佐藤とのやり取りが終わった後、ヒーローと警察は佐藤が一体どこの乗客のグループに紛れたか、絞り込むことにした。
絞り込む方法は簡単。もともと用意していた乗客たちの降下地点には番号を振っていた。全部で十三ヶ所のため、一から十三番。なので、それぞれの降下地点の責任者が一から順番に点呼を取る。その結果、八だけ抜けていることが分かった。故に、佐藤が紛れた降下地点は八番、ということになる。ここまではスムーズにきた。
問題はここからだ。もともと降下地点は包囲網のすぐ外のため、佐藤を追うとなると包囲網のどこかを崩さなければならない。それに加え、佐藤の今後の行動が読めないのも問題だ。この場からの逃走優先か、それともあえて包囲網に向かって仲間の救援に動くか。
この問題は佐藤包囲網作戦に未参加のヒーローや警察官を使えば、今の包囲網を崩さず特定した佐藤の位置周辺に新たな包囲網を形成することで解決できるだろう。しかし、具体的にどんなヒーローがどこにいるのか、どうやって彼らと円滑に連絡を取り合って包囲網の段取りをしていくのか、その部分がまだまだ甘い。一、二時間後にやる作戦ならまだしも、一秒が命取りになるような現状で彼らを組み込んだ作戦を展開するのは難しすぎる。
『俺たちが佐藤の包囲に行こう。場所という点で見ても、連携という点で見ても、俺たち以上の適役はいない。違うか?』
──ギャングオルカさんか。確かに言う通りかもしれないな。
今回の作戦において、サイドキックの多いギャングオルカはほぼ自身の事務所だけでチームを組んでいた。チーム内での連携の高さは上位に位置する。
場所的に見ても、確かに佐藤がいたとされる降下地点に比較的近い。
国会議事堂の近くにいるチームは旅客機の残骸の処理やら周辺のヴィランの対応で忙しい。
そもそも佐藤が包囲網の外に行ったからといって、簡単に包囲網を崩すわけにはいかない。包囲網の中には銃器を持つヴィランがまだ多数いるのだから。
これからの作戦は佐藤を追いつつも着実に包囲網の中のヴィランを確保していくことになる。佐藤が包囲網の方に来てくれるなら、佐藤の確保を最優先にし、佐藤が逃走するならこの作戦に参加したヒーロー以外に情報を渡して追跡してもらう。
ホークスはインカムの発信ボタンを押す。
「佐藤の方、頼みます。ギャングオルカさん」
『了解。佐藤の追跡を開始する』
インカムからギャングオルカの声が聞こえた。その声には恐怖や不安といった負の感情は無く、ただ佐藤を確保するという強い意思と覚悟が乗っていた。
◆ ◆ ◆
「──というわけなんだよ」
佐藤はヒーローから奪った携帯電話から猿石の持つ携帯電話に電話をかけ、これまでの経緯と、ヒーローとインカムで接触した時のやり取りの内容を伝えた。
佐藤は猿石から軽く注意されるか、もしくは小言を言われるんじゃないかと考えていた。
佐藤の立てた計画を佐藤自身の手で崩壊させたのだ。その計画に従って動いていた人間からすれば不満が出て当たり前の話。不満を言われたら謝る心構えも電話する前にしている。
だが、猿石は佐藤の予想に反して、不満や愚痴は一切言わなかった。
『なるほど……ちなみに、佐藤さんはこれからどうするんです? 話を聞く限りヒーローと警察が敷いた包囲網の外にいるようですけど、そのまま撤退を考えていますか?』
「君たちが包囲網の中にいるのに、私だけ撤退するわけないだろう。私は外から包囲網を切り崩して退路を確保するよ」
『分かりました。ちなみに佐藤さん、今物資の方はどうです? 計画通り物資を受け取りますか?』
「そうだね……拳銃とナイフ、警棒、ヒーローアイテムくらいしか手持ちは無いし、拳銃の弾もあと奪った拳銃含め二十五発しかないから、物資を受け取れるなら受け取りたいねぇ。ヒーローの物資を奪いながら戦うつもりでいたけど当たり外れがあるし、流石に囲まれたら物資を漁る時間も無いしね」
『了解です。今、どの辺りにいるかとか分かります?』
「GPS情報をメッセージに添付して送るよ。一旦電話切るね」
『はい、分かりました』
佐藤は電話を切る。それから携帯のGPS情報を取得し、画面をスクリーンショット。猿石の電話番号へのショートメッセージにGPS情報のスクリーンショットを添付。送信。
送信から約二十秒後、猿石の電話番号から着信があった。
佐藤は通話ボタンを指でタップし、携帯電話を耳元に持っていく。
『佐藤さん、一番近いのは沙紀さんです。沙紀さんから物資を受け取ってください。沙紀さんと佐藤さんの中間辺りに合流地点を設定しました。正確な場所は通話が終わった後、ショートメッセージで送ります』
「ありがとう。猿石君、私に怒ってないのかな?」
『怒る……ですか?』
猿石の困惑した声が電話越しに響いた。
「そうだよ。私は計画を勝手に放棄したんだ。その計画に付き合ってる君たちには怒る権利がある」
『うーん……』
猿石は考え込むように唸る。それから数秒の沈黙。そして、猿石が再び口を開く。
『僕は別に不満とか無いです。他の人がどうかは分かりませんが』
「どうしてかな?」
『佐藤さんの計画だからですよ。僕も、他の人たちも、佐藤さんのやりたいことに便乗してやってます。計画通り行くとかそういうのは僕個人としてはあまり重要じゃないです』
「ほう。なら、君にとって重要なことは?」
『そんなの決まってます、佐藤さんの感情ですよ。佐藤さんが立てた計画なんですから』
「私の感情?」
『確かに佐藤さんは計画を放棄しました。でも、そっちの方が面白そうだって思ったんですよね? なら、僕はそれでいいです。佐藤さんが愉しいならそれで……』
「…………」
──なんか……変わったかな? 流されるんじゃなくて自分の意見を持って、それを伝えられるようになってるね。
これなら退屈になってきた時の暇潰しくらいには使えるかもしれない。
「オッケー、猿石君、君の気持ちは分かった。じゃあ、改めて頑張っていこう。君も撤退するんだよ。他のみんなにも撤退のこと、伝えといて」
『はい』
そこで佐藤は電話を切った。それから十秒後、沙紀との合流地点が添付されたショートメッセージが届く。そのショートメッセージを確認し、ショートメッセージに添付された合流地点に向かって移動を開始。
移動を開始してから一分も経たない内に、携帯に電話が掛かってきた。番号を見ると沙紀の携帯電話番号。おそらく猿石からこの携帯電話の番号を教えてもらったんだろう。
佐藤は移動しながら通話ボタンをタップ。
「もしもし、沙紀君?」
『あー! 佐藤さん! 佐藤さんはさあ! 約二十キロのバック背負って爪伸ばす女の子の気持ち、考えたことある!?』
「ないよ」
『ですよねえ! 佐藤さんっていっつもそう!』
「……愚痴を言いにきたのかな?」
『重いのおおおお! 辛いのおおおお! この苦しみを怒りに変えてぶつけたいのおおおお!』
「……そう」
佐藤は電話を切った。
頭を切り替え、合流地点へのルートを頭の中に思い描きつつ、佐藤は周囲を見渡しながら走る。
佐藤の予想だと、ヒーローは愚かにも戦力の分散をして、佐藤専用の新たな包囲網を形成とみている。それが不可能とも分からずに。
そもそも数百人程度の包囲網を敷いたところで、人一人逃さぬ鉄壁の布陣になるわけがない。今佐藤の周囲にも、多数の民衆が走って国会議事堂の方向から逃げていたり、立ち止まって国会議事堂の方に注目していたり、佐藤の存在に気付いた恐怖に声が出ず目を見開いてただ佐藤を凝視していたり、そういった障害物が多くある。民衆の避難経路も確保しなければならない。そういったことを考えれば、包囲網という作戦自体が失敗だと佐藤は思う。
なら、ヒーローはどうすれば良かったのか?
佐藤の考えうる中でのヒーローの最善策は、旅客機墜落を傍観して国会議事堂周辺のヴィランたちの制圧にリソースを回しつつ、旅客機墜落時に国会議事堂を包囲して佐藤の逃げ道を潰しておく。この作戦が佐藤の考えうる作戦の中で一番キツい。墜落後の佐藤は旅客機の爆発に巻き込まれて武器の全てを失うため、ここにヒーローが戦力をフル投入してきたらIBMで賭けに出るくらいしか佐藤は手が無かっただろう。
だが、ヒーローの頭に切り捨てるという選択肢は無い。だから簡単に有利を取れる。
佐藤はハンチング帽を深く被りつつ、民衆の流れを逆走。佐藤は戦場に長くいた。その時の兵士の経験から、佐藤の
潜伏行動の極意は気配を消すのではなく、気配を周囲と同化させることにある。あらゆる生物や物体が何かしらの気配を発している中、己の気配を消す行為は逆に自身の存在を強調することになりかねない。だからこそ、周囲に溶け込むことが大事なのだ。
それを熟知した上で、佐藤は流れに逆らっている。会敵せず合流地点に行くのはスリルが無くて面白くないからだ。だがその行動は存在を浮かび上がらせ、佐藤の周辺の人々はその違和感から佐藤に気付いた。
大多数は佐藤の標的になる恐怖で、見て見ぬ振りと知らん振りを貫く。しかし、一握りの人間は佐藤への恐怖より怒りと正義感が勝つ。故に彼らは佐藤へと牙を剥く。
そういった人間はみな激情家である。佐藤の姿を偶然目にして、考えるよりも先に感情に突き動かされた人間だ。彼らの不幸が何かと言うならば、その性格だろう。冷静に目的を達成するような己の感情の制御ができず、佐藤への恐怖を誤魔化すために雄叫びをあげて襲いかかる。
「うおおおおッ!」
一人の大柄な男が佐藤目掛けて両手を伸ばして駆けた。その両手で佐藤を掴み、勢いのまま地面へと叩きつけるために。
佐藤は向かってくるその男に対し、ニヤリと笑ってみせた。それを見たその男の表情は強張るが、止まることはない。強張った顔のまま、佐藤に掴みかかる。
佐藤は男の両手をかわさなかった。男の両手に掴まれつつもサバイバルナイフを抜き、地面に押し倒そうとする男の首にサバイバルナイフを刺し込んだ。
「がふッ!」
佐藤を掴んでいた両手が、反射的にナイフを抜こうと佐藤の体から首の方へ移動する。が、その時にはもう手遅れだった。佐藤はナイフを抜きつつその男から離れ、再び合流地点へと走る。男は穴の空いた首から血が噴き出すのを押さえるような体勢のまま、両膝をついた。次に力が抜け、うつ伏せに倒れる。血溜まりが男の倒れた場所に生まれ、間近で人の死を見た群衆の悲鳴が沸き起こった。
そんな悲鳴の中を、佐藤は走り続ける。その顔に愉しげな笑みを浮かべながら。
◆ ◆ ◆
国会議事堂を包囲していた
怜が他のヴィランたちと共に国会議事堂に辿り着いた時、怜の携帯電話が着信音を鳴らした。
怜は携帯電話を取り出し、通話ボタンをタップ。
『もしもし、稲穂君?』
「なんだよ、今から突入するとこだってのに……」
怜は名字の稲穂で呼ばれたことに少し不愉快な気分になった。が、その気分は次の猿石の言葉で吹っ飛ぶ。
『佐藤さんから撤退の指示があったんだ』
「はあ!? 少なくても総理と大臣は殺す計画だろ!? まだ誰も議事堂に突入すらしてねえぞ!」
『そこはよく分からないけど……佐藤さんは確かに撤退と言ったんだ。僕らの知らない方法で国会議員殺害の目標を達成したかもしれない。佐藤さんには透明になれる〈個性〉の味方がいるから、僕らを陽動にその透明になれる味方が先にやった可能性もある』
「なんだよそれ……。俺らを信用してねえのかよ、あの人は」
『佐藤さんは計画を勝手に放棄したから僕らには怒る権利があるって言ってたし、佐藤さんも悪いとは思ってるみたいだよ』
「……ったく、しょうがねえ人だな。分かったよ、撤退する。佐藤さんは旅客機の残骸の方にいるのか?」
『いや……救助された乗客の中に紛れて今はヒーローたちの包囲網の外にいるよ。でも僕たちの退路を確保するため、外からヒーローたちの包囲網を切り崩すつもりらしい』
「……は?」
──俺らを逃がすために、囮になるってことか……?
現在、どれだけのヒーローと警察官がここに集結しているのか、分からないわけがない。そこに自ら飛び込み、囮になるということがどれだけリスクがあるか。
「今の話の流れだと、佐藤さんは物資の補給ができてないよな?」
『そうだね。位置関係から沙紀さんが一番近かったから合流地点を設定して、そこで沙紀さんが佐藤さんに補給物資を渡す手筈になってる』
「俺にもその合流地点を教えてくれ」
『……結構そこから遠いけど、いいんだね?』
「ああ、佐藤さんが敵を掻き回すってんなら、俺がそこから更に掻き回す。それに、もしあいつが合流地点に辿り着けなかった場合の保険にもなる。俺だって佐藤さんの補給物資を持ってるしな」
『了解。合流地点の位置情報を送るよ』
そこで通話が終わり、そこから十秒経たずに携帯電話から通知音。位置情報の入ったショートメッセージが怜の携帯電話に届く。
怜は合流地点の位置情報を確認。その後顔を上げ、自分のチームの面々に視線を移す。
「俺はこれから佐藤さんの合流地点に向かう。あんたらはこの場から撤退してくれ」
「いや、俺はお前に付いてくぜ? 暴れたくて佐藤に乗ったんだ。まだ暴れ足んねえよ」
筋骨隆々の長身男ヴィランがそう言った。
「わ、私も付いてくよ!」
青い髪をショートボブにしている二十歳前後の女ヴィランも顔を少し赤らめつつそう言った。他の面々もうんうんと頷いている。
怜はこのチームで顔合わせをした時から、この女ヴィランの熱っぽい視線に気付いていた。そして、今もその熱を感じている。
──うっぜえなぁ。
怜は思わずため息を吐いた。
今まで怜に好意を抱いた女は数え切れないほどいるが、怜の個性が弱いことを知った途端、その好意を失望と幻滅に変化させた。勝手に好意を抱いて勝手に幻滅するくらいなら、最初から好意を向けるなと怜は思う。
──だから女は嫌なんだ。
怜はその女ヴィランの方を見ないようにしながら、合流地点の方へチームを引き連れ移動を始めた。