死柄木は最初、敵連合の面々とひたすらに国会議事堂を目指して移動していた。その途中、ハイジャックされた旅客機とヒーローの攻防が終わり、佐藤の仲間たちが逃走しているところに鉢合わせた。
死柄木は彼らから佐藤の指示と佐藤の居場所を聞き出した。佐藤の指示がこの場からの逃走だと知った時、死柄木は「は?」と威圧的な声を出しながらそのことを口にした男ヴィランの胸ぐらを掴んだ。ただの下っ端で殺してもそれほど価値の無い相手だと理解していても、このまま『個性』でこの男の存在を破壊したいと思った。何故それほどまでに死柄木は佐藤の逃走という選択が気に入らなかったのか?
──ハイジャックまでして、派手に国会議事堂ぶっ壊して、その勢いでヒーロー社会そのものをぶっ壊すんじゃねえのかよ。白けさせてくれるぜ。
死柄木はてっきりこの国からヒーローを消すという佐藤の最終目的を達成するための最終フェーズが始まったと考えた。死柄木はそれに乗っかり破壊の限りを尽くしながらヒーロー社会の終焉を特等席で見るためにわざわざここまで足を運んだ。だからこそ、佐藤の行動の読めなさに怒りを覚えるのは至極当然の反応であった。それだけでなく、佐藤が国をぶっ壊すと思ってウキウキでここまで来た自分をコケにされたような感じが、その怒りを更に増幅させる。
──佐藤、テメエはどこまで本気なんだ? 本気じゃねえとハイジャックして旅客機を国会議事堂にぶつけようなんて考えねえだろ。
佐藤のこの手段は、成功していればヒーローと国民の動揺を最大限に引き出せる効果があった筈だ。その手段を選んでおきながら、失敗したら撤退? その程度の覚悟でこの手段を実行できる筈がない。壊せるところまで壊す。後のことは考えない。そういう覚悟が無ければ、こんな手段を取れない筈だ。
──分かんねえよ、テメェが何考えてんのか。
死柄木が理解できないのも無理はない。死柄木は佐藤の人格について常識の枠に当てはめて考えている。だからこそ思い違いが発生し、思い違いによって振り回されることにイラつきを感じる。佐藤を常識の枠に当てはめていては、一生佐藤の人格の解像度を上げることはできない。佐藤はサイコパスであり、人生そのものがゲームの延長線上にあるという佐藤の思考を死柄木が理解するためには、圧倒的に佐藤との交流が足りていない。
死柄木ら敵連合は佐藤の仲間たちと佐藤の目的地まで移動している途中、何度かヒーローのチームと交戦した。だが、そこはヒーローと何度も戦闘してくぐり抜けてきた敵連合の実力と、佐藤の仲間たちの単純な銃器の火力によって突破した。
そして、死柄木たちは佐藤の姿が遠くに見えるところまで近付くことができたところで、佐藤の頭が撃たれて佐藤の体が倒れる瞬間を目撃する。
時間は少し前に遡る。
佐藤は一斉射撃の合図をした後、率先して最前線に立ち、周囲の遮蔽物に身を隠しながらヒーローたちを射撃していた。この時の佐藤は命を奪うことより行動力を奪う方に重点を置いていた。殺すより負傷者を多く作った方がヒーローたちの負担が増えるし、銃撃を嫌って遮蔽物に隠れるのなら、そこに爆発物を投げ込めばいい。
更に、佐藤の後方には銃と爆発物などを武装した大勢のヴィランたちがいる。ヒーローたちの意識は当然
佐藤の厄介さはそこで終わらない。佐藤は最前線で戦いつつ、戦況を冷静に分析し、的確な指示を周囲にいるヴィランたちに指のサインで伝えている。あそこに爆発物を投げ込め、あのヒーローを撃て、ここで待て。そういった指示をリロードする瞬間、標的を変える瞬間、移動する時、遮蔽物に隠れる時など、戦闘における僅かな空白時間を利用して出していた。
ホークスは遮蔽物に身を隠しつつ、佐藤を重点的に観察している。ホークスは佐藤がいないヴィラン集団との戦闘と今の戦闘を比べ、明らかに佐藤が指示しているヴィラン集団の方が厄介さと士気が増していると判断した。
ヴィランにとって、佐藤はある意味で英雄的存在である。そんな存在が間近で戦っているとなれば、気分が高揚しないわけがない。それに、先頭で佐藤が戦うことによってそれ以外のヴィランへの意識が分散し、のびのびと動けている。
──まったく別物だな。
ホークスは銃撃と爆撃により身動きができなくなりながらも、佐藤を加えたヴィランたちをそう評価した。この戦闘の前に佐藤がいない場合のヴィランたちと戦っていたからこそ、そう結論できる。その時は待ち伏せという形で先手を取られたものの、そこを凌いでしまえば楽に対処できた。だが、佐藤が加わっているヴィランたちはそんな弱さが消えている。迷いや恐怖が佐藤という圧倒的な支柱の存在によって無くなるのだ。だからこそ、ずっと手強くなる。
──佐藤を捕まえてやる。
ホークスは銃を持つ手に力が入った。佐藤の戦闘力、頭脳、カリスマ性、どれをとっても一流と認めざるを得ない。佐藤との戦闘は捕まえられるチャンスを無駄にせず確実にものにしなければならないのだ。逃がせば逃がした分だけ、被害が加速度的に増加し、ヴィランたちも勢いづかせる。今の日本のヴィラン勢力は佐藤が潤滑油になっているところがあるから、なおさらこの場から逃げられることは許されないのだ。国会議員の大多数を殺害したうえで逃走にも成功したとなったら、一体どれだけのヴィランが佐藤に惹かれ、佐藤に力を貸すようになるのか考えたくもない。
──ただその前に、俺の目で直接確認したいことがある。
ホークスは両翼を広げ、飛び上がる。五メートルほど上昇した後、建物の陰からアサルトライフルを突き出し、アイアンサイトを覗き込んで照準を合わせる。サイトの先には佐藤の頭部が収まっていた。
「本当にお前の『個性』が再生なのかどうか、この一発で見極めてやる」
ホークスは一切の躊躇いも無く、佐藤の頭部に照準を合わせた銃の引き金を引く。ホークスの耳に響く銃声と両手に伝わる撃った反動。そして、アイアンサイトを覗く目で見た銃弾の与えた結果。佐藤の頭から血が噴き出し、倒れていく佐藤の姿。
ホークスはその結果にほんの僅かすらも喜びの感情が湧かなかったし、逆にほんの僅かすらも罪悪感を抱かなかった。感情は揺らがず、ただ冷徹とも言っていい眼差しで倒れた佐藤を観察。数瞬の後、佐藤の頭に空いた穴が塞がっていき、完全に塞がったところで機敏に起き上がる。
ホークスの目は驚愕に見開かれた。再生のプロセスを最初から最後まで見届けたからこそ、気付けた事実。
「佐藤の『個性』は、再生なんて生温いもんじゃない……!」
動揺したホークスの目に、佐藤の次の動きが映る。佐藤の構えた銃の銃口が真っ直ぐこちらを向いた。ホークスが二発目を撃つ前に佐藤が発砲。
「ちッ……」
ホークスは舌打ちし、建物の陰に身を引く。瞬間、ホークスの隠れる建物に銃弾が着弾し、火花を散らした。
ホークスは身を隠しつつ、インカムを発信。
「ホークスです。皆さん、戦闘しながら聞いてください。たった今、俺は佐藤の頭を撃ち抜くことで、ヤツの再生するところを直接見ました。それを見た俺の意見として、佐藤の個性は『再生』ではないとはっきり分かりました」
『一体どういうことだ!?』
エンデヴァーの声がインカムに割り込む。エンデヴァーは限界近くまで体温を上昇させていたせいで、今は個性を抑えて体温を正常に戻すクールタイム中であるため、佐藤がいるこの現場にはいないし戦闘状態でもない。だからこそ、インカムに発信する余裕がある。
エンデヴァーのその言葉は、今まで『佐藤の個性は条件付きの再生』という前提条件のもと戦っていたヒーローたちの心の声を代弁していた。
「佐藤の頭を銃で撃ち抜いてから再生するまで、一秒にも満たない一瞬の時間ですが、再生していない時間がありました。つまり、条件を満たした瞬間超再生以上の再生力で全回復するという俺らの認識は間違っていた」
『なんだと……? そうか! ホークス、貴様の言いたいことが分かったぞ! 一瞬とはいえ、確実に死んでいた時間が佐藤にあった。そういうことだな?』
「その通りです、エンデヴァーさん。佐藤は一瞬でも死に、そこから超再生以上の速度で全回復した。つまり、佐藤の個性は『再生』ではなく『復活』なんです」
『な、なんだってー!?』
インカムにヒーローたちの驚きの声が響き渡った。
「しかも、佐藤はその『死んだら全回復して復活する個性』を使いこなしている。ミルコさんやギャングオルカさんの話からも、自殺行為を躊躇無くすることは間違いありません」
『佐藤は不死身ってことかよ……。そんなヤツ相手にどうすれば……』
あるヒーローの沈んだ声がインカムから聞こえた。
『情けねえこと言ってんじゃねえ! 私らヒーローからしたら、相手が不死身かどうかなんざ関係ねえだろ!』
ミルコの力強い声がインカムに割り込んだ。
実際、ミルコの言う通りである。ヒーローは基本的にヴィランの殺害を認めていない。どうしてもそうしなければならない理由などがあれば例外的に認められる場合はあるが、ヒーローに求められているのは、ヴィランを生かして捕縛することである。オールマイトの宿敵であり、『神野の悪夢』と呼ばれる大事件を引き起こして多大な被害を与え、
「ミルコさんの言う通りです。佐藤を死なせなければ、佐藤の『透明な物質を操る個性』にだけ気を付ければいい。そのことを頭に入れて、必ずここで佐藤を捕まえましょう!」
ホークスはそれだけ言うと、インカムの発信ボタンから手を離して、銃身を握り直した。
◆ ◆ ◆
佐藤は銃をホークスに向かって撃った後、周囲を素早く見渡して状況確認する。
こちらはじわじわと前進しつつ周囲を制圧していっているが、ヒーローたちも不用意に飛び出してくるのではなく、遮蔽物に隠れながらとか射線を意識して動いている。そのため、ヒーローへの被害は想定していたより軽微だ。その分こちらも消耗していないから、プラマイゼロといったところか。
「佐藤さん!」
佐藤の後方から大慌てで走ってくるヴィランたちが佐藤を大声で呼んでいる。
「何?」
「ヒーローたちに
「……どこに連れてかれたの?」
「あそこに見える車の方に!」
ヴィランたちが指差したところには、確かに車が止まっていた。距離にして二百メートルほどの位置。
「成る程ね」
佐藤は帽子を左手で被り直した。
その時、沙紀が捕まったと伝えてきたヴィランたちは佐藤の反応を見ようと佐藤の顔を窺い、表情が凍る。
佐藤は愉し気な笑みを浮かべ、唇を歪ませていた。その表情からはある種の凄みが滲み出ている。
──なかなか面白くなってきたねえ。
佐藤はまずヒーローたちの視線の死角に入るため、建物に向かって駆けた。そうしてヒーローたちの誰からも自身の動きを悟られないようにし、佐藤はIBMを使用。今日最後となる切り札をここで切った。
佐藤の体から黒い粒子が溢れ、その粒子が異形の姿を形作る。その異形に、佐藤は
異形はその銃を受け取り、銃に付いている紐で肩から下げる。その状態のまま、異形は建物に両手を突き立てつつ建物を登っていった。
「今から教えてあげよう。亜人の戦い方を」
佐藤は再び建物から道路の方へ飛び出していった。
◆ ◆ ◆
死柄木ら
「俺たちを恐れねえわけだ。不死身だったとはな」
死柄木がそう呟いた。
「死柄木!?」
死柄木たちに気付いたヒーローたちが、佐藤たちから死柄木たちの方に標的を変える。その中にはリューキュウの姿もあった。
「ちッ、俺たちは特等席でこの国がぶっ壊れるところを見に来ただけだぜ。てめえらは
死柄木はそう吐き捨てつつ、戦闘態勢に入る。それに合わせるように、