令なら、来客の対応でまだかかると思うよ」

 

 彼女の狙いにはもう、見当がついていた。

 

「あれぇ、左遷どころかしょっぴかれちゃう感じっスかぁ?」

 

 サクラの口から唐突に放たれたその言葉は、毒々しい悪意にべっとりと濡れていた。ああくそ、この大馬鹿野郎。それで俺に取り入ったつもりか? 悪口と軽口を履き違えやがって。

 いや、それとも何か吹き込まれた? そうであってほしいけど。

 彼女の人柄は嫌いじゃないが、なんにせよ友人を悪く言われるのは不愉快だ。喋りを営業モードに切り替えて感情をセーブする。

 

「ハハ、そんなのじゃないよ。他の子たちにも聞いて回ってるの知ってるでしょ?」

「味方殺しに聞くことなんてあるんです?」

 

 あ、ヤバい。俺は多少ムカつくだけで平気だけど、この話題は──

 

「やめろっ!」

 

 ──やっぱり。

 嘲笑を浮かべるサクラが鼻白むほど大きな声だった。 

 千束の堪忍袋の緒が、切れた。

 尋常じゃなく大きな感情に飲まれて二の句を継ごうとする彼女へ、俺はサクラの視野の外から人差し指を自分の唇に当てて沈黙を促す。

 

「……おぉ、こっわ」

 

 サクラはあくまで平静を装うも、千束に気圧されていることは明らかだった。我に返った本人が自分の声量に自分で驚くほどだ。無理もない。

 彼女が想起したのは、俺の初めてのリコリス殺し。

 俺は当時のことをほとんど覚えていない。だからあまり、気に留めたことがない。というか、留めようがない。下手をすると現場を目撃した千束のほうがよく知っているんじゃないだろうか。

 千束に向かっていって、手も足も出ずにボコボコにされたのは辛うじて覚えている。でも、その前に何があったのかは、どうしても思い出せない。

 忘れてしまうくらいどうでも良かったのか。

 忘れなきゃ耐えられないくらい辛かったのか。

 

「いいや、射撃は正確でエリカに怪我はなかった。噂に尾ひれがついているみたいだね……嘆かわしいことだよ、リコリスが流言飛語に惑わされるなんて」

 

 自己から欠落した、大切だったはずのなにか。それを意識してしまったからだろうか。思ったより数段、乾いた声が出てしまった。

 珍しく、体が心に引きずられている。珍しかったはずなのに、最近はこんなことばかりだ。

 

「……教官」

「サクラ、相手が違う。自分でもわかってるでしょう?」

 

 たきなに目配せをした。

 

「行こう。場所は用意してある」

 

 彼女にはこれ以上傷ついてほしくなかった。

 でも、司令に会いたいというなら連れて行こう。DA復帰の望みが無くても、いや無いからこそ、現状の正しい認識が必要だ。きっと彼女は打ちのめされるが、それも必要なプロセスだ。

 もちろん、殴り返す機会も与えるべきだろう。

 俺がこう思うのも、あなたの計画の内ですか? 司令。

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