ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第36話 クレイジーダンス

 猿石はドローンから送られてくる映像により、エンデヴァー、キドウ、リューキュウ、プレゼント・マイクが空に飛んでいくのを知った。

 すぐさまインカムを入れる。

 

「爆撃ドローンを起動させてください」

『了解だ』『了解』『分かった』

 

 そういった返事が続々と聞こえた。

 ヒーロー側は思いもしていないだろう。こんな大掛かりな旅客機墜落作戦が、佐藤側にとって実はあまり重要な作戦ではないことを。確かに成功させられるならば、それに越したことはない。だが、そもそもこの作戦の真の目的は国会議事堂を旅客機で押し潰すことではなく、旅客機墜落を『(エサ)』にできる限りヒーロー側の戦力(リソース)を削ることなのだ。

 

 ──まあ、エサだって分かってても食いつくしかないけど。

 

 猿石はヒーローに少しだけ同情した。

 罠だからと旅客機の墜落を許してしまえば、多数の人命の喪失のみならず、ヒーローの信用も地に墜ちてしまう。罠だと分かっていても人命がかかっていたら飛び込まなければならない、ヒーローという仕事の過酷なところだ。切り捨てることができない。だからこそ、常にヴィラン側がヒーローの動きをコントロールできる。

 

「起動するだけでいいのか?」

 

 強面のヴィランが訊いてきた。

 猿石は強面のヴィランの方に顔を向ける。

 

「ええ、そうです。プログラミングと設定は事前に終わってますから」

「プログラミング!? そんなことまでやれるのかよ!?」

「いえ、僕も一からプログラミングしたわけじゃないですよ。元々自動操縦のプログラムが入ったドローンを購入して、そのプログラムの安全に関わる部分を修正しただけで」

「ああ、成る程な。賢いじゃねえか。そこだけの手間で済んだのか?」

「いえ、そこからが大変で……。ヒーローのプロフィール画像を全部保存したうえでそれら全てに優先度を振って、優先度の高いヒーローから狙うように設定しないといけなかったんですよ。まあ上位ヒーロー以外の優先度は全て同じ優先度にしたので、そこは楽だったですけどね」

 

 ドローンの自動操縦には、対象を自動追尾するトラッキング方式がある。猿石が利用した元はこれであり、猿石は更にここから追尾中でもより優先度の高い人物を見つけたら追尾相手を切り替えるといったアレンジを加えた。ちなみに、爆撃ドローンの攻撃方法は対象にぶつかったらその衝撃で取り付けてある爆弾が起動、ドローンもろとも対象を殺害するという、いわゆる自爆特攻である。

 それらの説明を聞いていた強面のヴィランは、猿石に対し恐怖にも似た感情が湧き上がってくる。

 

 ──こいつが『無個性』? 冗談キツいぜ。金と時間があれば、こいつほどの『強個性』他にねぇぞ。

 

 佐藤に出会う前の猿石は、潤沢な資金も無ければその能力を発揮することもほとんど無い環境だった。それが佐藤と行動することで一変した。

 

 ──技術が進化すればするほど、相対的にこいつの能力も強化される。つまり、こいつの可能性は……無限。

 

 進化した機械をプログラミングで手足のように操作し、ハッキングとウイルスで相手の電子機器を無力化及び奪取。猿石のやれることを考えれば考えるほど、その範囲の大きさに戦慄する。

 

『ドローンの起動、完了』

 

 インカムが入った。

 猿石はインカムを入れる。

 

「狙撃班がいますので、彼らの狙撃後に自動操縦を開始してください」

 

 佐藤は旅客機を止めるつもりならばかならず上空に行くだろう、と予想した。故に狙撃班を屋上に配置し、上空のヒーローを狙撃するよう指示を出した。無警戒の状態で狙撃できるのはおそらく一度。その後は、猿石の爆撃ドローン軍団が主導となる。

 猿石は笑みを浮かべた。その瞬間が待ち遠しくて仕方がない。

 強面のヴィランが猿石の笑みに気付く。

 

「随分楽しそうじゃねえか」

「上位プロヒーローなんて特別の中の特別ですからね。そんな相手に僕みたいなのが通用するのかどうか、試したくてワクワクしますよ」

 

 猿石は笑みを浮かべたまま、強面のヴィランの方に顔を向けた。

 そのやり取りを見ていた二十前後の女ヴィランが、猿石に近付く。

 

「初めて会った時から思ってたんだけど、髪縛った方が良いと思うよ」

「……はい?」

 

 猿石の顔から笑みが消えた。困惑しながら女ヴィランに視線をやる。

 猿石とは逆に、強面のヴィランは女ヴィランの言葉にツボって腹を抱えて笑った。

 

「ダハハハハハ! 確かに! 遠目で見たら地味な貧乳女みたいな見た目してるもんな!」

「じ、地味な貧乳女……」

 

 わりと本気でショックを受ける猿石。

 俯く猿石の視界に髪ゴムが乗った手が入ってくる。

 

「私の髪ゴムあげる」

「……え、あ、ありがとうございます」

「髪、縛ってあげるね」

 

 視界にあった手が引っ込み、女ヴィランが両手で猿石の髪を後ろに一纏めにして、髪ゴムでまとめた。その後、女ヴィランは猿石から顔を離し、猿石の顔を見ると満足気に頷く。

 

「うん、いい感じ!」

 

 この作戦に参加した全ヴィランの情報は、事前に目を通している。今髪を縛ってくれた女ヴィランに関してもそうだ。彼女の個性は『可燃気体(バーンガス)』で、可燃性のガスを発生させ、いつでも好きなタイミングで爆発させられる。彼女は高校生の頃に家族とちょっとした言い合いの最中に興奮し、個性が暴走して家を爆破させたという過去がある。それから放火衝動が強くなり、ヒーローから逃げながら放火する放火魔となった。世間からみれば、この女ヴィランはとんでもない悪人だ。

 だからだろうか。

 

「こっちの方がカッコいいよ」

 

 そう言って笑う彼女の顔がとても眩しくて、魅力的なものに見えた。

 善人だからといって行動全てが善ではない。同様に、悪人だからといって行動全てが悪ではない。

 

 ──善人とか悪人とか、くだらない価値観なのかも。

 

 彼女の笑顔を見ながら、猿石はそんなことを思った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 建物の屋上。

 そこに狙撃銃を構えた女ヴィランとフィールドスコープを構えた男ヴィランがいる。

 女ヴィランは二十歳前後の若い女であり、ピンク色の長髪とワインレッドの瞳だ。服装は茶色のハンチング帽を被り、黒のTシャツとデニムショートパンツ。うつ伏せで狙撃銃のスコープの視界に集中している。狙撃銃で使っているのは対物ライフルバレットM95で、装弾数は五発のボルトアクション式。銃弾は十二.七✕九九ミリ。

 男ヴィランは四十後半の男で、黒髪短髪でブラウンの瞳。服装は胴体にアーマーを身に付け、黒の長ズボンを着ている。彼もまた、フィールドスコープから見える視界に集中していた。彼は観測手(スポッター)であり、目標までの距離や角度、風向き、風速、天候その他諸々を観測し、狙撃手のサポートをする。このフィールドスコープはレーザーを照射し、レーザーの当たった位置で標的までの距離を正確に計ることができる。

 

「AとFの上昇、確認。FにはBの翼がある。佐藤の読み通りだ」

 

 エンデヴァーとキドウが空に舞い上がっていく姿を、男ヴィランはフィールドスコープから目線を離した肉眼で見た。

 

「見えている。Aにスコープを合わせた」

 

 女ヴィランはエンデヴァーの方に照準を合わせた。最優先ターゲットに指定されているエンデヴァーと優先順位六番目のキドウでは、エンデヴァーに狙いを絞るのは至極当然の選択である。

 

「了解。Aをスポットする」

「私たちより上空に行った。うつ伏せから姿勢を変更」

 

 女ヴィランは十キロはあるバレットМ95を軽々と持ち上げ、屋上の端の壁に座り、もたれるようにして体を固定。立てた膝に銃身を持つ腕の肘を当てて座射の姿勢。射撃時、反動のブレを極力排除するが、うつ伏せでの射撃と比べたら精度は落ちざるを得ない。

 座射の姿勢になる時、風が吹いた。女ヴィランのハンチング帽が飛ばされる。女ヴィランの頭には小さな角が二つあった。

 男ヴィランが飛ばされたハンチング帽をキャッチし、そのまま女ヴィランの頭に被せる。

 

「鬼の力、見せてもらおうか」

 

 男ヴィランが挑戦的に笑った。女ヴィランは微かに口元を緩めたが、すぐに引き締まる。

 

「銃の撃ち方は覚えたが、人に向けて撃つのはこれが初めてだ」

「気楽に行こう。Aとの距離、八四四、南東の風、風速二メートル。八五一、八五四、まだまだ上昇している……完全に停止するまで待て」

「……まだか」

 

 女ヴィランはスコープのウィンデージを回して、風速の情報を元にスコープを調整。引き金にかかっている指が微かに震え、じんわりと手汗が滲む。現ナンバーワンヒーローといってもいいエンデヴァーを葬れるかもしれないチャンス。平常心でいろと言う方が無理がある。

 

「……止まった、止まったぞ! 距離九二七、風向き風速共に変わらず! 撃て!」

「ふぅッ──」

 

 女ヴィランは息を吐いて止めた。スコープの照準はエンデヴァーではなく、エンデヴァーより上を狙っている。本来であれば距離も調整してレティクルの真ん中にいくようにするべきだが、彼女はスコープにある目盛りを基準とした。風速の調整はできても、距離の調整は実際に撃ってからでないと完璧な調整は難しいからだ。

 女ヴィランが息を止めたまま、引き金を引いた。轟音。女ヴィランの視界で火花が散る。全身に痺れるような衝撃。同時に、エンデヴァーに向かって銃弾の蒸気の線が伸びた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 佐藤が操縦席に座っていると、飛行機が急に激しく揺れた。機内もビリビリと振動。同時に、男の大声が響き渡る。

 

「ベルト外せェェェェ!!」

「…………」

 

 佐藤は無表情で数秒その言葉の意図を考えた。その後、佐藤は微かに笑う。

 

「成る程ね。そういう作戦かぁ……」

 

 事前に考えていたヒーローの対応のパターンの一つに、このパターンがある。旅客機の乗客に協力を求め、助けようとするパターン。正直な話、一番可能性があると考えていたパターンであり、一番読みやすいパターンでもある。佐藤にしてみれば、その分多少退屈なパターンだ。だが、前の世界ならともかく、この世界には個性という能力や特徴がある。その不確定要素はパターンの退屈さを余裕で吹き飛ばすほどの魅力的な要素だ。

 

「それにしても、やっぱりヒーローなんだねぇ」

 

 命を懸ける覚悟はあっても、切り捨てる覚悟が無い。そのレベルなら、付け入る隙はいくらでもある。

 なんにせよ、こうしてヒーローのリアクションが伝わったことで、佐藤の気分は高揚していた。

 

 

 一方その頃、乗客の方にも騒ぎが起きていた。

 激しい機体の揺れと同時に「ベルト外せェェェェ!!」と男の大声が聞こえたからだ。

 この声が聞こえる前まで、乗客は絶望に沈んでいた。ヒーローが次々に殺され、しかも殺した相手は佐藤。佐藤といえば、銃撃爆撃当たり前の超危険人物であり、何よりヤバいのはその被害規模。一般人を何人巻き込もうが気にしない、むしろ巻き込むように被害を出す最低最悪のヴィラン。そんなヴィランにハイジャックされたとなれば、当然人質となった自分たちの未来に希望の光は一寸すら無い。泣いている乗客も少なくなかった。

 そんな状況下で、この声を聞いたのだ。

 

「え……何今の……」

「誰の声ぇ……?」

「今の声、プレゼント・マイクだ! 雄英の体育祭とかでよく聞く声に似てる!」

 

 乗客の一人がそう言い、他の乗客も「言われてみれば確かに……」と納得する声があがる。

 雄英は全国ナンバーワンのヒーロー学校であり、ヒーロー全盛期である今、雄英生徒の活躍が見れる体育祭はテレビで中継されるほどの人気がある。雄英の教員でもあるプレゼント・マイクはその体育祭の実況もやっており、プレゼント・マイクの声は全国的に有名であった。

 

「でも……ベルト外せって何……?」

「空にいるんだぞ……! ベルトを外すなんてとんでもねぇ!」

「そうだよ! 通常航行時ならともかく、ハイジャックされた飛行機なんていつ降下するか分かんないんだから!」

「ならこのまま……佐藤が何かするまで待つの?」

 

 パニックになっている機内の中、女性の落ち着いた声が響く。その声はゆっくりとパニックの乗客たちに浸透し、言い合いをしていた乗客たちが徐々に口を閉じていった。そして、静寂。

 機内が静まり返ったところで、落ち着いた女性は再び口を開く。

 

「みんな、内心分かっているでしょ? このまま待っていたって、事態は好転しないって。あの佐藤が、何事も無くこの飛行機を着陸させると思う?」

 

 乗客はその言葉で表情を暗くし、俯いた。みんな、内心分かっている。自分たちが生き残れる確率は限りなく低いのだと。

 

「……私には、もうすぐ五歳になる息子がいるの」

 

 女性は携帯の電源ボタンを押した。バックライトが点灯し、ホーム画面が映る。

 

「息子は口を開けばヒーローになりたい、ヒーローになるんだって言うのよ。その度に私は、きっとなれるよって言うの。このまま何もしなかったら、私たちの運命は佐藤に預けることになる。それでいいの!? 私は嫌! それなら、私はヒーローに賭ける! 息子が信じて、憧れているヒーローに!」

 

 乗客が次々と顔をあげ、その女性の方を見た。そして、自分を座席に縛り付けているシートベルトの方に視線を移す。

 このシートベルトを外すという行為は、乗客にとってただ自分の体が自由になるという単純な話だけではない。これを外すという選択は、自身の運命を成り行きに任せる傍観者から自身の運命を選択する当事者へと変化させるということでもある。すなわち、この理不尽な状況に絶望して祈るか、この理不尽な状況と戦うかという分かれ道。

 彼らは互いに視線を交わし、頷き合う。シートベルトに手を持っていき、シートベルトを外した。

 この飛行機に乗っている乗客の人数は百十二人。それだけの人数が、プレゼント・マイクの一声がきっかけとなって一斉に自由を取り戻した。そして、彼らは先ほどとは打って変わって希望を抱いている。

 だが、ここから話がおかしな方向へといってしまう。

 いつの時代も、気分の高揚と多人数というものは感覚を麻痺させることがある。俗に言う集団心理というものだ。

 集団心理を簡単に説明すると、多数派の意見に同調し追随したくなる心理である。その意見が正しいかどうかは関係ない。多くの人と同じ行動をとる安心感。それが正誤や善悪の壁を破壊し、時に判断を誤らせる。

 きっかけとなるのは、ある一人の男の言葉だった。

 

「なぁ、俺たち全員で佐藤に襲いかかれば、佐藤を取り押さえられるんじゃねえか?」

「え……?」「な、何を言ってるのよ!」「危ないぞ!」「無理だろ!」

 

 次々に湧き上がる非難の声。だが、男は食い下がる。

 

「いや、勝算ならある! 佐藤の姿を俺たちは見ただろ? 武器を隠しておけるところは持ってたハンドバッグくらいだった。ということは、佐藤が飛行機に持ち込めた武器はそんなに多くない筈だ。しかも、その武器の大半をこの飛行機を警備していたヒーローに使用している」

「だからって、佐藤がどんな『個性』を持ってるかもハッキリしてないし! 無謀だよ!」

「確かにハッキリとした『個性』は未だに分からない。でも、考察はされてた。おそらく回復系か分身だってな。でも、分身なわけない。もし『個性』が分身だったら、もうすでに俺たちの方に分身体を置いているだろう。回復系の『個性』にしたって、この人数相手じゃ焼け石に水さ。俺たちで取り押さえてしまえば、何もできない」

 

 佐藤の個性が何かという考察は、テレビ番組の1コーナーになるほど人気があった。それだけの話題性とミステリアスさを佐藤というヴィランは持っていたのだ。

 非難の声をあげていた人々は口を閉じる。男の言い分を自分の中で消化して思考するために必要なことだった。

 一拍置き、静まり返った中で男は力強く声を出す。

 

「このままただヒーローの助けを待ってみろ! いざその時になったら、佐藤が妨害してくんのは火を見るより明らかなことじゃねえか! どのみち佐藤と戦うことになるんだったら先手を打つべきだろ! こんな広い場所で佐藤とやり合うより、操縦室みたいな狭い場所の方が逃げ場も無いし、確実に勝てるさ! そんで、ヒーローも手を焼くような凶悪ヴィランを捕まえてさ、俺たちでもヒーローになれるんだってとこを見せてやろうぜ!」

 

 男がグッと握り拳を作る。

 乗客たちはだんだん、男の言葉が正しいような気がしてきた。これだけの人数がいて、負けるわけがない。それに加え、ヒーローが負けっ放しのヴィランを捕まえられるかもしれないという魅力。

 

「……やるか」「やっちまおう!」「ヒーローになろう!」「俺たちもやれるんだって見せてやろう!」

 

 空気が変わった。どんどん空気が熱気を帯びていく。その熱気は次々と伝播し、乗客を興奮の中へと突き落とした。

 

「ちょっと!? 冷静になって! そんな簡単な相手なわけ──」

 

 そんな中で一人、息子がいると言っていた女性だけは男の判断を考え直すように声を出したが、その声は他の乗客たちの興奮した歓声によって掻き消された。

 

「なら俺は、決定的瞬間を撮影するぜ」

 

 乗客の一人が携帯を取り出し、カメラを起動。録画を開始した。

 乗客たちは我先にと操縦室の方に走り出し、扉を開けようとする。が、開かない。乗客たちが顔を見合わせ、息を合わせて力を入れることで、信じられないくらいに重い扉を開けて操縦室になだれ込む。そして、一発の銃声。勢い任せに飛び込んだ先頭の男の額が撃ち抜かれ、そのまま副操縦席に頭から突っ込む。

 銃声と操縦室の状況──死体がところどころに転がり、脳が溢れ落ちている頭や血まみれの床と壁──が、乗客たちの興奮状態をまるで冷水をぶっかけたように冷ましていく。

 佐藤は操縦席に座りながら、拳銃を扉の方に向けていた。あれだけガタガタ扉を揺らしていれば、たとえ向こうの音が聞こえてなくても異常に気付く。

 

(デコイ)はデコイらしく、大人しくしときなよ」

 

 佐藤は操縦席に座ったまま、顔だけ振り向いている。その落ち着き様は、数で押せば勝てると思っていた乗客に再び恐怖心を思い出させた。

 佐藤は引き金を引く。更に三人の頭を撃ち抜き、三人は扉のところで折り重なるように倒れる。

 

「……あ……あぁ……」

 

 乗客たちの足が竦み、その場から前に行くことも後ろに下がることもできない。少しでも動いて佐藤の気を引いたら、その瞬間撃ち殺されそうで、彼らは金縛りにあったように硬直した。

 

「命の使いどころはちゃんと考えた方がいい。特に、君たちは残機がないんだから」

「ざ……残機……?」

 

 乗客の一人が恐怖に顔を引きつかせながらも、佐藤の聞き慣れない言葉を復唱。

 佐藤はそんな乗客の言葉を無視し、その乗客に拳銃の照準を合わせる。

 瞬間、乗客たちの後方から女性が押し退けながら飛び出してきた。佐藤は反射的にその女性の方に照準を変える。射撃。しかし、女性は自らの両腕から爪の先まで岩に覆われていて、岩で覆われた右手で銃弾を弾いた。その勢いのまま、佐藤の顔面に岩の右拳を振り下ろす。が、その右拳は佐藤に届く寸前に何かに止められた。まるで佐藤の顔と右拳の間に分厚い透明な板があるようだ。

 女性には見えないが、女性の拳は黒い異形の右手によって止められている。拳が当たる直前、佐藤はIBМを使用して、異形を創り出していた。

 

「……あ〜あ、ここで使うつもり無かったのに」

「くッ!?」

 

 ──私の右手、動かない! 何かに掴まれてる!?

 

「早く逃げて!」

「……その『個性』……思い出した! あんた数年前に引退した岩腕のヒーローの……!」

「逃げろって言ってるでしょ!?」

 

 その女性の剣幕に押され、乗客たちは一斉に逃げ出した。

 女性は右拳を掴んでいる何かに向かって左拳を振り下ろし、異形の右手を破壊することで右拳の自由を取り戻した。

 異形の破壊された右手はすぐに再生し、異形は女性に跳びかかりながら左手を振り下ろす。女性は両腕を縦に合わせて顔から腹部までを守る岩の盾を形成していたため、異形の左手は女性の岩腕に爪痕を残して吹っ飛ばすだけで終わった。女性は扉を利用することで上手く体勢を整える。衝撃のあった腕の部分を見ると、化け物が引っ掻いたような爪痕が残っていた。

 

 ──これ、間違いない! 何か透明な生物を操ってる? それとも生み出している? どちらにしても、透明な何かを操作する『個性』! これが佐藤の『個性』なんだ!

 

 女性はチラッと背後を振り返る。

 突入前に携帯で撮影している男は、未だに携帯をこちらに向けながら逃げていた。あの男が生きてヒーローにその録画映像を提供できるなら、きっとヒーローは見抜く。佐藤の『個性』が透明な生物を使う『個性』なんだって。

 今やらなければならないこと。それは、佐藤を倒すことじゃない。録画映像がヒーローのところに届くよう、この部屋から佐藤と透明な生物を出さないようにしてあの男を守ること。

 そんなことを女性が考えている間にも、異形は動きを止めない。佐藤は操縦席に座ったままだ。

 女性は扉を閉める。ほぼ同時のタイミング。異形は腕を振り回し、今度は岩腕ごと女性を壁に叩きつけた。

 

「ぐぁ……ッ」

 

 壁に叩き付けられた衝撃で、携帯が女性のポケットから落ちた。落ちた衝撃で、携帯画面が映る。女性の息子の画像のホーム画面。

 異形はチラリと携帯画面を見た。それから、再び腕を振るって女性の体を扉に叩きつける。

 

「デコイなんて言って悪かったね。君はしっかり(スコア)だよ」

 

 佐藤が正面の光景を見ながら、そう言った。

 異形が壁に叩きつけられて四つん這いになった女性の首を掬いあげるように右手で掴み、そのまま持ち上げて扉に押さえつける。女性の両足は床に届かず、女性はジタバタと両足をバタつかせた。

 

「息子がいるみたいだね。大丈夫! 君の息子は強い子だ! 母親がいなくなったって、立派に成長するよ!」

 

 佐藤が明るい声で言った。

 女性は歯を食い縛り、両腕の岩を伸ばすことで両壁に穴を空け、自身の体を固定。扉が開かないよう自身の体でブロック。これで、扉を開けるためには女性の体をどかさなければならないが、どかすためには女性の両腕を切断して両腕を壁から引き剥がさなくてはならない。かなりの時間稼ぎになる。

 女性は正面を見続ける佐藤の後ろ姿を睨む。

 

「……最後は……最後は必ずヒーローが勝つ……! 覚えとけクソ野郎!」

 

 異形の左拳が女性の頭を殴り潰す。それでも、岩腕は元の腕に戻らず、両壁に突き刺さったままだった。

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