東京都にヒーロー事務所を構えるあるヒーローは、佐藤の要求日を過ぎても鉢巻とたすきを付けなかった。平和の象徴と呼ばれたオールマイトに憧れ、自身のヒーロー名は全ての障害から人々を守るという意味でオールセーファーと名乗った。そんな彼の名は
彼は正義心が強かった。不純な動機ではなく純粋に正義のためにヒーローになった。だからこそ、佐藤の要求に従うことはできなかった。それは守るべき人々に弱さを見せることになるからだ。結局のところ、その思想が彼の命と名声を失う結果となる。佐藤のターゲットに選ばれたことが彼の不運だった。
佐藤は事前にこのヒーローのスケジュールを猿石に調べさせ、その情報を元に行動を開始した。もちろん狙うのは彼が事務所にいる時間帯。つまりは仕事が始まる早朝である。事務所にいる時を狙う理由は単純に事務所を破壊し、国民にインパクトと恐怖を与えることを目的としている。針間に車を運転させ、東京都の中で比較的人口の少ない地域で車を降りてから、そこそこ混んでいる電車に乗り込んだ。佐藤の格好はハンチング帽はいつもと同じだが、服装は黒のシャツの上から茶色のジャケットを羽織り、深い緑色のズボン。ジャケットで隠れた部分に拳銃やサバイバルナイフが入ったホルダーを付けている。ジャケットの右袖には右腕が通っているが、左袖には左腕は通っていない。
佐藤はそこから狙いのヒーローがいる近くまで電車で向かうのだが、ここであれ? と疑問を感じる人がいるだろう。なんで顔が知れ渡っている佐藤が何事も無く目的地にたどり着けるのかと。では、その時の佐藤の周囲にいた人間は佐藤に気付いていなかったのか? いや、薄々は気付いていた。気付いていて、彼らは助けを求めなかったし通報もしなかった。考えてみてほしい。ヒーロー飽和社会と言われる現在、助けを求めればそこからは数分あれば誰かしらヒーローが飛んでくるような状態だ。つまり助けを求めることは佐藤とヒーローの戦闘が行なわれることを意味する。そして、佐藤の周囲の被害を顧みない戦い方は自身の被害だけでなく、周囲の人々全ての命を脅かすことに繋がる。自身の命は脅かされなくても、自身の通報が周囲の命を奪う結果に繋がるかもしれない。そういった不安を天秤にかけ、なお正義を貫ける国民は残念ながらいなかった。これがもしオールマイトがいた状況ならば、彼らは進んで通報したかもしれない。この結果はヒーローに対する不信も十分な要因である。彼らができたのは佐藤から離れた後にSNSで『佐藤らしき人が〇〇にいたから行かない方がいいかも』というような発信だけだった。
佐藤は岩山のヒーロー事務所の前まで来た。二階建てであり、一階は車を止められる駐車スペースがある。今は車が二台停まっている。
そこでタイミング良く二階の事務所の扉が開き、筋肉隆々で金髪の角刈りをした男が出てきた。佐藤とその男との目が合う。途端に男は目に見えて
男は自身の体から岩を出現させ、岩を全身に纏う。そのまま階段を駆け下り、佐藤に突進。この辺りはしっかりとヒーローとしての危機意識と対応力を持っている。凡庸なヒーローであったなら、佐藤と確信できない間に佐藤から先手を打たれ、何もできぬままに命を落としていただろう。
佐藤はジャケットの中に右手を入れ拳銃を抜いた。同時にIBMを使用。黒い粒子が異形を形作り、異形は岩山の右側面に向かう。その異形の動きを、岩山は一切目で追わなかった。佐藤は微かに唇を歪める。
岩山は前面に集中して岩を纏っていたため、背中は無防備と言わないまでも隙だらけだった。異形は岩山の後ろに音も無く回り込み、佐藤の拳銃に気を取られていた岩山を、鋭い爪がある右手で背後から貫いた。岩山は大きく目を見開いた後、絶命した。
その時、事務所にいたもう一人のヒーローが外に出てきた。そのヒーローは背中を抉られている岩山を見て「あっ」と小さく声を出した。彼に異形は見えないため、背後から見た岩山の背中からは、抉られているという情報しか得られなかった。
佐藤は戸惑っているそのヒーローが冷静さを取り戻す前に走り、有効射程距離に踏み込んだ瞬間、拳銃をヒーローに向かって発砲。その銃弾はヒーローの頭を正確に撃ち抜き、彼は仰向けで後ろに倒れてゆく。その体は腰ほどの高さしかない手すりと壁を乗り越え、頭から地面に落下。その銃声と落下音が、ヒーローの殺戮劇に震えていた周囲の人々に、強烈な生存本能を呼び覚ました。彼らはこのハンチング帽を被る男が佐藤だと確信し、悲鳴をあげながら逃げ散っていった。もちろんこういう事が起こった場合、通報しないという選択肢に意味は無いため、逃げながらヒーロー事務所や警察に携帯電話で通報。
佐藤は殺した二人のヒーローをその場に放置して、事務所の中に入る。そして、岩山が座っていたであろうデスクの椅子に座った。異形は佐藤の向かい側で待機。救援に来たヒーローが佐藤に飛びかかれば、異形は背後からそのヒーローを狩ることができる。つまりは挟み打ちの配置。佐藤はヒーローが来るまでの間、拳銃を異形の頭に照準して外す。外したらまた異形の頭に照準。という暇潰しをしていた。
約三分後、複数の足音が近付いてくるのが聞こえた。佐藤は照準合わせゲームを止め、立ち上がって窓から外を見る。死んでいる二人のヒーローに四人のヒーローが集まり、携帯で増援を呼んだり周囲を見渡している。後者は佐藤の姿を探しているのだろう。逃げずにヒーローの事務所に留まっているとは思いもしていないようだ。
佐藤は事務所の窓を開け、拳銃を構えてヒーローたちに照準を合わせ、早撃ち。残弾の六発全て撃ち切る。不意を突かれた四人のヒーローは三人が死亡。残りの一人も銃弾を二発撃ち込まれており、その場から動けないほどの重傷を負った。
佐藤は窓を閉めた後、事務所から出た。ゆっくりと瀕死のヒーローに近付く。四人のヒーローたちは日の丸の鉢巻とたすきをかけている。そんな姿で自分を捕まえようとしていることを滑稽に思った佐藤は、クスリと笑った。
「く、来るなぁ……ゴブッ」
瀕死のヒーローが血を吐き出す。銃弾が肺を傷付けていたようだ。放っといても死ぬが、自分の手で殺せるのに殺さない理由も無い。佐藤は拳銃をホルダーに収めた後、ジャケットの中に右手を入れ、サバイバルナイフを抜いた。
「や、やめッ……」
佐藤は瀕死のヒーローの首にサバイバルナイフを突き立てた。ヒーローの目から光が消える。佐藤はサバイバルナイフの柄から右手を離す。サバイバルナイフはヒーローの首に突き立てられたまま、そこに残った。
佐藤は転がっている六人の死体を眺め、次に遠くから続々と集まってきているヒーローたちが建物の陰に隠れる姿を見て、ため息をついた。
「馬鹿の一つ覚えで退屈だなぁ。もういいや」
佐藤は事務所の中に再び入り、デスクの椅子に座った。ジャケットの中から起爆装置を取り出し、右手に握る。実は佐藤の左腕は切断されており、今までずっと片腕だったし、ズボンの中やジャケットの中は爆弾が取り付けてある。ちゃんと肉体が粉々になるよう、爆弾の威力は高めだ。最初から自爆する予定のため、武器も最低限しか持ってきていない。アサルトライフルがあれば遠距離のヒーローたちと戦うやる気も湧いたかもしれないが、近距離に特化した装備で隠れながら距離を取ってくる相手と戦うのはダルいだけだ。
佐藤は起爆装置のボタンをすぐ押せる位置に指を置きながら、向かいにいる異形を眺める。その異形がやがて原形を保てなくなり、崩壊して消滅するまでずっと。おそらく十分から十五分の間。それまで建物の周囲が騒がしくなっていたが、建物内にヒーローが踏み込んでくることはなかった。事務所の出入り口が一つで待ち伏せに適している場所。銃火器等手段を選ばない相手。窓が全て閉め切られていて、出入り口以外で突入するためには事務所を破壊しなくてはならない。ヒーローはヴィランと繋がりのある物以外に対しては極力破壊を避けなければならないという制約がその選択肢を選び難くしている。
そういったヒーローの選択を、佐藤は責めない。だが、佐藤はゲームがつまらなかったり飽きた場合、プレイヤーにはそのゲームをやめる権利があると思っている。そして、佐藤はただヒーローが来るのを待つだけの現状に飽きた。
佐藤の指が起爆装置のスイッチを押す。佐藤の体が爆炎に包まれる。その爆発は事務所の二階部分を吹き飛ばし、建物の破片が周囲の住宅やマンションに直撃。ある住宅は火の手があがり、マンションの一室は破片で潰れる。その地獄絵図が、間近で爆発が起きて意識が混濁としていたヒーローたちを正気に戻した。阿鼻叫喚の中、ヒーローたちはお互いに叫び合いながら、消火と救助を始める。彼らは今複雑な感情だった。事務所に突入しなくて助かったという気持ちと、ただ爆発するのを見ていることしかできなかった気持ち。
そんな彼らの気持ちなど露知らず、助かった周囲の人々は遠巻きからヒーローを怒りや悲しみのはけ口にし、罵声を浴びせ続けた。
佐藤は左腕を保管していた拠点で復活した。佐藤は今日を含めた二日間であと四回、東京都の鉢巻とたすきを付けなかったヒーロー事務所を襲撃することとなる。それにより民間人や建造物は多大な被害に遭った。鉢巻とたすきを付けていないヒーローに対しての暴言や批判は日を経つにつれ比例して増加し、中には事務所に石を投げ込んだりといった凶行に及ぶ者も現れるようになっていた。
◆ ◆ ◆
ここで時間を佐藤が初めてヒーロー事務所を襲撃していた時間に戻したい。この時、同様の目的でヒーロー事務所を襲撃していたヴィランたちがいた。死柄木ら
死柄木、トゥワイス、トガヒミコ、コンプレス、スピナーの五人の内、羽飾りがあるシルクハットを被った男のコンプレスと、緑色の皮膚と逆立たせた紫の髪をした個性が『ヤモリ』の男スピナーがアサルトライフルをその手に握っている。
まず死柄木がヒーロー事務所に左手をつくことで、ヒーロー事務所に個性の『崩壊』が発動。死柄木の左手からヒビが走り、事務所全体にヒビが入ったかと思うとヒーロー事務所は煙を巻き上げながら倒壊。中にいたヒーローたちが建物の破片から這い出てきたところをコンプレスとスピナーが至近距離からアサルトライフルを撃って殺した。
「……確かに楽だな。覚えちまえば簡単だし」
コンプレスが手に持つアサルトライフルをしげしげと見ながら呟いた。あまりにも呆気なく命を奪う威力に感心しているようだ。
「私欲にまみれたヒーロー失格者め! これが裁きだ!」
スピナーは興奮気味に声を出した。彼は自分の個性にコンプレックスを抱いており、優秀な個性の証明でもあるヒーローとその根幹を成す歪んだヒーロー社会を正すという目的と行為が、幼い頃から個性で差別され続けた彼なりの自己肯定感の高め方だった。ただし、この思想はステインという一時期話題の絶頂であったヴィランに感化され、衝動的に生まれた目的であり、彼自身の本当の願いや目的は分からないままである。
彼らは目的を達成すると、応援に駆けつけたヒーローたちを銃で撃ち殺しながら
この出来事は、ヒーローのみならず国民全員に衝撃を与えた。何故なら、銃を使用し鉢巻とたすきを付けていないヒーローをヴィラン連合が襲撃することは、それすなわち佐藤率いる
今のところこの作品のエンディングは4つ頭に浮かんでいるのですが、この作品をどう締めようか迷っています。過去作のように自分の決めたエンディングを軸にしつつも他のエンディングのフラグも全て作中にぶちこみ、あっさりでも全てのエンディングを書いて読者の気に入ったエンディングでこの作品を締めてもらうか、それとも一つのエンディングに絞って作品自体のテンポを良くするか。自分の中では書きたいもの書いたらさっさと完結させようと思って書き始めた作品なので、サクッと完結させたい気持ちと、こんなにも多くの人に読んでもらえているのでテンポ悪くなっても丁寧に書いて完結させたい気持ちがぶつかりあって、執筆に迷いが出ちゃってます。ここ最近投稿が遅くなって申し訳ありません。