佐藤が要求の話をする段階になる頃には、佐藤が占拠したテレビ局以外の全てのテレビ局が流していた番組を中断し、佐藤の放送を中継していた。
各テレビ局の判断が間違っているとは言い切れない。テレビ局をヴィランが乗っ取り思想や要求を国民に対して伝えてくるなど、前代未聞の出来事だったからだ。だが結果として、その判断がほぼ全ての国民に佐藤の言葉が伝えられてしまうという、佐藤の発信ツールとして機能してしまったのも事実である。佐藤は実質テレビ局一つ掌握しただけで、全テレビ局を掌握したのと同等の効果が得られたのだ。
「篠田ちゃん、現場行ける!?」
「はい! 今から行きます!」
プロデューサーの男が若い女アナウンサーにそう叫び、そのアナウンサーはヘリの操縦担当とカメラ担当を引き連れて慌ただしく部屋を飛び出していった。
今のプロデューサーの頭の中は、テレビ局を占拠した前代未聞の帽子ヴィランとヒーローの激しい戦闘、そこからの逮捕劇をヘリから中継して視聴率を爆稼ぎするというプランがあった。このテレビ局が占拠されているテレビ局に一番近いというのもちゃんとプロデューサーの計算に入っており、独占中継になるだろうと確信している。
この判断が後の悲劇の一つを生み出すとは、この時のプロデューサーは思いもしていなかった。ただ一つ、この時点で悲劇となる要素をあげるなら、このプロデューサーは失念していたのだ。この帽子ヴィランは前代未聞のことをやったヴィランであり、今までのヴィランとは毛色が全く違うということに。
◆ ◆ ◆
佐藤はカメラを見つつも、窓から見える建物と同レベルの大きさがある女がこちらに向かってきているのが微かに見えた。まだかなり距離はある。ちゃんと最後まで放送できそうだ。佐藤は笑いそうになるのを堪えて、真剣な表情を崩さないように心掛ける。ゲームは本気で楽しまなければ意味が無い。本気で、この国からヒーローを消し去るつもりでやる。
「ヴィランが組織化している傾向にある以上、ヒーローも団結しなければこの変化に対応できない。では、ヒーローは何を元に団結するべきか。もちろんこの国を守る職業なのだから、国を中心に団結するべきだ。それを踏まえたうえで要求一、現段階でヒーロー活動している者は三日以内に日の丸の
次に要求二、ヴィランがここまで増長したのはヒーローの責任でもあるが、それ以上にヒーロー公安委員会の無能さが原因である。よって、七日以内に現委員全員を罷免し、より優秀な人材でヒーロー公安委員会を再構成すること。罷免しなかった場合、ヒーロー公安委員会の全委員を殺害する。ここにその公安委員全員が載ってるリストがある」
佐藤は用意していたリストをカメラの前に見せた。このリストには全委員の顔写真と名前と住所と簡単な経歴が書かれている。一秒後、リストをカメラの前から離し、リストを片付けた。
佐藤は再び、カメラに向き直る。
「要求三、十四日以内に政府は新たに《国土防衛軍》を創設し、全ヒーローを公務員として国が雇用すること。これはヒーローに割り振っている予算をそのまま使えば不可能ではない筈だ。国土には当然その上にいる国民の命と財産も含まれる。
要求四、創設した《国土防衛軍》の総帥に私を任命すること。もちろん任命した際は私が今まで犯した罪を全て不問。総帥の権限は人事権と指揮権を内包するものとする。
もし要求三、四どちらか片方でも要求が通らなかった場合、現政府は国民がヴィランに脅かされることをなんとも思っていない親ヴィラン政権として、国会議員全員を殺害する。そして、新たな政府には再び二週間の猶予を与える。私を任命するまで、これを繰り返す。だが私を任命した暁には、この国から一人残らずヴィランを排除することを誓う。私はヴィランとして今まで行動することで、ほぼ全てのヴィランの情報を握っている。だから、全ヒーローを統率して動かせば、必ずヴィランの大元を潰し、この国に平和を取り戻せる。私は全国民にそう約束する。
これら全ての要求が通った時、この国からヒーローという職業は消える。だが私はヒーロー諸君の正義を信じている。君たちヒーローはヒーローと呼ばれたくてヒーローになったのではない。人を助けたくてヒーローになったのだと。一致団結してヴィランを一掃するために、ヒーローであることを捨てよう。それと、これは個人的な意見だけど、ヒーローって自分で名乗るのダサくないかな?」
佐藤はそこでようやく笑みを浮かべた。
笑みを浮かべたまま、カメラに近付く。テレビ画面全体に佐藤の顔がアップになった。
「もしかしたらこれを冗談で言ってるなんて、勘違いする人が出てくるかもしれない。だから私はどれだけの覚悟をもって立ち上がったのか、その本気をこの後見てほしい」
佐藤はカメラに向かって手を振る。
「では国民の皆さん、良い一日を」
そこで佐藤はカメラを掴み、思いっ切り床に叩きつけてカメラを破壊した。
佐藤が窓から外を見ると、巨人女がもう間近まで迫ってきていた。長い金髪に紫の瞳、黒のアイマスク、青と白のヒーロースーツ。ヒーローの『
佐藤はMt.レディと合っていた目線を下に向ける。ヒーローたちが次々にこのテレビ局へと突入している姿が見えた。建物の外壁を登ってくるヒーローもいる。
佐藤は全てが計算通りに進行していることを確信し、獰猛な笑みを浮かべる。このテレビ局を選んだ一番の理由は、Mt.レディの活動範囲だったからだ。
「『
佐藤はアサルトライフルのトリガーに指をかけつつ、屋上まで全速力で走った。
◆ ◆ ◆
TKテレビ局に突入した大勢のヒーローは、ヴィランの待ち伏せを警戒しつつも先に進む。
彼らはヴィランがテレビ局を固めていると当然のように考えていたため、こんなにもあっさりテレビ局に入れたことに拍子抜けした。
テレビ局内はシンと静まり返り、あるのは大量の血溜まりと死体。周囲のほぼ荒れていない状態が戦闘ではなく虐殺が行われたことを物語っている。
「ヒデェことしやがる」
ヒーローの内の一人が不快そうに吐き捨てた。
「おい、こっちに生存者がいるぞ!」
フロアに響き渡ったその叫びは、たちまちバラバラに行動していたヒーローを集合させた。無論突入した全員が集まったのではなく、早く帽子ヴィランを捕まえたいと考えているヒーローはどんどん上階に行っている。
生存者の女性は目に目隠し、口に
「こっちにも生存者がいるぞ!」
全く同じ状態で窓付近に固定されている男が少し離れたところにいた。
そっちにもここに集まったヒーローの内の半分が移動する。彼らが移動している間、固定されている女性の一番楽に外せる目隠しと猿轡を外した。
「もう大丈夫ですよ」
ヒーローが極力明るい声で涙を流す女性に声を掛けた。だが、ヒーローの声を聞いても女性の表情は一向に良くならない。
「あ、あの、あ、ば、ばばばく、ばく──」
「落ち着いてください! もう大丈夫ですから!」
女性は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、ヒーローたちに縋りつくような目線を送る。
「ばく、爆弾が私の体に! 早く! 外してください!」
「えッ!? 爆弾が!?」
「そうです! でも私の心音と連動してて、爆弾のセンサーを止めずに外すと爆発するってヴィランが言ってて……!」
「なんてことだ……」
「こっちの男性もそうらしいぞ!」
もう一方の生存者の方に向かったヒーローたちも、その生存者から爆弾が体に巻きつけられていることを教えられた。無理に引き剥がしたら爆発するというところも同じらしい。
ヒーローたちはその場で立ち竦んだ。爆弾を解除する知識を持っていないため、下手に動かせば爆発するんじゃないかと不安になっているのだ。かと言って、見捨てることもできない。
「爆弾をどうにかしてよ! ヒーローでしょ!? あなた達の仕事は人を助けることじゃないの!? 早く助けてよぉ!」
生存者の女性は恐怖と不安を怒りと憎悪に変化させ、周りのヒーローに怒鳴り散らした。
そんなやり取りをしている中で、木で覆われたような姿をしているヒーロー『シンリンカムイ』は別行動をとっていた。彼の個性は『樹木』。彼は上階にも生存者がいる可能性を考慮し、生存者を見つけることを優先して行動していた。
彼は生存者を探して三階のフロアを歩き回っている最中、不自然に壁際に移動された死体を見つけた。その死体は男であり、うつ伏せの状態で倒れている。
シンリンカムイは死体の肩を掴み、起こそうとした。瞬間、死体に仕掛けられていたブービートラップが発動。死体が動かされたことによってM六七破片手榴弾のピンが抜け、カンッと床に手榴弾が落ちた音が響く。
「まずッ──」
シンリンカムイは咄嗟に自分の体から樹木を伸ばし、鎧と盾を創りだす。だが、一瞬の時間では気休め程度の効果しかなく、シンリンカムイの盾と鎧は爆風とそこに含まれる大量の破片によって吹き飛ばされ、シンリンカムイの体は破片にズタズタにされながら壁に叩きつけられた。
シンリンカムイが薄れゆく視界で見えたのは、手榴弾に巻き込まれて倒れ伏す他のヒーローたち。その光景がシンリンカムイが見た最期の光景となった。
佐藤が屋上のヘリに到達する頃には、建物内で爆発が継続的に起こっていた。その爆発が自分の仕掛けたブービートラップの数々であろうことも、佐藤は察しがついている。
佐藤は外壁を登ってきたヒーローたちの頭をアサルトライフルで撃ち抜き、屋上から身を乗り出して登っている最中のヒーローに連射。外壁を登っていたヒーローたちが次々と落下していく。
佐藤はアサルトライフルをリロードしながら、IBMを使用。黒い粒子が異形となり、そのまま異形はヘリに乗り込んで操縦席に座った。ヘリのメインローターが回転を始める。
佐藤もヘリに乗り込み、アサルトライフルから手を離して起爆装置を二つ、それぞれの手に持つ。
「いけるかい?」
佐藤が異形に話しかけると、異形は佐藤に向けて親指を立てた。
「よし、ゴー! ゴー!」
ヘリはゆっくりと上昇し、建物の上空を飛び始めた。Mt.レディが顔を上げてヘリを睨みつけている。
「逃げてんじゃないわよ!」
佐藤はヘリの窓からMt.レディを見下ろしつつ、右手に持つ起爆装置のスイッチを押した。
すると、三階までの生存者がいた近くに隠すように仕掛けられていた爆弾が爆発。生存者とその付近で救助活動しようとしていたヒーローがまとめて爆発に巻き込まれた。これらの爆発は全て片側に集中していたため、建物がゆっくりとMt.レディの方に傾いていく。四階から十二階までの質量がMt.レディにのしかかろうとしている。
Mt.レディはその脅威から逃げようと思えば簡単に逃げることができた。だが、逃げれば建物のドミノ倒しが始まり、尋常ではない被害が出る。今この瞬間、その悲劇を止められるのは彼女だけであり、彼女はヒーローだった。
「このクソ野郎が!」
Mt.レディが傾いてくる建物を両手で押さえつけ、建物を崩れないよう支えた。建物の傾きが止まる。
「うぎぎ……!」
Mt.レディは両足を踏ん張り、必死にこれ以上傾かないようにしている。
佐藤はその光景を楽しそうに見ていた。Mt.レディのヒーロー精神をピンポイントに狙った作戦が順調に進行している。
「この質量で潰せないんだ。じゃあ次はどうかな?」
佐藤は左手の起爆装置のスイッチを押す。四階から十二階まであらゆる場所に隠して仕掛けられていた爆弾が爆発し、Mt.レディの上半身が爆発に飲み込まれた。
爆発でバラバラになった建物の破片が地上に降り注ぎ、広範囲に渡って破壊をもたらそうとしている。Mt.レディは最期の力を振り絞り、自らの体を破片から守る盾とした。Mt.レディの背中に次々と破片が突き刺さっていく。爆発が終わった頃、Mt.レディの背中には大量の破片が刺さっていた。
Mt.レディが元のサイズに戻っていく。体に刺さっている破片も小さくなり、Mt.レディはうつ伏せで地面に横たわった。上半身は見るも無惨な姿になっている。
──ヒーロー……ナメんじゃないわよ……。
その意識を最後に、Mt.レディの視界は真っ暗になった。周囲に破壊の跡が刻まれている中、Mt.レディが守った一区画だけは傘で守られていたかのようにいつも通りの景色だった。
佐藤はMt.レディの行動に拍手を送った。
「なかなかのショーだった! 迫力満点! ……ん?」
佐藤は別のヘリがこちらに近付いてきているのに気付いた。カメラマンとアナウンサーらしき人物が乗っているのが見える。
佐藤は用済みになった起爆装置で思い切り窓を殴り、ヘリの窓を割った。そこからアサルトライフルを突き出し、正面から来るヘリに向かって撃った。防弾加工のされていない報道ヘリの装甲はアサルトライフルの弾で簡単に突き破られ、操縦士の命を奪った。操縦士がいなくなったヘリはコントロールを失い、その場をフラフラとし始める。佐藤は殺人欲を満たすと、ヘリのメインローターに向けて撃った。メインローターの付け根部分を正確に捉えた射撃はプロペラを吹き飛ばす。吹き飛んだプロペラは地上に落ちるギロチンとなり、地上の人たちをズタズタにしていった。
落ちていくヘリの中で必死に泣き叫ぶアナウンサーとカメラマン。彼らは建物に突っ込んだヘリの衝撃と爆発により命を散らしていった。
佐藤が報道ヘリを落とした理由は、佐藤の乗っているヘリの操縦席を撮ってほしくなかったからだが、撮っていたらそれはそれで面白くなりそうだとも佐藤は思った。
阿鼻叫喚に包まれ、虫のように小さく見える人々が逃げ惑う地上。その中で、ヘリを追いかけてくるヒーローたちがいるのも見える。
佐藤は笑みを深くし、アサルトライフルをリロードした。
この回でシンリンカムイさんとマウントレディさんが退場となります。決めていたことでしたが、いざとなったら文字を打つ指が震えました。これだけ投稿が遅くなったのも、覚悟決めるのに手間取ってしまったからです。二人のファンの方々には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、この物語は推しのロシアンルーレットが行われる物語だと納得のうえで楽しんでください。よろしくお願いいたします。