ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第69話 孵化

 緑谷はいつも通り、七時に寮のロビーでクラスメイトたちと雑談しながらニュースを観ていた。

 女性アナウンサーがニュースを読み上げる。

 

『早朝、ヒーロー公安委員長が緊急会見を開き、これからは次世代のヒーロー育成強化のため、ヒーローインターンをこれまで以上に積極的に取り組んでいくと話しました。この決定に至った背景には昨今ヴィランの組織化の動きが活発になっていることと、ヴィラン勢力の増長があり──』

「またプロヒーローと仕事できんのかな?」

 

 緑谷同様ニュースを見ていた切島が呟いた。

 校外活動(ヒーローインターン)とは、プロヒーローと一緒に仕事する職場体験の一つである。普通の職場体験と違う点は『ヒーロー活動許可仮免許証』が必須である部分と、生徒側からプロヒーロー事務所に連絡し、スケジュールを組む部分である。なおどのヒーロー事務所にも連絡ができるわけではなく、体育祭等で活躍してプロヒーロー事務所から指名をもらったり、紹介してもらったところに連絡して基本的には許可をもらう。

 

「相澤先生次第だと思うけど、許可が出たらまたヒーローインターンやりたいね」

「へへっ、だよなあ!」

 

 緑谷もヒーローインターンは経験している。その時の経験は緑谷にとってかけがえのないものになった。危険は多かったが、その分成長を実感できた。何よりプロヒーローとして働くことの覚悟を身に付けることができた。

 

「デクくんはやっぱり強いなぁ……」

 

 麗日お茶子が緑谷と同じようにソファに座りながら言った。

 

「え? そうかな? そんなことないと思うけど……」

「ううん、強いよ。だって、私は現場に立つこと想像するだけでまだ少し震えるもん」

「僕だって怖くないわけじゃないよ。でも、恐怖より、何もできない方が嫌なんだ。頑張っているヒーローの助けになれるなら、僕は怖くてもやる」

「そういうとこ、私も元気出るわ!」

 

 麗日の表情がぱっと明るくなった。

 

「頑張ろうな、デクくん!」

「うん!」

 

 緑谷は明るい表情で頷いた。

 緑谷は確信している。近い将来、現場に出てプロヒーローと共に仕事をすることになると。緑谷だけではない。緑谷以外のクラスメイトも同じことを確信し、緑谷と同じように普段通りでありつつもどこか緊張感を纏っている。

 (ヴィラン)と戦う覚悟が、彼らの中に徐々に生まれつつあった。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 

 登校した緑谷たちを待っていたのは、緊急の全校集会であった。

 校長の根津が急遽設置された簡素な壇上に立つ。

 

「全校生徒の皆、いきなり集まってもらって悪いね! この集会では今朝のニュースでヒーロー公安委員長が言っていた、積極的な校外活動(ヒーローインターン)の参加について、雄英高校としてのスタンスと私たち教員としての思いを伝えたいと考えているんだ。

まずヒーロー公安委員会が雄英高校に校外活動について要望を伝えて来たのは昨晩の話さ。ヒーロー公安委員長はこう言ってきた。『高校側としても、校外活動をしたい生徒がいるなら後押ししてほしいし、ヒーロー(こちら)側から要請があった場合はそれを包み隠さず生徒に伝え、参加者を募ってほしい』とね。隠すのは皆とフェアじゃないから、ヒーロー公安委員会の狙いを簡単に言うと、皆のことをヒーローとしての戦力に数えたいって言ってるんだ」

 

 静かにしていた生徒たちが根津の言葉に衝撃を受け、ざわめいた。そのざわめきは波紋のように雄英高校グラウンド内に広がっていく。

 

「うん、皆が動揺するのは分かる。ここにいる皆はまだ卵だ。以前、夏休み明けの全校集会で、私は『ここにいる皆が社会の後継者だ。今大人たちが頑張っていることを引き継ぎ、発展させていく人材になってほしい』と言った。ヒーロー科だけじゃない。経営科も普通科もサポート科も、皆がこの高校を卒業した後、何かしらの形で社会に貢献していくことになる。でも、今はその社会が壊れようとしている緊急事態なんだ。(ヴィラン)連合が台頭し、愛国者集団(パトリオッツ)が生まれ、ヴィランの中で二大勢力となっている。国会議員が大量殺害され政府が機能停止に陥っている今の状況で、その二つの勢力に対応することは、大人だけじゃ手が回らない。ヒーロー公安委員会はそう考えた。皆の力を即戦力として欲している。恥ずかしい話だけどね」

 

 ため息にも似た音が響き、どんよりとした暗い空気にグラウンドが包まれる。

 日本の未来が暗い。大人が頼りにならない。自分が前に出なければならない。まだ守られる側なのに、何故大人の世界に飛び込まなくてはならないのか。

 そう言った負の感情に、生徒たちの多くが支配された。

 

「それから、こうも言っていたよ。『なるべく危なくないところを任せるつもりだが、命の保証はできない』と」

 

 そうですか、と生徒たちは心の内で力無く呟いた。もう大人に期待しなくなっている。諦めと絶望感が混じり合って虚無感に近いものが生徒の心に巣食い始めた。

 しかし、生徒がそのような状態になっていても、壇の下で横一列に並んでいる教員たちは胸を張り、毅然とした態度で立っている。生徒が不安になっていることに狼狽し、取り乱している教員は一人もいない。彼らは生徒を信じると、この全校集会前の教員同士の話し合いで決めた。

 

「そう、ヒーローの現場は命の危険と隣り合わせの過酷な仕事だ。自分の命を懸けて、他人のために頑張る仕事だよ。ヒーロー科の皆はきっと頭では分かっていたと思う。でも、実感はその時になってこないとなかなかできないよね。

さっき私は皆のことを卵だって言った。いつかは孵化して羽根を広げ、立派に羽ばたかなくちゃいけない。その卵の殻を破るのは私たち教員にはできないし、卒業したら割れてくれるものでもない。卵の殻を破る手助けならできるけど、殻を破るのは自分自身じゃないとできないんだ」

 

 ヒーロー科の生徒はギクリとして、顔を上げて根津の方に注目する。

 分かっていて遠ざけていた真実。自分が変わらなければいつまでもそのまま足踏みし続ける現実。今、根津はそのことを生徒に突きつけた。

 

「もちろん殻を破れるようになるには人それぞれかかる時間は違うし、今すぐここにいる皆に殻を破れなんてことを強要するつもりはない。ヒーローインターンに参加しないという選択も全然オッケーだよ。大事なのは皆の心だ。自分がどうしたいか。どうなりたいか。よく考えて決めてほしいのさ」

 

 いつの間にか、グラウンドのどんよりとした暗い空気が霧散していた。かといって明るい空気になったわけでもない。

 生徒は根津の言葉を自分の中に消化し、自分の心の内を探っている。

 

「昨晩ヒーロー公安委員会から話があったと言ったけど、その時エンデヴァーからもメッセージを受け取ったんだ。『ヒーローには覚悟が必要だ。そして、その覚悟は簡単にできない。恐怖を乗り越え戦う選択を選んでくれた者の意思と勇気に、俺たちプロヒーローは感謝し、力の限りサポートする』ってね。私たち教員も同じ気持ちでいるよ。ヒーローインターンに参加し、プロヒーローと一緒に仕事をするようになる生徒のバックアップをする。

ヒーロー科以外の皆はヒーローインターンに参加することはできないけど、それぞれ役割はある。サポート科はヒーローアイテムの製作や改良でヒーローの助けになれる。経営科と普通科は社会を回す原動力として、これからの日本に必要不可欠だ。自分が今できることを精いっぱい頑張って、ヒーロー科の誰かが辛そうにしている時は寄り添って声を掛けてあげてほしい。その言葉が力になる」

 

 さっきと状況は何も変わっていない。だが、不思議と生徒たちの気は楽になっている。自分だけで戦うんじゃない。全員で一緒に何らかの形で協力し合いながら戦う。そのことを意識した時、生徒の後ろ向きな感情は消えていた。

 

「今、日本はヒーロー社会の存続が脅かされるほどの危機と困難に見舞われている。だけど、日本の皆が一丸となれば、この現状を打ち破れると私は考えているのさ。

最後に、我が校の校訓を皆に伝えて終わりたい。Plus Ultra(プルスウルトラ)!」

Plus Ultra(プルスウルトラ)!」

 

 根津の言葉に合わせ、全生徒が力強く復唱した。誰かが復唱するよう声をあげたのではない。無意識に拳を握りしめ、自然と言葉が口からこぼれ出た。

 生徒の皆が、困難に立ち向かう決意の顔をしている。

 根津の中にほんの少しだけ、苦い感情が溢れた。一瞬、地獄に突き落とす閻魔大王の姿が頭をよぎったが、すぐにそのイメージを振り払った。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 全校集会が終わり、1―Aの朝のホームルームが始まった。

 担任の相澤の話題は当然ヒーローインターンについてだった。

 

「お前ら、校長の話は聞いたな。そもそも寮制にしたのは(ヴィラン)連合やそれに便乗するヴィランからお前らを守るためだ。だが、そうも言ってられなくなった。

このクラスの中には、すでにヒーローインターンの経験がある奴がちらほらいる。ヒーローインターンの経験が無くて興味のある奴は、そういった連中の話を聞くもよし。俺や他の教員に聞くもよし。体育祭で指名が来なかった奴も、教員が推薦という形でヒーロー事務所に紹介する可能性はある。もちろん全員を推薦するなんてことはできないが。だから腐らず頑張れよ」

 

 そこで相澤は言葉を区切り、改めて教室内を見渡した。正確には教室の生徒一人一人の顔を。

 

 ──こいつら……。

 

 相澤は表情は変えずとも、内心は嬉しくなっていた。

 怯えや不安が全くないとはいわない。多少は表情に固さがある。しかし、相澤にとって、それはむしろ好印象だった。現実をちゃんと受け止めていると感じられるからだ。

 一見、恐怖を感じない者は強い人間に見える。だが、そんなものは本当の強さではない。恐怖を感じながらも、心の強さで前に進む。そういう人間こそ、苦難の中で誰よりも輝く。そして、このクラスの生徒は全員、輝ける素質がある。そのことを再認識できただけでも、相澤はこの話をして良かったと思った。

 相澤は頭を軽く掻く。

 

「威勢の良いことばかり言ってきたが、これから担任の教員はお前らのご両親に会いに行って、今回の件を説明し、ご理解とご了承を得なければならない。お前らの命はお前らだけのものじゃないし、お前らは子どもで本来は守られる側であることは揺るぎようのない事実だからな。お前らの気持ちだけではどうしようもない部分もある。

まあそこは俺たち教員の頑張るところだ。お前らの気にするところじゃないし、たとえ両親からの了承が得られなかったとしても、両親を責めるんじゃないぞ。いいな?」

「はい!」

 

 1―A生徒の返事が重なった。

 両親からの了承が得られなかった場合は仕方ない。だが、了承が得られたのなら、信じてくれた両親に感謝し、その思いを胸にヒーローの現場に飛び込もう。

 そういう決意も1―A生徒の中に芽生えていた。

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