ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第67話 選択

 永井は川辺に上がって水中装備を脱いでいる。脱いでいる間、永井はずっと不機嫌そうだった。

 永井は川辺に引いてある一本の線を一瞥し、次に周囲を見渡す。写真を撮った光景そのままの中に、いつもの面々が立っていた。

 中野が永井の方に近寄る。

 

「永井、どうなった?」

「相手が嘘を言ってないなら、次はこの場所にポータルが出る」

 

 永井は川辺に引かれた一本の線を指さした。

 

「そもそもなんでポータルを繋げてたんだ?」

「理由は言ってないけど、想像はつく。佐藤が起こした問題を解決できないんだろう。だから、佐藤と同じ世界にいる僕たちに佐藤の情報か協力を求めに来たんだ。分からなくもない。佐藤が別の世界に行ったからといって暴れないわけないんだから」

「どうする?」

 

 永井は深呼吸した後、スマホを取り出した。

 

「次のポータルまでやれることはやっておく」

 

 永井は表面上落ち着いたように見せつつ、心中は怒りが荒れ狂っている。

 やっとのことで追い詰めた佐藤。まだ佐藤が奥の手を使って逃げていたなら、自分たちが一歩及ばなかったと悔しいが納得できる。それがなんだ? 溺れているように見えたから咄嗟に助けた?

 

 ──ふざけんじゃねえよ。

 

 永井の脳裏に、佐藤を助けたという少年の顔が浮かぶ。怯えたような、申し訳無さそうな、そんな顔をしていた。

 

 ──ふざけんな。

 

 永井は下唇を噛み締めた。

 

 

 

     ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 ホークスたちはヒーロー公安委員長に連絡し、佐藤の世界の人間との接触が成功したことを伝えた。

 ヒーロー公安委員長はそのことだけで喜びはしなかった。今すぐ訓練室に行くと言うと、電話は切れた。

 それから数分後、ヒーロー公安委員長が訓練室に姿を現した。

 

「協力できそうな相手だった?」

「話の分かる相手でした。協力してもらえるかどうかは俺たち次第だと思います」

「友好的にね。最低でも佐藤に関する情報は引き出さないと」

「はい」

 

 ホークスもヒーロー公安委員長と同じ意見だ。

 こっちの世界に来てもらって一緒に戦ってもらえたら最高だが、相手の気持ちを考えれば好き好んで異世界に行くことを選ぶのは少数になるのも理解できる。それも戦うことが前提となれば、なおさら厳しい。だからこそ、まずは佐藤に関する情報を手に入れられるよう交渉していかなければならない。

 ホークスは右手に持つ異世界のスマホを見る。このスマホがホークスの手にある理由は、とりあえず充電切れになる前に川辺の画像を自分のスマホで撮影するためだった。

 ヒーロー公安委員長がホークスの視線に釣られ、ホークスの手に視線を向ける。

 

「向こうの電子端末? 微妙に形も違うわね」

「充電器も()せませんでした」

「同じ日本でも、世界が違えばやっぱり規格も変わるのね」

「充電は充分あるし、目的の画像はもう画面ごと撮ったんで問題は無いっすけど……」

「けど?」

「そのスマホに入っているのは基本的な機能と画像データ。それだけです。向こうの世界の情報らしい情報は全くありません。おそらく意図的に情報を消してます」

「そう……」

 

 ヒーロー公安委員長の表情が曇った。

 ヒーロー公安委員長の考えていることは分かる。わざわざ情報を消すということは、それだけこちらを信用していないということだ。向こうからのこちらに対する好感度はおそらくマイナス。まあ佐藤という巨悪を偶然とはいえ助けたのなら、そういう風に思う気持ちも理解できる。理解できるが、こちらとしては都合が悪い。ただそれだけの話だ。

 

「向こうの世界と交渉時、私も同席します」

「了解っす」

 

 ホークスは頷いた。そっちの方が自分も気が楽だ。

 それから簡単な打ち合わせをした後、開世に『個性』を使用するよう頼んだ。もちろん画像の川辺の方に『門』を出すため、画像の川辺をイメージしてもらう。

 開世は硬い表情のまま、小さく頷く。両腕を前に突き出し、黒点が生まれ、その黒点からドリルのような渦が発生。渦が大きくなっていくと同時に繋がった向こう側の世界が見えてくる。いつもの水中じゃない。画像と同じ、赤いコーンが一際目立つ川辺。

 違うのは、そこに水中に来た少年や完全武装している人間、それ以外にもちらほら人がいるところだ。

 

「スマホを返してもらってもいいですか?」

「あ、ああ」

 

 ホークスは戸惑いつつ、黒髪の少年にスマホを返す。ホークスはスマホを返してほしいなんて言われるとは想像もしていなかった。貸してもらったスマホにほとんど価値が無いのはよく分かっている。というより、使い捨ての感覚で向こうは渡したと考えていた。

 

 ──何か意味があるのか?

 

 それとも、単純に貸したと言ったから返してと言っただけなのか。

 少年はスマホを受け取ると、スマホの画面をチラッと確認した。

 その後、少年は『門』越しにこちらを見る。そして、ノックでもする感じでトントンと門を軽く叩く。

 

「光もそうですけど、音も抜けられるんですね。質量のある物だけはこの両腕を通さないと抜けられない感じなんですか?」

「は、はい」

 

 開世が声を震わせながらも答えた。緊張は未だに(ほぐ)れていない。いきなり注射器を腕に撃ち込まれたことがトラウマになっているようだ。

 

「僕たちに何をしてほしいんです?」

「佐藤をよく知るあなた方に協力していただきたいんです。佐藤の情報や、欲を言ってしまえば佐藤を追い詰めた戦術を実行したあなた達に、共に戦ってもらいたいです。もちろん佐藤を確保できたら、絶対に元の世界に帰します」

 

 ホークスは無理を承知でこちらにとってのベストと妥協点を伝えた。ワンチャン共闘できるかもしれないし、あえて共闘というハードルの高い要求を情報提供と同時に伝えることで、情報提供の方が圧倒的にマシだと感じさせることができればいい。

 こちらの要望を聞いても、少年の表情は全く変化しなかった。

 

「この『門』はどれくらい()つんですか?」

「二十五分から三十分の間くらいだと思います」

「インターバルは?」

「十分、十五分休憩すればまた『門』を繋げられます」

 

 少年は顎に右手を当てて頷いた。

 

「なるほど。なら、時間に余裕はありそうだな。そちらの世界で佐藤が何をしたか、聞かせてもらっても?」

「もちろん大丈夫です」

 

 そして、ホークスは佐藤のやったことについて話した。テレビ局の占拠から始まり、日本政府に交渉という名の宣戦布告をし、旅客機のハイジャックから国会議事堂への突撃、そこからの国会議員大量虐殺。ホークスの知っていることをできる限り簡潔かつ客観的に伝えた。

 話しながら、ホークスは向こうの世界の人間たちに対し、いや、正確には『門』のすぐ前に立つ黒髪の少年に対して興味を抱いた。明らかに年下なのに、向こうの世界の人間はこの少年に従っているように見える。例えるなら隊長と隊員のような感じだ。

 

 ──この少年、それだけのものを持っているってことか。それか相応の修羅場を潜ってきているか。

 

 普通に考えれば、圧倒的な天才か、修羅場を何度も乗り越えたという実績が無ければ、年下に従ったり意見を求めたりはしない。

 話し終えた時、向こうの人間たちは全くリアクションをしなかった。ずっと平凡な話を聞いているように、冷静でどことなく少し呆れていた。目の前にいる少年は特に呆れているようだった。話を聞き終えた後、「あの人はどの世界でも変わらないなぁ……」と呟いていた。

 

「分かりました。佐藤の情報を渡します。ただ一つ、条件があります」

「その条件は?」

「佐藤の処分はそちらでお願いします。こっちの世界に佐藤を返そうとしないこと。これが条件です」

 

 なるほど、とホークスは思った。

 佐藤を自分たちが裁きたいという気持ちは、向こう側の世界の人間には無いのだ。大々的に裁けば見せしめや被害にあった人たちの溜飲を下げる効果があるが、それ以上に佐藤ともう関わりたくないという強い意思を感じる。

 ホークスはチラリと斜め後ろに立つヒーロー公安委員長を肩越しに見た。ヒーロー公安委員長はホークスと視線を合わせ、微かに頷く。

 ホークスはヒーロー公安委員長から無言の許可を得ると、正面に向き直る。

 

「分かりました」

「なら、佐藤に関して情報をまとめますので、また一時間後、同じ場所に『門』を繋いでください。その時間までに紙にまとめておきます」

「ありがとうございます。本当に助かります」

 

 ホークスは素直に礼を言った。

 開世が両腕を『門』から引き抜き、『門』が消失。いつもの訓練室の光景に戻った。

 ホークスはヒーロー公安委員長の方に視線を向ける。

 

「一歩前進、っすね」

「情報を受け取ってすぐ共有と行動に移すため、上位プロヒーローや信用できるプロヒーローへすぐ連絡できるよう、準備しておきましょう」

「了解」

 

 ホークスは『門』を繋げるまでの間、上位プロヒーローや信用できるプロヒーローへ緊急招集の連絡をした。

 

 

 

     ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 永井は『門』が閉じた後、振り返って後ろの面々を見る。

 

「さっき向こうに渡したスマホを確認した時、時間の経過がこっちのスマホと同じだった。つまり、こっちの一時間は向こうも一時間。それだけの時間があれば、連中をこっちに来させないようにできる」

「待てよ、永井」

 

 中野が永井に声を掛けるが、永井は無視して話の先を続ける。永井は視線を川辺の引かれた線に向けた。

 

「ポータルが出てきた位置は写真を撮ったこの線上だった。これであいつらが真実を話していた確証が取れた。だから、まずこの赤コーンを倒せば、連中の覚えた画像の光景は消える。そして、あの川のポータルから出ていた渦の向きと両腕の出てきた方向から、どの光景をイメージして繋げていたか特定できる。そこに自転車でも沈めておけば、もう二度とこの世界にポータルは繋げられなくなる」

「永井、お前そこまで考えて……」

 

 中野は驚愕で目を見開いている。他の面々も大小の違いはあれど驚いていた。永井はそこまで細かく説明をしていなかったのだ。

 

「川を埋め立てなくていいことが分かったのは良かったな。最小限の行動と物で連中のポータルを潰せるぞ」

「永井!」

 

 中野がショックから立ち直り、永井に詰め寄る。

 そこでようやく永井は口を閉じて中野と視線を合わせた。

 

「なんだよ」

「お前、向こうの人と協力するって言ってただろ! これでポータルは繋げないとか何言ってんだ!」

「はあ!? 佐藤のこと勝手に助けておいて、手に負えなくなったらこっちに泣きついてくるってふざけてんだろ! 僕らが協力する理由は無いね!」

「……お前、本気で言ってんのか?」

 

 中野の目が据わる。明らかに怒っていた。

 それでも、永井は怖気づいたりしない。

 

「ああ」

「ならお前は、目の前で知らない人が溺れていても助けないんだな?」

「ッ! 助けるに決まってるだろ! バカか!」

「……答え出てんじゃん」

 

 中野は笑みを浮かべた。逆に永井は悔し気に拳を握りしめていた。

 そう。永井があの少年の立ち場だったとして、溺れている見知らぬ人を助けないかと言ったら、それは違うと断言できる。

 永井は舌打ちする。だから気分が悪いのだ。完全な善意による行動だから。

 

「……分かった。佐藤の情報は準備しておく。でも、それで終わりだ。情報を渡したら、ポータルを繋げないようにする」

「俺が向こうの人たちに協力しに行くよ」

「……は?」

 

 永井は呆気に取られながら、中野の顔を見た。中野の顔は冗談を言っているようには見えない。

 

「こっちに戻って来られなくなるぞ」

「……決めてんだよ、俺は。助けを求めてきたら必ず助けに行くって決めてんだ。こんな俺でも何かの助けになれるなら……。それに、さ。俺別に親とかいねえし。こっちとか向こうとか、俺にとっちゃあんま関係ねえんだ」

 

 中野はこの世界に自分の居場所が無いと考えている。だから世界の拘りも無い。

 永井は違う。永井はこの世界で医者になり、治したい病気がある。

 

「勝手にしろ!」

 

 永井はそう吐き捨てると、佐藤の情報を紙にまとめる作業に入った。

 

 

 そして約束の時間になった時、渦とともにポータルが川辺に出現した。

 永井はすでに準備が終わっていた。中野が永井の隣に立っている。ポータルの前に。

 中野は隣にいる永井に顔を向ける。

 

「じゃあな、永井。絶対良い医者になれよ」

「……」

 

 永井は何も言わず、中野の顔も見なかった。ただ僅かに顔を俯けたまま。

 中野は永井の返事を最初から期待しておらず、ポータルの先にいるホークスたちに視線を合わせる。

 

「俺がそっちの世界に行って佐藤確保に協力します」

「……え?」

 

 ホークスが意外そうな声を出した。思ってもない展開がきた、といった感じだ。

 永井は俯いたまま、思考が巡る。

 

 ──中野、コイツはバカだ。

 

 頭が悪い体力バカで、IBМも出せない。ただIBМが見えるだけで、佐藤に対して有効な戦術も思い浮かばない。佐藤と出会ったら即負けるだろう。

 万が一佐藤を確保できたとしても、こっちの世界に戻るためにはポータルを繋げる少年の協力が不可欠。つまり、向こうの都合に合わせなければこっちには戻ってこれない。最悪の場合、用済みになるまで酷使される筈だ。

 向こうの世界に関しても、まだまだ情報が足りない。亜人は特別な人間だ。ここにいる向こう側の人間は悪い人間には見えないが、政府の人間の中にはこっちの人間のように亜人を人体実験のサンプルとして使おうとするかもしれない。中野はお人好しだから、味方だと思っていた相手から不意打ちされたら簡単に捕らえられるだろう。

 

 ──人体実験……。

 

 永井は自分が人体実験されていた時を思い出す。麻酔無しで歯を抜かれ、指を切られ、ありとあらゆる痛みを与えられた日々を。あの痛みを、中野が味わうのか。

 中野がポータルから出ている両腕の内、左手を握ろうとする。

 永井は携帯していた麻酔銃を素早く取り出し、横から中野の首目掛けて麻酔銃を撃った。

 

「なが──ッ」

 

 射出された注射器が中野の首に刺さり、中野は目を見開いて永井を睨むと、意識を失ってその場に倒れた。

 

「な、なに!?」

 

 衝撃の光景を見て、困惑している向こう側の人間たち。

 永井は手に持つ紙束をポータルから突き出している右手に握らせると、麻酔銃を装填し、突き出している左腕に狙いを付ける。

 永井が何をしようとしているか察したホークスは慌てて開世を引っ張り、無理やり『門』から開世の両腕を抜く。麻酔銃を撃たれて意識を失い、右手に持たされた紙束を向こう側の世界に落として『門』が閉じるのを防ぐためだ。

 

「これが僕たちの最善だ」

 

 『門』が閉じる寸前、無表情の永井がホークスたちを見据えていた。『門』が閉じた後、開世の右手には紙束が握られている。それが佐藤のいた世界と接触して得た成果だった。

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