ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第29話 エースコンバット

 チェックインカウンターにはいつもたくさんの人がいる。そしてヒーローが二人、受付員たちの側で警備。それが通常だった。

 だが今、そのヒーロー二人は佐藤の前に立ち、剣呑な顔つきをしている。平日だがそこそこ混んでいるチェックインカウンター前ではあるが、佐藤の周囲はぽっかりと穴が空いたように人がいない。佐藤を遠巻きから見ている周囲の人々は、不安そうな顔でヒソヒソと小声で話していた。

 

「あれ、佐藤じゃない?」「逃げた方が……」「いや多分人違いだろ、本物だったら今頃エラいことになってる」「佐藤は国立劇場にいる筈よねぇ」「あわわわわ、かみ、神さまどうかお助けぇ!」

 

 こんな感じの声が微かに佐藤の耳に入っている。一部大音量で聞こえてくる声という例外もあるが。

 何故この人混みの中で、ヒーロー二人は佐藤を見つけることができたのか。その理由は佐藤の存在が周囲から浮いていたからだ。どれだけ混み合っていても、佐藤の近くには行きたくないという周囲の人間の思いが、佐藤の周囲に空間を作った。だが、同時にこの話を聞いた人間はこう思うだろう。佐藤だと思い、近付きたくないほど怖がっているなら、なぜみんな逃げないのかと。

 

「人違いなんです」

 

 佐藤は怯えた表情でそう言った。茶色のハンドバッグを右手に持っている。

 これが周囲の人間がパニックになって逃げない答えだ。その佐藤と思われる男は、呆れるほどに無害だったのだ。

 もちろん、無害だと言って佐藤にそっくりな人間を「はいどうぞ」と通すヒーローなどいる筈もない。

 

「いや、佐藤だろ?」

 

 とヒーローが言えば、

 

「本当に人違いなんですって!」

 

 と佐藤が言う。その繰り返しはすでに三度目に突入していた。

 ヒーロー二人は判断に困り、顔を見合わせる。

 

「僕の荷物はさっき全部見せたじゃないですかぁ! その中に武器となりそうな物はありましたか!? 無かったでしょう! それが僕が佐藤じゃない一番の根拠にならないんですか!?」

「……」

 

 佐藤は怯えた表情に焦りを加えた。

 ヒーロー二人は沈黙して、佐藤の言葉を聞いている。

 確かにヒーロー二人が真っ先に佐藤にしたことは、拘束ではなく荷物検査である。佐藤が銃器や爆発物の使い手であることは疑いようの無い事実であり、何か危険物を持っていないか確かめたこのヒーロー二人の判断は正しい。

 佐藤は悲しそうに顔を歪める。

 

「僕は自動車の部品工場で三十年やってきました。出世とは無縁でしたが、勤勉に責任を持ってやってきたつもりです。自動車の故障は乗っている方だけでなく、それが事故に繋がればたくさんの人の命を奪ってしまう危険があると重々承知していたからです。僕の工場の部品が原因で自動車が故障したことが一度も無いというのは、会社だけでなく僕自身の誇りでもありました。会社で三度表彰されたことは、平凡な僕の唯一と言ってもいい自慢できることでした」

 

 ヒーロー二人は困惑した表情で佐藤の話を聞いていた。周囲の人々も息を呑んで佐藤の話に耳を傾けている。

 佐藤の表情が更に沈んだ。

 

「なのに、僕は三日前にその工場をクビにされました。何故だと思います……? 佐藤のせいですよ。あの男が、僕の人生を台無しにしたんです! 付近の住民から『佐藤が工場に入っていくのを見た』『佐藤を匿っている』『ヴィランに協力的な工場だ』……そんな苦情がたくさん来て、僕の上司は『会社のイメージダウンは避けなければならない。佐藤と別人なのは分かっているが、申し訳ない。クビにするように上から言われた。できれば自主退職がありがたい』と言いました」

 

 佐藤の両目から涙が溢れる。

 

「あの男は僕から仕事を、生き甲斐を奪ったんですよ! それから三日間、僕は何もする気にならず、ずっと家でぼーっとしていました。でもこれじゃ駄目だと思って! ちょっと旅行で気分転換でもしてからまた頑張ろうと思って! それで飛行機に乗ろうと思ったら……! ここでもまた佐藤に似てると言われて! あの男はどれだけ僕の人生を奪えば気が済むんですか! 凶悪ヴィランに似てる……ただそれだけで、ちょっとした旅行もさせてもらえないんですか!? そうやって決めつけて、国民の自由を奪うのがヒーローのやることなんですか!? 早くチェックインしないと飛行機に間に合わないんです!」

 

 涙を流しながら話す佐藤。

 その佐藤の言葉は、この場の空気をいつの間にか塗り替えていた。佐藤に似てるんだから当然という視線から、佐藤に似てるだけなのにこの仕打ちは可哀想という視線に。

 

「あの人泣いてる……」「やっぱりあの人佐藤じゃないよ」「危険物持って無かったんだよね? じゃあ大丈夫じゃないの?」「いやでもあれは演技で本物かも……」「涙が流れてるのに演技なわけ……」「あわわわわ、かみ、神さまどうかお助けぇ!」

 

 そんな雰囲気の中、受付員の女性がヒーロー二人に近付いてきた。

 

「あの、パスポートは本物でした」

 

 佐藤の方をチラチラ見ながら、女性はそう言った。

 ヒーロー二人はうーんと唸る。危険物は持っていない。パスポートも本物。話に嘘は無さそう。

 やがてヒーロー二人は心を決めた。万一この佐藤が本物だと仮定しても、佐藤の戦闘能力になりそうな物は無い。暴れても拘束できる。

 ヒーローの一人が笑みを浮かべ、佐藤にパスポートを返す。佐藤はパスポートの中を確認。佐藤の顔写真に『田中 功次』の名前。

 

「申し訳ありませんでした、田中さん。どうぞお通りください」

「あ、ありがとうございます!」

 

 佐藤は頭を下げて礼を言い、四輪の付いた黒のスーツケースを床に滑らせながら、セキュリティチェックをパス。そのまま消えていく。

 その後ろ姿を見ながら、ヒーローの一人がインカムを使用。

 

「こちらチェックインカウンター前。国内線。ゲート102。仙台着の便に佐藤似の男性が搭乗する。別人だと思うが、一応警戒してくれ」

『ゲート102担当ヒーロー五名、全員了解した。いきなり彼が爆発して飛行機が花火にならないよう、しっかり見張っておく』

 

 インカムから返ってきた言葉を聞いて、その場のヒーロー二人はクスリと笑った。

 

「さて、と」

 

 ヒーロー二人は頭を切り替え、再び警備に集中する。しかし、その頃にはもう事態は取り返しのつかないところまで来ていた。

 

 

 佐藤は搭乗前の通路にあるトイレに入っていた。洋式トイレのある個室の中に、佐藤の持つハンドバッグと全く同じハンドバッグが置かれている。そして、異形が立っていた。

 佐藤はそのハンドバッグの中を確認すると、拳銃やサバイバルナイフ、閃光手榴弾、マガジン、電動ノコギリが入っている。実はこのハンドバッグは佐藤のあの騒動の時に、天井を這って進んでいた異形が持ってきていた物だった。異形は天井と同じ模様のホロシートを背中に貼り付け、ハンドバッグを抱えながら目立たずにこのトイレまで辿り着いたのだ。佐藤のあの騒動は自身に注目を集めることで天井に視線がいかないようにするという目的があった。

 佐藤はハンドバッグを入れ替え、元々持っていたハンドバッグを異形に渡す。異形はそのハンドバッグを爪で切り裂き、細かくなったそれらの残骸をトイレに流した。次使えば詰まるかもしれないが、その時にはもう遅い。それに、詰まった物を取り出せたところでそれが佐藤の持つハンドバッグだったなどと分かる筈も無い。

 異形の姿がポロポロと崩れ、崩壊していく。時間切れ。異形の姿で留めていられるのは十分が目安。そのタイムリミットをオーバーした。

 異形が消えると、佐藤は何食わぬ顔でトイレを出て、搭乗口へと向かう。

 搭乗口にはヒーローがいた。ヒーロースーツを身に纏い、笑顔を絶やさずに挨拶をしている青年。

 そのヒーローは佐藤に気付くと、笑みを消した。佐藤はさっきの演技みたく、緊張した表情を作り、ヒーローに向かって頭を軽く下げる。たったそれだけ。たったそれだけのことで、そのヒーローは再び笑顔になる。あの凶悪ヴィランに容姿は似てても、雰囲気や態度は似ても似つかない。そう思ったのだ。さっきのインカムで聞いた話もその判断に影響しているだろう。

 

「こんにちは! どうぞ楽しい空の旅を!」

「こんにちは! ありがとうございます! 楽しい空の旅ができそうで、今からワクワクしてますよ!」

「ははははは! ハメを外しすぎて怪我なさらないでくださいね! フライトアテンダントの言うことをよく聞いて、指示にちゃんと従ってください!」

「もちろんですとも」

 

 佐藤はスーツケースを預け、ハンドバッグを持ちながら旅客機に搭乗する。そこから機内の通路を歩き、指定の座席に移動。座席に座り、フライトの時を静かに待つ。

 そんな佐藤のことを遠くから三人のヒーローが見張っていた。『個性』という特殊な力や特徴が当たり前になった時代。この時代において、セキュリティチェックは難しい。丸腰であっても、その力や特徴だけでハイジャックしようと思えばできるからだ。だからこそ、セキュリティは時代と逆行の道を辿ることになる。すなわち、力には力。機械によるセキュリティチェックに重きを置くのではなく、個人の能力による安全確保。故にフライトの際は航空会社より依頼を受けたヒーローが警備員となって目を光らせる。それが今できる最善のセキュリティだった。

 佐藤の乗る旅客機が滑走路に移動し、離陸。それから何も起こらない。佐藤はずっと座ったまま、静かにしている。たまに腕時計を見ていた。

 そんな佐藤の様子に、旅客機に乗るヒーロー五人は自然と警戒を緩めていく。ヒーロー五人は目配せしあい、互いに小さく頷いた。通常の警備配置へと戻っていく。佐藤の近くに一人、少し離れた場所に一人。そのヒーロー二人が残り、他のヒーロー三人は後方の方へ行ってしまった。

 それから時間が経つこと五分。佐藤が動く。ハンドバッグを持ち、操縦席のある前方へと歩いていく。佐藤の動きに、ヒーロー二人の視線と若い女性のフライトアテンダントの視線が集中する。

 

「お、お客様? トイレでしたらあちらに……」

 

 当たり前の話だが、操縦室の通路沿いにトイレは無い。向かいの通路にトイレはある。

 そんなフライトアテンダントの声を無視し、佐藤は操縦室に行く通路を歩く。この時点で、何やら異変に気付いたヒーロー二人が座席用ベルトを外した。慌てて操縦室の前に立つ佐藤の背後に迫り、その肩を掴む。

 

「一体どうされたんです!? 座席に戻ってください!」

 

 そう怒鳴ったヒーローの目に、銀色の光が飛び込んだ。ナイフ。それを理解した時には、佐藤がいつの間にかハンドバッグから取り出していたサバイバルナイフにより、首を貫かれていた。

 

「……え? 刃物? なんで……」

 

 状況に頭が追いつかない。おそらくそのヒーローの硬直時間は一秒にも満たない時間だっただろう。だが、殺人のエキスパートでもある佐藤に、その隙は致命的だ。すぐさま抜かれたナイフがそのヒーローの首横に突き立てられ、そのまま切り裂かれる。ヒーロー二人は首から大量に出血しながら、その場に崩れ落ちた。

 

「きゃああああああ!」

 

 フライトアテンダントの悲鳴。その悲鳴に他の乗客が何事かと顔を座席から出す。そして状況を理解すると、乗客の悲鳴がフライトアテンダントの悲鳴と重なった。

 中央、後方の警備を担当していたヒーロー三人は慌てて座席のベルトを外し、佐藤のところに走る。

 その間、佐藤は電動ノコギリをハンドバッグから取り出し、自身の左腕を切断。切断した左腕を後方に放り投げ、切断面を扉のロック部分に押し付ける。その状態で、今度はハンドバッグから拳銃を取り出し、右のこめかみに拳銃を当てて発砲。佐藤は即死。そして、復活が始まる。

 亜人の特性による損失部分の修復は、修復時に障害物があった場合、どんな物質であれ分解しそこに損失部分を作るようにできている。つまり左腕の修復時、切断面を押し付けられたロック部分は分解され、左腕がそこに作られることになる。佐藤は復活した左腕をロック部分から抜き、左手に床に置いた電動ノコギリを握る。

 ロック部分が無くなった操縦室は簡単に開いた。佐藤はハンドバッグを操縦室の中に蹴り入れつつ、驚いた表情で背後を振り返っている操縦士と副操縦士に駆け寄った。まずは操縦士の頭を拳銃の銃身で殴りつつ、副操縦士の首を電動ノコギリで切り裂く。と同時に殴られて頭を押さえている操縦士の頭も電動ノコギリで切り裂いた。大量の血が操縦室にぶち撒けられる。

 佐藤はすぐさま振り返って扉の方を見た。ヒーローが一人、フライトアテンダントの隣まで来ている。その後方二、三メートル辺りにもヒーローが二人。

 佐藤は電動ノコギリを捨て、ハンドバッグから閃光手榴弾を取り出す。閃光手榴弾をフライトアテンダントの前に落ちるよう投げ込んだ。投げ込む瞬間、佐藤はすぐ近くの扉を閉めて閃光手榴弾に対応できるようにする。閃光と轟音。すぐに扉を開け、佐藤は前進。まずは一番影響のあった近くのヒーローの顎を左拳で殴りつつ、影響の少ないちょっと離れた二人のヒーローを射撃。その射撃は目が眩んでいるヒーロー二人の頭を正確に撃ち抜き、二人はそのまま前に倒れた。次に顎を殴ったヒーローの頭に至近距離から銃口を向け、発砲。最後のヒーローも力なく床に倒れた。

 

「ふぅ……オールクリア、かな!」

 

 佐藤は拳銃をミリタリーベストの中にしまいつつ、操縦室に戻る。戻る際、ヒーロー二人の死体を掴んで操縦室の中に入れた。操縦室の扉を閉める。その後、四人の死体──操縦士、副操縦士、ヒーロー二人──を扉の前に積み上げた。扉は操縦室に向かって開くため、こちら側から重い物でバリケードを作れば、そう簡単には開けられない。

 佐藤は操縦席に座る。

 

「さて、エースコンバット(エスコン)でもやるとしよう。戦闘機ではないけどね」

 

 佐藤の乗る旅客機が進路を変え、東京へと向かった。

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