モニターに映る帽子ヴィランはフルオートアサルトライフルである八九式五.五六ミリ小銃をたすき掛けしていた。
『さて、これを観ている人たちはまずこう思うのかな? 《帽子ヴィランは死んだはず……ということは、これはテレビ局襲撃前にあらかじめ撮っていた動画なんじゃないか》とね。まずはその疑念を晴らそうか。ニュースを読み上げよう。昨夜一時頃、東京都内のビジネスホテルで爆発がありました。え〜……この爆発で四名が死亡、三名が負傷しました。この爆発の原因は破片手榴弾であると思われ、爆発元は202号室です。いや〜怖い事件だねぇ。この事件は私のテレビ局占拠後の事件だ。私の死後に場所と時間を指定して事件を起こすよう仲間に指示することはできるが、ニュースで伝えられる死亡者と負傷者の数を当てるのはなかなか厳しいんじゃないかな? まあ死亡者と負傷者を総当たりで撮っていて、ニュースで伝えられた死亡者と負傷者の動画を選んでとか、考えれば当てる方法が無いこともないけど。これで信じてもらえないなら、もっと悲惨で被害者が出る事件を次選ぶとするよ。
さて、まずは自己紹介をしよう。テレビ局の時は生放送だったから邪魔されない内に要点を伝える必要があった。余計な部分は省いたんだ。でもこれは動画だから、そんなことは気にしなくていい。私は佐藤だ。う〜ん……あとは特に言うことないや。
本題に入ろう。そもそも私は何故上手く死を偽装して逃げたのに、こうして姿を現したのか。単純な話だ。私は君たちに要求を突きつけた。覚えているかな? その要求には時間制限があった。その要求を《お前が死んだから無効だと思った》なんていう言い訳で
会議室にいる全員が絶句していた。帽子ヴィラン──佐藤と名乗る男の言う通り、この瞬間まで要求のことなど一切考えていなかったのだ。佐藤の言う周囲の被害とは、民間人のことを指している。つまり佐藤の要求を呑まないヒーローは自分のことしか考えず、民間人の被害なんて全く気にしない最低なヒーローという烙印を押されるというわけだ。だが要求を呑めば、ヴィランの言いなりになったヒーローとして悪く言われるのも目に見えている。どっちを選んでも非難されるのだ、この要求は。唯一の最適解は要求の日が来る前に佐藤を捕まえることだが、今日含めて二日しか猶予が無い。居場所すら分かっていない今の状況では望み薄である。
『分かっていると思うけど、ヒーローだけじゃない。ヒーロー公安委員会と政府への要求も有効だ。無視した場合も要求拒否として、制裁する。要求を呑むまたは交渉する気があるのなら、今開いているこのウェブサイトに専用の回線コードを送ってきたまえ』
会議室の面々はこの時、通信回線を準備すること以上に気になった部分があった。交渉という部分である。彼らはこの瞬間まで百かゼロかの二つしかないと思っていた。相手の要求を全て受け入れるか全て拒否するか、そのどちらにするかという選択のみだと。お互いの希望を交渉という手段で擦り合わせていくという選択肢が出てくるとは思いもしなかった。
モニターの佐藤は顎に右手を当てる。
『本題はここまでなんだけど、せっかくこうして国民に発信できる機会を貰えたんだから、もう少し話を続けようか。親愛なる国民の皆さん、個性についてどう思っているかな? 個人の価値を決めるものだと考えている人も多いと思う。だが、それは間違いだ。例えば私はテレビ局からの逃亡時、多数のヒーローを相手にしていたわけだが、その時に個性は一回も使用していない。代わりにコレを使ったけどね』
佐藤はたすき掛けしているアサルトライフルのグリップを握り、顔の隣にもってきた。
『ただの銃なんて時代遅れの武器だと考える人はいると思う。じゃあ、この銃の性能を君たちの個性風に説明してみようか。これは鉛玉を秒速約九百メートルの速度で叩き込む力で、照準を合わせてトリガーを引くだけで使える。三十発分は連続して使えるが、その後は弾倉を交換する必要がある。交換に使う時間は約二秒。用意した弾倉の数だけこの力を使用することができる。どうだい? この力を弱個性と考える人は少ないだろう。
君たちは思い違いをしている。人間にとっての一番の武器は個々で違う能力や特徴ではない。誰でも知識があれば使える力を様々な素材を駆使して創造する頭脳こそ、我々人間が生態系の頂点に立つことができた一番の要因だ。その頭脳に比べれば、ほんの一握りの個性を除いた個性はどれも劣る。だというのに、君たちはまるで自分がスーパーマンにでもなったかのようにチンケな力をひけらかし、優劣をつけたがる。その結果があの逃亡戦だ。個性を手段の一つとして考えず、個性で勝つことだけを考えて視野を狭めている。いい加減個性があるというだけで舞い上がるのを止めて、冷静に個性という力を見つめ直すべきだ。それをしなければ、この国はこのまま個性至上主義の道を突き進み、生まれた時点でヒエラルキーが決まる差別社会となっていってしまうだろう。自分たちに与えられた個性という力を今一度、考えてみてほしい』
佐藤はアサルトライフルを元の位置に戻した。
『我々は《
まずはヒーローだ。良い
佐藤はそう言った後、右手の人差し指を二回、クイクイと自分の方に動かした。カメラがズームされ、モニターいっぱいに佐藤の姿が映る。
『それじゃあ、バイバイ』
佐藤は笑顔で手を振り、そこで動画は終わった。
モニターは再びテレビスタジオへと切り替わる。そこでオグリはモニターをパソコンの画面へと変更した。
途端に会議室中に張り詰めていた緊張の糸が切れ、あちこちで伸びをしたり、軽く息を整える人が続出。そして、今の佐藤の動画について小声で周りの人と言い合いを始めた。
ざわめきに支配された会議室で、オグリが二回両手を叩く。ざわめきが収まり、室内の面々はオグリに注目した。
「リューキュウ。君は今の動画が始まる前、死んだ帽子ヴィランについて話すのに意味は無いと言ったな?」
「そこまでは言ってませんが……」
「観たか。さっきまでの話は無駄でなくなった。佐藤と名乗った帽子ヴィランは生きていたからだ。これでようやく話は次のステップに進める。分析した左腕の新たな情報だ」
室内に驚きの声が漏れる。
「さっきの個性因子が無いということ以外の情報があるのかね?」
警視総監が半信半疑でオグリに問いかけた。オグリは頷く。
「佐藤がどうやってエンデヴァーやヒーローたちの目を欺き、あの場から逃げ延びたか、その答えに迫るものだ。あくまで予想であって確定ではないが」
会議室にいるヒーローたちの目の色が変わった。オグリの言葉を一字一句聞き逃さないよう、全神経を向けている。
「分析した左腕はエンデヴァーの前で爆発した時間より少なくとも三時間は前のものである可能性が高い。腐敗の進行度から六時間かそれより前の可能性がある」
「ちょっと待て」
エンデヴァーがオグリの話を遮った。オグリは嫌な顔をせず、無表情でエンデヴァーの方に視線を向けた。
「つまり、その左腕は
「その思考は正解といえるだろう。佐藤が左腕を故意に残したのは確かだ。その必要があったと俺は思うね」
「どういうことだ?」
オグリはニヤリと唇を歪めた。
「ラビットヒーローの情報を正しいと仮定した場合の仮説を今から言う。佐藤の『再生』は核を持たない再生の可能性がある。脳無という生物は『超再生』という個性を持ち、傷ついた瞬間にとてつもない速度で再生したが、脳を破壊すれば再生しなくなった。つまり脳が核となっている。佐藤の再生は違うのだろう。より正確な言い方をすれば、核が無いのではなく、どの部分も核になり得る。核の条件は一定以上のサイズが必要とかだろうな」
「要すんに頭破壊しても他のところが核の条件を満たしてたらそっから再生するってことかよ!?」
ミルコが目を見開いた。
「今の仮説はそういうことだ。ここからはエンデヴァーとヒーローの目を欺いたプロセスを話そう。まず核の条件を満たすサイズを持つように左腕を切断」
「左腕を切断……!?」
会議室内のざわめきが大きくなる。
「その切断した左腕を安全な場所に隠し、本体は体に爆弾を巻きつける。爆弾を巻きつける理由は核を作らないためだろう。そして、事前に前の再生の時に作っておいた左腕を切り落とした左腕のところに接着。その後、テレビ局から逃走し、ヒーローに追い詰められて万事休すとなったところで自爆。自爆により体が粉々になるため核は作られないが、安全な場所には核となる左腕がある。その核から再生が始まったとすれば、佐藤は擬似的なワープを使ったことになり、追い詰めたヒーローからすれば死んだように見えるというわけだ」
その仮説を聞いた会議室の面々はあんぐりと口を開けていた。そんな馬鹿な……と言いたそうにしている顔もチラチラある。
「……ワープの能力もあるのか」
副総監が呟いた。オグリが不愉快そうに副総監を睨む。
「副総監、俺の話を聞いてなかったのか? ワープの能力ではない。再生の副次的効果の産物だ。この仮説に関しては全て再生の能力で筋を通せる」
「だがその仮説を正しいとするなら、佐藤は新しい頭を作っていることになる。合理的に考えれば、その新しく作られた頭は前の頭とは別物となり、再生前と再生後の佐藤は別人という話になるが、その辺りはどう考えている?」
相澤が口を挟んだ。オグリはそんな話かと言わんばかりの視線を相澤に送る。
「そんなことは気にしないタイプなんだろう。どちらにせよ、俺たちが考えるべきところじゃないな。次にラビットヒーローの情報を無視した場合の仮説を話そう。この場合の佐藤の能力は『再生』ではなく
「『分身』なわけあるかよ……私が蹴ったのに平然と動いてたんだぞ」
ミルコがふてくされた表情で吐き捨てた。
相澤が右手を上げる。
「俺の『抹消』は佐藤に通用するのか?」
「通用しないよ。君の『抹消』は個性因子に働きかけて反応を妨害することで個性を発動できないようにする能力だ。例えるなら個性というスイッチを強制的にオフにする能力であり、元々スイッチのオンオフが無いような能力や特徴──そこのラビットヒーローがそうだな、君の『抹消』でラビットヒーローの『兎』の特徴を消すことはできない。その特徴にスイッチは存在せず、常にオンの状態だからだ。君自身よく分かっている筈だろう」
「……佐藤に通用しないと分かればいい」
オグリはタバコを一本取り出し、ライターでタバコに火を点けた。タバコを口に咥え、思いっきり吸った後、紫煙を吐き出す。
「最後にこの佐藤という人物に対し、俺の見解を言おう。はっきり言うが、佐藤はこの状況を楽しんでいる。何故なら、俺の仮説が正しいなら、左腕を残す必要性などないからだ。佐藤はわざとこちらに自分の情報を漏らしている。そうすることでよりレベルの高い対応を自分に対してしてくるよう仕向けているように見えるね。つまり、目的よりも戦闘が楽しい方が重要なんだ。そこ、頭入れといた方がいいんじゃないかな。単なる俺の意見だけどね。じゃ、言いたいこと言ったし帰るよ。荒井博士、あとよろしく」
オグリは紫煙を吹かしながら会議室から出ていく。後に残ったのは、アタフタする荒井博士とそれに呆れる会議室の面々だった。
その後、会議が終わり解散した彼らの心には、オグリの言った様々な言葉がしこりのように残ることとなった。
今さらですが、お気に入り登録数二千人ありがとうございます。二百人いけばいいかなくらいの気持ちで好き勝手書いていたので、正直驚きを隠せません。これからもこの作品を楽しんでもらえるよう頑張っていきますので、よろしくお願いします。