ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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愛国者集団ルートになりました。


愛国者集団ルート
第64話 捜索


 今、猿石の叔父が管理している廃工場、リベンジエッジの元アジトをヒーローと警察が取り囲んでいる。現時刻は午前四時だが、真っ暗闇ではない。街灯により多少は明るい。彼らは針間の拷問から得られた情報を元に、連携して佐藤たちのアジトを捜索、あわよくば佐藤か愛国者集団(パトリオッツ)のメンバーを捕らえようとしている。もちろん針間から得られた情報は全てのアジトの情報なので、ここ以外のアジトでもこの廃工場と似たような状況となっていた。だが、一番長く使っていたアジトということで、この廃工場はHUNTの部隊長であるホークスが指揮を執り、ヒーローにもクラストとギャングオルカ、そのサイドキックたちといった精鋭が多く配置されている。

 

『ホークス、いつでもいけるわ』

 

 インカムから聞こえたヒーロー公安委員長の声。それは作戦開始の決定権の譲渡。この瞬間、ホークスの合図一つでいつでも作戦を始められるようになった。以前ヒーロー公安委員長が言っていた拠点一斉爆破作戦、通称流星雨(メテオシャワー)を。

 

「もう一度作戦のおさらいをしましょう。まず爆弾を付けてない羽根をアジトに飛ばして偵察します。もしヴィランが中に大勢いる場合、即爆弾を付けた羽根を中に飛ばします。ヴィランが少数あるいは見つからない場合は俺の羽根を先行させつつギャングオルカさんのチームが突入。クラストさんや他のヒーローはヴィランがアジトから逃げられないよう、出入り口を封鎖。いいですか?」

 

『ああ』『オッケイだ!』

 

 ギャングオルカとクラストの返事がインカムから聞こえた。すでに全員各々の役割を果たせる位置で待機している。

 ここで疑問を感じる人がいるかもしれない。何故現段階で情報収集や偵察をしているのかと。普通に考えれば、それは作戦前に終わらせておくべきことであり、作戦中にやるものではない。ましてや状況によって作戦が変わるのならば尚更だ。

 もちろんヒーロー側はそのことを重々理解している。だが、彼らには下調べの時間すら惜しい理由があった。

 情報には食べ物と同じように鮮度がある。情報を手に入れても動かなければ、手に入れた情報は腐り、無駄になるどころか害になる。針間を拷問し、苦労して手に入れた数々の情報は絶対的なものではない。アジトや物資の保管場所を別の場所に移されるだけで、針間の情報は無価値なものになるのだ。佐藤側が針間の捕縛を知っているなら、尚更迅速に行動に移さなければならない。だから彼らはすぐさまこの情報を全国のヒーローと警察で共有し、一気に対処しようとしている。

 

「じゃあ羽根、飛ばします」

 

 ホークスはそう言いつつ、羽根を飛ばす。ホークスの周囲にはその羽根に取り付けられたカメラの映像を受信して出力する小型のモニターが置かれており、ホークスはそれを観ながら羽根を操作し、廃工場内を探索していく。

 

 ──ヴィランは……いないか。

 

 カメラ映像を観ながら、ホークスは注意深く羽根を進めていく。実際の廃工場内は明かりが点いておらず真っ暗闇だが、カメラの光補正によって暗視ゴーグルを装備しているように見えている。

 廃工場内は荒れていた。まるで慌てて夜逃げでもしたように、物は床や部屋に散乱し、ロッカーや机の引き出しが乱雑に開けられていた。唯一通路だけは物が落ちておらず、きれいだった。

 

 ──くそッ、一足遅かった。

 

 佐藤たちはすでにアジトを放棄していた。この様子だと、必要なものだけを慌てて詰め込んで逃げたのだろう。

 

「廃工場内に人影、見えません。よって爆弾による爆破は中止。中に入って愛国者集団の手がかりを探します」

 

 爆破が中止と聞いて、インカムからホッと息をつくような音が聞こえた。拠点を爆破するとヒーローたちに伝えた時、彼らは良い顔をしなかった。もちろん人道的な観点からだ。たとえヴィランであろうとも、一方的に爆撃して殺すのはどうかと考えている。爆撃による周辺被害もだ。もちろん周囲に被害が出ないようにする『個性』持ちのヒーローとの共同作戦で、爆発から周囲を守れる計算だが、万が一が有り得るかもしれない。

 

「もしかしたらどこかにヴィランが隠れているかもしれないので、出入り口の封鎖は継続してください」

『了解した!』

 

 クラストの力強い声がインカムに響いた。

 ギャングオルカら突入チームが手サインで連携を取りながら、廃工場の入り口から突入。

 

「佐藤は狡猾で危険な男です。この廃工場の様子だと、おそらく俺たちが来ることを予想していた。トラップが仕掛けられているかもしれません、殺人トラップが……」

『佐藤の残忍さは身を持って知っている。注意して進む』

 

 ギャングオルカは佐藤と戦い、そして右眼に銃弾を撃ち込まれるという重傷を負った。その傷は燃輪のヒールボトルによって完治したが、恐怖という心の傷が癒えたかは分からない。ギャングオルカはそんなヤワな男ではないと信じているが、死の恐怖を一瞬でも味わった人間が今まで通り戦えるかどうかは現場に出なければ分からないのだ。

 

「俺がフォローします、ギャングオルカさん」

『了解』

 

 羽根を出入り口付近に戻した。ギャングオルカを先導し、危険そうな所があれば伝える。それがホークスの役目。おおかた見て回ったから、危険箇所の見当はついている。

 ギャングオルカたちは暗視ゴーグルを付け、ゆっくり廃工場に足を踏み入れた。見たところ何も置かれていない通路を慎重な足取りで進んでいく。

 

「何かしらのセンサーが仕掛けられているかもしれん。足元を特に注意しろ」

「了解、シャチョー」

 

 ギャングオルカとサイドキックたちは何も無い通路すら薄氷の上を歩くように気を付けている。

 

『この先、右側に部屋があります。おそらく事務室で、室内は荒れています。トラップを仕掛けられる場所が多くあるので、注意してください』

「了解。ホークス、念のため周囲に爆撃の被害を防ぐための『個性』を展開しておいてくれ」

『ギャングオルカさん……』

 

 ホークスは不安そうな声をしていた。

 

「俺たちはまず被害を最小限に抑えることを考えなくてはならない。佐藤は爆弾のスペシャリストだ。放棄したアジトを爆破する仕掛けを残していても不思議ではない。俺たちはできる限りの努力をしているが、想定外は常に起こりうる。佐藤相手なら特に。廃工場周囲はホークスと俺たちでヴィランの有無を確認したが、絶対にいないとは言い切れん。隠れているヴィランが俺たちの突入を見計らって爆弾を起爆させる可能性も考えられる」

「シャチョー、あまり怖がらせないでくださいよ〜」

 

 ギャングオルカの言葉に、サイドキックたちが顔を青くする。

 

『ギャングオルカさん、了解です。この廃工場の周囲に《壁》を作っておきます。クラストさんもお願いします』

『私に任せろォ! 完璧な盾の壁を作っておくぞォ!』

「クラスト、まだ四時なのを忘れるな」

『あッ! これは失念していた! スマンゥゥゥ!』

 

 それをやめろと言っているんだがな、とギャングオルカは思ったが、口には出さなかった。言ったところでより大声になって返ってくるだけだ。

 ギャングオルカの現在での最大の懸念点はクラストの大声より、壁による廃工場の隔離によって壁の外から廃工場の状況が分からなくなった監視役のヴィランが爆弾かトラップを起動させるのではないかという点だ。

 

『壁作り、完了したぞォ!』

 

 クラストがインカムで雄叫びにも似た声量で報告した。優秀なヒーローが揃っているだけあって、それなりに大きいこの廃工場を数分足らずで隔離できた。

 ギャングオルカは完了報告と同時に廃工場が爆発しないか身構えたが、廃工場は相変わらずシンと静まり返り、爆発等の変化は感じない。

 

「シャチョー……」

 

 サイドキックたちが不安そうにギャングオルカを見る。

 

「アジトを捜索するぞ、慎重にな」

「了解!」

 

 ギャングオルカたちはゆっくりと右の部屋の扉を開け、足を踏み入れる。暗視ゴーグル越しに室内を見渡し、机の上に散らばる紙や二台あるパソコンに気付いた。パソコンに破壊された形跡は無い。つまり、パソコンを破壊して情報隠滅をすることを忘れるくらい慌てていたか、それともパソコンにトラップが仕掛けられているか。その二つの可能性が考えられる。

 

「迂闊に触るなよ」

 

 ギャングオルカはトラップの可能性が高いと判断。サイドキックたちにも注意するよう声を掛ける。佐藤は抜け目の無い男だ。情報隠滅を忘れて逃げるなんてヘマはしないだろう。

 

 ──いや、おかしい。

 

 ギャングオルカはここで違和感を覚えた。机に散らばる紙はどこかの建物の見取り図やこの付近の地図、何かのメンバーリストなど、目を引くものが多い。この分だとパソコンにもそれなりの情報が残っている可能性がある。しかし、トラップだと仮定するならば、これらの情報は意図的に佐藤が残していった情報だ。

 

 ──あの佐藤が、何かに触れればトラップが起動するなどという不確定なトラップを使うだろうか。

 

 これが籠城しているうえでのトラップであれば、不自然ではない。そういうトラップであれば敵だけをハメることができるからだ。だが、放棄したアジトである以上、味方への配慮は不要。もっと思い切ったトラップを仕掛けていてもいい。敵しか侵入してこないなら、例えば侵入した瞬間に起動するような……。

 そこまで考え、パソコンや机に視線を向けていたギャングオルカはハッと顔を上げた。素早く周囲を見渡し、サイドキックたちが触らないように紙を読んでいたりトラップが無いか確認しているところを視界に収める。

 

「この廃工場から退避する!」

「え? シャチョー、いきなりどうし──」

「早くしろ! 死ぬぞ!」

「りょ、了解!」

 

 いきなり大声を出したギャングオルカに困惑したサイドキックたちだが、続くギャングオルカの言葉に慌てて従った。

 

『ギャングオルカさん! 何か気付いたんですか!?』

「話は後だ!」

 

 インカムから聞こえたホークスの声に怒鳴りながら、ギャングオルカは真っすぐ出入り口目掛けて駆けた。その後ろをサイドキックたちが必死に追いかけている。

 ギャングオルカとサイドキックたちが転がるように廃工場の外に出た瞬間、周囲を覆っていた壁の一部が動き、壁の外に出る空間ができた。ギャングオルカたちの正面。クラストの盾の壁がスライド。

 ギャングオルカたちはその空間から外に飛び出し、全員が外に出たのを確認してから再び盾の壁がスライド。廃工場を繋いでいた空間が消える。

 ギャングオルカはその光景を肩越しに見ていた。ギャングオルカのサイドキックたちは肩で息をしながら、困惑の視線をギャングオルカに向けている。

 

『ギャングオルカさん、何に気付いたんですか!?』

 

 ホークスが改めてインカムで尋ねた。

 

「佐藤の元本拠地にも関わらず、あまりにもトラップが無さすぎる」

「いや、シャチョー、それは考えすぎなのでは? きっと慌てて本拠地を放棄したから、しっかりしたトラップを仕掛けられなかったんですよ」

「かもしれん。だが、佐藤の元本拠地という情報は、我々ヒーローと警察を誘き寄せる最高の餌。そんな極上の餌を使っておいて、逃げることで精いっぱいでトラップを仕掛けられなかったというのは、今までの佐藤を知っていたら有り得ない行動だ」

『……つまり?』

 

 ギャングオルカとサイドキックのやり取りはインカムも使っていた。だから、ホークスは自然と彼らの会話に合わせることができた。

 

「ちっぽけなトラップを多数用意するのではなく、廃工場そのものをトラップとする。俺たちが足を踏み入れた瞬間、そのトラップが起動した筈だ。各部屋にばら撒かれていた書類やパソコンといった物は侵入者を一秒でも長く、一人でも多くの侵入者を増やすための仕掛け。そう考えたら、俺の中で全てが噛み合った」

「まさかそんな──」

 

 サイドキックが口を開いた瞬間、とてつもない爆発音と地震にも似た振動がホークスとヒーローたちを襲った。囲っていた壁が爆発による衝撃で歪んだり吹き飛んだりしたが、そこは『個性』の壁であるため、上手くリカバリーして周囲に被害を出さなかった。

 壁は四方を囲んで上は何も防ぐものが無かったため、ホークスとヒーローたちは真っ暗闇の中、火と煙が壁を越えて立ち昇っていくところがハッキリと見える。

 

「消防隊の皆さんは出動してください! 俺たちは周辺の安全確保と交通規制に回ります!」

『了解!』

 

 ホークスの声に、了解という声が重なった。

 

 ──くそッ、まだ俺は読み切れないのか!?

 

 ホークスは指示を出しつつ、佐藤の狙いを今回も読み切れなかったことを歯噛みした。もしギャングオルカがあそこで退却の指示を出さなければ、あのまま爆発まで小さなトラップの数々に怯えながら廃工場の中にいただろう。佐藤への手掛かりが消えることを怖れ、できれば情報収集もしたいという気持ちが隙になっていた。分かっていた筈だ。佐藤はそういう心理を突くのが上手いと。にも関わらず、少しの希望を抱いてしまっていた。

 佐藤はおそらく、廃工場の出入り口のところに人間が入ってきたことが分かる荷重センサーのようなものを設置し、廃工場の壁の内部や地下といった見えない部分に爆弾を仕掛けていたのだ。そして、荷重センサーが反応したら時限装置が動き出し、数分後に爆発するようセットされていたのだろう。

 

『あまり自分を追い込むなよ、ホークス。今回は被害者ゼロで終われたんだ。俺たちは佐藤に対応できてきている。自信を持て』

「ありがとうございます、ギャングオルカさん」

 

 ギャングオルカにそう励まされつつも、ホークスの悔しさは消えなかった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 テレビからニュースが流れている。

 

※ 女性アナウンサーと男性アナウンサーのバストショット。二人の前のデスクには『坂田愛里沙』と『大口拓実』のネームプレート。下部にはテロップで『廃工場で爆発。奇跡的に死傷者ゼロ』と出ている。

 

『今朝のニュースです。午前四時過ぎ、東京都にある廃工場で爆発がありました。警察とヒーローの迅速な対応により、この爆発の被害者は出ていません。警察の発表によりますと、この廃工場は佐藤率いる愛国者集団のアジトだったようです。残念ながら佐藤や愛国者集団のメンバーは見つけられなかったようですが、今後も愛国者集団のアジトの特定と佐藤や愛国者集団のメンバーの捕縛に総力を上げて取り組んでいくようです』

 

「被害者ゼロ、だってよ、ボス」

 

 中年の男がソファに座りながら、同様にソファに座る佐藤の方を見た。この男は『転移門(ポータル)』の個性を持ち、最近正式に愛国者集団のメンバーになった。名は円来(えんらい)速人(そくと)という。黒髪を短髪にし、少し焼けた肌で痩せた体形をしている。

 

「ヒーローたちの勘もなかなか鋭くなってきたね。嬉しいことだよ」

「いやいや、残念がるとこだろ、そこは。あんなに苦労したのに、成果はゼロ。爆弾も無駄になっちまった」

「別にまた買うか用意すればいいよ。溜め込んでたってしょうがない。使う時は使わないと」

 

 佐藤は座って銃器の手入れをしていた。銃をバラしては手入れをして組み立て直すという作業をしている。

 

「けど、これで確定したよね。針間さんが捕まって情報を抜かれてるって」

 

 沙紀(さき)が右手の爪を見ながら、そう言った。

 

「もう針間君の持つ情報は古いから、あまり問題ではないけど」

「助けないんだよね? 針間さんを」

「捕まっているところが分かれば助けるよ。でも、今はどこに捕まっているか分からないし」

「そうだよね。うん、分かってる。言ってみただけ」

「沙紀君、私はできる限り仲間は助けたいと考えている。針間君の居場所が分かり次第、救出に動くよ」

「佐藤さん!」

 

 沙紀の顔がパッと明るくなる。そして機嫌が良くなったのか、鼻歌交じりに爪の手入れを始めた。

 

「これからどうすんだ? 政府に協力するかどうかはあっちの出方次第として、(ヴィラン)連合に協力するのか? それとも異能解放軍と合併か?」

 

 (さとし)が銃の手入れをしつつそう言った。佐藤に比べれば要領が悪いが、丁寧にやっている。

 

「いや、どこにも協力しないよ。我々はこの国からヴィランを殲滅するつもりなのに協力したら、薄っぺらくなってしまうじゃないか。我々の大義が」

 

 佐藤は真剣な表情でそう言い切った後、クスリと笑った。自分の心にもない言葉を嘲笑するように。

 怜は口元を歪める。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 アサルトライフルを組み立て終わった怜はアサルトライフルを構え、アイアンサイトを覗き込む。覗き込んだ先はテレビに映る敵連合の面々があった。現在、テレビは敵連合の面々への注意喚起をしている。

 

「怜君、人生の楽しみ方が分かってきたようじゃないか」

「佐藤さんのお陰でね」

「私は何もしてないよ」

「何かする時はいつでも言ってくれ。それまで俺は射撃訓練しとく」

「ああ、ありがとう」

 

 怜はアサルトライフルを抱えながら部屋から去っていく。

 

「あたしもご飯食べてこよっかな〜」

 

 沙紀は怜の後に続き、部屋からスキップしながら出ていった。

 部屋は佐藤と円来の二人きり。

 

「ガキの扱いが上手いな」

 

 円来が開きっぱなしの扉の方を見ながら呟いた。

 

「ボスらしいカリスマがある」

「そんなことないと思うけど」

「謙遜してるようにしか聞こえないぜ? ま、俺は金さえくれりゃいい」

「あ、そうだ」

 

 佐藤は何かを思い出したように部屋から出ていき、またすぐ戻ってきた。

 

「これ」

「こいつぁ……」

 

 円来は佐藤が手渡してきた物を見て、びっくりした。それは札束が大量に入ったバック。こんな光景を円来は現実で見たことが無かった。

 

「君がいたからあの時、楽に逃げられた。感謝してるよ。これは君がやってくれたことへのボーナス報酬だと考えてほしい」

 

 佐藤の言うあの時とは、もちろん国会議事周辺での出来事のことだ。

 円来はバックの中身を見つめたまま固まっている。彼はずっとこういう言わば逃がし屋のようなことをして稼いできた。それしか能が無いからだ。だが、円来の『個性』は身体能力が高いパートナーがいてこそ真価を発揮できるタイプであり、単体ではあまりにも移動距離が短い。だから依頼された相手から目的の場所付近の地図を貰い、短い距離でも効果的な移動ができるところを探すという下準備が必ず必要だ。それか、依頼主側に身体能力強化系の『個性』持ちを用意してもらうか。

 佐藤の傭兵になったのは金払いが良かったこともあるが、一番は雇う条件に『個性』の有無やどういう性質の『個性』が必要か指定が無かったことが大きい。これなら身体能力の高いパートナーと行動しなくてもいいと思ったから。

 円来は身体能力の高いパートナーと組んで仕事をした場合、報酬の話でよく揉めた。『俺らがパートナーを用意したお陰だろ』『俺がいたから仕事が上手くいったんだろ』と、依頼主やパートナーとして選んだ相手が言い出し、報酬を減らされたり、取り分を多く持ってかれたりした。いつも評価されるのは円来ではなく、円来の『個性』を活かした誰かだった。

 そんな自分を、こんなにも佐藤は評価してくれる。その驚きと喜びの感情により、円来は金の入ったバックを持ったまま固まってしまった。

 

「次も頼むよ」

 

 佐藤は円来の右肩をポンポンと軽く右手で叩きながら、笑みを浮かべた。円来の中に生まれる満足感と心地良さ。この男のためなら共に命を張ってもいいと思えるような連帯感。絆ともいうべきものが確かに生まれたという確信。

 だが、円来はそこまで思った瞬間、佐藤という存在にとてつもない恐怖を感じた。顔からサッと血の気が引く。

 

「……あ、ああ。任せろ」

 

 バックを両手で抱えたまま、円来は佐藤から逃げるように部屋から飛び出した。佐藤はそんな円来の後ろ姿にひらひらと手を振っている。

 

 

 円来は通路を歩きながら、佐藤のことを考えている。

 

 ──俺は警戒心が強い筈だろ。なんであんな簡単に佐藤を信じようとしたんだ。

 

 円来の今までの人生は苦難の連続だった。それらの経験が、円来という人間を疑り深く人を信じない性格へと変化させた。相手の言うことは頭から信じない。相手の真意は何か、注意深く探り出す。にも関わらず、佐藤のことは全面的に信じそうになった。

 

 ──若い奴らが佐藤を崇拝して当然だぜ。佐藤と対等に渡り合うには、人生経験が足りなすぎる。

 

 円来は今、佐藤という人間の一番恐ろしいところを体感した。佐藤の一番恐ろしいところは不死身であることでも、戦闘能力の高さでもない。ふとした拍子に相手の心に入り込み、一瞬で間合いを詰めてくるところだ。ついさっきまで他人だったのが、ほんの数秒で何年も付き合っている友人のような距離感になる。だから、円来は恐怖したのだ。このまま自分が佐藤に取り込まれてしまうと錯覚したから。

 

 ──あんなことを自然にできるのはめちゃくちゃ良い人か、それともネジが外れた大悪党かのどちらか。

 

 そして、佐藤が良い人なわけがない。つまり佐藤はネジの外れた大悪党ということになる。

 

 ──早めに佐藤から離れた方がいいかもな。

 

 佐藤が自分の理解に及ばない相手だと直感で理解してしまったからこそ、離れたいと感じた。佐藤と長く関われば関わるだけ、自分という存在が壊されていくんじゃないか。そんな不安と恐怖が芽生えてしまったから。

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