ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第25話 Plus Ultra

 トゥワイスと義爛(ギラン)はあるバーのカウンターに座っている。トゥワイスは何も飲んでいないが、義爛は酒を飲んでいた。

 このバーは地下にあり、地上にあるバーが一般人向けとするならば、この地下のバーは裏社会向けと言えるだろう。当然入店どころか存在すら分からない人が多数であり、ある意味選ばれた者しか入れないバーなのだ。だから、この場での話は外に漏れる心配をせず、心置きなく好きに会話を楽しめる。

 

「昨日今日と、銃器や爆発物の取引が過去最高だ。あまりにも需要があり過ぎて、値段を五倍にしてもすぐに在庫が無くなっちまう」

 

 義爛がグラスの酒を飲み干した後、タバコに火を点ける。

 

「佐藤の影響だな。少し前まで全くの無名だったのが、今はテレビ点けたら佐藤の話題ばっかだ。信じられねえよ」

 

 ラバータイツのマスク男──トゥワイスは椅子に座りながら体を反らしたり動かしたりして、とにかく落ち着きが無かった。

 

「見向きもされてなかったんだぜ。それどころか『銃なんか使うヤツは自分は無個性だと言ってるようなもの』とか言われるくらいには軽蔑されていたくせに、今のこの状況だ。市場ってのがどれだけ世間に流されてるか、改めて肌で感じたぜ」

「佐藤はお前から銃器や爆発物を買ったのか?」

「俺からは直接買ってねえな。俺が売った相手からはよく買ってたようだが」

 

 義爛は口から紫煙を吐き出しつつ、灰皿にタバコを押し付けた。

 

「言っとくけどな、佐藤はテレビ局襲撃前に銃器と爆発物をかき集めてた。この国にある銃器と爆発物の三割は佐藤の手の中にあると考えていい。賢いヤツなら、ここでかき集めた銃器と爆発物を売り払ってぼろ儲けするだろう。きっと一生遊んで暮らせるどころか人生数回やり直せるくらいの儲けになるだろうさ」

「佐藤は売らねえ。あいつにとっては金なんて蛇口捻れば出てくる水程度にしか思ってねえよ」

「まあ儲け目当てなら売らねえだろうな。だが、多数のヴィランにばら撒いた方が面白そうだと思ったら売る可能性はあるぜ」

 

 義爛の言葉を聞き、トゥワイスはしばらく無言で両手を頭の後ろで組んで目を閉じた。佐藤との今までの記憶、それから佐藤がこれまでにやらかした事をまぶたの裏で思い返している。そして、結論は出た。面白そうならやるわ、アイツなら。

 

「否定はできねえな。なんたってクソ野郎だ」

「そうとも、人間のクズさ。だが、死柄木はずいぶん気に入ってるようだな。お前の落ち着きの無さでなんとなく察せられるぜ。俺と会うよう指示した理由は他の連中と同じでアレだろ。銃器と爆発物を回してくれっていう話なんだろ?」

 

 トゥワイスは気まずそうに頭を掻く。落ち着きの無さの原因を言い当てられたからだ。いつその取引の話をしようか考えていたところで、義爛の先制パンチを食らった。それなりに付き合いが長いと、言わなくても相手に伝わることがある。

 

「死柄木が気に入ってるって根拠は、佐藤の武器を使おうとしているところからか?」

「まあな。その感じだと、俺の読みはいい線いってたようだ。まだまだブローカーとして現役でいられるぜ」

「……ふぅ、お前の言う通りだよ。死柄木のヤツから佐藤が使ってるような武器やアイテムを流すようせっついてこいって言われてよォ、自分は銃なんざ持てねえだろうに」

 

 死柄木は五指が触れたら生物だろうが物体だろうが崩壊させる『個性』持ちだ。強弱はコントロールできるかもしれないが、オンオフは無理だった気がする。つまり確実に五指が触れる銃を死柄木は使えないのだ。なのに、そういう武器やアイテムを集める。俺たちに使わせるために。

 

「……ははーん、なるほど。読めてきたぜ死柄木の狙いが」

「俺たちが使う羽目になるって話だろ」

「そうだろうな、そうなるぜ。俺が言いたいのはその意味さ。ヴィラン連合が銃なんざ使って佐藤が言ってた制裁を実行したら、ヒーローや国民はどう思う?」

「…………あっ」

 

 トゥワイスはなんとも間抜けな声をあげた。そこまで死柄木から話を聞かされて無かったのだ。義爛はそんなトゥワイスの反応をクックッと笑いながら、再びタバコに火を点けた。

 

「ヴィラン連合が佐藤と、『愛国者たち(パトリオッツ)』と手を組んだように見えるだろうな。ヴィラン連合の一番のウィークポイントであるあやふやな目的を、佐藤を利用することではっきりさせる。そういう腹だろうぜ、死柄木は」

 

 トゥワイスはため息をつく。

 

「……マジで死柄木は佐藤のゲームをプレイするつもりってことか。この国からヒーローを一人残らず消すっていうイカれたゲームを」

「さっきは在庫切れって言ったが、実は少しだけなら銃と弾が残ってるんだ。お前らには期待してるし、後で俺のとこに来い。くれてやるよ、在庫全部。その代わり、俺らみたいなモンが生きやすい国にしてくれよ。代金はそれでチャラにしてやる」

「義爛、ありがとよ」

 

 こうして二人のバーでの話は終わり、その後は義爛のアジトに行き、そこで目的のブツをトゥワイスは受け取った。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 雄英高校1―Aの教室。朝のホームルームが始まる時間。その時間ちょうどに、教室のくそデカい扉が開けられた。長い黒髪を後ろで縛り無精ひげを生やした男──担任の相澤がダルそうに教室に入ってくる。

 1―Aの生徒たちはポカンと口を開けていた。確かに先生ならばもっと身だしなみをちゃんとしろと授業参観に来た親が言いそうな身だしなみだ。だが、そんな相澤の身だしなみに慣れている生徒たちはもちろんそんな部分に驚きはしない。

 

「ブッ、ガハハ! なんだよ相澤センセー、そのカッコ!」

 

 金髪のツンツン頭をしたツリ目の男子生徒が相澤を指差して爆笑した。彼の名は爆豪勝己と言う。

 相澤は頭に日の丸の鉢巻を巻き、『国のために戦います』と書かれたたすきを掛けている。

 相澤はひとしきり笑う爆豪が収まるのを無言で待った。最初は腹を抱えて笑っていた爆豪だが、相澤の無言の圧を感じると笑うのを止め、舌打ちしてそっぽを向く。

 

「……そんなに面白い格好だったか、爆豪? なら良かったよ。笑われた方が気を使われるより気が楽になる」

 

 その相澤の一言が、爆豪以外の気を使って言葉が出てこなかった生徒たちを気まずくさせた。

 

「傍から見たらそりゃ俺の格好は面白いよな? だが、ここで考えなくちゃならないのは、自分がヒーローだったらどういう選択をするか、だ。爆豪、お前が今ヒーローだったらどうする? 俺みたいにヒーローのプライドを捨てて佐藤が約束を守るのを祈るか? それともヒーローのプライドを優先して自分の周囲に危害を加えられそうになっても守り切ろうとするか? 言っとくが、この場合どっちが正しいとかは無い。どっちも間違ってる選択だ。この選択肢は、どっちがマシかを決めるものでしかない。そりゃ当然だ。ヴィランの要求に対する選択肢なんだからな。正しいわけないんだよ」

 

 教室内は静まり返った。相澤の悔しさが言葉の一つ一つから伝わってきたからだ。

 そっぽを向いたまま、爆豪は口を開く。

 

「……俺は、そんなダッセェカッコはぜってぇしねぇぞ……してたまるか、俺にとってそれは敗北宣言以外の何物でもねえ! いいぜ! 狙ってくるってんなら人のいない場所に行って返り討ちにしてやらあ!」

「お前らしい答えだな、爆豪。だがヒーローとは別にここの教員である俺は、人のいない場所には行けない。必ず人目のある場所を行く。それで襲撃されて民間人に被害が出たら、それは俺のせいになるんだ。ヴィランが悪い筈なのに、ちゃんとその程度の要求呑んどけばこんなことにはならなかったってな。

……お前らに現実ってやつを教えてやろう。今だけ特別に携帯の使用を許可する。その携帯のSNSでヒーローという単語を検索してみろ」

「えっ」

 

 生徒たちが驚きの声をあげて相澤を見る。相澤は無言で頷いた。生徒たちは制服のポケットから携帯を取り出し、人気SNSでヒーローという単語を検索。ズラッと並んだヒーローに関する投稿。それらは最新の投稿から順番に表示される。

 ヒーローで絞り込まれた多数の投稿の内容。それらを読む生徒たちの表情はどんどん曇っていく。

 ここで投稿されている内容を一部抜粋しよう。『〇〇ヒーロー事務所のヒーローヤバすぎ! 誰も鉢巻とたすきしてない! この事務所とここのヒーローには絶対近付かない!』『会うヒーローみんな鉢巻とたすき付けてて草。情けなさすぎだろw』『ヴィランの言う事こんなにたくさんのヒーローが聞いてるとか日本終わったな』『まあこれはしゃあない。ヒーローを責められないよ』『エンデヴァー事務所のヒーローはみんなしてるな。やっぱトップ走ってる自覚はあるか』『ミルコが鉢巻とたすきしてないんだけどふざけんなよマジで。周りが被害にあっても関係ねぇってか。大したヒーローだな!』等々……。内容の九割はヒーローに対する批判、嘲笑、怒り、悲観などネガティブなものであり、ヒーローへの応援などというポジティブなものは一割にも満たない比率である。そのヒーローが総叩きされている状況が、ヒーローを夢見る少年少女の心を深く傷付け絶望の淵へと誘った。

 

「よし、もういい時間だ。携帯をしまえ」

 

 相澤の言葉で、生徒たちは携帯を次々にしまい、相澤の方を見る。

 

「これで世間が今ヒーローをどんな目で見ているか、少しは理解できただろう。ヴィラン連合を未だに解体できず、次々に現れるヴィランに後手後手に回り、極めつけは佐藤と名乗るヴィランがリーダーの『愛国者たち(パトリオッツ)』の台頭を防げず、佐藤の要求を呑んでいるヒーローへの失望。そんな国民の負の感情がヒーローを包んでいる。それが今のヒーロー社会だ。

特に今回のこの件はヒーローにとって、そしてヴィランにとっても衝撃を与えた一件だ。要求の内容は大したことないが、要求の大小はこの際問題じゃない。問題なのは、民間人を人質にすればヴィランはヒーローに要求を呑ますことができる。そうヴィランの連中が理解した部分だ。今までは民間人を積極的に狙うヴィランはいなかった。強盗や個性の解放などで傷付ける場合はあっても、それは目的ではなく目的を果たすために生まれた副次的被害だった。だが、これからは積極的に民間人を脅し、ヒーローに何らかの要求をしてくるヴィランが増えてくる可能性がある。俺たちヒーローは弱点を晒しちまったわけだ。守らなければならないものが多いって弱点をな」

 

 相澤は生徒たちの顔を一人一人順番に見ていく。ほとんどの生徒は不安そうにしている。中には泣き出しそうにしている顔もある。しかし、その目にある希望の光は死んでない。

 

「他のヒーローはどう思ってるか知らないが、俺は佐藤をヴィランだとは思ってない。勘違いするなよ。別にヤツが正しいなんて微塵も思っちゃいない。佐藤はヴィランというよりは、扇動家に近い気がするってだけだ。『個性』がこれだけ世界に浸透する前。歴史の教科書にも度々出てくる扇動家は世論をコントロールして支持を集め、国に多大な影響を与えた。その力を有用に使えば良いが、お前らが知っての通り佐藤はその力を悪用することしか考えていない。本当に最悪な相手だ。特にこれから、佐藤の要求に従っていないヒーローが制裁されるようになったら、佐藤の影響力は更に増していくことになるだろう。

……これだけお前らの不安を煽っといて、あえて問う。それでも、お前らはヒーローを目指すか? それとも、政府が創設するHUNTに入りたくなったか?」

 

 生徒たちの表情が強張る。

 

 ──意地の悪い言い方だったか?

 

 教室の雰囲気が暗くなっていることに多少の罪悪感を覚えた相澤だったが、何も誇張したことは言っていないと開き直る。これがヒーローの現実。これがこれからヒーローになる者の前に立ちはだかる壁。この逆境に屈するようなら、そもそもヒーローとしての素質は無い。

 そして重苦しい沈黙。おそらく十数秒の沈黙だっただろうが、この教室に居た者には数分の長さに感じただろう。その沈黙を破ったのはそばかすのある緑髪の少年──緑谷出久だった。緑谷は俯いていた顔をあげて、力強く右手を真っ直ぐ上に伸ばしたのだ。

 

「相澤先生! 僕はそれでもヒーローになります! どんなに困ってる人がいても笑顔で助ける! そんなヒーローになりたくて、僕は雄英に入学したんです!」

 

 重苦しかった教室の空気が霧散していくのを、おそらく緑谷以外の者が肌で感じただろう。

 

「緑谷……良い答えだ」

 

 相澤は下を向き、笑みを浮かべる自分の顔を生徒に見られないようにした。

 そうとも。ヒーローは逆境だからと言って諦めない。むしろ逆境だからこそ燃え上がる。そんな心を持つ者がヒーローに相応しい。

 

「デク! テメェ出しゃばんじゃねえ! ナンバーワンヒーローになってヴィランどもをぶっ潰すのは俺だ!」

「かっちゃん……ナンバーワンヒーローは僕の目標でもあるから、一緒に頑張ろうね」

「あぁ!? テメェ耳ちゃんと聴こえてるか!? テメェの出る幕はねえって言ってんだよ!」

「いや、だから、ええと……かっちゃんに任せきりは嫌だし、かっちゃんだって一人だとシンドいと思うから……」

「コイツ……! ナメてっと爆死させっぞ!」

 

 緑谷と爆豪のやり取りを周りの生徒たちは笑って見ていた。ついさっきまでの暗い顔は誰もしていない。

 やがて生徒たちは次々と手を上げ、ヒーローになることを希望を持って宣言した。

 

 ──こいつらはよく分かってる。ヒーローとはなんなのかを、感覚的に。

 

 理不尽(ピンチ)に立ち向かう。それこそがヒーロー。そして雄英高校はヤワなヒーローに育てはしない。Plus Ultra(プルスウルトラ)。苦難を乗り越えろ。それが雄英高校(ここ)の校訓だ。

 

「少し時間を食ったが、これからホームルーム始めるぞ」

「はい!」

 

 相澤の言葉に、生徒たちが元気よく返事をした。相澤は思った。こいつらは最高のヒーローにきっとなるだろう、と。

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