──相変わらず、よく食うヤツだ。
ミルコは目の前に座る同年代の女性を呆れた目で見ている。女性はナース服のような衣服にナース帽を被っているが、れっきとしたヒーローだ。名を
彼女はそんな光景が見えていないかのように、恐るべき早さで次々に大テーブルの弁当を片付けている。食べる表情はとても幸せそうだ。
「その傷で今までヴィランを捕まえていたのは、流石としか言えませんよ」
「大した傷じゃねえよ、こんなモン。メシ食ってりゃ治らぁ」
「それは私の
ミルコは床の弁当類を踏まないよう注意しながら、食事を再開した燃輪の隣に行き、右腕を出す。血は止まっているが、銃弾は貫通しているため、見た目ほど軽い傷じゃない。
燃輪は箸を置き、座ったまま左手の人差し指に付けているキャップを外した。それから消毒液を染み込ませた布で指先を拭き、拭いた人差し指をミルコの右腕の銃創に近付ける。人差し指の先から透明の液体が垂れ、その液体が銃創に当たると銃創はみるみる治っていく。完治まで十秒程度しかかからなかった。
燃輪は超一流のヒーロー高校雄英で看護教諭をしているリカバリーガールと同じ、『治癒』系統の個性の持ち主である。彼女の個性は『
「ミルコさんにこれだけ傷を与えるなんて、一体何人のヴィランを相手にしてたんです? カロリー換算で八千キロカロリーですよ、この傷は」
「五人──いや、一人か。他の四人はその辺のヴィランと同レベルに感じた。あー、思い出しただけで腹が立ってきたぜ!」
燃輪から右肩の治癒を受けながら、ミルコは歯ぎしりした。本当に忌々しいヴィランだった。
「その一人はそんなに強かったですか?」
「個性が『超再生』だったから、仲間がいたあの状況じゃ無力化が無理だった。『再生』じゃなかったら蹴って終わりなのにめんどくせぇ」
──拘束用ヒーローアイテム、これからは持っといた方がいいのか?
ミルコが思案していると、燃輪は右肩の治癒が終わったらしく、今度は横腹の方に指先をもっていく。
「よければそのヴィランとの戦闘がどんな感じだったか、私に聞かせてもらえません? 私と似た個性なら、何かお役に立てるかもしれませんし」
「いいぜ。他に話すこともあんまないし」
ミルコは帽子男との戦闘を最初から燃輪に話した。話している間にミルコの治癒は完了した。五箇所あったミルコの傷は跡も遺っていない。
「やっぱりあの帽子のヴィランを逃がした一番の失態は、リロードに釣られて突っ込んじまったことだな。あの帽子ヴィラン、私の耳の良さを逆手に取って、わざとマガジンを抜く音を聞かせたに決まってる。その一方、帽子ヴィランはちゃっかり銃声に紛れてスタングレネードの準備を完了させていた。完全にヤツの作戦勝ちだよ。思い出す度に腹立つぜ!」
「でも、仮にミルコさんがそのリロードの誘いに乗らなかったとしても、その場合は通路にスタングレネードを投げ込まれて終わりなのでは? 多分ですけど、その帽子ヴィランはミルコさんを通路に押しやることを第一に考えていたような気がしますね。ミルコさん、速いですから、広まった場所じゃ分が悪いと判断したんでしょう」
そこでミルコは帽子ヴィランが増援が来る直前に、通路から柱に移動していたのを思い出した。確かに言われてみれば、帽子ヴィランは私が通路に逃げやすいような動きをしていた。
「あと、一つミルコさんの話で気になったところがあるんですけど、スタングレネードが爆発する直前、何故帽子ヴィランは自分の頭を撃ち抜いたのでしょう? そのダメージ、カロリー換算で三千キロカロリー以上ですよ」
燃輪はその『個性』からか、傷のレベルをカロリーに換算して話すクセがある。それ故、燃輪のことを知っている現場では患者も燃輪も傷のことを全てカロリーで話すという、知らない人が聞いたら理解不能なカオス空間が構築される場合が度々あるのだ。ミルコも現場に居合わせたことがあるが『右腕! 千二百キロカロリー! 腹! 二千三百キロカロリー!』『了解しました! そこの焼肉弁当四つとサンドイッチ一つお願いします!』『へいお待ちィ!』というどっかの変な弁当屋さんか? と思うようなやり取りが繰り広げられていたりした。
「何故ってそりゃあ……」
理由を言おうとしたが、ミルコは何も思い付かなかった。
「個性が『超再生』に近いものなのは間違いないのでしょう。ですが、再生できるからといって自傷行為をするものでしょうか? それと、ミルコさんが最初そのヴィランを蹴った時、そのヴィランはどうやって『再生』しました?」
「いや、『再生』するとこは見てねェが……待てよ、思い出したぜ! あの帽子ヴィランを通路に蹴っ飛ばした後、通路から一発銃声がした! それから、何食わぬ顔で扉前に立ってたんだ! てこたぁ、まさかヤツの『再生』には条件があるのか?」
「おそらくですが、ある一定以上のダメージを負ったら『超再生』以上の速度で再生する個性なのではないでしょうか?」
「『再生』の個性で条件があるのは聞いたことねェな。なんにせよ、お前に話して良かったよ。あの帽子ヴィランについて、頭の整理ができた」
「私もミルコさんに傷を与えたヴィランが気になったので訊いただけですから、お互い様です」
そこで扉が開き、パンパンに入った幾つものビニール袋を抱えた男女が入ってきた。二人は燃輪が雇っているサイドキックである。サイドキックとは、ヒーローと一緒に行動する相棒や親友のことをいい、ヒーロー事務所を持たないヒーローと考えても大体は当てはまる。ちなみにミルコは他のヒーローの力を借りることを前提とするサイドキックが気に入らず、サイドキックを雇っていない。
「やっぱこの時間は大漁、大漁〜! ここらのスーパーとコンビニ、総ナメしてやったわ!」
「戻ってきたヒールボトルの洗浄、完了。五十三本ある」
「二人とも、ありがとうございます」
「おいおい、いつまで食う気だよ」
「ヒールボトルが無くなるか、眠くなるまでです」
ミルコが口を挟むと、燃輪はしれっとそう言い切った。
そこでミルコは、追加された弁当に寿司が入っていることを見つけた。
「おい、寿司が入ってるぞ」
「入ってますね」
「ここにある弁当やおにぎり、サンドイッチは全部廃棄するヤツを貰ってきてるんだよな?」
「そうです」
「じゃあナマモノはマズいだろ。腹壊すぞ」
「お腹壊したら、これ飲みますから大丈夫です」
燃輪は今しがた作った治癒液を入れたボトルを、ミルコに見せる。
ミルコは呆気に取られた後、笑った。燃輪らしい言葉だったからだ。以前、ミルコはなんで食べ物を廃棄品だけにするのか、と燃輪に訊いてみたことがある。その問いに対する燃輪の答えは、カロリーは変わらないのだから古くても問題ありません、だった。その言葉の裏に廃棄される食べ物への悲しみがあることは、ミルコに痛いほど伝わっていた。
ミルコは立ち上がり、部屋の扉を開けた。
「世話んなったな、カロリーメイカー」
「いえいえ、あと三日くらいはこのヒーロー事務所をお借りしてるので、また怪我をしたら来てください」
「私は簡単に怪我しねぇよ」
「あ、そうだ。これ、持っててください。六千キロカロリーまでの傷を治せます」
燃輪はヒールボトルをミルコに向かって投げる。ミルコの身体能力を信頼しているからだ。ミルコは期待を裏切らず、投げられたボトルをたやすくキャッチした。
「ありがとよ」
ミルコがヒーロー事務所を出ると、携帯からHNに入り、全ヒーローに向けて、こう発信した。『帽子にミリタリーベスト、武器に銃を使い、《再生》する個性のヴィランを見かけたら、ミルコまで連絡よこせ。そのヴィランは私の獲物だ』と。もちろんそのヴィランの情報項目を新たに作成し、そのヴィランが静岡刑務所を襲ったヴィランであることや、再生には一定以上のダメージが必要等の情報も公開した。ここで初めて、ヒーロー側に佐藤の情報が朧げではあるが伝わった。だが、今後のことを踏まえれば、この時点での佐藤の情報共有はあまりにも遅すぎた。
──しばらくは静岡でその辺のヴィラン狩りながら、帽子ヴィランを探すか。借りは必ず返してやる。
ミルコは携帯をしまい、新たなヴィランを探して跳躍した。
◆ ◆ ◆
テレビからニュース番組が流れている。
※ ニューススタジオの全景から女性アナウンサーとスーツの男のバストショットへ。女性アナウンサーの一礼と同時に『澤田舞』のテロップが胸に重なる。
『先日の早朝に起きた静岡刑務所のヴィラン襲撃。そのヴィランにより囚人七百三十二名が解放され、刑務所から脱走しましたが、本日の午前七時四十三分、警視総監が会見を開き、脱走したヴィラン七百三十二名全員の収容を確認したが、襲撃してきたヴィラングループは未だ確保できておらず、警察とヒーローが連携を密にし、ヴィラングループ確保に向けて全力を尽くすと発表しました。襲撃してきたヴィラングループは一体何が目的だったのでしょうか。
襲撃してきたヴィラングループの目的について、ヴィラン心理研究家の❲
『よろしくお願いします』
※ 一礼しあう澤田アナウンサーとスーツの男。そのスーツの男の胸に『剣頭治嵬』のテロップが重なる。
『剣頭さん、早速なのですが、今回のヴィラングループは一体何が目的で刑務所を襲撃したのでしょう? 警視総監の会見では、襲撃したヴィラングループは脱走した囚人の援護や誘導を一切していなかったと発表していました』
『私はヴィランの心理研究を始めて二十三年です。書籍も多数出しており、どれも読者から好評だと聞いております。その私が考えるに、これは本命のためのリハーサルなのではないか、ということです』
『つまり……狙いの刑務所があるということですか』
『私はそう考えます。静岡刑務所はそこそこ大きい刑務所ですが、凶悪なヴィランは収容していませんから。静岡刑務所を襲撃することで、刑務所の構造や警察とヒーローの対応を試したのではないでしょうか。研究歴二十三年の私はそう確信しています。他刑務所の警備を厳重にするのが今警察とヒーローがやるべき最良の対応だと思いますけどねぇ』
『なるほど。ちなみに情報によりますと、襲撃してきたヴィランの一人は帽子とミリタリーベストを身に付け、銃を使用していました。このヴィランはどのような心理状態なのでしょう?』
『研究歴二十三年の私が分析するに、典型的な懐古主義者ですね。今の個性社会を妬み、以前の社会に憧れを持っているのでしょう。こういったヴィランは個性やヒーローアイテムに頼らず、以前の社会で重宝されていた武器を使用する傾向があります』
※ 剣頭の書籍にあるグラフがバックスクリーンに表示され、澤田アナウンサーと剣頭が後ろを向いてグラフに注目。澤田アナウンサーがグラフを右手で示す。
『このように、剣頭さんのグラフによれば、ヴィランの装備と思想は密接しているとのデータが出ています。実際ヴィランの装備は何らかのモチーフや思想が色濃く出ている場合が多々あり──』
そこで、青白の髪をした痩身の青年がリモコンでテレビを消した。
「くだらねぇ」
その少年を見た目の印象だけで言うならば、異様だった。全身に人の手を身に付けているからだ。その数、七対十四本。だが、この異様な容姿の青年こそ、
「こいつだろ、トゥワイス。お前が会ってきて、俺たちに相応しくないって不合格にした奴。名前は確か……なんつったっけな」
「佐藤だ」
「そう、そんな感じの名前だった。こいつに会いたいんだけど、案内できる?」
「こいつに会う? やめとけやめとけ! 会ったって気分悪くなるだけだぜ!」
トゥワイスの言葉に、死柄木は微かに笑った。だがその笑みは見る者の気分が沈むような、歪んだ笑みだった。
「今より気分が悪くなるなんてことはない。こいつが余計なことしたせいで、『先生』の救出の難易度が上がったらどうするんだ? 文句の一つでも言ってそいつに償わさなきゃいけないよなァ?」
死柄木は自身の育ての親でもあるオール・フォー・ワンを先生と慕っている。彼は『オーバーホール』から個性消失弾の完成品を奪い、量産の準備をさせている最中であり、今は仲間を増やしつつ力を蓄える時期だと割り切っていた。
「『帽子』とコンタクトを取ってくれ」
それは有無を言わさない、実質的な命令の威を言葉に宿していた。
トゥワイスは諦めたようにため息を一つつき、「分かった」と半ば投げやりに言った。
人物詳細。
ヒーロー側の回復役がリカバリーガール一人じゃ少なくね? と思ったため生まれた回復役その二。回復役が増えるよ! やったねヒーロー!
彼女は元々少食だったが、個性のため食べ続けるという苦行を中学生から始めており、今では食べた端からカロリーを治癒液に変換できるようになっている。彼女は患者や同業者のヒーローには人気がある一方、医療関係者からはその個性への妬みから嫌われていることが多く、嫌味や皮肉をよく言われる。