拠点の応接室。佐藤とリベンジエッジの面々が集まっている。いつも通り佐藤が唐突にメンバーを集めたため、リベンジエッジの面々は呼び出された理由を知らない。
佐藤はそこで今後の計画を彼らに話した。計画内容を聞き終えたリベンジエッジの面々は唖然とする。彼らは佐藤という人間のヤバさを理解したつもりでいた。だが、その認識は間違っていた。彼らの予想を上回る狂気が佐藤にあった。
「佐藤さん、それは流石にヤバいよ……」
沙紀が青ざめた顔で言った。
「沙紀君はいつもヤバいって言ってるなぁ」
佐藤は微笑する。
いやいや実際ヤバいことやってるだろ、と沙紀は思ったが、口には出さない。佐藤にとって一般人のヤバいは普通のことであり、何も感じないのだろう。
「あの……」
猿石が右手を挙げる。佐藤は猿石の方に視線をやり、無言で先を促した。猿石は頷き、口を再び開く。
「別の拠点を任せているヴィランから連絡がありました。どうやら僕たちが置いていた武器を僕たちの許可なく売り捌いているようです。密告してきたヴィランはこの情報と引き換えに見逃してほしいと懇願してきました」
佐藤は今いる拠点の他にも全国各地に拠点を持っていて、そこの運用と守りを金銭と引き換えに他のヴィランに任せている。銃や爆発物、ヒーローアイテムも各拠点に量は違えど保管してある。今の銃器の市場価値を考えたら、魔が差して売っ払うというのは全然有り得る話だ。
「いいよいいよ。元々ばらまいてもらうためにわざと他のヴィランに銃器の保管を任せていたとこもあるから。けど、ある程度ばらまいてもらったら見せしめと制裁を与える必要はあるかもね」
「この後の計画のために……ですか?」
「その通り。とりあえずこれからの動きとしては、携帯を渡してあるヴィランを、可能な限り明日の計画実行時間までに指定の場所に集合させるのと、
佐藤の言葉に、リベンジエッジの面々は緊張感を持って頷いた。今佐藤が話した計画が、テレビ局襲撃以来の重要度の高い計画だと理解していたからだ。
そんな空気の中、佐藤はこれから良い事があるかのように口元を綻ばせ、新たなゲームの始まりへの期待に胸を躍らせていた。
◆ ◆ ◆
ヒーローたちは佐藤ら愛国者集団とヴィラン連合によるヒーロー狩りが頻発化したことで、その対応に奔走していた。その二つの勢力はヒーローだけをターゲットにするのではなく、その周辺にある建造物や人々を巻き込むように襲撃してくるため、必然的にヒーローがやらなければならない仕事が増える。負傷者の対応、二次被害の防止、建造物の応急的な修復、愛国者集団やヴィラン連合のヴィラン捕縛とその襲撃に乗じたその他のヴィランの捕縛等々。それに加え、増加し続けているヴィラン犯罪への対応もあり、ヒーローの負担過多になってきている。
そんな状況の中、エンデヴァーやクラスト、リューキュウといった上位ヒーローに警視総監から連絡があった。午後の八時半という時間に。電話の内容を聞いた彼らは現場をサイドキックや他のヒーローに任せ、慌てて警視庁の会議室に向かった。
午後九時半。警視庁の会議室。警視総監から連絡を受けたヒーローが集まっている。警察側は警視総監、副総監、オールマイトの友人でもある塚内警部、ホークスの四人。ヒーロー側で目立つヒーローはエンデヴァー、リューキュウ、クラスト、エッジショット、ギャングオルカ、グラントリノ、イレイザーヘッド、ミッドナイト、プレゼント・マイクあたりか。今挙げたヒーローの他にも多数のヒーローが会議室におり、会議室はぎゅうぎゅう詰めの状態である。
「……ミルコは来ないのですか?」
リューキュウが警視総監に問いかけた。警視総監は「うむ」と頷き、言葉を続ける。
「ミルコはたすきと鉢巻をしなかったからな。佐藤ら愛国者集団とヴィラン連合のメンバーの場所がはっきり分かるまでは、襲撃対策のために人がいる場所に出てこられんらしい。一応ここにミルコと通話が繋がっている電話があるから、ここでの会話はミルコに伝わるだろうがね」
警視総監は自分の前の机にある携帯を指差した。
「そういうことですか。分かりました」
リューキュウは納得した様子で言った。
「いない奴の話をしても仕方ないだろう。それより、そろそろ始めないか? 俺たちだって一分一秒が惜しい中で時間を割いてここに来ている。早く終わらせるに越したことはない」
エンデヴァーが口を開いた。
警視総監はエンデヴァーの方を見た後、副総監と塚内警部に視線を移し、その二人がエンデヴァーに同意するように頷くのを見て、会議を始めることを決めた。
「そうだな、エンデヴァーの言う通りだ。では、始めよう。まずは忙しい中、こうして多数の人が集まってくれたことを感謝したい。今回の会議の目的は明日起こるであろう出来事への対策である。その対策を話し合う前に、今一度あの動画をここにいる全員と観たいと考えている」
「テレビが取り上げた愛国者集団の動画ね」
ホークスが呟いた。その言葉で、その場にいる全員の顔から血の気が引いた。そうである。その動画を観るのが初見の人間はこの場にいない。何故なら、各テレビ局がこぞってその動画を流したからだ。コメンテーターや専門家を呼んで特番を組んだテレビ局もあった。
佐藤ら愛国者集団が運営している『PATRIOTS.com』というサイトは、今やあらゆるメディアの監視下にある。それは当然の話で、こんな上等なネタはそうそう無い。国民が関心を寄せている愛国者集団の情報をより早く取得し伝えることで、高い視聴率が期待できるのだ。
佐藤はそういったマスメディアの対応を読んでいた。だからこそ、今回はただ動画をサイトに載せただけで何もしなかった。最初はテレビ局そのものを占拠し、次は人質を取って脅迫した。これらは佐藤という情報価値を無理やり高める手段であり、その状態で情報を開示する場所を伝えれば、後は荒々しい手段はいらない。そこに広めたい情報を載せるだけで、マスメディアは勝手に全国に情報を発信するようになった。
会議室の前半分の電気が消え、スクリーンに『PATPIOTS.com』のサイトが映し出される。そのスクリーンに映っている画面は副総監の前にあるノートパソコンの画面である。副総監はマウスカーソルを操作し、最新の動画のフルスクリーンボタンをクリック。スクリーンいっぱいにハンチング帽とミリタリーベストを着て、アサルトライフルをたすき掛けしている中年男──佐藤の姿が映る。
副総監は警視総監の方に視線を送り、警視総監がその視線に気付いて頷く。動画再生の許可を無言のやり取りで済ませた副総監は、動画再生の再生ボタンをクリックする。動画が始まった。
『私は愛国者集団の佐藤だ。私がこんな動画を撮った理由はきっと皆さんも察しがついていると思う。我々は今、私の要求を拒否したヒーローを、ヒーローに相応しくない私利私欲にまみれたエゴイストとして粛清している最中だ。だが現在、我々と同じことをしている勢力がある。国民の皆さんも知っての通り、ヴィラン連合だ。ヴィラン連合が我々の粛清対象を襲撃し、更には襲撃の際に銃器を使用しているということで、我々とヴィラン連合が手を組んだと考えている人が多いようだ。私が動画を撮った理由はこのことについて真実を伝えるためだ。
まず結論から言わせてもらおう。我々はヴィラン連合と協力関係ではない。我々から見ればヴィラン連合は許しがたい巨悪であり、愛する日本に恐怖を振り撒いている元凶でもある。ヒーローもどき同様、粛清対象だ。ただ、こうは言っても信じない人は大勢いるだろう。何故なら
さて、これで我々が一番伝えたいことを伝えたわけだが、もう一つだけ言っておきたいことがある。今から言う言葉はヒーローへのメッセージだ。
私がヒーローもどきのエゴイストを粛清している時、ヒーローたちが応援で駆けつけてくる。見栄えの良いヒーロースーツを身に纏ってね。私はそれを見る度に怒りが込み上げてくるようになった。これだけ私が警鐘を鳴らしているのに、ヒーロー諸君は未だに機能性や防御力を重視せず、見栄えばかりを気にしている。ヒーロー諸君、未だに君たちの立つ場所は現場だと考えているのかい? まあそれも間違ってはいないけど。ただ違う。君たちは意識するべきだ。君たちの立つ場所は命を失う危険のある戦場であると。君たちがヴィランに負けたら、国民がヴィランの被害に遭うと』
スクリーンに映る佐藤の表情が険しくなり、声に怒気が加わっていく。
そんな佐藤の怒気を、会議室にいる皆が感じ取って緊張感が高まる。初見でないにも関わらず、佐藤の見せる怒りは彼らを萎縮、あるいは緊張を与えるに充分な効果があった。
『まあいいよ。君たちの意識が変わらないのなら、それでもいい。ただこれだけは覚えておけ。今後私の前にふざけた格好で立ったヒーローは優先的にぶち殺す。それも考えられる限りの苦痛を与えて。……伝えたいことは以上だ。また会おう』
そして、動画は終了した。
初めて見せた佐藤の剥き出しの怒りで終了した動画は、その場のヒーローに再び大なり小なりの恐怖心を与えた。
ちなみにネタばらしをしてしまうと、この佐藤の怒りは演技だ。佐藤は別に本気で怒っていたわけではない。怒っている振りをすることでヒーローがちゃんとした装備をしてきたら、よりゲームが楽しくなりそうだという自身の楽しみのためだけに芝居を打ったのだ。
静寂の中、警視総監が咳払いをした。警視総監に注目が集まる。
「見ての通りだ。愛国者集団が明日の午後一時、国立劇場の入口にヴィラン連合のメンバー一人以上の首を投げ込むと予告してきた。この事態に対応するためには個々でそれぞれ動くのではなく、警察とヒーローを含めた大規模な連携が必要になると考えたため、こうして集合してもらい、会議の場を設けた。これから皆には警備する場所やスケジュール、事が起こった場合の作戦、緊急時の応援体制と連絡体制を決めていきたい」
そこからの会議は二時間近い長丁場となり、会議は白熱した。話している内容は議事録に全て記載され、会議終了後に会議参加者全員にその議事録が渡された。そして、その会議で決まった警備の場所やスケジュール、作戦、緊急時の応援体制と連絡体制をまとめたデータを午前八時までに関係者全員に送ると決めて、集まった者たちは解散した。
この時の彼らはまだ知る由もなかった。明日起こる出来事はテレビ局襲撃以上の衝撃を与える大事件となることを。
◆ ◆ ◆
死柄木らヴィラン連合の面々が、アジトで佐藤の動画を観ていた。彼らの緊張感は半端なものではない。ヴィランたちからヴィランのカリスマと言われているヴィラン連合だが、そんな彼らも佐藤の恐ろしさは十分に理解している。
死柄木が思い出しているのは、佐藤と初めて会った時、死柄木の頭に付けていた手の付け根を正確に撃ち抜いた射撃。あの正確無比な射撃とあらゆる手段を用いる柔軟性と残虐性。それらが自分に、ヴィラン連合に向けられた。これは佐藤からのメッセージでもある。以前、佐藤はトゥワイスを通じてヴィラン連合に伝えた。『自分のゲームに参加する場合、コントローラーは自分が持つことが条件』と。だが死柄木はその条件を無視し、佐藤の指示を聞かずに佐藤のゲームに参加した。
死柄木の読みでは、たとえ佐藤の指示を聞かずに佐藤のゲームに参加しても、ヒーローと全面的に対立している中でヴィラン連合をも敵に回す筈が無いと考えていた。お互いがお互いを利用する関係になると予想したが、その予想は外れた。佐藤は自分が考えている以上の狂人だった。
「やってくれるぜ、佐藤のヤツ。全面戦争ってわけか。いいぜ、返り討ちにしてやるよ」
死柄木がそう言うと、ヴィラン連合の面々はそれぞれに返事をした。その返事に悲壮感は無い。死柄木は何故か気分が良くなった。俺たちはあの佐藤が相手でも逃げないし、立ち向かう気概がある。それを確信できたことが、死柄木にとって価値あるものだったのだ。
死柄木とヴィラン連合の面々は今いるアジトを引き払う準備を始める。明日の佐藤との戦闘に備えて。