佐藤たちは拠点である廃工場へタクシーと徒歩で帰ってきた。近場までタクシーで移動し、そこからは徒歩で拠点に向かう意図は拠点の露呈と顔を覚えられないようにするためだ。佐藤は大きなショルダーバッグを背負い、佐藤の後ろに続く丸井、沙紀、
「お疲れさん。明日もやるから、今は充分に休息をとってほしい」
表情を緩ませてそう言うと、佐藤は自室として使っている応接室の方へ歩いていった。
その姿を緊張しながら見つめる三人は、佐藤の姿が視界から消えると解き放たれたように深く息を吐いた。
「佐藤さんって超ヤバいのでは?」
そんな言葉を吐く丸井に対し、沙紀と
「俺は考えつかなかった……俺の『個性』で人間を地の底に埋められるなんて」
その時のことを思い出したのか、丸井はブルッと体を震わせた。佐藤は丸井に地面に手を付くよう指示し、そこから『個性』を発動させた。半径三メートルになる巨大なクレーターがそこに一瞬で生まれ、その中心には直径六十センチほどの土塊に手を置いた丸井がいた。佐藤はその穴に死体を次々放り込み、全員放り込み終わったら、丸井がその死体を階段にして一気に穴の外へ走る。丸井が肩で息をしながら穴の外に出て一秒後、穴の中心にあった球体は元に戻り、死体の分だけ盛り上がった地面になった。後はその盛り上がった地面をならすだけ。それだけで死体は三メートルの地の底に埋まり、極めて発見しづらい死体処分となった。丸井の『個性』に穴掘りと穴埋めの代役をさせたこの策は、見事に死体処分の時間を大幅に短縮させたのだ。
丸井の言葉に込められた思いと二人も同じだった。
沙紀にしても、爪を伸ばして相手を切り裂くしか使い道が無いと思っていた。だが佐藤はその伸縮性に注目し、爪に引っ掛けて運搬するという使い道を思い付いた。
三人とも『個性』がヒーロー向きではないというだけで、他のヒーロー志望の同級生に散々バカにされてきた過去がある。だが佐藤は、決して彼らの『個性』を馬鹿にしない。むしろ褒め称え、一緒になって『個性』の幅を広げようとし、全面的に『個性』を認める。そこにヒーロー向きなどといった穿った見方は存在せず、ただ人間に与えられた恩恵と真摯に向き合う。そんなことさえ、彼らは佐藤の姿勢から感じたのだ。だからこそ、彼らは佐藤とその行動に強烈な恐怖と畏怖を抱きながらも、佐藤の手足となって動いた。大金を気前良く分け与えてくれるのも、彼らの罪悪感を緩和し正当化させる助けになっていた。
だが今回の実験については、それを上回る罪悪感とリスクがのしかかってきた。
「俺たち……このまま佐藤さんに付いてって大丈夫かなぁ」
丸井の呟きに二人は答えず、その声は廃工場の闇に吸い込まれていった。
それから三日が瞬く間に過ぎた。銃種ごとの射撃テストはショットガン、リボルバー、アサルトライフルでも行われた。その度に哀れなヒーローとその近隣住民が佐藤の毒牙にかかって命を弄ばれ、そしてその命を散らしていく。掃除の範囲は後の日になるほど広がり、最終日のアサルトライフルに至ってはその射程の長さから一キロにも及ぶ歪な円となり、その円に入っている住民を皆殺しにした。もちろん佐藤はアサルトライフルの射撃テストで使う土地は最も人口密度が低い場所に設定し、極力殺さない方向でやった。だが、それでも肉体派のヒーローがいる場所は限られる。結局四十九人が犠牲となり、それらの死体は丸井の『個性』で作った四つの穴に分散して埋められた。
顔面を蒼白にしていた丸井に近付き、佐藤は笑顔で肩を叩いてグッと親指を立ててみせたところを見て、さすがの
その言葉は
しかし、発動するまでのタイムラグ。間合いの短さ。金属を持ち歩かなければならない不便さ。刃化した金属を投擲できないという遠距離攻撃への対応力の無さ。ヴィランは殺してはならず、無力化しなければならないというヒーローの制限。それらの短所が中学生の頃に一気に噴出した結果、
何かにつけて罵られるのは当たり前、顔が良かったがために女受けする
それに嫌気が差し、家出をして生きるためにヴィランの集まりになんとなく加入して今に至る。未だに自分で大騒ぎされていないのは、両親が警察に捜索願いを出していないからなのは明白だった。やはり自分のことを必要としている人間は誰もいないのか、いや誰も俺は必要としない。俺は俺の『個性』を否定し踏み躙った者を許しはしない。どんな手を使っても必ず俺の『個性』の方が上だと思い知らせてやる。
そんな
佐藤は気付き、軽く手をあげた。
「やあ。どうしたのかな、稲穂君」
「ちょっと頼みがあってさ……」
そう言いつつ、
「俺のことは名前で呼んでくれよ。稲穂って呼ばれるの、女の名前みたいで嫌いなんだ」
「そうだったのか。知らなかったとはいえ、不愉快な気分にさせてたようだ。ごめんね」
「いや……それじゃあ」
『たった今入ってきました情報によりますと、今朝またヒーローとそこの住民が多数行方不明となる事件が発生しました。四日前から各地で起こるこの大量行方不明事件は、未だに誰一人として行方不明者を見つけることができていません。また過疎化が進む地方で起きたこの四件の事件は、同じく過疎化が進んでいる地方とヒーローを恐怖と不安のどん底に叩き落としています。地元民は警察に押しかけ、警備を強化しろと怒鳴り込む場面もいくつか確認されております。警察はヒーローに応援を要請し、行方不明者を全員救出すると同時に、この事件の解決に全力を尽くすと発表しました。明日もまた多数の行方不明者が出てしまうのでしょうか。このラジオをお聴きの皆さまは、夜間の外出を自粛し、鍵をかけて迂闊に扉を開けないようお願いいたします……では次に! 今週もっとも話題となったミュージックを──』
「こういうのは時間を空けるとやりにくくなるからねぇ」
「ここ四日間はハードスケジュールで疲れたでしょ。もう実験する必要はなくなったから、今日と明日は休みだよ」
「スナイパーライフルは確かめなくていいのかよ」
「……そんなに殺したい?」
佐藤が手元の銃から
佐藤の言う通り、長距離から射撃するスナイパーライフルは、その分多くの円をとらなければならない。アサルトライフルですら一キロという範囲になったのだから、スナイパーライフルともなれば二キロ、下手したら三キロの範囲を掃除しなくてはいけなくなる。それくらいこの有効射程距離を気付かれずに検証する実験は面倒くさい実験だった。
佐藤が殺気を和らげ、再び銃の手入れに戻る。
「私はね、スナイパーライフルが嫌いなんだ。作戦で誰かに使ってもらうことはあるかもしれないけど、私は使いたくない」
「なんで?」
「安全な場所から一方的に撃って何が楽しいんだい? そんなもの、別に人じゃなくても、空き缶でも撃ってればいいよ」
微かな不愉快さを滲ませた佐藤に対し、
◆ ◆ ◆
実験終了から約二週間後、武器やら弾薬やら爆弾やらが大量に置かれるようになった倉庫。それらの影に隠れるようにして置いてある鉄の廃材だけが、佐藤が来る以前の倉庫と同じだと主張していた。
佐藤の取引は臓器売買から輸血用血液、不要と判断したヒーローアーマーやヒーローアイテムの売買、病院から強奪した医療機器に医薬品と、その幅を広げている。それによって大金が毎日廃工場に舞い、闇ブローカーやヴィランとの取引にリベンジエッジの面々が駆けずり回るという少し前では考えられなかった現実が今ここにあった。もちろん取引の場所に拠点を選ぶなどという馬鹿な真似はしない。ヒーローと警察の目が届きにくく、かつ逃走しやすい取引地点を十ヶ所準備し、その内のどこかをランダムに選んで取引する。連絡に関してはあらかじめキーワードのリストを渡し、傍受されてもすぐにはこちらの動きを悟られないような体制も整えた。
そうなってくると、当然仲間に加入したいヴィランが大量に出てくるわけだが、佐藤は彼らをこの拠点の仲間には加えなかった。彼らには連絡用の携帯を渡し、金と引き換えに全国へ散らばらせた。連絡用の携帯はダミー会社で使用する目的として携帯会社から大量に買い付け、後はそれを売り捌くも連絡手段として使うも自由。そういう携帯は腐るほど裏社会に出回っており、佐藤は労せずしてその大量の携帯を買ったのだった。
こうして佐藤は警察とヒーローたちが『オーバーホール』の一件と自分たちが起こした事件の解決に追われる水面下で、着実にその勢力を全国へと広げていった。
『オーバーホール』の一件が片付いた現在では、その数は約三百人に迫る勢いで、ヴィラン社会の中でカリスマとなっているヴィラン連合との二大勢力となりつつある。
佐藤はそろそろいいかと思い始めた。ゲームメイクに必要な物資と駒は揃えた。後はゲームをクリアできるようなゲームメイクをしなければならない。ここを疎かにすると、バグだらけでクリアどころか全く進まない、ゴミのようなゲームとなる。
佐藤はゲームを始めたら遊び倒すが、だからこそゲームメイクは真剣に取り組み、しっかりとしたクリアプランを立てる。
その中で、どうしても自分の姿を晒さなければならない目標が生まれた。
佐藤は猿石に連絡を取り、リベンジエッジの全員を倉庫に集めるよう指示を出す。猿石は快く了承した。
佐藤は倉庫に集まったリベンジエッジの面々を見る。どの顔も不安そうだ。まあ当然かと思う。馬車馬のごとく彼らにはあちこちで働かせてきた。そんな彼らが昨日から急に拠点に留まるようになり、今まで落ち着いた日を過ごせたということは、必ず何か理由があるに違いないと彼らは考えた筈だ。それだけの思考能力ができるくらいには、彼らを育てたつもりでいる。
「これから我々の当面の目標をキミたちに伝えたいと思う。その目標は刑務所、目的は刑務官の殲滅及び捕まっているヴィランの解放。狙う刑務所に関してはこれから猿石君と協議し、決めていきたいと思っている。全員、そのつもりでこれからを過ごしてもらいたい」
そう言いきった佐藤の体から狂気と殺気が立ち昇っていくのを、リベンジエッジの面々は確かに感じた。