ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第68話 最後のピース

 今、ヒーロー公安委員会のあるビルの第三会議室に、上位プロヒーローとヒーロー公安委員長が集まっていた。上位プロヒーローはエンデヴァー、リューキュウ、クラスト、ヨロイムシャ、イレイザーヘッド、ミルコ、ギャングオルカの七人。もちろんHUNTのメンバーも。

 佐藤のいた世界の人間から渡された資料は全てスキャンし、人数分コピーして全員に配られた。

 その資料の情報量はホークスの予想の遥か上をいく多さで、その資料を読んでいる間、誰一人一言も口を開かなかった。読み終わった後、大量の情報を頭に叩き込まれた疲労感と興奮で全員ため息が漏れた。

 

 ──まさかこれだけの情報を得られるなんて……。

 

 ホークスは予想外の情報の量に圧倒されていた。質に関しては実際に確かめていないから正しいかどうか判断はできないが、これまでこちらが得てきた情報との矛盾は今のところ無いため、かなり信憑性が高い。しかも、それだけではない。佐藤に有効な戦術や対策といった情報から一歩進んだ部分まで、きっちりと書かれている。

 戦術や対策の内容を読んだ後、ホークスはこの資料を作成したであろうあの黒髪の少年がこちらに来なくて本当に良かったと思った。戦術と対策内容で冷酷とさえ感じる部分がいくつもあった。確かに効果的だが、人命といったものが軽視されている印象がある。彼らが佐藤と同じく不死身だと考えれば、人命を犠牲にする前提の戦術になるのも仕方ないかもしれないが。

 

「Invisible Black Matter……通称IBM。透明な未知の物質で作られた、亜人と呼ばれる人間にしか見えない人型の物体。どうりで、俺たちには見えなかったわけだ」

 

 ホークスの呟きに、資料を読むことに没頭していた全員が顔を上げ、ホークスに注目する。

 

「亜人はテレパシーのようなものでその物体を操作できる。ただし、雨の日や水中だとそのテレパシーが届きにくくなり、操作しづらくなるとあるわね」

 

 リューキュウが資料にチラチラと視線を移しつつ、そう言った。

 

「佐藤のは自走すると注意書きがあるがな」

「それでも、佐藤からの指示があるのとないとじゃ連携の質が変わってくるでしょうし、操作させないようにすることに意味はありますよ」

 

 エンデヴァーが口を挟み、ホークスがその言葉に反応した。

 

「フン」

 

 エンデヴァーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、資料に再び視線を落とす。

 エンデヴァーが不機嫌な理由。ホークスには察しがついている。この資料に書かれている、佐藤に勝つうえで一番大切なもの。感情と倫理観に惑わされず、目的を達成する一手を打ち続ける決断力。つまり、場合によっては人命救助より佐藤確保を優先しろということ。むしろ人命を囮として、佐藤を罠に誘い込む戦術すら、この資料には書かれている。ヒーローである者にとって、見捨てることと守るべき弱者を利用することは受け入れ難い選択肢。佐藤に勝つためにはヒーローを辞めろと遠回しに言われているように、ここにいる皆は感じているだろう。

 ヒーローを辞め、HUNTの隊長であるホークスですら、その部分には不快感と拒否感が生まれている。

 確かにホークスは、今のヒーローの在り方では凶悪なヴィランから人々を守ることはできないと考え、HUNTの隊長を引き受けた。だが、それはヒーローがヴィラン相手にも不殺を貫かなければならないというルールがあり、捕縛しか選択肢が無い今のヒーロー事情に限界を感じていたからだ。HUNTの目的もヒーローと同じく、弱者救済にある。ただヴィランに対して人道的対処をしないという部分が相違点としてあるだけ。そういう意味からすれば、人命の価値を数で判断し、大を救うために小を犠牲にするという選択ができないHUNTを、この資料を作った者は甘いと切り捨てるだろう。

 

 ──だが、その心を捨ててしまったら、俺たちは俺たちでなくなる。

 

 俺たちは決して弱者を見捨てないし、ヴィランに勝つための(コマ)にもしない。そこがブレてしまえば、俺たちもヴィランのように、命の重さと大切さを見失ってしまう。

 IBMと呼ばれる能力はそれ以外も詳細に書かれていた。それも佐藤に特化して。というのも、IBMは個人差があり、『亜人』の中でも持続時間、一日に出せる回数、IBMの形状、IBMの特徴が違うらしい。だが、感覚器官は頭部に集中しており、頭部の結合を阻害、あるいは頭部を構成し合う物質を結合不可の距離まで離す──つまりは粉々に破壊する──ことでIBMが消失するところは共通している。

 佐藤はこのIBMをおそらく三回まで出せて、持続時間は五分から十分。特徴は鋭い爪。佐藤の戦闘技術を持っていて、銃火器や道具を使う器用さがある。それに加え、共通の部分の脳のリミッターを外した身体能力、視野共有も厄介。

 

 ──肉体強化版佐藤の見えない分身といった感じか。

 

 それを踏まえたうえでこれまでの佐藤の戦闘を振り返ると、確かにIBMは積極的に戦闘で使われてはいなかった。だから、国会議事堂襲撃までその能力の確信に時間がかかった。

 

「なんにせよ、これで作戦は立てやすくなった」

 

 イレイザーヘッドが資料から目を離さず、口を開いた。

 

「ええ。ようやくこちらから仕掛けられるようになります」

「仕掛けるって……ホークス、佐藤のアジトの場所が分かったのか!?」

「いえ、ミルコさん。前のアジトなら佐藤の部下から情報を得ましたが、どれも無駄足。逆にトラップが仕掛けられてました」

「佐藤の動きは迅速でしかも攻撃的。どのトラップも危険極まりないものだった。簡単にアドバンテージを取れる相手ではない」

 

 ギャングオルカがアジト突入の時を思い出しながら言った。

 

「確かにその通りですが、愛国者集団(パトリオッツ)は今やヴィランたちの憧れの一つ。急速に膨れ上がっていく組織には綻びが必ず生まれます。そこを俺の羽根で突いてみせます」

 

 人が多く動くということは、それだけ統制が難しくなるということ。情報だって漏れやすくなる。組織の肥大化はこちらにとってマイナスなことばかりではない。プラスな面も確かに存在する。

 

 ──佐藤に勝つために必要なピースは全て揃った。あとはどれだけ効果的にそれらのピースを使えるか。

 

 ずっと後手に回されてきた。それがようやく攻勢に出れる。

 そう考えただけで、ホークスのテンションは上がってきた。

 

 ──あとは戦力の補強だな。

 

 ヴィランとの戦闘の激化。ヒーローを倒すのではなく、殺してくるヴィランの増加。ヒーローの消耗率は過去一といっていいだろう。ヒーローの補充は急務。なら、どこからそのヒーローを引っ張ってくるか。決まっている。ヒーローとして育てているところからだ。

 

「一つ、ここで俺から提案があります。『ヒーロー活動許可仮免許証』を持つ人間を作戦行動の戦力として加えたいのですが。もちろん本人の意志優先です」

 

 会議室内がホークスの言葉で一気にざわつく。

 

「子どもを現場に立たせると?」

「俺たちが最前線に立つためです」

 

 エンデヴァーの言葉に、ホークスが即答した。

 

「避難誘導や人命救助、周辺の安全確保等、やらなければならないことが多すぎる。要は役割分担です。危険度の低い仕事を仮免を持つ人材に任せ、俺たちプロヒーローは一気に愛国者集団やヴィラン連合といったヴィラン組織を叩く」

「でも、危険度が比較的に低いというだけで、命の危険は──」

「だからこその本人意志です、リューキュウさん。ヒーローに必要なのは覚悟。年齢じゃありません。覚悟があれば子どもでもヒーローです。そこを否定するのはその覚悟を踏みにじる行為だと、俺は思います。

俺はヴィランから人々を守りたい。そのためなら、子どもであっても覚悟があれば現場に立たせます。

皆さんはどうです? このままヒーローが消耗させられ続け、どうしようもなくなったところで子どもたちを頼るか、今の時点で子どもたちと協力し、消耗する前にヴィラン組織を叩き潰すか。正直、プロヒーローを失いすぎました。子どもだからと戦力の出し惜しみをするのは、勝機を失うと俺は考えます」

 

 ホークスの目。未来(さき)を見据える力強い光を放つ目。ホークスは覚悟がある。子どもを現場に立たせたと後ろ指をさされる覚悟。世間からの批判を受け入れる覚悟。どんな手を使っても人々を守りたいという覚悟。

 ホークスの覚悟を感じ、この場にいる面々の表情も覚悟を決めた表情になる。

 そこで会議室の扉が開き、若い女性が慌てた様子で入ってくる。その女性にホークスは見覚えがあった。羽根に付いていたカメラの映像を見て指示を出すオペレーターの一人。

 女性はヒーロー公安委員長に何やら耳打ちすると、すぐに扉まで引き返し、一礼して退室した。

 いきなりのことにしんと静まった室内。誰もがヒーロー公安委員長の顔を凝視している。

 ヒーロー公安委員長は目を見開いている。耳打ちされた内容を必死に脳内で処理しているようだ。数秒後、処理し終わったのか、深いため息をついた。全員の視線が自分に集まっていることを自覚したヒーロー公安委員長は、疲れているように見える表情を引き締める。

 

「たった今、現国会議員全員が愛国者集団と交渉していることが判明した」

 

 そのヒーロー公安委員長の言葉は、ホークスの心を沈ませるのに十分な破壊力を持っていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 オールマイトを除いた国会議員全員がある一室に集められていた。国会議員たちは花畑を除き、お互いに忙しなく視線を動かし、何故呼び出されたか理由を知っているか探り合っている。彼らは会話もしたが、もともと後ろめたいことがある者同士、心当たりはいくらでも出てきて特定できない。

 何か自分たちに都合が悪いことが起きるんじゃないか。空調の効いた部屋の中、彼らにじんわりと冷や汗が浮かんできた頃、扉が開いた。

 ヒーロー公安委員長とオールマイトが扉から入り、その後静かにオールマイトが扉を閉めた。

 国会議員たちは二人の表情から、決して良い話ではないと察する。少なくとも彼らにとっては。

 ヒーロー公安委員長とオールマイトは彼らの対面の椅子に座る。今はテーブルを挟んで向かい合わせの状態。

 

「何故こうして緊急で集まっていただいたか、皆さんには心当たりがあると思っておりますが、どうです?」

 

 ヒーロー公安委員長の真っ直ぐな視線に、花畑以外の国会議員は視線を逸らした。その中の一人が大きく咳払いする。

 

「ゴホン! 我々は忙しい中、予定をキャンセルしてまで集まったのだ。その身に危険が迫っているなどという言葉で我々を脅しておいて、余計な話をするのなら今すぐ帰らせてもらう!」

「では、本題に入らせていただきます」

 

 ヒーロー公安委員長は表情一つ変えず、話を進める。

 小心者の特徴である、自分が優位に立っていなくては気が済まない性格。圧をかけることで相手を抑えつけ、自分のペースにしようとする傲慢さ。最低限の話だけで終わらせようと、ヒーロー公安委員長は心に決めた。

 

「あなた方の部下の一人が、ある情報を私たちヒーロー公安委員会に伝えてきました。あなた方が愛国者集団と交渉しているという情報です」

「なんだと!?」

 

 花畑を除いた国会議員たちが一斉に立ち上がった。

 

「どうやら正義感のある方が残っていたようですね。あなた方の味方に。

ヴィランと政府が取引しているなどという情報が外に漏れたら国民がどう思うか、分からないわけではないでしょう? 国民の信頼を裏切る行為です」

「ちょっと待ってくれ! 我々は現在の日本の状況とヒーロー事情を考えたうえで合理的な判断を──」

「それ以上、喋らないでください」

 

 うろたえてべらべらと話し始めた国会議員の言葉を遮り、花畑が口を挟む。

 ヒーロー公安委員長は花畑をジッと睨んだ。

 この議員だけは他の議員と違う。心求党党首。心求党はどちらかというと変革志向であり、特に『個性』についてよく触れている。

 

「とりあえず皆さん座ってください」

 

 花畑の言葉で国会議員たちはハッとした表情をして、花畑の方を見た。花畑は静かに頷く。

 落ち着きを取り戻した彼らは再び椅子に座った。

 

「ヒーロー公安委員長、その手は食いませんよ。そうやって我々の心を揺さぶり、交渉内容を引き出そうとしたんでしょう? 交渉時は細心の注意を払いましたから、交渉したという事実は分かっても内容までは分からなかった筈」

「あの交渉を知らないのか」

 

 明らかに彼らはホッとした表情になった。当たり前である。交渉とはいうが、あの交渉では佐藤が終始ペースを握っていた。佐藤に踊らされた国会議員たちという目で見られるという不安から、あの時の交渉内容は国民とヒーローの状況を考えたうえでのことだったと弁明しようとしたのだ。だが、交渉したという事実だけが漏れたというのなら、まだ持ち直せる。少なくとも彼らはそう考えた。故に余裕を取り戻した。

 

「考えたくはありませんでしたが、ヴィランと交渉したというのは本当だったのですね」

 

 オールマイトは悲し気な表情になる。

 

「とても残念です。ヒーローを、私たちを、信じてもらいたかった」

 

 オールマイトはそう言い終えると立ち上がり、部屋から出ていった。

 ヒーロー公安委員長はその後ろ姿を見送ると、国会議員たちを見据える。

 

「確かに、交渉内容までは掴んでおりません。ですが、通信コードは掴んでおります。つまり、我々も秘密裏に愛国者集団とコンタクトが取れるということ。それが何を意味するか、お分かりですよね?」

 

 国会議員たちの顔から血の気が引いていく。

 佐藤の性格は思い知らされた。面白そうなら平気で人を破滅に導く。国会議員の名誉を守る道理など存在しない。交渉内容のデータをヒーロー公安委員会に渡すことは十分に考えられる。

 もちろんヒーロー公安委員長は交渉内容のデータの要求など考えていないが、保身が第一の彼らの思考回路はそう判断してしまう。

 

「話は以上です。お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」

 

 そう言い終えるとヒーロー公安委員長は立ち上がり、部屋から出ていく。扉が閉まる音が、重苦しい部屋に響いた。

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