ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第6話 目標設定

 佐藤たちは拠点である廃工場へタクシーと徒歩で帰ってきた。近場までタクシーで移動し、そこからは徒歩で拠点に向かう意図は拠点の露呈と顔を覚えられないようにするためだ。佐藤は大きなショルダーバッグを背負い、佐藤の後ろに続く丸井、沙紀、(さとし)の三人は最低限の手荷物しか持っていない。時刻は午前三時で、廃工場ということになっているこの拠点は夜間の電灯を一切使用していない。それでも真っ暗闇とならず、それなりの明るさが保たれているのは、この廃工場のある場所が都会に位置している証明でもあった。

 

「お疲れさん。明日もやるから、今は充分に休息をとってほしい」

 

 表情を緩ませてそう言うと、佐藤は自室として使っている応接室の方へ歩いていった。

 その姿を緊張しながら見つめる三人は、佐藤の姿が視界から消えると解き放たれたように深く息を吐いた。

 

「佐藤さんって超ヤバいのでは?」

 

 そんな言葉を吐く丸井に対し、沙紀と(さとし)の二人は何を今更……という視線を送る。丸井はその『個性』の性質から、攻撃ではなく逃走向きだと佐藤に評価され、また自身も逃走にしか使い道の無い『個性』だと痛感していたため、佐藤と行動を共にしたのは今回の実験が初めてである。丸井の個性である『球体』は自分だけでなく、自分以外の物質や生物すら球体にできるが、手を離したら五秒で元に戻るし、質量は変化しないため、人間を球体にしても質量の密度が高くなることによる硬化が発生する。そのため、球体で無力化した相手に危害を加えるのも難しい。更に球体化の条件も厳しいとなれば、攻撃の駒としてカウントしないのはむしろ当然といえた。

 

「俺は考えつかなかった……俺の『個性』で人間を地の底に埋められるなんて」

 

 その時のことを思い出したのか、丸井はブルッと体を震わせた。佐藤は丸井に地面に手を付くよう指示し、そこから『個性』を発動させた。半径三メートルになる巨大なクレーターがそこに一瞬で生まれ、その中心には直径六十センチほどの土塊に手を置いた丸井がいた。佐藤はその穴に死体を次々放り込み、全員放り込み終わったら、丸井がその死体を階段にして一気に穴の外へ走る。丸井が肩で息をしながら穴の外に出て一秒後、穴の中心にあった球体は元に戻り、死体の分だけ盛り上がった地面になった。後はその盛り上がった地面をならすだけ。それだけで死体は三メートルの地の底に埋まり、極めて発見しづらい死体処分となった。丸井の『個性』に穴掘りと穴埋めの代役をさせたこの策は、見事に死体処分の時間を大幅に短縮させたのだ。

 丸井の言葉に込められた思いと二人も同じだった。

 沙紀にしても、爪を伸ばして相手を切り裂くしか使い道が無いと思っていた。だが佐藤はその伸縮性に注目し、爪に引っ掛けて運搬するという使い道を思い付いた。

 (さとし)にしても、金属を媒体とし電気を固定化する過程の段階であればスタンガンのような使い方ができるのではないか、と佐藤に教えられた時、自分の『個性』の可能性が拡げられた気がしたのだ。

 三人とも『個性』がヒーロー向きではないというだけで、他のヒーロー志望の同級生に散々バカにされてきた過去がある。だが佐藤は、決して彼らの『個性』を馬鹿にしない。むしろ褒め称え、一緒になって『個性』の幅を広げようとし、全面的に『個性』を認める。そこにヒーロー向きなどといった穿った見方は存在せず、ただ人間に与えられた恩恵と真摯に向き合う。そんなことさえ、彼らは佐藤の姿勢から感じたのだ。だからこそ、彼らは佐藤とその行動に強烈な恐怖と畏怖を抱きながらも、佐藤の手足となって動いた。大金を気前良く分け与えてくれるのも、彼らの罪悪感を緩和し正当化させる助けになっていた。

 だが今回の実験については、それを上回る罪悪感とリスクがのしかかってきた。

 

「俺たち……このまま佐藤さんに付いてって大丈夫かなぁ」

 

 丸井の呟きに二人は答えず、その声は廃工場の闇に吸い込まれていった。

 

 

 それから三日が瞬く間に過ぎた。銃種ごとの射撃テストはショットガン、リボルバー、アサルトライフルでも行われた。その度に哀れなヒーローとその近隣住民が佐藤の毒牙にかかって命を弄ばれ、そしてその命を散らしていく。掃除の範囲は後の日になるほど広がり、最終日のアサルトライフルに至ってはその射程の長さから一キロにも及ぶ歪な円となり、その円に入っている住民を皆殺しにした。もちろん佐藤はアサルトライフルの射撃テストで使う土地は最も人口密度が低い場所に設定し、極力殺さない方向でやった。だが、それでも肉体派のヒーローがいる場所は限られる。結局四十九人が犠牲となり、それらの死体は丸井の『個性』で作った四つの穴に分散して埋められた。

 顔面を蒼白にしていた丸井に近付き、佐藤は笑顔で肩を叩いてグッと親指を立ててみせたところを見て、さすがの(さとし)も佐藤は人の皮を被った悪魔なのでは……と未知数の恐怖に身震いした。そして、佐藤は恐怖と罪悪感で震える(さとし)の肩を丸井同様に笑顔で叩き、言ったのだ。「キミがいてくれて助かったよ」と。

 その言葉は(さとし)にとって魔法に似た力を持っていた。(さとし)の個性である『雷刃(サンダーブレイド)』は自分の体に触れている金属に電気を流し、その電気を金属に留めることができる個性であり、金属に留めて凝縮された電気はありとあらゆる物を切り裂く高熱の刃となる。無論金属には融点があり、ある一定の温度を超えると形を保てなくなるため、この刃は金属ごとに持続可能時間があるし、その時間も周囲にあるようなありふれた金属では短い。かと言ってその刃を維持できている間はどんな武器にも勝る強個性だと、(さとし)は自身の個性が明らかになった幼少時からそう思ってきた。

 しかし、発動するまでのタイムラグ。間合いの短さ。金属を持ち歩かなければならない不便さ。刃化した金属を投擲できないという遠距離攻撃への対応力の無さ。ヴィランは殺してはならず、無力化しなければならないというヒーローの制限。それらの短所が中学生の頃に一気に噴出した結果、(さとし)の同級生は没個性の無能という烙印を彼に押し、多感な時期である中高生のストレスの捌け口として使われる結果となった。

 何かにつけて罵られるのは当たり前、顔が良かったがために女受けする(さとし)を、その女たちの目の前で罵倒し、暴行して屈伏させようとした。(さとし)は罵声は無視の一点張りだったが、暴力には暴力で応じた。だが結局数で負け、より強烈な暴力と罵声となって返ってくる現実から、彼はとうとう不登校となり、学校に行く時間に家から出はするが、学校には行かずに公園に行ってひたすら鍛錬するようになった。そんな状態がいつまでも続く筈が無く、(さとし)は高校を中退し、両親からも顔を会わせる度に罵倒されるようになった。

 それに嫌気が差し、家出をして生きるためにヴィランの集まりになんとなく加入して今に至る。未だに自分で大騒ぎされていないのは、両親が警察に捜索願いを出していないからなのは明白だった。やはり自分のことを必要としている人間は誰もいないのか、いや誰も俺は必要としない。俺は俺の『個性』を否定し踏み躙った者を許しはしない。どんな手を使っても必ず俺の『個性』の方が上だと思い知らせてやる。

 そんな(さとし)にとって、佐藤の生き方はとても眩しいものに映った。他者の意思と尊厳を、自分の目的のために躊躇なく踏みつけていく……それこそが俺の理想像だ。

 (さとし)は倉庫の廃材に座りながら、チラリと佐藤の方を見た。佐藤のすぐ横にはラジオが置かれていて、肝心の佐藤は楽しそうに実験に使用したアサルトライフルを分解し、部品一つ一つを丁寧に手入れしているところだった。

 (さとし)は佐藤の方に歩み寄る。

 佐藤は気付き、軽く手をあげた。

 

「やあ。どうしたのかな、稲穂君」

「ちょっと頼みがあってさ……」

 

 そう言いつつ、(さとし)は照れくさそうに頭を掻いた。こういうのはこっちから言い出すようなもんじゃないと思いつつも、言わなければズルズルと言うタイミングを無くすだろうという予感がある。

 

「俺のことは名前で呼んでくれよ。稲穂って呼ばれるの、女の名前みたいで嫌いなんだ」

「そうだったのか。知らなかったとはいえ、不愉快な気分にさせてたようだ。ごめんね」

「いや……それじゃあ」

 

 (さとし)はこの気まずさと羞恥心が入り混じった空気から逃れるように、くるりと佐藤に背を向け、立ち去ろうとした。そんな(さとし)の耳に、ラジオの音声が入ってくる。

 

『たった今入ってきました情報によりますと、今朝またヒーローとそこの住民が多数行方不明となる事件が発生しました。四日前から各地で起こるこの大量行方不明事件は、未だに誰一人として行方不明者を見つけることができていません。また過疎化が進む地方で起きたこの四件の事件は、同じく過疎化が進んでいる地方とヒーローを恐怖と不安のどん底に叩き落としています。地元民は警察に押しかけ、警備を強化しろと怒鳴り込む場面もいくつか確認されております。警察はヒーローに応援を要請し、行方不明者を全員救出すると同時に、この事件の解決に全力を尽くすと発表しました。明日もまた多数の行方不明者が出てしまうのでしょうか。このラジオをお聴きの皆さまは、夜間の外出を自粛し、鍵をかけて迂闊に扉を開けないようお願いいたします……では次に! 今週もっとも話題となったミュージックを──』

 

「こういうのは時間を空けるとやりにくくなるからねぇ」

 

 (さとし)の背中に、佐藤の呟きが聞こえた。(さとし)は顔だけ振り返り、銃を楽しそうにいじっている佐藤を見る。

 

「ここ四日間はハードスケジュールで疲れたでしょ。もう実験する必要はなくなったから、今日と明日は休みだよ」

「スナイパーライフルは確かめなくていいのかよ」

「……そんなに殺したい?」

 

 佐藤が手元の銃から(さとし)の方に顔を向け、見る者を凍らせるような殺気を滲ませた笑みを浮かべる。(さとし)の背中をゾクッとしたものが這い上がり、ゆっくりと撫でていく。

 佐藤の言う通り、長距離から射撃するスナイパーライフルは、その分多くの円をとらなければならない。アサルトライフルですら一キロという範囲になったのだから、スナイパーライフルともなれば二キロ、下手したら三キロの範囲を掃除しなくてはいけなくなる。それくらいこの有効射程距離を気付かれずに検証する実験は面倒くさい実験だった。

 佐藤が殺気を和らげ、再び銃の手入れに戻る。

 

「私はね、スナイパーライフルが嫌いなんだ。作戦で誰かに使ってもらうことはあるかもしれないけど、私は使いたくない」

「なんで?」

「安全な場所から一方的に撃って何が楽しいんだい? そんなもの、別に人じゃなくても、空き缶でも撃ってればいいよ」

 

 微かな不愉快さを滲ませた佐藤に対し、(さとし)は足早にその場から離れた。触らぬ神に祟りなしと思ったからだった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 実験終了から約二週間後、武器やら弾薬やら爆弾やらが大量に置かれるようになった倉庫。それらの影に隠れるようにして置いてある鉄の廃材だけが、佐藤が来る以前の倉庫と同じだと主張していた。

 佐藤の取引は臓器売買から輸血用血液、不要と判断したヒーローアーマーやヒーローアイテムの売買、病院から強奪した医療機器に医薬品と、その幅を広げている。それによって大金が毎日廃工場に舞い、闇ブローカーやヴィランとの取引にリベンジエッジの面々が駆けずり回るという少し前では考えられなかった現実が今ここにあった。もちろん取引の場所に拠点を選ぶなどという馬鹿な真似はしない。ヒーローと警察の目が届きにくく、かつ逃走しやすい取引地点を十ヶ所準備し、その内のどこかをランダムに選んで取引する。連絡に関してはあらかじめキーワードのリストを渡し、傍受されてもすぐにはこちらの動きを悟られないような体制も整えた。

 そうなってくると、当然仲間に加入したいヴィランが大量に出てくるわけだが、佐藤は彼らをこの拠点の仲間には加えなかった。彼らには連絡用の携帯を渡し、金と引き換えに全国へ散らばらせた。連絡用の携帯はダミー会社で使用する目的として携帯会社から大量に買い付け、後はそれを売り捌くも連絡手段として使うも自由。そういう携帯は腐るほど裏社会に出回っており、佐藤は労せずしてその大量の携帯を買ったのだった。

 こうして佐藤は警察とヒーローたちが『オーバーホール』の一件と自分たちが起こした事件の解決に追われる水面下で、着実にその勢力を全国へと広げていった。

 『オーバーホール』の一件が片付いた現在では、その数は約三百人に迫る勢いで、ヴィラン社会の中でカリスマとなっているヴィラン連合との二大勢力となりつつある。

 佐藤はそろそろいいかと思い始めた。ゲームメイクに必要な物資と駒は揃えた。後はゲームをクリアできるようなゲームメイクをしなければならない。ここを疎かにすると、バグだらけでクリアどころか全く進まない、ゴミのようなゲームとなる。

 佐藤はゲームを始めたら遊び倒すが、だからこそゲームメイクは真剣に取り組み、しっかりとしたクリアプランを立てる。

 その中で、どうしても自分の姿を晒さなければならない目標が生まれた。

 佐藤は猿石に連絡を取り、リベンジエッジの全員を倉庫に集めるよう指示を出す。猿石は快く了承した。

 佐藤は倉庫に集まったリベンジエッジの面々を見る。どの顔も不安そうだ。まあ当然かと思う。馬車馬のごとく彼らにはあちこちで働かせてきた。そんな彼らが昨日から急に拠点に留まるようになり、今まで落ち着いた日を過ごせたということは、必ず何か理由があるに違いないと彼らは考えた筈だ。それだけの思考能力ができるくらいには、彼らを育てたつもりでいる。

 

「これから我々の当面の目標をキミたちに伝えたいと思う。その目標は刑務所、目的は刑務官の殲滅及び捕まっているヴィランの解放。狙う刑務所に関してはこれから猿石君と協議し、決めていきたいと思っている。全員、そのつもりでこれからを過ごしてもらいたい」

 

 そう言いきった佐藤の体から狂気と殺気が立ち昇っていくのを、リベンジエッジの面々は確かに感じた。

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