M字ハゲのスーツ男──四ツ橋はワインを飲むのも忘れ、社長室でテレビに見入っている。
そんな時、三人の男女が社長室の扉を開け、室内に入ってきた。
黒髪をオールバックにして口髭を生やし、紫色のサングラスをした男。黒の長髪で両目が隠れたおかっぱの痩せ男。薄紫色のロングヘアーに青い肌をし、白目と黒目が反転した目の女性。この三人だ。サングラスの男の名は
「リ・デストロ、どうなさいました?」
花畑が四ツ橋に声を掛けた。だが、四ツ橋は反応せず、変わらずにテレビを見ている。
「リ・デストロ? リ・デストロ!」
「……ああ、トランペット、なんだ?」
花畑が何度も声を掛けてようやく、四ツ橋は花畑の声に反応し、テレビから花畑の方に顔を向けた。
「何をそんなに熱心に観てるんです? ニュースの中継のようですが」
「君たちは佐藤を覚えているかな?」
「佐藤ってあの
スケプティックが四ツ橋の問いに得意気に答えた。
「その佐藤が今、旅客機をハイジャックして、国会議事堂に突っ込もうとしている」
「「「はぁ!?」」」
三人の驚愕の声が重なった。四ツ橋はトランペットに向けて、ニヤリと笑う。
「臨時国会を欠席して命拾いしたね」
「うっ……」
トランペットは国会議員であり、『心求党』という政党の党首である。ヴィラン側にいながら、彼は佐藤のターゲットの一人なのだ。
「はぁ、どういう
キュリオスが恍惚といっていい表情でテレビに視線を向けている。
四ツ橋も再びテレビに視線を戻した。
「我々異能解放軍の目的は『個性』の解放。異能を抑圧し続ける政府を打倒し、誰もが異能を自由に使える世界を創造する。その崇高な目的からしたら、ヴィラン連合など
だが、佐藤の行動を見ていると、何故かワクワクしてくるんだ。彼のことは以前、指導者としての素質があると評したが、今は見方が変わった。彼は自由なのだ。どんな障害があろうとも、彼は自分の好きなように生きている。それにひきかえ、我々はどうだ? 絶対に目的を達成する。そのために水面下で力を付け続け、雌伏の時を過ごしている。やりたくもない作り笑いで世間を欺き、壊すべき世間の中で目立たぬよう振る舞っている。超人社会で生きているのに、我々は『
佐藤がハイジャックしたとニュースで知った時、私は思った。『個性』の解放という目的を掲げながら、私はその異能に囚われていたのではないかと。『個性』はその人の側面に過ぎず、その人が自由に生きる
「リ・デストロ……」
花畑の呟きは、その場にいる幹部三人の心情を代弁したものだった。
異能解放軍初代指導者『デストロ』の実の息子である四ツ橋が、自らの思想と目的を揺さぶられるなど今まで一度として無かった。それはつまり佐藤がそれだけ強烈な存在感を放っている証明であり、ある種の
「君たち。仮定の話になるが、解放戦士十一万六千五百十六人を抱える異能解放軍の指導者を佐藤に任せるとしたら、一体彼はどんなことをすると思うかね?」
四ツ橋の言葉に、三人の幹部は言葉を失う。だが、ショックだけでなく、三人の中には期待感も芽生えていた。旅客機を国会議事堂にぶつけるなんて考えるヤツが、それだけの戦力を手にしたら何をやらかすか。
「想像するだけでワクワクするだろ?」
続く四ツ橋の言葉に、幹部三人は気分を高揚させ、笑みを浮かべて身震いした。
四ツ橋はそれにしてもと佐藤について考えを巡らす。これだけのことをしでかす男が、一週間前まで無名であることなど有り得るのか。しかもあの年齢になるまで。どう見ても佐藤は四十から五十代の筈だ。あの性格であの年齢まで隠れて生きられるわけがない。
──何か、佐藤には秘密が隠されているようだ。
その秘密を暴くことにメリットは一つも無いかもしれないが、異能解放軍を任せられると確信できる根拠の一つにはなるかもしれない。そして確信できたその時は……。
──『個性』に囚われず、自由に生きる。真の自由実現のための旗印として、働いてもらうことになるかもしれないな。
四ツ橋はニュースを観ながら、唇の端を吊り上げた。
◆ ◆ ◆
きっかけは外でさりげなく見張っていた義爛がバーに慌てて飛び込んできたところから始まった。
「死柄木! こりゃヤベェぞ!」
「あ?」
ダルそうにバーの椅子に座っている死柄木に、義爛が携帯画面を突きつける。携帯画面は報道ヘリから国立劇場周辺を撮りながら、女性アナウンサーが話しているニュースが流れていた。
「ハイジャックだよ! ハイジャック! 佐藤の野郎が旅客機をハイジャックして東京に向かってやがんだ! このアナウンサーはこのまま国会議事堂に突っ込むんじゃねえかと予想していたが、俺もそう思う。臨時国会が開かれている日時にハイジャック……ぜってえ偶然じゃねえ」
死柄木は画面を凝視した後、また椅子に座り直す。顔を俯けているため、表情は分からない。
死柄木以外のヴィラン連合の面々が次々に義爛の周りに集まる。
「佐藤のヤツ……そこまでイカれてんのかよ!」
ラバースーツのマスク男──トゥワイスが言った。目が驚愕で見開かれている。
「俺ら、上手いこと佐藤に使われたってことか。にしても……ヒーローどもが慌てふためく様は痛快だぜ」
「やるスケールでかすぎてよぉ、映画の話かよって思っちまうな、はは……」
コンプレスが乾いた笑い声をあげた。佐藤のイカれっぷりに驚愕を通り越して呆れている。
「えっ!? 私たち、死なないのです!? あの人と戦わなくて済むのです!? やったー!」
他の面々と違い、トガヒミコは純粋に佐藤と戦闘にならなかったことを喜び、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。トガヒミコにとっては死や恐怖を与えてくる相手と関わり合いにならないことこそが大事なのだ。佐藤が何をやらかそうが興味は無い。
死柄木は未だに顔を伏せている。
「……死柄木?」
トゥワイスがそんな死柄木の様子を気にかけ、声を掛けた。
死柄木はその声に反応しない。死柄木は今、様々な感情が渦巻いていて、その感情を処理する必要があった。
死柄木が佐藤のハイジャックの話を聞いた時、まず感じたのは悔しさだ。死柄木はヴィラン連合と佐藤が手を組んでいるよう見せかけるため、佐藤の制裁をあえて手伝った。そうすることで佐藤のネームバリューをヴィラン連合で最大限利用してやろうと考えてのことだ。だが、佐藤はそんなヴィラン連合の思惑すら利用し、ヴィラン連合を餌にヒーローたちを望みの場所に誘い出した。佐藤はヴィラン連合すら掌の上で転がし、自らの戦略に組み込んだのだ。死柄木にとってこれは屈辱であり、敗北感を感じさせるには充分だった。更に、佐藤との戦闘があると思い込み、その戦闘に備えて今まで緊張していた自分たちのバカバカしさと言ったら、佐藤のニヤけ面が見えるようで余計に腹立たしい。
しかし、そんな負の感情ばかりが死柄木を支配していたわけではない。ハイジャックした旅客機を国会議事堂という国の中心にぶつけるという話は、想像するだけで気分が高揚してきた。ヒーロー社会とまで言われるようになった一番の原因と言ってもいい政治家、ムカつく偽善者のヒーローども、そんなヒーローを信じ、頼り続けた国民。そいつらの絶望に歪む姿を想像するだけで愉しくて、その表情を引き出す最適解を選んでみせた佐藤は、やっぱり面白いヤツだという印象が死柄木の中から消えない。どうしようもないほどムカつくのに、何故か嫌いにはなれない。そんな不思議な魅力が、佐藤にはある。その魅力に取り憑かれた連中が、佐藤に従い、佐藤の手足となって戦うのだろう。
死柄木の体が小刻みに震える。
そんな死柄木の様子を、ヴィラン連合の面々は各々の思いを胸に秘めながら見ている。トゥワイスとスピナーは心配そうに、義爛と荼毘は興味深そうに、コンプレスとトガヒミコは嫌そうに。コンプレスとトガヒミコに関しては、死柄木がこの後取る行動に察しがついているため、嫌な気分になっている。義爛と荼毘に関しては、この後の行動を察して楽しそうだから、コンプレスとトガヒミコと真逆の感情を抱いている。彼らの面白いところは、どちらも同じ予想をしつつも抱く感情は真逆というところだろう。
やがて、死柄木は体を
「クッ、ハハハ! ハハハハハ! ムカつく! ムカつくぜ佐藤! 俺たちをコケにしやがって! 許せねえ! ハハハハハハ!」
言葉とは裏腹に、死柄木の表情はどこまでも愉しそうだ。そのアンバランスさが、他のヴィラン連合の面々の言葉を封殺する。静観し、死柄木が最終的に何を選択するか見極めようとする。
「けど、ムカつくのに、ヤツのやってることがおもしろそうだと思っちまった! 俺もやりてえって思っちまった! じゃあ、しょうがねえよな! 佐藤の仕掛けたゲームをプレイしても! それがヤツを助けることになっちまってもよ!」
佐藤のゲームに参加するだろうと予想していたトガヒミコ、コンプレス、荼毘、義爛は互いに顔を見合わせ、トガヒミコはため息をつき、コンプレスは帽子を被り直し、荼毘と義爛は笑みを浮かべた。
「おい、死柄木! 正気か!? ヒーローがアホほど集まってる場所に行こうなんざ、リスクが高すぎるぜ!」
「トゥワイス、ビビんなよ。リスクを恐れてやりてえことやらねえのは、ヴィラン失格だぜ?」
「別にビビってねえよ! 俺らはこんなとこで終わるわけにはいかねえだろ! もっと準備してからデケえことやるべきじゃねえかって思っただけだ!」
「私も仁くんと同意見です。あの人は助けたくありません。ああいう気まぐれで殺してくる人は大っ嫌いです」
トガヒミコがトゥワイスの横に立つ。
「トガちゃん……ありがとう」
「え? はい、どういたしまして」
トゥワイスはトガヒミコが自分を庇ってくれたと感激したが、トガヒミコは別にトゥワイスを庇うために口を挟んだわけではないため、温度差が二人の間に生まれた。
「いいぜ、やりたくねえなら付いてこなくて。やりてえ奴だけが行けばいい。元々俺たちってそういう集まりだろ? 俺はやりてえからやる。お前らは好きにしろ」
それだけ言うと、死柄木は立ち上がり、バーの扉を開けて外に出ていった。続いて荼毘、スピナー、コンプレスが出ていく。
バーには義爛、トゥワイス、トガヒミコの三人が残された。
「あー! 死柄木のヤツ、行っちまった! はぁ、俺も行くしかねえよな……」
「私も行きます。あの人助けるのはイヤですけど、弔くんたちがヒーローにやられるのはもっとイヤですから」
トゥワイスとトガヒミコは渋々バーの外に出ていこうとする。その後ろ姿に、義爛が声をかけた。
「頑張ってヒーローに泡吹かせてやれよ! 俺はテレビで見物してるぜ! 最高のショーをよ!」
トゥワイスは振り返らず、義爛の言葉に手を振って応えてから、トガヒミコと共にバーの外へ出ていった。
ヴィラン連合が佐藤の行動に当てられて行動を開始したように、どこにも属していないヴィランたちも行動を開始し、国会議事堂へ向かう。ヴィランと呼ばれる者たちはみな、佐藤の行動に大なり小なり惹かれていた。国やヒーローを恐れず、あまつさえ国会議事堂に旅客機を落とそうとするその挑発的な行動が、ヒーローの台頭によって抑え続けられていたヴィランの欲望を膨らまし、ヴィランの思考を保守的思考から刹那的楽観思考へと塗り替えていたのだ。
今、佐藤の一手により、ヒーローとヴィランは総力戦となりつつある。なお、当の本人である佐藤はそこまで深く考えていない。