ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第5話 テスト

 トゥワイスは不機嫌そうに通りを歩く。携帯電話を取り出し、義爛(ギラン)に電話。数コール後、相手が出た。

 

『ああ、どうだった? 佐藤は』

「どうもこうもねぇ! ヤツは不合格だ!」

『おやおや、随分荒れてんな。何があった?』

「話してて分かった。ヤツは居場所なんざどうでもいい。遊び場さえありゃいいんだ。ヤツがヴィラン連合に入ったらメリットどころか死柄木に悪影響を与える可能性がある」

『なるほど。嫌悪しつつも惹かれちまったか、佐藤の人間性に』

「はぁ!? んなわけねえだろ! ただただムカつくヤツだったぜ!」

『けど、自分じゃ考えられねえ思考をしてたんだろ? そういう自分にねえモンは嫌ってても惹かれちまうことがある。死柄木に会わせるのが危険だと判断したのがその証拠だ。死柄木が佐藤の思考に染まるかもしれねえと考えたんだろ? 居場所なんざどうでもよく、遊び場さえありゃいいってなったら困るもんな、お前は。で、その生粋の遊び人の佐藤は何で遊ぶって言ってたんだ?』

「……この国からヒーローを一人残らず消すってよ」

『……は?』

 

 あの義爛が絶句し、二の句が継げなくなっている。それだけでトゥワイスはスカッとした気分になり、多少機嫌が良くなった。

 

『で、佐藤はどういう表情でその言葉を言った?』

「笑ってたよ、ずっと。へらへら笑いながら言いやがったんだ、その言葉を」

『笑顔……ね。トゥワイス、よく覚えときな。笑顔ってのは本来攻撃的な表情なんだぜ。獣が牙を剥く表情と似てるだろ?』

「佐藤は獣か。ちげえねえや」

『ヤベえことを笑顔で言うヤツにマトモなヤツはいねえ。ヴィラン連合に引き入れないまでも、友好関係は保っておくべきだと俺は思うね』

「……肝に銘じとくぜ」

 

 トゥワイスは電話を切る。

 確かに義爛の言うことも一理あると思った。佐藤が怖いとか、そんな理由ではない。佐藤のヒーローを全て消すという目的は、ヒーロー中心の社会を破壊し自分たちにとって都合の良い社会にするというヴィラン連合の目的と重なる。佐藤を利用するだけ利用すればいいじゃないか。トゥワイスはそう考えられるくらいには冷静になっていた。

 トゥワイスはヴィラン連合の拠点に戻るため、歩き続ける。すでに陽は傾き、夕方に近付いていた。そんな時、トゥワイスはヴィランたちを襲うヴィラン集団を目撃したのだ。

 燃える車の前に立つのは、クチバシを模したマスクを付けている黒髪の男。彼は死穢八斎會(しえはっさいかい)というグループの実質の頭領である。死穢八斎會は(ヴィラン)予備軍と呼ばれている、佐藤のいた日本でいうところのヤクザみたいなものだ。

 

「それだけのヴィランが集まって小さいコンビニのレジを盗むだけ……? 病気だよお前ら。病気は治さなきゃあ」

「金は頂いたんで、ヒーロー来る前にずらかりやしょーや、『オーバーホール』」

「病人ばっっかりだ……どいつもこいつも」

 

 トゥワイスは直感で、こいつらは良い具合にイカれてると考えた。故に、トゥワイスは彼らの後を尾行し、目立たない場所に行ったら話をしてみて、手応えがあれば交渉することにした。

 ちなみに『オーバーホール』は今、あるヒーロー事務所の監視対象であり、警戒されている。理由は不穏な動きをしているから。ヒーローたちはまだ『オーバーホール』の尻尾を掴めてないが、『オーバーホール』の野望はある少女の個性を利用して開発している『個性を消す弾』とそれを治す『血清』で裏社会を牛耳ることである。

 この『オーバーホール』の騒動は後にヴィラン連合も巻き込んだ大事件となるが、佐藤はこの間完全に準備期間で裏方に徹していたため、割愛する。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 トゥワイスが来た日の翌日、佐藤は携帯で動画を流しながら『ヒーロー大集合 最新版』を倉庫で読んでいる。ヒーローの容姿、身長、体重(女性は無し)、個性、ヒーローの一言アピールなどが載っている。個性は発動条件とか詳しいことは書かれていないが、どういう個性かは書かれているので、まぁ合格点。

 佐藤はこの本を書店で見つけた時、目を疑った。子どもがちょっと背伸びするような値段で全ヒーローの大まかな情報が手に入る。それがどれだけヒーローにとって不利なのか、分からないわけがない。つまりは、そういうことだ。ヒーローはヴィランに対策されて当然で、ヴィランに対策されたうえで勝つのがヒーローには求められている。ヒーローの戦闘はエンターテイメントでなければならないのだ。ただの勝利を民衆は求めていない。

 

 ──なんていうか、ヒーローもかわいそうだね。

 

 ヒーロー飽和社会と言われるだけあり、ヒーローが腐るほどいるからこそこういうフザけたことができるのだ。

 

 ──それにしても……。

 

 佐藤が見ている動画はオールマイトとオール・フォー・ワンの戦闘の中継映像だ。周囲の建物やコンクリの地面を素手で破壊しながら戦っている。

 

 ──ん〜……私、勝てる気しないんだが。乗り物無しじゃ。

 

 なんにせよ、一つ確かめなければならないことがある。

 ヒーローアイテムを厳選している時、針間に耐久テストの相手をさせた。針間の個性は『硬毛(スパイクヘア)』で身体能力強化系の個性ではない。にも関わらず、佐藤の体を壁まで腕力だけで吹っ飛ばしたのだ。それと動画の戦闘を考慮した仮説が佐藤の中で組み上がっている。

 佐藤は二度手を叩く。その音で倉庫にいた猿石以外の面々が佐藤の方を向く。

 

「ちょっと確かめたいことがあるから、君たち一列に並んでくれない?」

 

 面々は佐藤の言葉に戸惑いながらも、一列に並ぶ。その間に佐藤は携帯を録画状態にして彼らの正面に置いた。

 

「君たちにはこれから全力でジャンプしてもらう」

「……その携帯は?」

「録画用」

「あ! そんなこと言って佐藤さん! あたしのパンツ見るつもりでしょ! ムッツリだねぇ!」

 

 沙紀が体を抱き寄せながらキャーと黄色い声を出す。佐藤は無表情。

 

「ズボン穿いていいよ」

「胸の揺れの方だったかなこれは」

「稲穂君、鎌井君に上のジャージを貸してあげて」

「ちょ、佐藤さん! ちょっとくらいあたしの体に興味をもっても……」

「鎌井君、キミは魅力的な女性だよ。ただ、私はそういうつもりでジャンプしてくれと言ってるわけじゃない。ただの身体能力のテストだ。だから、全力でやらないなら殺すよ?」

 

 佐藤の最後の一言で、ふざけていた沙紀の顔が一瞬で青ざめた。他の面々も同様だ。

 佐藤は笑みを浮かべる。

 

「冗談だよ」

 

 いやいや、笑えないんですけど! とその場にいた面々は思ったが、口には出さなかった。

 佐藤も列に入り、合図を出してジャンプする。沙紀、(さとし)は佐藤の四倍、針間に至っては五倍は跳んでいる。最後の一人である丸井は太りぎみなせいか、佐藤の半分くらいしか跳んでない。

 

 ──わッ、すごい!

 

 佐藤は思わず上を見た。沙紀、(さとし)、針間が見える。ちなみに視界には沙紀の水色のパンツがあったが、佐藤は視点を一瞬すら合わせなかった。

 丸井、佐藤、沙紀、(さとし)、針間の順番で着地。

 沙紀がニヤニヤしながら佐藤に歩み寄る。

 

「あっれー? 佐藤さん! 今、真面目に跳びました? 全然低いじゃないですか!」

 

 佐藤は沙紀の言葉など聞いていなかった。ただこのテストの結果が興味深く面白かったという感情が佐藤の体を駆け巡っている。

 佐藤は更に笑みを深くした。

 沙紀がズザザザと後ずさり、(さとし)に抱きつく。

 

「ひぃぃぃぃ! こわぁ……」

「そんな怖がんなら煽んなよ、バカか。あと離れろ、今すぐに」

「だってぇ……佐藤さんつまんないから」

「あの人に面白さを求めんな」

 

 そんな二人のやり取りをBGMに、佐藤は思考の海に沈んでいく。

 どうやらこの日本の人間は自分がいた日本の人間より身体的限界が遠い。限界拡張のきっかけはおそらく『個性』の発現による適応からきているのだろうが、それはそれで疑問が残る。『無個性』の人間の限界はどのくらいなのか、『無個性』の人間は自分と同じくらいの限界なのか、はてさて『個性』によってそれぞれ限界が違うのか。もし時間があって目的も決まってなかったら、佐藤は暇潰しにこれらの検証(人体実験)をやっていたかもしれない。だが今の佐藤は目的があるし、時間を悠長に使っている余裕も無い。

 

 ──ただ……絶対に検証しなければならないことが一つできたかな。

 

 佐藤は録画モードになっている携帯を取り、倉庫を出て猿石がいる事務室へ向かう。

 猿石は相変わらずパソコンでヒーローの動画を見ていた。佐藤が入ってきたことに気付くと画面を切り替えヴィランのニュースサイトにする。もう毎度のことなので、佐藤は全くツッコまない。猿石にはヒーロー願望がある。それだけ頭に入れておけばいい。

 

「猿石君、一つ頼みたいことがあるんだけど、いいかな」

「はい、なんでしょう?」

「人口密度が五百人以下の市町村を縄張りにしている、いわゆるマイナーヒーローのリストが欲しいんだけど、作れるかな」

「それなら人口密度のデータとヒーロー事務所の住所を照合して所属ヒーローを抽出するだけでできますよ。五分いただけますか?」

「ありがとう、助かるよ」

 

 三分後、猿石が作成したリストを佐藤に渡した。

 佐藤はパラパラとリストをめくる。

 

「結構いるね。このヒーローの順番は人口密度が低い順かな?」

「はい。人口密度を基準にしたということは、低ければ低いほど要望に近くなるってことだと思いましたから」

「やっぱりキミは優秀だよ、猿石くん」

「そ、そうですかね」

 

 猿石は俯くが、その顔は満更でもないようだ。

 佐藤はリストを片手にヒーローの本をめくっている。

 

「今度は何をするつもりなんですか?」

「ちょっとした実験がしたくてね……ん、このヒーローにしようかな」

 

 佐藤の本をめくる手が止まった。そこにはヒーロースーツを着た筋肉隆々の男が笑顔でポーズを決めている写真とプロフィールがある。

 佐藤は赤ペンを取りそのヒーローの顔にバツ印を付けてから、ページの端を折りたたみマークした。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 筋肉隆々の大男が走っている。いや、走っているという表現は間違っているかもしれない。何故なら、彼は足は動いているが、主な推進力は肘から噴射されているエネルギーから得ているからだ。彼の個性は『噴射』で、肘と手の平にある噴射口から高エネルギーを噴射することができる。ちなみに噴射口は自由意思で開閉可能。

 そんな彼の名は回天(かける)。ヒーロー名は『ジェットルメン』。茶髪の短髪とヒーロースーツに装着されている飛行機めいた塗装のアーマーがトレードマーク。今年で三二歳の独身。この村で育ち、ヒーローになるために雄英に入学し、卒業時はプロヒーローたちから引く手数多だったにも関わらず全てのオファーを断り、故郷に戻ってヒーロー事務所を始めた変わり者。彼がヒーロー事務所を故郷で始めたのは理由がある。それは、この村にヒーロー事務所が一つもないからだ。小さな交番が一つだけある。

 そんな彼は確信していることがある。この区画は二十年後は無人になると。

 回天は周囲を見渡す。田んぼと畑と林と山が視界を埋め尽くし、その中にポツポツと木造の古びた家が建っている。住んでいるのは老人ばかりだ。

 この辺は特に人が少ない。無人駅前の方に行かなければスーパーもコンビニもガソリンスタンドも無い。バスは三時間に一回という田舎も田舎。無人駅までは数キロ。

 

 ──ヴィランどころか、些細な問題も起きそうにないな。

 

 いつも通りだ。いつも通りの平和な一日。仕事が無くて稼げない日。

 

 ──また一樹に頼んで、無理やり警察の仕事分けてもらおう。じゃないと生活が……。

 

 回天は一本道を噴射で移動し続けている。

 

「かけちゃん! いつものパトロールかい? 悪いねぇ」

 

 腰を曲げた白髪のおばあちゃんが回天に声をかけた。回天は逆噴射し、おばあちゃんの正面に戻ってくる。

 

「こんにちは、ハツばあ。けど謝んなくていい」

「何言ってんだい! かけちゃんは優秀なヒーローなのに、こんな何も起きない場所でヒーローやってる理由はあたしらのためだろう! 小さい頃、言ってたもんね。ヒーローになってこの町を自分がずっと守るんだって」

「……」

「けど、その気持ちだけであたしらは充分だよ。あたしらはもっとかけちゃんが活躍できる場所で多くの人を救けてほしいってずっと思ってるんだから、今からでも……」

「ハツばあ、いいんだよ。俺は好きでこの村(ここ)のヒーローやってんだ。守るモンがこの村から無くなったら、そん時は別の場所でヒーローやるからさ。心配しなくていいよ」

 

 回天は移動を再開する。この村は面積だけはあるが、人は駅前にほとんど集中していて、そこから少し離れるとパタリと人がいなくなる。そんな人の少ない村だからこそ、村のみんなが家族のようなものであり、万が一ヴィランが現れた時に備えてこの村でヒーロー事務所を始めた。それから十四年。毎日毎日鍛錬とパトロールの繰り返し。事件らしい事件は起きない。

 彼にとって不幸だったのは、初めて起きたこの村での事件が極めて悪質だったことだろう。

 彼の不幸は、見慣れない金髪の少年と帽子の男が二人してこちらに走ってきたところから始まった。回天は知らないが、この二人は佐藤と(さとし)である。彼らはまず一駅前で降り、そこからレンタカーを借りてこのヒーローがパトロールする時間になる前にこの場所に移動。それからこのヒーローのパトロールスケジュールに合わせてパトロールルートに飛び出す。計画通りの展開。

 

「ヒーロー! 助けてくれ!」

「どうしました!?」

「あっちの……あっちの林で、女が暴れてるんだ! 爪をぶんぶん振り回して、木を切り倒してんだよ!」

「なんだと!? すぐ行く! あなたたちはここで待っててください!」

 

 回天は肘から噴射するエネルギーを増加させ、凄まじい速度で(さとし)が指さした方の林に向かっていった。

 

「まるで人型飛行機だ。面白いなぁ」

「……佐藤さん、やるんだな?」

「うん、ヒーロー狩りさ。手筈通りいこう」

 

 佐藤と(さとし)はバッグから脚部のアーマーを取り出し、装着。脚力強化によるスピードアップで回天が向かった方に駆け出した。その速度は通常の二倍。回天の速度にはほど遠いが、距離が近い分、時間差はあまり生まれない。それを考慮しての場所指定だった。

 

 

 回天はすぐに現場が分かった。あの金髪の少年の言った通り、女が伸ばした爪を振り回して木を切り倒していたからだ。

 

「何をやっている!?」

「うっさいなぁ!! ストレス解消だよ! 誰にも迷惑かけてないんだから良いでしょ!」

 

 雄英にいた時のインターンで、プロ事務所のお世話になっていた頃、そこのプロヒーローに聞いたことがある。『個性』を思う存分使うため、人のいない場所や時間で暴れるヴィランがいると。

 

 ──そういう条件ならうってつけだよ、この村は! ただこの村にはモノ好きなヒーローがいた! それがお前の敗因だ! ヴィラン!

 

 回天は肘の噴射で一気に沙紀に接近。沙紀は手を回天に向ける。回天は手の平の噴射口を開き、噴射。急上昇しつつ、肘の噴射で横移動。すぐさま沙紀の上を取る。

 

「えッ、はやッ!」

 

 そこから逆噴射による急降下で驚いている沙紀の隙をつき、一気に組み伏せた。

 

「うぐぅ!」

「ヴィラン確保」

 

 沙紀はもがくが、組み技のエキスパートでもあり腕力も強い回天の前ではビクともしない。

 

「暴れんな、無駄だ」

「ぐッ……無駄ァ? 違うね、大ハズレさ」

「あ?」

 

 二人の頭上から球体が落ちてきた。その球体は丸井である。彼の個性は『球体』で、自身か自身が触った物を一時的に球体にできる。丸井は直径六十センチの球体のまま、木の上に待機していた。沙紀はその真下で一歩も動かず、周囲の木を切り倒していたのだ。そしてもがくという一動作で、回天の意識を沙紀に集中させ続けた。

 回天は地面に引き倒される。その球体が人型に戻り、その体重と重力に任せて回天を掴んだ結果だ。

 

 ──仲間がいたのか!?

 

 組み技が崩れたため、沙紀は転がりながら回天の手から抜け出した。

 回天は肘の噴射で丸井の手を振り払おうとする。その頃には佐藤と(さとし)が追いついた。

 

「あんたら、来るなって言っただろう!」

 

 回天の言葉に反応せず、(さとし)は手に十センチほどの鉄棒を持ち、接近。回天の首すじに鉄棒を当てつつ、個性を発動。鉄棒に電気が流れ、回天はスタンガンを浴びたように体をビクッと一瞬強張らせて倒れる。倒れた回天の首すじに再び鉄棒を当てて電気を浴びせると、回天は完全に気を失った。

 倒れた回天を囲むように見下ろす四人の男女。

 

「さて、まずは拘束しよう。次に掃除だね」

 

 佐藤の言葉に、三人は静かに頷いた。

 

 

 真っ暗闇の中、回天は目を覚ました。

 

 ──ここは……? 俺は一体なんでこんなところに……。

 

 回天は動こうとしたが、動けない。木に固定されている。

 

「気がついたかね」

 

 回天の正面、およそ十メートル離れたところでパイプ椅子に腰掛ける人影に回天は気付いた。ぼんやりとした頭のまま、その人影をジッと見続ける。やがて目が慣れてくると、それは昼間にヴィランのことを知らせてきた帽子を被った男だと分かった。分かった瞬間、回天は気を失う前の記憶を全て思い出した。

 

「あんたら、ヴィランとグルだったのか!?」

「残念ながらそうなんだ、ごめんね。私は佐藤」

 

 回天はもがき、個性を使って拘束から逃れようとする。しかし、個性を発動させようとする瞬間、強烈な違和感を感じた。

 

「『個性』は使わない方がいい。キミの噴射口に小石を詰め込めるだけ詰め込み、そのうえでヒーローアイテムの一つであるヴィラン拘束用の粘着テープで噴射口を塞いでるからね。多分このまま『個性』を発動したらキミの腕は肩から吹き飛ぶと思うよ」

「ぐッ……! お前ら、何が目的だ!? なんでこの村に来た!」

 

 そう言いつつ、回天は慣れた目で自分の体を見る。拘束具は一つで、腹の辺りの小さい球状の物体から蜘蛛の糸のような形状の合金製の特殊布が放出され、木の幹を巻き込んで固定されている。これはヒーローアイテムの一つで、ヴィランを拘束する『個性』の無いヒーローがよく使用する拘束用アイテムだ。この球状の物体の真ん中にあるボタンを押してヴィランに当てたら、拘束具が飛び出してヴィランを拘束する。解除する場合も球状の物体の真ん中のボタンを押せば、拘束具は球状の物体の中に引っ込む。使いやすいヒーローアイテムのため、使うヒーローは多い。

 

 ──ヒーローがヒーローアイテムで捕まるって、情けないにも程があるぞ……。クソッ、あの時だ。あの時助けを求めてきた二人に違和感を感じながらも、ヒーローの仕事がようやくできそうだという期待から見慣れない人間がいることに対して警戒心が薄れていた。

 

 佐藤はパイプ椅子に座ったまま、笑顔を崩さない。回天は薄ら寒さをこの男から感じ始めた。ヒーローを捕まえたのに、冷静そのもので、これから何をするつもりか予想がつかない。

 回天は周囲を見渡す。木が乱立しているところから見て、林の中。だが、気を失った林ではない。切られた木が見当たらないからだ。

 

「お前ら、この村で何をしでかすつもりだ!?」

「村に何かする気はないんだ」

「何!? ならなんのために俺を……!」

「キミが目的なんだよ。より正確に言うなら、キミの鍛え抜かれた体が目的なんだ」

「は? 意味が分からんぞ」

「今から分かる」

 

 佐藤は拳銃を回天に向ける。その照準は胸。そして、引き金を引いた。乾いた音とともに、回天の胸に銃弾が吸い込まれる。だが、銃弾は筋肉の壁に阻まれ、銃弾の半ばまでしか入らない。

 

「ッつぅ!」

「へぇ〜、十メートルは拳銃の有効射程距離内だけど、弾が体内にすらいかないんだ。硬いねえ」

 

 佐藤は立ち上がり、パイプ椅子を掴む。そして地面にマークされている場所にパイプ椅子を置く。およそ九メートル。回天は同じマークが等間隔でされていることに気付いた。その数、八。だいたい十メートルの位置。等間隔のマーク。そして拳銃の射撃。

 

「これはまさか……射撃テスト!?」

「正解。これからキミの体に拳銃で射撃し続ける。キミの体を銃弾が貫通するまで、撃つのを止めない」

 

 それからは回天にとって地獄のような時間だった。佐藤は発砲するたび、回天の肉体的損傷を確認し、肉体の硬さにテンションをあげる。すごい、素晴らしい、面白いというフレーズがひっきりなしに飛び続け、周囲にいる他のヴィランたちをドン引きさせていた。その内の一人がビデオカメラでこの射撃テストを録画していることも、途中で気付いた。

 佐藤はすでに四メートルまで迫ってきている。銃弾はまだ筋肉の壁を破れていない。

 回天はグッと声を出さないよう堪え続けていた。撃たれるたび、情けなく声をあげていてはヒーローの名折れだ。

 

「……いいのか、こんな悠長なことしてて」

「ん? なにか問題?」

「ここは田舎だ。車も滅多に通らない。それに見たところ深夜。銃声は遠くまで響く。近隣住民が銃声に気付いてきっと今頃警察に連絡してるぞ」

「うん、だからね、この射撃テストする前にこの場所から二百メートル以内の円に入っている住民は全員掃除しといたよ。まあ、田舎だから、十三人しかいなかったけどね」

「掃除……? まさか、皆殺しにしたのか!?」

「回天くん、キミはとても慕われている良いヒーローだったみたいだね。キミの名を出してキミが『個性』で事故したとドアを叩いたら、全員が慌てて外に飛び出してきたよ。お年寄りなのに随分と機敏でさ、私は感動しちゃった」

「……ウソだ。そんなの、やる人間がこの世にいるわけない。俺を騙そうとしてるんだろ……」

「そこからは簡単だったよ。君同様、稲穂君に気を失わせて、鎌井君の爪に引っ掛けて林に運んだ。君から見て、右奥の地面さ」

 

 回天はガチガチと震える体を必死に抑えつけ、ゆっくりと頭を動かし右奥の地面を凝視する。ずっと凝視していると、確かに人の足が見えた。

 佐藤が立ち上がり、右奥に行って二人の体を引きずりながら戻って来る。回天の目から思わず涙がこぼれた。

 

「ハツばあ……タケじい……うわああああああッ!!」

 

 俺のせいだ。この村は滅多に問題が起きないって分かっていたのに、ヒーローらしい活躍ができそうだという誘惑に負け、外からの人間を警戒しなかった。

 

「謝らなければ……」

「ん?」

「二人に、みんなに、謝らなければ……」

「何を言ってるんだ、回天君。君が謝るべき人間はみんな死んでるじゃないか」

 

 佐藤はにこやかな顔で、無慈悲な事実を回天に突きつける。ショックに打ちひしがれる回天の前で、佐藤はグッとガッツポーズを作った。

 

「良かったね、謝らずに済んで! キミはラッキーだ!」

 

 ──ラッキー……だと? 謝れないことをラッキーだなんて言うゴミクズに、俺の守りたい人たちは……。

 

「あああああああッ!」

 

 回天は『個性』を無理やり発動させた。膨大なエネルギーが噴射されようとするが、噴射口は塞がっている。行き場の無くしたエネルギーは回天の肩で暴れまわり、回天の両腕を吹き飛ばした。そのエネルギーは拘束具を焼き切り、回天は両腕を失ったまま怒りに任せて佐藤へ突進。そのまま佐藤の首に噛みつき、肉を噛み切った。と同時に発砲音。回天は噛み切った肉を地面に吐き捨てつつ、自分の体を見る。佐藤の拳銃が胸に押しつけられていた。ゼロ距離で発砲したらしい。

 ゴブッ……と口から血を吐き出し、回天は倒れる。どうやら肺に当たったようだ。回天はそれから数十秒後、出血多量で死亡。

 首の肉を抉られた佐藤はすぐに復活して、首も元通りになった。

 佐藤はパイプ椅子を木の幹に置く。それから死んだ回天の体を担ぎ、パイプ椅子に座らせた。佐藤は四メートルでマークされた場所に立ち、拳銃を構える。そして、発砲。

 

「佐藤さん。あんた何やって……?」

「何って、射撃テストだよ。まだ途中だったでしょ。死んでも体は使えるんだから、使わないともったいない。彼の死が無駄になる」

 

 そして、佐藤は楽しそうに射撃テストを再開した。

 この射撃テストで分かったことは、拳銃の有効射程距離は二メートル以内という事実であり、拳銃を使用する場合はかなり引き付けなければ肉体派のヒーローには効果が無いということだった。

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