ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第39話 エンドレスゲーム

 エンデヴァーは背面の噴射で高度を維持しつつ、右腕を前に突き出して構える。

 

『今ッ!』

 

 無線からヒーロー公安委員会が用意した女性オペレーターの声。同時に、エンデヴァーが右腕から炎を噴射。極細の赤いレーザーのような炎が青空を一気に切り裂いた。

 その後、エンデヴァーは無線の発信ボタンを押す。

 

「炎噴射までのラグはどれくらいあった?」

『一.七秒です』

「もう一度だ」

『はい』

 

 再びエンデヴァーが右腕を構えた。

 

『今ッ!』

 

 女性オペレーターの声。

 エンデヴァーが右腕の噴射口から炎を噴射。

 

「ラグは?」

『一.七秒です』

「分かった。一.七秒予定より早く合図をくれ」

『分かりました』

 

 本来のタイミングより早く合図を送ることで、実際のタイミングに炎の噴射ができるようにする。超高速で落ちてくる旅客機を、乗客を救出しつつ止めるというのは、文字通り針の糸を通すような正確さと瞬間の破壊力が必要になる。その条件をクリアするためのレスポンスまでのラグの調整。今エンデヴァーがやっているのはそれだった。

 

 ──だが、キドウの待ち構えるルートで佐藤が旅客機を操縦することが前提の作戦! ルートがズレたら作戦そのものが水泡に帰す!

 

 当然の話だが、国会議事堂に墜落させるにしても垂直に近いルートで墜落させるのか、それとも斜めのルートで墜落させてくるか、色々なルートがある。キドウの待ち構える場所はオペレーターの指示によるもので、一番予想されるルートが重なり合っている場所だ。なので、確率的には良い賭けであるが、佐藤がどう動いてくるか読めない分、確実に実行できる作戦ではない。しかし、それも仕方ない話。攻撃目標を好きなルートで攻撃できる佐藤側に分があるのは当然だからだ。

 

『佐藤の旅客機は俺に任せてくれ。必ず俺の方に引き寄せてみせる』

 

 キドウの声がインカムから聞こえた。

 

「キドウ、何か策があるのか?」

『ああ。だからあんたはしっかり準備しといてくれ』

「……了解、任せたぞ」

 

 どういった策かはあえて訊かなかった。自分のサイドキックがここまで言っているのだから、自分はその言葉を信じるだけでいい。それに、佐藤を引き寄せる策など思い付いていないから、キドウに任せる以外の選択肢がそもそも無い。

 

 ──キドウ……引き寄せるという意味は分かっている筈だ。

 

 つまり、キドウが死ぬ確率の極めて高い作戦を実行するということ。それが分かっていてそう言ったのなら、キドウはすでに覚悟を決めたということ。

 

 ──信じるぞ、キドウ!

 

 エンデヴァーはキドウのいる方向を見た。

 キドウの姿はいつものような包帯でグルグル巻きの姿ではなく、素顔になっている。ほどいた包帯はキドウの周囲に漂っていた。

 

 キドウは両腕から伸びる包帯を周囲に張り巡らせていた。もちろん包帯の先端にはホークスの羽根が付けられており、その羽根が漂う包帯を円の形で維持している。この円内に旅客機が通るよう、旅客機を誘導しなければならない。

 キドウは頭に付けたヘッドライトの電源を入れた。パッと白い光がキドウのヘッドライトから放たれる。

 その状態でキドウは両手に持っているモノを頭上に掲げた。その両手にはホークスの羽根が二枚ずつ握られている。その羽根をヘッドライトに当てては外してというのを繰り返す。

 キドウは鋭い表情で顔を上げている。それをやっているキドウの視線の遥か先に、佐藤の乗る旅客機が見えていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 佐藤の服装が変わっていた。今の佐藤は操縦室の死体で背格好が同じくらいで血があまり付いていない乗客の服装を着て、いつもの帽子を被っている。服装を剥ぎ取られた男性の死体は下着姿のまま操縦室に放置されていた。

 そうしている内に旅客機は国会議事堂へ墜落させるための降下ルートに入ろうとしている。

 

「さて、ヒーローは予想通り動いてくれるかな……ん?」

 

 佐藤は後ろを向いていたが、それは視界としてハッキリと見えた。

 チカッ、チカッと白い光が明滅している。自分はここにいるとアピールするように。

 ゾクッと佐藤の全身に快感にも似た高揚感が湧き上がる。これは挑戦である。ヘッドライトを付けたヒーローが佐藤に叩きつけた挑戦状。俺はここにいるから勝負しろと、ライトの明滅にそんなメッセージが込められている気がした。

 佐藤の笑みが深くなる。その笑みからは見る者を震えさせるような凄みと残虐性が滲み出ていた。

 

「いいよ、ヒーロー……その勝負、乗った!」

 

 旅客機の軌道が変更。明滅する光に向かって降下を開始する。

 

「ははははははは!」

 

 操縦室に佐藤の笑い声が木霊する。同時に佐藤は操縦室の扉を開けた。

 

 

 旅客機が軌道を変更し、自分の方に迫ってくる。

 

 ──やっぱりそうかよ、クソ野郎が……。

 

 キドウは迫ってくる旅客機を見据えながらそう思った。

 どうすれば佐藤の旅客機を自分の方へ確実に誘導できるか。キドウはエンデヴァーから作戦を伝えられた時から、ずっとそのことを考えていた。佐藤の情報は少ない。その少ない情報の中でキドウが重視したのは、オグリ博士の『佐藤は目的より戦闘が楽しい方が重要』という言葉と、この旅客機を使ったゲームを仕掛けてきた事実だった。

 国会議事堂に墜落させるという目的の方が大事なら、わざわざヒーローが待ち構えている場所に旅客機を向かわせない。むしろそのヒーローを避ける筈だ。それをせず、あからさまな誘いに乗ってくることこそ、佐藤が目的なんてどうでもいいと考えている証拠。

 キドウはギリッと奥歯を噛み締める。

 佐藤のやっていることを正当化するつもりは一切無い。だが、とキドウは思う。

 この旅客機墜落に関わっているヴィランは大勢いる。彼らは国会議事堂に旅客機を墜落させるという目的のため、佐藤に協力した筈だ。そんな仲間の思いや頑張りすら踏み躙り、ただ自身が愉しみたいというふざけた理由で目的を放棄する。そんな佐藤の生き方そのものに、キドウは怒りを覚えていた。

 旅客機が迫ってくる。

 キドウの体が震えた。エンデヴァーに作戦を伝えられた時にもあった体の震え。その震えは、死の恐怖からではない。

 

 ──ヒーローになった日から、誰かのために命を懸ける覚悟はできてる。

 

 ならば何故、作戦を伝えられた時。そして今。体が震えているのか。

 

 ──だが、無駄死にだけは嫌だ。

 

 自分が懸けた命が何の影響も及ぼさず、誰の助けにもならず、ただそこで死ぬ。そんな死に方はヒーローの死に方じゃない。誰かのために命を張るのがヒーローなら、その死に様も誰かの助けとなっているべきだ。

 もし旅客機の軌道を変更できなかったら。旅客機は国会議事堂に墜落し、乗客を助けられず、多くの命が失われる。国民からヒーローへの信用の失墜。最悪の場合、日本という国が一時的でも機能停止する。無駄死にどころではない。むしろキドウというヒーローは戦犯として国民の記憶に残るだろう。

 そのプレッシャーが、キドウに恐怖を感じさせる。

 その時、キドウの視界に自身の背にある両翼がチラリとかすめた。

 

『俺の翼、キドウさんに託します』

 

 この両翼とともに与えられたホークスからの言葉。

 

『任せたぞ』

 

 直前に言われたエンデヴァーの言葉。

 その二つの言葉が、キドウの脳裏に再生される。そして、今もなお俺が成功すると信じて行動を続けているヒーローと警察。

 キドウは深呼吸する。体の震えがおさまっていく。

 

 ──これだけの大舞台を、俺を信じて与えてくれた! なら、しっかりキメねえとな!

 

 キドウは両手に持っていた二枚ずつの羽根を、両腕をあげたまま後ろに捨てる。キドウの手を離れた四枚の羽根はそのままキドウの両翼に戻っていく。

 キドウは両腕から伸びている包帯を両手で握りしめる。そして、個性の『軌道』を発動。包帯自体に変化は無いが、円の中に目に見えない力場が形成されていく。

 キドウはもう数百メートル先まで近付いている旅客機を見据える。何度も何度も、頭の中で変更する軌道を思い描く。作戦通りの軌道に旅客機を誘導できるよう、イメージトレーニングをし続ける。

 

 ──佐藤……最低な奴だ、お前は……。

 

 これだけたくさんの命を、ただただ自分が愉しみたいがために弄び、散らしていく。だが、そんな奴だからこそ、こうして勝負になっているという皮肉。

 

 ──ぜってえに負けねえ!

 

 みるみる旅客機が眼前に迫ってくる。凄まじいまでの圧迫感。視界いっぱいに広がってなおも収まりきらない機体。旅客機の先端がキドウの形成した力場に触れる。力場に触れた瞬間、まるで何かに弾かれたように、旅客機の先端が作戦通りの方向へ軌道を変えた。同時に、旅客機のフロントガラスが割れる。

 作戦成功。だが、そんな喜ばしい結果に反して、キドウの目は驚愕に見開かれている。

 

 ──なんでフロントガラスが割れた? てか、嘘だろ……。

 

 キドウは旅客機の先端が力場にぶつかる直前、操縦室の光景が目に入った。誰も座っていない操縦席の光景が。キドウには見えていなかったが、操縦席には佐藤のIBМである異形が座って操縦していた。その異形は今、フロントガラスを割ってキドウのすぐ前に躍り出ていた。キドウの形成した力場の影響は受けるが、それは周囲に漂う包帯を掴んでキドウの体を引き寄せることで、異形はキドウの正面の位置をキープする。

 そんなことを知らないキドウはいきなり体が引っ張られたことに困惑しつつ、操縦室に佐藤がいないという事実が一体何を意味するのか、思考が巡る。残された数瞬という刹那の時間が、その思考速度を爆発的に向上させた。

 

 ──佐藤、飛行機、ハイジャック、嘘? いや、あり得ない。

 

 現に飛行機はこうして国会議事堂目掛けて墜落してきた。ハイジャックされてなければ、そんなことは起きない。いや、そうではない。考えるべきはそこではない。今更佐藤がいたかどうかを疑うのは時間の無駄。考えるべきは──。

 そこで、キドウはエンデヴァーの話を思い出した。オグリ博士がいた時の話し合いの場で、ミルコが佐藤と戦闘していた時、透明な何かと戦ったという話だ。それが本当だとすれば、佐藤は旅客機をその透明な何かに操縦させたということになる。そして、さっき唐突にフロントガラスが割れた理由にも説明がつく。とならば、その意味は──。

 キドウの顔から血の気が一瞬で引く。

 

 ──佐藤、乗客、まぎれた。

 

 次々に浮かび上がる単語の羅列。それらが繋がり、意味を持つ。

 もし佐藤が救助予定の乗客に混ざったら?

 俺たちは佐藤が操縦室にいる前提で作戦を立てた。だからこそ、旅客機を破壊する予定の場所では、佐藤を捕らえるための包囲網を敷き始めている。佐藤が乗客側にいくことは想定されていない。

 

 ──ヤバい! みんなに早く伝え──

 

 そこでキドウは異形の右手に腹部を貫かれる。その勢いで異形の右手はキドウの体を貫通し、背中から飛び出した。

 そして、キドウは軌道変更した旅客機の側面に異形の体ごとぶつかる。旅客機ほど巨大な物体の軌道を少しばかり変更したところで、その巨体から(のが)れられるわけがない。

 音速を超える速度でぶつけられたキドウの体と異形は、そのまま凄まじい速度で落下。斜めにぶつけられた影響か、二つの物体は僅かに斜めに落下し、落下の先には国会議事堂が見える。凄まじい勢いのまま、異形とキドウの体は国会議事堂の建造物の屋根に叩きつけられた。キドウの体が潰れ、異形の下半身が粉々になる。異形は制御部分である頭が破壊されたら消えることを理解しているため、他の体の部位を犠牲にしてでも頭を守るよう体勢を整えていた。

 異形の下半身はすぐさま再生。再生した足で潰れたキドウの体を踏み潰しつつ、移動。屋根を駆ける。

 異形は目当ての場所を見つけると、屋根から跳んだ。議事堂の窓を割り、臨時国会を開いていた部屋に侵入。

 

「な、なんだ!?」「何が起きた!?」「今の音は!?」「何故急に窓が!?」

 

 その部屋では、国会議員たちがあたふたと狼狽えている。

 そんな中、異形は総理大臣の前に着地。そして、上を見上げて割れた窓の方を見ている総理大臣の頭を右手の爪で切り飛ばした。頭の無くなった総理大臣の首から血が噴き出す。

 

「そ、総理ィ!!」

 

 その光景を見た大臣と国会議員の絶叫が部屋内に響き渡る。

 

「……ネクストステージ……ゴー……」

 

 異形がざらついた声でそう言いつつ、その場にいる国会議員たちの殺戮を開始する。

 旅客機墜落ゲームは終わった。ゲームが終わったらどうなるか? 簡単な話である。またゲームが始まるのだ。次のゲームが。

 佐藤(ラスボス)を倒さない限り、絶望のゲームは続いていく。


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