ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第34話 夢の先

 猿石は六つのモニターの前に座っていた。それらのモニターはそれぞれ四分割され、国会議事堂とその周辺を映し出している。これらの映像は各所で稼働しているドローンからのリアルタイム送信を取得したもので、実際の現場とのタイムラグは本当に僅かな差でしかなく、だからこそ猿石はこの場所で指揮官としての役割を果たせる。

 この場所はある意味隠れ家と言っていい場所だ。いつもいる拠点からではドローンの電波は届かないため、この作戦のためのアジトを作っておくことは必然であった。ここをアジトにする過程において、多少の悲劇があったことは認めざるを得ない。インフラの整っているアジトを作るなら、一からインフラを構築するよりインフラが整っている場所を奪った方が安上がりで時短にもなる。

 猿石は視界の端に映る死体の山を意識的に見ないようにしながら、モニターに集中する。この部屋にいるのは猿石だけでなく、猿石同様にモニターをチェックしヒーローたちの動きを監視するヴィランが五人、猿石の指示を聞きすぐさま現場のヴィランチームに伝えるオペレーターが八人と、かなりの人数がこの部屋に詰めている。それ以外にも、作戦区域のドローンを操作しているヴィランが一台につき一人で二十四人。彼らはそれぞれ離れた場所に潜伏している。

 猿石は佐藤がこれだけ高いレベルの集団戦をやっていることに対して、意外に思った。猿石にとって佐藤のイメージは、自分さえ楽しければいい、仲間は添え物程度としか思っていない自分至上主義の人間というイメージである。いつも一番危険な部分は佐藤が担当し、自分たちはそのフォローをする。そのバランスは今まで変わっていなかった。

 猿石はモニターを見つつ、携帯からHN(ヒーローネットワーク)にログインする。HNのログインIDとパスワードは、これまで捕まえてきたヒーローの何人かが拷問に耐えきれず白状した。

 猿石はHNの掲示板やヒーローの活動記録、ヴィランの情報ページをサッサッと見ていく。もちろん携帯を見ていても視界は常にモニターを捉えている。

 ヴィランの一人が、HNを見ている猿石に気付いた。

 

「HNのハッキングもするんだよな? いつするんだ?」

「佐藤さんの指示があったらやりますよ」

「ヒーローどももまさかHNがハッキングされるたぁ微塵も考えちゃいねえだろうな。ハッキングしてHNを乗っ取るのか?」

「乗っ取るというよりは、HNにある情報を全て吸い上げたうえで、HNのサイトを開いたヒーローの持つ携帯にウイルスを仕込む感じですかね」

 

 猿石の説明を聞いたその場のヴィランたちは「おお〜」と歓声をあげた。

 猿石の近くにいた強面のヴィランが猿石の肩を軽く叩く。

 

「やるじゃねえか! マジで凄え奴だなお前! なぁ、みんな!?」

 

 強面のヴィランが周りのヴィランに同意を求め、周りのヴィランは強面のヴィランに同意するようにうんうん頷いた。

 

「そんな、僕なんて大したことないですよ」

 

 猿石は照れて顔を赤くしながら、首を振った。その背を強面のヴィランが笑いながらバンバンと叩く。

 

「ガハハハハ! そんな謙遜すんなよ!」

「は、はい……すいません」

 

 猿石は頭を軽く下げる。

 そんな猿石の態度に、周囲のヴィランたちは笑い声を大きくした。

 笑い声に包まれている中、猿石はふといつも観ているオールマイトが炎の中で人命救助をしている動画を思い出す。その動画のオールマイトは猿石の夢の具現化であった。猿石はずっとこうなりたいと思って、今日まで生きてきた。

 

 ──あれ? なんで僕はああなりたかったんだっけ?

 

 猿石は今更ながら、夢の根本的な部分を見つめ直す。自分はオールマイトのように、たくさんの人の命を救いたいと思っているのだろうか?

 

 ──……いや、違う、違うよ。だって、ずっと前から僕は分かってた。たとえ逆立ちしたって、オールマイトのようにたくさんの人の命を救うことはできないって。

 

 じゃあ、なんであの動画が自分の夢なのか? 何百何千と再生してきた動画を一から思い返す。そして、はたと気付いた。あの動画で一番好きなシーンはオールマイトが人を助けているところではない。撮影者含め、周りの人間がオールマイトを凄えと称賛しているところが好きなのだ。

 

 ──ああ、そうか。やっと分かった。僕は別にヒーローになりたかったんじゃない。僕はただ、周りから凄い奴だと、お前は特別なんだと言ってもらいたかっただけなんだ。

 

 『無個性』が何をバカな夢を見ているんだと、周りの人間は嘲笑(わら)うだろう。何の能力も特徴も持たない人間のどこが『特別』なんだと、彼らは侮蔑するだろう。

 しかし、そんなバカな夢を叶えてくれる場所があった。猿石という人間を『無個性』というだけで見下し、バカにしてくる奴がいない場所。『個性』とかに拘らず、純粋に能力を評価してくれる場所。

 この場所で、猿石を『無個性』だからと軽んじる者はいない。佐藤のチームメンバーというだけで、ヴィランの中では猿石は一目置かれた存在となっている。

 いつも猿石は自分のことが不思議だった。何故佐藤のことをめちゃくちゃ怖がっているのに、自分は逃げようとせず協力的なのか。その答えも今出た。佐藤は猿石のことを一度たりとも見下したり、軽んじたりしなかった。猿石が『無個性』だと知っても、猿石のできる部分を認め、いつも褒めてくれた。その瞬間がとても心地良くて、自分の心が満たされているのを実感できた。

 猿石は悟る。自分は今、幼い頃から夢見ていた先に立っていると。

 

 ──僕はヒーローになれなくていい。僕の居場所はヴィラン(ここ)なんだ。

 

 猿石は微かに笑う。その目には活き活きとした光が宿っていた。

 猿石は自分を見つめ直したうえで、改めてHNのハッキングを考える。すると、ゾクゾクとした快感に似たものが自身の内から溢れるのを感じた。

 

 ──佐藤さんの気持ち、ちょっと分かった気がする。

 

 己の能力を制約無く解放できる快感。自分の能力で何がやれるのか確かめられる充実感。普通に生きてきたらまず経験できないであろう非日常。

 

 ──僕もなんだか楽しくなってきた。

 

 おそらくこの時、本当の意味で猿石は佐藤の仲間となった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 エンデヴァー、キドウ、バーニンの三人も、他の班と違わず合流ポイント目指して走っている。人混みを縫うように駆け、走るスピードをなるべく落とさない。

 そんな彼らの耳が、大勢の悲鳴を聞いた。右奥。人混みの割れた先。アサルトライフルを構えるヴィランが四人。

 エンデヴァーは舌打ちした。この人混みでは、熱による銃弾の無力化はリスクがある。かといってキドウで銃弾の軌道を変える余裕も無い。

 四人のヴィランのアサルトライフルが一斉に火を噴く。瞬間、エンデヴァーら三人の前に巨体が飛び込んできた。

 巨体はアサルトライフルの銃弾を弾切れになるまで受け止め続け、銃声が鳴り止むとともに受け止めた銃弾が地面に落ちた。銃弾が地面に落ちた時に鳴るキンという澄んだ音が連鎖する。

 

「ああ! お腹一瞬でペコペコォなってもうた! はよ終わらせてたらふく食わな!」

 

 黄色のパーカーとフードを被った巨体がお腹を擦りながら言った。彼のヒーロー名は『ファットガム』。個性は『脂肪吸着』。大阪を中心に活躍するヒーローで、ヒーロービルボードチャートは二桁の人気ヒーローである。

 四人のヴィランは弾切れになった瞬間、周囲を威圧しながら人混みの中へと逃げていく。

 ファットガムはそれを見て舌打ちする。

 

「チッ、退く判断早すぎや。ヴィランっちゅうより兵隊やな。徹底しとるわ」

 

 民間人の中に逃げ込んでいくところといい、ヴィランの戦い方というよりはゲリラ戦である。この場にいる民衆も、まさか日本でゲリラ戦が繰り広げられることになるとは夢にも思わなかっただろう。

 

「お前、どこかで見た顔だな。関西弁を喋るということは、関西のヒーローか?」

「せやねん。自分ファットガム言います。よろしゅう頼んますわ、エンデヴァー」

「ああ。何はともあれ、助かったぞ。礼を言う」

「今、昨日の佐藤の動画を観た地方のヒーローがどんどん此処に集まってんですわ、俺みたいに。だからええで!」

「……は?」

 

 エンデヴァーの後ろにいたバーニンが、話の流れが分からず首を傾げた。

 ファットガムはそんなバーニンに親指を立て、笑みを浮かべる。

 

「あんたらはあの飛行機止めなアカンやろ! せやから、この辺で暴れとるヴィランは地方組に任せィ言うとんねん!」

「私らがどうやって止めるつもりか分かってんのか!?」

 

 バーニンが怒気を纏わせてファットガムに詰め寄る。

 作戦に含まれていない筈のファットガムが作戦を知っているとしたら、それは作戦が外に漏れている証明となる。それはつまり、考え方によっては作戦を話した人間の中に佐藤側の裏切り者がいる可能性もあるのだ。

 そんな懸念からバーニンは感情的になってしまったわけだが、ファットガムはそんなバーニンの感情に呑まれることもなく、冷静を保った。

 

「あんたらの作戦は知らんよ」

「ならなんで私らが止めるって分かる!?」

「エンデヴァーがおるからに決まっとるやないか」

「……え?」

「まだヒーロービルボードチャートは出てへんけどな、誰が見たってエンデヴァーが今のナンバーワンヒーローや。せやから、あんたが作戦の要にならへんわけないやん」

 

 ファットガムは極めて短絡的な思考回路によって、エンデヴァーが作戦の要だと当ててしまった。それを理解した時のバーニンら三人の疲労感は筆舌に尽くし難い。

 疲労感と戦いながら、エンデヴァーはファットガムから合流場所の方向へと視線を転じた。

 

「作戦の要は俺だけではないし、ある意味ではお前も作戦の要だ。この作戦に関わる者みなが重要な役割を持ち、一人一人がベストを尽くしている。ナンバーワンヒーローとかそんなものは関係ない話だ」

 

 エンデヴァーの言葉を聞いたファットガムは目を見開いてエンデヴァーを凝視。

 妙な沈黙に居心地の悪くなったエンデヴァーは再びファットガムに視線を向ける。

 

「なんやイメージとちゃうなぁ。エンデヴァーはもっと俺が俺がって手柄を追い求めるタイプや思っとったわ。まあ、テレビとか雑誌のイメージやけどね。俺、全然あんたと仕事してへんから」

「……俺も大人にならなければならなくなったというだけだ」

 

 エンデヴァーはばつが悪そうにあらぬ方向に顔を向けた。

 ファットガムの言うようなエンデヴァーのイメージは、確かに正しい。オールマイトがいた時のエンデヴァーは正にそういうヒーローだった。ファンサービスなど実力の無いヒーローが(すが)りつくものであり、そんな部分で自分を評価されたくないという気持ちがあった。ヒーローとは悪を倒す者だ。悪を倒せる実力があってこそ、ヒーローはヒーローたりえる。ファンサービスなどという要素は、エンデヴァーの考えるヒーロー像の中では純度を低くする不純物である。そんなものに頼らずとも、誰よりもヴィランを捕まえて、誰よりも人を助ければ、ナンバーワンに届く時が来るとずっと信じてやってきた。その考えが力の執着に繋がり、より強く、より完璧な個性を発現させるために、《個性婚》にすら手を出した。

 個性婚とは、自身の『個性』をより強力にして子に継承させようとするための結婚のことである。配偶者には自分の個性を強力にする個性を持つ相手や、自分の個性の弱点を克服するような個性を持つ相手を選ぶ。

 エンデヴァーはそのせいで家族に迷惑をかけてきたと後悔している。後悔するようになったのは最近からだが、後悔するようになってからは罪滅ぼしをなんとかできないかと考えるようになってきている。

 エンデヴァーはオールマイトという巨大な壁が無くなったことで、自分やヒーローを冷静に見つめ直すことができたのだろう。オールマイトが築いてきたものを受け継ぎ、守っていくのは自分だという自覚。その心境の変化がエンデヴァーの成果主義的思考に風穴を空け、利己主義から利他主義へと思考の転換をさせた。

 今のエンデヴァーにとって、ファンサービスがヒーローの要素の中の不純物だとは思わない。それで人々が自分を見て安心できるようになるなら、ファンサービスも人の心を助ける行為なのだと理解できるようになったからだ。そういう目でオールマイトを超えようとしていた自分を見ると、意地を張ってるだけのただのガキだった。ヒーローにとっての基本である、相手の気持ちになって考えるという当たり前のことすらできていなかった。そして、それをやる必要性を感じなかったのは、ただ単にオールマイトという絶対的な支柱に甘えていただけだったのだと、オールマイトがいなくなって初めて気付いた。

 しかし、これからは違う。願った形は違えど、ナンバーワンヒーローと周囲から呼ばれるようになった今、エンデヴァーはオールマイトのようにヒーローたちの支柱にならなければならない。それこそ、エンデヴァーの夢の先にあったものであった。ならばこそ、自身の信頼するサイドキックの命を犠牲にする可能性が高い作戦も立案し、実行する。それこそエンデヴァーの覚悟であり、最前線に立つ自身の役目だと考えた。

 

「じゃあ、俺は逃げたヴィラン追いますわ! 飛行機の方頼んます!」

 

 ファットガムはそう言い終えると、逃げていったヴィランの方向へ走り去った。

 エンデヴァーたち三人はそんなファットガムの後ろ姿を数秒見つめた後、自分たちの向かうべき方向へと顔を向ける。

 

「行くぞ」

 

 エンデヴァーの言葉に、バーニンとキドウが頷く。人混みの中を三人は走り出した。


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