テレビ画面からニュースが流れている。
※ 女性アナウンサーと男性アナウンサーのバストショット。二人の前のデスクには『坂田愛里沙』と『大口拓実』のネームプレート。下部にはテロップで『神野の悪夢以来の大事件 死傷者負傷者合わせて千人以上』と出ている。
『TKテレビ局を占拠し、政府とヒーローに無謀な要求を突きつけ、さらにはテレビ局を爆破した凶悪
チャンネルが切り替わった。
※ 深刻そうな表情をして話す男性アナウンサー。前にあるデスクには『今永裕人』と書かれたプレート。下のテロップには『ヒーロー社会に激震走る!? 一人のヴィランがヒーロー大量虐殺!』と出ている。
『たった一人のヴィランにここまで好き勝手させたヒーローに対し、国民からは不満の声があがっています。特に問題視されているのは、このヴィランは目立った《個性》を使用せず、誰もが使用できる銃火器だけでヒーローを抑えこんでいたことです。これなら《個性》を重要視せず、警察に銃火器を装備させて訓練させた方がヴィランに対し有効なのではないかという声もあり、これからのヒーローと警察の対応が待たれま──』
チャンネルが切り替わった。
※ 荒れ果てた自然公園をバックに映っている五十代の男と女性アナウンサー。画面の左側には『自然公園管理者 眉月重蔵さん(53)』とテロップが出ている。右上には『凶悪ヴィランにより荒らされた自然公園』と赤文字で書かれている。女性アナウンサーが男にマイクを向けた。
『こんなことになって、悔しさと悲しさが溢れてくるよ』
『そうですよね。私も東京都民として、同じ気持ちです。国民の一部には、警備が杜撰だったのではないかという声があがっていますが、それについてはどうお考えですか?』
※ 不機嫌そうにムッとする男。
『まったくもって心外な話だ。どれだけ広大な敷地があると思っている。この敷地と二十四時間の警備時間をカバーできる警備員の雇用と防犯機器を導入するための警備費はどこから捻出されるんだ。それに警備員を雇ったとしても、警備員がいたテレビ局はどうだった? 皆殺しにされ、結局テレビ局もヴィランの手に落ちた。ここも同じだよ。もしおれがヴィランが爆弾を仕掛けた日に見回りで鉢合わせていたら、確実に殺されてた。そういう意味じゃ、見回りしていなくて本当に良かったと思うよ。国民は関係ないからそんな無責任なことが言えるんだ』
『は、はい! その通りですね! 専門家の話では、この自然公園を復興させるためには莫大な費用が必要になるとのことです。この痛ましい事態に心を痛めた各団体が募金活動を始めており、一日も早く緑に溢れたお馴染みの景色が戻ってくると良いですね』
チャンネルが切り替わった。
※ 若い男への街頭インタビュー。画面の左側からマイクを持つ腕が突き出され、右上に『若者たちのリアルなヒーロー印象』とテロップが出ている。
『最近のヒーローについてどう思いますか?』
『う〜ん……あんま言いたくないっすけど、ヴィランに最近やられっぱなしじゃないっすか。もっとしっかりしてほしいなって思いますね』
※ 場面が切り替わり、今度は若い女性の二人組にマイクが向けられた。
『最近のヒーローについてどう思いますか?』
『オールマイトが引退してからどんどん怖いヴィランが出てきているので、ヒーローの人たちには頑張ってほしいです』
※ 場面が切り替わり、帽子を被った男と茶髪の女のカップルにマイクが向けられた。
『最近のヒーローについてどう思いますか?』
『どうって、ちょっと頼りなさすぎだぜ。朝の事件にしたって銃と爆弾だけで、《個性》らしきものを使っているところは確認できなかったって話じゃないか。無個性同然の相手にここまで言いようにされるなんて、ヒーローの質が低下しすぎだろ』
『そうそう、ぶっちゃけ弱すぎっしょ、最近のヒーローって。あははははは!』
※ 笑い合うカップル。
チャンネルが切り替わった。
※ 六人の男がテーブルを囲み、口論している。左上には『帽子ヴィランの真意とは』と赤文字で表示され、右上には『専門家たちがガチ討論』と番組名が黒文字で表示されている。
『帽子ヴィランが最低の悪人であるという事実はまず脇に置き、帽子ヴィランの要求について純粋に話し合いたい。要求は概ね正しいと言わねばならないと私は考える。
第一にヒーローが国の管理下に入ることについては、全くその通りだ。ヴィランが勢力を増している今、ヒーローの人気取りやパフォーマンスに関して、それよりもヴィラン逮捕に力を注げと言いたくなる国民は大勢いるだろう』
『その場合、ヒーローの公平性が失われる可能性があるぞ。国の管理下にヒーローが入ったら、政府の汚職を見逃すようになるかもしれん。そうなった時も、彼らをヒーローと呼んでいいのか』
『今はそんなことはないと? 何故言い切れる? どのヒーローも清廉潔白だと信じているのかね? このヒーロー飽和社会で。バカバカしい。皆、心の内じゃ分かってる。ヒーローに相応しくないヒーローは山ほどいるとね』
『それは……良くないぞ。今あなたはとんでもないことを口にしている。この番組を観ているヒーローや国民が、あなたを非難するだろう』
『ヒーローと国民の非難? ははははは! そんなものを恐れてこの場にいるのかね、キミは! なら、このままずっと黙っていたまえ! 議論の邪魔だ!』
『なんだと!? あんたが黙れ! この反ヒーロー主義者が!』
※ テーブルに座る内の一人が勢いよく立ち上がり、座っている内の一人に掴みかかる。そこでテレビ画面は空から見た海の映像と『調整中です。しばらくお待ちください』という文字だけになった。
テレビ画面が暗転する。テレビの電源を切ったからだ。
テレビしか光源が無かった部屋が暗闇に包まれた。黒が基調のカーテンで窓は覆われている。
その闇を、新たな光源が押しのけていく。スマホのバックライトだ。指が画面をタッチし、次々に画面が変化する。その画面はニュースサイトの『帽子ヴィランとヘリを操縦したヴィラン、最後は自爆。被害者千人以上の凶悪テロ』というタイトルのニュース画面で止まった。左上にコメント数があり、2317件と表示されている。
指が画面をスワイプ。ニュースを読み、コメント欄に目を通す。
『神野の悪夢以上の大事件。これから日本がどうなってしまうのか、考えるだけで怖い』『本当に最悪なヴィランだった。人間としてこんな言葉を言うべきではないと思うが、死んで清々した。神野の悪夢を起こしたヴィランも早く死刑にしてほしい』『マジムカついた。自爆するくらいなら最初からやるなよ』『お亡くなりになった方へご冥福をお祈りします。酷い事件だった』『ヒーローの対応が遅い。ヒーローがもっと早くこのヴィランに対応できていたら、こんなに被害者は出なかった。これからのヴィラン確保について、真剣に考えた方がいい』『二人で誰にも悟られずテレビ局を占拠したとは考えにくいです。きっと仲間がたくさんいると思います。ヒーローと警察はこれで事件が終わったと思わず、仲間の捜索と確保に力を注いでほしいです』『何がヤバいって、個性を使わずに銃と爆弾だけでここまでやったことがヤバい。これから銃や爆弾を使用するヴィランが増えそう』『エンデヴァーさぁ、ヒーローなのに最後自爆を許したって、それでランキング2位ってマジ? 引退した方がいいよ』
コメント欄に溢れるのは、帽子ヴィランとヘリを操縦していたヴィランに向けられる怒り、二人のヴィランが死んだことによる安堵、被害になった人への同情、これからの日本への不安、ここまでヴィランに好き勝手させたヒーローと警察の批難。特にエンデヴァーなど関わった上位プロヒーローへの当たりが強い。
「遊矢! 夜ご飯できたわよ! 遊矢!」
その声で、開世遊矢は現実に引き戻された。一階から母親が呼んでいる。しかし、遊矢はベッドに座る体を動かす気にならなかった。スマホの画面に表示されているコメント欄を虚ろな目で眺めている。
何の反応も無いため、母親が階段を上ってくる音が響く。煩わしい気分になる。僕のことは放っておいてくれ。
そんな願いも虚しく、部屋の扉が開けられた。部屋の外の光が部屋を侵食する。
「あんた……こんな真っ暗で。電気くらい点けなさいよ。ご飯できたわよ」
「いらない。食欲ないから」
母親がため息をつく。
「朝からどうしたの? 学校も休むの一点張りで、結局休んじゃって。起きた時は元気そうだったのに、朝ご飯食べ終わってから急に休むなんて言い出したから、お母さんびっくりしたのよ。部屋にもずっとこもりきりで──」
「僕は大丈夫だから、もうどっかいってくれ! 一人になりたいんだ!」
母親はビクリと体を震わせた。反抗期らしい反抗期が無かった僕がこんなことを声を荒らげて言っているのだ。ビックリするのも無理は無い。
「なんなのよ一体……」
母親はブツブツ言いながら扉を閉め、階段を下りていった。
遊矢は途端に恐怖に襲われた。歯が噛み合わなくなり、ガチガチと歯同士がぶつかり合う音が部屋に響く。
ニュースの帽子ヴィラン。僕は知っている。何故なら、三ヶ月前に溺れているところを助けたから。
感情が暴れ狂う。ヒーローにこのヴィランを助けたことを言うべきか、それともこのまま黙っておくべきか。
しかしこれだけの悲劇を生み出したヴィランを助けた人間を、ヒーローは受け入れてくれるだろうか。ヒーローだってたくさん殺された。ヒーローの反感を引き出すだけじゃないか。ヒーローだけならまだいい。国民にこの情報が漏れたら、帽子ヴィランが死んだ今、怒りの矛先は僕の方に来るだろう。考えるだけで震えが加速する。歯同士がぶつかり合う音が鳴り止まない。
──そうだよ。あの人は死んだんだ。だったら、わざわざヒーローに助けたことを言ったって波風立てるだけじゃないか。言わなくていいんだ。言わなくて……。
だが自分の中の良心が、言え! 逃げるな! と叫び続けている。このジレンマが、遊矢の心を擦り減らしていく。
結局、遊矢は良心に苛まれつつも黙秘を選んだ。彼は気付いていない。彼の持つ情報こそ、佐藤という人物を解明するための重大なピースとなっていることに。
◆ ◆ ◆
ミルコは東京都に昼頃到着し、そこから救助活動をした。
今は救助活動が一段落した深夜。負傷したヒーローたちが搬送された病院に救助活動に参加したヒーローたちが集まって、お見舞いをしたり雑談したりしていた。
この病院には燃輪も夕方頃に到着し、未だに食べては治癒液を生成し、治癒を続けている。空のヒールボトルが燃輪の背後に積み重なっているところから判断すると、備蓄していた治癒液を使い切ってしまったようだ。ミルコが持っていたヒールボトルも救助の時に一般人の負傷者たちに使い切り、今は燃輪の後ろに積み上がるヒールボトルの一部となっている。
治癒している燃輪と目が合った。ミルコは手をあげて無言の挨拶をし、燃輪はそれを見て僅かに頭を下げて返す。食べる動作は全く止めない。
「俺はもうヒーローを辞める」
そんな声をミルコはその優れた聴力で聞いた。ミルコが声が聞こえてきた方に目を向ける。辞めると言ったヒーローはたった今燃輪による治癒が終わったばかりだ。知り合いらしきヒーローがその言葉を聞き、驚いている。
「そんな……なんで!?」
「割に合わねぇからだよ。こっちは命張って守ってやってんだぜ。弱個性と無個性の能無しどもを。なのに、ニュースやSNSを見てみろよ。奴らは俺たちに感謝せず、批難してくるんだ。守られんのを当たり前のことだと思ってんだ。やってらんねえよ!」
「そんな言い方ないだろう!」
「あっちがボロクソ言ってんだから、こっちだって別にいいだろ! それと、今日だけで何人のヒーローが死んだ!? 帽子ヴィランみたいなのはこれからきっと増えてくる。俺はな、死にたくねぇんだ。わりぃな」
辞めると言ったヒーローはそう吐き捨てて、この場から出ていった。唖然としていた知り合いらしきヒーローが、数秒遅れてそのヒーローの後を追いかける。
二人が去った場に、気まずい沈黙が訪れた。誰もが視線を落とし、目を合わせようとしない。辞めると言ったヒーローの言葉が、沈んだ気分のヒーローたちの心に刺さったのだろう。
──腰抜けどもが。
ミルコは不愉快な気分になり、舌打ちした。燃輪の方に視線を戻す。シールドヒーロークラストの潰れた両足を治癒しているところだ。原形を留めていない両足を治癒液を貯めた大きい容器の中に入れ、両足全体を治癒液につけている。すると、潰れていた両足に治癒液が絡みつき、巻き戻し映像を観ているかのように両足が元の状態へと戻っていく。そのかわり、両足が完全に治った頃には、たっぷりと容器にあった治癒液が四分の一まで減っていた。
燃輪は雄英高校のリカバリーガールと決定的に違う部分がある。それは、リカバリーガールが治療者の自然治癒力を高めて治療する、いわば患者の自然治癒力を補助する能力であるが故の欠点である、自然治癒力じゃ治せない肉体と臓器の欠損ですら燃輪は治せてしまう点だ。治癒液が欠損した部分の代替となり、欠損した部分を創り出す。そのかわり、燃輪の治癒液は骨折や内臓損傷といった内部だけが傷を負っている部分を治す時はあまり機能しない。内部に治癒液を浸透させられないからだ。逆にリカバリーガールは内部だろうが外部だろうが治癒の速度に違いはない。こう考えると、二人の治癒能力は差別化ができている。
「うおおおおおお! ありがとうカロリーメイカー! ありがとう! これで私はまだまだたくさんの人を守れるぞ!」
「治癒できて良かったです。私は傷ついた人にしかお役に立てませんから、傷つく前に守れるヒーローの皆さんを羨ましく感じることもあります。これからも一緒に頑張っていきましょう」
「うむ! 共に力を尽くそう! ははははは!」
クラストは豪快に笑いながら、この場から去っていった。陰鬱としていた場の空気が少しだけ和む。
燃輪は治癒した相手にいつも励ましの言葉をかけていた。こういう気遣いが、燃輪が同業のヒーローや患者から人気がある理由の一つだ。
場がざわついた。エンデヴァーが入ってきたからだ。エンデヴァーはいつも通り体に威圧的な炎を纏わせている。腕や足には帽子ヴィランの自爆の影響でできた傷を負っていた。
エンデヴァーは場を見渡し、ミルコを見つけるとミルコの方に近付いてきた。
「話がある。俺の治癒が終わるまで帰るな」
「帰らねえよ。私も話があるし」
エンデヴァーは燃輪の方に向き、燃輪の前に並ぶ患者の列に加わった。
それから二十分後、エンデヴァーは治癒を終え、ミルコのところに戻ってきた。腕と足にあった傷はすっかり消えている。
「俺が訊きたいことは一つだ。静岡刑務所で帽子のヴィランと戦闘した時、本当に再生したのか?」
ミルコはムッとした。
「私が適当書いたと思ってんのか? 私の蹴りで吹き飛んだのに、すぐに反撃した。閃光手榴弾で視界が潰される直前、拳銃で頭を撃った。だが私が逃げる時、銃撃された。他にそいつの仲間はいなかった。再生能力だと考えるのが普通だろ」
「何故逃げた?」
「自分の頭を拳銃で撃ったのを見た時、嫌な予感がしたからだ」
エンデヴァーは黙った。ミルコは知る由もないが、エンデヴァー自身も嫌な予感を信じ逃げたことで、佐藤の自爆に巻き込まれなかったという経験がある。それをエンデヴァーは思い出していた。
「質問を変えよう。帽子ヴィランが再生したところをその目で見たのか?」
「それは……見てねえよ。そのことで私も話があったんだ。帽子ヴィランは自爆した後、本当に再生しなかったのか?」
「ああ。その場に残ったのは左腕だけで、そこから何分待っても再生しなかった。今、その左腕は分析班のところにあり、分析している最中だ」
「そうか」
ミルコはため息をついた。
「さっきな、ヒーローを辞めると言った奴がいた。割に合わねぇって。いつから……掲げた正義がこんなにも
「あんたらと一緒にしないでくれます?」
唐突に割って入った男の声。ミルコとエンデヴァーは声が聞こえた方に顔を向ける。両翼を持つ男が入口にもたれ掛かっていた。
「俺の正義は常に研ぎ澄ませてある」
その男のことを、人は速すぎる男と呼ぶ。