エンデヴァー、バーニン、キドウが合流地点に到着した時、既にHUNTの部隊がいた。他にもヒーローの部隊も続々と到着している。その中で目立つのはミルコ、リューキュウ部隊、エッジショット部隊あたりか。
ミルコは佐藤の要求である日の丸の
エンデヴァーはミルコの姿を見て、佐藤の要求を呑んで鉢巻とたすきを付けている自分が急に恥ずかしくなった。どういう言い訳をしようと、ヴィランの要求に従ったのは疑いようの無い事実である。その屈辱は、佐藤を捕らえた後もずっと傷となって残っていくだろう。
エンデヴァーは携帯を見る。旅客機の墜落予定時刻まで二分を切った。待つ時間は無い。だが、作戦の要であるプレゼント・マイクの姿が見えない。プレゼント・マイクがいなければ、この僅かな希望に縋りつくような作戦は崩壊する。作戦そのものが無に帰す。
──何をしている? 来い。
エンデヴァーは無線で通信すべく、ヘッドセットの側面ボタンに手を伸ばす。
──来い! プレゼント・マイク! お前がいなければ始まらんのだ!
ヘッドセットの側面ボタンを押し、無線を開始しようとエンデヴァーが口を開く。瞬間、周囲にざわめきが起こった。ざわめきというより、歓声に近い。
エンデヴァーは歓声が起こった方向へ顔を向ける。イレイザーヘッド、プレゼント・マイク、マニュアルが汗だくで飛び込んできた。
エンデヴァーは笑う。
「休む時間は無いぞ」
「おう、任せろ」
息を荒くつきながらも、プレゼント・マイクは親指を立てた。
エンデヴァーはヘッドセットの側面ボタンを押し、無線を開始。
「これより作戦を開始する!」
『まだ来ていない部隊が三割ほどいますが、待たないのですね?』
リューキュウから無線が入る。それは質問というより、話のテンポを速めるためのアシストであった。エンデヴァーはそのおかげで自分の考えを最低限の言葉で伝えることができる。
「そうだ、待たない! だが、俺たちの作戦行動中、佐藤の仲間は必ず妨害行為を仕掛けてくるだろう! 間に合わなかった者たちはその対処に回ってくれ!
では総員! 配置につけ!」
そう言い終えると、エンデヴァーは背中から炎を噴射した。キドウの方へ前進。キドウはエンデヴァーの軌道を空の方へ変える。エンデヴァーはその影響で前進の速度のまま、空高く舞い上がっていった。
それを合図とし、他の面々も事前に伝えられた作戦の配置場所へ向かう。
「キドウさん」
ホークスがキドウのところに行き、声を掛けた。
「お、おう、頼むぜ」
キドウの声はやや緊張で震えていた。
ホークスはキドウの様子を注意深く観察。キドウは包帯を全身に巻いているため、表情は分からない。が、身体が微かに震えているのは分かる。死を恐怖しているのか?
ホークスは一抹の不安を覚えた。通常の精神状態でない者は、重大なところでミスをする可能性が高まる。何か言うべきか? しかし、リラックスさせようとして更に緊張する結果になる場合もある。
一瞬の逡巡。そして、ホークスは結論を出す。どう転ぼうとも、今の自分の本心をキドウに伝えよう、と。
「俺の翼、キドウさんに託します」
ホークスの背中にあった両翼が無数の羽根に分離し、瞬く間にキドウの背中に集まって翼を形作る。数秒後にはキドウの背中にホークスの両翼が形成されていた。
キドウは振り返り、背中に形成された両翼を見る。その後、ホークスの方に向き直った。
「……なぁ、ヘッドライトってあるか? あったら付けたいんだが……」
「ありますよ」
ホークスが羽根を一枚キドウの両翼のところから飛ばした。その羽根はHUNT部隊のバリアエンジェルからヘッドライトの付いたヘルメットをもらい、ホークスのところへ戻ってくる。その時間僅か十秒。
「ありがとな」
キドウはヘルメットを被り、ヘッドライトを付ける。
キドウとホークスの目が合った。
「ホークス。さっきの言葉、胸に刻むぜ」
キドウの僅かに出ている目と口が笑みの形になった気がした。
ホークスはハッとする。
キドウが上を向く。ホークスはそれが合図だと直感で理解した。キドウの両翼が広がり、キドウが空へ飛んでいく。
キドウの姿がどんどん小さくなっていく中、ホークスは自分の思考が間違っていたことに気付いた。死を怖れている人間なら、あそこで笑えないし、礼も言えない。何故なら、それらは自身の死を早める行動に直結するからだ。なら、何故緊張を……?
そして、ホークスは何故キドウがあんなにも緊張していたのか、その答えらしきものに辿り着く。同時に、キドウがしくじることは無いと確信した。
リューキュウはドラゴンに変身していた。鋭い爪と大きな翼、トカゲのような胴体であり、ヨーロッパ圏で一般的な竜の姿だ。その巨大な体躯は平均的な男性身長の一.五倍以上。現にリューキュウの正面で柔軟運動をしているミルコは、変身したリューキュウの胸の高さに頭がある。
「蹴り飛ばすからな」
「ええ」
「本気で! 蹴り飛ばすからな!」
「どうぞ」
平然とそう口にするリューキュウ。
──なんだよ、ちょっとビビってんのは私だけか。
ミルコは蹴るのを躊躇っている自分がアホらしくなってきた。蹴りを受け止める覚悟が相手にあるなら、自分はただ相手を信じて蹴るだけ。それでいい。余計なことを考えて相手の覚悟を無下にするのは失礼ですらある。
そう思ったら、ミルコの中の迷いは消え、むしろ全力で蹴れることに楽しみを感じ始めた。
「上手いこと私の足に乗れよ。一発勝負だからな」
「あなたの方こそ、私の重さで潰れないでね」
「潰れるかよ。私をナメんな」
「……盛り上がってるとこ悪いんだけどね、お二人さん。俺の意思は?」
睨み合ってる二人の後方。正確にはリューキュウの背に乗っているプレゼント・マイクが口を挟む。
「今さら選択の余地があると思ってんのか?」
「思ってねえけど、やっぱ心の準備ってのが──」
「ミルコ、やりましょう!」
「おし! 口閉じてろよ! 舌噛むぞ!」
ミルコの言葉で、更なる抗議の声をあげようとしていたプレゼント・マイクは口を閉じ、反射的に目も
ミルコは体勢を低くし、蹴る前の姿勢を取る。リューキュウがミルコに向かってジャンプ。ミルコはインパクトが一番強くなる位置にリューキュウが来るまで数瞬待機。からの超高速の蹴り上げ。蹴り上げられる瞬間、リューキュウはミルコの右足を足場に跳躍。リューキュウの跳躍の衝撃により、ミルコの軸足が地面のコンクリートにヒビを入れる。
──ぐっ……! 負けてたまるかよッ! 勢いを落とすな! 蹴りきれ!
ミルコは歯を食いしばる。が、表情は楽し気な笑み。
「らァッ!!」
蹴りの勢いと跳躍のエネルギー。普通なら蹴り足でジャンプされたら反動で蹴りの速度は遅くなる。が、ミルコはそこを恐るべき強靭な身体能力により、体勢を崩さず耐えたばかりか、蹴りの威力も落とさなかった。だからこそ生まれた莫大な上昇力。リューキュウと背中にしがみつくプレゼント・マイクの姿はあっという間に見えなくなった。
二人の姿が見えなくなった後、右足を高く上げた体勢で空を見上げていたミルコは、そのまま後ろに倒れるようにして尻もちをつく。そして、軸足となった左足を両手でマッサージするように揉んだ。
「重かったなぁ……」
思わず本音の呟きが口から出てしまい、ミルコは微笑した。
──佐藤に目に物見せてやれ。
ミルコは心の内でリューキュウとプレゼント・マイクにエールを送った。
リューキュウとプレゼント・マイクは遥か上空まで数秒で舞い上がり、勢いが無くなってからはリューキュウの翼で上昇を続けた。今日は雲の少ない晴天ではあるが、リューキュウたちは数少ない雲付近の高度に達している。
そこで、エンデヴァーからの無線が入った。
『作戦をもう一度確認しておく。まずプレゼント・マイクが旅客機に対し、ヴォイスで乗客にメッセージを届ける。その後、国会議事堂へ降下してきた旅客機をキドウが軌道変更。その際、俺が旅客機の
最後に、お前たちに問う。俺たちは仕事でこの場に立っているのか? それだけじゃない筈だ。俺たちはそれぞれ信念を持ち、人々を守る使命がある。各員、命を惜しいと思うな。俺たちの助けを待つ者のため、命を使い尽くせ』
エンデヴァーからの無線が切れる。
リューキュウとプレゼント・マイクはエンデヴァーの無線を聞き、胸が熱くなっていた。おそらく今の無線を聞いた者全員が同じ気持ちであろう。自分を奮い立たすため、雄叫びをあげたくなった筈だ。
リューキュウの背中でバランスを取ることに慣れてきたプレゼント・マイクは、無線をヒーロー公安委員長と繋がる周波数へ変更し、無線通信を開始。
「あんたがヴォイスのタイミングを教えてくれる手筈だったよな?」
『ええ。佐藤の乗る旅客機は航空管制機関及び人工衛星で正確な位置をリアルタイムに把握している。もちろん航空速度もね。それらとあなたのヴォイスの最短交差点を割り出す。そういう計算が得意なオペレーターがいるのよ。タイムラグを無くすため、そのオペレーターに代わるわ』
『はい、今代わりました。計算は終わってます。今からホークスに羽根を動かしてもらうので、私が《今》と言ったら、その羽根目掛けてヴォイスを使用してください。ご心配なく。ちゃんとヴォイス発動までのラグを考慮して合図を送りますから』
プレゼント・マイクに挟まるようにして付いてきたホークスの羽根が動く。
この羽根にはGPS付きカメラがくっついており、この位置情報を元に今のオペレーターが計算をした。
ホークスは別通信で指示を貰っているようで、こちらにはホークスへの指示やホークスの声等一切聞こえない。おそらく混線しないよう通信を場合に応じて使い分けることで、円滑な連携が取れるようにしているのだろう。
ホークスの羽根はプレゼント・マイクから見て右斜め上の位置で止まる。
「リューキュウ、大丈夫か?」
「……え!? な、何が?」
「足だよ、足。ミルコの蹴り受け止めたよな? だいぶ痛むんじゃねえの?」
「飛ぶことに問題は無いわ」
「……そりゃそうだろうけどよぉ……」
プレゼント・マイクの表情が曇った。
リューキュウは平然とした表情でこの高度を飛び続けている。だが、この飛行はそんな楽なものではない。空気が薄く、成人男性一人分の重量を背負っているのだ。それでも苦し気な表情を見せないのは、リューキュウのヒーローとしてのプライドを感じさせた。
プレゼント・マイクの表情が引き締まる。リューキュウの背中で片膝立ちの姿勢になった。
「合図があったら、俺は前に跳ぶぜ」
「何をする気!?」
「俺はあの飛行機ぶっ壊すつもりでヴォイスを使う。ヴォイスの指向性は極限まで絞るけど、それでもお前に影響が出ちまうかもしれねえ。仲間は傷つけたくねえよ」
プレゼント・マイクの言葉で、リューキュウは悟った。旅客機の防音装甲を貫くほどの音をぶつけるのだから、至近距離にいるリューキュウがまともに食らった場合、鼓膜が破れるどころか三半規管にダメージが入り、飛ぶことすらままならなくなる可能性がある。最悪なケースであれば、気を失ってそのままプレゼント・マイクと共に地面に落下することも考えられる。
そうしないためのプレゼント・マイクの選択。それが、リューキュウの背中から跳んでリューキュウより前に体がある状態で前方にヴォイスを放つという選択だった。
『今!』
オペレーターから合図の声。
プレゼント・マイクはオペレーターの声がしたと知覚した瞬間から前に跳んでいた。青空と航空写真で撮ったような東京が下にある。プレゼント・マイクはその光景を見てはいない。ただ一点。ホークスの羽根だけを見据えている。
「ベルト外せェェェェ!!」
それは音の爆弾だった。最も影響の少ない後方であっても、リューキュウは思わず両手で耳を塞いだ。リューキュウは見た。ヴォイスの方向を示していたホークスの羽根のカメラが衝撃で砕け、羽根が吹き飛ばされていくところを。
「お、お、おおおお、アアアアアア!」
プレゼント・マイクが涙目になりながら落ちていく。
リューキュウはすかさず落ちているプレゼント・マイクの方に飛行し、百メートルほどプレゼント・マイクが落ちたところでキャッチ。
プレゼント・マイクは涙目だけでなく泡を吹いていた。
「……下、下見ちまった……」
「ふふ、締まらないわね」
そう言いつつ、リューキュウはプレゼント・マイクに見えるように親指を立てた。プレゼント・マイクも息絶え絶えの状態で親指を立てる。
後はこの声が旅客機の乗客に届いたことを祈るだけだ。
リューキュウとプレゼント・マイクはそのまま地上目指して降下していった。