ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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私からのクリスマスプレゼントです(誰も待ってない)。


第41話 気まぐれ

 佐藤のテンションは上がりっぱなしだった。

 旅客機からいきなり放り出されるという未知の体験から始まり、今は羽根で服を引っ掛けられて空を飛んでいる。こんな体験、自分がいた日本じゃできない。思わず笑い声をあげそうになるが、グッと抑える。ここで笑うのは正体がバレるリスクを伴う。そのリスクはまだ取らなくていい。

 佐藤はハンチング帽が飛んでいかないように右手で押さえつつ、周囲を見渡して観察。羽根が旅客機から放り出された乗客の服に引っ掛かり、そのまま空を移動していく。体重が重い人には一枚だけではなく二枚羽根が引っ掛かっている。羽根が移動していく先には規則性があり、だいたい十人を一固まりとしてそれぞれ国会議事堂周辺から外れた場所に向かっている。

 

「……」

 

 これらの情報をもとに、佐藤は分析を開始。

 この羽根は間違いなくホークスの羽根。一枚が運べる重量はおそらく六十から七十キロ。見たところ何も付けられていない。となれば、乗客の位置は何かしらの機械に頼っているのではなく、羽根そのものの能力によって感知している。声ではない。佐藤は一声も発していないにも関わらず、羽根はそこに佐藤がいることが分かっているかのように飛んできたからだ。いきなり旅客機に放り出されたショックで気絶した乗客のところにも羽根は飛んでいったところを見るに、この分析は間違いない。声ではないとしたら、他に感知するための材料は何があるか。羽根に目があるわけでもない。羽根は最初から乗客の方に飛んでいくのではなく、ある一定の距離まで近付いたら急に乗客を感知したように乗客の方に飛んでいく。それまでは旅客機から放り出された乗客がいる範囲をそれぞれ一定の距離を保って飛んでいた。

 

 ──……見えているわけじゃない。しかし、近付いたら正確な位置を感知できる。となると……音、かな? より正確には振動を羽根で感知できるみたいだね。

 

 音とは振動だ。そして、上空に放り出された乗客は風を受けて服がなびく。絶叫している乗客も同様に振動を口から発している。その振動を羽根が感知し、乗客の位置を把握している、と佐藤は判断した。

 佐藤は分析を終わった目で、自分を運ぶ羽根を注意深く観察。羽根は小刻みに震えている。

 

 ──成る程ね。

 

 確かに羽根であれば、ほんのわずかな振動にも反応できるだろう。しかし、一枚の羽根の振動を知覚するのではなく、これだけ多くの羽根の振動を同時に知覚し、それぞれの羽根を振動元に最短で飛ばしていくというのはとてつもない処理能力と技量が要求されるであろう。

 

 ──隊長に選ばれるだけはある、というわけか。直接戦える時がより愉しみになってきたよ。

 

 佐藤は唇の端を吊り上げた。

 

 

 

 ホークスの神経は研ぎ澄まされていた。

 元々こういう作戦であった。キドウが旅客機の軌道を変更した直後、キドウの両翼となっていた羽根は一枚一枚に分散し、そのまま旅客機の乗客を救う道具となる。だから、万が一旅客機がキドウにぶつからなかったとしても、キドウは翼を失って地面に叩きつけられていた筈だ。この作戦はキドウの死が最初から決まっていた作戦だった。

 キドウは死の恐怖と作戦の重圧の中、見事に作戦通りの軌道に旅客機を誘導した。ヒーローとして、自身の役目をしっかり果たしたのだ。その命と引き換えに。

 ホークスはキドウと最後に話した時のことを思い出す。あの時、キドウは笑っていた。

 

 ──あの時、キドウさんはすでに死を受け入れていた。与えられた役目を果たすことしか、きっと頭に無かった筈だ。

 

 自分はどうなのだろう。役目を果たすことが死に繋がるなら、自分は死を受け入れて役目を果たすことに全力を注げるのだろうか。

 ホークスの脳裏に、死ぬ覚悟を決めて自分の身代わりとなった創壁の顔が浮かぶ。あの時の創壁も、表情から恐怖や絶望を感じなかった。あったのは、死を凌駕する覚悟と希望の表情だった。

 

 ──創壁……俺は覚えてるよ。お前の最期の表情を。きっと俺が死ぬまでずっと。

 

 旅客機を縫うようにして羽根を飛ばすことで、羽根が破壊されることを防いだ。

 

 ──創壁、見ていてくれ。お前の選択は正しかったんだと胸を張って言えるように、俺も全力でやる。乗客を一人も死なせてたまるか!

 

 ホークスは目を閉じる。この場所から空を見上げていたって乗客の姿は黒い点のようにしか見えないから、正確な距離感が掴めない。乗客の正確な位置を把握するためには、羽根に頼るしかないのだ。だからこそ、目を閉じることで余計な情報をシャットアウト。羽根からのどんな情報も逃さぬよう、羽根に意識を集中する。

 

 ──分かる……。

 

 一枚一枚の羽根が今どの位置にあるか。乗客の声や服がバタつく音から生じた振動。その振動がどの方向から来て、どれだけ距離があるのか。それに加え、空気抵抗による乗客の体重と体勢の判断。空気抵抗の少ない頭が先に落ちていくのが基本ではあるが、乗客の体勢次第では空気抵抗がおかしくなって頭が下に来ず、地面と平行に落ちるムササビのような体勢になっている可能性がほんの僅かだけある。パラシュートやウイングスーツ無しでこの体勢を維持するのは難しいが、何とか頭を守りたいという意思の強い乗客がいて適切な体勢を知っていた場合、できなくは無いだろう。

 それらの情報を繋ぎ合わせ、頭の中に空を創り出す。旅客機がどこにあって、乗客たちがどこにいて、羽根がどこにあるか。それらを頭の中の空に配置していき、どの羽根をどう動かすかを決める。羽根で乗客を助けた後は事前に決めていた降ろし場所に十人を目安にして降下させる。降ろし場所は事前に伝えられていた乗客の人数から十三ヶ所確保した。国会議事堂周辺の外だが、そこまで離れていない。遠くに運ぶより、とにかく早く地面に降ろした方が良いだろうと判断してだ。あまり長く空を移動させていると乗客がパニック状態になって暴れ、羽根が外れて予期せぬ不幸が起きるかもしれない。そういった懸念からだった。ヒーローや警察が大勢いて乗客の避難誘導兼護衛の手が足りていることも、その判断材料の一つ。

 よって乗客たちは、国会議事堂周辺から外れているがめちゃめちゃ離れているわけではない、ヒーローや警察の包囲網のすぐ外の位置に降ろされた。

 

「ふぅ……」

 

 ホークスは一息つく。乗客は全員羽根で救助できた。役割を終えた羽根は自分のところに戻している。数分あれば集まっていつものように自分の背で両翼となるだろう。このそわそわした感じと不安からもうすぐ解放される。銃を持ってはいるが、生まれた時からずっと一緒だった羽根と比べたら安心感が違う。

 

『……皆さん、佐藤に透明な物体を操る能力がある可能性が高いことが分かりました』

 

 無線からオペレーターの声が聞こえた。ハキハキとした感じが一切無い疲労感のある声。この周波数は作戦に参加している全員が持つ周波数。作戦に参加している全員が、このオペレーターの言葉を聞いた筈だ。その証拠に無線が突如混線し、様々な声が入り混じる無法地帯となっている。

 

 ──佐藤の能力が分かる情報をオペレーターたちは手に入れたのか。でも……なら、なんで声に生気が宿ってないんだ。佐藤の能力を確定させられたのなら、もっと喜んでいいと思うが。

 

 おそらくだが、何か悪い情報もオペレーターは得たのだろう。しかし、悪い情報を伝えない意味が分からない。情報は良い悪いに関わらず迅速に伝達するべき。それが分からないオペレーターではあるまい。だとすれば、情報を伝えたところでデメリットしか生まない情報ということか?

 

 ──まさか……。

 

 伝えたくない情報。パッとホークスの頭に浮かんだのは、エンデヴァーが残骸にして散らばった旅客機の対処が間に合わず、何かしらの被害を出してしまったという情報だ。それは実質的なナンバーワンヒーローであるエンデヴァーを突き落とすには十分すぎる効力を持つ。

 ホークスの頭ではその想像が最悪のパターンだった。まさか旅客機の軌道を変更して守った国会議事堂で何かが起きているなど、あまりにも最悪すぎて無意識の内に避けてしまったのだ。

 そして、ソレは唐突に来た。

 無線の混線が落ち着き、静寂を取り戻した頃。

 

『こんにちは、ヒーロー諸君。愉しんでヒーロー活動やってるかな?』

「なッ……!?」

 

 ホークスは驚愕した。再び無線が混線し、様々な声のざわめきが入り混じる。

 今の声。聞き間違いようのない声。動画やテレビの報道で嫌というほど聞いた声。

 

「佐藤……!」

 

 愛国者集団(パトリオッツ)のリーダーにして、最悪最狂のヴィラン。

 そんな人物が無線を通じて接触してきた。その衝撃は作戦に参加しているヒーローたち全員に駆け巡った。

 ここでほんの少し時間を遡り、何故佐藤が無線に参加することができたか、その経緯を追っていくこととする。

 

 

 

 佐藤は降下場所の一つに降ろされた。降ろす時も羽根は細心の注意を払っていた。転んだり障害物にぶつかったりしないように減速しながらゆっくりと地面に近付いていた。降下場所付近の障害物などは、事前にその付近にいた人から画像なり動画なりを送ってもらって把握済みだったのだろう。

 佐藤の付近には、今八人の乗客がいる。喜びのあまり泣いていたり、恐怖を思い出して泣いていたり、とにかく泣き叫んで感情を爆発させている。帽子をして顔を俯けているせいか、佐藤には気付いていないようだ。

 そうしている間に、ヒーロースーツを纏った人間が二人と警察官の制服を着た人間が三人、慌てた様子で走ってきた。

 

「もう大丈夫! 大丈夫です! 落ち着いて! この場からもっと離れます! 我々に付いてきてください!」

「ヒーロー……ヒーローだぁ!」「警官もいるぞ!」「私たち、助かったのね! 良かった……」

 

 乗客たちは群がるように、ヒーローと警察官の方に走っていく。佐藤はその最後尾に加わりつつ、持っていたハンドバッグに手を入れる。そこから拳銃を取り出して、彼らに見えないようにズボンに挟んだ後、再びハンドバッグに手を入れてサバイバルナイフを取った。

 最前を走っていたスーツ姿の中年の男が、その勢いを弱めずにヒーローの一人の胸ぐらに掴みかかる。

 そのヒーローは驚き、思わず胸ぐらを掴んでいる手を振り払った。

 

「いきなり何するんです!?」

「今日は大事な商談があったのに、佐藤のせいで台無しだ! その損失額は二百万を超えるぞ! その分の補償はしっかり出るんだろうね!?」

「そんなこと言われても……。私たちにはどうしようもできません」

「なんだと!? 元はと言えば貴様らヒーローの怠慢が佐藤のハイジャックを許したんだろうが! 損失分をヒーローが補償するのは当然の話だ! 訴訟を起こしてでも必ず補償させる! 覚悟しておけ!」

「今は避難する方が先です! そんなことは後で言ってください!」

「そんなこと……そんなことだと!? 社運を賭けた大切な商談だったんだぞ! それを……!」

「おい! 二人とも止めろ!」「落ち着いて!」「今はこの場から早く離れないと!」

 

 言い合う二人。それを止めるべく他の乗客やヒーロー、警察官もその二人に集まる。

 佐藤もそれに加わるように見せかけながら、もう一人のヒーローの背後に回った。そのヒーローは言い合う二人に気を取られて、迫りくる死に気付いていない。

 佐藤がサバイバルナイフをそのヒーローの首に背後から突き刺し、そのまま切り裂いた。

 

「ごぶッ……」

「きゃああああ!!」

 

 いきなり聞こえた短い断末魔と首から飛び出るナイフ。それに気付いた乗客の女性が口を手で覆いながら悲鳴をあげた。その悲鳴にその場にいた全ての人間の時が止まった。言い争っていた二人の声が消え、二人を制止しようとする声も消え、ただただヒーローの首から溢れ出す血を目を見開いて凝視している。

 その空白の時間。およそ一から二秒。その間に佐藤は素早く残ったヒーローに接近し、サバイバルナイフを振るう。そのサバイバルナイフがヒーローの首を捉える瞬間、ヒーローは仰け反ることでその刃を躱した。ヒーローの首に横一線の切り傷が生まれるが、浅い。そして、ヒーローは絶望する。ヒーローの目の前に拳銃を突きつけられていたからだ。

 佐藤はサバイバルナイフを躱された場合に備え、もう片方の手に拳銃を握っていた。ナイフを躱してももう一方の手は拳銃でしっかりと回避先をケアしている。仰け反るという躱し方もまずかった。そのような不安定な体勢では、そこからの急回避ができない。

 佐藤が引き金を引く。拳銃が火を噴き、仰け反ったヒーローの頭が撃ち抜かれた。ヒーローはそのまま背後に倒れる。

 まだ佐藤の動きは止まらない。佐藤はすぐに拳銃で警察官に狙いを付けた。発砲。一番遠くにいた警察官の頭が撃ち抜かれ、短い絶叫の後、前のめりに倒れる。そうしながら、佐藤は一番近くにいた警察官に肉薄し、サバイバルナイフを首に刺し込んだ。そのまま切り裂き、勢いを殺さず最後の警察官へと駆ける。

 

「う、うわああああッ!」

 

 最後の警察官は果敢にも拳銃を抜き、拳銃を両手で持つ。そして、佐藤に向かって拳銃を構えた。だが、そこが彼の抵抗の限界だった。拳銃で照準を合わせても、佐藤は身を低くして滑るように駆けることで照準を外す。佐藤は体勢を低くしたままサバイバルナイフを振るった。拳銃を構える腕を縫うようにして振るわれたサバイバルナイフは警察官の腹部を刺す。サバイバルナイフは腹部に柄まで埋まった。

 

「つうッ……」

 

 佐藤がサバイバルナイフを抜いた。警察官は激痛に顔を歪め、その場で膝をつく。

 佐藤はそんな警察官に見せつけるように、目の前に血で濡れたサバイバルナイフをチラつかせる。警察官の表情に恐怖が加わった。

 

「ははは!」

 

 佐藤は笑い声をあげる。チラつかせたナイフで警察官の喉を貫き、とどめを刺した。周囲の敵対戦力、全て排除完了。

 

「さ、佐藤……」「ひ、ひぃぃぃぃ!」「助けて……助けて……」

 

 残された乗客たちは佐藤から目を逸らさないようにしつつ、ジリジリとゆっくり佐藤から距離を取り始める。まるでクマにでも遭遇したような行動だ。

 そんな彼らには目もくれず、佐藤はサバイバルナイフの血を今殺した警察官の服で拭き取っている。

 乗客たちはある一定の距離まで離れたら、そこからは一目散に駆け出した。悲鳴をあげながら脱兎のごとく逃げていく。

 佐藤の興味は彼らの殺害には向かなかった。佐藤は確かに無差別殺人を行うが、目についた人間全てを殺すわけではない。結局はその時の気分であり、殺したくなったら殺すし、殺すよりもっと他に愉しそうなことがあればそっちをする。現在、佐藤にはヒーローと警察という遊び相手がいる。弱い一般人よりもこっちと遊んだ方が面白い。

 佐藤はハンドバッグから拳銃のマガジンを取り出し、弾丸を装填。空になったマガジンは地面に捨てた。

 佐藤はハンドバッグの中身を確認する。もう中には何も入っていない。物資を全て使い切った。今ある武器は拳銃だけ。残弾は七発。

 

 ──事前計画では旅客機と心中するつもりだったからなぁ……。

 

 旅客機と共に自爆し、国会議事堂付近で展開している仲間から新たに物資を受け取る。そういう計画だったのだが、ヒーローの挑発に乗った方が面白そうだったから、計画よりもその時の感情を優先した。

 

「まぁいいや。手近なもので戦うのも結構好きだし」

 

 佐藤はヒーローと警察官の体を順番にまさぐって持ち物を奪っていく。警察官三人から拳銃三丁と警棒一本。ヒーロー二人から携帯電話一台とヴィラン捕獲用ヒーローアイテム四つ。

 ヒーローの死体から物資を漁り終え、そろそろ移動しようかという時、無線の微かな声が佐藤の耳に聞こえてきた。

 

「……ん? ああ、それもあったか」

 

 佐藤はヒーローの耳に付いているイヤホンを取り、自身の耳に付ける。

 

『──が高いことが分かりました』

 

 女の声。何について話していたかは不明だが、この重々しい雰囲気から明るい話題ではないことは確かな筈だ。そこから大勢の声で混線。その混線で『佐藤』『能力』『透明』『物体』『操作』という五単語が途切れ途切れで聞こえた。

 

 ──なるほど、IBMについて話していたのか。

 

 何について話していたか察しのついた佐藤は、ここで面白くなりそうなことを思いつく。

 警察官から拳銃のホルスターを奪って装着しつつ、無線が静かになるのを待ち、静かになったところで発信。

 

「こんにちは、ヒーロー諸君。愉しんでヒーロー活動やってるかな?」

 

 ヒーローと佐藤が初めて、一方的なメッセージのやり取りではないリアルタイムで接触することとなった。そんな佐藤の気まぐれが、更なる暴虐の嵐を巻き起こす。

 その前兆を、無線を聞いていたヒーロー全員が感じていた。

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