エンデヴァー、リューキュウ、エッジショットの三人はそれぞれヒーローを三、四人連れて国立劇場付近を分担して警備していた。前日の会議により警備を任されたヒーロー及び関係者は全員片耳型のヘッドセットが支給され、全員と相互通信ができるインカムを装着している。
今の時刻は十一時。佐藤から予告があった時間の二時間前で人通りは激減しているだろう、とこの警備に関わっている人たちは事前予想していたが、実際はいつもより人通りは多くなっていた。おそらく午後からこの辺りの通行が規制されることが目に見えているから、そうなる前に外出して用事を済まそうと考えた人が大勢いたらしい。国立劇場やその付近の店は十二時からの営業停止を告知している。午後一時になっても営業しようなんて考えている店は佐藤の残虐性を理解している今、一つも無い。営業を強行したところで人は来ないだろうし、国民にも叩かれるだろうから、メリットも無い。だからこそのこの午前の人の混みようなのだろう。
警備する側にとっては、この人の多さは厄介な問題である。この人混みに紛れられたら、よっぽどの運の良さがないとヴィランを見分けられない。予告までしているということは、佐藤は警備が厳重になっても突破できる方法があるということであり、更には佐藤が単騎で来る可能性は低く、仲間と共に突破してくる可能性が高い。だから警備する側は佐藤の
「エッジショット、リューキュウ、どうだ? 佐藤か怪しいヤツはいるか?」
エンデヴァーが人混みの中を見渡しながら、インカムに右手を当てて喋る。ヘッドセットの側面にボタンが付いており、発信する時はボタンを押せば発信できるのだ。
『いえ、こちらは見当たりませんね』
『こっちもヴィランらしき人物はいないな』
リューキュウ、エッジショットからインカムが入った。それは至極当然の結果とも言える。ヴィラン側からすれば、国立劇場周辺の警備が厳重になるだろうというのはあまりにも安易に予想できた。そんな中で何か犯罪行為をしようなんて酔狂もとい度胸のあるヴィランは希少だ。
だが、逆に国立劇場から離れた場所ではヴィランの犯罪行為は増加している。ここに警備が集中しているなら、他の場所なら暴れやすいだろうと考えるヴィランも大勢いるということだ。故に、この警備に参加していないからといって、暇なヒーローなんていない。参加していないヒーローはそういったヴィランの対処にてんやわんやなのだ。この警備に参加していないヒーローの増援は望み薄と考えていてよいだろう。
エンデヴァーと一緒に警備しているのはエンデヴァーのサイドキックでもあるバーニンとキドウだ。バーニンは二十半ばの女性で、白基調の制服と腰の後ろに消火器のような物を付けている。バーニンの個性は『炎髪』で、常に長髪が黄緑に発光しているため目立つ。キドウはミイラ男のように白い布で顔をぐるぐる巻きにした男で、赤色の分厚い袖無しのジャケットのような物を着ている。
この警備の全体像や配置、佐藤が現れた場合の作戦等の情報は警備する各リーダーや一定以上の立場のある人間だけが持っていた。こうして最小限の人間だけに情報を渡し、部下たちは自分の警備のところしか分からないという構図を作ることで、情報漏洩を防ぐ。それをやるくらい、この警備に関わっている人間はこの警備と作戦に賭けているということだ。
「バーニン、キドウ。お前らはどこか異常が見えるか?」
「見えないね!」
「俺の目にも異常そうなヤツの姿は無い。サインを書いてもらうタイミングを窺っているらしいヤツらならそこら中にいるが」
確かにキドウの言う通り、メモ帳とペン、あるいは色紙とペンを用意してこっちを見ている人は大勢いる。あらかじめ色紙を準備してきている連中は、この警備を有名なヒーローに会えるイベント程度にしか考えていない、危機感のない連中だ。もちろんそんな奴らにサインなどするつもりはない。それでファンサービスがなってないと叩かれようと、サインをしている間は周りの警戒を緩めることになるため、断固として拒否する覚悟だ。バーニンとキドウにそういう事情を伝えたら、二人は快くエンデヴァーの指示に従った。これまでにサインは一度も応じていない。
「二人とも、些細な異常も見逃すな。それと、常に臨戦態勢を維持しろ。佐藤相手に一瞬の隙は致命傷になるのをよく頭に入れておけ」
「了解!」
「分かった」
バーニンとキドウがエンデヴァーの言葉に頷いた。二人の顔はやや緊張で強張っている。エンデヴァーがここまで言うヴィランはそういない。それだけ佐藤が脅威だということであり、二人はそのことをよく理解していた。
三人はパトロールを続ける。事が起きるその時まで。
◆ ◆ ◆
イレイザーヘッドはあるビルの屋上を借り、そこから双眼鏡を覗いて怪しいヤツがいないか監視している。イレイザーヘッドの他にもマニュアルという水を操る個性を持つヒーローとプレゼント・マイクの二人もいる。二人とも双眼鏡でそれぞれ違う場所を監視していた。
イレイザーヘッドは視界に入れてさえいれば個性を抹消することができるため、この双眼鏡で佐藤の仲間を見つけた時は個性の『抹消』を行使するつもりだ。ただし『抹消』の個性は視界に入れ続けなければならないかつ瞬きで解除される仕様のため、マニュアルはイレイザーヘッドに瞬きさせないよう水で補助する役割が与えられている。
プレゼント・マイクの個性は『ヴォイス』であり、音で広範囲を攻撃できる反面、敵味方見境無く攻撃してしまう弱点があるため、彼はもしイレイザーヘッドを潰しに来たヴィランがいた場合の護衛としてこの場に立っている。
「何か見えるか、イレイザーヘッド」
「いや、平穏そのものだよ。あと二時間後に起こるであろう悲劇なんて知らないみたいに、活気に溢れてる」
「国民はきっと他人事なんですよ。ヒーローとヴィランの戦い。その程度の認識しかないんでしょう。あの佐藤が来ると言っているのに、来る前にその場から離れれば大丈夫だっていう謎の理屈で自分を安心させてるんじゃないですかね」
「困ったものです。やりづらくて仕方無い。特に佐藤に対して俺は無力みたいなモンだ。奴の仲間に対して俺の『抹消』が通じることを祈るしかない」
マニュアルの言葉に、イレイザーヘッドは気怠げにため息をつく。実際、無関係の人間が増えれば増えるほど異物を見つけるのが困難になる。
「大丈夫だって! この作戦にどれだけのヒーローが参加してると思ってんだ! 銃と爆弾しか能が無いヤツなんざ、あっという間に捕まえられるさ!」
プレゼント・マイクはそんな濁った空気を吹き飛ばすように笑顔で明るく言った。だが、イレイザーヘッドはそんなプレゼント・マイクを咎めるような視線を送る。
「そう思って死んでいったヒーローがこれまでに何人いる? あの動画をお前も見た筈だ。ヤツはヒーローを殺すことに躊躇しないどころか、むしろどんな手段を使っても殺そうとしてくるぞ。
イレイザーヘッドの言葉で、三人の脳裏にビルを倒壊させつつビルそのものを爆弾として使用しMt.レディを爆炎に包んだ光景がフラッシュバックする。
プレゼント・マイクは申し訳無さそうに右手で頭を掻いた。
「いや、わりぃ。空気が重かったからよ、場を和まそうと思って言ったんだ。ちょっと無神経過ぎた」
「いいさ、その気持ちは嬉しいからな。ただ一応釘刺しとこうと思っただけだ」
「……佐藤の姿を見つけ次第、作戦開始でしたっけ? 佐藤包囲網作戦」
気まずくなった空気を紛らわすように、マニュアルが別の話題を振った。イレイザーヘッドとプレゼント・マイクは数秒顔を見合わせてから、マニュアルの振った話題に応じる。
「作戦自体は単純だよな。見つけた場所によって動きが変わるだけだし。特に俺たちは遠距離からの援護だからなおさら簡単だ」
ここのグループはイレイザーヘッドの『抹消』を最大限に活かすグループのため、見つけたヴィランの位置を把握してそのヴィランを視界に入れるように動けばいい。イレイザーヘッドは個性の訓練により、『抹消』の効果範囲は視界に映っていてかつ視点を合わせている相手に絞られてはいるが、距離の制限は無い。つまり、双眼鏡や望遠鏡といったズームアイテムを使用すれば、何百、何千メートルと離れた位置からでも対象の『個性』を抹消できる。
「情報によると、佐藤は個性因子を持っていないから『抹消』が効かないらしい。それを置いても、ヤツは銃火器をメインで使用する。俺たちは佐藤が仲間を引き連れてポイントに現れる前提での小隊だ。あれだけ大々的な予告をしてきたのなら、それ相応の準備をしてくるだろうと予想しての、この配置だ。もし佐藤が単独でヴィラン連合の首を持ってくるなら、俺たちの役目は何も無い」
「そのことだけど、マジでヴィラン連合のヤツを一人以上殺してその頭を持ってくんのかな? 俺たちゃ佐藤におちょくられてるだけじゃねぇか?」
「今のところヴィラン連合と佐藤が戦闘したという情報は入って来ていませんが」
マニュアルが携帯を取り出し、
「マイクの言う通り、確かにブラフの可能性はある。むしろそっちの可能性の方が高いかもしれない。だが、それでも俺たちヒーローに何もしないという選択肢は無い。特に佐藤という凶悪ヴィランが関わっているならな。何かあった時に『ブラフかと思いました』じゃ通らないのがヒーローの辛いところだ」
「何事も無いのが一番ですけどね。この警備を恐れて佐藤が動けなかったら、実質ヒーロー側の勝利です」
イレイザーヘッドはこれまでの佐藤の悪行を思い返す。刑務所襲撃、テレビ局の人間皆殺し及び占拠。その撤退に際しヒーローと民間人合わせて何百人と殺害。そのどれもが簡単なことではない。どれも失敗するリスクは高かった筈だ。それは行動を起こす前から理解していただろう。それでも、佐藤は行動した。
「佐藤が捕まるのが怖いってタイプなら、あんな大事件をいくつも起こせませんよ。リスクがあるからこそ、きっと面白がって飛び込んでくる。そんな頭のネジが全部飛んでるような相手に、一般的な分析は通用しません。今はこの作戦が上手くいくように精いっぱい頑張りましょう」
「はい。この作戦、ヴィランを見つけた時点から
「ええ、そうです」
マニュアルの言葉に、イレイザーヘッドが頷いた。
プレゼント・マイクは軽くため息をつく。
「HUNTねぇ、HUNT。名前もだけど、なんか気に入らねぇんだよな。確かにこういう部隊ってのは最近の状況からしたら必要なんだろうけど、元ヒーローってのが個人的になんかな。やっぱヒーローの掲げる信念みたいなモンは簡単に変えてほしくねえよ」
「だが、そういう信念、体裁、ジレンマなどを全部、ヴィランをどんな手段使ってでも止めてやるという覚悟に変えた奴らだ。そういうヤツは強いぞ」
「……分かってんよ、そんなこたぁ。けど、気に入らねえ。それが個人的な意見だ」
そこから会話は無くなり、それぞれの役割に集中した。
◆ ◆ ◆
ホークスらHUNTも、イレイザーヘッドの部隊と同じように高所からの索敵をしていた。場所はちょうどヒーローたちの警備の中心あたりで、どのヒーローから発見報告が入ってもすぐさま中心部隊として行動を開始できる位置にいる。
今この場にいるのはホークスの他に創設時メンバーであるサイコブレイカー、バリアエンジェル、ゴウの三人。
ホークスは羽根十枚に小型のカメラを取り付け、各所に配置。そのカメラの映像は警視庁にある一室──モニター室に改装した──にそれぞれ映し出され、それぞれのカメラに対応したオペレーターが不審人物がいるかどうか常にチェックしている。そのため、彼ら四人は索敵といっても実質的には待機状態のようなもの。
「暇ぁぁぁぁ!」
バリアエンジェルが突然叫んだ。他の三人が一斉にバリアエンジェルの方に視線を向ける。バリアエンジェルは退屈すぎて我慢の限界に来てしまったのだ。そもそもヒーローはパトロールやヴィランへの対応で動き回るのが普通の職業のため、それに慣れていてかつ落ち着きの無いヒーローにとって、ただ待つというのは拷問に近い。
バリアエンジェルはスマホを取り出し、操作。大音量で音楽を流し始める。女性アーティストのポップで明るい歌だ。
「浄化されそう……」
「バリアエンジェル、サイコブレイカーが頭を抑えて苦しそうにしてる。ラジオにしろ」
「え? 誰かお喋りになりましたぁ?」
「ラジオにしろ!」
「あー……はいはい。良い曲なのになぁ」
ゴウの張り上げた声がバリアエンジェルに届き、バリアエンジェルは歌からラジオに変更。女の声が様々なニュースを読んでいる。バリアエンジェルはゴウをまじまじと見た。
「すごいじゃん、ゴウのゴウ音。ゴウだけに」
「「「………」」」
バリアエンジェル渾身のギャグが三人に炸裂! 三人はしばらく言葉が出てこなくなった! その間もラジオはニュースを読む!
『今日の午前十時からは臨時国会が開かれ、猛威を振るうヴィランについての対策やそれに関する法案、計画が話し合われています。この話し合いがこれからの日本をより良くしていけたらいいですね。それでは次のニュースに──』
「そうか。今日は臨時国会の日だったな」
ゴウが思い出したように呟いた。
──……臨時国会?
ホークスは顎を指でさする。それから携帯を取り出し、この周辺のマップを表示。国会議事堂と国立劇場の距離を算出。それによると、約一.五キロメートル。
ホークスは胸騒ぎを覚えた。すぐさまヒーロー公安委員長に電話。コール音が二回鳴った瞬間、ヒーロー公安委員長は電話に出た。
『ホークス、どうしたの?』
「委員長、今は臨時国会の時間です。臨時国会は休憩を挟んで夕方までやります」
『そうね。それが?』
「佐藤は要求を呑まなかった場合の報復として、国会議員全員を殺害すると言っていました。これは絶好の機会です。そんな日に、わざわざ犯行予告をしてきた。しかも近場で。偶然だと思いますか?」
『……ちょっと待ちなさい。あなたは国会議事堂が午後一時に襲撃されると考えているってこと?』
「可能性として、の話です。予告時間通りに襲撃してくるとも思いませんが、襲撃してくる可能性がある以上、臨時国会を今すぐ中止し、避難するべきでは?」
『……伝えるだけ伝えてみるけど、きっと無駄でしょうね。ヴィランを恐れて国会を中止するなんて政府としての威信に関わる。そう思うなら国会議事堂の警備を強化しろとか言ってくるわよ』
「……そう、でしょうね。なんとなく分かります」
ヒーロー公安委員長の言葉は正論だった。犯罪者を恐れて国政を放棄しては、国の根幹から揺らぐ。何故なら、その行為は自国は犯罪者に好き勝手される国ですと公言するような恥ずべき行為だからだ。
『それに、もし国会議事堂を佐藤たちが襲撃するつもりなら、何故国立劇場なんて近場を犯罪予告場所として選んだの? もっと遠くの場所を選べば確実なのに。理屈に合わないわ』
「その通りです。ただの俺の考え過ぎなのかもしれません。でも、嫌な予感がしてしょうがない」
電話の向こうで、ヒーロー公安委員長が息をつく音がした。
『……ホークス、今警備に注ぎ込んでいるリソースで動かせるリソースは全部よ。国会議事堂を警備するのなら、国立劇場の警備のリソースを移動させるしかない。今ならまだ間に合う。あなたが決断しなさい。あなたがこの作戦の現場責任者なのですから』
「分かりました。今から警備と作戦を見直し、再配置を考えます。十分後までに決めて再度連絡します」
『頼んだわよ、ホークス』
電話が切れた。
ホークスは携帯のメモ帳アプリを起動。携帯にメモ帳の画面が浮かぶ。その横にいたサイコブレイカーが気を利かせて、自分の携帯に送られていた警備の配置と作戦内容を画面に表示させてホークスの見える位置に置いた。
ホークスはそれを見ながら警備と作戦の見直しを始める。絶対に死者や負傷者を出さない。そう心に誓いながら。
◆ ◆ ◆
同時刻。中部国際空港。そのチェックインカウンターに、佐藤はいた。いつものハンチング帽とミリタリーベストの姿で。