エンデヴァーは臨時でヒーロー側が設置した仮拠点にいる。限界近くまで上がった体温を大量の保冷道具で下げるためだ。
元々この拠点はエンデヴァーの作戦位置に一番近くの警察署を使った。旅客機を燃やし尽くした後その反動で上がってしまった体温を下げるため、急遽そういった冷たい物資がこの拠点に運びこまれた。
エンデヴァーの体に保冷道具を当てると、一瞬で保冷道具は冷たさを失った。それでもめげずに続けていると、だんだん保冷道具が長持ちするようになってくる。ちなみに、腹部の火傷と傷は燃輪のヒールボトルですでに完治していた。
エンデヴァーはそうしながら、警察署の入り口付近から外を見ていた。すると、遠くで凄まじい蒼炎が天に向かって立ち昇り、蒼い炎柱がビル群の間から微かに見えた。
エンデヴァーは思わず立ち上がり、警察署の外に出て遠くの蒼い炎柱を睨む。エンデヴァーに続いて、警察署の中で治療を受けているヒーローたちが外に出てきた。
「な、なんだアレ!?」「あれが火……なのか?」「あんな火が町中に広がったら……」
ヒーローたちのざわめきの中、エンデヴァーは体に付けていた保冷道具を外し、近くにいるヒーローに押し付ける。押し付けられたヒーローは思わずその保冷道具を受け取った。
「エンデヴァー? あんた、まさか……」
「あれ程の炎、放っておくわけにもいくまい。それに、なんとなくだが……俺が行かなければならない気がするんだ」
エンデヴァーは背後に人がいないことを確認すると、炎を噴射。蒼炎柱の中心に向かった。
周囲にいた
轟音と、荼毘を貫き道路にめり込んだ銃弾。この二つの要素だけで、敵連合とヒーローは状況を理解した。単純な話である。狙撃なんてことをするのは佐藤率いる
「佐藤の野郎……! 俺たちを狙ってきやがって!」
トゥワイスが怒りで拳を力いっぱい握りしめる。そして、荼毘に駆け寄った。他の面々も戦っていたヒーローたちを跳ね除けつつ、荼毘の近くに行く。スピナーとコンプレスがアサルトライフルで近付こうとするヒーローたちを威嚇射撃した。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫に……見えんのかよ……」
トゥワイスがそう言うと、荼毘は苦し気に返した。荼毘は見るからに重傷だった。今立っていられるのが奇跡的とさえ言える。荼毘はこのまま死んでたまるかという気力だけで命を繋いでいた。体に空いた穴を自らの蒼炎で焼き、出血を抑えている。それは地獄の苦しみを荼毘に与えた。同時に、その痛みが荼毘に強烈な生の実感を感じさせる。
「お前ら……よく聞け。俺がヒーロー共の……足留めをやる。その間に逃げろ……」
「はぁ!? フザけたこと言うなよ! お前を置いていけるわけ──」
「邪魔だからさっさと……消えろって……言ってんだよ!」
トゥワイスの言葉を遮り、荼毘が苛立たし気に怒鳴った。荼毘は悟っていた。自分の命の灯火はもうすぐ消えてしまうことを。
そんな荼毘の心が、言葉から敵連合の面々に伝わったのだろう。
「お前ら、行くぞ」
死柄木がそう言い、荼毘に背を向けて歩きだす。
「おい、死柄木! ホントにこれでいいのかよ!?」
「荼毘」
トゥワイスの言葉を無視し、死柄木は背を向けたままそう口にした。荼毘が歩いて去っていく死柄木の後ろ姿に視線を向ける。
「心残りがねえよう、思いっきりやれ」
「……ああ、この街全部……燃やし尽くしてやる」
その言葉を聞くと、死柄木は肩越しに振り返り微かに笑った。
「愉しみにしてるぜ」
死柄木は前を向き、駆け出す。それが敵連合の面々の最後の一押しとなった。死柄木の後を追い、次々と去っていく。
「逃がさない!」
リューキュウとヒーローたちは敵連合と愛国者集団の対立に唖然としていたが、死柄木らが逃げていくところを見たら我に返って追いかけようとする。威嚇射撃が無くなったことも彼らが追撃しようとする決意を固める理由となった。
そんな彼らの視界を、蒼い炎が埋め尽くす。
「追わせるかよ……」
荼毘が両手から蒼い炎を放ち、ヒーローたちの行く手を遮る。それだけに留まらず、両手から放たれる蒼炎はますます勢いを増し、荼毘を中心に蒼炎が渦を巻いて立ち昇っていく。まるで天を衝く炎柱のようだ。
その炎柱は荼毘が腕を一薙ぎすると、蒼炎の波が周囲を呑み込んで更に範囲を広げていく。
「これ、マズい! 全員できるだけ離れて!」
リューキュウの判断は早かった。すぐにヒーローたちに撤退の指示を出し、自身も炎に呑み込まれないように荼毘から離れる。
荼毘は彼らのそんな動きなど、見ていなかった。正確には炎で遮られて人影は物理的に見えないのだが、仮に見えていたとしても荼毘は見なかっただろう。
今の荼毘の頭にあるのは、旅客機を燃やしている時のエンデヴァーの姿であり、エンデヴァーの炎であった。あの時のエンデヴァーの炎は最大火力だったに違いない。あの火力を超える。荼毘は今、そのことしか頭にない。
──もっとだ……こんなんじゃアイツには届かねえ……。もっと、もっともっともっと、火力を上げろ!
荼毘の両手から放たれる炎が勢いを更に増す。それは荼毘の限界を無視しての出力であり、両腕は自身の蒼炎によって焼かれ始めていたが、今の荼毘にそんなことはどうでもよかった。
──近くにいるんだろ? このままじゃホントにこの街全部燃やしちまうぜ、お父さん。
「……来い」
荼毘は蒼炎に塗れながら、そう呟いた。
──お前を超えたことを、俺に証明させろ。
「ああああああ!!」
熱さに、痛みに、もどかしさに、荼毘は叫んだ。蒼炎の柱は荼毘の制御からすでに解き放たれ、区別なく周囲の建造物を燃やし尽くしている。
そんな中、蒼い炎に赤い炎が絡みついていく。エンデヴァーの炎だ。エンデヴァーは蒼炎柱の外から高出力の炎を放出し、炎柱を一点突破による炎で突き破って元凶の排除を狙っている。
霞んでゆく視界。蒼い世界の中に生まれた赤。その揺らぐ赤が、荼毘の意識を浮上させる。
──来てくれたんだね。
荼毘は笑った。思いっきり笑った。これでいい。これで……。
「お前を俺の炎で灰にできる」
それこそ、エンデヴァーという父を超えた証明となる。
蒼い炎と赤い炎がぶつかり合う。不意に蒼い炎が割れた。拳が現れる。エンデヴァー。その全身に蒼い炎が纏わりつく。構わず勢いのまま、エンデヴァーは荼毘の顔面を殴った。荼毘の体は後方に吹き飛び、両手から放たれる蒼炎が消える。
エンデヴァーは火力を面ではなく点で集中させることで部分的に荼毘の炎を貫き、更に高速でそこを通り抜けることで最低限の負傷で荼毘に拳を届かせた。
そうした後、エンデヴァーは倒れる荼毘には目もくれず、周囲に広がる蒼炎を自らの炎に巻き込みつつコントロールして消していった。
全ての蒼炎を消し終えた後、エンデヴァーは倒れる荼毘の傍に立ち、見下ろす。エンデヴァーの全身は蒼炎によって火傷を負っていた。それはつまり、エンデヴァーの炎より荼毘の蒼炎の方が火力が高い証拠。
霞む視界でその姿を見た荼毘は、微かに笑った。自分は父の火力を超えていたのだ。一点突破しなければ、俺の炎には敵わなかった。
「ハハハ……ざまあ……みろ……」
その言葉を最期に、荼毘の視界は暗転した。
◆ ◆ ◆
ホークスは遠くから、佐藤たちがヴィランの『個性』で消えていくところを見た。佐藤たちが消えて、ホッと息をついたヒーローは一人もいない。誰もが悔し気に唇を噛んだり、涙を流している者すらいる。
佐藤たちにやりたい放題やられた挙げ句、逃がした。このことは助かった安堵より、悔しさと怒りが勝る理由となる。更に、今後の国民の反応を考えれば、気分が滅入っていくのは当然の話だ。
ホークスは佐藤というヴィランがどれだけ規格外な存在か、今回の戦いで知った。
──佐藤……ヤツはヒーローに囲まれていたこの状況で、敵連合を撃った。
ヴィランとして、この行動は異常だ。それだけではない。ハイジャック。国会議事堂攻撃。そのどれももっと簡単にできた筈なのに、わざわざこうして勝負に持ち込んだ。目的があるのに、その目的を達成するよりその過程に重きを置き、下手したら自分が負けて終わる可能性が高い選択肢を選ぶ。それはヴィランというより、人間として異常である。誰だって自分が破滅しにくい選択肢を選ぶ。
ふと、ホークスは佐藤が自身のことを『亜人』と言っていたことを思い出した。亜人。その名の通り考えるなら、人の亜種。人でありながら、同種ではない存在。
ホークスはようやく確信する。佐藤との戦いは、ヒーローとヴィランの戦いではない。人と、人の異端者との戦い。つまり──。
「
他人を思いやり他人のために心を砕く者たちと、他人を自らの遊び道具としか考えない佐藤との戦い。
そんな両極端な者たちのぶつかり合いはここから更にヒートアップしていく。
次回から最終章の準備に入ります。