燃輪は今、大慌てで外出する準備をしている。
元々佐藤ら
だが、燃輪はここじゃ間に合わないと思った。この場所は戦場になると考えられている国立劇場から少し離れた位置にある。つまり佐藤たちとの戦闘後の治癒を目的としている拠点なのだ。しかし、国会議事堂となるとこの拠点から距離がありすぎて、医療拠点の意味がほとんどなくなる。
だからこそ燃輪は、もっと戦場に近付いて手遅れになる前にヒールボトルを戦場に届けなければ、と考えた。
ただでさえ佐藤を相手にしたヒーローの死亡率は高い。それに加え、仲間も連れてくると仮定したら、ヒーローたちの危険度は遥かに高くなる。
燃輪は名残惜しそうに自分の周囲に用意された食べ物の数々を見る。これらは昨日の夜の佐藤の動画を観てから、燃輪のサイドキックである二人がそこら中のコンビニやスーパーを回って集めた食べ物だ。だが、この食べ物を持って移動することは無理なため、ここに一旦置いていくことになる。
「用意できたよ〜」
燃輪が雇っているサイドキックの女ヒーローがスーパーのデカい袋を両手に持って入って来た。持っている袋は全てパンパンに膨らんでいる。
「では、行きましょうか」
「はい!」
燃輪は拠点の外に出た。サイドキックの女ヒーローはすぐ後ろに付いてくる。
拠点の外に出ると、レンタカーを借りたサイドキックの男ヒーローが待っていた。燃輪は助手席に乗り込み、女ヒーローは後部座席にスーパーの袋を置きながら座った。背後のラゲッジルームには空のヒールボトルが山ほど置かれている。中身の入ったヒールボトルは後部座席の足元のところに乱雑に置かれていた。
「ボトルとカロリーメイトをください」
燃輪がそう言うと、後部座席の女ヒーローは空のヒールボトルとカロリーメイト五本を手に取り、燃輪に渡した。
燃輪にはポリシーがある。廃棄される食べ物を治癒液として利用することで、少しでもフードロスを減らしていくというものだ。だから、余裕のある普段は賞味期限を過ぎていない食べ物や飲み物は一切口にしない。しかし、今はそんなことに拘っている場合ではない。カロリーが無ければ燃輪は無個性の人と同じであり、カロリーをとにかく摂取できるようにしなければならない。そんな時、ポリシーには反するが、カロリーメイトは最高のカロリー摂取食品だ。多く持ち運べて、食べやすく、カロリーも高い。燃輪にとってこれほどぴったりな食品は他にないだろう。これにエネルギー飲料を組み合わせることが、今のところ燃輪が最大限に個性を活かせる組み合わせである。
──『カロリーメイカー』の本領発揮といきましょうか。
燃輪はカロリーメイトの包装を開け、カロリーメイトをかじった。
この彼女らの選択が、あるヒーローの命運を変えることになるとは、この時の彼女らは思いもしていなかった。
◆ ◆ ◆
ハイジャックした佐藤が国会議事堂に向かっているという情報が入ってきた今、臨時国会は中断されていた。国会議員の顔からは血の気が引き、今すぐにも避難しようとパニック状態になっている。
そんな中、総理大臣は議事堂内にいた国会中継をしている報道メンバーに自分を撮るよう、大臣たちに言い、大臣たちは報道メンバーのところに駆け寄っていった。国会の様子はテレビで中継されていて、国民に対し政治を公開している。そうすることで審議を活性化すると共に、国民が政治に興味を持つようにする狙いだ。だが、今はハイジャックという緊張事態ということで中継は中断されていて、テレビ画面上は『しばらくお待ちください』の文字と美しい花畑の背景で止まっている。
大臣たちが報道メンバーを連れて戻ってきた。
「総理、連れてきましたよ」
「ああ、ありがとう。では、早速で悪いが、報道を再開してもらうか」
「ええ!? この状況で!?」
大臣たちと報道メンバーが総理大臣の言葉に驚いた。総理大臣はそんな彼らを無視して自身の身だしなみをチェックし、軽く手で直している。
「この状況だからこそ、だ。国民は今、飛行機が国会議事堂に突っ込もうとしていると知ってショックを受けているだろう。我々が元気づけなければ……!」
「あー……そうですか……」
大臣たちは諦めた。総理は国民に良いカッコしようとするところがある。そのことを大臣たちはよく知っている。
報道メンバーは総理と大臣たちの両方の顔を交互に見ながら困惑していたが、大臣たちが折れたのを察して中継再開の準備を始めた。
報道メンバーは総理の前にカメラをセットし、中継の準備が完了したら、カメラマンが三本指を立てた。
「中継入ります! 五秒前、四、三……」
カメラマンの声が消え、カメラマンが立てた指がどんどん折れていく。二本、一本、そして総理の方に『どうぞ』と言うように手を向けた。
総理は小さく「んんッ」と咳払いしてから、カメラを真っ直ぐ見る。
「国民の皆さん、こんにちは。今、国会議事堂に旅客機が向かってきているようです。皆さんご存知の通り、国会議事堂では臨時国会が開かれており、国会議員の大多数が中にいます。もし国会議事堂に旅客機が墜落したら、我々は誰一人助からないでしょう。
国民の大多数はこのニュースを知って、『この国はもう終わりだ』と絶望に打ちひしがれているかもしれません。ですが、我々は違います! 我が国は優秀なヒーローと行政機関を抱えています! 彼らなら、必ず旅客機を止めてくれると我々は信じています! なので、我々は国会議事堂から逃げません!」
総理の話を聞いていた周りの大臣たち、国会議員、ついでに報道メンバーがどよめきの声をあげる。総理は彼らの同意なく、この場から逃げることを禁止した。
「ヴィランと呼ばれる犯罪者たちはこの状況に歓喜しているのかもしれません! ですが、その期待をヒーローたちが粉々に打ち砕くでしょう! 国民の皆さん! 今日は日本史上最悪の日ではありません! むしろオールマイトがいた頃の希望に溢れた日本を取り戻す、始まりの日となるのです!」
総理がカメラの前でグッと握り拳を作る。
「付き合ってられん!」
国会議員の一人がそう怒鳴り、議事堂の外に出る扉に走って向かう。その後ろに五人の国会議員が同じく走って付いていった。
「総理!」
「放っておけ! 覚悟のない者はこの場に相応しくない!」
「何を熱くなってるんですか! 冷静になってください!」
「私は冷静だ!」
「どこがですか……」
大臣たちはハァとため息をつく。この総理はいつもこうして後先考えず、国民が好感を覚えるようなことばかり言おうとする。今こうしてハイジャックした旅客機が向かってきているのも、きっかけはHUNT創設の時の記者会見で佐藤の要求を勢いで拒否すると言ってしまったところから始まっている。
「総理はいつもそうですよね! 支持率と歴史に名を残すことしか考えてないじゃないですか! 今の話だって国民に好印象与えることしか頭に無かったでしょ!」
「そうだ! 悪いか!? 支持率は国民の声だ! 功名心は己を律する規範だ! やましいところなど何一つとしてないわ!」
「あの〜……」
総理と大臣たちが言い争っている中、カメラマンが申し訳無さそうに割り込む。
「今までのやり取り……全部撮ってます……」
「ええ!? 最初からかね!?」
「もちろんです。プロですから」
「今のところ、どうにかカットできないのか……?」
「やましいところは何一つないんじゃなかったんですか、総理……」
「黙れ!!!!」
そんな総理の怒声を最後に、テレビ画面は再び『しばらくお待ちください』の文字と、美しい花畑の背景になった。
一方その頃、議事堂から逃げ出した国会議員たちは車のあるところまで全速力で走っていた。
車に到達すると、慌ててドアを開け、後部座席に乗り込む。
「早く出してくれ!」
国会議員の急かす声とともに、運転手が車を発進させ、国会議事堂の外ヘと車を走らせる。
車は国会議事堂の敷地外に出た。瞬間、車が銃撃される。多数の銃弾が車体を叩く音。防弾加工の窓が銃弾を受け止め、衝突音とともに真っ白にひび割れていく窓。
「うわああああ!」
後部座席に座る国会議員は情けない声をあげ、どこに隠れようかあたふたしている間に、銃弾が窓を破る。そして、国会議員の体を三発の銃弾が食い破った。
後ろから続く車は先頭車両の惨事を見て、車を止める。そのままUターンして国会議事堂に戻っていった。
国会議事堂前は穴だらけになった車が横向きで動けなくなっている。
「銃撃止めろ!」
それをスコープ越しに見た
国会議事堂は数百メートルの距離を置いて佐藤たちに包囲されている。これも佐藤が国立劇場にヒーローや警察の目を引き付けたからできたことだ。早朝から彼らは行動を開始し、包囲している場所は
国会議事堂から出てきたものは人だろうが乗り物だろうが撃てと佐藤から指示を受けている。佐藤が国から人体実験されたことへの復讐なのだから、逃がさないようにするのは当然。それくらい、佐藤さんの受けた傷は深い。怜はそう思っている。
だが、実際は大した理由は無い。強いて言うなら、ゲームクリア時の戦利品程度の価値だろう。
佐藤とそれ以外の温度差は広がるばかりだ。
◆ ◆ ◆
ホークスはどうすれば旅客機が国会議事堂に墜落するのを止められるか、作戦を考えていた。それと、墜落後の佐藤を確実に確保する作戦も同時に考えている。
──問題は、佐藤が飛行機に乗っていることだ。
飛行機の速度に、ヒーローは付いていけない。世の中は広いから、もしかしたら飛行機に付いていける『個性』を持つ者がいるかもしれない。だが、少なくともこの場にいる者には誰もいない。
──それを考えると、墜落する場所が分かっているのはかなりのアドバンテージになる。
もちろん佐藤は墜落場所を言ってはいないから、国会議事堂が目標じゃない場合も考えられる。だが、ほぼ百パーセントの確率で、国会議事堂が目標だとホークスは確信していた。そうでなければ、ゲームにならない。
ホークスは佐藤の遊ぶ思考を読めるようになりつつあった。
──あえて旅客機を止めず、国会議事堂に墜落させれば、佐藤への包囲網を張りやすい。佐藤を確保できる確率は上がる。
国会議事堂の周辺の制圧を目標にすれば、ヒーローの犠牲を最低限にしながら着実に佐藤の仲間を確保していける筈だ。旅客機を止めることに力を注げば、佐藤の仲間の恰好の的になるだろう。
『旅客機の乗客と国会議事堂にいる人たち、両方を助けられる作戦がある者はいるか?』
インカムから、イレイザーヘッドの声が聞こえた。
──待て。俺は今、一体何を考えていた?
イレイザーヘッドの声が聞こえた瞬間、ホークスは自分の思考を恥じた。自分はたくさんの人々を守るため、卑劣なヴィランをどんな手段を使っても止めるという覚悟でHUNTの隊長を引き受けた。それなのに、自分は今、ヴィランを止めるために旅客機の乗客と国会議事堂の人々の命を度外視して作戦を考えていた。目的と手段が逆になってしまっていたのだ。そして、だからこそ、目的を見失わないためにも、HUNTはヒーローと共に行動する必要があることを痛感した。
『……一つだけ、ある。旅客機の乗客と国会議事堂の人々の命を救える作戦が』
エンデヴァーの声がインカムに響く。途端にインカムが多数のヒーローの声で混線しだした。
『皆さん、静かに! エンデヴァーさん、作戦を言ってください』
ホークスがインカムを入れ、混線状態のインカムを一旦仕切り直した。インカムが無音になり、エンデヴァーの言葉を待つ。
『じゃあ、言うぞ。俺の考えた作戦は──』
エンデヴァーが作戦の内容をインカムで話し出した。
作戦内容を全て聞き終えた後、インカムは再び無音になっている。だが、さっきの無音とは意味が違う。さっきの無音は期待からの無音だったが、この無音は絶句による無音だ。
『……エンデヴァー……いいのかよ、その作戦。だってその作戦じゃキドウが……』
プレゼント・マイクの気遣わし気な声がインカムに響く。
そう。今エンデヴァーが話した作戦はキドウの死前提の作戦だった。だからこそ、作戦を聞いたヒーローたちは絶句したのだ。
『なら、他にあるのか? 旅客機の乗客と国会議事堂の人々を救えて、キドウを犠牲にしない作戦が。あるなら早く教えてくれ』
エンデヴァーのインカムの声に、誰も言葉を発せない。実際問題、それしか旅客機の乗客と国会議事堂にいる人々を救える作戦は思い付かないのだ。
誰からもインカムの返事が来ないため、エンデヴァーは再びインカムに声を入れる。
『誰だって大団円のハッピーエンドが好きさ! だが、現実は違う! 限られた時間、限られた戦力で最善と思われる行動をしなければならない!
……俺たちはみな、奇跡のような大団円のハッピーエンドばかりをし続けたヒーローを知っている。だが、そんな夢のようなヒーローは引退してしまった。俺たちの力はまだ、そのヒーローには届いていないだろう。
それでも、俺たちは足掻き続けるしか道は無い。ハッピーエンドにはできなくても、一番マシなバッドエンドにするためにな』
エンデヴァーの静かだが、覚悟の込もった言葉を聞き、ホークスの胸は熱くなった。おそらく他のヒーローたちもそうだろう。
そこでインカムにエンデヴァーじゃない女の声が入る。ヒーロー公安委員長の声だ。
『ヒーローたち、たった今入ってきた情報を伝える。総理大臣や国会議員は国会議事堂から避難しない。総理はこう仰っていたわ。〔我々はヒーローを信じる。今日は希望の始まりの日になるだろう〕とね。あなたたちにこの日本の希望を託す。ヒーローの信頼回復とはいかないかもしれないけど、ヒーローの底力を国民に見せる時よ。しっかり結果を残しなさい』
ホークスとHUNTの面々はお互い顔を見合わせ、頷く。
エンデヴァーの作戦を成功させるため、彼らは動き出した。
キドウの前を歩くエンデヴァーがキドウの方に振り返る。
「キドウ……お前の命、俺に使わせてくれ」
エンデヴァーの言葉を聞いて、キドウの身体は震えた。
「キドウ……」
横にいるバーニンが心配そうな顔で見つめてくる。
キドウはエンデヴァーに親指を立てた。
「もちろんいいに決まってる! 俺はあんたのサイドキックだからな!」
「……感謝する」
エンデヴァーはそう言うと、すぐに正面に向き直った。
キドウの体の震えはまだ止まらない。
「おい、大丈夫か……?」
バーニンが体の震えに気付き、キドウに声をかける。
「大丈夫に決まってるだろ! 心配すんな!」
そう元気に言ってみても、キドウの体の震えは収まらなかった。