ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第55話 光陰

 

『な、なんということでしょう!? 佐藤ら愛国者集団(パトリオッツ)が仲間のヴィランの《個性》で忽然と消えてしまいました! 私たちではもう愛国者集団がどこに行ったかは追跡できません! 後はヒーローとHUNT、警察が愛国者集団を捕縛することを信じるしか……待って、あれ何……?』

 

 女アナウンサーの困惑した声と共にカメラが動いた。蒼炎の柱がビル群を巻き込んで立ち昇る。そして、その炎柱がどんどん広がっていく。その炎柱はアナウンサーたちの乗るヘリコプターにも迫ってきていた。

 

『離れて! 離れて!』

 

 女アナウンサーが切羽詰まった声でそう叫ぶ前から、ヘリコプターの操縦士は蒼炎から逃げるようにヘリコプターを操縦。その急旋回により、女アナウンサーとカメラマンがバランスを崩した。カメラマンが抱えていたカメラが落ちる。そのカメラの映像がビルの屋上に接近したところで、衝突音と同時に画面が真っ暗になった。

 唐突な生中継の終わりは観ていた者たちを現実に引き戻す。

 雄英高校1―Aの教室では今まで緊張していた反動か、あちこちでため息にも似た声が漏れた。 

 

「これ、ヤバくね?」

 

 金髪で一部に雷のような黒髪がある少年──上鳴電気(かみなりでんき)が顔を青ざめながら呟いた。その言葉は教室にいる全員に聞こえていたが、誰からも否定の言葉はあがらない。それだけ絶望的な報道だった。テレビ局のカメラマンが特に佐藤をズームし、佐藤を中心に後半は伝えていたことも印象として良くなかった。佐藤の凄惨な戦闘を国民は存分に観戦してしまった。そこに最後のビル群から立ち昇る蒼い炎柱。これでネガティブ思考にならない方がおかしいといえる。

 

「私たちは本当にこのままここにいてもよろしいのでしょうか?」

 

 顔を青ざめながらも、八百万百(やおよろずもも)は言った。今までの報道に恐怖を感じながら、それでも彼女の中の正義感がただの傍観者でいる現状にノーを突きつけている。そんな葛藤から出た言葉だった。

 

「いやいやいや! 無理無理無理無理無理だって! あの報道観たじゃん! あのエッジショットだって簡単に殺すようなヴィランだぞ! 俺らが出張ってなんとかなるレベルを超えてるって! 死んじゃうよォ!」

 

 峰田が涙目で半狂乱になりながら泣き叫んだ。彼の臆病さはクラスの中でも群を抜いている。だが、ある意味彼の存在はクラスにとってありがたかった。人間、自分よりパニックになっている人間を見ると逆に冷静になるらしい。おそらく客観的に自分を見つめ直すきっかけとこの人よりは大丈夫だという安心から来るものだろう。まあ心の弱い人間は相手に釣られてパニックになるという場合もあるから一概に冷静になるとは言えないが、幸いにしてこのクラスにいる生徒たちは強い心の持ち主ばかりだった。

 

「峰田君、僕たちにやれることを全力でやっていくしかないよ。そりゃ先生たちはヒーローの死亡率の高い現場に生徒を出し辛いと思うけど、人命救助とか後方支援とかでできることはあるだろうし」

「緑谷ァ! お前怖くないのかよ!? 人気ヒーローがたくさん死んじゃってるんだぞ! こんなこと今まで無かったじゃん! 明らかヤバいヴィランばっかなんだって! 今のヴィランは!」

「……僕も怖いし、正直今だって足がガタガタ震えて止まらないけど、この恐怖をヒーロー以外の人も感じてるんだって思ったら、やらなくちゃって。ヒーローがそんなことを許しちゃいけないんだって、そう思ったんだ……」

 

 顔を若干俯けながら、しかしある種の覚悟を感じさせる表情で緑谷はそう言った。

 

「……チッ」

 

 爆豪が舌打ちし、乱暴に頬杖をつく。爆豪は不機嫌になったが、マイナスの感情だけが彼を支配したわけではない。不機嫌になった一方、

 

 ──デクのくせに分かってんじゃねえか……。

 

 という緑谷を多少認める感情もあったのである。しかし、素直ではない彼はその感情すら負けず嫌いな性格を逆撫でする要因になるのだ。

 教室の沈んでいた空気が、緑谷の言葉で少し明るくなった。

 

「……騒いだ俺が馬鹿みてぇじゃん……」

 

 峰田は右腕で涙を拭いながら、そう言った。だが、涙を拭った後の峰田の表情は多少明るく変化している。

 確かにヒーローにとって絶望的な状況ではある。それでも、雄英高校1―Aのヒーローの卵たちは寸前のところで心が折れていなかった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 (ヴィラン)連合は荼毘の足留めもあり、なんとかヒーローたちから逃げ切ることに成功していた。逃げている時、死柄木以外の面々は怒りを滲ませていた。死柄木だけは無表情で逃げた。

 そんな状況だったのだ。ヒーローたちに追われて余裕が無い時ですらそうだったのだから、逃げ切った後はより感情が爆発する。

 トゥワイスが隠れ家のバーの椅子を思い切り蹴飛ばした。ガシャンと床に椅子が倒れる音が響く。

 

「佐藤……あのクソ野郎! ぶっ殺さねえと気が済まねえ!」

「……やっぱり私、あの人大嫌いです!」

 

 トガヒミコがバーのカウンターに突っ伏して、苛立たし気な顔をしている。

 

「今回ばかりはこの二人に同意だ。佐藤は一線を越えたぜ」

「ああ、その通りだ」

 

 コンプレスの言葉に、スピナーは頷く。各々心の内を吐き出したら、そっと死柄木の様子を窺う。

 死柄木だけは怒りを剥き出しにしていなかった。こうして隠れ家に帰ってきた後も、佐藤に対する言葉は一切言っていない。無表情のまま、バーのカウンターに頬杖をついている。

 死柄木以外の面々は今死柄木がどういう感情なのか、推し量ることができないでいた。

 トゥワイスが倒した椅子を直し、死柄木に近付く。

 

「なあ、死柄木。お前今何考えてんだ?」

「……あ? 別に何も」

「何もねえわけねえだろ! 荼毘(だび)が死んだんだぞ! 佐藤のせいで!」

「それはまあ、佐藤のゲームを勝手にプレイした俺たちへの警告だろうな。あの時、荼毘は俺の近くにいた。連中は俺を撃つこともできた筈さ」

「そういう問題じゃねえだろ! 撃たれたんだぞ! 仲間が!」

 

 トゥワイスはドンとカウンターを叩いた。

 死柄木は煩わしそうにトゥワイスの方に顔を向ける。その顔を見て、トゥワイスの怒りは急速に収まっていった。例えるなら、嵐の前の静けさといったところか。死柄木から殺気にも似た圧のようなものをトゥワイスは感じた。荼毘の死について、死柄木は何も感じていないのではない。死柄木の中の感情が定まっていないだけで、何らかの感情が溢れ出ている。それが今方向性をもってトゥワイスにぶつけられた。その感情に攻撃的なものを感じとったトゥワイスの防衛本能が、殺気という形でトゥワイスに警鐘を鳴らしたのだ。

 

「……そうか……そうだよな」

 

 死柄木はニヤリと唇を吊り上げた。その顔はただの笑みにはない、凄みが宿っている。その顔を見た面々はゾクッとした悪寒が走った。

 

「どんな理由があれ、仲間が殺されたんだ。それも、佐藤の下にいるクズどもとは比べ物にならない重要な仲間が。落とし前はちゃんとつけさせねえと」

 

 仲間、か。

 死柄木は心の内で、その言葉を嘲笑(あざわら)う。

 そんな言葉で線を引くから、弱くなる。強さとは、そんなところに無い。本当の強さは他者を必要としない。そして俺は、他者などいらない。壊せれば、それでいい。思うままに破壊する。気に入らないものを。ムカつくものを。この世界を。何もかもを。目に見える全てを破壊し尽くしてまっさらにしたら──。

 

 ──やっとこの世界を好きになれる気がする。

 

 佐藤の自由な生き方が羨ましいと思った。だから俺も、自由に生きてみたい。敵連合なんて鎖を引き千切って。『先生』を気にせずに。感情に従って。

 おそらく死柄木のそれは、本当の意味での自立であったのだろう。彼の中の破壊衝動は佐藤と共鳴するかのように高まっていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 

「大変なことになりましたな」

 

 太った五十代の男がソファにどっしり座り、ハンカチで額から流れる汗をしきりに拭いながらそう言った。

 今の時間は、佐藤が国会議事堂を襲撃した日の深夜である。ある部屋で十三人の男がそれぞれテーブルを挟んだソファに座っていた。

 彼らは臨時国会を欠席した国会議員全員である。佐藤の事件の後、密かに連絡を取り合い、こうして集まることにしたのだ。

 彼らが心配しているのは新政府の立ち上げをしなければならないというところもあると言えばあるが、保身に走った彼らにとってそこは些細な部分である。彼らが今最も恐れているのは、国民からの総叩きだ。臨時国会の様子は中継されていたため、誰が欠席したかは詳しい人間が観れば一目瞭然だったのである。その情報は既にネットの海に放たれており、餌に群がる魚の如くどんどん野次馬が集まって拡散されていた。今ではネットニュースなども臨時国会を欠席した国会議員を名指しで載せ、記事にしているところもある。もちろん彼らにとって良い記事ではない。その影響か、欠席したことを国会議員としての責任が無いと批判する者がネット上に大勢出現した。

 

「皆さん、よくお考えを。雑音はより大きな雑音で消す。マスコミがよく使う手法です。現状を打開できる最高の雑音を我々は用意できるじゃありませんか!」

 

 前髪をオールバックにしている中年の男性が自信満々に言い切った。他の者たちは互いに顔を見合わせ、その『最高の雑音』の心当たりを探り合う。だが、誰もそれらしき心当たりは無かった。

 数秒の沈黙。そして、オールバックの男は口を開く。

 

「オールマイトを使いましょう」

「オールマイト!?」

 

 その場にいるオールバックの男以外の全員の声が重なる。その声は驚愕に満ちていた。オールバックの男の言葉を理解した後、皆笑い声をあげる。

 

「何を言い出すかと思えば……。彼はヒーローを引退した。今はただの一般人に過ぎんではないか。ヒーローとしての力を失った彼に今更何ができると言うのかね?」

「確かにヒーローの力は失ったのかもしれません。ですが、彼のヒーローに対しての牽引力はまだあるかもしれないじゃないですか。彼は以前、ヴィラン隆盛でこの国が絶望に包まれていた空気を一変させ、『平和の象徴』とまで呼ばれた人物。この国において、その求心力は誰よりも持っています」

「ふむ……」

 

 話を聞いている一人が納得するように軽く頷く。

 

「それで、具体的にはどのようにオールマイトを使うのかね?」

「彼を国務大臣相当の地位に据え、隆盛を極める対ヴィランや対犯罪組織の指揮を執ってもらおうかと。彼のような優秀な元ヒーローであれば、力が無くとも良い知恵を持っているでしょう。それに、国民は喜びます。そこが重要です」

「なるほど、読めてきたぞ。つまり薪の上にオールマイトを置き、燃えた時は彼に責任を取らせ、この国の火種を潰せた時は政治家としての経験不足を理由に権限を取り上げる。どちらに転んでも我々にとって得をする話というわけだな」

「はい、おっしゃる通りです。また、今の状況はオールマイトが台頭した時の絶望的な日本と同じです。オールマイトの就任は、国民に在りしの日の彼を思い起こさせることでしょう。今、この国に必要なのは政治家ではありません。燦々と光を放つ希望こそ、最も必要なものです。その役割ができるのは彼を置いて他にいないでしょう」

「しかし……彼は引き受けるかな? 誰が見ても割に合わない仕事だが」

「そこは彼の中でまだ正義が燃えているかどうかにかかっているでしょう。『オールマイト』としての矜持を持っているか、それともただの一般人『八木俊典』なのか……。いずれにせよ、話をすれば分かります」

 

 そこで、その部屋から言葉はしばらく無くなった。誰もが今のオールバックの男の言葉を噛み砕き、呑み込んで損得勘定を脳内で始めている。数分の沈黙の後、勘定の計算が終わった彼らは互いに頷き合った。

 

「オールマイトにアポをとろう」

 

 新政府として最初に行なう仕事がそれであった。

 

 

 

 

 生き残った国会議員同士の密会の後、オールバックの中年男性──心求党党首花畑孔腔(はなばたこうくう)は車の後部座席で足を組み、携帯電話である人物と電話していた。

 

「はい、上手く誘導できました。オールマイトを表舞台に引きずり出してみせますよ、最高指導者」

『よくやってくれた。我々の理想の実現のために、オールマイトには人柱となっていただこう』

「はい。真の自由実現のために」

 

 ただ絶望に国民たちを落とすのでは生温い。希望の象徴によって彼らの心に光を与えてから、象徴もろとも希望をへし折る。一度持ち上げてから落とした方がショックは大きい。もう誰も頼れないとなったその時、国民は抑制してきた『個性』を解放するだろう。その激動を止める力は今のヒーローには間違いなく無い。本当の意味で『個性』がその人間そのものの能力として社会に認知される時代が到来する。

 

『オールマイトと八木俊典、今の彼がどちらなのか、実に興味をそそるじゃないか』

 

 リ・デストロの声は弾んでいた。

 花畑はサングラスを取り出し、かける。彼の心も弾んでいた。

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