ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第71話 亀裂

 佐藤との通信が唐突に切られた会議室。さっきまで佐藤が映っていたスクリーンは真っ黒な画面を映している。

 こちら側を有利にするためにやった愛国者集団との交渉の筈だった。なのに、今この会議室にいる面々の心の内を占めるのは敗北感と屈辱感だ。

 緑谷は佐藤との通信前まで、佐藤は凶悪なヴィランだと思っていた。死柄木弔のような破壊衝動に支配され、何かしらの理由で悪の方にいってしまったヴィランなんだろうと。

 だがそんなイメージは、実際に自分の目で見て話を聞いた今、粉々に吹き飛ばされた。死柄木からは憎しみや怒りを明確に感じた。だから、その部分をどうにかすればまだ分かり合うことができるんじゃないかと思える。逆に佐藤はそういった負の感情を一切感じなかった。言葉は変かもしれないが、ポジティブに悪事をしている。そういう印象だ。何か原因があって悪事をしているのではなく、ただ好きだから悪事をしている。いや、佐藤の中では善悪という基準すらないかもしれない。たまたま好んでいる行為が悪よりの行為であるだけの、普通に生きている人。

 そこまで考え、緑谷はゾッとした。普通に生きている人は罪悪感無しにそんなことはできない。だが、佐藤はできる。それこそが佐藤の異常性であり、別の種族かと思わせるほどの異質性を放っている。

 

「……年! 緑……少……! 緑谷少年!」

「──あッ!」

 

 緑谷がブツブツと何かを言いながら自分の世界に入っているところを、オールマイトの声が現実へと引き戻した。

 緑谷が恥ずかしさで赤面しつつ周囲を見渡すと、周りの人の視線が自分に集中していることに気付く。そのことにますます恥ずかしくなり、緑谷は顔を俯けた。

 

「大丈夫かい?」

「はい。その……すみません……」

「で、色々考え込んでたようだけど、やっぱり佐藤のことかな? 佐藤って言葉がちょくちょく出てたし」

「き、聞こえてた!?」

「うん。で、佐藤とカメラ越しとはいえ、面と向かって話を聞いた感想は?」

「僕の感想なんて、ここにいる皆さんの思考の雑音(ノイズ)にしかなりませんよ!」

 

 緑谷は顔の前で両手を左右にブンブンと勢いよく振る。

 

「ヒーロー志望の若者の一人として、君の率直な意見を聴きたい」

 

 オールマイトは真剣な眼差しで緑谷を見た。緑谷の言葉を軽んじたり、無下にするつもりが一切無いことが伝わってくる。

 緑谷はブンブンと振っていた手を下ろした。俯き気味でオールマイトを見ていたのを止め、顔を上げる。

 

「今まで僕が見てきたヴィランと佐藤は決定的に違う、と感じました。佐藤はなんていうか、信念があるように見えてないっていうか……」

「……ふむ」

 

 ──私たちと同じ認識だね。

 

 オールマイトは緑谷が佐藤を正しく見ていることを嬉しく思った。同じ方向を向いているように感じるからだ。

 

「あと、佐藤は一刻も早く捕まえなくちゃ、とも思いました。あの人をこのままにすればするほど、あの人のようになる人が増えてくる。そんな気がして……」

「そうだね」

 

 それもヒーロー側と同じ認識だ。

 佐藤は愛国者集団(パトリオッツ)という組織を作り、その組織は大きくなり続けている。全国各地に拠点があり、物資も充分。そして、何よりも『個性』に依存していない。ただただ人を殺すだけの組織にとって、『個性』は人を殺す手段の一つであり、人を殺すのに向いてない『個性』なら銃火器を使用する。その思考がヒーロー社会にとって危険なのだ。

 

「それにしても、佐藤の周りにいた奴らの反応を見るに、やはり異世界から来たことを隠していたようだな」

 

 エンデヴァーは腕組みをしながらそう言った。

 オールマイトはエンデヴァーの方を見る。

 

「ああ。これで愛国者集団が仲間割れしてくれたら狙い通りだが」

「仲間割れ?」

 

 緑谷がオールマイトに訊き返した。

 

「うん。愛国者集団と名乗っている以上、交渉の場には佐藤以外のメンバーも来るだろうと思っていた。そこで佐藤が異世界から来たことを伝えれば、佐藤は言い逃れできないと踏んだんだけど……」

「佐藤自身はあんま気にしてなさそうでしたね」

 

 ホークスが会話に参加した。

 

「そこが不安要素ではあるね。だが、あとは佐藤が動き出す前に拠点を見つけて攻めるか、佐藤の動きを事前に察知して被害が出る前に迎え撃つか、それしかない。愛国者集団の情報収集をしつつ、佐藤のいた世界からもらった佐藤の情報をしっかり頭に叩き込んでおこう」

 

 緑谷以外の面々がオールマイトの言葉に頷いた。緑谷はその作戦に参加するかどうかまだ分からないため、頷くことができなかった。

 ただ、緑谷は漠然とだが確信したことがある。近い未来、愛国者集団とヒーローの決戦があると。

 その時、もし自分に役割があるのなら、その役割を全力でやろう。緑谷はそう心に決めた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 猿石が静かにノートパソコンを閉じた。その表情は緊張で引きつっている。(さとし)沙紀(さき)は顔を俯けていて、表情は分からない。

 どこかしら緊張感が漂っている室内。佐藤は立ち上がり、部屋から出ていこうと歩き出す。

 

「佐藤さん」

 

 沙紀が佐藤の方に顔を向け、後ろ姿に声を掛けた。佐藤は顔だけ沙紀の方に向ける。

 

「何?」

「あの人たちが言ったこと、本当なの? 佐藤さんが異世界から来たって」

「うん、そうだよ。今まで黙っててごめんね」

「何それ!?」

 

 沙紀は怒りをあらわにしながら勢いよく立ち上がった。

 

「じゃあ、佐藤さんが政府に捕まって人体実験されてたって話は!? 透明な味方っていうのは!? 『個性』が復活っていうのは!?」

「全部嘘だよ」

「嘘……?」

 

 沙紀の顔が怒りでますます赤くなっていく。

 

「うん。でも、異世界から来たって言っても信じてくれなかったでしょ? いつかは本当のことを話すつもりでいた。ただ、会ったばかりの頃は余計な混乱を避けるために仕方なかったんだ」

「違う! そういうことが訊きたいんじゃなくて……! 人体実験の話とかいらなかったじゃん! 私も針間さんも、ここにいる二人だって! 佐藤さんが政府に人体実験されたって言葉を信じたから、佐藤さんが政府に復讐すると思って協力したんだよ! なのに、別に政府に対して何も無いとか、なによそれ! 私たちは何のために命をかけたのよ!」

「それに関しては、巻き込んで本当に悪かった。謝るよ」

「もういい!」

 

 沙紀は部屋の扉の方に足早に向かう。途中で佐藤を追い抜いた。佐藤の方を肩越しに振り返る。

 

「私はもう愛国者集団を抜ける! 佐藤さんは勝手にやってればいいじゃん!」

「……分かった」

 

 沙紀は正面に向き直り、右手を伸ばしてドアノブを握る。

 佐藤は素早く拳銃を抜き、沙紀の後頭部に照準を合わせ、引き金を引く。パンッという乾いた音とともに沙紀の頭が弾ける。銃弾は頭を貫通し、ドアに銃痕が生まれた。沙紀の体はドアにぶつかった後、そのまま倒れて動かなくなった。

 

「さ、佐藤さん。アンタ……」

 

 怜は沙紀の体と佐藤を交互に見つつ、言葉が上手く出てこなくなっていた。

 

「いや、仕方なかった。私も撃ちたくなかったよ。でも、情報を漏らされるかもしれないし」

 

 そう言いながらも、佐藤の顔は笑っていた。その表情に怜はカッとなり、逆に猿石は恐怖で表情が強張っていく。

 

「じゃあなんだよ、その顔は! アンタにとっちゃ俺たちのことなんざ──ッつぅ!」

 

 怜が怒声を佐藤に浴びせてる最中、猿石が怜の隣に立ち、怜の右足を靴の上から思いっきり踏んだ。怜はその激痛に口を閉ざし、隣に立つ猿石を睨む。

 猿石の顔からは血の気が引き、青くなっている。猿石は怜と目が合った時、微かに首を振った。それは猿石の目を見ていないとどういう意図か分からない程度のジェスチャーだったが、怜には明確な意思が伝わった。

 

 ──それ以上喋るな。

 

 声なきその言葉が怜にぶつけられた。そこで、怜はカッとなっていた頭が急速に冷めていく。と、同時に佐藤への恐怖が湧き上がる。

 佐藤はそんな二人を表情を変えず見ていたが、やがてフッと息を吐いた。

 

「猿石君、キミは本当に優秀だ。少し休憩したら、動画を一つ撮る。その時は協力頼むよ」

「……はい」

 

 猿石は青ざめた顔のまま、頷いた。

 佐藤は怜の方に顔を向ける。

 

「怜君、私とキミの関係は何かな?」

「……え?」

「キミはもっと自分らしさってものを持った方がいい。キミがどういう人間か、私にはまだ伝わってこないよ。何がしたいのか、人生において何が望みなのか、そういうの一旦見つめ直してみたら? そうしたらきっとどうしたいか分かると思う」

 

 佐藤はそれだけ言うと、沙紀の死体を(また)いで部屋から出ていった。

 怜は佐藤が出ていったドアを凝視している。

 

 ──何言ってんだ、佐藤さんは……。

 

 自分と佐藤の関係。そんなものは決まっている。仲間だ。同じ目的を持ち、一緒に行動する。それ以外何があるのか。

 

 ──俺がどういう人間か分からない、だと?

 

 四ヶ月も一緒にいて、俺がどんな人間か分からないって、本気で言ってんのか。そんなの決まってるだろ。

 

 ──強いアンタに俺を認めてほしい。ずっとそう思って、人だって殺してきたんだぞ……。アンタに褒めてほしかったから! なのに、そんな言葉を俺にぶつけるのか……?

 

 怜は怒りで両拳が震えている。

 猿石はそんな怜の様子に気付かず、ホッと息を吐いた。そして、沙紀の死体をジッと見つめる。

 

 ──僕たちの目の前で、仲間を殺した。

 

 猿石が引っかかりを覚えているのはその部分である。丸井の時はわざわざ一度見逃してから、周りから誰も見られていない時に殺した。前回と今回。何が違うのか? ただ一つはっきりしていることは、目の前で仲間を殺すことのデメリットは他の仲間に猜疑心を植え付けることだということ。それはつまり──。

 

 ──佐藤さんはもう、僕たちが仲間でも仲間じゃなくてもどうでもいいんだ。

 

 愛国者集団はもうヴィランとして大勢力になっている。リベンジエッジに頼らなくても、代わりはいくらでもいるのだ。結局、仲間だと思っているのはリベンジエッジ側だけだった。 

 

「稲穂君、これからはより慎重に佐藤さんと接していかないと──」

「うるせえ!」

 

 怜は猿石の胸ぐらを掴み、そのまま壁に叩きつける。

 

「がっ!」

「俺を稲穂って呼ぶんじゃねえ! 指図もすんな!」

「さ、さと……し……君……?」

 

 猿石の体は壁に押しつけられながら持ち上げられ、猿石は苦し気に声を漏らす。

 怜はそんな猿石の身体能力の弱さに優越感を覚えた。

 

 ──全然弱いじゃねえかよ。

 

 そこで怜の脳裏に佐藤の言葉がよぎる。

 

『猿石君、キミは本当に優秀だ』

 

 キミ『は』本当に優秀? つまり、その隣にいた俺は? そこに転がってる女と同じ、取るに足らない存在ってことか?

 そう思ったら猿石に対し、無性に腹が立ってくる。

 

「『無個性』のザコのくせに、目障りなんだよ!」

 

 怜は胸ぐらを掴んだまま、猿石を横に投げた。猿石はそのまま床に叩きつけられる。

 

「がはッ」

 

 猿石は背中を押さえつつ、猿石の前に立つ怜を見上げる。怜の目は獰猛な光を放っていた。猿石は恐怖で汗が全身から噴き出した。

 

「……ええと、名字で呼んでごめん。部屋から出ていくよ……」

 

 猿石はゆっくり起き上がり、部屋から出ていく。その姿はまるで獰猛な肉食動物を刺激しないようにしているようだった。

 猿石がいなくなり、怜一人になった部屋。

 怜は自分が怒りのまま口走った言葉に衝撃を受けていた。何故なら、自分を虐めていた連中と似たような言葉だったからだ。

 

 ──弱い奴を虐める連中はゴミだと思っていた。なのに、俺も同類だったってのか?

 

 自分より劣っていると思っている奴が自分より注目を浴びたり、評価されていることが許せず、単純な暴力や言葉で自分の方が上だと相手や周囲に知らしめる。怜が見下し、軽蔑している行為。それを、怜自身が今やってしまった。

 

 ──……あぁ、そうか。だから世の中からイジメが無くならねえんだ。

 

 この世は弱肉強食。食物連鎖が支配するピラミッド型の世界。誰も意識しないだけで、人間社会もそうなのだ。他の人間より上に立つ。それは本能に刻まれている目的。イジメとはつまり、自分が上だと相手に叩き込む行為であり、無くしましょうといって無くなるものではない。もちろん人間には理性があり、その本能を抑え込んで社会的な方法で上に立とうとする人間の方が多数派だが、その理性より本能を優先してしまう人間も一定数存在する。特に未成熟な子どもは本能のままイジメをおこなってしまう。

 

 ──なんだ、俺もゴミだったのか。

 

「はは……ははは……」

 

 怜の口から乾いた笑い声が漏れた。しかし、目は全く笑っていなかった。

 

 

 その後、愛国者集団のホームぺージに動画が一本アップされた。残っている国会議員は要求を拒否したため、皆殺しにすることに決めたという内容だった。

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