会見が終わった後、ホークスはヒーロー公安委員会のあるビルにヒーロー公安委員長と共に来ていた。
ホークスが通路にいる職員の横を通過する度、職員から奇怪なモノでも見るような視線を投げられる。そのことでホークスが不愉快な気分になることは無かった。あんな派手な会見をやればそういう視線になるわな、と半ば客観的に考えていた。
そういう通路を通り過ぎた先にヒーロー公安委員会のオフィスがある。そのオフィスに二人が入室し、扉が閉められて完全防音になってようやく、ヒーロー公安委員長は口を開いた。
「悪いわね、ホークス」
「……何がっスか?」
「あなたに悪役を押し付けたことよ。心にも無いこと言わせてごめんなさいね」
「ああ……あの会見のことっスか? いいですよ別に。慣れてますし」
それに結構本心に近い内容だったし、とホークスは思った。
あの会見でヴィランに狙われやすくなるリスクがあるにも関わらず、HUNTの隊長を大々的に紹介した理由は、ホークスのヒーロー人気によるHUNT政策の民意を集めるという理由ももちろんあったが、それに加えてヒーロー公安委員会はヴィランの注意を引き付ける撒き餌としてその紹介を使うことにした。
情報収集能力の高いホークスに対し、特にヴィラン連合と佐藤の注目を集めさせる。そうすることで動きを読みやすくし、満足な情報を得られていない現状を打開しようという狙いだ。事前に襲撃計画情報を手に入れて備えるか、あわよくばアジトを特定して先手を打つ。それがヒーロー公安委員会が考えた作戦である。
ヒーロー公安委員長はオフィスにあるエレベーターのところまで移動し、ボタンを押した。エレベーターが開く。二人はエレベーターに乗り、ヒーロー公安委員長が『B2』のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まり、移動を知らせる微かな振動が足に伝わった。
「あなたの情報収集能力があれば、あなた自身に向けられたどんな些細な情報も見逃さないと信じている」
「買いかぶり過ぎっスよ。俺のできることといえば、俺の羽で音の振動を感知して会話を盗み聞いたり、衣擦れの音を感知して人のいる場所を特定したりできる程度なんで」
「……あなたの羽一枚一枚に小型のカメラを仕掛け、常にモニタリングするチームを作り、あなたの眼の代わりにする。これならどう?」
ホークスはそのことに対し、返事をしなかった。ヒーロー公安委員会の本気を感じられたからだ。そこまでやるつもりなら、自分が口を挟む余地は無い。ただベストを尽くすだけだ。
「俺を連れて行きたい場所ってトレーニングルームですか?」
ホークスはヒーロー公安委員会と関係を持っているため、エレベーターの行き先に何があるか分かる。ヒーロー公安委員会のオフィスにあるエレベーターから行ける地下二階はトレーニング関連のフロアだ。
「そうよ。あなたはそこでHUNTの戦い方を学びなさい」
──HUNTの戦い方?
ホークスは疑問符が頭に浮かんだ。今までの戦い方と根本的な部分で何か違ってくるのか。
エレベーターの振動が一瞬浮遊感に変わり、停止。エレベーターの扉が開く。純白の通路を歩き、幾つかの扉を通り過ぎた先。正面に一際でかい扉がある。その横の認証パネルにヒーロー公安委員長が右手を置き、認証が通るとでかい扉が開いた。
トレーニングルームの中を見ると、ホークスは言葉を失った。自分の知っているトレーニングルームとは様変わりしていたからだ。
トレーニングルームは地下一階と地下二階をぶち抜いて作られた部屋であり、地下一階の高さには強化ガラスが張り巡らされて見学ができるようになっている。
以前は何も無い空間で、地下三階に用意されている障害物をギミックの操作でこのトレーニングルームに出現させられる程度の機能しか無かった。
だが今は銃器らしき物が入っている大量のガンケースと爆発物が入っているケース、あらゆるヒーローアイテムが端の方に積み上げられている。
──いくらなんでもこれだけの物質を昨日今日で集められるわけがない。HUNTの創設案はかなり前から水面下で進んでたっぽいな。それが佐藤によって最高の創設タイミングが得られたってことか。
そして、そのトレーニングルームには先客が三人いた。全身アーマーの人間。金髪をミディアムヘア、眼は琥珀色の瞳で、服装は黒のショートパンツと豊満な胸を強調するかのような胸元の開いたグレーのTシャツ、その上から黄色が基調のパーカーを羽織っている少女。黒髪をロングウルフ、眼はアメジストのような紫色の瞳、服装は上半身は黒を基調にしたYシャツに黒のレザージャケットを羽織り、下半身は青のジーパンの女。この三人。
その中の金髪の少女がホークスたちに気付いた。
「あ、来たみたいだよ〜」
その声に残りの二人もホークスたちの方に顔を向けた。まあその片方は全身アーマーのフルフェイスヘルメット人間のため、おそらくそうであろうという予想だが。
座っていた黒髪の女が立ち上がる。次にホークスの方に悠然と歩き、ホークスの前に来ると止まった。
「問おう。私の上に立とうとする不届き者は貴様か?」
「……えーと、どう答えりゃいいんスか?」
ホークスが隣のヒーロー公安委員長の方に視線を送る。ヒーロー公安委員長は呆れ半分といった表情で静かに首を振った。
「私は私が認めた者としか組まないし、命令も聞かない。私に認められる方法はただ一つ。私と握手しろ」
「……はい?」
「だ・か・ら! 握手だ! 私と一緒に戦いたいだろ!?」
「あーあ、そんな言い方じゃしてくれるわけないじゃん。ごめんね、隊長殿。この人あなたのファンらしくてね」
ホークスは金髪の少女の言葉を聞き、正面に立つ黒髪の女の顔を改めて見る。そう言われると、微かに頬が赤みがかっている気がする。
「で、できれば、サインも頼む……そしたら、共に戦うだけでなく、隊長として尊敬してやってもいいぞ。お得だろ!?」
「あーはいはい、そのくらいなら」
ホークスが右手を差し出すと、黒髪の女は喜々としてその手と握手し、事前に準備していたらしいサイン用の色紙と黒ペンをホークスに渡す。ホークスはそれを受け取り、慣れた動きで色紙のサインを書いて黒髪の女に色紙を返した。
黒髪の女はそれを受け取ると、満面の笑みになる。
「感謝する! これで貴様は私の戦友であり、隊長だ! 共にヴィランを殲滅しようではないか! ハハハハハ!」
高笑いしだした黒髪の女に対し、ホークスは若干引いた。比喩ではなく物理的に距離を少し取った。同時に大丈夫か……? という不安でヒーロー公安委員長の方を見る。
「安心しなさい。確かにちょっとアレなところはあるけど、実力はちゃんとあるから。はい、それぞれ自己紹介」
その一言で三人が横一列に並ぶ。左から全身アーマの人間、金髪の少女、黒髪の女の順番。
「
全身アーマーから低い男の声が響いた。ヒーローのゴウならホークスも知っている。ヒーロービルボードチャートは百位台だった気がする。
「
このヒーローについて、ホークスはどこかで名前を見たことがあるかな、くらいの認識しかない。ホークスはスマホを取り出し『バリアエンジェル』と調べると、上の方にヒーロービルボードチャート二百九位という情報が出てきた。
「
ホークスはサイコブレイカーというヒーロー名を聞き、サイコブレイカーのことを思い出した。ヒーロービルボードチャートは七十四位で、黒マントと黒レザースーツに悪魔を模したような赤黒の仮面を付けた見た目、厨二的な話し方をするヒーローだった筈だ。だから、ヒーロースーツじゃない彼女を見ても誰か分からなかった。
「今は三人しか集められなかったけど、いずれはあと五人の戦闘員と一人のオペレーターをこのチームに入れるつもり」
「最終的には三人一組での行動を予定してます?」
「そうよホークス。あなたはやっぱり察しが良いのね。三人一組の小隊を三小隊作り、合同で作戦をやらせるかそれぞれで別の作戦をさせるか、状況次第で決めていけるようにしたいの。でも、その中の総隊長はあなた。あなたが小隊をどう動かすか最後の判断を決定することには変わりない」
「それは理解してますよ。けど、このメンバーを見る限り、ヒーローの延長線上のチームって印象を拭えないんスよ。俺はこれでも結構気合い入れてこの仕事を引き受けたんスけど」
ホークスの言葉に、ヒーロー公安委員長は動じなかった。念道の方に視線を向けて、口を開く。
「サイコブレイカー、佐藤が使ってた銃を」
「了解」
念道の個性が発動し、ガンケースがひとりでに開いて、アサルトライフルの部品が宙に浮かんだと思うと、それらは空中で組み立てられ、完成品となったアサルトライフルがサイコブレイカーの横に移動。そのまま空中で静止し、銃口は床を向けている。
「この銃は佐藤があの動画で説明してた八九式五.五六ミリ小銃。サイコブレイカー、限界まで操る銃を増やしなさい」
サイコブレイカーは真横に銃を浮かしたまま、他のガンケースをサイコキネシスで操作。次々にガンケースが開き、銃の部品が舞い上がる。それらがさっきと同じように空中で組み立てられていく。二挺、三挺、四挺、五挺目を組み立てようとしたところで念力がキャパオーバーしたらしく、五挺目の銃の部品と宙に浮かぶ四挺の銃が床に鈍い音を立てて落ちた。
「ああッ、クソ! この私がなんたる醜態……!」
念道が痛そうに頭を抑えている。どうやら操る対象が増えれば増えるほど、頭痛という形で負荷がかかっていくようだ。
「サイコブレイカー、組み立てはもういいわ。次は四挺の銃を同時に操作し、対象に射撃。的は……ゴウ。あなたが受けなさい」
「分かった」
念道が再び個性を発動。四挺の銃が飛び回り、念道の右横、右上、左横、左上の空中で静止。そこから安全装置が解除され、銃口が全てゴウの方に向けられる。
「バリアエンジェルは跳弾がこちらに当たらないよう障壁を展開」
「オッケ〜」
創壁が個性を発動。ヒーロー公安委員長、ホークス、自身の周囲を包むようにバリアが展開。
「射撃開始」
「
宙に浮かぶ四挺のアサルトライフルのトリガーが念力によって引かれ、豪に向かって集中砲火。それら全ての銃弾を豪のアーマーが受け止め、その衝撃に後退せずその場で踏み止まっている。
「ゴウが身に付けているフルアーマーとヘルメットは性能は申し分ないけど、見栄えと重量の問題でヒーロースーツとしては失敗作だったの。そういう性能が良くてもヒーローには不向きと判断され、それでも廃棄するにはもったいないと捨てられずにいたヒーローアイテムを格安で掻き集めた。これからもこういう装備は増えていく予定」
佐藤がよく使用しているアサルトライフル。しかも四挺同時で距離は三メートルほど。この条件でも無事なら、佐藤の銃撃に対して完璧な防御力を持っていることになる。
「バリアエンジェルにもやらせていることがある。というのも、彼女の個性の『障壁』は範囲型と座標型に切り替えることができるの。範囲型で発動すれば、さっきみたいに彼女を中心としたバリアが張られ、指定した距離内を守れる。座標型は指定した座標にバリアを張れる。ただし範囲型とは違って円形ではなく正方形の板みたいなヤツになるけど」
「わ〜お、私のセリフ全部言うじゃん。委員長、ヒーローの素質あるよ」
創壁のその言葉が褒め言葉ではなく皮肉であることは、その場の誰もが察しがついた。創壁は委員長に向かって暗に出しゃばんなと言っているのだ。
「創壁、失礼だぞ」
ゴウが創壁をたしなめる。創壁はゴウの方を棘のある笑みで睨む。
「本人を差し置いて『個性』を説明するのは失礼じゃないのね。無知でごめーん」
「創壁」
「分かった分かった。もう黙るって」
創壁は念道の方に右手を伸ばす。念道は四挺の内の一つを念力で操作し、創壁の右手に銃身がくるようにした。創壁が両手で銃を持ち、構える。
ヒーロー公安委員長はトレーニングルームにスイッチを押した。床から大きなブロックが出てくる。そのブロックには人型をした的のシートが貼り付けてあった。その位置は創壁から見て側面の位置で、創壁の位置からは絶対に当てられない場所である。
創壁の両目が細められた。ブロックの側面のすぐ横の空中に斜めになったバリアが現れる。創壁はそのバリアに照準を合わせ、射撃。バリアに当たった銃弾は跳ね返り、側面の人型の的の右胸を撃ち抜いた。
「バリアエンジェルには跳弾のスペシャリストになってもらおうと考えている。チームを守りつつも予想のつかない攻撃で敵をかく乱する役割よ。
ホークス。あなたに関してはまず銃の扱い方を学んでもらう。パワー不足を気にしてたあなたにとって、銃のパワーは喉から手が出るほど欲しいでしょ」
「……敵の無力化は難しくなりそうですけどね」
ホークスは複雑な気持ちでヒーロー公安委員長の言葉を聞いていた。確かにある一定以上の防御力や回復力のある相手に対し、ホークスの個性は無力に等しい。しかし殺し特化の武器を進んで手にするのは、覚悟を決めているとはいえ良い気分ではない。
「それと、あなたにはもう一つの戦術を身に付けてほしい」
「どういう戦術っスか?」
「あなたの羽って一枚で成人男性の重量を持ち上げて移動させられるわよね?」
「平均的な体重なら、ですけど」
「だったらその羽一枚一枚に、例えば吸着爆弾とかくっつけてヴィランの拠点内を一斉爆破とかできるわよね?」
「羽一枚一枚にカメラとかモニタリングチームを作るって話は、その戦術のためってわけっスね。なんだか薄ら寒くなってきましたよ」
あまりにも殺意の高すぎる戦術に、ホークスは気が滅入りそうになる。そして、このトレーニングルーム内にある物資の豊富さの意味に気付く。
「ああ、なるほど。俺たちは戦争始めるつもりなんスね」
「よく言うでしょ。目には目を、歯には歯を、悪には悪を。これまでの悪行の対価を払わせてやるのよ。あなたがヴィランの目を引き付け、ヴィランを捕縛。拷問して死柄木か佐藤の拠点情報を得られたら、プランAの拠点一斉爆破作戦、通称
「……プランBは?」
「プランBは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応」
「ゴリ押しですか?」
「違うわ、戦略的ゴリ押しよ。あなたの指揮ならそれができると期待している」
「期待に応えられるよう、精一杯頑張らせてもらいます」
ホークスはヒーロー公安委員長に向かって、仰々しく一礼した。
もはや滅ぼした方が正義という泥沼へと状況は推移しつつある。だがHUNTが暴走したその時、ヒーローがきっと止めてくれるだろう。それを信じて、ホークスは突き進むことを改めて心に誓った。