ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第40話 最善策

 警視庁にある一室。今ではHUNTのモニター兼オペレーションルームになっている部屋。この部屋にはヒーロー公安委員長の女性もいる。そんな偉い彼女も現在、オペレーターたち同様青い顔をして大量のモニターの前で立ち尽くしていた。

 モニターの一つは国会議事堂に落下したキドウの死体が遠目で映し出されている。壮絶な死に様であった。キドウの体は原形を留めていなかった。

 

「……委員長、あの……これ……」

 

 そんな中、オペレーターの一人である黒髪ショートヘアの若い女性が椅子に座ったまま、更に顔を青ざめさせて委員長の方に顔だけ向く。

 

「……どうしたの?」

 

 ヒーロー公安委員長は重々しく話の先を促す。オペレーターの様子から良い知らせでないことは明らかだったからだ。

 

「これを……」

 

 オペレーターはそう言いつつ、自分の担当しているモニターに映像を出す。その映像はキドウが旅客機にぶつかる直前、キドウの背中の羽根のカメラの一つが撮影していた映像。その映像をコマ送りにして、ある一カットで止める。そのカットを見て、ヒーロー公安委員長は目を見開いた。

 

「ご覧の通り、キドウが旅客機にぶつかる直前、旅客機のフロントガラスが割れています。ですが、『そこ』には何もいません。操縦席にも、佐藤は座っていません。そして……」

 

 オペレーターは映像を数コマ進める。キドウの胴体にいきなり穴が空いた。穴を空けた原因は分からない。穴が空いたところには何も無かった。

 

「これってつまり……旅客機を操縦していたのは透明なナニカであり、そのナニカがキドウにぶつかる直前に飛び出した……ということの証拠になりますよね……?」

 

 ヒーロー公安委員長は数秒、モニターに見入った。その後、慌ただしく無線の周波数を変更して発信。無線の周波数は国会議事堂の警備を担当しているヒーローの責任者に合わせる。

 

「こちらヒーロー公安委員長! そっちの状況は──」

『何か……何かいる! 総理や大臣、議員が見境いなく殺されて……クソッ、見えない! どこにいやがる!』

「……え、待って。総理が……? 状況を! 状況を詳しく教えなさい!」

『シラユキ、クライム! お互いに離れず、連携を取り合え! し、シラユキィ! 首が捻じ曲がって……クライム! 死ぬなァ! この部屋から出ろ! 下がれ! 俺が食い止め──』

 

 唐突に言葉が途切れたのと同時にゴキッという音がした。おそらく硬い骨を力任せに折った音。そして、何も応答しなくなった。

 ヒーロー公安委員長は悔し気に近くのデスクを左拳で叩く。オペレーターたちは体をビクッとさせた後、おそるおそるヒーロー公安委員長の顔を覗き見た。

 

「……この勝負、こっちの負けね……」

 

 佐藤が旅客機を潰しても国会議事堂を襲撃できるプランを持っていた以上、旅客機を止めるだけで精いっぱいだったこちらには最初から勝算は無かったということ。

 ヒーロー公安委員長は下唇を噛み締める。

 オールマイトが君臨していた頃、ヒーロー公安委員会は単なるお飾りのような立ち位置だった。いくつもの項目にランキングを付け、総合的なヒーローランキングを大々的に発表するヒーロービルボードチャートというシステムは作った。そうすることでヒーロー活動を活性化させ、上位になればなるほどヒーロー活動の見返りが良くなるようにした。だが国民にとって、ヒーロー公安委員会というのはそういう存在でしかない。全てのヒーローの活動を記録し、功績を讃える。国民にどのヒーローが優れているか教える情報役。その程度の存在。もちろんヒーロー公安委員会はそれだけを仕事にしているわけではない。ヒーロー社会を維持するため、ヒーロー社会を脅かす者を水面下で排除することで、ヒーロー社会の安定を保ってきた。しかし、その活動は言ってみれば表に出せない汚れ仕事だ。

 ヒーロー公安委員会にとって、佐藤という脅威は最大級の危機だけでなく、ヒーロー公安委員会が表舞台に立ってヒーローを牽引していく好機でもあった。

 だからこそ政府と協力し、HUNTという対凶悪犯罪者制圧部隊をヒーロー公安委員会主導で創設した。そして、このヴィラン隆盛の現状でHUNTが結果を出せば、国民の支持を得ることができると踏んだ。ヒーロー公安委員会がヒーロー社会において主導権を握れる筈だった。

 しかし、その計算はこの好機をもたらした佐藤によって狂わされた。この戦闘が終わった後、ヒーロー含めHUNTとヒーロー公安委員会も、国民の非難にさらされるだろう。親密であった総理と各大臣が殺されているなら、ヒーロー公安委員会が政府の中枢に食い込むチャンスも潰えたかもしれない。

 ヒーロー公安委員長は深呼吸し、冷静さを取り戻す。

 確かに、この勝負はヒーロー側(こちら)の負けだ。だが、まだ決着はついていない。ならば……。

 

 ──敗北のダメージが最低限になるよう、上手く負けないといけないわね。

 

 とりあえず現時点での最上の結果は旅客機の乗客を救ったうえで、佐藤を確保する。そうすれば致命傷を防げる……のか? もう致命傷級のダメージを受けているのでは? 

 ヒーロー公安委員長はブンブンと頭を振った。そうすることで、弱気になっていく思考を断ち切る。余計なことは考えるな。今できる最善をやっていくことしか、自分たちにはできないのだから。

 ヒーロー公安委員長はオペレーターに指示を出す。

 

「ホークスやヒーローたちにこの情報を伝えて。透明な物体を操る『個性』を佐藤が持っていることはほぼ確定だと」

「透明な物体……ですか? 生物ではなく?」

「生物なら、あの旅客機の質量と速度を受けて死なないわけがない。ということは、生物ではなく物体ってことになるでしょ」

「成る程……」

 

 オペレーターは納得したように頷いた。その後、再び口を開く。

 

「国会議事堂のことはどうしますか?」

「……彼らには旅客機の乗客を救うことに全力を注いでほしい。ショックの大きすぎる情報は彼らを動揺させ、実力を発揮できなくするかもしれない。国会議事堂や総理のことは旅客機の乗客の件が片付いてからよ」

「了解しました!」

 

 オペレーターは通信を開始する。

 ヒーロー公安委員長はモニターに映る映像を睨むように見据えた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 ホークスは神経を研ぎ澄ませ、上空から降下してくる旅客機を見据えている。

 その付近で、エンデヴァーの噴射している炎が微かに見えた。

 ホークスは今のエンデヴァーの心境を想像する。自分のサイドキックがほぼ確実に死ぬであろう作戦。旅客機乗客の命運を託されたプレッシャー。現ナンバーワンヒーローと思われている世間一般からの期待。考えれば考えるほど、今のエンデヴァーは背負っているものが多すぎる。

 でも、とホークスは思う。

 

 ──この作戦はアンタが立案して、アンタが実行を決断した作戦だ。

 

 どれだけ重くとも。どれだけ苦しくとも。それはアンタが選択し、覚悟して背負ったものだ。なら……。

 

 ──やれる筈だ……そうだろ、ナンバーワンヒーロー!

 

 そして、アンタがこの絶望に染まった空気を希望へと塗り替えていくきっかけになってくれ。その後、俺も続く。

 ホークスは神経を研ぎ澄ませ続ける。エンデヴァーの役目が終わった後の出番に備えて。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆   

 

 

 

 エンデヴァーはただただ旅客機が斜め下にいるキドウのところに突っ込んでいくのを見ながら、オペレーターの合図に合わせられるよう集中している。その時のエンデヴァーに、キドウの生死や旅客機乗客の命運を託されたことのプレッシャー、国民の期待といったことは全く頭に無かった。あったのは、合図に炎の噴射をコンマのズレなく合わせるようにすること。

 重要なのは、キドウが旅客機を軌道変更する直前で旅客機の最後部を炎で切ることだった。軌道変更後に破壊しても手遅れだし、逆に早すぎた場合は壊した最後部で乗客を潰してしまう可能性がある。

 

『今ッ!』

 

 オペレーターからの声。それを知覚した時にはすでに右腕から炎の噴射を始めていた。イメージするはレーザーのような極細の噴射。自らの炎を剣とし、鋭く斬る。その一方で、高度を維持する炎の噴射をしつつ体の前面からの炎を溜めておく。旅客機の速度を考えれば、斬って即旅客機の向かう予定の軌道上に炎を噴射しないといけない。そういう作戦だからこそ、キドウが失敗した場合は旅客機を破壊することができなくなる。

 

 ──俺はキドウに任せたと言った。キドウは優秀なサイドキックだ。必ず成功させる。

 

 なら俺は、キドウの成功した先に向かってただ全力を出せばいい。

 右腕から炎が噴射された。イメージ通りの極細の炎。ウォーターカッターの炎バージョン。その炎の剣が旅客機の最後部を斬った。同時にエンデヴァーは軌道が変更される予定の方向に前面から炎を噴射。これは右腕の炎と違い、広範囲高火力をイメージ。エンデヴァーの前面から視界を埋め尽くすほどの炎が噴射される。

 旅客機は唐突に軌道が真横に近い方向に変更された。その影響で、旅客機の乗客は斬られた最後部から弾き出されるように飛ばされる。大勢の乗客がいきなり上空に放り出されたショックで絶叫した。その絶叫も、今のエンデヴァーには聴こえなかった。今のエンデヴァーは旅客機を破壊し、旅客機の墜落を防ぐことに集中している。

 エンデヴァーが前面から噴射している炎に、旅客機の機体が重なり始める。キドウがしっかりと役目を果たした。おそらくその命と引き換えに。

 

 ──ありがとう、キドウ。お前は最高のサイドキックだ。あとは俺が役目を果たす。

 

 前面からの炎の噴射。すでに最大火力。もう炎で前がまともに見えず、炎による体温上昇がエンデヴァーの体を蝕み、身体機能の低下を引き起こす。高度を維持するために常に噴射している後方の炎。ドローンを迎撃するために使った炎。それによって籠り続けている熱が、今牙を剥いている。それでも、エンデヴァーは前面の最大火力噴射を止めない。いや、それ以上の火力を出そうと炎の噴射を強めている。限界を超え、その先へ。Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)

 

 ──塵も残さん!

 

「プロミネンスバーン!!」

 

 エンデヴァーの前面の炎の噴射が更に強まり、旅客機を炎が呑み込んだ。だが、旅客機の速度は炎の噴射を凌駕する。旅客機は炎の範囲を抜け、黒焦げの残骸となって国会議事堂周辺に散らばった。その散らばった残骸は佐藤を確保するための包囲網に加わっているヒーローたちが佐藤と同時に対処する手筈となっている。

 

 ──塵も残さんつもりだったのだがな……。

 

 エンデヴァーはもはや高度維持のための後方の炎噴射しかしていない。その噴射も維持できるほどの浮力を確保できておらず、エンデヴァーの体は徐々に地上へと降下していっている。エンデヴァーの全身からは汗が噴き出していて、息も荒い。

 エンデヴァーは汗を右腕で拭きつつ、ふと頭上から落ちてくるモノに気付く。それは斬った旅客機の最後部の尾翼。さっき炎の剣で斬った最後部の部分。

 

 ──ああ……そういえばコレにも対処せねばならなかったか。

 

 エンデヴァーは苦笑した。最後部を正確に斬ることと旅客機の破壊の方ばかりに気を取られて、斬った後どうするかを忘れていた。そうしている間にも、尾翼が落下してくる。エンデヴァーは両肩から炎を噴射し、頭上の尾翼を火力によって消し炭にした。

 

「ふぅ……」

 

 エンデヴァーは一息つく。

 ここでの自分の役目は終わった。だが、戦闘はまだ続く。それに備え、少しでも体温を下げなければならない。

 

 ──乗客は頼んだぞ、ホークス。

 

 乗客の命運はホークスに託された。

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