エンデヴァーの公表、オールマイトの国務大臣就任。佐藤の国会議事堂襲撃事件から二、三日の間、そういった衝撃的な情報や動きが世間を騒がしている中、その裏ではしっかりと佐藤ら
捕まえたヴィランの取り調べは警察がやる。ヒーローは警察からそういう要請があった場合のみ、取り調べに加わることができる。
国会議事堂襲撃事件で確保したヴィランは百人近い。その内の七割は佐藤に便乗して暴れた愛国者集団と無関係のヴィランだが、三割は佐藤と繋がりのあるヴィランだった。
針間の取り調べが始まったのは勾留されてから二日経ってからであり、警察はそれまでのヴィランたちの取り調べでほとんど有用といえる情報を得られていなかった。佐藤と繋がる携帯電話は使い捨てを使用していたらしく、連絡を取ろうとしても一切繋がらない。佐藤ら愛国者集団の拠点情報に関しても、拠点ではなく別の集合場所に集められて参加していたようで、拠点情報をほとんど知らなかった。
捕まった佐藤側のヴィランたちの口は軽かった。警察が一訊けば二、三話してくる。佐藤に加担したという罪を少しでも軽くしたい思惑があるからだろう。元々金払いがいいだけが理由で佐藤に付いた連中。佐藤に対する仲間意識は皆無。情報を隠すメリットなど彼らには無い。それでほとんど成果無しなのだから、警察の徒労感は半端ないものだった。そんな中、あるヴィランが言ったのだ。佐藤と共にずっと行動しているヴィランがいると。そのヴィランこそ針間であり、警察は針間への取り調べを最優先とした。
針間は両手を拘束された状態で取り調べ室に座らされた。警察官二人がテーブルを挟んだ向かいに座り、入り口付近には一人警察官が立っている。
「針間
「……憎いのか? 憎いのかだって? はッ、憎いに決まってんだろ。俺の妻を殺したのはヒーローだ」
「それは逆恨みだ。当時、一緒にいたヒーロー三人がヴィランの攻撃でたまたま近くにいたお前の妻が巻き込まれたと証言している。ヴィランを直接追いかけていたヒーローはお前が殺害したから、一番有力な証言ができるヒーローはお前自身が消したがな」
針間は当時のことを鮮明に覚えている。殺したヒーローが言った言葉の一字一句も。二人で歩いていたところで逃げていたヴィランと遭遇し、ヴィランを確保しようとしたヒーローが『個性』で衝撃波を出した。その衝撃波は逃げていたヴィランを正確に捉えていたが、その近くにある建物も巻き込まれた。結果、建物の窓ガラスが割れ、建物の一部が破壊されてガラスと一緒に
衝撃波を放ったヒーローはヴィランを拘束してからこっちに慌てて来て、妻の死体に狼狽していた。その時に同じヴィランを追いかけていたヒーロー三人が追い付き、その三人も状況を把握し顔を青ざめていた。そして、妻を巻き込んだヒーローが申し訳なさそうに言ったのだ。
『あの……すいませんでした。ヴィランを捕まえたくて……。えっ、とぉ……相談なんですけど、ヴィランがやったってことにしません? そっちの方が自分もこれから人を助けられますし、ヒーロー全体の評判も落ちませんから。これから自分は罪滅ぼしのためにたくさんの人を助けていきたいと思いますので──』
妻を殺したヒーローの言葉を聞いている内に、妻を失った悲しみが怒りへと変わっていった。べらべらと自己保身のために喋り続けるコイツの頭を、『個性』で右腕の毛を硬化したラリアットで穴だらけにした。頭が穴だらけになったヒーローは血を噴き出しながら吹っ飛び、その直後ヒーロー三人に取り押さえられて逮捕された。そして裁判が行われ、現場の状況とその場にいたヒーロー三人の証言が決め手となった。俺の言葉や逮捕されたヴィランの言葉はただの妄言として片付けられた。
「後悔はねえ。死んで当然のヤツだった」
「佐藤と愛国者集団について、知っていることを全て話してもらう。話せば、多少の減刑はしてやる」
「はッ、俺をヒーローのクズと一緒にすんなよ」
針間は目の前で話す警察官を嘲笑う。
尋問する警察官は苛立たし気にペンをカチカチと鳴らした。
「言っておくが、佐藤に関する情報は最優先で得るよう、上からきてる。手段を問わず、という一文も添えてな。意味が分かるか?」
「その手段を問わずとやらで、オールマイトのヒーロー生命を終わらせたヴィランから情報を引き出せたのかよ?」
「……」
押し黙る警察官。その顔を見て針間は勝ち誇った表情になる。
「引き出せねえみてえだな。あれから何日経ってんだ? 尋問官は全員寝てんのか?」
「お前とヤツを一緒にするな! お前のような掃いて捨てるほどいるクズとは格が違う! 佐藤が関わっているからこその扱いであり、佐藤と繋がりが無ければお前など、そこら辺にいるザコヴィランの一人だぞ!」
「そのザコヴィランに何人のヒーローと警察官が殺された? お前らそんなザコより劣る存在なんだな」
警察官の我慢は限界を超えた。
警察官は怒りのあまり右手を握りしめ、針間の顔面を思いっきり殴る。瞬間の激痛。針間が『個性』によって顔の髭を硬化させ、その髭の一本一本が針のようになったところに拳を叩きつけたからだ。警察官は文字通り針山に拳を突っ込んだ。
「ぐああッ!」
苦悶の声とともに、警察官が右拳を引く。その拳は無数の穴が空き、血が溢れて真っ赤になっていた。
「おっと、わりぃわりぃ。条件反射でつい、な。殴る場所には気を付けた方がいいぜ」
「このッ──」
殴った警察官が激昂し再び針間に詰めよったところで、取り調べ室の扉が開いた。詰め寄った警察官が扉の方を見る。スーツ姿の黒髪の青年が立っていた。
「ここからは私が引き継ぎます。一刻も早く、と言われたのでね」
「しかし──」
「能無しがもう一人増えたか」
警察官の言葉を遮り、針間は憎たらし気な笑みを浮かべて取り調べ室に入ってきた青年を挑発する。
青年は無言でついさっきまで尋問していた警察官が座っていた椅子に座った。
「最初に言っておきましょう。あなたを壊します。壊れる過程でどれだけ情報を吐かせられるか。それが私の任務ですから」
「それ言われてビビると思ってんのか? 俺はぜってえ保身で仲間は売らねえ。耐えてみせ──」
「針間さん……でしたっけ?」
針間の言葉に割り込み、青年が口を開く。
「一気に壊したりしませんよ。ゆっくり、じわじわと削り取るように壊します。我慢に自信があるようで、安心しました。そうでないと私も、仕事のしがいがありません」
青年は周りにいる警察官たちを見渡す。
「二人にしてください。それから……このことは他言無用です。分かっているとは思いますけどね」
周囲にいた警察官たちは怯えた表情でそそくさと取り調べ室から出ていく。
それから取り調べ室は、針間の絶叫が間断なく響く拷問部屋となった。
◆ ◆ ◆
旅客機が轟音を響かせ飛び去っていく。
ビリビリとした振動。音圧とでもいうべき感覚を肌で感じながら、金髪で筋骨隆々の女性は屈強な男たちと向かい合っていた。女性はオールマイトに似たヒーロースーツに星条旗のストライプ柄マントを羽織っている。
「俺たちは本当に付いていかなくていいのか?」
「ああ。もし必要になったらこっちから連絡する」
「俺たちが必要になる事態なんざ考えたくねえな」
男たちの中の一人が肩をすくめた。周りの男たちも同感だと言うように頷いている。
「私の日本行きは、休暇を利用しての旅行ということにしてある。軍が絡んでちゃマズいよ」
「分かってるさそんなこと。ただ、俺たちは自覚してほしいだけだ。目の前にいるお前は、アメリカナンバーワンヒーローなんだってことを。もしその身に何かあったら──」
「大丈夫だ。日本にいる
「気を付けてな、スター」
その言葉に、筋骨隆々の女性──スターアンドストライプは親指を立て、旅客機の方へ歩いていった。
ヒーロー名『スターアンドストライプ』。本名はキャスリーン・ベイト。アメリカナンバーワンヒーローであり、オールマイトが引退した現在、おそらく世界最強のヒーロー。
そんな彼女が日本に向かう理由。いくつかある。国会議員大量死亡による実質的な日本政府の崩壊。日本を拠点とするヴィラン連合の増長。佐藤をリーダーとするヴィラン新勢力の台頭。オールマイトの引退以降、日本のヒーロー数が減少し続けている現状。そして何より決め手となったのは、ついさっき全世界に発信されたビッグニュース。ヒーローを引退したオールマイトが政界に参入し、ヒーローや警察の指揮を執るというニュースだ。
このニュースは世界中を揺るがした。日本はそれだけなりふり構っていられない危機的状況であると世界中の人々が認識したのだ。
表舞台にオールマイトが再び立つということは、それだけヴィランに狙われやすくなるということ。スターアンドストライプは純粋にオールマイトが心配で日本行きを決めたのだ。
佐藤の登場は本来より彼女の来日を早める結果を招いていた。
◆ ◆ ◆
水色の肌をし口髭を生やした宇宙人のような見た目でスーツを着ている人が電話をしている。この人物の名はティモシー・アグパー。アメリカ軍の司令官である。電話の相手はアメリカ大統領。
『考えたな、アグパー司令。窮地にある日本をスターアンドストライプが助ければ、日本政府は我々に感謝し、今後の交渉が色々やりやすくなる。おそらく世界各国が日本へのヒーロー派遣を考えている今、先手を打てた』
「スターは我々の指示で日本に向かったわけではありません。スター自身の意思で、休暇を利用し恩師に会いに行った。それだけの話です。休暇の先でたまたまヴィランに遭遇し、たまたま事件を解決したとしても、それは国の思惑ではなく、スターの人間性によるものです」
『そうだな。そういうことにしないと、他国から突っ込まれる隙になるかもしれん』
今のところ日本は他国に救援を求めていない。なのにヒーローを派遣すれば、日本への内政干渉とみられる可能性がある。あくまで国ではなく個人が自身の意思で行ったというスタンスがこの場合重要なのだ。
『スターアンドストライプに伝えておいてくれ。もし事件に遭遇したら、日本のヒーローたちと協力し解決の手助けをしてやれと。その場合の全責任は私が持つ、とも』
「分かりました」
『あと、その場合日本のヒーローからなるべく多くの情報を手に入れることも忘れずにな。特にオール・フォー・ワンやヴィラン連合の情報を優先的に得るようにと』
「伝えます」
オール・フォー・ワンは日本だけでなく、世界的にも脅威であり、その稀有な『個性』の詳しい情報はほとんど出ていない。オール・フォー・ワンとヴィラン連合は日本を中心に活動しているため、日本が彼らに対しての情報を一番持っている。この機会を利用して情報を手に入れられれば一石二鳥とアメリカ大統領は考えた。
「スターから要請があった場合に備え、空軍に機体の整備をさせておきます。その時は内政干渉だとか言っていられない緊急事態でしょうから」
『うむ。頼んだぞ、アグパー司令』
そこで電話は切れた。
アグパー司令は時間を確認し、アラームをセット。現在スターアンドストライプは旅客機の中だから、電話は取れない。アラームが鳴る時間を日本到着の時間に設定しておけば、アラームを目安に今の話をスターアンドストライプに伝えられる。
「ちゃんと帰ってこい、スター」
アラームをセットした携帯画面を見ながら、アグパー司令は小さく呟いた。