おそらくそれは、エンデヴァーというヒーローの持つ幸運だったのだろう。
上昇を止めて停止した時、視界の端にチカッとした光が見えた。その光は対物ライフルの高倍率スコープの反射光である。
エンデヴァーはその時も佐藤が目の前で自爆する直前に感じたような恐怖を抱く。防衛本能が動かないとヤバいという警鐘を鳴らした。脊髄反射に近い速度で、エンデヴァーは右方向に全力噴射。エンデヴァーの体が左に高速移動。瞬間の轟音。チッとエンデヴァーの右脇腹を何かが抉った。
「……ッ!」
エンデヴァーは右脇腹を見た。ヒーロースーツが破れ、右脇腹から血が溢れ出している。直撃ではない。ほんの少しかすっただけだ。にも関わらず、この威力。直撃していたら冗談抜きで胴体が吹き飛んでいただろう。
エンデヴァーは右手のフィンガーレスグローブを抜き、口に入れる。そのまま自らの炎により、右脇腹を焼くことで素早く止血。この判断にはカロリーメイカーが後方支援していることも関係している。カロリーメイカーのヒールボトルがあれば火傷でもきれいに治すことができるため、エンデヴァーは後のことを考えず現状での最善の応急処置をした。
「ぐぅッ!!」
エンデヴァーの口から呻き声が漏れる。肉を焼かれる凄まじい激痛。フィンガーレスグローブを口に入れた理由は、あまりの痛みで舌を噛まないようにするためだった。
エンデヴァーは止血しつつも、目は反射光のあった場所に向けている。建物の屋上。おそらく二人。豆粒のような小ささだが、動いているので人間だと判断した。
止血が完了したエンデヴァーは口からフィンガーレスグローブを右手で取り出し、そのまま右手から噴射した炎によってフィンガーレスグローブを炭に変えた。その後、右手を握りしめ、スナイパーのいた場所を睨む。
◆ ◆ ◆
「クソッ! 狙撃失敗! 狙撃失敗!」
男ヴィランの焦り混じりの声。女ヴィランはスナイパーライフルのボルトアクションをしている。空薬莢の排出と次弾装填。排出された空薬莢が落ち、キンッという金属音が響く。
狙撃をしくじった二人組のヴィランは慌てて次の段階に行動を移している。狙撃をしくじった敵陣ど真ん中にいるスナイパーが次やることは一つしかない。狙撃ポイントからの逃走である。
「逃げるぞ!」
中年の男ヴィランが両手を上に向けた。その両手の平の中に黒い渦が発生。そのまま渦が凝縮されていき、最終的に野球ボールほどの黒い球体となる。
対物ライフルを持っていた女ヴィランはその間に対物ライフルを屋上の壁に立て掛け、黒い球体が完成した瞬間、右手の方の黒い球体を掴んで思いっきり真横に投げた。男ヴィランは左手の方の黒い球体をそのまま下に落とす。
女ヴィランが投げた黒い球体はやがて遠くにある建物にぶつかり、黒い球体はぶつかった瞬間に人一人が通れるほどの楕円の染みを作った。ぶつかったところが壊れるとかそういうのは一切無い。本当にただ楕円の黒い染みを作っただけだ。
だがその染みは、男ヴィランの足下に落ちたもう一つの球体も同様に楕円の染みを作った場合、変化が生まれる。ただの黒い楕円の染みから別の場所の光景が見えるようになり、その周囲に黒いモヤを発生させていく。
これがこの中年男の個性『
男ヴィランは足下の別の場所が見えている門に飛び込む。女ヴィランも立て掛けていたバレットМ95を掴みながら男ヴィランの後に続いた。やがて屋上にあったポータルは消え、屋上から人の気配は全て消失。スナイパー確保のため、屋上を目指しているヒーローたちを嘲笑うような無駄の無い逃走であった。
高層ビルのフロア内に移動した二人は背後を振り返る。窓からさっきまで自分たちがいた建物が見えた。遠くにあるため、小さく見える。
「佐藤から狙撃班に入るよう言われた時は耳を疑った。しかも
「そうだな」
「今後のために、今夜ディナーでもどうだ? 退屈させないぜ」
「あなたが佐藤さんみたいになったら、付き合ってもいい」
「……ハードル高すぎんだろ、それ……。まあ、お前が佐藤に心酔してるのは、そのハンチング帽で薄々気付いていたけどな」
男ヴィランは女ヴィランの頭の上に乗っているハンチング帽を指さす。女ヴィランはハンチング帽を右手で持って得意気に被り直した。
「私もあんな風になりたいんだ。どんな状況でも余裕があって、強くて、クールで、カッコいい人間に。あなたは弱そうだ。武勇伝を聞いてもきっとつまらない」
「はぁ、やれやれ。振られちまったか。鬼の具合ってのがどんなものか確かめたかったのに」
「だったら振られて良かったな。確かめてたら大事な部分が潰れてたぞ」
男ヴィランは思わず股間を両手で押さえた。顔から血の気が引いていく。
「冗談だ」
女ヴィランは無表情でそう言いつつM95ライフルのスコープを覗き込み、自分たちがいた建物の方を見る。そこで見えた光景は、次々と多数のドローンが上昇していく光景だった。
「次の狙撃ポイントに行くか」
「了解」
無人となっているフロアを二人は走り抜ける。どうやらこの付近の民間人は避難しているようだ。これなら次の狙撃ポイントも楽に確保できるだろう、と女ヴィランは思った。
◆ ◆ ◆
エンデヴァーは建物の屋上にいた豆粒のような物体が唐突に消えたところを見た。
「ワープの『個性』持ちだと……? 黒霧は捕らえた筈……」
かつて
そんな『個性』を持つ者が佐藤側にいる。これはとてつもなくヤバい。奴を早急に捕まえなければ……。
──クソッ! 奴らはここで確実に捕まえなければならない危険人物だ! だが、奴らを追跡したら旅客機が……!
故に、エンデヴァーの選択は狙撃したヴィランの追跡ではなく、インカムの発信ボタンを押すという選択になった。
「こちらエンデヴァー! たった今ヴィランに狙撃された! 狙撃したヴィランはワープらしき『個性』で逃走! 難しいとは思うが、その現場近くにいるヒーローは逃走したヴィランの確保に全力を注いでくれ!」
エンデヴァーの言葉に、インカムから『了解』という返事がいくつもあった。
その返事にエンデヴァーの気分はほんの少しだけ晴れたが、次の展開にそのほんの少しの晴れた気分は吹き飛んだ。
エンデヴァーの視界では、ミニチュアのような建造物を背景に小さな粒が渦を巻くように縦横無尽に動き回りながら上昇してきている。
それがドローンであり、ヴィランの攻撃であると理解した時には、はっきりとドローンだと分かるくらいにはそれらは接近していた。この時のドローンは爆発物が取り付けられていたため、重量の関係で速度は平均的なドローンより遅くなっている。だが、時速にして六十キロは出ているから、攻撃手段としてみたら決して遅くない。
エンデヴァーは多数のドローン群の先頭に凝縮した炎を噴射した。まるでレーザーのように見えるその攻撃は先頭ドローンを正確に貫き、破壊。同時に破壊されたドローンが爆発。爆風と爆風に乗ったドローンの破片が辺りに撒き散らされる。
「……何ッ!?」
エンデヴァーの顔が驚愕に染まる。ドローンが爆発したことも驚いた要因の一つだが、一番驚いたことは今の爆発に他のドローンが一台も巻き込まれていないことだ。それはつまり、各ドローンが爆風範囲を計算に入れたうえで動いているということであり、更に言えばこんな条件を常に満たしながら全てのドローンを手動操縦など至難の操縦技術が要求される。となれば、これらのドローンは自動操縦ということになる。これだけ複雑な動きをさせながら、そういった細かい条件を満たせるプログラムを構築できる奴が、佐藤側にいる。
──プログラミングに長けた奴が佐藤側にいることは確定! 佐藤はサイバー戦においても優位に立てるということか!
しかし、とエンデヴァーは頭を切り替える。サイバー戦、電子戦、情報戦等のことを今考えても仕方無い。第一、それらの闘争にエンデヴァーは無力だ。
今考えるべきは、眼前の脅威。エンデヴァーは浮力を維持するため下への炎噴射をし続けなければならない。その影響で攻撃できる方向というのが限定され、死角となる部分がある。
エンデヴァーは炎のレーザーを肩や両腕に取り付けられている噴射口から噴射。ドローンは捉えられない速度ではなく、規則正しい動きをする。パターンを読み切れば、攻撃を当てるのは容易。次々とドローンを撃ち落とし、爆発の花が首都上空に咲いた。細かなドローンの破片の雨が周辺に降り注ぐ。ドローン攻撃は終わらない。爆煙を切り裂いて、ドローン群が迫ってくる。距離にしておよそ三百。
エンデヴァーはインカムの発信ボタンを右手で押す。
「ドローンは爆発物を搭載! 操縦は自動操縦だ! 総員、冷静に移動パターンを見切れ!」
早口でインカムにそう言いつつ、エンデヴァーは炎のレーザーを噴射し続ける。三台破壊。爆発。爆煙から多数のドローン群。距離二百二十。
『了解』
という声でインカムが混線。最低限の情報は伝えたし、そこから佐藤側にプログラミングに長けた奴がいることは察せられる。これでエンデヴァーはドローンとの戦闘に集中できるようになった。が、戦闘に集中できることが必ずしも良い影響を及ぼすわけではない。
──俺は旅客機の乗客を助けつつ旅客機を破壊するという役目がある。そのための準備や調整も必要だ。だが、これではそれをする余裕が無い。どうする!? どうすればいい!?
ドローン群飛来。数にして残り十九。爆風範囲は目測で十から十五メートルといったところか。
エンデヴァーは下への炎噴射を強める。エンデヴァーの身体が上昇を始めた。少しでもドローンとの距離を稼ぐことで、なるべくドローンを遠方で破壊しようとする。爆煙でドローンが見えない時間がある以上、そこから抜けてきたドローンを撃破するまでには通常より時間が掛かる。それでドローンに距離を稼がれ、接近を許してしまう。
エンデヴァーの炎のレーザーは恐るべき正確さでドローンを破壊していく。しかし五台のドローンを破壊した時にはドローンとの距離は百メートルまで縮まっている。
──作戦どころではない! このままでは、俺はドローンに捉えられる!
この窮地を抜け出す方法はある。上昇に使っている炎をドローンの攻撃に回せばいい。だが、それをするということは、作戦を放棄するのと同義。
──俺が立てた、俺の作戦。キドウの命を、俺のサイドキックの命を使った作戦。放棄など、してはならん!
この作戦の要たるエンデヴァーが作戦放棄をすれば、作戦そのものが瓦解する。旅客機は国会議事堂に墜落し、大半の国会議員と旅客機の乗客、その周辺に住む避難していない人々の命が失われる。そんなことを許してはいけない。自分はナンバーワンヒーローとなるのだから。
エンデヴァーはドローン群を睨んだ。そのドローン群の背後に佐藤の薄ら笑いが浮かび上がった。激情がエンデヴァーの全身を駆け巡り、噴射している炎の勢いが更に増す。
「俺を、
炎のレーザーを噴射。四台撃破。残り十台。ドローン群との距離五十三メートル。
──爆風範囲に入るまでに破壊できるドローンは三、四台。六、七台のドローンは爆風を浴びるのを覚悟しなければならんか。
だが、それだけの爆風を浴びて耐えられるのか。そもそも肉体すら残らないのでは? 一瞬だけでも浮力として使っている炎を攻撃に回したらどうだ? しかしその場合、再び浮力を得るために必要な炎の噴射はどれだけ必要になる?
当然の話になるが、地上に近ければ近いほど旅客機を破壊する位置は地上に近くなり、それだけ旅客機を破壊した時の被害や乗客の死亡者が増加する。
浮力の炎を止めてしまったら、エンデヴァーはここから落ちていくことになり、落下速度を相殺して上昇するために必要な炎を噴射できた時にはかなり下まで落下しているだろう。そこから作戦を成功させられる確率はゼロに等しい。
迷いと焦り。それらは攻撃にも影響が出る。
エンデヴァーの噴射した炎のレーザーが全て外れた。十台のドローンが無傷のまま、接近。距離四十。
「壊れろォォオオオ!!」
突如として聞こえた大声。プレゼント・マイクの声だ。大声と同時に、エンデヴァーに接近していたドローンが次々に壊れて爆発。だが、全てではない。爆煙の中から四台ドローンが飛び出してくる。距離二十四。
「任せろォォオオオ!!」
再びプレゼント・マイクの声。ドローン四台が衝撃波に呑まれ、爆発。エンデヴァーの眼前が爆煙で埋め尽くされる。
エンデヴァーは振り返り、声が聞こえてきた方を見た。リューキュウに抱えられているプレゼント・マイクがいる。双方の距離は百五十メートルくらいか。それだけの距離があっても、音速の攻撃は一瞬で届く。
プレゼント・マイクはエンデヴァーに向かって右手を振った。
『俺がアンタの露払いをしてやるぜ! 主役は旅客機に集中しな!』
「フッ、成る程。音速の広範囲攻撃なら、あれだけのドローンにも対処できるか。プレゼント・マイク、礼を言うぞ! 貴様はこの作戦において一番の貢献者になるだろう!」
インカムでやり取りを交わす。
遠くに見えるプレゼント・マイクは親指を立てた。
エンデヴァーはニヤリと笑うと、顔を上げてプレゼント・マイクたちから上空へと視線を移す。
──そうとも。これからが俺にとって本当の戦いだ。
佐藤の操縦する旅客機こそ、俺の戦うべき相手。
エンデヴァーは炎と闘志を全身に
◆ ◆ ◆
ホークスはフルオート式アサルトライフルの八九式五.五六小銃を強く握りしめた。その顔は緊張してうっすら冷や汗も浮かんでいる。
ドローンが飛び回っていた。視界に見えるだけで十台は見える。視界に見えるだけで十台以上なら、総数で五十台はありそうだ。そのドローンは四脚のそれぞれの先端にプロペラがあり、胴体のすぐ下に球体状の物が取り付けられている。
ヒーローと警察側はドローンなんて使用していないし、使用するという話も聞いていない。つまりこのドローンはヴィラン側のアイテムであり、こうして見えるように出てきた時点で偵察用ではなく、攻撃用であることは明らかだ。となると攻撃手段だが、見たところ胴体に取り付けてある球体以外に攻撃手段になりそうなものは無い。
ドローンだけであれば、対応は簡単な部類になるだろう。捉えられない速度ではないし、ただぶつかりに来るだけなら動きも読みやすい。
ホークスはアサルトライフルを構えつつ、残り僅かな羽根を意識する。残っている羽根の枚数は十枚程度。あのドローンを破壊するために必要な羽根は何枚必要か? アサルトライフルの弾は何発いるのか? ドローンの構造に詳しくないため、どの部分を壊せば効率的に機能を停止させられるのか分からない。それに、あのドローンについている球体はなんだ?
その時、上空で爆発が起きた。ドローンの塵のような破片が太陽光を反射しキラキラと光る。
──爆発した!?
あのドローンに取り付けられている球体は爆弾か。なら、破壊する難易度は遥かに上がる。爆発させないように破壊するか、爆風範囲を考えて破壊しなければならないからだ。
エンデヴァーからインカムが入った。
『ドローンは爆発物を搭載! 操縦は自動操縦だ! 総員、冷静に移動パターンを見切れ!』
──自動操縦!? そんな技術を持つ奴が佐藤側にいるのか!
手動ではなく、自動。これが意味することは、当たり前の話になるがドローンを操作する人がいないということ。となれば──。
ホークスの視界の端。建物の陰に三つの銃口が現れる。これだ。自動なら、ドローンだけでなく人的戦力も投入できる。
「伏せろ!」
ホークスは叫んだ。その声に反応し、念道は伏せ、創壁が伏せつつ自身、ホークス、念道の前にバリアを展開。ゴウは伏せない。三つの銃口が現れた方向に自身のアサルトライフルを構える。
始まる銃撃。射撃音が辺りに響き渡り、ホークスの上を銃弾の蒸気の線が飛び交う。ゴウの体に何発も敵の銃弾が当たっているが、ゴウの身に付けるヒーローアーマーは全て弾いた。その中でゴウは冷静に三つの銃口に向かってアサルトライフルの照準を合わせ、撃つ。銃を撃っていた三人の体がのけ反って倒れた。
「ゴウ!」
殺したのか、と言葉を続けようとして、ホークスは口を噤む。もう今まで知っていたヒーローとヴィランの戦闘ではない。分かっていた筈だ。俺も殺した。殺さなきゃ殺される。そういう狂気を、佐藤は押し付けてくる。
──俺たちは戦争をやってるんだな。
視界の端で三人ヒーローが集まっているところにドローンが飛び込む。爆発。三人がカバーしていた建物もろとも爆発に巻き込まれ、建物が崩れ、建物の破片、窓ガラス、ドローンの破片、ヒーローの肉片が辺りに飛び散った。その光景を見て、どこからも悲鳴はあがらない。悲鳴をあげる民間人の避難は大体完了しているし、軟弱なヒーローはこの作戦に参加していない。今この場にいるのは悲鳴をあげても事態は好転しないと理解している者だけだ。
ホークスのアサルトライフルを握る手に力が入る。
──戦争やってんだよ。
自分に言い聞かせる。殺しても仕方ないんだと。やるしかないんだと。覚悟はHUNTに入ると決めた時にした筈だ。
ドローン群飛来。使い慣れていない銃ではなく、羽根を使って破壊してみるか? だが、爆発するという情報を思い返して、その選択を断念。
──ん? 爆発する……? ターゲットB……? そして、今回の旅客機墜落ゲーム……。
ふとした疑念。確定した情報。それらの点が、ホークスの頭の中で繋がり、確信に近づいていく。
──発想を逆転させろ。ヴィランの、佐藤の思考に。旅客機墜落をあえて猶予を与えて実行する意味を。
旅客機を墜落させる場所。それは国会議事堂でほぼ確定。それを成功させることで得られるであろう効果。国の中枢たる国会議事堂に旅客機を墜落させることで、国民の反ヒーロー感情、恐怖、不安を煽る。と同時にヒーローの信用低下。ヴィランたちのテンションを上げさせ、更なる犯罪行動の活発化。政府に恐怖心を植え付け、佐藤の『国土防衛軍』の創設という要求を通しやすくする。
考えれば考えるほど、旅客機を国会議事堂に墜落させる心理的効果が出てくる。だが佐藤は、旅客機墜落を確実に通せる方法があるにも関わらず、あえて対応できる時間を与えた。それは本当に、佐藤がただ愉しみたいだけという理由なのだろうか。
──いや、違う。これは……!?
佐藤の立場になって考えてみよう。佐藤の戦力と行動力があれば、再び似たようなことをやれるだろう。佐藤からすれば、こんな『ゲーム』いつでも作れる。
ならこの旅客機墜落ゲームの真意は、旅客機墜落をヒーローが阻止できるかどうかではなく、旅客機墜落を阻止できるほどのヒーローをあぶり出し始末する、及びHUNTの隊長であるホークスという存在を消すのが真意なのではないか。
そう考えれば繋がってくる。全ての情報が。ドローン爆撃。この攻撃に対し、ホークスはあまりにも無力だ。ドローンを破壊するために使用する羽根は爆発によって焼失する。爆発の破片を防ぐ術をホークスは持たない。ホークスは羽根で風を巻き起こしたりはできないからだ。そして、ホークスの羽根を利用して旅客機墜落を防げそうなヒーローを飛ばすという発想だってできないことはない。つまりは羽根のリソースが削れることも計算に入れた可能性すらある。
──この旅客機墜落ゲームは、おそらく俺とエンデヴァーさんを殺すのが本当の目的だ! くそッ!
ホークスは舌打ちしたくなる気持ちをぐっと抑える。それが分かったところで、やることは何一つ変わらないのが辛いところだ。結局、旅客機の墜落は阻止しなければならないのだから。
だが、やれることはある。今のホークスはこれ以上旅客機墜落の阻止にリソースを使わなくていい。全力で自身の身を守ることに集中できる。
ドローンの群れはホークスを見つけるやいなや、攻撃しようとしていたヒーローからホークスへと軌道を変更。四方八方からホークスへとドローンが殺到。
ホークスから見て左斜め前。ミルコが強烈な蹴りで衝撃波を起こし、二台のドローンを蹴散らした。右斜め前。エッジショットが自身の体を紙のように薄く伸ばしてドローンの群れを同時に刺突。それらの変化速度は音速を超える。爆発する瞬間に爆風範囲外の部分に肉体を集め、爆風を回避。
「気をつけろホークス! このドローンども、明らかにお前を標的にしてる!」
ミルコがそう叫んでいる間に、ミルコが破壊したドローンの爆煙を潜り抜け、三台のドローンがホークスの方に向かう。
「チィッ! 逃がすかあ!」
ミルコが舌打ちし、自身を通り過ぎていくドローンを目で追いながら体を捻る。廻し蹴り。それによって生まれる衝撃波はドローンを一台破壊した。が、二台は以前としてホークスへと接近。
エッジショットの方には側面からヴィランたちが現れ、銃撃を浴びせ始めた。エッジショットは再び自身の体を薄く伸ばし、銃撃を回避しながらヴィランたちを無力化させている。が、そこの制圧でホークスの援護には来れなさそうだ。
ゴウが左斜め後ろのドローン群にアサルトライフルを連射。破壊。爆発。爆煙。更なるドローンの飛来。
念道が右斜め後ろのドローン群にアサルトライフルを連射。破壊。爆発。爆煙。
創壁が後方のドローン群にアサルトライフルを連射。破壊。爆発。爆煙。
ホークスが前方のドローン群にアサルトライフルを連射。破壊。爆発。爆煙。更なるドローンの飛来。羽根六枚で対処。一台につき二枚。三台破壊。視界の至るところが爆煙に包まれている。
「隊長! 上だ!」
ゴウの声。ホークスが顔をあげる。真上という死角から、二台のドローンが肉薄してくる。すでに爆風範囲に入っていた。
その時、ホークスは後ろから引っ張られた。顔だけ後ろを振り向く。創壁だった。覚悟を決めた者特有の鋭い表情。銃を地面に捨て、火事場の馬鹿力というべき力でホークスと自身の位置を入れ替える。そこでホークスは創壁の意図を察した。
「創壁、待っ──」
「念道!」
ホークスの言葉を遮り、創壁が叫ぶ。念道は創壁の方に顔を向け、創壁と目が合う。絶望していない、覚悟を決めた表情。それだけで創壁のメッセージは念道に伝わった。
念道はサイコキネシスを使用。ゴウの方向から来ていた二台のドローンをサイコキネシスで捉え、軌道を強引に変化。真上のドローンの軌道に加える。更に、右斜め前から来ている二台のドローンの軌道も僅かに変化。自動操縦で爆風範囲にギリギリ入っていないということは、逆を返せば、少しでも計算を狂わせれば誘爆を一気に起こせるということだ。つまり、まとめてドローンを片付けることができる。
創壁はバリアを展開。正方形の板のようなバリアを何枚も何枚も重ねられるだけ重ねる。創壁とホークスたちの間に。もう一番近いドローンは接触寸前である。
創壁は死を悟る。その時、今までの人生が走馬灯となって頭の中に映像として流れた。その中でも、一番記憶に残っているのは、ヒーロー公安委員会に拾われるきっかけとなった出来事。幼い頃、ヴィランが起こした崩落事故に家族が巻き込まれ、自分だけバリアで助かった。あの時、自分は安全なバリアの中で、家族が建物の崩落に巻き込まれて潰れていくところをただ眺めていた。あと三メートルバリアの範囲を広げていれば家族は助かったのに、バリアが遠くにあるのが怖くて、自分の近くにしかバリアを創れなかった。
──私、変われたのかな……。
安全なところで潰れていく人を見ているのではなく、誰かのために潰れることができる人間に。あの時死んだ大切な家族。おばあちゃん、お父さん、お母さん、お姉ちゃん……。
──今から謝りに行──
先頭のドローンが創壁に接触。衝撃により、爆弾が起爆。誘爆が発生。畳み掛けるような爆発。創壁の体は木っ端微塵となって散らばった。創壁が死の間際に感じたのは恐怖ではなく、罪悪感からの解放だった。
創壁のバリアはドローンの爆風を全て防ぎ切った。残ったのは瓦礫の山と僅かな血の赤だけ。ドローンの攻撃は無くなっていた。どうやらドローン爆撃を防ぎ切ったらしい。
ホークスはただ眼前を見つめ、呆然としている。両隣にいるゴウと念道は気遣わし気な視線をホークスに向けていた。
『私が死んでも、ずっと覚えていてくれる?』
ホークスの脳裏に、ついさっきの創壁の姿がフラッシュバックした。あの時、俺は覚えていると言った。だが、言うべき言葉はそれじゃなかった。
──俺はあの時、死なせないと言うべきだった。
そう言ってどう変わるとかもないだろうが、もしそう言っていたら、創壁はもっと自分の命を大事にしたかもしれない。そして、そういった後悔の取り返しがつかなくなるのが、死がもたらすものだ。
──創壁のおかげで、俺は命拾いした。だが、俺の命にそれだけの価値があるのか。
ゴウがホークスの肩を叩く。ホークスはゴウの方を見た。
「創壁が選択したことだ。俺たちにできることは、その選択が正しかったと証明することだけ。違うか?」
「それは……ッ!? いや、そうだな。必ず旅客機墜落を阻止し、佐藤を捕まえる。創壁のためにも」
「その通りだ、隊長」
「あッ、あれを見て!」
念道が上空を指差した。その指の先をゴウとホークスが見る。抜けるような青空の先、小さな旅客機が見えた。
「佐藤が……佐藤が来た……」
旅客機に気付いた様々なところで、その呟きが聞こえていた。
ふとアマプラビデオを見ていたら、亜人の実写映画がプライム特典に復活していたことに気付きました。とても面白い名作なので、興味のある方は観てみてください。ちなみに小ネタですが、この作品のIBMの動きは結構実写映画よりです。