リベンジエッジの面々に佐藤のことを連絡した後、猿石は撤退の準備を始めた。
「お、おい、猿石! これ……」
元々使い捨てのつもりで持ってきたパソコンを破壊して情報隠滅をしている途中、ヴィランの一人が猿石を呼んでモニターの一つを指さした。
猿石はがらくたとなったパソコンから指をさされたモニターへと視線を移す。そこにはドローンを操縦したヴィランを捕縛したまま真っ直ぐこの場所に向かってくるヒーロー四人の姿がある。ヴィランの状態を見ると顔中痣だらけであり、おそらくヒーローたちが拠点の情報を吐かせるために暴行したようだ。それだけヒーロー側は切羽詰まっているのだろう。
「あの野郎、この場所ゲロりやがった!」
「早くこの場所から離れましょう!」
猿石は使える物資をバッグにまとめつつ、そう言った。猿石の声には焦りがあった。
猿石はこの場にヒーローが来る事実に直面して初めて、自分がヒーローたちにとってどれだけのことをやらかしてきたか、自覚した。『無個性』の自分だが、捕まったら最悪のヴィラン収容施設タルタロスへ移送されるかもしれない。そうなったら、社会復帰は絶望的。
自分は崖っぷちにいる。その恐怖と不安は元来臆病である猿石の体を機能不全にするには十分すぎた。バッグを背負おうとバッグの持ち手を掴もうとするも、手が震えて上手く掴めない。
「あれ? あれ? おかしいな……」
持ち手を掴むのに手間取っている猿石のところに女ヴィランがやってくる。女ヴィランはその持ち手と猿石の手を掴んで持ち手を握らせた。
「ほら、しっかり!」
「あ、ありがとうございます……」
猿石は女ヴィランに頭を下げ、バッグを背負った。
「あなた、一体何がしたいわけ?」
女ヴィランの声には苛立ちが混じっている。その苛立ちを感じ、猿石はまた別の恐怖に襲われた。
「な、何が……?」
「この部屋を私の『個性』で燃やせば情報隠滅なんて一瞬で終わったのに、死体があるから駄目だって言ったのはあなたでしょ? なのに、ヒーローたちが来るって分かった途端そんなに震えてさ……。そんなこと、あなたも最初から分かってたことじゃない」
猿石は女ヴィランから目をそらした。
──そうだ、僕は分かってた。いずれヒーローはこの場所を突き止め、踏み込んで来るって。
この作戦は参加しているヴィランの数が多く、この司令部の位置も佐藤から全員に知らせるよう指示があった。だから、この作戦に参加しているヴィランを尋問か拷問かはたまた取引するか、そのいずれかでこの司令部の情報を得ればヒーローは簡単にこの場所を突き止められる。それに、使っているドローンも市販されているものにアタッチメントを加えただけで、操作する電波や周波数に強い妨害がされているわけでもない。電波に関係する『個性』か電波を特定する機器を使えば逆探知は容易なのだ。
「ぼ、僕はただ……燃やさなくても情報隠滅はできるから、それでいいかなって……」
「だからそれは死体を気にしてのことでしょうが。それに死体も燃やされることを望んでいる筈よ。燃やしたいのよこっちは」
「死体だからって何してもいいわけじゃない……と思います。ここにある死体はヒーローじゃない普通の人の死体と裏切り者の死体だけど、死体になった時点で僕らに何も影響を及ぼさない物質になったんだ。なら、その死体を鞭打つような真似を僕はしたくないんです。死体に敵も味方もないんだから」
「仲間の血にまみれたその姿で、よくそんなことが言えるわね」
猿石は視線を落とし、自分の姿を改めて見る。裏切り者を撃ち殺した血で服が真っ赤に染まっていた。
「仲間なんかじゃない。コイツは佐藤さんを裏切ろうとしたばかりか、僕たちも巻き添えにしようとした。死んで当然の人間だった」
「ヒーローたちをドローンで爆殺するのはいいの?」
「敵なんだから仕方ないじゃないですか! でも死体に敵はいません! 死体を必要以上に傷付けなくても済む方法があるなら、僕はそっちを選びます! もう情報隠滅は終わりました! 早く逃げましょう!」
女ヴィランは猿石を数秒睨んだ後、ため息を吐いた。
「……分かったわよ。燃やしたかったのになぁ」
「燃やせるタイミングはきっとありますよ」
「そう? なら許しちゃう」
機嫌を直した女ヴィランは猿石同様持てる限りの物資を持って玄関へ走る。猿石も物資の入ったバッグを背負ったまま走って付いていく。部屋にいた他のヴィラン十一人も各々持てるだけの物資を持って玄関に向かった。
猿石が外に出た時、ちょうど遠くの方からヒーロースーツを着た四人が走ってきていた。
「いたぞ! あいつらがドローンを操作して指示を出していた連中だ!」
「四人なら倒せる! 殲滅するぞ!」
「駄目です!」
猿石の後ろから続々とヴィランが出てきて、猿石同様ヒーローの存在に気付いた。ヒーローの人数の少なさと味方の多さから全滅できると判断した彼らはその手に持つアサルトライフルを構える。猿石の制止の声を聞かずに。
アサルトライフルを向けられたヒーローたちはすぐさま回避行動。一斉に撃たれたアサルトライフルの銃弾の雨を躱し、建物を遮蔽物にする。撃たれたアサルトライフルの銃弾は捕縛されていたヴィランを穴だらけにした。
「よけられた!?」
「当たり前でしょう! あなたたちは佐藤さんじゃないんですから!」
身体能力は高くない佐藤がヒーローを一方的に殺せる理由。それはもちろん銃の性能もあるが、一番の理由は驚異的な射撃精度と照準を合わせる速さ。常人は銃を構えて照準を合わせるのに数秒はかかる。だが佐藤は銃を構えたと相手が判断した時には照準を合わせている。だから回避できない。一流ヒーローのような勝負勘で先読みして動くか、常人離れした反射神経で回避行動を取るか、そういった能力に長けてなければ佐藤の前では生き残れないのだ。
だからこそ、ドローンによって情報アドバンテージを得て待ち伏せし、あらかじめ照準を敵が来るところに置いておくことでその構えてから撃つまでのタイムラグを短くする戦術を取った。その戦術を失った今、銃の練度が低い人間が銃でヒーローに効果的な射撃をすることは難しい。
「撤退します!」
「なっ!? 相手はたったの四人だ! 戦ったらこっちが楽勝だぜ!」
反論してきたヴィランの言葉に、猿石は苛立ちを覚えた。舌打ちしそうになるのを堪える。
「あの人たちは絶対この場所を教えて応援を呼んでいます! 彼らは味方が来る時間稼ぎをしてくるでしょう。ここでもたもたしてたらヒーローに包囲されますよ!」
「そんな……。一体どうしたら……!」
「だから包囲される前に逃げないと! ヒーローと僕らの間に炎幕をお願いします!」
「分かった!」
猿石の指示を受けた女ヴィランはバーンガスを吐いて着火。猿石とヒーローの間に炎壁が出現。恍惚の目をしてその炎壁を眺める女ヴィラン。
「今です!」
猿石の合図で、全員ヒーローのいる方向とは反対の方向へ走り出した。
「絶対に逃がすな!」
ヒーローたちはインカムを使用しつつ、個性で付近の金属を飛ばして炎壁を吹き飛ばす。そこからは熾烈な追撃戦となった。ヴィランたちは個性と銃で追っ手のヒーローを妨害しつつ撤退し、ヒーローはヴィランの妨害を個性とヒーローアイテムで乗り越えて辛抱強くヴィランの追撃を続ける。
しかし、位置バレしているうえにヒーロー側の方が戦力も多いため、猿石らヴィラン側は窮地に追い込まれ始める。ヒーロー側は猿石たちの位置情報を逐一共有し合い、個性を上手く利用して猿石たちの逃走ルートを制限。今や即興の包囲が完成しつつある。
そのことを、猿石たちも逃走している間に気付いた。行こうとする先々でヒーロースーツを着ている人たちを見つけるからだ。彼らを個性や銃で牽制しつつルート変更を繰り返す内に、逃げ場が無くなってしまっていた。
大通りから外れて道が狭くなっている路地裏。車二台すれ違うのもギリギリという幅の道路。大通りに繋がる道は四本あるが、どの道の先にも遮蔽物に隠れてヒーローたちが窺っている。
「ど、どうすんだよ。囲まれちまったぜ」
味方のヴィランの一人が怯えた表情で周囲を見渡した。ヒーローは銃を警戒して直線的な距離の詰め方をしてこないが、遮蔽物を利用してジリジリと近付いてきている。
「私が足留めするよ。その間にみんな逃げて」
女ヴィランがそう言った。
猿石はその言葉に内心ホッとする。これで自分は捕まらなくて済む。そう思いながら女ヴィランの顔を窺った。不安そうな横顔をしている。猿石はハッとした。さっきの佐藤の言葉が脳裏に再生される。
『君たちが包囲網の中にいるのに、私だけ撤退するわけないだろう。私は外から包囲網を切り崩して退路を確保するよ』
佐藤は味方を見捨てない。いつも一番危険なところで戦っている。そして、今このチームのリーダーを任されているのは自分。
──僕は佐藤さんと対等に話せるような人間になりたい。だったら、仲間の犠牲で得られる安全に安心するんじゃなくて、僕がその危険を引き受けられるようにならなくちゃ。
猿石は前に行こうとする女ヴィランの右腕を掴む。
「え……?」
「そんなの、駄目です。僕たちは仲間なんだから。みんなで生き残りましょう」
「……」
女ヴィランはポカンとした顔で猿石の顔を見つめる。
「じゃあどうすんだよ。何か作戦でもあんのか?」
一人のヴィランがそう口を挟む。猿石はその言葉にグッと押し黙った。作戦なんて考えてない。ただ味方を見捨てる行為をしたくなかっただけ……。いや、待てよ。作戦なら一つだけ今思いついた。
「……作戦ならあります」
猿石は作戦の内容を周囲のヴィランを伝えた。聞き終わった後、ヴィランたちは沈黙した。肯定するか否定するか迷っているようだ。
「やろう」
そんな中、女ヴィランは猿石の顔を見つめながら肯定の意を口に出した。
「俺も乗った!」「俺もやってやる!」
他のヴィラン二人も肯定の意を口に出し、それ以外のヴィランは頷くことで猿石の作戦に同意。そういったやり取りの間もヒーローたちは距離を詰めようとしてくるため、話している最中にヴィラン側は何度も銃口をヒーローたちに向けて牽制した。
猿石らヴィラン側は作戦行動に移る。
ヴィラン側はヒーローをこちらに来させないよう威嚇射撃する役と、その間に持ち出した物資の一つであるドローンを全て起動する役に分けた。女ヴィランは『個性』によって四本の道路に可燃ガスを充満させる役となり、猿石はスマホのアプリからドローンを同期させてドローンの設定を変更。まずは手動操作を自動操作に。それから爆撃ドローンの設定をそれらのドローンに割り当て。
そういった作業をするのに猿石は一分も掛からなかった。元々ある設定を適用していくだけの作業だったため、猿石のスキルを持ってすれば楽な作業だった。
その短い作業時間の間、猿石は作業しながら思考を巡らせていた。
──ずっと僕は無個性だと思っていた。佐藤さんに出会うまでは……。
自分は誰もが努力すれば手に入る能力しか無いんだと、自分の能力を卑下していた。
でも、今は違う。誰だって手に入れられる能力であっても、僕の能力は特別に値するのだと、自分の能力に自信を持っている。だからこそ、僕は胸を張ってこう言える。
「僕の『個性』は……ハッキングだ」
プログラムによるウイルスコードと機械操作。ネットワークに介入してのハッキング。機械や電子機器への知識を利用した改造。
お前のそんな『個性』など紛い物、と個性持ちの人間は
──お前らが嗤う『紛い物』で、お前たちの言う『本物』を捻じ伏せてやる。
無個性で自分に自信の無かった猿石はこの瞬間、自信と自分のスキルに対するプライドを手に入れた。
女ヴィランが四つの道路に充満させていた
炎壁が収まった瞬間、ヴィラン側はそれぞれの道路にいるヒーローたちへと一斉に駆け出す。ヒーローたちはヴィランを返り討ちにすべく、ヴィランの一挙手一投足に集中。その時、ヒーローたちは音を聞いた。ドローンの音。炎壁によって視界を遮っている間にドローンを飛ばし、死角からドローンを接近させる。そうすることで、ヒーローの頭にギリギリまでドローンのことを考えさせないようにした。
ヒーローたちはそこから反射的にドローンを確認しようとヴィランからドローンの方へ視線を移動させる。
──当然そうなるよね。
猿石は駆けながら、ヒーローがドローンの登場でドローンに気を取られたところを見てニヤリと笑った。ヒーローにとってドローンが爆弾を搭載して自爆特攻してくる戦術はついさっきあった戦術だ。必ずそのことが頭によぎる。無視してヴィランに集中などできるわけがない。
実際の話、起動させたドローンに爆弾は搭載されていない。偵察用ドローンだからだ。だが、遠目ならともかく、死角から飛び出してきたドローンが爆弾を搭載していないと判断するには数秒かかる。その数秒あれば、ヴィラン側は銃口の照準をヒーローに合わせて引き金を引くことができる。
ヴィランたちはその瞬間を狙っていたため、ヒーローがドローンに気を取られた時には銃を構えて照準を合わせ、一斉射撃。次々にヒーローが撃ち抜かれ、包囲していたヒーロー全員が地に倒れた。道路がヒーローたちの血で赤く染められていく。それらの死体にドローンが何度もぶつかっては離れてを繰り返す。
「ああ、忘れてた。爆撃ドローンは接触したら木っ端微塵になるから接触した後の設定をしてなかったんだ」
猿石はドローンのアプリから設定を変更。死体にぶつかり続けていたドローンはぶつかるのをやめ、血に濡れた道路に着地。
ヴィランたちはヒーローに包囲されていた緊張をほぐしながら、着地したドローンを片付け始める。猿石も片付けを手伝おうとしたが、力仕事はこっちに任せろと言われて手伝えなかった。
仕方なく猿石はヒーローたちの死体のスマホの一台を手に取ってスマホの情報を調べたり、インカムから周波数を特定したりした。
「……ねぇ」
猿石がそういったことをしていると、女ヴィランが声を掛けてきた。猿石はヒーローのスマホから女ヴィランの方に顔を向ける。女ヴィランの顔は少し赤らんでいるように見えた。
「どうしたんです?」
「私のこと、仲間だって言ってくれたよね? 私、ヴィランとして生きるようになってからそんなこと言ってくれる人はいなかった。すぐに燃やすアブナイ奴だってヴィランからも距離を置かれてた」
「髪ゴム、僕にくれたじゃないですか。あなたは優しい心を持ってますよ。アブナくなんてありません」
猿石は後ろ髪を縛る髪ゴムに触りながら、そう言った。女ヴィランの顔がますます赤くなる。
「今までたくさんの物や人を燃やしてきた……。でも、私の心を燃やしてくれたのは、あなたが初めて。だから、私もあなたの心を燃やしたい。灰になるくらいあなたの心を燃やし尽くした後は、あなたの体を綺麗な炎で包んであげるね」
「……え?」
猿石は女ヴィランの顔を凝視する。女ヴィランは恍惚とした表情で猿石を見つめていた。
──佐藤さん……。どうやら僕は、この人に条件付きの死刑を宣告されたようです。
「私の名前、知ってるよね?」
「し、
「霧香って私のことはこれから呼んで。コンゴトモヨロシク」
「よ、よろしくお願いします……」
霧香は猿石に向かって頭を下げる。猿石も顔を引きつらせつつ、頭を下げた。
◆ ◆ ◆
ギャングオルカはサイドキック二人を連れ、佐藤の降下場所に向かっていた。他にも大勢のサイドキックがそれぞれ向かっている。
ギャングオルカの見た目はシャチを人型にしたような見た目だ。服装は白スーツにピンク色のネクタイ。ちなみにこれは見た目が怖くて小さな子どもに泣かれることを気にして、雰囲気が和らぐような服装を選ぶようになったという過去がある。
ギャングオルカはインカムの発信ボタンを押す。そのインカムの周波数は佐藤確保に参加しているチームで使用するために新たに用意した周波数だ。
「これから言うことを頭にしっかりと入れておいてくれ」
誰からもインカムから返事は無い。だが、それは無言の肯定であり、返事によって発生する一、二秒の時間を省こうとしたからこその沈黙。そうなってしまう程、今は一分一秒を争う事態なのだ。そこはギャングオルカも察したため、無言だからといって確認の言葉は入れず、話を先に進める。
「まず佐藤は他のヴィランと決定的に違う部分がある。奴はヒーロー民間人区別なく、とにかく殺害する。殺意が極めて高い。つまり俺たちにとって優先すべきことは佐藤の確保ではない。民間人そして俺たちの命だ。
奴は旅客機の乗客に紛れて包囲網の外に出た。そこは敵ながら見事ではある。が、同時にミスもした。奴の仲間の大半は包囲網の中にいる。佐藤は一人で戦わなくてはならない。今予想されている佐藤の『個性』は再生と透明な物質操作のどちらかか両方。武器は銃器。これらの情報を踏まえたうえで、四つ遵守してくれ。
まず一つ、佐藤を発見した場合、速やかに遮蔽物に隠れるか射線を切り、インカムで発見報告をすること。
二つ、佐藤が俺たちを発見し何かしらの行動をとった際、その行動に釣られず、慎重に行動すること。佐藤の何かしらの行動は全て俺たちの命を奪うことに直結している。佐藤の誘いに乗り、佐藤の土俵で戦うのは極めて危険だ。
三つ、佐藤と戦闘する場合、些細な音にも注意し、可能であれば砂煙を起こしたり広範囲攻撃をすること。透明でも物質であれば、砂煙が揺らいだり広範囲攻撃に当たるだろう。透明な物質を操れることを常に頭に入れておけ。
四つ、俺が戦闘に加わる際は耳栓を付けろ。
以上だ。作戦行動を続けるぞ」
『了解!』
インカムからサイドキックたちの力強い返事が返ってきた。
ギャングオルカはインカムの発信ボタンから手を離し、周囲を見渡しつつ走り続ける。その身体からは覚悟の炎が立ち上がっていた。
佐藤は沙紀との合流地点に向かって走っている。当然周囲の警戒は怠らない。
そこから五分、佐藤は何事もなく走り続けた。その時には国会議事堂で暴れていたIBMが消滅していた。そのことを佐藤は経験から分かっている。
──今日二回使っちゃったからなぁ。出せてあと一回。ここぞって時に使おう。
そんなことを考えていると、佐藤はヒーロースーツを着ている三人を発見。ヒーロー三人も佐藤を発見。発見タイミングはほぼ同時。佐藤の視線とヒーロー三人の隊長の視線がかち合う。距離にして約二十メートルといったところか。
「ん!?」
ここでそのヒーロー三人は、今までのヒーローとは違う行動を取る。今まで佐藤が出会ったヒーローは佐藤に対する戦意が少なからずあった。たとえ遮蔽物に隠れても、隙があったら接近して倒そうとする意思があった。
だが、このヒーロー三人は佐藤を発見するやいなや遮蔽物に身を隠し、そこから僅かに顔を出すばかりで佐藤に近付こうとする意思を感じられない。
そう佐藤が不思議に思っている間、ヒーローは迅速に役目を果たしていた。
「佐藤、発見。位置情報を送る。至急応援を頼む」
遮蔽物に隠れたヒーロー三人は、隊長以外の二人が少し顔を出して佐藤の姿を監視し、隊長はインカムで佐藤の発見報告をした。
「佐藤、立ったまま動き無し」
「了解。このまま警戒させて動きを止めさせれば、佐藤を確保できる」
ヒーロー三人にとって、ギャングオルカというボスの言葉は絶対である。だからこそ、彼らは佐藤を前にしても冷静になることができる。
佐藤は彼らがそういう指示を受けていることを知らない。
佐藤はあえて銃を構えず隙だらけの体勢で立っていたが、ヒーロー三人はそんな佐藤に釣られず隠れ続ける。
──この誘いに乗ってこないんだ。じゃあ次はどうかな?
佐藤は突如、全力疾走。ヒーローから見て左の道路に入る。佐藤はヒーローの死角に入った瞬間、すぐ近くの建物の陰に隠れ、さっきのヒーロー三人が慌てて飛び込んでくるのを待つ。
「……?」
時間にして二十秒。それだけの時間を待ってもヒーローが道路に入ってくることはなかった。これも今まで佐藤が戦ってきたヒーローとは違う行動。
──私はかなりの速さで道路に逃げ込んだと見せかけた筈だ。視界に入れていない時間が一秒増えるごとに見失う危険性が高まるのだから、早く視界に入れなければと走り込んでくるものだと思っていたが……。
佐藤はニヤリと唇を吊り上げる。
間違いない。これは佐藤というヴィラン専用の戦術というものをあの三人がしてきている。そして、おそらくあの三人だけではあるまい。もっと大勢の人数が、佐藤というヴィランに対する最高の戦術というものをぶつけてこようとしている筈だ。
「愉しくなってきたねぇ」
佐藤は拳銃を右手に握り、左手にサバイバルナイフを持つ。
道路のすぐ近くの死角で、痺れを切らして道路に飛び込んでくるヒーロー三人を待ち続ける。と同時に、佐藤の位置を確認できる道路全体に視線を巡らし、彼ら以外のヒーローが来ていないか監視。
「お?」
佐藤は道路の反対から、新たな三人のヒーローの姿を見た。その三人の内の二人はすぐに遮蔽物に隠れたが、一人は堂々と道路に立っている。シャチのような見た目に白スーツ。佐藤は当然ヒーローの情報を調べているし、特に上位ヒーローの情報に関しては念入りに入手している。その佐藤の知識によって、そのシャチの姿をしたヒーローはギャングオルカだと即判断できた。
ギャングオルカは考え無しに遮蔽物の無い道路に立ったわけでは無かった。ギャングオルカは佐藤が拳銃を持っているのを確認して射程が短いのを見抜き、もし透明な物質で攻撃してくるなら強靭な肉体を持つ自分を狙ってくるように仕向けるため、ぱっと見無防備な姿で佐藤の前に身をさらした。距離にして約八十メートル。
ギャングオルカは建物に隠れている佐藤から視線を外さないようにしつつ、インカムの発信ボタンを押す。
「佐藤発見。連絡があった道路すぐ近くの建物の死角にいる。気を付けろ」
『助かりますシャチョー』
ギャングオルカは佐藤の姿を見据える。
「佐藤を確保するぞ」
『了解!』
インカムからやる気の入ったギャングオルカのサイドキックたちの返事が聞こえた。
ギャングオルカ以外のこの場に集まっているヒーローは一斉に耳栓を付ける。
「色んな人間と戦ってきたけど、シャチ人間と戦うのは初めてだよ。この世界は本当に愉しい世界だ」
佐藤は拳銃とナイフをギャングオルカの方に向ける。佐藤とギャングオルカの戦闘が今始まろうとしていた。