ミルコは何も無策で佐藤に攻撃を仕掛けたのではない。ミルコは佐藤との戦闘経験から、佐藤は身体ダメージを回復する『個性』だと確信していた。それはミルコの強みの一つである自信によるものといっていい。自分の攻撃をまともに受けて動けるのは回復系の『個性』でなければ無理だという、自分の強さに対する自信。だからこそ迷いなく、ミルコは今までと違う戦術を用意してきた。つまり、ヒーローアイテムを利用するという戦術を。
ヒーローアイテムに頼らず、己の身体能力と『個性』でヴィランを捻じ伏せてきたミルコにとって、その戦術は今まで嫌悪感があって取らなかった。だが、佐藤への怒りとヒーローとしての使命感がその感情を上回ったのだ。
ミルコはその手に拘束用ヒーローアイテムを持ち、佐藤へ一直線に向かっていく。その速さはまさしく疾風。戦闘中の佐藤にとって、ミルコの存在に気付けても対応できない速さとタイミング。無論、ミルコはその一瞬の隙を狙って仕掛けたのは言うまでもない。
「うらああああ!」
ミルコが吼える。その手に持つヒーローアイテムを佐藤の右脇腹に押し付けながら。骨を砕く感触がアイテム越しに伝わる。勢いに任せて押し付けたため、佐藤は後方へ吹っ飛んでいく。
──説明書読まないタイプかな?
佐藤は吹き飛ぶ瞬間、押し付けられた物を認識し、そう思った。
佐藤はアーマー含め集められた物全てのヒーローアイテムを一度は実際に使用し、付属している説明書に関してもしっかり目を通した。これは佐藤の科学技術への好奇心から来たものであり、戦闘が関わっているからでもあった。特に拘束系ヒーローアイテムは自分に有効だと理解しているからこそ、より深く知ろうとした。
押し付けられたヒーローアイテムが展開し、佐藤を拘束するべく特殊合金製の縄状のものが何本も飛び出し、吹っ飛ぶ佐藤に巻きつこうとする。だが、勢いよく拘束対象を吹っ飛ばしていたことで、拘束するまでのタイムラグが発生。ヒーローアイテムのセンサーで拘束対象を捉えるという無駄が発生したからだ。次に離れた拘束対象を拘束するため、拘束縄を可能な限り伸ばして拘束するという拘束の仕方になった。これもそもそも拘束対象と離れなかったら無かったことであり、タイムロス。その結果、佐藤の体に三本の拘束縄が巻き付きはしたが、巻き付かれつつも佐藤は拳銃を握る右腕の自由だけは確保できた。
佐藤は拘束された状態で道路を転がりながら、唯一自由である右腕の拳銃を拘束用ヒーローアイテムの核となっている部分に向け、発砲。このヒーローアイテムは外部からある特定の部分への衝撃に弱く、そこを破壊してしまえば拘束アイテムとして機能しなくなる。佐藤に巻き付いていた拘束縄が転がる度にほどけていく。そして最後。拳銃を頭に向かう角度で首に押し付け、発砲。黒い粒子に包まれながら佐藤が全回復。
ミルコは腕力もなかなかに強かったらしく、佐藤は五十メートルは転がり続ける羽目になった。だが、転がる勢いが無くなり、佐藤の体が止まった瞬間、佐藤は何事も無かったかのようにスッと立ち上がった。佐藤とミルコの間には壊されたヒーローアイテムの残骸が落ちている。ミルコの耳に聞こえていた銃声は二発。
ミルコは目を見開き、軽く立ち上がった佐藤を凝視していた。
「狙いは悪くなかったよ。でも、ちゃんと説明書読まなきゃ、宝の持ち腐れだ」
離れているのに、その声ははっきりミルコに聞こえた。ミルコは怒りのあまり、奥歯を噛みしめた。
佐藤は拳銃をリロードし、ホルスターに収める。次に、首から下げているアサルトライフルを右手で持った。マチェットナイフとハンチング帽は吹っ飛んだ衝撃でその場に落としていた。
「ミルコ君、君とは前に戦った。弱点も分かってる。前は逃がしちゃったけど、今回は狩らせてもらう」
「相変わらずナメたこと言いやがって……!」
ミルコが地を蹴った。道路がひび割れる。一瞬で佐藤の前に移動。
──注意すんのは、コイツの両手。
ミルコは蹴りの姿勢に移行しつつ、佐藤の両手と持つ武器がどうなっているのかチラリと見る。持つ武器は右手にアサルトライフル。左手は無し。アサルトライフルの銃口はこちらに向いていない。蹴れる。
ミルコがそう確信し、佐藤の顔へと視線を移した。佐藤は眼前にミルコが現れたにも関わらず、驚いた表情をしていない。いつものニヤけ面。その笑みが更に深く変化していく。殺気にも似た圧力を伴って。
──やっぱり。挑発に乗りやすい。
佐藤は攻めてきたミルコを認識し、そう思った。あえて挑発的な言葉を言って正解だったようだ。さっきのヒーローアイテムでのことといい、自分に対してよっぽど感情的なものを抱いている。感情的な人間はコントロールしやすい。
佐藤はあらぬ方向に向いているアサルトライフルの引き金を引く。銃声。ミルコの耳の近くで生まれた予想外からの轟音は、蹴ろうとしたミルコをビクッと一瞬硬直させる。その一瞬の隙。
佐藤はアサルトライフルを撃つのと同時に、左手は拳銃を抜いていた。拳銃がミルコの腹部に押し付けられ、そのまま引き金を引く。佐藤は拳銃を抜いた位置から考えて、近くの腹部を狙った。頭や胸といった急所まで拳銃を持っていく隙は無いと判断したからだ。
「ぐッ……! それが! どうしたよ!」
熱さにも似た痛みが腹部に広がり、内臓の損傷が吐血という形で口から溢れようとも、ミルコは気合いで体を動かした。一度止まった蹴りを再開。前蹴り。ミルコの右足が佐藤の腹に突き刺さり、ゴキゴキという音が聞こえる。骨を砕き、内臓をぐちゃぐちゃにする感触。佐藤が左手に持つ拳銃を落としながら後方に吹っ飛ぶ。
──自殺はさせねえ!
ミルコが歯を食いしばった。腹部の激痛を堪え、道路を強く踏み締める。そこから佐藤に向かって地を蹴る。ヒーロースーツに取り付けたポーチから、拘束用ヒーローアイテムを再び取り出した。今度はしっかり拘束対象を固定して使う。
まだ吹っ飛んでいる最中の佐藤をミルコが追っていく。佐藤の体が道路に触れ、勢いのまま縦回転で更に転がる。ミルコが佐藤に追いつく。そこで、ミルコの優れた耳はカンッと道路に何かが当たった音を拾う。反射的に音の正体が何か確かめるべく、ミルコの目は音がした方を見る。音の正体はグレネードだった。M八四スタングレネード。それが佐藤の体のすぐ傍に落ちた。
ミルコはこのグレネードがどういうものか、初めて佐藤と戦った経験から知っていた。また耳と目が使いものにならなくなる。そう直感したミルコが残された数瞬の時間で取った行動は佐藤を拘束するのではなく、周囲の状況把握。どの方向に跳べば佐藤の追撃から
強烈な光と轟音。光の影響は反射的に目を逸らしていたためあまり影響はないが、聴覚へのダメージは凄まじく重い。ミルコは直前に確認した建造物の方へ跳んだ。体で窓を割りつつ、建物内に移動。
佐藤はスタングレネードが爆発した瞬間、アサルトライフルの銃口を自分の顔に向けて引き金を引いた。黒い粒子に包まれながら、全回復。次に脚部アーマーのスイッチを入れてガスを噴射させ、前進。落ちている拳銃を拾い上げながら、M六七破片手榴弾のピンを抜いた。ミルコが逃げ込んだ建物の中に投げ込む。ミルコの聴覚へダメージを叩き込むためだ。優れすぎている聴覚こそミルコの弱点だと、佐藤は前回の戦闘から確信している。
ミルコは聴覚を回復させるべく建物内で身を潜めていた。ミルコの負けん気の強さが、逃げという行為に抵抗感を抱かせている。ミルコが血を吐いた。腹部を見る。腹部の血の染みは時間が経つごとに濃くなっていく。そこに、窓ガラスを割りながらグレネードが飛んできたのだ。
「ちッ……!」
ミルコは思わず建物内から飛び出した。背後で爆発と爆発音。爆発は窓ガラスと建造物の一部を吹き飛ばし、爆発音はミルコの聴覚に再びダメージを与える。
道路を転がるようにミルコは着地。聴覚の喪失が平衡感覚を狂わせていた。
佐藤は道路を転がるミルコに向けて、アサルトライフルを構える。佐藤とミルコの距離は約十五メートル。射線を遮るものは何も無い。ミルコの体は転がりながらも移動しているため、正確に急所を撃ち抜くのは佐藤の銃の腕があってもかなり困難である。だが、佐藤の持つアサルトライフルは連射銃であり、大まかに照準を合わせて銃弾の雨を浴びせればいい。
佐藤がアサルトライフルの引き金を引く刹那、佐藤のアサルトライフルを持つ腕が跳ね上がる。アサルトライフルは空に向かって四発撃った。
「え!?」
佐藤は勝手に空を向いた右腕とアサルトライフルを見上げ、次に四肢が全く動かせないことに気づいた。首を回し、自身の体を見渡す。何か細い針のようなものが全身を貫いていた。
「ミルコ、早く身を隠せ!」
佐藤のすぐ正面。そこに顔と胴体だけがあった。灰色の髪。髪型は右半分の顔を前髪が覆い隠し、後ろ髪は二つに割れているような髪型をしている。顔の下半分を黒いマスクで隠されており、瞳の色は黒。ヒーロービルボードチャートにおいて、一桁の上位プロヒーロー、エッジショット。彼の個性である『紙肢』は肉体を紙のように薄く細く伸ばすことができる。瞬時に佐藤の前にこれたのもこの個性のお陰であり、一瞬で限界まで細く伸ばして伸ばした先で元に戻ることにより、高速移動を可能にしている。
もちろん佐藤はエッジショットの情報を持っていた。当然『個性』の情報も。そして、その情報を踏まえたうえで、エッジショットに対しての戦術をちゃんと考えていた。
佐藤はアサルトライフルを握る右手を広げた。アサルトライフルが落ちる。エッジショット目掛けて。
エッジショットは一瞬驚愕したが、冷静に伸ばした紙肢を更に伸ばし、落ちてきたアサルトライフルを佐藤を拘束したまま紙肢の先で拾った。その時、銃弾が雨あられと佐藤に浴びせられた。
エッジショットは体を起こして佐藤の体を盾にしつつ、銃を撃った相手を見る。はるか後方。ヴィランたちの集団が銃を構えている。どうやら彼らが一斉射撃をしたようだ。しかし、何故今更? 今まで一切援護してこなかったのに。
「がああああッ!!」
瞬間、エッジショットに今まで感じたこともない強烈な痛みが襲いかかった。まるで自分の四肢をもがれているような感覚。
「ふぅ」
佐藤は息をついた。伸び切っていた右腕は下ろされている。
「な、何故……」
「やめろおおおお!」
エッジショットの困惑しきった声とミルコの叫び。
エッジショットの眼前に拳銃が突きつけられ、発砲。二発撃ち込まれた。エッジショットの額に二つ穴が空き、そのままエッジショットは力無く道路に倒れる。血溜まりがエッジショットを中心に広がっていく。
佐藤はただアサルトライフルを落としたのではない。援護射撃の合図である、人差し指を立てるためだ。それをアサルトライフルのスコープ越しに見ていた
拳銃でエッジショットが撃たれるところを、ミルコは強烈な耳鳴りを感じながら見ていた。助けに行かなかったのではない。助けに行けなかった。ミルコが体の勢いを殺して佐藤の方を向いた時には、もう佐藤がエッジショットに拳銃を突きつけていた。その光景を見て、ミルコはただ叫ぶことしかできなかった。