現在、ヒーローと公安委員長のいるオペレーションルームは緊張が高まっていた。佐藤からのリアルタイムでの接触。これをした狙いはなんなのか。そうすることで何を得するのか。そういう緊張である。
佐藤の声がインカムから聞こえてきた後、佐藤は無言になった。その間、ホークスは思考を巡らせる。そもそもどうやってインカムに佐藤が割り込めたか。その方法を考え、答えが自分の中で出た瞬間、ホークスの顔から血の気が引いた。
──助けた乗客の中に紛れ込んでいた……? そして、護衛と誘導役のヒーローを殺してインカムを奪えば、このインカムに参加することができる。
とすれば、自分は知らず知らずの内に佐藤の手助けをしていたことになる。
──この事態は俺のせいで……。
俺が佐藤を助けなければ、護衛と誘導役のヒーローと警察、佐藤の近くにいた乗客の命は助けられた。しかし、誰が佐藤なのかの判断材料は何も無かった。結局あの時自分にできたのは、無差別に乗客を救っていくことだけだった。いや、逆に考えろ。もしあの時乗客の中に佐藤が紛れていると予想が付いていたなら、自分は乗客全員助けられるだけの集中力を維持できていたのか? おそらく無理だろう。佐藤を助けているかもしれないという一瞬の迷いが羽根の精度を落とさせ、数人あるいは十数人の乗客を地面に叩きつけるという結果を引き起こした筈だ。この結果は佐藤が乗客を目を頼りにして救わないだろうと博打を打って、それに勝利した。ただそれだけのことであり、自分たちヒーローと警察はその時その時でやれることをきっちりやってきている。
そうやって自身を肯定しなければ、ホークスは冷静さを取り戻せなかった。冷静さを取り戻し、過去ではなく未来へと目を向ける。佐藤が無線を通して接触してきたという未来へ。
ホークスはインカムの発信ボタンを押す。様々な声で混線し、誰が何を話しているか分からない中に割り込んでいく。
「一つ、ホークスから提案があります! 聞いてください!」
一際大きい声でホークスがインカムにそう言うと、数秒後にはインカムの混線が収まり、静かになった。そのタイミングで、ホークスは再び口を開く。
「このまま佐藤が話す度に混線してたら話が進まない! なので、ヒーロー代表でエンデヴァーさん! HUNT代表で俺が佐藤と話します! 皆さんとは佐藤との会話が終わった後、インカムの周波数を変更して佐藤との会話について話し合います! どうです!? 他に円滑に佐藤と会話できる案はありますか?」
再び訪れる数秒の静寂。
『それでいい』『俺は賛成』『そうしよう』『佐藤と会話なんざこっちから願い下げ!』
その後、エンデヴァー、イレイザーヘッド、エッジショット、ミルコがそう言った。その同意こそ、ヒーローたちの総意となる。
同意を得られたため、ホークスは再び口を開く。
「エンデヴァーさん、何か佐藤に訊きたいことは?」
「まずお前から話せ。お前と佐藤のやり取りが終わった後、他に訊きたいことがあれば、その時訊く」
「……了解」
エンデヴァーはおそらく内心かなりイラついている筈だ。インカムを傍受ではなく、インカムに介入する。両者には決定的に異なる点がある。傍受はバレないが、介入は相手にバレる。こんなことは当たり前の話だが、当たり前の話だからこそ不快感や怒りは強くなる。佐藤の行為は言い換えてしまえば、お前らのインカムを傍受しなくても問題ないという煽りにも繋がるからだ。だからこそ、エンデヴァーは聞く側に徹することで心を落ち着かせたいという思惑もあるかもしれない。
「佐藤、何故接触してきた? 接触せずに傍受だけしていたら、しばらくこちらには気付かれなかったのに」
『それじゃ面白くない。それに、君たちに伝えたいことがあったんだ』
──こっちは真剣にやってんのに、テメェは遊び気分かよ。
ホークスは悪態をつきそうになるのを抑え、辛抱強く佐藤の話の続きを待つ。
『もしかしたらもう情報はそっちにいってるかもしれないけど、今国会議事堂にいる国会議員のだいたい三分の二ほど殺し終えたところなんだ。あと五分あれば全員殺せると思う』
「……は?」
──こいつは何を言ってるんだ?
そう思ったのはホークスだけでは無かった。沈黙を約束した大勢のヒーローたちのざわめきにも似た音が、インカムを混線させた。
実際問題、そうなるのは無理もない。今の佐藤の言葉は、ヒーローや警察にとって一番聞きたくない言葉だった。国会議事堂の人々と旅客機の乗客両方の命を守るために、キドウの犠牲前提の作戦を実行したのだ。もし佐藤の言葉が事実なら、キドウの犠牲はなんだったのか。この作戦のために散っていった命の意味とは……。
『なんだ、まだ知らなかったんだ。随分と呑気だねぇ』
佐藤はそのヒーローたちの狼狽えようが面白かったのか、更に明るい声になっていた。
「……なんでわざわざそんなことを教えた?」
国会議事堂の殺戮を教えたところで、佐藤側にはメリットが無い。
『君たちにね、今どれくらいヒーローが詰んでいるのか教えたくなったんだ。分かっているとは思うけど、国会議事堂にいる国会議員全員を殺しても、臨時国会を欠席した国会議員十三人は生きている。ただ、問題はそこじゃない。彼らはおそらく、臨時国会が襲撃されるかもしれないと考えて欠席した人間。つまりは国会議員としての務めよりも自分の命が大事な臆病者だ。そんな人間が揃って新政府立ち上げの中核となる。そうなれば、次の政府はほぼ百パーセント私の要求を呑むだろう。私のこれまでの罪を帳消しにし、私を総帥とした国土防衛軍を創設するという要求をね』
ホークスは佐藤の言葉から思考をフル回転させ、今後の展開をシミュレート。一通りシミュレートした後、ホークスは口を開く。
「そうはならない」
『ほう、何故かな?』
「国民が許さない。そんな政府の決定、国民は断固として抗議する。俺たちヒーローもだ」
『ふむ、そうだね。確かに、それは十分に考えられる話だ。だから、この場から撤退した後、我々に否定的な意見を持つ国民を十人ぐらい動画で処刑していくつもりでいる。もちろんネットで否定的な意見を書き込んでいた場合、ちゃんとネット上の人物と同一人物であることが特定できる情報を動画に入れる。こうしたら大丈夫だよね?』
ホークスは言葉を失っていた。こんなにも平然と、まるでこの後の買い物の予定でも話すかのように、国民を処刑する話をする。恐怖というよりは、人間の皮を被った別種の生物と話しているような気味の悪さと不快感。それらの感情が悪寒となってホークスやこの会話を聞いている全員に襲いかかっていた。
「……許されると思っているのか? そんなことが」
『許されることじゃないのは百も承知だ。だが、我々には使命がある。この愛する国日本からヴィランを掃討し、平和を取り戻す。それから、日本を世界でも指折りの強国にするという使命が。そのためには、誰かが断固とした決意を持ってやらなければならない。
君たちは勘違いをしている。我々も辛いんだよ。愛する国民を苦しめるのは。それでも、我々は実行しなければならないのだ』
「佐藤、その手はもう通じない。お前が演技で空港のヒーローを騙したのは、HNですでにあがっている。それに今回のことで、俺たちは確信した。お前が目的のために行動しているのではなく、戦闘自体を楽しんでいるということを。だから佐藤、もう演技はやめて、本音で話せ。お前は一体何が目的だ?」
インカムに静寂が訪れた。ホークスは辛抱強く、佐藤の返答を待つ。
『……分かった、言うよ。実は私は幼少の頃から何かを殺してしまいたくなる衝動に襲われていたんだ。そして、その衝動を満たした時、私は喜びと幸福感を得られることに気付いた。ここまで言ったら分かるよね? 私はただ人生を楽しく幸せに生きているだけなんだよ』
「ふざけるな!」
ホークスは頭に一気に血が上った。まるで自分がそういう風に生まれたから、こうして人を殺しまくるのは仕方のないことだと言い訳をしているように聞こえたのだ。そんな理由で殺されたのか。創壁やキドウさん、他の大勢のヒーローや国民は。そんなこと、許せる筈がない。
ちなみに、今佐藤の言った言葉は即興の作り話である。佐藤が何故生物を殺してはいけないのかというような倫理観を理解できないことは事実だが、別に殺人衝動に悩まされているわけではない。ただ単純に殺すのが好きなだけだ。
『ふざけてないよ。そういう個性なんだ、私は。多様性の時代なんだから、理解する努力と受け入れる寛容性が大事だとは思わないのかい? そういった社会には受け入れられない衝動や欲望を持って生まれてきた人間が排除され、ヴィランとして生きるしかなくなるんだ。君たちのそういう態度が、ヴィランを生み出していくんだよ』
「……何?」
ゆっくりと針を刺すように、佐藤はヒーロー達の心をジワジワと傷つけていく。
『君たちヒーローに一番訊いてみたいことはね、何を基準に悪と断じて、何を基準に救うのか。私はそれを知りたいなぁ』
「それは──」
『ホークス! ホークス!』
エンデヴァーの声がインカムに割り込んできた。ホークスは誰にも話を遮られないと考えていたため、割り込んできたエンデヴァーに驚き、思わず口を閉じて言葉の先を聞く。ホークスの後に話すと言っていたエンデヴァーが割り込んでまで伝えようとしてきたことだ。きっと大事に決まっている。
『ホークス。何を言おうとしたのかは分からんが、佐藤の質問は罠だ。どう答えても、佐藤にとってはヒーローを貶める材料にしかならない。もし佐藤がこの会話を録音していたら、お前を破滅させる可能性すらあるんだぞ』
「……エンデヴァーさん、そういうことですか。ありがとうございます。俺、冷静な判断ができなくなってました」
善悪と救う基準。その答えに完璧な答えなんてものは存在しない。どこかに必ず綻びがあり、矛盾がある。そこを突いて国民に晒し、国民からのヒーローの評判を貶めるなど、佐藤からすれば朝飯前だろう。
佐藤の言葉に揺さぶられ、佐藤のペースに引きずり込まれていた。
──俺はまだまだ未熟だな。
どんなことにも動じない冷静さと、自分がここでこういう行動をしたら未来はどうなるのかという予測、その予測を活かせる判断力と洞察力。そこがまだまだ俺には足りない。
「エンデヴァーさん、俺の話はもういいです。次はエンデヴァーさんが佐藤と話してください」
『了解した。……早速だが佐藤、俺たちにはやることが山ほどある。お前の無駄話に長々と付き合っている暇は無い。俺が訊きたいことは一つ。何故わざわざ俺たちにバレるリスクを冒してまで、俺たちに接触した? まさか国会議事堂の惨状を伝えるだけではあるまい。そんなことは貴様から伝えんでもいずれ伝わる話だ』
『ああ、そうだね。本題に入ろう。私から君たちに提案がある』
『提案……だと?』
エンデヴァーの声に困惑が混じった。だが、誰であってもそうなっていただろう。要求ではなく提案。つまり対等の交渉であり、こちらにも選択肢がある。今まで一方的だった佐藤が譲歩してくるなど、ヒーロー側には考えられないことだったのだ。
『そう、提案。君たちが我々の安全を保障し、この場からの退却を見逃すなら、我々は退却の最中に誰も傷付けないことを約束しよう』
『そんなふざけた提案、通ると思っているのか!? ヒーローを馬鹿にするのも大概にしろ!』
エンデヴァーは激昂した。ホークスも同じ気持ちだった。提案などという優しいものではない。これは実質的な降伏勧告だ。この提案を呑むということはすなわち、ヒーローの完全敗北を意味する。ヒーローとしての誇り、尊厳、名声等……各々の持つヒーローへの思いや心を完全に折る提案。こんな提案に賛成するヒーローなど、少なくともこの作戦に参加しているヒーローの中にはいなかった。
『そっか、分かった。君たちは国土防衛軍を創設した時、共にヴィランと戦う仲間になるわけだから殺し過ぎないようにしたかったけど、退却を許さないというのなら仕方ない』
佐藤は別に提案を断られてガッカリしている様子もなく、平然とそう言った。
対してヒーロー側はまたも佐藤の言葉から衝撃を受けることとなる。国土防衛軍の創設だけじゃなく、これだけのことをしでかした佐藤がヒーローと共に戦えると思っている。そんなことは子どもにも無理だと分かる話だ。
──佐藤は他人が何を考えているのか、どう思っているのかが分からないのか……!
あまりのバカバカしさに、このインカムを聞いていた全員の頭がクラクラした。
『佐藤、貴様という奴は……!』
エンデヴァーはあまりの怒りで言葉が上手く出てこなくなっていた。
そんなエンデヴァーを嘲笑うように、佐藤は話を続ける。
『君たちとの戦闘はとても愉しいよ。でも、だいたい同じような戦術と弱点だし飽きてきちゃった。そろそろ別の刺激が欲しいんだよね、こっちは』
佐藤の声色に変化は無い。ただ淡々と話していく。それが佐藤というヴィランの狂気を際立たせている。
──いや、違う。俺たちは勘違いをしていた。
ホークスは冷や水を浴びせられたように、怒りで体中を支配していた熱が急速に冷めていく。背筋に悪寒すら感じ始めた。
『私は早くヴィランと遊ぶための大義名分が欲しいんだ。だから君たちには悪いけど、全力でこの場から撤退させてもらうし、国土防衛軍創設の要求も必ず通す。どんな手段を使ってもね』
──こいつは違う。
エンデヴァーやホークスをはじめ、全てのヒーロー、いや国民を含めた全員が佐藤を『ヴィラン』としてずっと見てきた。だが、ここでようやく確信した。佐藤はヴィランではないのだと。ヒーローやヴィランという境界線などどうでもよく、自分以外全ての人間が佐藤にとっては遊び相手という括りでしかないのだと。だから佐藤は当たり前のようにヴィランも殺そうとする。ヴィランだからという仲間意識など微塵も無い。
『あと、最後に正直に言おうか。気付いているかもしれないが、今までは私の能力の情報を隠すため、全力で戦っていなかった。でも私の能力について君たちの分析が大分進んでいるようだから、私もこれからは能力の出し惜しみはやめて全力でいかせてもらう。君たちに見せてあげるよ……〈亜人〉の力を』
そこで、インカムが無音になった。
ヒーローたちは佐藤の言葉にまだ先があるのかと数秒待ったが、ずっと無音のままだった。
佐藤の話が終わったと判断したヒーロー側は、すぐさまインカムの変更周波数を
変更周波数のチャットを送り終えたホークスはスマホの操作をやめ、ポケットにしまう。そして、戻ってきた羽根を両翼に戻した。
──佐藤の個性名は『亜人』というのか。
羽根を再び飛ばしながら、ホークスは佐藤の最後の言葉について考えた。もしかしたら撹乱のために適当な個性名を言った可能性は十分にあるが、調べる価値はある。
だが、それもこの戦闘が終わってからだ。
ホークスはアサルトライフルを握る手に力を込めた。