作戦が決まった今、ヒーローたちはそれぞれ動き出す。
ここで問題となるのは、作戦を成功させるためには国会議事堂に接近しなければならないことだ。佐藤が仕掛けた罠の網の中に。更に悪いことに、制限時間はあと六分ほど。ここから国立劇場までの距離は千五百メートルから二千メートル。罠を潰しながら進む時間は無い。罠の中を突っ切って行くしかないのだ。
ヒーローたちは国会議事堂から二百メートル近くに合流地点を決めた。作戦の第一段階はまずそこにヒーローたちが辿り着くこと。
イレイザーヘッド、プレゼント・マイク、マニュアルの三人は急いで建物の外に出て、国会議事堂方面の合流地点に走った。
当たり前の話になるが、今の付近の状況は最悪に近い。午後一時から本格的な戦闘になると考えていた民間人は、今の時間がピークと言っていいほど大量にいた。しかもハイジャックの情報がネット上に溢れまくり、国会議事堂に飛行機を墜落させようとしていることはこの場の誰もが知っている。となると、墜落地点と思われる場所からそこそこ近いが、安全が確保できそうなこの辺りの場所は野次馬が集まるにはもってこいの場所だ。誰もが国会議事堂の方向を見つつ、携帯のカメラ画面を空に向けて撮影している。
「人が多すぎる! 掻き分けて進むしかねえぞ!」
「だが、銃を持ってるヴィランが待ち伏せしているかもしれないと、さっきホークスがインカムで伝えていたから、気をつけろ!」
プレゼント・マイクの言葉に、イレイザーヘッドが周囲を見渡しながら応えた。
ホークスは作戦を始めた時、インカムで皆に銃で撃ってきたヴィランがいると情報を伝えてきた。その際にヒーローが犠牲になったことも。
しかし、周囲を見渡しても撮影している人で覆い尽くされ、待ち伏せしているヴィランの姿を見つけることはできなかった。
だが、その異様な光景が更なる異様に飲み込まれる。撮影していた人々の一部が悲鳴をあげた。人混みで溢れている中の一方向だけの人たちが左右に逃げ、人混みが割れていく。
「あ、イレイザーヘッド! プレゼント・マイクまで!」
逃げている内の一人がそこで初めてイレイザーヘッドたちに気付き、ホッとしたような表情でこっちを見た。イレイザーヘッドやプレゼント・マイクはヒーローだけでなく、雄英高校の教師も兼任しているため、露出が多くて知名度も高い。マニュアルは二人に比べるとヒーローランキングも露出も低いため、まだまだ国民から認知されていない。
そこでマニュアルはその人の後ろ、建物の陰から銃をこちらに向けている五人のヴィランに気付く。一気に血の気が引いた。そして、逃げている理由に合点がいく。
「みんな、逃げ──」
マニュアルが声をあげた瞬間、銃口が火を噴いた。
「伏せろ!」
イレイザーヘッドは叫びつつ、ヴィラン拘束で使う捕縛布をマニュアルとプレゼント・マイクに巻き付け、自分も伏せながら二人を無理やり引っ張って伏せさせた。
マニュアルは引っ張られて地面へと視線が移動していく。その途中、声をかけてきた人にイレイザーヘッドの捕縛布が間に合わず、銃弾がその人の体に吸い込まれていくところを見た。血の赤が視界に広がる。飛び散った肉片の一つがマニュアルの顔に当たり、マニュアルの顔半分が赤く染まった。
「……えッ? これ……」
マニュアルは地面に伏せながら、顔に付いたモノを手で触り、それを見た。この時にマニュアルはそれが肉片だと理解した。
途端にマニュアルの体が震えだす。震えながら周囲を見渡した。銃声と悲鳴の中、声をかけてきた人同様に撃たれて倒れている数人、血まみれの道路、撮影を止めて逃げ惑う人々。
銃を撃っていた五人のヴィランは弾切れになったら迷いなく国会議事堂の方へ逃走した。逃走方面の人々は当然悲鳴をあげてヴィランから離れようとするため、自然にヴィランの逃走経路が作られてしまった。
「あ……ああッ……!」
「マニュアルさん!」
呆然自失のマニュアルに、イレイザーヘッドは体を低くしながら声をかけた。が、マニュアルはその声に反応しない。
「……あの人、僕らを見て安心した表情してたのに……こんな……酷い……」
「マニュアルさん! しっかり!」
イレイザーヘッドがマニュアルの体を揺さぶる。何度も揺さぶってようやく、マニュアルの目の焦点がイレイザーヘッドに合った。
「早く合流地点に行かなければなりません! 特にマイクはこの作戦の要です! 走らなければ間に合わ──」
「この場はどうするんです!?」
マニュアルが半ば錯乱状態になりながら叫んだ。マニュアルの視界では逃げ惑う人々がそれぞれの持つ『個性』を発動あるいは使用し、とにかくこの場から逃げようとしている。それが地獄絵図だった。ありとあらゆる能力や特徴が規則性無く周囲に影響を及ぼしたらどうなるか、想像してみてほしい。マニュアルは見た。脚力に関する『個性』や特徴を持つ者たちが一斉に使用し、ぶつかりあって周囲の人々を巻き込み吹き飛んでいく姿。それが連鎖し更なる『個性』の使用を誘発。身を守るために周辺の物質を操ったり、物体を創造したり、身体強化をする。それがまた悲劇の引き金となり、より多くの『個性』使用を誘発し、被害がどんどん広がっていく。
ありとあらゆる人間が『個性』を使用し無秩序状態になっている現場を
一方、イレイザーヘッドもマニュアルと同じ光景を目にしていた。イレイザーヘッドの『個性』は個性抹消であり、視界に入っている人間の『個性』を見てから瞬きするまでの間、発動できなくする。その個性抹消を使用し、目線にいる集団の『個性』を順番に消していくが、使える時間が瞬きの間しかないのと、視界に映る全ての『個性』を消すことができないため、状況の収拾どころかより混乱に拍車をかける一因となっている。
──クソッ! 目線にいる集団の『個性』を消したところで何も解決しない!
どれだけ個性抹消を使っても、抹消した以外の『個性』が暴れる。それが混乱をより大きくし、火に油を注ぐ結果となる。
──俺の『個性』はこんなにも無力なのか……。
個性因子を持たない佐藤や異形型の『個性』には通用せず、同時に多くの『個性』を使用されただけで対応が追い付かない。これがヴィランであれば、自分や周りに影響を及ぼす『個性』を選択して抹消することで対応できる。だが民間人はただただ逃げたいがために『個性』を使用するため、『個性』が抹消されたら更にパニック状態になり、次『個性』を使用した時は抹消前より強力に『個性』を発動する。まさに悪循環。
ありとあらゆる『個性』が使用されて傷付いていく大量の人々。血が舞い、人々が怒声や悲鳴をあげている。
──いや、諦めるな! 俺の『個性』しかこの場を収拾できない! なら、俺の『個性』を信じろ! 俺がこの人たちの危険要素を消してやる!
イレイザーヘッドの両目が見開き、瞳が光を放つ。その表情には決意が表れている。マニュアルがイレイザーヘッドの覚悟を察し、イレイザーヘッドの両目に水をやることで両目を潤し、瞬きしないようにした。
──全部消えろ!
イレイザーヘッドの瞳がより光を放つ。
すると、イレイザーヘッドの視界にいる全員の『個性』が消え異形型の『個性』だけが残る。だが、それも想定済み。イレイザーヘッドは異形型の人間に絞り、補縛布を『個性』と同時に使うことで、異形型の暴走も封じた。
「イ、イレイザーヘッドさん……? 今……あんなにたくさんの人の『個性』を同時に──」
「マイク」
マニュアルの言葉に反応せず、イレイザーヘッドはプレゼント・マイクを呼んだ。
「……ああ」
プレゼント・マイクは一度頷き、『個性』を使えなくなって混乱している人々と補縛されつつも暴れようとしている異形型の人々を睨む。そして、深く息を吸い込んだ。
「お前ら!! 落ち着けええええ!!!!」
「うッ……」
「耳が……」
プレゼント・マイクが大音量で民間人に呼びかけた。彼らは耳を咄嗟に塞ぎ、騒音の原因であるプレゼント・マイクに注目する。
注目が集まったところで、プレゼント・マイクはまた息を吸い込んだ。
「銃を持ってたヴィランはこの場から逃げたぜ!! お前らは安全だ!! 落ち着いてこの場からさっさと離れろ!!」
「は、はい」
民間人は冷静さを取り戻し、『個性』を使用せずに逃げていく。
そのやり取りの間に、イレイザーヘッドは携帯電話で救急車を呼びつつ、合流地点の方向へ駆けていた。その後ろをマニュアルとプレゼント・マイクが付いていく。
「プレゼント・マイクさん。今あんなにたくさんの『個性』を同時に抹消してましたよね?」
「ああ、俺も見たぜ。どうやらあいつ、自分の殻を突き破ったな。ブレイクスルーってやつだ」
「そこはプルスウルトラじゃないんですか? なんと言うか、雄英教師的に」
「そうとも言うぜ。あいつは良くも悪くも思い込み激しいからな。こうだと思い込んだらなかなかその認識を改めれねえ。特に自分のことは」
おそらくイレイザーヘッドは今まで自分の『個性』は目線をやった相手だけのものだと自分の中で決めつけていた。だから『個性』伸ばしで有効範囲は広げられても、目線ではなく視界で対象を取る方向に『個性』を強化できなかった。いや、しようともしなかったと言うべきか。しかし、今回の状況は目線だけを対象にしたところでどうしようもなかった。それがイレイザーヘッドの『個性』の方向性に変化を与え、結果的に個性覚醒へと繋がった。
プレゼント・マイクとマニュアルはイレイザーヘッドに追いつき、三人が並んで駆ける。
「今のでハッキリした。薄々感じてはいたが」
「何がだ?」
イレイザーヘッドの言葉に、プレゼント・マイクが応える。イレイザーヘッドはプレゼント・マイクの方に顔を向けた。
「俺たちヒーローは国民からの信頼を失った。国民は
それはプレゼント・マイクとマニュアル二人も感じていたことだ。これからヴィランが佐藤に影響されて殺傷力の高い武器と『個性』を組み合わせていけば、嫌でもその流れになっていくだろう。
マニュアルは『個性』同士がぶつかりあって地獄絵図を作り出していたさっきの光景を思い出して寒気がした。
◆ ◆ ◆
ホークスらHUNT部隊は合流地点へと駆けている。
『前方の建物の陰、銃を構えたヴィランが三人!』
ホークスの羽根に付けたカメラをそれぞれ監視しているオペレーターの内の一人が、HUNT専用のインカムに通信を入れた。
ホークスはその通信を聞いた瞬間、両翼を広げ、飛ぶ。前方の人混みを飛ぶことで回避し、一気にヴィランがいるところに接近しようとする。が、ヴィランもただの能無しでは無かった。
『ホークス! 気を付けて!』
インカムに怒声で通信が入る。
だが、その通信が入る頃にはホークスが人混みを抜けてヴィランの頭上に飛び出していた。ヴィランたちは空中から接近してくるのを予知していたかのように、銃口を頭上に向けている。
──くっ! 俺の動きが読まれてる!?
何故俺たちの動きが読まれる? 何か見落としてるのか?
それらホークスの思考を断ち切るように三つの銃口が火を噴く。が、それらの銃弾はホークスの前に創造された不可視の壁によって弾かれる。創壁のバリアが間一髪間に合った。
ホークスは創壁がいる方向をチラリと見る。創壁はゴウに肩車されることで視界を確保し、ホークスの前にバリアを張ったようだ。
ホークスは再び三人のヴィランに視線を戻す。三人のヴィランは銃弾が弾かれたことに困惑していた。だが気を取り直し、彼らはまた引き金を引き、射撃を再開。
しかし、ホークスにとって見えている射線を回避することは容易い。銃撃を掻い潜ってホークスは三人のヴィランに肉薄。すぐさま羽根を組み合わせて双剣にし、三人のヴィランを双剣で斬りつける。
──ん、この手応え……。
ホークスは斬りつけた感触に疑問を抱く。今まで斬りつけたヴィランより硬い感触なのだ。斬りつけた時の音も鈍い。
斬りつけられた三人のヴィランは吹き飛んだ。が、すぐに起き上がり、建物の陰から飛び出して人混みの中に逃げようとする。その時、斬りつけて破れた服の下が見えた。黒いアーマーを着ている。
──こいつら、全員防具着てんのかよ!
ホークスはそのことに斬りつけるまで気付かなかった。何故なら、防具を身に付けるのなら急所をまず守るのがセオリーであり、一番の急所であり簡単に防具を付けられる頭に一切防具を付けていなかったからだ。フルフェイスヘルメットくらい胴体のアーマーより簡単に準備できる。なら、これはどういうことなのか。佐藤の性格が遊び人だと仮定するなら、簡単な話だ。頭まで防具で固めたら、ヒーロー側はヴィランを倒すことの難易度が格段に上がる。それでは面白くない。ヴィラン側も弱点の一つくらい晒しているのがゲームとして面白い。そういう考えなのだろう。
──佐藤……マジのクズ野郎か。
それより、今は人混みに逃げようとしているヴィラン三人をどう止めるか、考えなければならない。いや、答えは分かり切っている。胴体にアーマーを付けているということは、おそらく手足にもアーマーを付けている可能性がある。となると、防御のしようがない頭を狙うのが確実。だから、この場合必要なのは答えではなく覚悟。命を奪ってでも国民の命を守るという強い意志。
──狙うのは頭。俺の『剛翼』じゃ殺さず気を失わせるのは難しい。特に動いている相手に対しては。
確実にこの場の脅威を取り除くのであれば、殺すしかない。気を失わせても、ヴィランを拘束して連行する時間が無い。
──俺はヒーローじゃない、HUNTだ。緊急時、ヴィランを殺したとしても、罪には問われない。
殺す。現実味を帯びてきた考えが、ホークスの体を震わす。体が震えて初めて、ホークスは自分が躊躇っていることに気付いた。
「Bの排除失敗! これより撤退する!」
三人のヴィランの内の一人がそうインカムに言った。走りながら銃を前方の人混みに向けようとする。
ホークスの体の震えは止まらない。三つの銃口の先が目に入る。銃に気付き、表情を歪ませて悲鳴をあげ、逃げようとする人たち。
ホークスはグッと拳を握った。『剛翼』の羽根を操り、三人の頭部に飛ばす。羽根は三人の頭に突き刺さり、三人のヴィランは前のめりに倒れた。
「……はぁッ……はぁッ……!」
ホークスは荒く息を吐き、倒れた三人のヴィランを見る。ピクリとも動かない。俺が殺した。
「うッ……!」
事実を受け入れた途端、吐き気が込み上げてきた。体がまた震え出す。
ホークスは倒れた三人を見ないようにしつつ、全体のインカムで通信を始める。
「ヴィラン三人、無力化。すぐに警察を急行させて彼らの装備回収を」
全体インカムでの通信を終えると、次はHUNTでのインカムに切り替える。
「委員長」
『ホークス、どうしたの?』
インカムからヒーロー公安委員長の声が聴こえた。
「連中、俺のことを『B』と呼びました」
『B? 奴らはただ無差別にヒーローを殺すのではなく、ヒーローの中で優先的に殺すべきヒーローを決めているってこと?』
「多分。この呼び名がアルファベット順に基づいているなら、俺を殺す優先度は二番目ということになります」
『なるほど。飛行機の墜落を防ぐための
「それと、俺の動きが読まれました。おそらく、どこかから俺たちを見て行動を監視し、情報を送っているヴィランがいる筈です。人数は分かりませんが」
『なんですって!? 分かったわ。すぐに周囲を警察とヒーローで索敵させる』
「お願いします」
『ええ、任せて。それから、バリアエンジェル。あなたはホークスを全力で守りなさい』
『私の命に代えても?』
『……そうよ、大事な役目があるから』
『あー、そうね。私なんかより隊長殿の命の方が重いわよね。はいはい、守る守る。通信終わり』
創壁が一方的に通信を切った。
ホークスの後方から三人分の足音が聞こえる。ホークスは振り返った。ゴウ、創壁、念道の三人。
「いくぞ。時間が無い」
ホークスの言葉に、三人は頷いた。
ホークスは合流地点に向かって走る。だが、体が重い。まだ三人のヴィランを殺したことが吹っ切れない。
そんなホークスの背中を、三人の手が叩く。よく頑張ったと言うように。HUNTは必要とあらばヴィランを殺してでも止めなければならない。その苦しみは同じHUNTとしか分かち合えないのだ。
それまで小刻みに震えていたホークスの体の震えが止まった。重い体が少しだけ軽くなった。
「ねぇ」
創壁が、ホークスに向かって声を掛けた。ホークスは顔だけ振り返って創壁の顔を見る。
「私が死んでも、ずっと覚えていてくれる?」
いきなりの重い言葉に、ホークスはぎょっとした。が、創壁の表情は真剣で冗談を言っているようには見えない。
だから、ホークスも真剣に返事をした。
「ああ、覚えてるよ。絶対」
「…………そっか」
創壁は顔を伏せた。それから二、三秒後に顔をあげる。その顔にはいつもの笑顔があった。
「絶対、隊長殿のこと、守るから! だから、作戦成功させてよね! 今日の夜は美味しいもの皆で食べに行こー!」
創壁は右手を突き上げた。しかし、誰も創壁に続いて『おー』と言わない。
創壁は「ノリ悪いなぁ」と微笑しつつ呟いた。
イレイザーヘッドの個性覚醒。
この作品で彼は活躍の場が無さすぎるので、これくらいの強化は許されるかなと、自分の中で判断しました。なんなら原作でもこれくらい強化してほしいですが、絵面的に難しそう。