佐藤と猿石は幾つかパソコンが並んでいる事務室に、隣合わせに座っていた。パソコンの画面には日本地図が表示され、全ての刑務所の位置が赤点でマークされている。
二人はこれから襲撃する刑務所を協議するところだ。狙うのは拠点から離れた刑務所で、それ以外の条件は無かった。
「関東地方以外ならどこでもいいんだが、猿石君はどこがいいと思う?」
「佐藤さんが刑務所を襲う目的はなんです?」
猿石は僅かに疑惑の視線を佐藤に向けた。以前の彼ならば、佐藤と目を合わすのも怖がり、俯くばかりだっただろうが、今は怯えの光はない。彼はその質問で佐藤の気分を害さないと確信しているようだ。
「目的ならさっき倉庫で言ったよ」
「刑務官なんて殺してなんの意味が? ヴィランを解放して仲間にするつもりかもしれませんが、所詮は捕まったヴィラン。それに加え、今の僕たちは向こうから活きの良いヴィランが寄ってくる。わざわざそんな劣悪品を奪いに行く必然性を感じられません」
「フフッ、面白いことを言うね。捕まったヴィランは劣悪品か。確かにその通り。リスクを冒して取りにいくもんじゃないよね」
「刑務所の場所がどこでもいいというのも、捕まっているヴィランに興味が無い証になります」
「やっぱかしこいね、猿石君」
「分かりますよ、理論立てて考えれば。倉庫で言った刑務所を襲う目的が嘘だって」
「う〜ん、やっぱバレちゃうか。なかなかそれっぽい理由だったと思ったんだけど」
「佐藤さん……なんでそんな嘘を?」
佐藤はしばらく無言で猿石の顔を見つめた。数秒もたたない内に、猿石の視線が忙しなく動き始める。恐怖と不安に襲われている証拠。佐藤はそんな彼の反応をしばらく楽しんだ後、猿石に笑いかけた。
「ヒーローをこの国から無くすためには、国民からのヒーローの信用を落とさなくちゃならない。この刑務所襲撃の本当の目的はそこにある。ただ、ヒーローの土台を崩すのが目的と言ったら、ヒーローに憧れる君やヒーローを怖れる彼らたちが尻込みするかもしれないと思ってね。君たちのことを信用しなさすぎだったかな?」
佐藤の言葉に、猿石は目を見開いた。
「いえ、そんなことは……」
「もう適当に場所決めちゃおうか。静岡刑務所にしよう。猿石君はどう思う?」
「あ、そこでいいと思います。ただ刑務所なんで、中の見取り図とかはその刑務所を設計した建築会社にデータが残ってないと入手は難しそうです」
「なら、足で情報を集めるしかないね。まぁ、今はヒーローからノーマークだし、準備の時間もあるから、なんとかなるよ」
「足で情報を集めるにしても、どうやってです?」
「刑務所は閉鎖的空間と考える人は大勢いるが、そんなことはない。毎日のように出入りしている人間だっている。彼らを狙うのさ」
佐藤は立ち上がった。事務室から出て、彼らがいる倉庫に向かう。これからの段取りを説明するためだ。
◆ ◆ ◆
沙紀は今できる限りのオシャレをして、静岡刑務所の門から出入りする人を向かいの喫茶店から見ていた。夕方のため、空は朱色から夜の色へと変化している。沙紀はこの周辺のテイクアウトOKの飲食店で二時間ほど刑務所を監視していた。それが今日で四日目になるところだ。
沙紀はお目当ての人物が刑務所から出てきたのを確認し、他にも刑務所を見張っている仲間に携帯で連絡した。無線機も持っているが、それをギャル丸出しの自分が使えば違和感を与える。そう佐藤に言われ、沙紀は無線機の使用を現段階では禁止されていた。
「目標
『こっちも確認した。ナビは任せてくれ』
「オッケー。じゃ、行ってくる」
沙紀はレジに向かい、会計を済ませる前に店員に声をかけた。
「すいません。追加注文してもいいですか? テイクアウトで」
「もちろん大丈夫です」
「じゃあアイスコーヒーのブラック、この大きいサイズをお願いします」
テイクアウト用のメニューのコーヒーのところを、沙紀は指さした。店員は頭を下げる。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう店員に言われ、二、三分後、コーヒーの容器を渡された。上に透明の蓋がしてあり、ストローが刺さっている。
沙紀は会計を済ませ、仲間から入ってくる無線を頼りに早歩きで目標の人物を追いかける。
沙紀が通りを曲がると、目標の人物が遠く離れたところからこっちに歩いてきているところだった。沙紀は自分の衣服に乱れが無いかサッと確認する。青色ハーフパンツに、胸の谷間を強調するかのように胸元が空いている白のシャツ。
沙紀の役割は簡単だった。俗に言うハニートラップである。
沙紀は物珍しそうに周囲を見ながら歩く。目標の人物は沙紀に気付き、避けようとした。そこを狙ったかのように、沙紀が動きぶつかる。ぶつかる直前、蓋を外れやすくしていたコーヒーを目標の人物のスーツに盛大にぶっかけ、沙紀と目標の人物は尻もちをつく。
「おいおい、勘弁してくれよ!」
中年の男がスーツにできた黒いシミをハンカチでゴシゴシ拭きながら叫んだ。
「ごめんなさい〜! あたしよそ見しちゃって……大丈夫ですかぁ」
ウルウルと目を潤ませて上目遣いをする沙紀。男は沙紀の顔と胸の谷間に一瞬目がいくが、すぐに目線を逸らす。
「まったく……気をつけてくれよ!」
「本当にすいませんでしたぁ」
沙紀は深々と頭を下げた。胸の谷間をアピールすることも忘れない。
男は沙紀の姿をまじまじと見ていた。男の足が動かないことから、沙紀は第一段階成功と見えないところでほくそ笑む。もし脈無しだったら、とっととこの場から立ち去った筈だ。こうして足を止めた時点で、自分と会話するのを期待しているのは手に取るように分かった。
「あの……もしよろしければ、大事なスーツを汚しちゃったお詫びをさせていただけませんか……?」
「えっ!? お詫び?」
「はい。お酒とか飲まれますぅ? お代は出しますから、どうですかぁ?」
これはただ声をかけるより成功率の高いナンパ方法でもある。わざと女の子がぶつかったり飲み物をかけるなどして加害者となり、お詫びと称してデートに誘うのである。脈有りならその誘いに乗ってくるし、脈無しなら怒鳴られて終わりだろう。全面的に非を認め、謝罪している女の子に警察を呼ぶ相手はそういない。やられたことは腹立つが警察を呼ぶほどでもないという絶妙なラインを攻める。それがこのナンパ方法における肝である。
男は少し考える素振りをする。この後の予定を思い出し、女の誘いに乗っていいか迷っているようだ。
沙紀はこの男がもし自分の誘いを断ったら殺そうと考えていた。こんなオヤジが自分の誘いを拒否するなど、万死に値する。目標はまだ二人いるから、一人死んでも問題ない。むしろ自分のことを周りに話されるリスクを回避すべき。沙紀の頭の中で男を殺すロジックが組み上がっていく。
「良いバーを知ってるんだろうね?」
「はぁい、もちろんですぅ。じゃあ行きましょお」
沙紀は男の二、三歩前を歩き、事前にリストアップしていたバーへ向かった。
バーは全体的に薄暗いが、テーブルやカウンターは照明で浮かび上がるようにくっきりと視界に映る。客はカウンター席に二人、テーブル席に五、六人いるようだ。
店員が沙紀たちに気付き、こちらに近付いてきた。
「何名様ですか?」
「二人ですぅ」
「カウンター席かテーブル席か、ご希望はありますか?」
「テーブル席でお願いしますぅ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
店員に案内されたテーブルに、二人は対面で座った。テーブルの周囲には仕切りがしてあり、他の客からは見えないようになっている。
しばらくは他愛もない話をし、男が酔ってきたところで沙紀は男の隣に座り、体をグイッと寄せた。男がそんな沙紀の体の感触に夢中になっている間に、沙紀は店員に酒の注文をした。
店員が酒を持ってくると、沙紀はそのグラスを体で見えないようにしつつ、酒に隠し持っていた自白剤を入れる。酒はカクテルなので、自白剤が入っていることは見ても分からない。
それから五分くらい、男に体を触らせながらまたどうでもいい話をした。
そろそろ頃合いかと思った沙紀は、自白剤を入れた酒のグラスに手を伸ばし、男の前のカラになったグラスを下げつつ、自白剤の入った酒を男の前に置いた。
「お酒どうぞぉ」
「おっ、悪いね〜」
男は何の疑いもせずにその酒のグラスを手に取り、一気に飲み干した。
沙紀はポケットに入っている携帯を手に取り、男に見えない位置で操作。録音モードにする。
それから十分後、男の目の焦点が定まらなくなった。泥酔しているようにしか見えない。
「あのぉ、どういったお仕事をされてるんですかぁ?」
「刑務所の社会不適合者どもをマトモにするための分析を行うカウンセラーみたいなことだよ」
「わぁ、すごく立派なお仕事じゃないですかぁ! 刑務所ってどんなところなんです!? ヴィランってやっぱり怖いですよね!?」
「いやいや、けっこう素直なもんだぜ。捕まった連中も反抗的な態度や行動をしたらムショ暮らしが長くなるって理解してるしな」
よく勘違いしている人がいるが、刑務所は罪を償う場所ではない。刑務所は罪を犯した人間が刑務所を出た後、再犯しないよう教育、指導する更生施設である。だから無期懲役と判決が下された囚人も、更生したと判断されれば刑務所から解放される。
「刑務所って中はどんな感じになってるんですかぁ?」
「ああ、それはだな──」
「待ってください。あたしバカなんでぇ、このメモ用紙に書きながら教えてもらえますぅ?」
沙紀はハンドバッグからメモ帳とペンを取り出し、男の前に置いた。
「準備良いじゃん! さてはだらしないように見えて仕事できるタイプだな?」
「えへへ、ご想像にお任せしますぅ」
それから男はメモに刑務所の見取り図を書きながら、色々説明した。沙紀は話半分に聞きながら、自分の酒を暇潰しにちびちび飲む。
刑務所の大体の見取り図が完成したら、そのメモを受け取り、それからまたしばらく男の酒に付き合った。
男はとうとう限界にきたのか、テーブルに突っ伏して寝てしまった。
沙紀は店員を呼ぶ。もう客も少なくなっていたため、店員はすぐに来た。
「お会計いいですかぁ?」
「はい、こちらになります。あの、お連れ様はどういたしましょう?」
店員がテーブルに突っ伏している男に視線を送る。
「あたし、実はこの人にコーヒーをかけちゃって、そのお詫びでお酒を奢る約束をしただけなんですぅ。起きるまでこのままにしてもらえませんかぁ? 閉店まで起きなかったらタクシーを呼んで、強引にでもタクシーに乗せちゃってくださぁい」
「ええ!? ですが……」
「駄目ですかぁ?」
沙紀は胸の谷間を腕で寄せつつ、店員の胸を掴み、そのまま火照った顔で見上げる。
「あッ、んんッ、仕方ありませんね。お連れ様は責任をもってご対応させていただきます!」
「ふふッ、ありがとお、男前の店員さん」
その店員の頬に軽くキスした後、沙紀は会計を済まし、店員に軽く手を振って店を立ち去った。
◆ ◆ ◆
刑務所の情報は続々と集まっていた。
今、佐藤たちは静岡で新しく作った仮拠点に集合し、情報交換をおこなっている。この仮拠点も元々は他のヴィランの拠点だが、そのヴィランから金でこの拠点を買った。銃や弾薬などといった物資も着実に準備できている。この場には猿石だけがいない。猿石は本拠点で留守番だ。
ミーティング室の大テーブルに、沙紀が手に入れた刑務所の見取り図のメモを録音された男の音声を元に修正して作成し直した見取り図が広げられている。
「この刑務所は幾つかの運送業者に外部との輸送を任せている。搬入時間も毎日同じ時間になるよう決められている。私はこの運送業者のどれか一つをターゲットにし、刑務所の中に入る足掛かりとしたいと思うんだが、何か意見はあるかな?」
佐藤は周囲の面々を見渡す。誰もが沈黙を選択し、手を挙げる気配も無い。
質問無しと判断した佐藤は話を再開する。
「当然この運送業者にはそれぞれヒーローの護衛が付いている。襲撃タイミングは朝方の時間にしたい。搬入前のトラックと従業員の制服と社員証を奪い、成りすます」
「けど、そう上手くいくか?」
「おそらく向こうはヒーローで判断している筈だ。ヒーローが無事なら、問題無い。逆にヒーローの姿が見えなかったら問題発生。そんなところだろう。重要なのはヒーローで、トラックの運転手の顔じゃない。だからヒーローは生け捕りにして、助手席に置いておく。狙う運送業者はここ」
佐藤が大テーブルに広げてある地図の一部分を指さす。
佐藤以外の面々は佐藤が指をさした位置を見ている。刑務所からは一番近い位置にある運送業者だ。
「今回、刑務所内部への襲撃は私とリベンジエッジが担当し、外の見張りや外からの援護で十人ほどヴィランを動かすつもりだ。私の計算通りなら、必ずヒーローが現場に駆けつける。外に配置する彼らにはヒーローの数、情報を私たちに伝える役割の他に、ヒーローたちの挟撃と、対ヒーローとして活躍してもらう」
佐藤は外に配置するヴィランの情報が書かれた紙を大テーブルに並べた。
「決行は明日の朝方。それまでにこの見取り図と味方として使うヴィランの情報を頭に叩きこんでほしい。いいね?」
「アッハイ」
佐藤にそう言われたら、そう答えるしかない。ここで無理とか言えば、おそらく佐藤は笑みを浮かべて言うだろう。「なら私が覚えるまで教えてあげるよ」と。それがどれほどのプレッシャーになるのか、想像もしたくないというのがリベンジエッジの面々の心情だ。
決行日は決まった。ならば、もうそれに向かって最大限の努力をするしかない。佐藤の計画通りになるように。