ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第62話 愛

 佐藤がソファに座り、スマホでスターアンドストライプの動画を観ている。画質は粗く、遠くからスターアンドストライプを映していて、ヴィランを捕まえるまでの一連の流れが撮られている。おそらく素人が慌てて撮ったのだろう。画面揺れが激しいうえにピントも合ってない。

 そんな情報量の少ない動画を佐藤が選んだ理由はただ一つ。この動画の情報量が少ないからだ。何を言っているか分からないと思うが、情報量が少ないからこそアメリカ政府がスルーした数少ない真実が映っている。その真実の部分を佐藤は拾い出している。

 粗い画質の中、スターアンドストライプが手を伸ばしてヴィランの攻撃を何も無い空中で防ぎつつ、脅威的な身体能力で一気に接近して殴っていた。その後、ヴィランの拘束をしてから右拳を突き上げて周囲にアピールし、民衆からの拍手喝采の中、動画が終了した。

 

 ──ヴィランの『個性』っぽい電撃を何も無い空中で止めた。

 

 何度も何度も繰り返し動画を再生し、時には部分部分を拡大しながらスターアンドストライプを分析する。電撃が止まる瞬間、スターアンドストライプの顔をアップ。画質が悪すぎて確信は持てないが、口が開いているように見える。

 ルールを付与する『個性』なのだとしたら、電撃に止まるようルールを付与したのか、それとも自身に電撃が通らないようルールを付与したのか、伸ばした手が意味ある行動なのだとしたら、その手の先にある空気といった気体にすらルールを付与できるのか。手の延長線上にあるものにルールを付与するのか。口に出して言わなければルールを付与できないのか。別に思考だけでルールを付与できるのか。

 

 ──う〜ん、特定が難しいなぁ。

 

 やはりと言うべきか、この動画から得られる情報に決定的な情報は無い。まあ簡単に特定できるなら、もう既にスターアンドストライプの『個性』は世界中に知れ渡っている筈だ。

 

 ──やっぱり一回直に戦って情報収集する必要があるかな。その時はテレビ局の時みたいに『転送』できるよう事前準備して。

 

 佐藤は微かに高揚感を覚えていた。

 物資は有限で、味方に上位プロヒーロー並みの強さのヴィランはいない。そんな中、強敵をどう攻略していくか。それを考え、実際の行動へ移していく過程は面白い。

 スターアンドストライプの攻略について考えていると、佐藤のいる部屋の扉にノック音が響いた。

 

「入っていいよ」

 

 部屋の扉が開き、猿石が入ってくる。

 

「猿石君か。どうしたんだい?」

「あの……テレビ局を襲撃してから、今日で十日目です」

「そうだね」

「そうだねって、何もしなくていいんですか?」

「……あー、七日以内にヒーロー公安委員会のメンバーを総入れ替えしなければ、現ヒーロー公安委員を皆殺しにするってやつかな」

 

 佐藤はスターアンドストライプの動画から目を逸らさず、なんでもないようにそう言った。

 猿石はその反応に何かしら不穏なものを感じつつ、佐藤の機嫌を損ねないことを最優先に考えながら言葉を続ける。

 

「はい。一応いつでも動けるよう、スマホを渡したヴィランたちと連絡を取りましたけど」

「う〜ん……君たちだけでやっといてよ」

「……え?」

 

 猿石は予想外の言葉に驚き、動画から目を逸らさない佐藤を凝視する。

 佐藤は動画の一時停止をタップして、猿石の方に顔を向けた。

 

「やっぱりミッションは順番にやらなきゃ駄目だね。ミッションを飛ばして先に難しいミッションをやっちゃったから、それより簡単なミッションに魅力を感じなくなっちゃった」

 

 あの時はまさかこんなにも早く国会議員を皆殺しにできるチャンスが訪れるとは、予想もしていなかった。総理大臣が要求を拒否したことで大義名分が生まれてしまい、面白そうだからと国会議員皆殺しを先にやってみたのだ。そのせいで、佐藤の思い描いていた計画が狂った。

 猿石は不安そうな表情になる。

 

「えッ……、僕たちだけで? 絶対やらないと駄目なんですか?」

「別にやりたくないなら全員は殺さなくていいよ。けど、そうだなぁ……委員長くらいは殺しといて。何もしないのはそれはそれで私たちが本気で活動してないように思われるからね」

「本気で、ですか」

 

 猿石は佐藤の言葉に疑問を覚えた。

 そもそも猿石は佐藤の復讐に付き合っているという認識である。そのため、佐藤が乗り気でないことを積極的にやる必要性を感じない。モチベーションが上がらないのだ。それに、政府を壊滅させた現状、ヒーロー公安委員会を皆殺しにしたところで僅かな成果しか得られないだろう。

 そんな猿石の心情を、佐藤は見透かしている。

 

「無理にとは言わないよ。ヒーロー公安委員を今更皆殺しにしたところで誤差みたいなものだからね。得られる成果にリスクが釣り合ってないのは間違いない」

「それを聞いて安心しました。僕の命令とか絶対聞かないでしょうし……」

 

 確かに愛国者集団に集まったヴィランたちは佐藤や金に惹かれて集まったのであり、佐藤の命令しか聞かないだろうと猿石が考えるのも無理はない。

 だが、佐藤の考えは違う。彼らは猿石の命令を聞く筈だ。何故なら猿石は佐藤の側近のような立ち位置だから。猿石は自分を卑下し、自分に影響力は無いと考えているようだが、そんなことはない。むしろ佐藤を候補から除外すれば、愛国者集団内で一番影響力があるだろう。

 佐藤抜きで猿石が何かしらの作戦を成功できれば、猿石は今より自分に自信を持ち成長できる。佐藤はそう確信している。確信しつつも、他人の成長とかどうでもよく、自分が楽しむことしか興味のない佐藤にとって、育成などする気はない。育成する相手は自分の遊び相手になってくれる相手だけだ。残念ながら猿石は育成したところで遊び相手にはならない。

 

「私たちの前提は楽しくやることだからね。ただの作業でやるのは時間の無駄だよ。次の愉しいことに時間を使った方が有意義」

 

 その前提は佐藤さんだけですよね、と猿石は思ったが、口には出さなかった。それに、佐藤の言葉は的を射てるところがある。

 

 ──佐藤さんに相談してみようかな。

 

 今の悩み事を、佐藤ならズバッと解決してくれるかもしれない。

 

「あの……佐藤さん。一つ、相談してもいいですか?」

「いいよ。何?」

「愛ってどうすれば分かりますか?」

「えッ、愛? どういうこと?」

 

 猿石は初めて演技ではなく素で困惑している佐藤の表情を見ることとなった。それだけ猿石の質問は意表を突くものだった。

 猿石はもちろん真剣な質問のつもりだった。猿石は霧香のことを愛しているかどうか分からない。ただ欲望を発散させる相手として見ているだけなんじゃないか。それは相手に失礼じゃないのか。そういう堂々巡りな思考によって、猿石は悶々としていたのだ。

 何故その質問をするに至ったのか、その経緯を猿石の口から聞きつつ、佐藤は思った。心底どうでもいい、と。

 

 ──面倒だし適当にそれっぽいこと言えばいいや。

 

 佐藤は早く話を切り上げ自分のやりたいことをやろうと心に決めた。

 

「猿石君はその愛しているかどうか分からない相手と性行為はする?」

「え? それってどういう──」

「その相手と性行為して射精するのかって訊いてるんだよ」

「え、あ、そ、それは、その……しますぅ」

 

 佐藤の質問に、猿石は顔を赤くしながら俯きがちに力なく答えた。佐藤にとってそんな猿石の態度はどうでもよく、射精しているかどうかが重要であった。その事実があれば、猿石の望む回答を用意できる。

 佐藤は微笑を浮かべ、口を開く。

 

「だったら話は簡単だよ。射精したら性欲は満たされたことになるでしょ? ということは、そういう行為をした後もその相手と一緒にいたいと思えるなら、それが愛しているっていう根拠になるんじゃない?」

「な、なるほどお! さすが佐藤さんです! 勇気を出して相談して良かったです! 他の人だと絶対からかってきて相談にならなかったでしょうし……」

「うんうん、力になれたみたいで良かったよ。じゃあ、悪いけど一人にしてもらえる? 集中してやりたいことがあるから」

「はい、ありがとうございました。失礼します」

 

 猿石は佐藤に軽く頭を下げ、部屋から出ていった。

 

 ──愛、ねぇ……。

 

 中断していた動画の再生マークをタップしつつ、佐藤は猿石が何故そんなものを重要だと思っているのか理解できない。

 確かに佐藤にも気に入る相手ができることはある。だが、中心は常に自分だ。自分あっての他人。つまり他人とは、自分の人生(ゲーム)を愉しくするための仕掛け(ギミック)にすぎない。気に入るギミックはあれど、ゲームオーバーを選んでまでそのギミックを守ろうとは思わない。だが世の中には、どうでもいいギミックのために命を懸ける人間が大勢いる。

 

 ──ギミックといえば……あのギミックは上手く作動しているかな?

 

 テレビ局襲撃の時、あえて腕を残して身体情報をヒーロー側に渡した。そして、テレビに頻繁に映ることによって佐藤をこの世界に連れてきた少年は自分の助けた相手が悪事を働いていると気付く。あの少年に罪悪感と良心があれば、少しでも助けになろうと考え自分の持つ情報をヒーロー側に伝えるだろう。その二つの要素が噛み合えば佐藤は異世界の人間だと断定でき、佐藤のいた世界に助けを求める可能性が生まれる。

 

 ──永井君、キミもこっちに来なよ。この世界(ステージ)も新鮮でなかなか愉しいよ。

 

 そう思いつつ、永井という人間の内部にIBMを介して触れたことのある佐藤は軽く息をつく。

 

 ──でも、永井君の性格じゃ絶対来ないだろうけど。

 

 佐藤の知っている永井は目の前で助けを求めている相手がいるならともかく、損得勘定を抜きに悪と戦う人間じゃない。助けたところで何の得もないこの世界の人間のために異世界に来ないだろう。

 

 ──ま、どっちにしろ私は私の人生(ゲーム)を愉しもう。

 

 佐藤にとって、それ以外は興味が無い。過程を愉しみつつ、ハイスコアを狙うのだ。人間の命を点数にしたハイスコアを。

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